運動物質内の相対論の続きです。
透明な絶縁体中での"光波=電磁波"の屈折現象に関連して,ミンコフスキー理論(Minkowski theory)とアブラハム理論(Abraham theory)を比較してみます。
マクスウェル(Maxwell)の"電磁波=光波"の理論によれば,屈折率がnの屈折性物体中の光学現象は(εμ)1/2=n(ε0μ0)1/2=n/c,またはn=c(εμ)1/2なる関係式で結ばれる誘電率ε,および透磁率μを有する物質に関するマクスウェルの現象論的電磁力学の式で記述されます。
そして,少なくとも波長が十分長い場合には,あらゆる分散現象が無視できるので,これは十分な精度で正しいことです。
さらに光を全く吸収しない理想的な透明体は完全な絶縁体でなければなりません。すなわち,σ=0,ρ=0,J=0です。ただしσは電気伝導度,ρは電荷密度,Jは電流密度です。
さて,光線速度は波のエネルギーの伝播速度に等しいはずです。例えば光行差の角度の存在は,望遠鏡で物を見る際に物からの"光線=エネルギー"が望遠鏡の筒の中を通るためには望遠鏡を傾ける必要があることを意味します。
ところが電磁場のエネルギー運動量テンソルが与えられている場合,これをTμνとしてエネルギー密度をh=T00,エネルギーの流れ密度をSk=cT0kとすればエネルギーの速度はu*≡S/hで与えられることがわかっています。
そして相対論では光は波であるにも関わらず,質点粒子と同一の挙動をすることが要求されます。
つまり光波の場合,u*=S/hが質点粒子の速度と同じ変換性を持つことが要求されます。
このことは4つの値を持つ量U*μをU*μ≡(c/(1-u*2/c2)1/2,u*/(1-u*2/c2)1/2)で定義したとき,これが4元ベクトルになることを意味します。
ところが,以前の2008年10/31の記事「運動物質内の相対論(1)」によれば,U*μが4元ベクトルになるためには,条件として式Rμν≡Tμν-TμλU*λU*ν/c2=0 が常に成立することが必要十分であることがわかっています。
これの根拠を見るため,この2008年10/31の記事「運動物質内の相対論(1)」を引用します。
(※引用):まず,(1-u*2/c2)1/2={1-S2/(h2c2)}1/2=(SμSμ)1/2/(hc)なのでU*μ=c(SλSλ)-1/2Sμと表わすことができます。特にU*μU*μ=c2は常に満たされています。
2つの慣性系SとS'が無限小ローレンツ変換x'μ=xμ+εμνxν=(δμν+εμν)xν,εμν=ενμで結ばれているとします。
このとき,εμνの2次以上の微小量を無視すれば,テンソルの変換性によりT'0μ=(δ0λ+ε0λ)(δμν+εμν)Tλν=T0μ+ε0λTλμ+εμνT0νなのでS'μ=Sμ+εμνSν+cε0λTλμ,S'μS'μ=SμSμ+2cε0λTλμSμです。
そこで(S'μS'μ)-1/2=(SμSμ)-1/2[1-cε0λTλρSρ(SτSτ)-1/2]と書けます。
したがって,U*'μ=c(S'λS'λ)-1/2S'μ=U*μ+εμνU*ν+c2ε0λ(SσSσ)-1/2[Tλμ-TλρU*ρU*μ/c2]となります。
ここでRμν≡Tμν-TμλU*λU*ν/c2とおくとU*'μ=U*μ+εμνU*ν+c2ε0λ(SσSσ)-1/2Rλμです。
そして,μ=0 なら恒等的にR0ν=T0ν-T0λU*λU*ν/c2=Sν/c-Sλ/c=0 が満たされています。
そこで,U*μがU*'μ=U*μ+εμνU*νとなって4元ベクトルのように変換されるためには,μ=1,2,3と全てのνについて恒等的にRμν=0 が満たされることが必要十分です。(引用終わり)
さて,以下ではU*μが4元ベクトルになるための条件:Rμν≡Tμν-TμλU*λU*ν/c2=0 が満たされているかどうか,をTμνがミンコフスキーのテンソルに等しい場合:Tμν=Sμνとアブラハムのテンソルに等しい場合:Tμν=SAbrμνのそれぞれについて調べてみることにします。
まず,基本的な前提事項です。
まず,前記事同様,Fμν,Hμνの存在を仮定し電場をE,磁束密度をB,電束密度をD,磁場の強さをHとして,これらがE=(E1,E2,E3)≡-c(F01,F02,F03),B=(B1,B2,B3)≡-(F23,F31,F12),D=(D1,D2,D3)≡-c-1(H01,H02,H03),H=(H1,H2,H3)≡-(H23,H31,H12)で与えられるとします。
ここにFμν=∂Aν/∂xμ-∂Aμ/∂xνですが,Hμνの電磁ポテンシャルAμによる表現は特に指定しません。
このとき,電荷も電流密度もない:ρ=0,J=0 の空間における電磁場の方程式の解の中で,静止系での波動法線がnの平面波となるものを取れば,その最も一般的な形は電場Eと磁場HについてE=ε-1/2{f(t-(xn)/w)e1+g(t-(xn)/w)e2},H=μ-1/2{-g(t-(xn)/w)e1+f(t-(xn)/w)e2}となります。
ここで,e1とe2は互いに直交し共にnに垂直な単位ベクトルです。つまり,(e1e2)=(e1n)=(e2n)=0,e1×e2=nとします。f,gは任意関数でありwはw=|w|,w≡(εμ)-1/2n=(c/n)nで定義されています。wはこの平面波の位相速度です。
これらは,ほぼ自明なことですが一応証明しておきます。
(証明)ρ=0,J=0 の均質で等方的な物質の静止S0系では電磁場のマクスウェルの方程式はdiv0D0=ρ0,div0B0=0,およびrotH0-∂D0/∂t=J0,rot0E0+∂B0/∂t=0,D0=εE0,B0=μH0で与えられます。
これらの式で,上添字 0を省略した後,ρ=0,J=0 とすれば,divE=divH=0,ε∂E/∂t=rotH,μ∂H/∂t=-rotEです。
そこで,EとHはそれぞれ独立に∂2E/∂t2=w2∇2E,∂2H/∂t2=w2∇2Hなる同じ形の波動方程式を満足することがわかります。
ただし,w2=1/(εμ)です。
一般性を失うことなく,x=(x,y,z)の座標成分の系で波動法線をn=(1,0,0)に取ると,nはポインティングベクトル(Poynting vector)S=E×Hに平行ですから(En)=0,(Hn)=0 でE,Hはy,z成分のみを持ちx成分を持ちません。すなわち,Ex=Hx≡0です。
また,F*μν≡(1/2)εμνλσFλσでFμνに双対な擬テンソルF*μνを定義すると,対称性から明らかに,FμνF*μν=(1/2)εμνλσFμνFλσ=0 ですが,この変換Fμν→ F*μνはE→ -cB,B →-E/cとする操作に対応しますから,E=-c(F01,F02,F03),B=-(F23,F31,F12),B=μHにより(EH)=0 と結論されます。
n=(1,0,0)より,任意の時刻tにx=(x,y,z)のxが一定のyz平面上ではE,Hが一定というのがE,Hが平面波であるという意味ですから,E,Hは(x,t)だけの関数になります。
そこで,divE=divH=0 は∂Ex/∂x=∂Hx/∂x=0 を意味しますが,これは今の場合はEx=Hx≡0 なので自動的に満たされます。
結局,E=(0,Ey(x,t),Ez(x,t)),H=(0,Hy(x,t),Hz(x,t))と表わすことができることがわかります。
一方,E,Hが(x,t)だけの関数なので,波動方程式∂2E/∂t2=w2∇2E,∂2H/∂t2=w2∇2Hは∂2E/∂t2=w2∂2E/∂x2,∂2H/∂t2=w2∂2H/∂x2となります。
つまりEy,Ez,Hy,Hzの各々は全て同じ方程式∂2ψ/∂t2=w2∂2ψ/∂x2の解ψ(x,t)の1つを表わします。
そして,(x,t)だけの波動方程式∂2ψ/∂t2=w2∂2ψ/∂x2の一般解ψがf1,f2を任意の1変数関数としてψ(x,t)=f1(t-x/w)+f2(t+x/w)なる形に書けることは微分方程式解法の一般論から良く知られている事実です。
特に,電場Ey,Ezについてx軸の正方向にのみ伝播する波と考えてEy=ε-1/2f(t-x/w),Ez=ε-1/2g(t-x/w)とします。
このとき,μ∂H/∂t=-rotEから,μ∂Hy/∂t=∂Ez/∂x,μ∂Hz/∂t=-∂Ey/∂xです。
これらを積分するとHy=-μ-1/2g(t-x/w),Hz=μ-1/2f(t-x/w)となります。
そこで,n=(1,0,0)に対してe1=(0,1,0),e2=(0,0,1)とおけば,E=ε-1/2{f(t-(xn)/w)e1+g(t-(xn)/w)e2},H=μ-1/2{-g(t-(xn)/w)e1+f(t-(xn)/w)e2}と書けます。(証明終わり)
そこで,この静止系での波動法線nを改めてeと書けば,電磁場のエネルギーの流れ密度,つまりポインテイングベクトルSはS=E×H=(εμ)-1/2(f2+g2)e (ただしe≡e1×e2)となります。
また,エネルギー密度は,h=(1/2)(εE2+μH2)=f2+g2です。
そこでu*=S/h=(εμ)-1/2e=(c/n)e=wとなります。すなわち,この系ではエネルギーの速度は位相速度に一致します。特にu*2=w2=(εμ)-1=c2/n2で1/(1-u*2/c2)1/2=c(εμ)1/2/(c2εμ-1)1/2=c/(n2-1)です。
平面波の位相というのはf(t-(xn)/w)=f(t-x/w)の引数(t-x/w)のことですね。
実際には単位も符号も関係なく(x-wt)=-w(t-x/w)も位相と呼ぶようです。関数fの値を一意に決める引数のパラメータという意味では,(t-x/w)でも(x-wt)でもどちらでもいいからですね。
そしてf(t-x/w)という関数は,fがf(α)という一定値を取る平面波の波面,つまり時刻tにt-x/w=α,または平面の方程式x=w(t+α)で表わされるyz面に平行な面が時刻t+Δtには(t+Δt)-x/w=α,または方程式x=w(t+Δt+α)で表わされるyz面に平行な面に移動する描像と見えます。
それ故に,位相αが一定の波面のαの値に無関係な移動速さΔx/Δt=wを位相速度と呼ぶのです。
速さでなく速度というからには,向きがあるので,実際の位相速度はnまたはeという向きを持つベクトルです。
さて,ここで表記の煩わしさを避けるため,比誘電率εrと比透磁率μrなる無次元量を導入します。
すなわち,誘電率,透磁率の真空のそれらに対する比を示す量εr≡ε/ε0,μr≡μ/μ0を定義します。
別の単位系では,この無単位の比誘電率εr,比透磁率μrを誘電率,透磁率と定義してεr,μrを単にε,μと表記する場合もあります。
これらを用いると,ε=εrε0,μ=μrμ0となります。そしてc=(ε0μ0)-1/2ですから,屈折率nが(εμ)1/2=n(ε0μ0)1/2=n/cで与えられることは,n=(εrμr)1/2なることと同等です。
また,(εμ)1/2=(εrμr)1/2/cですから,c2εμ-1=εrμr-1とやや簡単になります。
このことから,U*μ≡(c/(1-u*2/c2)1/2,u*/(1-u*2/c2)1/2)=(c(εrμr)1/2/(εrμr-1)1/2,ce/(εrμr-1)1/2),Sμ=cT0μ=(ch,S)=(f2+g2)(c,(εμ)-1/2e)=c(f2+g2)(1,(εrμr)-1/2e)が得られます。
また,マクスウェルの応力テンソルはtij=EiDj+HiBj-(1/2)(ED+HB)δij=εEiEj+μHiHj-hδij=(f2+g2)(e1ie1j+e2ie2 j-δij)=-(f2+g2)eiejと書けます。
ここではe3≡eと置くとe1ie1j+e2ie2 j+eiej=Σkekiej k=Σkδkiδkj=δijと書けることを用いました。
そこで,静止系ではミンコフスキーのテンソルの空間部分はSij=-tij=(f2+g2)eiejです。また,空間時間成分はSk0=cgkでg≡D×B=εμ(E×H)=(εrμr)1/2c-1(f2+g2)eよりSk0=cgk=(εrμr)1/2(f2+g2)ekとなります。
したがって,aμ≡(SμλU*λ)/c2において,μ=kに対する式としてak=c-2(cgkU*0+tkjU*j)=c-2{(εrμr)1/2(f2+g2)ek}{c(εrμr)1/2/(εrμr-1)1/2}-{(f2+g2)ekej}{cej/(εrμr-1)1/2}]=c-1(f2+g2)(εrμr-1)1/2ekを得ます。
つまりa=c-1(f2+g2)(εrμr-1)1/2eです。
Rμν≡Tμν-TμλU*λU*ν/c2でTμν=SμνとおけばRμν=Sμν-SμλU*λU*ν/c2=Sμν-aμU*νですが,前にも述べたようにR0ν=S0ν-S0λU*λU*ν/c2については,U*μ=c(SρSρ)-1/2Sμなので恒等的にR0ν=Sν/c-Sν/c=0 です。
つまりTμνの選択に関係なく,常にR0ν=T0ν-T0λU*λU*ν/c2はゼロです。
一方,Rij=-tij-aiU*j=(f2+g2)eiej-(f2+g2)eiej=0, Rk0≡cgk-akU*0=(εrμr)1/2(f2+g2)ek-{c-1(f2+g2)(εrμr-1)1/2ek}{c(εrμr)1/2/(εrμr-1)1/2}=0 です。
結局,全てのμ,νについてRμν=0 ですね。
以上から,Tμνがミンコフスキーのテンソルの場合,つまりTμν=Sμνの場合にはU*μが4元ベクトルになるための条件:Rμν≡Tμν-TμλU*λU*ν/c2=0 が満足され,エネルギー伝播速度u*=S/hが任意の座標系でホイヘンスの原理(Huygense principle)から決まる光線速度に一致することがわかりました。
ここで物体の静止系SがSと同じ空間軸の向きを持った座標系S'に対して微小速度vを持った座標系に対し,先ほど引用した「運動物質内の相対論(1)」でのS→S'の無限小ローレンツ変換:x'μ=xμ+εμνxν=(δμν+εμν)xν,εμν=ενμでεij=0, ε0k=εk0=v k/c,ε00=0 を考えてみます。
εμνの2次以上の微小量を無視すれば,テンソルの変換性からT'0μ=(δ0λ+ε0λ)(δμν+εμν)Tλν=T0μ+ε0λTλμ+εμνT0νなので,S'μ=Sμ+εμνSν+cε0λTλμ,S'μS'μ=SμSμ+2cε0λTλμSμです。
そこで(S'μS'μ)-1/2=(SμSμ)-1/2[1-cε0λTλρSρ(SτSτ)-1/2]と書けます。
S'系でのエネルギー速度はu*'k=S'k/h'=cS'k/S'0=cU*'k/U*'0です。今のミンコフスキーの採択ではU*μが4元ベクトルとして変換するのでx'μ=xμ+εμνxνと同様,U*μはU*'μ=U*μ+εμνU*νと変換されます。
すなわち,U*'k=U*k+vkU*0/c=[cek+vk(εrμr)1/2]/(εrμr-1)1/2,U*'0=U*0+vkU*k/c=[c(εrμr)1/2+ve]/(εrμr-1)1/2なので,エネルギー速度の定義式に代入するとcU*'k/U*'0=[cek+vk(εrμr)1/2]/[(εrμr)1/2+c-1ve] ~ c(εrμr)-1/2ek+v k-(ve)ek/(εrμr)となります。
結局,u*'=c(εrμr)-1/2e+v-(ve)e/(εrμr),あるいはu*=c(εrμr)-1/2e=(c/n)eなのでu*'=u*+v-(vu*)u*/c2 ですね。
ところで,一般的なS'がSに対してvで運動している場合の位置座標のローレンツ変換はx'=x+v[(vx){(1-v2/c2)-1/2-1}/v2-t(1-v2/c2)-1/2],t'=(1-v2/c2)-1/2{t-(vx)/c2}です。
今の場合は,SがS'に対してvで運動しているので,まずv→ -vとすると,x'=x+v[(vx){(1-v2/c2)-1/2-1}/v2+t(1-v2/c2)-1/2],t'=(1-v2/c2)-1/2{t+(vx)/c2}に変わります。
これらの微分を取り,dx'=dx+v[(vdx){(1-v2/c2)-1/2-1}/v2+dt(1-v2/c2)-1/2],dt'=(1-v2/c2)-1/2{dt+(vdx)/c2}=(1-v2/c2)-1/2dt{1+(vu)/c2}とした後,dx'をdt'で割ってu'=dx'/dt',u=dx/dtとすれば,S系での速度uのS'系での速度u'への変換が得られるはずです。
まずdx'の表式の両辺をdtで割ると,dx'/dt=u+v[(vu){(1-v2/c2)-1/2-1}/v2+(1-v2/c2)-1/2]となります。そしてu'=dx'/dt'=(1-v2/c2)1/2(dx'/dt)/{1+(vu)/c2}ですから,結局u'=(1-v2/c2)1/2u/{1+(vu)/c2}+[(vu)v{1-(1-v2/c2)1/2}/v2+v]/{1+(vu)/c2}となります。
ここで,vが微小であるとしてvの2次以上を無視すれば,変換式はu'=u+v-(vu)u/c2となります。
この最後の表式u'=u+v-(vu)u/c2を上で得られた光線についてのu*→u*'の変換式u*'=c(εrμr)-1/2e+v-(ve)e/(εrμr)=u*+v-(vu*)u*/c2と比較すると,エネルギー速度u*が確かに質点粒子の速度uと同じ変換性を持つことがわかります。
そしてu*'2=c2(εrμr)-1+v2+(ev)2/(εrμr)2+2c(εrμr)-1/2(ev){1-(εrμr)-1}より,u*' ~ c(εrμr)-1/2[1+(εrμr)1/2(ev){1-(εrμr)-1}/c]です。
つまり,u*'=c/n+(ev)(1-1/n2)です。
これは,"フレネル(Fresnel)の公式"として知られている式です。
例えば,屈折率がnの水などが微小な速度vで流れていて流れに平行に光が入射するとき,位相速度wもエネルギー速度u*=c/nもw'=u*'=c/n+v(1-1/n2)となって,近似的にフレネルの随伴係数α=(1-1/n2)だけ光波が水に引きずられるという描像に対応しています。
さて,これに対して,Tμνがアブラハムのテンソル,すなわちTμν=SAbrμνのの場合を考えます。
これの静止系での空間部分は,ミンコフスキーのテンソルの空間部分と同じくマクスウェルの応力テンソルに一致します。
すなわち,SAbrij=-tij=(f2+g2)eiejですね。
しかし,空間時間成分はミンコフスキーのそれとは違います。
これはSk0=cgkで与えられますが,gkがミンコフスキーの場合のg≡D×B=εμ(E×H)=c-1(εrμr)1/2(f2+g2)eではなくアブラハムでは,g→ gAbr=S/c2=(E×H)/c2=ε0μ0(E×H)=c-1(εrμr)-1/2(f2+g2)eとなりSk0→SAbrk0=cgAbrkです。
そこでgAbr≡(E×H)/c2=S/c2,g≡D×B=εμ(E×H)=εμSによりgAbr=g-(εrμr-1)S/c2ですからSAbrk0=cgk-(εrμr-1)Sk/cと表現できます。
それ故,ミンコフスキーのテンソルSμνに対してRμν≡Sμν-SμλU*λU*ν/c2=Sμν-aμU*νによって係数aμ≡(SμλU*λ)/c2を定義したのと同じく,アブラハムのテンソルSAbrμνに対してもRAbrμν≡SAbrμν-SAbrμλU*λU*ν/c2=SAbrμν-aAbrμU*νによって係数aAbrμ≡(SAbrμλU*λ)/c2を定義すれば,以上の結果から静止系でのこれを計算することができます。
すなわち,μ=kに対してミンコフスキーのaμがak=c-2(cgkU*0+tkjU*j)であったのに対し,アブラハムのそれはaAbrk=c-2(cgAbrkU*0+tkjU*j)=ak-c-2(εrμr-1)(Sk/c)U*0=ak-c-2(εrμr-1)(Sk/c){c(εrμr)1/2/(εrμr-1)1/2}=ak-(εrμr)1/2(εrμr-1)1/2Sk/c2となることがわかります。
一方,ミンコフスキーのRμνが全てゼロなので,RAbrkj=-tkj-aAbrkU*j=Rkj+(εrμr)1/2(εrμr-1)1/2SkU*j/c2=(εrμr)1/2(εrμr-1)1/2SkU*j/c2,RAbrk0≡cgAbrk-aAbrkU*0=Rk0-(εrμr-1)Sk/c+(εrμr)1/2(εrμr-1)1/2SkU*0/c2=-(εrμr-1)Sk/c+(εrμr)1/2(εrμr-1)1/2SkU*0/c2となります。
したがって,RAbrkj={(εrμr)1/2(εrμr-1)1/2Sk/c2}{cej/(εrμr-1)1/2}=c-1(εrμr)1/2Skej,RAbrk0=-(εrμr-1)Sk/c+{(εrμr)1/2(εrμr-1)1/2Sk/c2}{c(εrμr)1/2/(εrμr-1)1/2}=-(εrμr-1)Sk/c+εrμrSk/c=Sk/cとなります。
つまり,RAbrkj=c-1(εrμr)1/2Skej≠0 ,RAbrk0=Sk/c≠0 となります。
いずれにしても,RAbrμν≠0 なので,Tμνがアブラハムのテンソルの場合:Tμν=SAbrμνの場合には,U*μが4元ベクトルになるための条件Rμν≡Tμν-TμλU*λU*ν/c2=0 が満たされず,エネルギー伝播速度u*=S/hがホイヘンスの原理から決まる光線速度と一致しない座標系が存在することになります。
既に無限小ローレンツ変換x'μ=xμ+εμνxν=(δμν+εμν)xν,εμν=ενμに対して,U*'μ=U*μ+εμνU*ν+c2εμλ(SσSσ)-1/2Rλνと変換されることを知っています。
ミンコフスキーの理論ではRλν≡0 であったのに対して,アブラハム理論ではRλν=RAbrλν≠0 となので,U*'μ=U*μ+εμνU*ν+c2εμλ(SσSσ)-1/2RAbrλνと変換されます。
すなわち,U*'0=U*0+ε0kU*k+c2ε0k(SσSσ)-1/2RAbrk0=U*0+ε0kU*k+cε0k(SσSσ)-1/2Sk,かつU*'i=U*i+εiνU*ν+c2ε0k(SσSσ)-1/2RAbrki=U*i+εiνU*ν+cε0k(SσSσ)-1/2(εrμr)1/2Skeiです。
そこで,先と同じく微小なvについてεij=0,ε0k=εk0=v k/c,ε00=0 の場合はU*'0=U*0+vkU*k/c+vkU*k/c=U*0+2vkU*k/c=[c(εrμr)1/2+2(ve)]/(εrμr-1)1/2です。また,U*'i=U*k+viU*0/c+vk(εrμr)1/2U*kei=cei+vi(εrμr)1/2+(ve)ei(εrμr)1/2/(εrμr-1)1/2
u*'i=cU*'i/U*'0=cei/(εrμr)1/2+vi+(ve)ei-2(ve)ei/(εrμr),つまりu*'=ce/(εrμr)1/2+v-(ve)e/(εrμr)+(ve){1-1/(εrμr)}e,またはu*=c(εrμr)-1/2e=(c/n)eなのでu*'=u*+v-(vu*)u*/c2+(vu*)u*(1-1/n2)/c2です。
そこで,u*'=(c/n)+2(ev)(1-1/n2)ですね。
これは,ミンコフスキーの理論で質点の変換公式であるフレネルの公式:u*'=c/n+(ev)(1-1/n2)と比較して,(ev)(1-1/n2)だけ異なっています。
アブラハムの理論では,vがeに平行な場合でさえ,エネルギー速度が位相速度と異なることになります。
ミンコフスキーの4元力密度fμ=-∂Sμν/∂xν(cf0=-∂h/∂t-divS,fk=-∂gk/∂t+∂tkj/∂xj)はρ=J=0 の場合にはゼロですが,アブラハムの理論ではgAbr=g-(εrμr-1)S/c2なので一様な絶縁体の中でも4元力密度はゼロにはなりません。
つまり,S=c(εrμr)-1/2(f2+g2)eより,静止系ではfAbr=c-2(εrμr-1)(∂S/∂t)=c-1(εrμr)1/2(εrμr-1)(∂/∂t)[(f2+g2)e],f0 Abr=f0 =0 ですが,S'系ではfμAbr'=fμAbr+εμνfνAbrよりcf0Abr'=cε0kfkAbr=c-2(εrμr-1)(v∂S/∂t)=c-1(εrμr)1/2(εrμr-1)(ve)(∂/∂t)(f2+g2)が得られます。
エネルギー保存の連続の方程式が∂h/∂t+divS=-cf0ですから,アブラハムの理論でf0=fAbr0 とすると,電荷も電流もないとき物体静止のS系では-cfAbr0がゼロですからエネルギーの湧き出し吸い込みがなく電磁場だけでエネルギーが保存しますが,上記の計算ではS'系では-cf0Abr'がゼロでないので電磁場だけではエネルギーが保存されないことを意味します。
-cf0Abr'はS'系で単位時間に単位体積当たりに物質になされる力学的仕事です。これはS'系では電磁系と力学系の間に光の吸収,および再放出が生じることを意味しています。
慣性座標系というのは全て対等であるというのが特殊相対論ですが,S系では物体が静止していてもSに対して微小速度-vで運動しているS'系では物体が静止せずvで運動しているという当然の違いはありますね。
もしも物体が絶縁体でS系でρ=0でもJ≠0なら,S'系では電荷密度がρ'≠0 にもなり得るし,S系でJ=0 でもρ≠0 なら少なくともS'系で物体の運動に伴なうρvという形の携帯電流が現われのでJ'≠0となりますが,ρ=0,かつJ=0なら如何なる座標系S'に移っても,ρ'=0,かつJ'=0 のはずですね。
これに対してミンコフスキー理論ではSでもS'系でも湧き出し吸い込みはゼロなので電磁場だけでエネルギーが保存されます。
ミンコフスキー理論では,たとえ局所的)にでも透明体と電磁場の間にエネルギーのやり取りはありません。
しかし,閉じた系を仮定すれば,エネルギー運動量テンソルが対称テンソルであることを要求されますが,電磁エネルギー運動量テンソルはミンコフスキーの表現では対称でなくアブラハムの表現の方は対称です。
ミンコフスキーの正当性を求めるために電磁系だけでは閉じていないと仮定して,電磁エネルギー運動量テンソルだけでは非対称で電磁角運動量は保存しなくてもよいとしました。
さらにエネルギー速度を光線速度と考えることができるという意味でここでの話はミンコフスキーの正当性が強調される内容になっていますが,実は私には上記の話は逆にミンコフスキーの方が電磁系で閉じていると考えているという意味で,前の意図とは矛盾する話に帰結している,と感じました。とにかく,この程度の話で優越性の決着とするわけには行きません。
とりあえず,今日はここで終わります。
次回はちょっと話の本筋をブレイクして光の量子論での扱い,E=hν=hcωなるエネルギーを持つ光子が屈折率がn=(εrμr)1/2の物体中を通過するときの話などをしてみたいと思います。(hc≡h/(2π)でhはプランク定数です。)
(こちらはアブラハム理論の優位性につながるでしょうかね。)
参考文献:メラー 著(永田恒夫,伊藤大介訳)「相対性理論」(みすず書房)
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