カシミール効果(Casimir effect)
昨年の今頃は丁度入院したばかりで,結局1ヶ月程度ブログを休んで,4月末に退院してから再開したわけです。
今年も引越しのドサクサでブログが滞り勝ちになっていましたが,昨日くらいからやっと落ち着いたので以前のように科学的記事中心のブログを再開したいと思い,手始めにこの話題を取り上げたわけです。
昨年のブログ再開時も,まずは過去の記事を顧みてそれを反芻するような話題から入って慣らし運転をしましたが,今回も引越し直前の3月初旬にEMANさんのボードでの「談話室」 において
ゼータ関数の素朴な定義における見かけ上の発散の問題についてのごく軽い話題に関連して,カシミール効果(カシミア効果)の零点エネルギーの処理について述べた私のコメントの説明から始めます。
この話題については,ある方がかなりのこだわりを持っておられ,T.NAKAさんの「阿房ブログ」でも未だに頻繁に取り上げられているものでもあります。
まず,私のEMANさんのボードでの発言を再掲します。
これは私のホームページの内容ではないものを無断でアップするということになりますが,私自身が発言した部分のみを私のブログに掲載するのですから恐らく問題ないと思っています。
ただし,ブログ向きに内容を少し修正しています。
[再掲開始]
手前みその連続ですがブログ「TOSHIの宇宙」の2006年10/14の記事「零点エネルギーとファン・デル・ワールス力」でもカシミール効果とよく似た話になっているので,良かったら参照してください。
この場合,記事では零点エネルギーはhcω0+ΔU(ただしhc≡h/(2π)はプランク定数)で与えられ,ΔUが距離の6乗に反比例するファン・デル・ワールス力となっています。
無限大とは関係ないように見えますが,実はこれは1対の分子のみに着目しているので,全ての分子の寄与を加えると,全体の零点エネルギーはΣ(hcω0+ΔU)です。
通常の巨視的体積(数立法センチメートル)程度では,分子対の個数NはN~1023くらいで,零点エネルギーの大きさのオーダーはΣhcω0 ~ Nhcω0 ~hcω0×1023ですね。
このΣhcω0 ~ Nhcω0は無限大ではないにしても,分子間力としての個々のファン・デル・ワールス力の大きさと比較すると莫大ですね。
(ここでは"格子振動=フォノン"を問題にしているのでNは有限ですが,宇宙全体の真空エネルギーなどのように"電磁波=光子"が対象ならNが有限とは限らず,零点エネルギーは無限大になります。)
しかし,ファン・デル・ワールス力の全エネルギーは,Σhcω0を原点としたときの差であるΣΔUの方です。
別に各点の近傍での1対の分子に働く力だけを知りたいのであれば,その位置でのΔUのみが問題になるので,敢えてそのΣを取る必要もないくらいですし,ましてや零点エネルギーΣhcω0~Nhcω0は有限であろうが無限大であろうが,ファン・デル・ワールス力の評価には全く無関係な量です。
零点エネルギーが無限大とか莫大な値となるのは通常の量子力学でも場の量子論でも,"不確定性原理"がその根本原因ですから,これは付きものであって量子論ならこれを避けて通ることはできません。
しかし,実際の観測にかかる力Fは全位置エネルギーをUとするとき,F=-gradU=-∇Uにより,Uの"空間微分=勾配"として与えられますから,U自身が莫大な値であろうと,力Fに無関係な単なる定数項なので,零点エネルギーを気にする必要はないと思います。
そして,私の過去の記事での"ファン・デル・ワールス力"を"カシミール力"と読み替えてみると,今の話になると思います。 [再掲終わり]
と書きました。
まあ,実際に過去の記事を読めばこれ以上の説明は蛇足に思えます。
私自身がカシミール力(Casimir force)(=真空の中で2枚の平面金属板を微小な距離を隔てて平行に設置したとき互いに引き合うという不思議な力)については,Wikipedia程度の予備知識しかないですから,この部分に関する説明を若干詳細に行なって問題をより明確にする必要があると思ったわけです。
一般に学問的,専門的なことに限らず,初等教育においてもそうですが,ある意味で他人に説明するという行為は,説明を試みる本人が得るものの方が,教えられる人の得るものよりもはるかに大きい場合が多い,という側面がありますから,これは自分自身への解説でもあります。
さて,Wikipediaの“Casimir effect”によれば,
z=0とz=aで与えられるxy面に平行で距離aだけ離れた2枚の金属導体平面上では,自由電磁波の成分であるところの電場の横波成分,および磁場(横波しかない)は消えるという境界条件から,それらの場の成分は定在波:ψm(x,y,z,t)=exp(-iωmt)exp(ikxx+ikyy)sin(kmz);km=mπ/a,ωm=c(kx2+ky2+km2)1/2(m=1,2,..)の重ね合わせとして表現されることがわかります。
ここにcは光速です。
これは電場あるいは磁場の偏り成分を複素電場,あるいは複素磁場で表現した形式ですが,実際の電磁場は実数であり,例えば電場なら複素電場の実部,あるいは虚部で与えられます。
そこで,複素電場が単一の角振動数ωによって,E(x,y,z,t)=E0(x,y,z)exp(-iωt)で与えられる場合には,電場の強さはこれのサイクル平均,すなわち,周期をT≡2π/ωとして<E2>c=(1/T)∫0T|ReE|2dt=(E02/T)∫0Tcos2ωtdt=E02/2=|E|2/2 で与えられると考えられます。
ここで< >cの添字cはサイクル平均を表わしています。
特に,先の2枚の平行金属板の間にあると仮定した境界条件を満たす光=電磁波のケースなら電場の横成分ベクトルはE(x,y,z,t)=E0ψm(x,y,z,t)=E0exp(-iωmt)exp(ikxx+ikyy)sin(kmz)なる形ですから,サイクル平均強度は<E2>c=E02sin2(kmz)/2 となるはずです。
振動数がωmの単一モード(単色)の電磁波のエネルギーのサイクル平均は,古典電磁気学では<E>c=(1/2)∫dxdydz<ε0E2+μ0-1B2>c=(1/2)ε0E02A∫0a sin2(kmz)dz=(1/4)ε0E02aAで与えられます。
ここに,Aは平面金属板の面積です。
そして,特に真空の場合にはE(x,y,z,t)=E0ψm(x,y,z,t)=0 ですから,古典電磁気学で考える限りでは,もちろん,真空での平均エネルギー<E>cはゼロです。
ところが量子論では振動数がωの"単色電磁波=光子"のエネルギーの期待値<E>はその励起準位がnの場合,つまりn個の光子が存在する場合には<E>=(n+1/2)hcωで与えられます。
そして特に真空の場合,すなわち光子数がゼロでn=0 の場合でも,その"状態(真空)=基底準位"のエネルギー<E>はゼロではなく,有限値<E>=(1/2)hcωを取ります。これを零点エネルギーと呼びます。
この零点エネルギーの存在は量子論特有の現象であり,一般に電磁場は多くの1次元調和振動子の集まりとして表現できますが,個々の"1次元調和振動子のエネルギー=ハミルトニアン"Hの表現E=H=p2/(2m)+(1/2)mω2x2では,ハイゼンベルクの不確定性原理ΔxΔp≧hc/2 のせいで量子論的にはバネ振動が完全に静止x=p=0 し,E=0 となるような状態の存在が不可能です。
そこで,|xp|≧hc/2 とならざるを得ないため,(相加平均)≧(相乗平均)によりE=p2/(2m)+(1/2)mω2x2≧2{p2/(2m)×(1/2)mω2x2}1/2≧(1/2)hcωが成立することに起因しています。
そこで,振動数がωmの光:ψm(x,y,z,t)=exp(-iωmt)exp(ikxx+ikyy)sin(kmz);km=mπ/a,ωm=c(kx2+ky2+km2)1/2(m=1,2,..)に対しEm≡hcωmとおけば,その光子に対応する"真空でのエネルギー期待値=零点エネルギー"は,(1/2)Em=(1/2)hcωmです。
それ故,x,y方向の運動量成分(kx,ky)の各々について許される全ての振動数に対する"真空の全エネルギー期待値=全零点エネルギー"<E(kx,ky)>は,<E(kx,ky)>=2×(1/2)Σn=1∞En=hcΣn=1∞ωn;ωn=c(kx2+ky2+n2π2/a2)1/2,(n=1,2,..)で与えられます。
2を掛けたのは光の偏りの2つの自由度を考慮したものです。
そして,(kx,ky)の近傍,kx~kx+dkx,ky~ky+dkyでの単位面積当りでの状態密度はdkxdky(2π)-2なので,単位面積当りの零点エネルギーは<E>/A=hc∫dkxdky(2π)-2Σn=1∞ωn (ただしωn=c(kx2+ky2+n2π2/a2)1/2)で与えられることになります。
ところが,q2=kx2+ky2とおいて<E>/A=hc∫dkxdky(2π)-2Σn=1∞ωn={hcc/(4π2)}Σn=1∞∫0∞2πqdq(q2+n2π2/a2)1/2と書くと,この右辺は明らかに発散します。
そこで,これが発散しないための処方として,パラメーターsを導入して級数Σn=1∞ωn=cΣn=1∞(kx2+ky2+n2π2/a2)1/2でのωnにかかるベキを1から(1-s)に変えることを考えます。
つまり,<E(s)>/A≡hcΣn=1∞∫dkxdky(2π)-2ωn1-sと定義して,求める<E>/Aは上式の右辺が収束するようなsに対する<E(s)>/Aから回り道をして<E>/A=lims→+0<E(s)>/Aにより,<E(s)>/Aのs→ 0 の極限値で与えられると考えるわけです。
こうしたテクニックを使って発散を緩和する手法は正則化と呼ばれています。
こうすれば,<E(s)>/Aを表わす右辺の級数の各項の積分は簡単に実行できて<E(s)>/A=hcΣn=1∞∫dkxdky/(2π)2ωn1-s={hcc1-s/(4π2)}Σn=1∞∫0∞2πqdq(q2+n2π2/a2)(1-s)/2=-[hcc1-sπ2-s/{2(3-s)a3-s}][Σn=1∞(1/ns-3)]と書けます。
もしもRe(s-3)>1であって右辺の無限級数が収束する場合なら,これはゼータ関数を用いて表わすことが可能で,<E(s)>/A=-[hcc1-sπ2-s/{2(3-s)a3-s}]ζ(s-3)と書くことができます。
この最後の表式が正しいのであれば,ζ(-3)=1/120ですから見かけ上は<E>/A=lims→+0<E(s)>/A=-[hccπ2/(6a3)]ζ(-3)=-[hccπ2/(6a3)](1/120)となって値は有限になります。
しかし,現実にはs=0ではRe(s-3)>1は満足されず<E>/A=-[hccπ2/(6a3)][Σn=1∞n3]=-∞であって,これは明確な意味を持たない量で無限大ですから,Σn=1∞n3が有限確定な値を定めるゼータ関数ζ(-3)=1/120に一致するはずはありません。
しかし,現実に実測にかかる量は金属板間にかかる張力,あるいは圧力,つまりT=F/A=-{d<E>/da}/Aで与えられる量であって,位置エネルギー<E>/A=-∞ そのものではありません。しかし,そもそも無限大の値である<E>/Aを有限な距離パラメータaで微分することに明確な意味があるのでしょうか?
これについては,既に量子電磁力学の実際の理論計算において,理論に忠実に計算を行なえば物理的観測量の値のほとんどが発散して無限大の値になってしまう,という避けられない現実との不一致が現われるという困難を回避するための"くりこみ理論"という有名な有効理論の先例があります。
これは,一見したところ無限大に発散する量から,無限大を差し引くという方法で,この方法によってある種の正則化をしたお釣りの有限項から,物理量の実測値と一致する種々の計算結果を理論的に非常に厳密な精度で得ることに成功しています。
そこで,今の場合も<E>/A=-[hccπ2/(6a3)][Σn=1∞n3]=-∞という負の無限大量は-[hccπ2/(6a3)]ζ(-3)-∞とゼータ関数で与えられる有限なお釣りを持つと想定して,項ごとにaで微分したとき,右辺第2項の零点エネルギーの無限大寄与部分は定数項であると考え,その微分{d(-∞)/da}/Aはゼロであると仮定すれば,結局,張力としてT=F/A=-{d<E>/da}/A=-[3hccπ2/(6a4)]ζ(-3)=-hccπ2/(240a4)なる表現式が得られます。
これは,カシミール力として知られている真空中に単に平行に金属板を置いただけで観測される距離の4乗に反比例する張力あるいは引力を正しく表現する式となっています。
上述のくりこみは,カシミール力の実験値を再現する有効理論としての意味を持っていることがわかります。この理論で用いた正則化はゼータ関数による正則化と呼ばれているようです。
このカシミール力をフォトンの零点振動から導いた方法が以前の記事において結晶のフォノンの零点振動から分子間力であるファン・デル・ワールス力(Van der Waalsの力)を導いた方法と同じであることは,ほぼ明らかであると思われます。
こうした量子論の根本原理である本質的な確率的性格に起因する零点エネルギーや紫外発散のように無限大に発散する計算値を除去する種々の正則化の試みはファインマン(Feynman),朝永,シュヴィンガー(Schwinger),ダイソン(Dyson)のくりこみ理論においても,所詮は処方箋というか,実験値を再現するための対症療法,つまり有効理論でしかないわけで原因療法ではあり得ないわけです。
2006年4/23の記事「くりこみ回避のアイデア」にも書きましたが,過去には私自身も解析接続にその真の解決の可能性を求めたこともありました。
しかし,結局これらの根本的解決は現在では超弦理論などの新理論に委ねられるべきかもしれませんね。
参考文献:Wikipedia "Casimir effect"
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