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2008年5月 8日 (木)

自己力と自己エネルギー

以前の2008年4/21の記事「電場と電束密度,磁場と磁束密度(1)」において,場の概念を定義する際に次のようなことを書きました。

(再掲)電場というのは,"電気力が働くとされている空間内の点に大きさがeの電荷を持つ試験電荷を置いて,これに働く電気力がであるとき,をeで割った比(/e)のe→ 0 の極限を取り,これをと書いて電場という。"とでも定義すべきかと思われます。

 

普通のテキストでは"単位電荷当りに働く電気力を電場という。"という程度の簡単な表現で電場の定義が与えられることが多いようです。(後の便宜上試験電荷の大きさをqの代わりにeとしました。)

 

なぜ,定義するだけなのに,こうした"神経質とも思われる注意深さ"を必要とするのか?というと,厳密には試験電荷eが無限小,あるいは近似的にゼロではなく有限なら,その有限電荷量eの値が大きければ大きいほど,試験電荷を置くだけで,それを置いた点とその周りの電場そのものをゆがめてしまうと考えられるからです。

 

また,元々電荷がないときの物理的状況を知りたいために試験電荷を置くのにも関わらず,試験電荷自身が環境をこわすというディレンマがあること,あるいは"自分自身の作る場による自分自身への力=自己力をどう評価するのか"というような,ちょっと悩ましく微妙な問題があるからです。

 

今井功氏の批判的著書「電磁気学を考える」では,"そもそも無限小の試験電荷を基に定義された電場に実際に有限な電荷を置いたとして正しい電気力が得られるのか?”とか,

 

"そもそも電気力が先験的に電荷量に比例する,つまり電荷の大きさがn倍なら電気力もn倍になるという根拠があるのか?"などという基本的?な疑問が投げかけられています。

 

(再掲終わり)

これらについて少し考察し詳述してみます。 

まず,こうした問題意識を明確に設定して書き表わせば次のようになるかと思います。

電場の中に試験電荷eを入れる前の,元々の対象としている電場をE=E()とするとき,仮にこの電場が存在する空間のある位置0に試験点電荷eを入れたとすると,それによってこの点電荷のまわりにはクーロンの法則により,1()≡{e/(4πε)}{(0)/|0|3}なる形の別の電場E=E1()が発生します。

 

そして場に対して重ねあわせの原理が成立するとするなら,位置において電荷に作用する総体としての電場は元々の()ではなく,それらの和'()≡()+1()となるはずです。

したがって,"単位電荷当りに働く電気力を電場という。"という上述の素朴な定義に従うことにし,"電荷の大きさがn倍なら電気力もn倍になる"という性質をも受け入れて場の定義を文字通り解釈するなら,この試験電荷eに働く電気力(0)は(0)=e(0)ではなくて(0)=e'(0)≡e(0)+e1(0)であるということになるのではないかと考えられます。

しかも,e≠0 なら右辺の余分な第2項e1(0)は{e2/(4πε)}{(0)/|0|3}なる表式において0と置いたものですから,この項の寄与は無限大,あるいは 0/0 なので不定になります。

そこで,"(/e)のe→ 0 の極限をと書いて電場という。"という場についてのより正確で微妙な表現を取ったとしても,e→ 0 の極限では{e1(0)/e}=1(0)={e/(4πε)}{(0)/|0|3}|r=r0=0/0 と書けて,この量は不定ですから定義できません。

 

そして,(0)=e(0)以外の余分なお釣りの項である1(0)≡e1 (0)をどう解釈すべきかというのが問題意識の根源で,これはもちろん力の単位を持っていますから自己力と呼びます。

しかし,例えば()が1にある点電荷qによるクーロン力の場である場合なら()={q/(4πε)}{(1)/|1|3}ですが,本来qとeの間に働く静電気力は場という概念を規定するしないに関わらず,クーロンの法則によって(0)={eq/(4πε)}{(01)/|01|3}と書けますから(0)=e(0)が成立しています。

しかも,一般の電場()はnを任意の自然数としてn個の点電荷q1,q2,..,qnがそれぞれ独立に位置1,2,..,nにある場合の各々のク-ロン場の重ね合わせであって,試験電荷eに働く電気力()の方も,この試験電荷と各々の点電荷との間に働くクーロン力のベクトルとしての代数和である合力です。

 

そこで,理論的にも実験的にも,常に()=e()が成立することも間違いない事実です。

そこで,自己力というのは単に頭で考えた絵空事であり,問題が生じるとしたら,それは場の概念を定義する上での微妙な論理的な不備に起因するものであり,電荷eの存在によって自己場1(0)が出現して電場が'()≡()+1()のようにゆがめられるのも正しいが,

 

電荷eの値に関わらず,それに働く電気力()には自己場の影響は全く現われず,電場()のみによって()=e()なる式で表わされると規定すれば済むだけのことと思われ,実際,この修正定義で理論展開をしても,深刻な不都合,矛盾を生じることはないようです。

これは前に私が述べたように,(再掲)"物理学は経験科学である自然科学の一つですから経験あるいは実験が理論的概念を裏付ければ,それでいいわけで,究極的には根拠がなくても自然を正しく記述しているなら,数学で言えば公理,物理学で言えば仮説,あるいは法則として認めるだけのことですが。。"云々

 

(再掲終わり)

 

という態度を具現したものと考えられ,それなりに真なる立場であるといえると思います。

したがって,"自己力は常にゼロである。"ということを,わざわざ証明,あるいは説明をする必要もないかもしれませんが,これは例えば次のようにして説明することが可能です。

0にある点電荷eを置くといっても,それは文字通り点であるというわけではなくある有限な大きさを持っていて微小な部分の集まりであるとします。

 

つまり,e=ΣΔeであって,Δeは残りの(e-Δe)によって自己力を受けており,Δeの存在している位置を0のごく近傍の,残りの(e-Δe)が存在する荷電中心の位置を同じく0の極く近傍の’とすると,それに対応する自己力は,{1/(4πε)}{Δe(e-Δe)}{(')/|'|3}となるはずです。

この発想をさらに発展させると,点電荷eは実はe=∫ρ()dを満たす電荷密度ρ()の有限な大きさを持った帯電体であり,その全自己力は重複を避けるための因子1/2を持つ表現:1(0)=e1(0)=(1/2){1/(4πε)}∫[ρ()ρ('){(')/|'|3}d'で与えられることになります。

この右辺の積分∫[ρ()ρ('){(')/|'|3}d'の被積分関数は,'の交換に対して明らかにマイナス符号が付く位置の奇関数です。

 

しかし,一方,'の交換は単に積分変数の置換に過ぎない,と考えることもできます。積分の引数を入れ換えても引力なら引力,斥力なら斥力という性質は同じはずであり,この意味では交換のせいでマイナス符号が付く理由はありません。

したがって,これらのことをまとめると,-1(0)=1(0)が成立することになりますから,結局1(0)=0 と結論せざるを得ません。

 

すなわち,電荷が大きさと荷電分布を持つと仮定するなら自己力はゼロである,という証明らしきものができました。

 

そして,ここで仮定した有限の大きさというのも,全く任意の値でいいのですから,大きさがゼロの極限でも自己力はゼロと考えていいことになります。

つまり,先に1(0)=e1(0)=1(0)={e2/(4πε)}{(0)/|0|3}|r=r0=0/0 となって不定であった最右辺の 0/0 をゼロと見なしてもよいことになります。

 

この結論を採用すれば,"電気力は自己場以外の電場によって()=e()なる関係式で与えられる"と定義として規定するのと大差なく,この意味で自己力だけを問題にするなら,これは悪さをしない比較的たちのよい要素であり,全体の定式化にとって何ら影響を与えるものではないと思われます。

したがって,たった今ゼロであるとした自己力1(0)=e1(0)と同様,0のまわりの自己場1()も恒等的にゼロであるとしてもよいのではないか?という発想が出てきてもおかしくありません。

ところが,この自己場を与えるであろう"静電ポテンシャル=電位"を考えると,これは点電荷eに対してφ()={e/(4πε)}{1/|0|}|で与えられます。

 

上で自己力の計算をするときに考えたように,eが大きさを持ちe=∫ρ(’)dを満たす電荷密度ρ()の帯電体であると想定するなら,自己場を与える電位は,φ()={1/(4πε)}∫{ρ(')/|'|}dr'となります。

 

したがってその静電エネルギーはεself≡(1/2){1/(4πε)}∫{ρ()ρ(')/|'|}d'と表現されますが,今度は自己力の場合とは異なり被積分関数が'の交換に対して変化しない位置の偶関数ですから,この静電エネルギー=自己エネルギーεselfをゼロと見なすわけにはいきません。

例えば1個の電子の電荷を-e(e>0)とし,これを一様に帯電した半径aの帯電球とみなすなら,中心は原点にあるとして計算してもいいので-e=4πρa3/3でεself=(1/2){1/(4πε)}∫{ρ()ρ(')/|'|}d'={8π2ρ2/(8πε)}∫0adrr20adr'r'2-11d(cosθ)(r2+r'2-2rr'cosθ)-1/2=..となります。

面倒臭くなったので,計算するために右辺を球関数,あるいはルジャンドル展開しようかとも思いましたが,別の簡単な方法を取ることにして,すぐ得られる電位の式φ()=-e/(4πεr)(r>a),φ()=er2/(8πεa3)-3e/(8πεa) (r≦a)を用いればεself=(4πρ/2)∫0a2φ()dr=-3e2/(80πεa)+3e2/(16πεa)=3e2/(20πεa)が得られます。

 

すなわち,自己エネルギーは,εself={1/(4πε)}(3/5)(e2/a)と計算されます。

もしも,電子の帯電が球全体ではなく,-eが球の表面だけに集中して分布した導体の場合なら,εself={1/(4πε)}(1/2)(e2/a)となるので,これは素朴に静電ポテンシャルが点電荷のφ()=-e/(4πεr)で電子の大きさがr~aであるとしたときの自己エネルギーεself=-(1/2)eφに一致します。

 

要するに細かい計算をしなくても,電子の自己エネルギーの程度は{1/(4πε)}(e2/a),昔の原子物理学のように,c.g.s.静電単位を使用すれば,e2/aのオーダーですから,大きさのない点である極限a→ 0 では,O(1/a)のように1次発散をします。

古典物理学における相対性理論によると,粒子が静止時にエネルギーεを持つのはcを光速としてε=mc2を満たす質量mを持つことと同等です。

 

そこで,電子質量をmeとすると,これは me2 ~ 0.51MeVと表現できますが,上で得られた自己エネルギーεself={1/(4πε)}(1/2)(e2/a)をme2と同一視する,あるいはεself={1/(4πε)}(3/5)(e2/a)=me2から半径aが決めることができます。

 

こうして決められた半径aを古典電子半径と呼びます。

しかし,如何に小さい値であろうと粒子が有限な大きさを持つということは,その粒子の属性が空間的(space-like)に離れた異なる2点以上の場所に同時に存在するというような非局所性を持つという意味を有することになるので,これは"相対論的因果律を破る"と考えられます。

 

そのため電子などの内部構造を持たない素粒子であれば,それらは大きさのない点である(a=0である)と考える他ありませんから,古典的には自己エネルギーが存在すれば,それは発散することになりますが,古典物理学レベルでは,これは通常無視されています。

量子論では点粒子とはいってもド・ブロイ波長程度の拡がりがありますから,上記の電子の自己エネルギーの発散は1次発散O(1/a)ではなく対数程度の発散:O(lna)に緩和されますが,それでも発散することには変わりありません。

 

量子論ではhをプランク定数,λを量子の固有波長として運動量はp=h/λで与えられますが,運動量pに上限Λがある,つまりp≦Λとすると,それは波長λに下限=切断波長aがあること,つまりλ≧aに対応するはずですから,Λ=h/aとすると,対数発散O(lna)はO(lnΛ)と同等です。

このように発散が対数程度なら運動量pに上限=切断運動量Λがあるとして正則化するなどの方法で無限大を除去して理論を修正することができます。

 

こうした場合,理論はくりこみ可能であると言われ,発散除去による修正の方法はくりこみと呼ばれます。

このくりこみ理論によると,自己エネルギーは単に無視して捨てればいい無意味な量ではなく,それを考慮して一旦計算した後に振り返って発散量を合理的に解釈し再定義することで物理量が修正されて正確な値が計算されるという有用な側面を持っています。

 

実際,実験で観測されるラムシフト(Lamb Shift)や異常磁気モーメントのように,補正される値を非常に高い精度で得ることができるので,量子論では自己エネルギーを無視することはできません。

こうした自己場についての現象は,場の反作用と呼ばれることもあるようです。

 

しかし,場の反作用といえば素朴な自己力の話よりも,運動方程式md/dt=おいて,電荷が加速度運動をすれば電磁波を輻射するため,その反作用として運動量が抵抗を受けて減衰するように,方程式がmd/dt=+{e2/(6πεc3)}(d2/dt2)と修正される現象が思い出されますが,これに関しては,ここで論じることはせず,機会があれば,いつかトライしてみます。

自己エネルギーに関連した私のブログ記事としては2006年9/21の「電子を大きさのない点であると考える背景」やQED(量子電磁力学)の1939年のワイスコフ(Weisskopf)の歴史的論文の内容について記述した2006年12/21の「電子の自己エネルギーとディラックの海」があります。

 

よろしければ参照してください。

参考文献:今井 功 著「電磁気学を考える」(サイエンス社),砂川 重信 著「理論電磁気学(第2版)」(紀伊国屋書店)

  

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