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2008年6月 6日 (金)

我が半生の回顧

半生というより,もう後がないので全生かもしれませんが少し思いを書いてみます。

高校生,予備校生時代までは,今思うと鼻持ちならない田舎の秀才,優等生として,この世の有り方などについて,ほとんど何の疑問も抱かず,現状の世界や日本を無意識のうちに肯定的に捉え,中学生のときに病死で父親を失ったことを除けば貧乏母子家庭ながらも,子供なりの普通の価値観で生きていました。

しかし,大学に入った当時に,丁度その時代特有のイデオロギーに毒されて,価値観の逆転という,いわゆる"若気の至り"が思想的なトラウマ(外傷)となって無意識のうちに入り込んでしまっているのか,それとも意識的に好んでそうするのか,その後の人生を決めてしまうとは当時は思っていませんでした。

 

学生の初期の頃には,大学が"象牙の塔"であるというイメージに反発していましたが,それ以上に,帝国主義本国内の産学協同路線というのは嫌いでした。

 

しかし,まあその程度の自分のまわりについてだけの関心から,次第に社会的なことに関わるイデオロギーへと発展していったようです。

もっとも,自己が社会的な存在であることを完全に忘れた実存という意味では,ライフワーク(生きがい),あるいは夢ともいいますが,ガキの頃から変わらず有閑階層の贅沢な趣味を持ち続けていますが,この私の実存は社会的には単なるエゴに過ぎません。

私のことを"お前はもう人間じゃない"という友人もいますが,一応,人間である以上は社会的存在であることを拒否できません。

 

そういう意味では,学生から社会人となるときに,実力ではなく親戚のコネで安易な道,つまり,ある程度以上の安定した収入で"自分の好むこと=実存"を職業にできるチャンスがあったのですが,コネクションを利用することを,その当時潔しとするはずがありません。

 

それを断ってから後は,社会的には負け惜しみではなく,とにかく自分に忠実に,そして生活の糧を得られるギリギリの収入で苦労しながら,自分の面倒は見られない(実際身内や多くの親切な人々に迷惑をかけている)けれども,他人の面倒を見たい(これもエゴ?)という変態趣味に従って,自己の中で"実存=エゴ"と矛盾する価値観の葛藤があるようです。

 

生活ギリギリ以上の収入があれば,後は社会に還元するとか称して飲んだくれ,自分の身体の健康とか,着るもの,ファッションなど外見にはほとんど無頓着で来たおかげで,いろいろ病気になりましたが,依然として酒もタバコも自由にやっていてやめる気はありません。

 

まあ,歳と共に考えは変わってきていて,当然裏も表もあって表向きは品行方正な聖人君子のような理由をつけて気取っていても,中身はドロドロしたエゴのかたまりだったりします。動物ですから。。。。

 

また,イカガワシイお金でも,少しでも入ってくれば,飲み屋にでも奉仕しようかなと思っています。もっと大きなお金ならボランティアするけどね。。

営利企業に,正社員として就職して大型コンピュータをいじるサラリーマンであった頃には,やはり思想的トラウマのせいか,あるいは単に生来の怠け癖が出たのか,100%真剣に仕事をしていたとは言えない不良社員でした。

 

バブル時代だったので許されたこともあるでしょうが,正社員であるにもかかわらず,安い時給のアルバイトに任せるべき単純なデータを拾って入力するだけという作業に1年以上も熱中逃避して喜んで月給泥棒をしていたこともありました。

 

逆に,安月給のアルバイト社員で単純作業,肉体労働(といっても高々軽作業ですが)なら,貰う月給以上に一所懸命体を動かして同僚,先輩からバカじゃないの?と思われるくらいのこともありましたが,これもトラウマのせいでしょうか?  

  

もっとも大学生時代には家庭教師もしましたが,2年くらいでイヤ気がさして,コカコーラの会社(富士コカコーラボトラーズだったかな?)でやったと記憶している,ベルトコンベアで流れてくるビンの栓抜きと洗浄などに代表されるような単純作業も含めて百種類前後も単純労働のアルバイトをしたと思うので,こうしたのは何も考えず,というか常に考え事をしている自分には向いているのかも知れません。←変態だ。。。

 

平気で月給泥棒を働くくせに,"働かざるもの食うべからず"というポリシーがあるというのでは矛盾していると思われるでしょうが,まあそこはかせぎの悪い"義賊"を気取っているということでしょうか。。。

人付き合いでも,お金持ちであるとか,自分の働いていた会社も含めて比較的大きな企業の幹部や役員などの偉い人,公務員,特にキャリアや警察,検察関係であるだけで,最初から大嫌いになる,あるいは努めて嫌いになろうとする態度になってしまう傾向があり,貧乏ヒガミ根性の性格は直りません。

 

その人の組織人としての性格がどうあれ,個人的には人の親とかという家庭人としては見るからに優れた人間性で,つきあっても非常に好感を感じる人でも,結局は,"存在は意識を規定する"→"金持ちには貧乏人の気持ちはわからない"と合理化してしまう性向が私にはありますね。

 

まあ,結局,自分が不遇だとか貧乏だとかいう思いこみによる被害者意識からのヒガミでしょう。。

米国や日本が嫌い(もちろん,"国家=支配層"が嫌い,の意味で庶民は嫌いではありません)というのもこの延長線上にあります。

 

よく日本は米国の何番目の州だとか,植民地だとか言う人がいて,その気持ちはわからないでもないけど,そういう言い方は嫌いです。

 

もちろん,経済的意味であろうし,第一次帝国主義時代の植民地ではないでしょうけど,実際に日本の植民地であった韓国や北朝鮮が未だに日本を恨んでいるのに対し,

 

むしろ"植民地にしていただいてアリガトウ"という人もいるような"核の傘の下"にいる関係を,彼らと同列な呼称で呼ぶのはいかがなものでしょうか。。

日本も米国に負けず劣らず,主権を持った帝国主義の宗主国であるという重い責任があり,ポチだからという理由で責任を飼い主にゆだねて免罪符にしようというのもイヤラシイ話だと思います。

自己の思想的側面でも,かなりヒネくれていて,反社会的というほどでもなく,世間一般は嫌うであろう価値,例えば変態,ロリコン,天邪鬼とかが自分の好む価値になるような非社会的な性向があります。

 

こうした性向があることが自分の首を絞め,足を引っ張っても,マゾ的な自分にとっては,むしろ快感かもしれないとも思うのはやはり負け惜しみでしょうか?

これも学生時代に"造反有理"などという言葉を好み,自分はインサイダーではなく社会や自己を外から眺めるアウトサイダーであると気取っていたことの延長上の話でしょう。

 

アウトサイダーということはアウトローの意味をも含んでいて,"現状社会(治安,秩序)にけんかを売る"ことに意義を見出し,"あらゆる犯罪は社会秩序を破壊する意味で革命的である"とか,世間で"公徳心"とか言われる常識に反発して街をゴミで汚すことに理があるなどと主張して,実行していた過去もあって,今も意識がそのときのまま,ということもあるのでしょう。

 

(平岡正明著「あらゆる犯罪は革命的である」(現代評論社1972)参照)

そういえば先日,無意識に駅前のタクシー乗り場の近くの信号を無視して歩いていると,そばにいたパトカーがマイクを使って"赤信号ですよ"と抜かしたので,マイクへの対抗上大声で"車より歩行者の方が偉いんだぞ"と怒鳴り返したら,イカレタジジイだと思ったのかそれ以上相手が何も言わずに去っていきました。

 

そういえば,どこかのバカタレが,深夜の飲み屋のカラオケがうるさいと営業妨害のおまわりを呼んだときも,"今から中で実際にカラオケ唄うから外で騒音計で測ってみろ"とやったら,"カンベンしてください"と言って帰っていきました。

まあ,公僕として通報されたらアリバイ的にもやらざるを得ないことは私もわかっているし,末端の役人をイジメてもしょうがないと思いますが,単なるなりゆきです。

ところでブログを書いても読んでくれる人がどのくらいいるかわからないけど,元々自己顕示欲が強く,ガキの頃からわざと不良ぶって,あとで落ち込むのがわかっているのにでかいことを言ったり書いたりする露悪趣味なのは,これも性格だからしょうがないですね。

 

学生の終わり頃,ムラハチに会ってうつ病にかかったのも無理からぬ話で自業自得です。

これに関して,今,最も悔やまれるのは30年もかかったけど病がほぼ完治してしまったことです。

 

逆説的であり,ひょっとしたら私だけが感じることかもしれませんが,心因性の精神病だと最初の重い症状の頃なら治りたいとだけ思いますが,薬物で過敏な意識を麻痺させて治していく過程では,治りたいという気持ちと完治はしたくないという気持ちの葛藤があります。

精神の病が治るということは,それは被害妄想,顕示欲を含むイヤラシイ性格かもしれないけれど,その病の中に含まれているであろう生来の性格,あるいは感受性,感性もまた永久に失なわれるという感覚を持っているからです。

 

イヤラシかろうと馬鹿だろうと,それが親にもらった性格なのです。

 

性格は,体験によって変化するならともかく,薬物で鈍磨させて失いたくはありません。

病の渦中にあればイヤでイヤでしかたのない自己顕示欲の裏返しの恥ずかしいという感情,例えば妙齢の異性の前に出ると個人差はあっても当然感じるはずの赤面したり発汗したりという対人恐怖的な感情でも,これを失って老成し平然としてどう思われようが関係ないという鈍感な自分になっていくのは許せません。

 

(女性が恥じらいを失なうと共に色気を失なってしまうのと同列?)

実は長年の経験から,死にそうなほど恥ずかしいという感覚は大観衆のいる舞台で大向こうをうならせたいという極端な自己顕示欲の裏返しであり,逆に舞台俳優や歌手などをやる度胸はあって,やる前はドキドキでも,いざそれができたらショック療法で強迫観念から解放されると思っています。

まあ私的には図太いというか心臓手術を受けるといってもあまり恐怖を感じず,危ない人の前でも割とイキがったりして平気を装えるのも,実は単に鈍感になっただけで決して威張れたものではなく,単に歳と共に人並みの鋭敏な感性が失われているだけです。

 

感性は若さと同じく,二度とは回復できないものだと思うのでとても悲しいことです。

体をぶつけたら痛いのが人間,恥を感じるのも人間,寿命に限りあるからこそ動物,神でも仙人でもましてや機械でもない,欠点があるからこそ地球人でしょう。

 

ミスター・スポックのいるバルカン星の価値観なら感情は恥でしょうが,地球では当たり前です。

 

そもそも恥とかプライドという概念があるのなら,元々自己矛盾しているなと,昔スター・トレックを見てよく思っていました。

人間とか神とかいう話なら,今はテレビ番組などで薀蓄がもてはやされているようですが,関西で大学院生をしていた時代には物知りであることとか薀蓄があることが恥ずかしいことであるとされてよく揶揄されていました。

 

九州大から来た1年後輩の小太りで愛嬌のあったH君などには,比較的物知りだった私を称して,"物知りの量子数を持ったイヤミオン"とか呼ばれてからかわれていました。

 

専門以外の知識をひけらかすと,必ず,"モ・ノ・シ・リ"とからかわれて,私も若かったのでくやしい思いをしました。

 

そのせいで他人はほめてるつもりでも,物知りといわれると条件反射なのか?腹が立つこともときどきあります。

要するに,何についても物知りであるとか,万能であるとかいうのは,実は何一つ秀でて天才的なものがない,つまり多芸に秀でているというのはせいぜい人間の中の秀才であって,毎年,あるいは数年に1回もらえる金,銀,銅メダルのレベルにも到達しない奴=有象無象であり,

 

お前は本当に数十年か百年に1回しか現われない,一芸だけあって神の領域にいる天才ではないんだよ,他のことをやるくらいならもっと"専門バカ"になれ,

 

というような特殊な価値観の世界の中で判断していたのでしょうが,今から思うとずいぶん傲岸不遜な考えですね。

まあ,いずれにしてもかなり天邪鬼であることは事実です。

最近では健忘症なのか,人通りのない歩道でときどき本を読みながら歩いていたのに目的地に着いたら本が消えていてどこにもなかったりとか,ベッドから起きてトイレに向かう途中で台所で汚れ物に目がとまりちょっと水を飲むついでに洗い物をしてベッドに戻り,トイレに行くのを忘れるとか,末期症状が現われています。

 

昨日も電車に乗ろうとホームにいたのに考え事をしていたのか,結局2本も乗り損ねました。

 

もう長くはないみたいです。

脱線しそうなので終わります。

 

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