ベリーの位相とアハラノフ・ボーム効果(3)
ベリー(Berry)の位相に関する話の続きです。
ここで,中断して一息入れたのは,ちょっと数学的な話で私的にはむずかしいと思われるファイバー束,あるいはファイバー・バンドル(fiber bundle)の概念を使用する必要があって,これについての説明から始めなければならないからです。
例えば,多様体の接ベクトル空間(接空間)をファイバー(fiber)に持つファイバー束であるなら,これは接ベクトル束,あるいは接束と呼ばれますが,これについては私だけかもしれませんが,多様体を勉強しているとき,いつも躓いていたところです。
(ファイバーというのは元々は繊維という意味で,織物とかプラスチックなどを構成する細い繊維状の物質を指すものですが,数学的には空間や集合の個々の構成分子という意味で使用しているようです。)
多様体上の各点に接空間,余接空間なる線形空間(ベクトル空間)がそれぞれ付随しているというベクトル場の概念くらいまでなら,なんとか素直に受け入れられたのですが,その先の接空間,余接空間の集合から成るという接ベクトル束までいくと,何でそんなものまで考える必要があるのか,何の利用価値があるのか,などという疑問が生じ,私的にはここで躓くことが多かったものです。
しかし,計量(metric)の入った多様体であるリーマン多様体,擬リーマン多様体の上での共変微分概念に関連して,局所的な微小平行移動変換に伴う計量の変動としてアフィン接続という概念が出現します。
これは,特にレヴィ・チビタ(Levi-Civita)接続なら,クリストッフェルの記号で与えられますが,これがいわゆる物理学での"接触変換=ゲージ変換"に対応するという認識に遭遇し,結局,素粒子論においてベクトル束の接続を考えることの重要性に気付いたため,少しは理解しようという気持ちが湧いたのでした。
前置きが長くなりましたが,今の考察対象では,われわれの3次元,あるいは4次元の空間Mの各点xに対して複素数全体Cというファイバーが付随していて,波動関数ψ(x)はx∈Mの上のファイバーCのうちの1つの複素数値ψ(x)∈Cに対応すると解釈する,という話になるわけです。
そして,この場合には直積空間:M×CはMを底空間とするファイバー束である,といいます。
一般には,Eをファイバー束の全空間を示す多様体とするとき,底空間Mも多様体です。そして,∀x∈Mに対してx上のファイバーExがあり,Exの全ての点は射影πによって底空間Mの1点xに写されると考えます。
すなわち,式で表わせばπ(Ex)=x,π-1(x)=Exと表現されます。そして,Eは局所的には底空間Mと多様体ファイバーFの直積空間:M×Fになります。
すなわち,任意の1点x∈Mに対し,xの適切な近傍Uを取るとπ-1(U)がU×Fと同型になっています。つまり,適切な座標を導入すればπ-1(U)とU×Fの両者は同じものとみなせます。
あるいは,同型写像φ:π-1(U)→U×Fがあって,特にφ(x)をφxと書くとφx:Ex→{x}×FでφxがEx上の各点の座標を与えます。
そして底空間Mの極大近傍系に属する異なる近傍系の座標達を対応させる同型写像からなる群,すなわち構造群をGで表わし,これら全てによって,このファイバー束は(E,π,F,G,M)の組として特徴付けられるとするわけです。
特に,ファイバー束であり,かつファイバーFが構造群G自身の場合,このときのファイバー束:EをPと書いて主ファイバー束と呼びます。
そして以下では特に,構造群Gはリー群(Lie group)である,つまり,Gは群であって,かつ連続微分可能な多様体であるとします。
そして群の作用は,ファイバー上の点を垂直方向にのみ移動させ,これが座標の取り方と整合的であるとし,さらにファイバー上の任意の2点は群Gの作用によって必ず一意的に推移可能であるとします。
ところで底空間Mをわれわれの3次元,あるいは4次元空間とし,複素数体Cを付随するファイバーとするファイバー束M×Cにおいては,波動関数ψ(x)の全体はx∈Mに対する各ファイバーを1点だけで横切る,M×Cの1つの切断面とみなす描像も可能です。
一般にはファイバー束の切断面σというのは,底空間Mからバンドル(束)空間Eへの1つの写像σであって,∀x∈Mについてπ(σ(x))=xを満たすものをいいます。
つまり,σは,∀x∈MについてEx上の1点σ(x)を対応させる写像のことです。
そして,各点xを固定して,そのファイバーExに沿う移動方向を垂直と呼ぶわけです。では水平方向とは如何なるものでしょうか?
以下ではファイバー束における水平方向を定義し,その方向を維持したままの平行移動という概念を考えます。
まず,主ファイバー束Pの底空間Mの上の"水平"な曲線C:xμ(t)(tは時間ではなく曲線を定義するパラメータ)上の各点xμ(t)∈Mに対して,"ファイバーF=G"のある値f(t)∈Gを対応させることによって定められた,Pにおけるある曲線C^を考えると,これの座標は(xμ(t),f(t))と書けます。
そして曲線C^が"水平"に保たれるという条件を与えて水平を定義しC→C^なる移動を与えるf(t)∈Gによって平行移動を定義します。
リー群GがSU(N)のような線形ユニタリなN次の行列群なら,f(t)はfij(t)(i,j=1,2,..,N)のような添字を持ちます。
以下では,このような場合のみを考えますが,添字は必要に応じて表記したり省略したりします。
xμ(t)のμも,必ずしも4次元ミンコフスキー空間の座標添字ではありません。
主ファイバー束Pの1点(x,f)での方向の基準として,ファイバー上を垂直に動く方向単位ベクトルは,多様体ではお馴染みの1次写像を微分演算子として与える表記法,すなわちxμが増加する向きの方向単位ベクトルを(∂/∂xμ)で与えるという表記により,f(∂/∂f)と書けます。
そう書ける理由は次の通りです。
つまり,線形リー群G=SU(N)の任意の点における接ベクトルの集合はリー環,あるいはリー代数と呼ばれる多元環gとなりますが,大雑把にいえばGの無限小変換f∈Gは生成元を行列A∈gとして,ある無限小パラメータtによって,f=1+tAと表わされます。
結局,Gの単位元1と連結した部分であれば,tが無限小でなく有限なパラメータの場合にも,f=exp(tA)なる形になります。
単位元1と連結した部分でなくても,あるf0に連結した部分はf=f0exp(tA)ですから,リー群Gの構造自体は基本的にexp(tA)によって特徴付けられます。
すなわち,Gはdf/dt=f0Aexp(tA)=fAなる線形微分方程式で特徴付けられるわけです。
これの左辺=df/dtはf(t)のtの増加するときの接線方向への動きを示しています。
そして,"接線の傾き=接ベクトル"というのは,Δf/fで定義されますから,右辺のAがパラメータtの微小増分Δtに対するそれ,と同定されます。
そこで,Gの要素fを1つ固定して,単位元:1=f(t=0)からのあらゆる接線方向への動きを考えると,微分方程式の右辺にはリー代数gのあらゆる要素Aがfの接線方向として出現すると考えられます。
そこでGの接ベクトルのなす空間は,Gのリー代数gと同一視されるわけです。
このとき,f(t)∈Gの任意関数h(f)に対して,{dh(f)/dt}|t=0=fA(∂h/∂f)となりますが,{dh(f)/dt}|t=0=Xh(f)なる線形演算子Xが多様体G上の1点fにおける接ベクトルと定義されます。
今の場合にはX=fA(∂/∂f),or X=ΣkAkjfik(∂/∂fij)ですから,f(∂/∂f)がf(t)∈Gでの,"主ファイバー束Pに対する変換群Gによる運動=垂直向きを示す単位ベクトル"を示し,一方,A=(A)ij=(df/dt)/fの方は"多様体=群G"の1つの点fにおける"接ベクトルXの大きさ=成分"を示していると考えられます。
以下では,簡単のため,式の中で"同一の添字が2回現われ,それについて和をとる=縮約する",場合には和記号Σを省略します。
例えばΣkAkjfik(∂/∂fij)を単にAkjfik(∂/∂fij)と表記するアインシュタインの規約を用いることにします。
そして,多分に天下り的ですが,主ファイバー束Pの1点(x,f);f=f0exp(tA)における水平方向は,1次結合:{∂/∂xμ-Aμ,kjfik(∂/∂fij)}なる形で与えられると定義します。
リー代数gの元:Aμ(x)は通常無限個ありますから,実は水平方向というのは無数にあることになります。
特にGがユニタリ群SU(N)の場合を考えているので,f+f~ (1+tA+)(1+tA)=1より,A+=-Aですから,Aは反エルミート行列(anti-Hermitian)です。
Aμ(x)が物理量としてのゲージ場であればエルミート行列であるべきですから,水平方向の定義:{∂/∂xμ-Aμ,kjfik(∂/∂fij)}においての(-iA)を改めてAと考えます。
そうすれば,A+=AとなってAはエルミート行列となり,水平方向は{∂/∂xμ-iAμ,kjfik(∂/∂fij)}なる形になります。
さて,主ファイバー束Pのパラメータtによる底空間M上の曲線C:x(t)をf(t)∈Gによって移動させた曲線C^上の点p=(x(t),f(t))における接線は,通常の感覚では(dx/dt,df/dt)です。
しかし,任意関数h(f)に対して{dh(x,f)/dt}|t=0=Xh(x,f)によって定義される微分演算子Xを接ベクトルとする見地では,接ベクトルはX=d/dt=(dx/dt)(∂/∂x)+(df/dt)(∂/∂f)=(dxμ/dt)(∂/∂xμ)+(dfij/dt)(∂/∂fij)です。
この曲線C^上の点における接線方向が,底空間上の水平面上の曲線Cの接線方向(dxμ/dt)(∂/∂xμ)と同じく水平になること,つまり,曲線C^が曲線Cの平行移動になる条件は,
d/dt=(dxμ/dt)(∂/∂xμ)+(dfij/dt)(∂/∂fij)の右辺が[∂/∂xμ-iAμ,kjfik(∂/∂fij)]の1次結合になること,(dxμ/dt)[∂/∂xμ-iAμ,kjfik(∂/∂fij)]となることです。
このことから,平行移動の条件として(dfij/dt)=-iAμ,kjfik(dxμ/dt)が結論されます。
これを形式的に解けば,f(t)=f(0)Pexp{-i∫0tAμ(x(τ))(dxμ/dτ)dτ}となります。
こうして,f(0)から出発して水平な曲線が定義されます。
ここで右辺の記号Pは,行列Aμ(x)は一般に積分が経路に依存する回転的な量であって,非可換な量なので,右辺の指数部分が経路順化されているという意味,つまりP積(P-product)で定義されていることを示しています。
つまり,指数関数因子は,Pexp{-i∫0tAμ(x(τ))(dxμ/dτ)dτ}≡Σn[{(-i)n/n!}∫0tdτ1...∫0tdτnP{Aμ(x(τ1))...Aμ(x(τn))}{dxμ(τ1)/dτ1}...{dxμ(τn)/dτn}]で定義されているわけです。
ところが,(dfij/dt)=-iAμ,kjfkj(dxμ/dt)のAμ(x)は一般に座標fの取り方に依存します。
すなわち,同一のx=x(t)に対してfの代わりにf'(t)=f(t)・u∈Gを取って主ファイバー束Pの点pの座標として(x,f')を採用したときのpにおける水平方向は,{∂/∂xμ-iA'μ,kjf'ik(∂/∂f'ij)}={∂/∂xμ-i(f'A'μ)(∂/∂f')}となります。
そして,これが{∂/∂xμ-iAμ,kjfik(∂/∂fij)}と一致することが要求されます。それ故,f'=f・u,∂/∂f=u-1・(∂/∂f)を代入するとA'μ(x)=u-1Aμ(x)uとなります。
また,"近傍系=地図(chart)"の選択が違う場合,つまり,xの属する地図Uβが別の地図Uαに代わるとき,もちろん,x∈Uβ∩Uαですが転移関数をφαβ(x)とするとき,すなわち地図Uβ上での点pの座標(x,f)が地図Uβ上では(x,f')となるときf'=φαβfによって転移が表わされるわけですが,一方,このときも,あるu∈Gにより,f'=f・uと書くこともできます。
したがって,fおよび,f'がそれぞれ,Uα,およびUβ上でのxを含む切断面fα(x),fβ(x)であるとし,地図Uβから別の地図Uαへの転移に伴なう変換:uをuβα(x)で表現するなら,fβ(x)=fα(x)uβα(x)と書けてφαβ(x)の代わりにuβα(x)を転移関数と称してもいいわけです。
ところで水平性の性質は,多様体上の地図(つまり,座標系)の取り方によって変化しては困る概念です。
それ故,{∂/∂xμ-iA'μ,kjf'ik(∂/∂f'ij)}と{∂/∂xμ-iAμ,kjfik(∂/∂fij)}を等しいと置けば,先の同じ座標系での異なる座標の話ではA'μ(x)=u-1Aμ(x)uになると書きましたが,uが転移関数としてxの関数u(x)である場合には,f'A'μ(∂h/∂f')=fAμ(∂h/∂f)となるべきです。
f'(x)=f(x)u(x)より,df'=df・u+f・duなので(∂h/∂f')-1=(∂h/∂f)-1u+f(∂h/∂u)-1=(∂h/∂f)-1u-f(∂h/∂x)-1(∂u/∂x)ですから,上式の両辺に右からこれを掛けて,uA'μ=Aμ(∂h/∂f)[(∂h/∂f)-1u-f(∂h/∂x)-1(∂u/∂x)]=Aμu-Aμ(∂h/∂f)f(∂h/∂x)-1(∂u/∂x)を得ます。
それ故,A'μ=u-1Aμu-u-1Aμ(∂h/∂f)f(∂h/∂x)-1(∂u/∂x)となります。
ところが,(dfij/dt)=-iAμ,kjfik(dxμ/dt)により,df=-i(fAμ)dxなので,(∂h/∂f)=iAμ-1f-1(∂h/∂x)と書けますから,結局,A'μ=u-1Aμu-iu-1(∂u/∂x)なる変換性が要求されます。
UαとUβでC^上の点の座標が(x,f)から(x,f')へと変わるだけでなく,(x,f)→(x',f')に変えられる場合,例えばxが時空座標を表わし,群Gが時空自身の一様性や等方性などの対称性と関わる場合などもありますが,x→x'の変化は容易に扱えるので,上記の論議ではx=x'とした場合,になっていますが,そうした拡張は容易です。
そして,物理学ではこの変換はゲージ変換と呼ばれています。
今日こそは終わりまで進もうと思っていましたが,まだまだ長くなりそうなので,切りのいいところということで,ここで,またまた一旦,中断します。
参考文献:矢吹治一 著「量子論における位相」(日本評論社),松本幸夫著「多様体の基礎」(東京大学出版会)
http://www.rakuten.co.jp/trs-kenko-land/「TRS健康ランド」-- 黒ウコン,SCS(洗浄剤)専売などの店: 私が店長 です。
http://www.mediator.co.jp/category/pages.php?id=115「中古パソコン!メディエーター巣鴨店」
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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