フーリエ級数のフーリエ積分展開(2)
続きです。
ここまでは,実はフーリエ(Fourier)級数とかフーリエ積分とかを中心としたもので,どちらかというと数学の話であり,量子論的考察を含まない展開でした。
例えば,離散表示での単独のφk(x)は運動量演算子:p^=-id/dxの固有関数ではありますが,エネルギーの演算子H^の固有関数ではありません。
あるエネルギー固有値E=p2/(2m)≡(kπ/L)2/(2m)に属するH^の固有関数解は端点で連続,つまりゼロになるという境界条件を満たすべきことから,kと-kの2つ運動量固有関数の差の形:2-1/2[φk(x)-φ-k(x)]で与えられ,これの波動関数は台の内部では,sin関数:(2/L)1/2sin(kπx/L)で与えられます。
さて,量子力学ではエネルギーを表わす演算子であるハミルトニアンH^=p^2/(2m)+V^が理論の主役になります。
量子力学の基本方程式を抽象ヒルベルト空間のケットベクトルで表現すると,これは時間を含む状態を示すベクトル|ψ,t>に対するシュレーディンガー(Schoroedinger)の波動方程式 i(∂/∂t)|ψ,t>=H^|ψ,t>になります。
この方程式を形式的に解くと解は,|ψ,t>=exp(-iH^t)|ψ,0>になります。
また,特に,変数分離解を仮定して|ψ,t>=|ψ>|t>とおいて方程式に代入すれば|ψ>(id|t>/dt)=H^|ψ>|t>となります。
そこで,両辺に共通なある定数Eが存在してH^|ψ>=E|ψ>,i(d|t>/dt)=E|t>とおけることになります。
これの後者からは,解が|t>=exp(-iEt)|0>なる形になることがわかります。
変数分離解の表わす状態は定常状態と呼ばれ,時間発展因子|t>の部分について,<0|0>=1と規格化しておけば,この因子の寄与は干渉がない場合には検知できない単なる位相です。
まあ,そういうわけで量子論的状態が時間に依存するにも関わらず,古典論で時間に依存しないことを意味する定常状態と呼ばれるのですね。
一方,因子|ψ>の方はH^|ψ>=E|ψ>と書けば,これは|ψ>がH^の固有値Eに属する固有ベクトルであることを意味する固有値問題になりますが,これを定常状態のシュレーディンガー方程式と呼びます。
ここで位置x^の固有ベクトルが存在すると仮定して,その時間tを含まない固有ベクトルを|x>とします。
x^|x>=x|x>で|x>≠0 ですね。そして,これが連続スペクトルであって,完全系をなす。つまり∫dx|x><x|=1とします 。
定常状態のシュレーディンガー方程式,H^|ψ>=E|ψ>の左から<x|を掛けると,<x|H^|ψ>=E<x|ψ>となります。
これに完全系条件を挿入すると∫dx'<x|H|x'><x'|ψ>=E<x|ψ>です。ここで<x|ψ>は波動関数と呼ばれ,通常はψ(x)と書かれます。
またH^は位置座標x^の行列要素として対角成分しか持たず,行列要素を陽に書くと<x|H^|x'>=<x|p^2/(2m)+V^|x'>=δ(x-x')(-id/dx')2+V(x')です。
これから,[(-id/dx)2+V(x)]ψ(x)=Eψ(x)なる,普通の定常状態シュレーディンガー方程式の表現が得られました。
p^を(-id/dx)で置き換えたのは,これが単に正準交換関係[x,p^]=iを満たすべきという量子化条件からで,もちろん,p^=(-id/dx)でなくp^=(-id/dx)+f(x)でもかまいません。
一方,同じく運動量p^の固有ベクトルが存在すると仮定して,その時間tを含まない固有ベクトルを|p>とします。
x^のときと同じように,p^|p>=p|p>で|p>≠0 です。これも連続スペクトルであって完全系をなします。
つまり,∫dp|p><p|=1とすると∫dp'<p|H|p'><p|ψ>=E<p|ψ>です。
そして,先の記事と共通の表現ではap=<p|ψ>であり,これを運動量波動関数と呼びます。
x表示では<x|H^|x'>=<x|p^2/(2m)+V^|x'>=δ(x-x')(-id/dx')2+V(x')ですが,p表示では<p|H|p'>=<p|p^2/(2m)+V|p'>=δ(p-p')p'2/(2m)+<p|V|p'>です。
ここで,<x|V|x'>=δ(x-x')V(x')でしたから,<p|V|p'>=∫dx1dx2<p|x1><x1|V|x2><x2|p'>=∫dx1<p|x1>V(x1)<x1|p'>と書けます。
ところが<x|p^|x'>=δ(x-x')(-id/dx')で,かつp^|p>=p|p>なので,<x|p^|p>=p<x|p>より,∫dx'δ(x-x')(-id/dx')<x'|p>=p<x|p>,つまり(-id/dx)<x|p>=p<x|p>が得られます。
この方程式を解くと,<x|p>=cexp(ipx)です。これは一般解でc=0 の場合,つまり<x|p>=0 も解ですが,固有関数という場合にはゼロ解は含みません。
さらに,∫dx<p'|x><x|p>=<p'|p>ですが,<p'|p>=δ(p-p')により|c|2=(2π)-1ですから,cが実数になるように係数の位相を決めてc=(2π)-1/2とすれば,<x|p>=(2π)-1/2exp(ipx)となります。
したがって,結局<p|V|p'>=∫dx<p|x>V(x)<x|p'>=(2π)-1∫dxV(x)exp{-i(p-p')x}=Vp-p'となります。ここに,VpはV(x)のフーリエ変換です。
そこで,p表示でのシュレーディンガー方程式は,{p2/(2m)}ap+∫dp'Vp-p'ap'=Eap,または∫dp'Vp-p'ap'={E-p2/(2m)}apと書けます。
ここまでずっと,pについても連続変数の表記をしてきましたが,もしもp^の固有状態が離散的:{|pk>}k=0,±1,±2,..,p^|pk>=pk|pk>(k=0,±1,±2...)であって,完全系条件としてΣk|pk><pk|=1を満たす場合,固有ベクトルの正規直交性は<pk|pj>=δkjで与えられます。
このとき,Σk|pk><pk|=1から,|ψ>=Σk|pk><pk|ψ>ですから左から<x|を掛けると,<x|ψ>=Σk<x|pk><pk|ψ>が得られます。
そして,今対象としている閉じた箱の系の場合なら,<x|pk>=φk(x)であり,pk=kπ/Lです。
また,<x|ψ>=ψ(x)=2-1/2[φk(x)-φ-k(x)]=(2/L)1/2sin(kπx/L))](-L/2<x<L/2),=0 (|x|>L/2)の場合の状態のケットベクトル表現は,|ψ>=2-1/2[|pk>-|p-k>]です。
したがって,x表示とかp表示とか,またはその他の演算子による表示には全く関係なく,p^|ψ>=2-1/2[pk|pk>-p-k|p-k>]であり,p^n|ψ>=2-1/2[pkn|pk>-p-kn|p-k>]となります。
そこで,p^nの期待値は,<ψ|p^n|ψ>=2-1[<pk|-<p-k|][pkn|pk>-p-kn|p-k>]=2-1(pkn+p-kn)で与えられ,p-k=-pkなので<ψ|p^n|ψ>=pkn{1+(-1)n}となるわけで,nが奇数ならゼロなんですね。
この期待値の表現は,もちろん表示にはよらないわけですが,もしもx表示なら,∫dx|x><x|=1により,∫dxψ*(x)(-id/dx)nψ(x)=2-1∫dx{φk*(x)-φ-k*(x)}{pknφk(x)-p-knφ-k(x)}=2-1(pkn+p-kn)と書けます。
一方,p表示なら,連続スペクトルだと∫dp|p><p|=1により,∫dpap*pnap=2-1∫dp(apk*-ap-k*)(pknapk-p-knap-k)=2-1(pkn+p-kn),離散スペクトルだとΣk|pk><pk|=1,および<pj|ψ>=2-1/2(δj,k-δj,-kn)により,Σj2-1/2(pjnδj,k+pjnδj,-k)=2-1(pkn+p-kn)となります。
結局,量子力学の定式化だけを粛々と進めれば,人間がどう考えようと本来無問題だったのです。
というわけで,結局,問題となるのは,前記事で書いたように,等式変形で書いてきた両辺の計算が,結果的に何故食い違うかということだけに尖鋭化され集約されました。
ではお待たせの結論です。誰も待ってないか。。。
単刀直入ですが,実はφk(x)=∫-∞∞apχp(x)dpと書けるという仮定が間違っていたのですね。
χp(x)=(2π)-1/2exp(ipx)なのですが,x<-L/2,x>L/2の領域ではφk(x)=0 なることを上の等式で表現することは不可能です。
すなわち,例えばx=c>L/2と固定すると,上の等式はφk(c)=∫-∞∞apχp(c)dp,つまり 0=(2π)-1/2∫-∞∞apexp(ipc)dpとなりますが,これはほとんど全てのpに対してap=0 を意味します。
疑うなら逆変換ap=(2π)-1/2∫-∞∞ 0 exp(-ipc)dcのようなものを想像してみてください。
もちろん,より超関数的なもので反例を探してもいいですが,そうした特別なものを想定しなくても,ap≡0 であることを認めて以下の議論で矛盾はありません。
そしてap≡0 とすると,x<-L/2,x>L/2で 0=φk(x)=∫-∞∞apχp(x)dpが満たされますが,逆に-L/2<x<L/2の台の上でφk(x)=∫-∞∞apχp(x)dpが成立しなくなります。
以上から,台を持つ単一波長の定在波も台のない自由波で展開される,言い換えるとフーリエ級数もフーリエ積分も同時にできると考えたのは間違いであったということになります。
したがって,離散的なフーリエ展開での運動量波動関数,すなわち,p=pjなら,ap=<pj|ψ>=2-1/2(δj,k-δj,-kn),それ以外のpではap=<p|ψ>=0 という表現,と連続的な展開での運動量波動関数:ap=<p|ψ>の表現の両立は不可能です。
元々何も想定せずに連続定式化をすることから,場合によっては離散運動量が必然的になるということを数学として演繹的に導くことはあきらめ,物理的考察から台のある系では最初から離散的扱いしかできないということを考慮して理論展開するしかないようです。
(以上。。。今度こそ完全に終わりです。)
PS:甘泉法師さんのコメントを見て,少し考え直してみました。
別に自分自身が神の如く絶対的に正しいと思い上がっているわけもなく(そもそもかなりオッチョコチョイです),また自然科学は文科系の何かのように論争の勝ち負けで決着が付くというものでもありませんから,ふと思いついたときにしばしば考え直したりします。
さて 0=(2π)-1/2∫-∞∞apexp(ipc)dpとするには超関数を使ってもいいなら,例えばap=(1/2)[δ(p-π/c)-δ(p+π/c)]のようなものならO.Kですね。うーむ。
これでも,ほとんど全てのpに対してap=0 というのは確かに正しいです。
もちろん,φk(x)=∫-∞∞apχp(x)dpにap=<χp|φk>={2/(πL)}1/2sin(Lp/2-kπ/2)/(p-kπ/L)を代入して,ちゃんと全てのx∈(-∞,∞)でこれが成立するなら問題ないのですが。。。
あ,あまり真剣に計算しなかったので前の結論になったのですが,どうやら計算してみるとこれ自身は成立します。
だったら"台を持つ単一波長の定在波も台のない自由波で展開される,言い換えるとフーリエ級数もフーリエ積分も同時にできると考えたのは間違いであったということになります"と書いたのが間違いで問題は別の式ですね。
ここまででも最初から1つずつ式を検証してたどりついた道なのに,また戻るのはメンドクサいという気がしますが。。
うーむ,別にx表示だと良くて,p表示だとうまくいかないなら,それはp表示への変換がうまくユニタリ(量子論)になってないだけで,x表示の答だけで十分じゃないかとも思います。
いやいやちゃんと考えましょう。。
そうかそうか,結局φk(x)=∫-∞∞apχp(x)dpの被積分関数apχp(x)はpの関数として二乗可積分の空間に属していますが,両辺をxでn回微分した形式的等式:(-id/dx)nφk(x)=∫-∞∞appnχp(x)dpはnが大きくなると,そもそも被積分関数appnχp(x)が明らかに二乗可積分じゃなくなるので,右辺だけ発散して等式が成立しなくなりますね。
これが原因だったのですね。やっと終わりました。はんどるさんとの長い議論はこれだったのでしたか。。
まあ,いずれにしても,左辺のx表示(-id/dx)nφk(x)は生きていて,<p^n>=∫dxψ*(x)(-id/dx)nψ(x)=2-1(pkn+p-kn)という結論に変わりはありません。
(失礼しました。。ワールドカップ予選日本対カタールをTV観戦しながら。。)
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コメント
1つ前のコメントの最後の段落で、
>が計算の仕方に依らない
というのは、
<p^n>が計算の仕方に依らない
と書いたつもりでした。失礼しました。
投稿: 冷蔵庫 | 2010年8月18日 (水) 03時17分
一応こっちにもコメントしておきます。
「 箱の中の粒子の運動量について(決着版)」
http://maldoror-ducasse.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-aff4.html
では無限井戸型ポテンシャルの問題を扱っていますが、こちらでは箱に閉じ込められた粒子を扱っていますね。これらの問題が異なるということはご存知でしょうか。
たしかに解くべき方程式と境界条件は同じ(その結果エネルギースペクトルも同じ)です。しかし、前者は空間が無限に拡がっている(壁の外側にも空間はあるが、壁の外でΨ(x)=0としている)のに対し、後者は有限の空間を考えています。
運動量固有状態のx表示の波動関数は、前者では全空間に拡がっていますが、後者のそれは限られた区間にしか存在しません。ですから、運動量固有状態による状態の展開の仕方に違いがでるのが当然です。その違いによって、演算子の期待値にも違いが出るようですね。
箱に閉じ込められた粒子で、
が計算の仕方に依らないのは、TOSHIさんがこちらに書かれているとおりです。無限井戸型ポテンシャル中の粒子でも、
が計算の仕方に依らないことは「 箱の中の粒子の運動量について(決着版)」のコメント欄に私が書いたとおり、愚直に計算すれば示せます。(n=2,4しかやっていませんが、一般のnについても同様です)
投稿: 冷蔵庫 | 2010年8月18日 (水) 03時12分
無限区間で定義された有界な台の上の関数のフーリエ分解について
Webでみつけた参考資料
1
電気では台を窓関数と、台に載せることをwindowing というようです。
http://stahl.arch.t.u-tokyo.ac.jp/~iyama/lecture/hadou/lec071210.pdf
http://okawa-denshi.jp/techdoc/2-2-6WindowFunction.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%93%E9%96%A2%E6%95%B0
いずれもフーリエ分解は級数でなく積分になっていますね。
2
有限区間Lでの正弦波のフーリエ変換の図
http://www.sci.yamaguchi-u.ac.jp/phy/astro/fourier.ppt#320,31,δ関数と正弦波
右図はまさに無限井戸のエネルギー固有状態の波動関数ですね。
=甘泉法師=
投稿: 甘泉法師 | 2008年11月19日 (水) 23時39分
TOSHIさん
>あるエネルギー固有値(eigenvalue)E=p2/(2m)≡(kπ/L)2/(2m)に属するH^の固有関数解(solution)
運動量pは、〔H,p〕≠0から、Hと同時固有状態をとることはできません、ポテンシャルVの存在によって。
(ついでに運動量p^2も、〔H,p^2〕≠0から、Hと同時固有状態をとることはありません。)
よって御式のpは、井戸の中にあらわれる定常波の波数情報ですが、系の運動量ではありません。
>は端点(endpoint)で連続(continuous),つまりゼロ(zero)になるという境界条件(boundary condition)を満たすべきこと
から,
>kと-kの2つ運動量固有関数の差(difference)2-1/2[φk(x)-φ-k(x)]の形で与えられ,
上で述べたことから”運動量固有関数の差”ではありえません。実際、運動量固有関数は C exp(kπx/L) であって、ふたつの差をとったものは箱(台)の外で0でない値を持ちます。
φk(x)は運動量の固有関数でありません。運動量固有関数が平面波であることは系のハミルトニアンとは無関係であり無限井戸ポテンシャルも例外でありません。
>これの波動関数は台(support)の内部では,sin関数:(2/L)^1/2 sin(kπx/L)で与えられます。
xの定義域は(-∞,∞)ですから御式 (2/L)^1/2 sin(kπx/L) のxに台の外の値、たとえば台が[-L/2,L/2]ならx = 1.234 L 、を代入すると0でない値を返します。「そういうことをしてはいけない、台の内部ではとことわっているではないか」とのこころを、言葉でなく式だけで表現することが必要です。
式は ヘビサイドの階段関数 θ(x)= (1+sgn x)/ 2 をつかって
θ(L/2+x)θ(L/2-x)(2/L)^1/2 sin(kπx/L) とか
( θ(L/2+x)-θ(x-L/2)) (2/L)^1/2 sin(kπx/L)
とあらわされます。フーリエ分解はこの式を対象にしなければなりません。θは三角関数ではありませんからこの式がフーリエ分解としては中途半端であるのは言を待ちません。なお無限区間ではフーリエ級数は周期関数しか表現できません。
井戸の波動関数のフーリエ分解は、”級数”でなく”積分”です。
>状態のケットベクトル表現は|ψ>=2-1/2[|pk>-|p-k>]です。
上で御式のpが系の運動量でないことを説明しました。重ねて申し上げますがφkは運動量ケットベクトル|pk>ではありません。運動量の情報は波動関数をフーリエ積分して得られます。
=甘泉法師=
投稿: 甘泉法師 | 2008年11月17日 (月) 11時33分