量子力学の変分原理
量子力学の問題を解くに際して,摂動論などと同じく近似法とされている方法の1つに変分法というものがあります。
以下では量子力学における変分法,あるいは変分原理の理論的基礎,および基礎的な定式化について復習してみます。
まず,系のハミルトニアンが与えられたとき,その系の自由度がfなら,それは座標q=(q1,q2,..,qf)と運動量p=(-ihc)(∂/∂q1,∂/∂q2,..,∂/∂qf)によって,H(q,p)なる演算子関数として表現されます。
系を記述する波動関数をΨ(q,t)と書けば,それは時間に依存する一般的なシュレイディンガー(Schrödinger)方程式 ihc(∂ψ/∂t)=Hψに従います。ここにhc≡h/(2π)はプランク定数です。
さらに,系がエネルギー値Eの定まった安定した状態にあるための条件は波動関数の時間発展因子がΨ(q,t)≡ψ(q)exp(-iEt/hc)なる形に分離され,座標依存因子(定常状態波動関数):ψ(q)が"定常状態のシュレーディンガー方程式=Hの固有値方程式":Hψ=Eψを満足することです。
そして安定した物理的状態を支配する基本方程式である上記の定常状態のシュレーディンガー方程式:Hψ=Eψが成立することは,波動関数ψの変分に対して変分原理:δ[∫ψ*(q)(H-E)ψ(q)dq]=0 が成立することと同値です。
実際,Hψ=Eψならδ[∫ψ*(q)(H-E)ψ(q)dq]=0 が成り立つのは明らかです。
逆にδ[∫ψ*(q)(H-E)ψ(q)dq]=0 が成立する場合,ψは複素数なのでδψとδψ*は独立な変分ですから,この変分原理によってHψ=Eψ,およびHψ*=Eψ*の2つの式が別々に得られます。
ところが,Hはエルミートですから,後者の等式Hψ*=Eψ*は単に前者の複素共役であり,結局前者:Hψ=Eψと等価です。
そして,この変分原理δ[∫ψ*(q)(H-E)ψ(q)dq]=0 はEを未定係数とするラグランジュの未定係数法を考えれば,「∫ψ*(q)ψ(q)dq=1 なる条件付きでδ[∫ψ*(q)Hψ(q)dq]=0 が成立すべきである。」という付帯条件付きの変分原理になっています。
付帯条件∫ψ*(q)ψ(q)dq=1 の下での積分∫ψ*(q)Hψ(q)dqの最小値は,明らかにHの最小のエネルギー固有値,つまり基底状態のエネルギー値E0です。
そして,この最小値を実現する関数ψは基底状態の波動関数ψ0です。
それに続く定常状態の波動関数:ψn(n>0)は積分の極値を与えるだけで真の最小値には対応しません。
∫ψ*(q)Hψ(q)dqが極値を取るという条件:δ[∫ψ*(q)Hψ(q)dq]= 0 から,基底状態ψ0の次に来る波動関数ψ1と対応するエネルギーE1を求めるためには,規格化条件∫ψ*(q)ψ(q)dq=1 の他に,基底状態ψ0に対する直交条件∫ψ*(q)ψ0(q)dq=0 を満たすものだけを許すという条件を課すべきです。
一般に,エネルギー準位が小さい方から最初のn個の状態を想定し,そのn個の波動関数ψ0,ψ1,...,ψn-1がわかっているとき,それに続く状態の波動関数は付帯条件∫ψ*(q)ψ(q)dq=1,∫ψ*(q)ψm(q)dq=0 (m=0,1,2,..,n-1)の下で積分∫ψ*(q)Hψ(q)dqを最小にしています。
しかし実際には,シュレーディンガー方程式に頼らず,変分原理に基づいて∫ψ*(q)Hψ(q)dqを最小にする関数ψ(q)を発見することは困難です。
なぜなら,具体的には幾つかの規格化された試行関数:φ1(q),φ2(q),φ3(q),..のそれぞれについて,∫φj*(q)Hφj(q)dq(j=1,2,3,..)を計算し,より小さい積分値を取る関数を検索するわけですが現実問題として全ての関数を試し尽くすことは不可能だからです。
また,仮にHψ=Eψを満たすEとψの組が,偶々何組か見つかったとしても,それらのうちの最小固有値が真に最小な固有値であるという保証はありません。
したがって,有限個の試行で中断して妥協するしかありませんが,よほどの幸運に恵まれぬ限り,所期の結果を期待することはできません。
そこで試行関数の範囲を広げてさらに効率よく試行を実行することを考えます。
すなわち,予めn個のもっともらしい試行関数φ1(q),φ2(q),..,φn(q)を与え,その任意の線形結合:Φ≡c1φ1+c2φ2+..+cnφnにおいて係数の組{cj}j=1,nを実数の範囲で連続的に変化させてエネルギーの期待値E[Φ]≡∫Φ*(q)HΦ(q)dq/{∫Φ*(q)Φ(q)dq}が最小値を取る条件を求めるわけです。
一般に,そうした条件を与える式はn個の未知数{cj}j=1,nに対する連立方程式になります。
すなわち,重なり積分をHij≡∫φi*(q)Hφj(q),Sij≡∫φi*(q)φj(q)とおけば,期待値はE[Φ]=ΣiΣjci*Hijcj/{ΣiΣjci*Sijcj}と表現されます。
故に,E[Φ]{ΣiΣjci*Sijcj}-ΣiΣjci*Hijcj= 0 です。これをci*で偏微分すると,{∂E/∂ci*}{ΣiΣjci*Sijcj}+E[Φ]{ΣjSijcj}-ΣjHijcj= 0 となります。
E[Φ]が最小になる条件は,∂E/∂ci*= 0 ですから,これからΣj{Hij-ESij}cj= 0(i=1,2,..,n)なる未知数{cj}j=1,nに対するn元1次の斉次連立方程式が得られるわけです。
(もしも,シュミット(Schimdt)の直交化法などによって,予めφi(q)(i=1,2,..,n)が直交規格化されているなら,Sij=δijです。ここでδijはKroneckerのデルタ記号です。)
そして,このn元1次斉次連立方程式が物理的に意味のある自明でない解を持つためには,(H-ES)ij≡{Hij-ESij}(i,j=1,2,..,n)で定義されるn次の正方行列(H-ES)について,その行列式がゼロになること:det(H-ES)=0 が必要十分です。
このEに関するn次代数方程式は永年方程式とも呼ばれ,これのn個の解E=ε0,ε1,..,εn-1(εi≦εi+1)は,それぞれdet(H-εiS)=0 を満足していてこれはHψ=Eψなるエネルギー固有値の近似値を与えるものです。
このうちの最小の値ε0は,Φ=c1φ1+c2φ2+..+cnφnなる線形結合で与えられるあらゆる可能なΦの範囲の中で基底状態のエネルギーE0に最も近いものです。
もちろん,近似値ですからE0≦ε0です。
同様にして真のエネルギー固有値を下からE0,E1,E2,..とするとEk≦εk (k=1,2,..,n-1)が成立しています。
そして,エネルギー固有値の近似値{εk}k=0,n-1に対応する波動関数の近次解{Φk}k=0,n-1は,連立方程式Σj{Hij-ESij}cj=0 (i=1,2,..,n)の左辺に,それぞれE=εkを代入して,方程式の解ベクトルとしての係数の組{cj}j=1,n={c(k)j}j=1,nを求め,Φk≡c(k)1φ1+c(k)2φ2+..+c(k)nφnと定義することで定めるわけです。
しかし,係数行列の非正則性によって,解{cj}j=1,n={c(k)j}j=1,nには定数倍だけの不定性があるので,∫Φ*k(q)Φk(q)dq=ΣiΣjci*Sijcj =1を満たすように{c(k)j}j=1,nを調整します。
この方法は,線形結合近似の変分法,あるいはリッツ(Ritz)の変分法と呼ばれています。
今日はこれで終わります。
参考文献:ランダウ=リフシッツ(Landau & Lifshitz) 著「量子力学1」(東京図書),大野公一 著「(化学入門コース)量子化学」(岩波書店)
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