超弦理論(7)(弦の相互作用と頂点演算子)
超弦理論(superstring theory)の続きです。
ここまでは,自由弦についてのみ論じてきましたが,ここで相互作用,あるいは非線型理論を導入する手続きについて述べます。
まず,場の理論でのFeynman-diagramについて復習します。
例えばn次元時空の質量がゼロのスカラー場に対して時空の点xとyの間の標準伝播関数は-<y|□-1|x>です。
ここに,□はd'Alembert演算子(d'Alembertian),または波動演算子と呼ばれるもので,□≡ημν∂μ∂νです。
そして,この波動演算子の逆演算子を示す伝播関数は,-<y|□-1|x>=∫0∞dτ<y|exp(τ□)|x>で与えられます。
(n+1)次元での質量mの非相対論的粒子のHamiltonianは単にH=p^2/(2m)=-□/(2m)ですが,特にm=1/2と取ればH=p^2/(2m)=-□です。
ただし,ここでの演算子:exp(τ□)におけるτは虚数固有時間であり,それ故,これは非相対論的な時間発展の演算子(作用素):exp(-iHt)を示しています。
何故なら,H=p^2/(2m)より,exp(τ□)=exp(-τH )=exp{-iH(-iτ)}=なので,τ=itとおけば,exp(τ□)=exp(-iHt)となるからです。
これに対して,よく知られた経路積分の公式があります。
すなわち,<y|-□-1|x>=∫0∞dτ∫xyDx(t)exp{-(1/4)∫0τdt(dx/dt)2}です。
ここで指数部分は丁度古典的粒子の作用です。記号∫xyDxはt=0にxでスタートしてt=τにyで終わる,全ての経路x(t):0≦t≦τにわたる積分を表わすものです。
※(訳注6):経路積分の公式というのはガウス・フレネル積分の公式:∫-∞∞exp(-iax2/2)dx={2π/(ia)}1/2を用いて,とにかくHamiltonianによる時間発展の積分を"Lagrangianの積分=作用積分"の式に変換するものです。
そして,-<y|□-1|x>=∫0∞dτ<y|exp(τ□)|x>ですが,被積分関数は,τ=itについて実は<y,t|x,0>=<y|exp(τ□)|x>=<y|exp(-iHt)|x>=∫xyDx(t)exp{i∫0tdt1[L(x,dx/dt)]となります。
ここでH=p^2/(2m)に対しては,L(x,dx/dt)=(m/2)(dx/dt)2=(1/4)(dx/dt)2 (m=1/2)ですから,∫xyDx(t)exp{i∫0tdt1[L(x,dx/dt1)]=∫xyDx(t)exp{(i/4)∫0tdt1(dx/dt1)2}=∫xyDx(t)exp{-(1/4)∫0τdt(dx/dt)2}です。
ここで,t=it1,で(dx/dt1)2=-(dx/dt)2を用いました。
したがって,-<y|□-1|x>=-∫0∞dτ∫xyDx(t)exp{-(1/4)∫0τdt(dx/dt)2}と書けるわけです。
(訳注6:終わり)※
そして,<y|-□-1|x>=∫0∞dτ∫xyDx(t)exp{-(1/4)∫0τdt(dx/dt)2}の右辺は,固有時τにおいてxからyへと伝播する際に可能なあらゆる軌道にわたって積分し,さらに固有時τにわたって積分します。
下の図1-5のような典型的なFeynmanのツリーグラフを見てみます。
↑図1-5:場の量子論における典型的なFeynmanグラフ(※時空点A,B,C,Dに源を発する4つの外粒子はpとqで相互作用しつつtreeレベルの散乱を受ける。※)
図1-5のグラフを運動量空間で評価する代わり,慣習的なものですが座標空間で考察します。
すると,この図では外粒子は時空点A,B,C,Dに始まり相互作用はp,qで生じます。Feynmanグラフから振幅を計算する通常のルールによれば図1-5の各ラインは伝播関数に対応します。
伝播関数に対する表現:<y|-□-1|x>=∫0∞dτ∫xyDx(t)exp{-(1/4)∫0τdt(dx/dt)2}では,図1-5の各ラインは示された時空の点の間を伝播する粒子の軌跡にわたる積分を表現しています。
中間状態の線分pqが1つの伝播関数に対応していて,頂点p,qの間の時空を伝播する粒子の軌跡の全体にわたる積分を表現すると見るなら,この図は摂動計算を表わすツールではなく時空を伝播し相互作用頂点で結合し分離する現実の粒子運動の履歴と捉えることもできます。
点粒子のFeynman-diagramのアナロジーを弦理論に拡張定式化することを考えます。
↑図1-6:場の理論と弦理論での相互作用頂点
(※(a)点粒子が2つに分かれる。(b)閉弦が2つに分かれる。(b)では異なる2つのLorentz系での一定時刻の軌跡表面をそれぞれ実線と点線で示す。※)
点粒子の軌道が相互作用頂点で2つに枝分かれするグラフ:図1-6(a)と同様,弦においても1つの伝播する世界面軌道がある種の"頂点"で2つに枝分かれするグラフ:図1-6(b)を考えることができます。
ただし,この図では閉弦のケースを想定しています。
点粒子と弦の決定的な違いは,点粒子の場合に分離が生じる相互作用頂点に相当する時空の点というwell-definedでLorentz不変な概念があるのに対して,弦の場合にはどこで分離が生じたか?という明確な概念がないことです。
図1-6(b)では2つの異なるLorentz系での一定時刻における表面をスケッチしました。
一方のLorentz系では分割は黒丸で示される点で生じます。これよりも過去には1つの弦しかなく,これより未来には2つの弦が在ります。他方の系では白丸で示される点が相互作用開始点です。
この点粒子と弦の描像の違いから多くの帰結が生み出されます。
とりわけ,点粒子には様々な相互作用(強い,弱い,電磁etc.)に対応した多くの場理論が在るのに対して,弦にはあまり多くの理論がないという理由の一端が見られます。
すなわち,図1-6(a)より点粒子には確定した相互作用頂点があるのでFeynman振幅を定める際,こうした頂点で多くの特殊因子を選択することが可能ですが,弦のグラフ:図1-6(b)では確定した頂点がなくて相互作用して分離している部分も局所的には何の変化もなく伝播する自由弦の一部のようにしか見えないということです。
つまり,弦では頂点の多様な結合因子を含むことが困難なので,一旦自由弦の伝播ルールを定めたなら,それに付加すべきどんな追加の選択肢もありません。
そしてなお,自由弦そのものにもあまり多くの可能性が存在しない理由を理解することも必要です。
自由弦には可能性が少ないことの論拠は,Polyakov作用:S=-(T/2)∫d2σ[h1/2hαβ∂αXμ∂βXμ]を量子化する試みと,その様々な一般化を生み出してきた研究の歴史から従います。
結局,図1-6(b)からは,弦理論では1つの自由弦理論を決めればLorentz不変な確定した頂点が存在しない故,相互作用の形もユニークに決まってしまうことの理由の1つが見て取れるわけです。
これと密接に関わる話として,弦理論では,点粒子の場の量子論で避けがたい困難である紫外発散から解放されるのですが,グラフを調べることで何故そうなのかということの発見的理由を得ることができます。
↑図1-7:(※(a)1-loop Feynman-diagramのスケッチ(p,q,r,sと名付けられた相互作用頂点を持つ)(b)閉弦のdiagramのスケッチ※)
図1-7に1-ループのFeynmanグラフをスケッチしました。これは場の量子論では紫外発散します。そして対応するのは閉弦グラフです。
図1-7(b)の弦のグラフが-図1-7(a)の場理論のグラフと異なるのは,点粒子の全ての世界線を示す伝播関数が,弦の世界面では閉じた弦を断面とする世界管(tube)に置き換わっている点です。
ループグラフの評価は,その上を伝播する粒子の軌跡にわたる時空内の積分として計算されます。
そして,弦理論での図1-7(b)のループグラフは軌跡をつくる個々の世界管の断面の半径が小さい極限では点粒子のそれに帰着します。これが場理論が弦理論の長波長極限として出現する道です。
では,図1-7(a)では紫外発散があって図1-7(b)ではそれがなくなるのは何故でしょうか?
決定的な違いは,図1-7(a)においてはp,q,r,sというwell-definedな大きさのない相互作用頂点があることです。
図1-7(a)の点粒子で紫外発散が生じるのは,これら頂点p,q,r,sが一点に帰するような軌跡(p=q=r=s)に対して頂点間を結ぶ伝播関数が高次の無限大の寄与をするためです。
※(訳注7):時空積分において頂点が一点に帰すること,つまり頂点間の時空距離が無限小になるということは,Fourier変換によって,これを時空座標に相補的な運動量積分に変換すると運動量距離としては無限大になることを意味します。(終わり)※
ところが,図1-7(b)の弦の場合には,伝播関数は断面が閉じた弦の世界管なので,図1-7(a)の点粒子のような相互作用頂点p,q,r,sの明確でwell-definedなアナロジーは全く存在しません。
弦グラフの"頂点"間の距離には最低でも世界管断面の径程度の曖昧さがありますから,結果として無限小距離というp=q=r=sの危険領域は存在しなくなります。
このことだけでもって,弦の場合にグラフの寄与が有限であることが保証されるわけではないですが,これは弦において紫外発散の困難が除去される理由への強いヒントを与えてくれます。
↑図1-8:4粒子振幅に寄与する閉弦diagramsの全てのスケッチ(※摂動論の各次数で1つ,唯1つのグラフがある。)
点粒子の場理論のグラフと弦理論のグラフのもう1つの大きな違いは,点粒子のグラフに比べて同様な内容を表わす弦のグラフがはるかに少ないことです。
↑図1-9:場理論の区別できる幾つかの別々のグラフが弦理論では唯一として同型である。
(※(a)には場理論での4粒子振幅の1-loop補正を示す異なる3つのグラフを示した。それぞれに対応する(b)の3つの閉弦グラフは全て同じトポロジーを有し,3つの図は単に同じ1つの弦グラフの異なる積分領域を示しているに過ぎない。※)
すなわち,全ての点粒子の場理論のグラフの各々にその世界線を世界管に膨らませて作った弦理論のグラフが対応します。
例えば,1つだけのループを持つ摂動グラフを考えると,点粒子の場理論ではいくつかのチャンネルに対応する複数のグラフがあるのですが,これらに対応する弦理論のグラフは唯一つであり,それは1つの穴(genu:s取っ手)を持つ2次元多様体です。
この規則はより多くの任意個数のループを持つグラフにも当てはまるもので,グラフにおけるループの数を多様体に開いた穴の数に対応させれば,位相的に同型な2次元多様体グラフは穴の数だけで決まるので,これらをまとめて唯一のグラフと考えます。
さて,こうした弦のグラフを具体的に弦の世界面にわたって積分評価するのはかなりむずかしいと思われます。
弦グラフの積分を実行可能にするのは,世界面の計量(metric)の共形的な再尺度化(rescaling):hαβ→(expφ)hαβの下での作用:S=-(T/2)∫d2σ[h1/2hαβ∂αXμ∂βXμ]の不変性です。
↑図1-10:(※共形不変性(conformal invariance)は弦グラフの評価を実行可能にする。入射,散乱粒子に対応する穴をふさいで世界面をコンパクト化することを可能にする。
例えば図の(a)の外粒子の弦は(b)に示されるように点に射影される。そして,これらの点は適切な局所演算子の挿入と解釈される。※)
変換:hαβ→(expφ)hαβのφを適切に選択すれば,はるか過去に伸びる世界管に対応する2つの入射弦と,はるか未来に伸びる世界管に対応する2つの射出弦を持つ世界面:図1-10(a)は,コンパクトな4つの頂点穴を持つ図1-10(b)へと変換可能です。
そして,外粒子に対応する弦の世界面の穴は密閉されて点として現われるようになります。
では,如何なる種類の計量の共形的変化がこうしたマジックを引き起こし得るでしょうか?
これを見るために外粒子の穴として1つの入射弦と1つの射出弦のみを持つ最も単純な世界面グラフを考えます。(下図1-11)
↑図1-11:(※(a)において1つの入る弦と1つの出る弦を持つ世界面はconformalに他の図へと写像される。
例えば原点にある入射弦と図には示してないが∞点にある出ていく弦を有する平面(b),または入る弦と出る弦をそれぞれ南極点と北極点に有する球面(c)へとmapされる。※)
上図1-11(a)の円筒において,弦の世界面として意味を持つのは円筒の側面です。
これは多様体としては2次元ですから2つの座標パラメータを例えば(z,φ)(-∞<z<∞,0≦φ≦2π)とした円筒座標に取り,計量をds2=dz2+dφ2で与えることができます。
さらに,z=lnrとすればds2=r-2(dr2+r2dφ2)です。
ここで計量の共形的な変換:ds2→ds^2=r2ds2を実施すると新しい計量ds^2=dr2+r2dφ2を得ます。
これは,通常のx=rcosφ,y=rsinφで与えられる平面極座標を持つの平面の計量と同じなので,結局円筒側面は(r,φ)なる極座標で指定される平面と同定されます。
z=lnrなので,これによって入射する遠い無限の過去の円z=-∞,0≦φ≦2πは有限距離r=0 の点に射影され,出ていく粒子z=∞,0≦φ≦2πはr=∞の無限遠点に射影されます。
もしも入射弦と射出弦の両方を有限距離に射影したいなら,共形因子として小さいrにはr2,大きいrにはr-2のように挙動するようなものを採用する必要があります。例えばr2/(1+r2/a2)2を掛けて再尺度化すれば,ds2=(dr2+r2dφ2)(1+r2/a2)2球の標準計量です。
2つだけでなくより多くの外線粒子を持つような複雑な弦グラフに対しても,共形因子:(expφ)を各々が有限点に写されるように選択することが可能です。
本質的なことは,与えられた入射弦,または射出弦を有限距離の点に写すことに関連するのは弦から遠くの点での因子:(expφ)の漸近的挙動のみであるということです。
そして,共形因子:(expφ)の漸近的な挙動については,各弦について独立に選択することができます。
さて,もしも本当に外粒子弦の状態を有限点に共形的に写すなら,それらの持つ量子数は容易に失われることはなく,それが写された穴,または頂点には,その量子数を持つ局所演算子が出現する必要があります。
そこで,各弦状態に対して弦の伝播を記述する(1+1)次元の量子場理論のある局所演算子を見出さなければならないという発想に到ります。
このようにして,ある弦状態|Λ>に対応する局所演算子を|Λ>の吸収,または放出に対する頂点演算子と呼びます。
閉弦の場合について適切な頂点演算子を推測してみます。
とりわけ閉弦理論で各々の粒子タイプΛに対してパラメータσとτの再パラメータ化の下でスカラーであるようなΛと同じ量子数を持つ局所演算子WΛ(σ,τ)を探して見ます。
WΛはXμ(σ,τ)とその微分で構成される適当な多項式です。
例えばΛがタキオン(tachyon)なら,それは26次元Lorentz変換の下でスピン量子数(spin)がゼロとして変換するので,単にWΛ=1と取ることができます。
もしも,Λが重力子Gなら,WΛはスピン2を持つように作る必要があります。
Xμ(σ,τ)と,その微分で構成されるスピン2を持つ極小の演算子は分極がμνの1重力子に対して,WΛμν=∂αXμ∂αXνです。
また,もしもΛが質量ゼロのディラトン(dilaton):Dなら,それはスピンゼロですが,同じスピンゼロのタキオンに垂直な極小の選択は,WD ~∂αXμ∂αXμですね。
こうした演算子や後に考える他の演算子(例えばexp(-ikX))について全て正規順序(normal ordering)を取ることは暗に仮定され,これを1つずつ陽に示すことはしません。
こうして定義される演算子WΛは,時空のLorentz回転の下で正しく変換しますが,時空のずらしについても考慮する必要があります。
各弦の位置が定量aμだけシフトされるときの大域的な対称性はXμ→Xμ+aμの下で運動量kμを持つ外的状態の波動関数に因子:exp(-ika)が掛けられるという意味を持ちます。
Xμ →Xμ+aμの下で,こうした変換を与える最も簡単な量子演算子はexp(-ikX)です。
それ故,運動量kμを持つ弦の吸収,放出に対して,この因子:exp(-ikX)が存在すると仮定します。
さらに,頂点演算子が挿入される頂点穴は閉弦の世界面の表面の任意の位置に出現可能です。
こうした事実を考慮すれば,頂点演算子の定義として,次のVΛなる形式が考えられます。
すなわち,VΛ(k)=∫d2σ[h1/2WΛ(σ,τ)exp(-ikX)]ですが,これはタイプΛ,運動量kμの弦の吸収,放出に対するものです。
では,これらの頂点演算子をグラフの計算においてどのように使うのでしょうか?
↑図1-12:タイプΛ1,Λ2,..,ΛMと運動量k1,k2,..,kMのM個の外粒子の散乱に対する振幅の表現
例えば,上図1-12のグラフは,タイプΛ1,Λ2,..,ΛMと運動量k1,k2,..,kMを持つ粒子の散乱に対する振幅Aが演算子VΛi(ki)を因子として挿入した弦の伝播を支配する(1+1)次元量子場理論での経路積分であるべきことを示唆しています。
つまり,T=1/πとすれば,A(Λ1,k1;Λ2,k2;..;ΛM,kM)=κM-2∫DX(σ,τ)Dhαβ(σ,τ)exp[{-i/(2π)}∫d2σ(h1/2hαβ∂αXμ∂βXμ)]{Πi=1MVΛi(ki)}と書けます。
ここで,κは結合定数であり,記号DXμやDhαβは共形因子でコンパクト化した世界面上での経路積分を意味します。
ツリーグラフを評価するためには球を,1ループグラフを評価するためにはトーラス(torus)を,そして一般にn-ループグラフを評価するためには種数(genus)nのリーマン面と呼ばれるn個の取っ手の表面であるような面が要求されます。
この式では26次元時空の散乱振幅が補助的な(1+1)次元場理論の相関関数(※訳注:これは"Green関数=伝播関数"の意と思われる)で表現されています。
量子場理論の標準的なLSZ定式化によれば,(1+1)次元場理論の相関関数("Green関数=伝播関数")は(1+1)次元散乱過程とうまく関連付けられています。
これが26次元時空における散乱振幅を与えると解釈できるとしたら,これは弦理論の驚嘆すべきことの1つでしょう。
今日はここまでにします。
参考文献:M.B.Green,J.H.Schwarz,& E.Witten著「superstring theory」(Cambridge University Press)
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