« 超弦理論(9)(タキオン(続き)と重力子の散乱振幅) | トップページ | 私と仕事 »

2008年12月14日 (日)

精神神経科病棟の思い出

 初めて病院の精神科にかかったのは地方大学を5年で卒業して関西の大学院へ入学した春でした。

 地方大学で卒業する年の春には,東京の日立系のコンサルタント会社に就職内定していましたが,もうその頃は私にとっては既に"ムラハチ"状態でメシも喉を通らない状態でした。

 しかたなく就職ではなく進学しようとして関西の大学の5大学6学部を受けまくって1つだけひっかかりました。

 "ムラハチ"状態にある地方大学の場所にいたのでは,そこの近辺の病院に行ってもダメでしょうし,どこか別のところに転地しない限り,そうした精神から脱出できないと思っていましたから,

 次の春になって,やっと夜逃げのようにして関西に越して来て,さっそくその関西の大学病院に行ったのでした。

 当時,イジメ自殺するよりはましだったのでしょうが,先に進めば明かりがあることを信じることで,よく精神が持ったもんです。

 病院のこういう科(=精神神経科)では,よそからの紹介でも無く全くの初診患者がいきなり付き添いも無しで自ら来院するというのは少ない,というか,結構珍しかったようですね。

 そこの大学病院の精神神経科は,病院玄関からだと廊下をずーっと進んで奥の奥の隔離されたような場所にありましたね。

 初めて薬(トランキライザー?)を飲んだ頃は,処方された量が多すぎたのか薬のせいでバスの中で嘔吐したという記憶があります。

 まあ治療といっても,元々神経過敏なのを薬で鎮静させて,覚醒していながら睡眠中のような動作緩慢のマヒ状態から次第に薬物の量を減らしていくだけです。

 病気?の原因となった場所からは既に数百キロも離れているわけですから,本人のトラウマ(心的外傷=traime(夢))以外には直接悪影響を与えるものはなかったので治癒していったのでしょう。

 そもそも,大学院を受験する前に,地方にいた頃にはアパートの自室に閉じこもって耳栓をして息をひそめ,動けないほどでしたから本当は大学院受験どころじゃなかったのです。

 (そのアパート住人こそムラハチの原因となったのですから)

 なにしろ,何故か元々親しければ親しい"友人"ほど,辛く"シカト"されたという印象があります。当分は友人を作ること自体が怖かったです。

(かつては一緒にヘルメットをかぶってデモ,やゲバルト,そして共にバイトをしたヤツもいましたが。。。)

 しかし,大学を留年して奨学金もなくなり,稼がなければ食べていけないので,その頃はずいぶん遠方の方でアルバイトしていましたね。

 関西に来ての受験も前半の3つくらいは試験の途中で吐きそうになったり,トイレでじっとしてたりでしたが,まあ,関西でも"ムラハチ"のわけはないはずなので,後半はまともに受験できました。

 合格したところの試験でも,物理学は勉強したことがほとんどなかったので,その点数は1割もあったかどうか?でしたが,ただ数学は,ひょっとしたら満点だったかもしれませんね。

 一応,大学での学部での専門は固体物理ということになってましたが,それ以前の教養部時代に属していたのは学生運動の学部のようなものでしたし,

 3年になって専門学部に入ると誰か指導教官を選ばなきゃいけないので,なんとなく属してた程度で,何を研究するところかもわかってない程度でした。

 ただ,ゆくゆくは理論物理をやりたいと思ってはいて,そのためには数学を完全にマスターしてからでないといけないなどと不可能なことを考えていました。

 というわけで,友達(ムラハチ状態でもほんの僅かだけ友達が残っていました)が勧めるので,第一志望素粒子論,第2志望物性理論と書いて受験して素粒子論に受かっただけです。

 後になって,新しく入った大学(大学院)で素粒子論が第一志望なのに物性にしか行けなかったという友人ができたとき,「俺みたいないい加減な奴がいて彼には気の毒なことをしたな」と思いました。

 何しろ,他に受験したある大学院でも,第1次試験を通った5名に入ったけれど,面接のときに志望を聞かれて思いつきで「確率過程をやりたい。」と言ったら,「その研究室はうちにはない」と言われました。

 それが原因かどうか?2次試験では恐らく私だけが落とされたような人間でしたからね。。。(そこでも1次試験通ったのは数学ができたからでしょう。)

 東京に就職してからは,旧T大医共闘が占拠していたT大の赤レンガ病棟に月1回程度通院していました。

 なぜ,赤レンガに行くようになったかというと同じ地方大学から,T大の物理系の大学院に1年前入っていた友達に付き添ってもらって,

 前の病院の紹介状を持ち正規の大学病院に行くと予約が満杯で,ずいぶんと待たされることを知り,その友人から赤レンガの病棟なら.すぐにでも医者にかかれるという事実を聞いたからです。

 それから,ときどきは通院をさぼったりもしましたが,実に30年以上も通うことになりました。

 東京での主治医は私より2歳上ですが,後に,ある地方大学の教授になって確か今年中には定年のはずです。

 ネットで調べたら何かある分野では有名な権威らしいですから,自分の主治医がそんなエラい人だと知らなかったのは私だけかなあという感じです。

 まあ,普通に就職してサラリーマンになっても,初めはヒラ社員でも,30年も経ったら重役以上になる人間も結構いるでしょうから,幾つになても進歩がないのはワシだけかい?

 いつの頃からだったか,病院に診察してもらいに行くと薬を待っていたりする時間に「菊池さん」という同じくらいの年齢の男性の入院患者が待ってましたとばかり将棋盤と駒を取り出してきて私と数局指すのが常でした。

 私も嫌いじゃないので,夢中で指しましたが,自分で言うのも何ですが楽に勝てるので,あまり勝ち続けると相手がイヤになるのが気になり,ときどきは負けました。

 また,ときにはそこにいた医者と指したこともあります。

 夏には大学の食堂でビールをおごってもらって一緒に飲んだこともあるので,彼は無茶苦茶な"お人良し"だということはわかっていましたが,どこが悪かったのか最後退院して別れるまで知りませんでした。

 でも,確か退院後も再発したとかで帰ってきたことがあったようです。

 私の場合,たとえ子供相手に遊ぶときでも遊んであげるとかの上に立っているという意識は乏しくて,

 例えば大学院入試のため関西の親戚に1ヶ月ほど居候していたときにも,4歳くらいの姪=「兄といとこ夫妻の娘」とプロレスごっこをしたり,また遺産相続トラブルで遊びに出されてきていた近所のカマボコ屋の5歳くらいの女の子とのおママゴトをしていました。

 また,伯父(製材所)の使用人夫婦の兄妹の子供たちに,「コイコイや花合わせ」を教えて花札をやったり,確か,これは私が23歳の頃でしたが,子供相手に真剣そのものでしたね。。

 そういえば,いとこで義姉のえっちゃんが2階の階段の上から「としちゃん。ごはんよぉ」とか呼んだとき.パンツが見えたりしてドキドキたこともあったから,ノイローゼのときでさえも昔からスケベだったんですね。,

 後になって,塾や予備校で小中高生を教えたりしていた頃も同じ精神年齢のように生徒と接していたから,講師としてもダメな奴だったんだろうなあ。。

 T大の精神病棟には,もう20代から30前後と思われる女の人が,よく無邪気な顔で庭で体操をしているのが見えました。

 彼女は,あどけないというか中学生よりもっと幼い感じに見えるし,なんて天使のような無邪気な顔をしているんだろう?とか感じて,またまた夢中になりそこに通院してくるのが楽しみになりました。私も入院したくなりました。

 その前の病院でも,それに似たことがあり,私の「白痴的女性が好き」という傾向はますます加速されました。

 会社に入社した頃,入社同期の飲み会などで女性の好みを聞かれ,正直に「バカというか白痴的な女性が好き」と言ったら,

 「でもそういう振りをしているだけでホントは賢い女という意味でしょ?」と聞くので「イヤそうじゃない」と説明しても何故か本気にされず,「女をバカにしてるんじゃないの?」とかよく言われましたね。

 しかし,男が男として女の女性的な部分や可愛らしさを好きになるのは当然で,そうでない,非性的部分については全く平等に評価しているわけです。

 ですから,女性の容姿などをいい方に評価したのにセクハラだとか言われたこともありますが,私に言わせるとバカにしたりセクハラをしてるのは自身たちの方で私の方が男女対等な見方をしていると思いました。

 特に,女性だからバカが好きだ,というのならともかく,私が魅了されたのはその天真爛漫な姿であって,性的な意味を抜きにすれば,たとえ相手が男性であっても,そういう無邪気な姿に感動することはあるのでした。

 ところで,私は犬が大好きなんですが,病気の犬でないなら普通むやみに人間に噛み付いたりはしないと思います。

 彼らは危害を加えられると正当防衛的に噛み付き,,ごくまれには相手が死ぬような事故もあります。

 子供に噛み付いたとかが理由で扼殺されたりする犬もいたりするそうですが,大人でなく子供がかまれることの方が多いと聞くのは,子供の方が小さいということもありましょうが,

 子供は悪意もなく無邪気に犬に触ろうとするだけなのに,,臆病な犬の方の過剰な勘違いで危険を感じて防衛行動に出る可能性が大きいと思います。

 犬に例えると怒られるでしょうが,常人よりも痴的な人で僕の知っていた人たちは何というか考えられないくらい凄く優しい人たちばかりでした。。

 でも,逆にほんのちょっとしたことで,ひどく怖がるようなこともよくありました。。

 正当防衛でも人を傷つけてはいけないでしょうが,彼ら彼女らの攻撃の意図を常識感覚で類推してはいけないだろうと思います。

 イヤ,また余計な推測で不謹慎だとは思いますが,最近見つかった幼女殺人の容疑者が軽度とはいえ精神的に普通じゃないらしいので,つい感情が少し入ってしまいました。

 彼が殺したのだとしたら,それは性的な意図によるよりも,ひょっとしたら精神的に臆病な人間にときどきあるのですが,大人よりも恐怖をおぼえることがある子供の行動に対して過剰攻撃をした結果かな?とふと思ったものですから。。。

 いずれにしろ,社会不適応だという理由で扼殺(または保安処分(ロボトミー手術)← 保安処分とかは思い出すだけでも無性に腹が立つけど)されたりで間引きさるべきかもしれませんが。(少しし違うけど「カッコーの巣の上で」ですか?)

 社会不適応なら,むしろ本人にとっても,間引きされた方が幸せです。

 悲しいことですが。。。

|

« 超弦理論(9)(タキオン(続き)と重力子の散乱振幅) | トップページ | 私と仕事 »

003. 日記・回想」カテゴリの記事

007. 病気(診察・薬)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/71281/26181325

この記事へのトラックバック一覧です: 精神神経科病棟の思い出:

« 超弦理論(9)(タキオン(続き)と重力子の散乱振幅) | トップページ | 私と仕事 »