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2007年10月 7日 (日)

昼まで飲んでました。

 ちょっと小金があったので,金曜日(10月5日)の夜10時ころににいきつけの飲み屋の中で唯一入院中にお見舞いに来てくれた伊藤時子(ママ)と渡辺由利姉妹のやっている神楽坂はみちくさ横丁の「サンドール」というスナックに久しぶりに行きました。

 聞けば去る日曜日に,12年前,48歳で肝硬変で亡くなり,大塚のお寺での通夜に私も行った,このお店のマスターであった故伊藤敏彦氏の13回忌の法事をした,との由で,改めて月日の経つのを痛感しました。

 このお店に客としてはじめて入ったのは25年くらい前の話ですが,私の場合は通い始めると,その店がなくなるか経営者が変わらない限り,金が続けば何年でも行くという習性があります。

 巣鴨には平成5年から13年以上も住んでいたのに,最近になって,近場では飲まないというルールを破って,平成17年の暮れから巣鴨界隈で飲み始めた最大の理由は,正直言ってお金がなくなったからです。

 神楽坂のその店「サンドール」に通っていたのは,そもそもこのマスターが好きだったからです。

 彼が亡くなってから2,3年は,この店もご無沙汰でしたが,いつだったか奥様のママだったかに来ない?と呼ばれてまた通いだしました。

 もっとも以前には,その他にも神楽坂には何件かいきつけの店があって,生意気にも芸者遊びなどもしてもいましたが,それらの店は今では存在しません。

 つもる話もしたかったのですが,夜中の12時ころに客が私だけになったころ,ママと大議論になってしまいました。

 いわゆるゲイバーとホモバーの違いについてという,たわいもない話です。

 ゲイバーは客が「ノンケ(気)」であるのに対して,ホモバーは客もホモで,ホモバーだと女性は入れてくれないところも多いという客の違いによる分類を述べたのですが,大反対されて議論になってしまいました。

 言葉の定義ですから所詮水掛け論です。

 まあ、客の言うことだからと100%ハイハイと認められてしまうのも味気ないですが,商売なんだから50%くらいは認めろよ,ってな感じです。

 そのままケンカ別れで2時頃,タクシーで王子に住居のある由利ちゃんと巣鴨まで帰り,これも久しぶりに「千石自慢ラーメン」という昼間なら列のできるラーメン屋で一番安いラーメンを一杯食べました。

 この時間なのにかなりお客がいましたね。私はまだ食が細いのでおいしいけど2/3くらいしか食べられませんでした。

 それから,外で王子に帰る彼女をタクシーに乗せて別れました。

 時間は2時半でしたが飲み直したい気分だったので地蔵通りで朝5時までやっている最近通い始めた韓国料理の飲み屋「まどか」に行きました。

 確かまだ8回目です。

 しかし,いつもと同じように,そこのママのまどかさんのお母さんに,まだ仕事もしてないのに今日の飲み代はどこから手にいれた?とか,からまれました。

 別の楽しい話をしたくて行っているのに,心配してもらえるのはありがたいのですが身の上話的な話を繰り返し聞かれて説教を受け,私の場合どこの飲み屋に行ってもほとんどそうなのですが,ストレスをためて帰りました。

 そもそも30年以上も飲み歩いておそらく飲み代だけでも,うん千万円のオーダーでしょうが,自慢ですけど付けというのはその三十数年の間にゼロ 回ならもっといいけど,金が無くてもいいから来いと経営者から無理に誘われたとかの数回しかありません、

 金が無ければ飲みにいかなければいいだけで,実際,アルバイトだけで完全失業していた3年間くらいは自宅以外では1滴も飲まないこともありました。

 だから,言いたくないけど代金を払っている以上,それが何で稼いだ金であろうと大きなお世話だという感覚です。

 また,たとえ1億円だろうと既に使ってしまった金をもっと有意義に使えばよかった。。などという馬鹿な後悔はしませんし,もちろん,これまでの人生が失敗だったというような後悔はしません。

 そうした無駄と思われる浪費とか失敗と思えることも含めての総体が私の人生なのですから。。。

 私は反省もしないし,逆に将来の計画や目標を立てるような人間でもなく,今がよければそれでいい明日は明日の風が吹く。。。という感じです。

 人生高々百年だし,どんな価値観持とうが自由です。

 ただ,私は変態の失格人間だけど,人を傷つけたり殺したりしなければ快感を得られないほどの変態に生まれなかったのは,幸いなことです。

 損したり騙し取られた金も誰かの役には立っているだろうと考えるような人間なので,ひょっとしたら変態だけでなく変人なのかもしれません。

 というわけで,朝5時頃,また飲み直したかったけど,もう近くでやっている店もないのでタクシーで帰宅して寝ました。

 そして土曜日,午後2時ころに目覚めて軽い食事をとり、くつろいでいるうちに夜になりましたが,やはり飲み直したくなって夜10時ころ巣鴨一丁目の「妃鶴」というスナックに行きました。

 土曜日なのでいつもと違って結構客がいましたが,場が静かになってシラケてると昔からの宴会屋の性分が出て,本当に喜んでもらえてるのかどうかわからないけどサービスのつもりで歌ったり踊ったりして,つい色々とパフォーマンスをしてしまいました。

 特にサザンの「匂艶(にじいろ)the night club」に適当な振りをつけて歌ったときには2kgくらいは体重が減ったかと思うくらい疲れました。

 隣の席は九州出身の男性2人と女性1人だったので九州弁や,そのダジャレなどで盛り上がりました。

 夜中の2時ころ客がいなくなって,またストレスをためて,次はすぐそばの「若大将」に行きました。

 サラリーマン風の40代くらいの男性2人連れは歌うために来ていたらしく,そのうちの1人は安室チャンの歌ばかり歌うので,つい対抗心が起きて宇多田ヒカルの歌える数曲の中から結構好きな「Can you keep a secret」などを歌ったりしているうちに,近くに住んでいる博学の熊さんが来て,さらに4時前後には10歳くらい年下で石黒賢に似たいい男の石原(ヒロシ)がやってきました。

 どうも石原は前から,私が心臓手術をして退院して1ヶ月頃から,痛飲したりするのを見ていて,「命が惜しくないのか?」という感じで疑問をいだき興味を持っていたらしいのです。

 しかし,私が隣の熊さんとずっとモラルなどの真面目な話をしていて,朝5時ころ次に行った地蔵通りの和風スナック「けやき」でも熊さんとママと話しこんでいたこともあって,朝7時半ころ,「若大将」のマスター,熊さんと別れた後に,「次で話をしよう」。。おごってくれるという話になって,2人で駒込の「幸」というスナックに向かいました。

 タクシーを降りて店の近くで散歩中の70歳を過ぎたマスターとばったり出会って店に入り,上坂冬子にそっくりのやはり70歳くらいのママと60代中ごろの恵美ちゃんという高齢スタッフ3人と共に,例によって自分の病気自慢などをしながら歓談したり,夜中には禁止だったカラオケも朝ならいいということで少し歌ったりなどしていました。

 そのうちに昼すぎになり,午後1時ころにはちょっと下痢気味になりました。朝というか昼なのですから当然です。

 少し体が不調になり,これは,ひょっとして石原君が私を試しているのか,あわよくば合法的殺人を狙っているのかな?,とも思えたのでさすがに先に店を出ましたが,電車とバス(都営なら心臓の障害者なので料金は無料なのですが)で帰る気にもなれずタクシーで帰ろうと思いました。

 しかし日曜の2時ころ,駒込駅の界隈では空車が走っていないし坂が多かったので,なるべく平坦な道を選んでゆっくりと歩いていたところ,田端当たりでやっと1台拾えました。

 大嫌いな昼間の太陽から,やっと逃れることができて午後2時半頃自宅に帰り着きました。

 トイレで用を足したあと,不眠症の私はベンザリンという睡眠薬5mgを飲み、何時間か寝た後,けっこうさわやかに目覚めてこれを書いています。ちょっと腹減ったから飯を炊こう。。。

 さすがに,まだちょっと眠いのですが,これから1日くらいかけて飲み屋のストレスを素面で解消しなきゃと思っています。 

 しかしよく考えたら,以前3月末に2回目の心筋梗塞で入院したときもその2つ前の週の週末に4,5件はしごして午後帰りをした後でしたから,少し気をつけなければいけないなと思いました。

 もっとも金が続きませんがね。。。手術をした後,少し人生観が変わって享楽的な傾向になったかもしれません。 

 しかし,結構飲み疲れていても,人並みのモラルなど全く持ち合わせていないし,本音でも体を大事にする気もないので,今誘われても恐らく断れないという困った性分なのです。

 仮に誘われた場合には平気で3連ちゃんしてしまいそうです。

 (↑ そんなの自慢にならないって。。。)

 最近,ときどき夢に見るのが大勢の(2桁以上の)大好きな子供たちに囲まれて見取られながら息を引き取る幸せな自分の姿です。

 進むべき道を誤ったのかなあ,今さらネットなどで保父さんの資格取得情報などを調べても日本じゃ無理みたいだし,日本を脱出して東南アジアでも行くかなあ。。。

 自分の面倒もみられない奴が他人を云々するなどもっての他だ,などとよく言わますが,屁理屈が得意な私は,昔から自分の面倒が見られないからこそ他人の面倒をみるのだ。。

 他人の面倒を見ることこそが結果的に自分の面倒を見るための道だ。。,などとわけのわからん主張をしています。

 そもそも,遠い昔に親の厄介になっている身なのに社会運動として学生運動をしていたのも,後付けではなく,当然そういった強い意志の反映の1つだったと述懐されます。

 カスミを食って生きているわけではないけど帝国主義本国の日本ではホームレスでも飢え死にはしないと思います。

 きれいごとじゃなく食べていく以上の金儲けには興味はなく,自分がホームレスになっても,また自分が飢え死に凍え死にしそうな状態であろうと,日本ではなく他の国のボランティアをすることには興味があります。

 もっとも金儲けができるなら,それにこしたことはなく,ボランティアにもつながることではありますね。 

http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。

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