磁性の話(キュリーの法則)(補遺)
前記事で述べたように,Curie(キュリー)の法則は磁場H→ 0 の極限で磁化率(帯磁率)χが絶対温度Tに反比例するという法則:
χ=C/T (C≡NμB2μ0gJ2J(J+1)/(3kB)) なる法則です。
これは,物質を構成する個々の原子のエネルギー的に安定な状態が"全角運動量がJの状態=J多重項"で与えられ,Lande(ランデ)の因子:gJ≡3/2+{S(S+1)-L(L+1)}/{2J(J+1)}が一定,つまりJと共にL,Sの値も固定されている場合に成立します。
この原子から成る"バルクな物質=巨視的な原子数の系"が絶対温度Tの下で熱平衡状態にあって,Jの向きだけが統計的に乱雑になっている場合,
そして特にHをゼロと見なしていいほど外部磁場が弱い場合に成立する法則です。
一般にHが有限な量であっても,その物質の磁化ベクトルM(H,T)の磁場H方向の成分は,M(H,T)=N[ΣMJ=-JJ(-μBgJMJ)exp{-E(J,MJ)/(kBT)}]/(ΣMJ=-JJ[exp{-E(J,MJ)/(kBT)}])なる式で与えられると考えられます。
そして,上述の式は,M(H,T)={N/(μ0H)}(∂/∂β){log(ΣMJ=-JJ[exp{-βE(J,MJ)}])}と変形されます。
右辺の対数log(自然対数ln)の中の項は.実は双曲線関数を用いてΣMJ=-JJ[exp{-βE(J,MJ)}]=ΣMJ=-JJ[exp(-αβMJ)]=exp(αβJ)[1-exp{-αβ(2J+1)}]/[1-exp(-αβ)]=sinh{αβ(J+1/2)}/sinh(αβ/2)と簡明に表現できます。
したがって,この表式から,さらに(∂/∂β){log(ΣMJ=-JJ[exp{-βE(J,MJ)}])}=α(J+1/2)cosh{αβ(J+1/2)}/sinh{αβ(J+1/2)}-(α/2)cosh(αβ/2)/sinh(αβ/2)=α(J+1/2)coth{αβ(J+1/2)}-(α/2)coth(αβ/2)と書けることもすぐにわかります。
そこで,既にBrillouin(ブリリュアン)関数という名称で知られている関数:BJ(x)≡{(2J+1)/(2J)}coth{(2J+1)x/(2J)}-1/(2J)coth{x/(2J)}を導入すれば,
(∂/∂β){log(ΣMJ=-JJ[exp{-βE(J,MJ)}])}=(αJ)BJ(αβJ)と,非常に簡単な表現になります。
そこで,α≡μBμ0gJHが有限のとき,
M(H,T)=N[ΣMJ=-JJ(-μBgJMJ)exp{-E(J,MJ)/(kBT)}]/(ΣMJ=-JJ[exp{-E(J,MJ)/(kBT)}])
={N/(μ0H)}(∂/∂β){log(ΣMJ=-JJ[exp{-βE(J,MJ)}])}
なる変形によって,
結局,磁化の大きさはM(H,T)=NμBgJJBJ{JμBμ0gJH/(kBT)}となります。
こうして数学的に明確な形式で与えられることがわかりました。
双曲線余接関数は,y→ 0 でcoth(y)=cosh(y)/sinh(y)~(1+y2/2)/(y+y3/6)=(1/y)(1+y2/3)なる近似式で表現できることから,
x→ 0 でBJ(x)~(J+1)x/(3J)と近似できることもわかります。
そこで,H→ 0 においてCurieの法則χ=C/T,C≡NμB2μ0gJ2J(J+1)/(3kB)が確かに成り立つことも自然に得られます。
今思うと,前記事のように苦労して地道に計算する必要なかったですね。うーん,ある意味でくやしいですね。
一方,y→ ∞ の極限では,coth(y) → 1ですから,x→ ∞ でBJ(x)→ 1であり,それ故,このときはM(H,T) → NμBgJJです。
これは外部磁場Hが非常に強い場合とか,β=1/(kBT) → ∞,つまり温度Tが極低温のように低い場合には,磁化されて生じる単位体積当りN個の原子の磁気モーメントの全ての外部磁場H方向成分がそろって,最大値μBgJJを取るようになること,
つまり全ての原子の磁気モーメントがそろって磁場の方向を向くようになることを意味しています。
短いですが今日はこれまでとします。
参考文献:金森 順次郎 著「磁性」(培風館)
PS:(2010年5/16追記):
Brillouin関数:BJ(x)≡{(2J+1)/(2J)}coth{(2J+1)x/(2J)}-1/(2J)coth{x/(2J)}においてJ→ ∞ の極限を取ってみます。
このとき,右辺第1項={(2J+1)/(2J)}coth{(2J+1)x/(2J)}→ coth(x)です。
一方,coth{x/(2J)}=cosh{x/(2J)}/sinh(x/(2J)}です。
そして,limJ→∞sinh(x/(2J)})}=0,limJ→∞cosh{x/(2J)}=1ですから,limJ→∞coth{x/(2J)}=∞です。
しかし,limy→0{sinh(y)/y}=1なのでlimJ→∞{1/(2J)}/sinh(x/(2J)}=(1/x)limJ→∞{x/(2J)})}/sinh(x/(2J)}=1/xです。
以上から,lim J→∞BJ(x)=coth(x)-1/xです。右辺はLangevin(ランジュバン)関数と呼ばれる関数に一致しています。
すなわち,L(x)≡coth(x)-1/xで定義されるxの関数L(x)をLangevin関数といいます。
J→ ∞ の極限の磁性はJが連続的で全ての値を取り得るという古典的極限に相当しています。
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