続きです。このシリーズはとうとう今日で終わりです。
まず,あらゆる表現形式が同等(対等)であることの実際的証明が与えられるまでの歴史から紹介します。
1960年代の終わりまでに,テンソルの対称性,つまり運動量,角運動量の保存への物質場のテンソルの役割に大いに着目し,電磁場テンソルと物質場テンソルの新しい対を求めて発展させることを念頭においた研究が次々とありました。
やがて,PenfieldとHausは1967年に,幾つかの異なる電磁理論の定式化は等価であると考え,これをテストするための彼らのいわゆる"仮想的力の原理(Principles of Virtual Power)"なる定式化を道具として,この考えをさらに進めました。
さらに1972年のde GrootとSuttorpもまた,物質場のテンソルの重要な役割に着目し,エネルギー運動量の保存則は元々閉じた熱力学系でのみ適用可能な法則であることを認識したモデルを展開しました。
しかし,電磁場と物質場の和で与えられる総エネルギー運動量テンソルの正しい形についてはPenfieldとHausには賛同しませんでした。
しかし,この食い違いは直接的に,Abraham,Minkowski論争に対応するテンソルの差異によって生じたものではなく,電磁波が存在する際の物質の挙動に関して全体としてなされた仮定の違いによるものでした。
de GrootとSuttorpは彼らの表現式が媒質の微視的性質の考察から演繹されたものであるとして,自らの表現式の優位性を主張しました。
しかしながら,この2種の総エネルギー運動量テンソルの表現形式については,実験による比較検証はなされていません。
さて,少しの間,総エネルギー運動量テンソルの正しい形がどうなるかについては忘れて,これの具体的な形そのものとは無関係に,物質の挙動について我々の提案するモデル化が,これまで提案されてきた種々の異なる形式を識別するために役立つということを証明します。
まず,適当に採択された閉じた系の総エネルギー運動量テンソルをTμνと記すると,この系では線運動量も角運動量も保存するので,∂Tμν/∂xν=0,かつTμν=Tνμが成立します。
これらをより馴染み深い形式で書くなら,エネルギー保存の連続方程式∂g0/∂t+∂T0j/∂xj=0,および線運動量保存の連続方程式∂gi/∂t-∂tij/∂xj=0 の形になります。
ここに,gμは4元総運動量密度でgμ≡Tμ0/cで定義され,またtij≡-TijはMaxwellの応力テンソルです。特にh≡cg0=T00はエネルギー密度でSj≡cT0jはエネルギー流束です。
つまり,Sはポインティングベクトル(Poynting vector)E×Hで,gμのうち成分がgi=Ti0/c(i=1,2,3)の3次元ベクトルgは総運動量密度です。
(g0,g)は4元ベクトルであろうことを意識しています。
総エネルギー運動量テンソルを表わす行列(Tμν)は,μ=0 に対応する1行目の成分が(g0,T0j)で,その下の2,3,4行目は(cgi,-tij)となります。
そこで,成分がg'j≡T0j/cの3次元ベクトルg'を定義すると,行列(Tμν)の1行目成分は,(g0,cg'j)とも書けますが,閉じた系のエネルギー運動量テンソルは対称であるべき(角運動量保存)Tμν=Tνμという要求からg'=gとなります。
結局,(Tμν)は,1行目が(g0,cgj),その下の行が(cgi,-tij)の行列となります。
そして,総テンソルTμνを電磁場テンソルと物質場テンソルの和としてTμν=TEMμν+Tmatμνと表わせば,∂Tμν/∂xν=0,かつTμν=Tνμは,∂(TEMμν+Tmatμν)/∂xν=0,かつTEMμν+Tmatμν=TEMνμ+Tmatνμと書けます。
これはg0=gEM0+gmat0,g=gEM+gmat,t=tEM+tmatと表記すると,エネルギー保存の連続方程式の分割∂(gEM0+gmat0)/∂t+∂(TEM0j+Tmat0j)/∂xj=0,と線運動量保存の連続方程式の分割∂(gEMi+gmati)/∂t-∂(tEMij+tmatij)/∂xj=0 になります。
再びg'j≡T0j/cとおけば,行列(Tμν)=(TEMμν+Tmatμν)なる分割は,(cg0,cg'j)=(gEM0+gmat0,cg'j),および(cgi,-tij)=(c(gEMi+gmati),-(tEMij+tmatij))を意味します。
しかし,g=gEM+gmat同様,g'=gEM'+gmat'なる分割も可能です。しかもg'=gなのでg=gEM'+gmat'と書くこともできます。
そして,Abrahamのテンソルのように電磁場テンソルTEMμνが対称テンソルなら,物質場テンソルTmatμνも対称なのでgEM'=gEM,かつgmat'=gmatが従います。
しかし,Minkowskiテンソルの場合にはgEM=D×Bで,一方gEM'=c-2E×Hですから,真空中でない限りgEM'≠gEMとなります。
Minkowskiテンソルが用いられる際にはg=gEM+gmat,t=tEM+tmatの右辺のうちの物質場成分gmat,tmatは安全に無視できるとして切り捨てられることが多いのですが, Minkowskiテンソルの下では一般にgEM'≠gEMなので,電磁場単独では角運動量は保存されません。
物質場の成分の存在を正しく認識しなかったことが,Minkowskiテンソルが,ときには批判的に受け取られた理由の1つでした。
歴史的にはMinkowskiのテンソルもAbrahamのテンソルも,電磁場テンソルと物質場テンソルのマッチした対という形で提案されたわけではありません。
Abrahamのテンソルへの対応する物質場の片割れは1954年に初めてJonesとRichardsによって提案されました。
一方,Minkowskiのテンソルは1968年のJamesと1975年のWalkerらの実験結果を説明するという目的で1970年代になされた理論的再評価(de Groot and Suttorp(1972):Israel(1977);Mikura(1976))を通して,対応する物質場の片割れを初めて獲得しました。
こうして,その後も時と共にMinkowskiとAbrahamのテンソルを区別するという主旨の実験が数多く行われ,その度に2,3年後には反証されるということが繰り返されてきたのですが,今やその理由を説明することができます。
簡単のため,総エネルギー運動量テンソルTμν=TEMμν+Tmatμνについての式∂Tμν/∂xν=0,かつTμν=Tνμを取り上げて考察してみます。どんな実験もエネルギー運動量テンソル全体については敏感ですが,角運動量や線運動量についてはあまり敏感ではありません。
そこで,任意に与えられた実験において,TXμνを実験結果には意味のある効果を与えないような物質場のエネルギー運動量テンソルの部分項として,Tmat'μν≡Tmatμν-TXμνとによって新しい物質場テンソルTmat'μνを定義します。
実験における挙動の予測において,このTmat'μνをTmatμνの代わりに使用するとき,ある実験では前のTmatμνを用いた場合と同じく,なお"正しい"結果が得られることもあり,また別の実験ではそうではないということが有り得ます。
これを描写するため,Minkowskiの電磁テンソルを考察してみます。
一般に,このテンソルは孤立して物質場は無いTmat'μν≡0 として,単独で用いられることが多いのですが,Minkowskiの電磁テンソルTEMμνは非対称なので,Tmat'μν≡Tmatμν-TXμν,およびTEMμν+Tmatμν=TEMνμ+TmatνμよりTXμνなる項もまた非対称であると結論されます。
そのため,Minkowskiの電磁エネルギー運動量テンソルは直線型の実験では大いにうまくいきましたが,単独では回転的実験を正しく説明できませんでした。これは対応する物質場テンソルを無視したためであろうと推測されます。
こうしてMinkowskiの電磁テンソルではTmat'μν≡ Tmatμν-TXμνなる変換が直線型の実験では前と同じ結果になり,回転的実験ではそうではないということで,ある実験では前のTmatμνを用いた場合と同じ結果が得られることもあり,また別の実験ではそうではないということが有り得るという事実の典型例になっています。
個々に与えられた電磁場と物質場のテンソルの対は何らかの失敗が生じるまでは広い範囲の実験にわたってうまくいきますが,そのうち生じる失敗はそれまでの実験では導入されていなかった新しい相互作用の結果として起こり得ることになります。
それ故,TXμνはこれまでの実験には影響しない新しい項として記述されるわけです。
多くの場合,実験は電磁エネルギー運動量テンソルの1つが非正当であるという言明を引き起こしますが,必ず適切な項が見つかってそれを対応する物質場のテンソルに加えると,新しく正しく修正された物質場のテンソルにより該当する電磁場テンソルの非正当性は覆されます。
その結果,物質場に必要な項を付加すれば正当でないとされたどんな電磁場テンソルも救済されます。
AbrahamのテンソルもMinkowskiのテンソルも一般に電磁圧の効果が組み込まれたケースでは用いることはできません。
結局,AbrahamとMinkowskiの電磁エネルギー運動量テンソルの等価性の実際的で明解な立証は1973年にGordonによって遂行されました。
彼の証明はAshkinとDziedzicの実験に反応してなされたものです。
彼は,電磁場テンソルに沿って進む物質場テンソルに関連した成分はその媒質の音速で伝播すること,そしてDziedzicの実験における光学的パルスは流体内の圧力が平衡値に達するのに充分なほど長く,それ故,圧力のような純粋に物質的な効果をも考慮に入れる必要があることを立証しました。
それから彼は任意の輻射パルスが空気と流体の境界を横切る際にAbrahamとMinkowskiの電磁エネルギー運動量テンソルの両方が同じ挙動を予測することを示しました。
全ての実在物体はある程度まで変形可能であり,Gordonの証明の中で考慮されている効果に類似した手順での張力や圧力の伝達を許します。
そこで,Gordonの証明は履歴現象のような散逸効果が無視できるほど十分変形が小さいような任意の等方的な誘電媒体に容易に一般化され,また,より大きい変形や非等方的なケースにも外挿できる可能性を有しています。
また,非一様な誘電物質についても,それらを無限小の一様な塊へと分解することによって,結局一様媒質と同様に扱うことができます。
Gordonの仕事は,やがてPeierls(1976,1977)によって弾性的な固体中の有限幅の光子ビームにも適用できるように拡張されて,いくつかの興味深い結果に結びつきました。
もっとも,後にRobinson(1975)は,Gordonの結果は比誘電率が1に近いような物質に対してのみ有効であるという限界性を指摘しました。
また,誘電媒質の変形可能性がGordonのアプローチにとって根本的なことですから剛体的な誘電体を扱う際には不適切になる障害もあるようです。
さて,1972年のde Groot and Suttorpの仕事は,その内部で電磁エネルギー運動量テンソルの異なる選択の等価性の証明となるべき理論的枠組みを与えました。
特に,AbrahamとMinkowskiのような特別な電磁エネルギー運動量テンソルを普通に用いるときについて,これを具体的に陽に示すという主旨の論題については少しの間,論争を滞らせました。
しかし,すぐにMikra(1976),Kranys~(1979,1982)がAbrahamのテンソルとMinkowskiのテンソルの等価性の短い証明を与えました。
彼らはPenfieldとHausの仕事もde Grootと Suttorpの仕事も知らないで独自に研究したようでした。そのうち,Mikra(1976)の論文は特に読みやすく数式的に詳しいものです。
それからも,色々あったようですが,結局,総エネルギー運動量とはそもそも何物か?という新しくてはっきりとした疑問も生まれました。あらゆる環境で我々の必要性に仕する総エネルギー運動量の単一の表現が存在して,それを書き下すことが可能だろうか?という疑問ですね。
しかし,生憎そうした万能の表現を見出すことに関する答はノーです。でも幸いなことに,多くの環境では媒質中の物性の完全なる理解が要求されるわけではありません。
1976年にMikuraは非粘性,圧縮性,非分散性,分極性を持ち,磁化可能な等方性流体の総エネルギー運動量テンソルの1つの理想化された形式を導出しました。
彼の論文には電磁圧も音波も含まれています。論文の後の方では,大抵の環境では簡単のためこれらの項は省略されていますが,全体の表現では全てが明記されています。
以下,Mikraの導出したエネルギー運動量テンソルを,ここで用いている単位系に修正して紹介します。
まず,総エネルギー運動量テンソルの成分Tμνを様々な部分系の成分の和としてTμν=T(m)μν+T(f)μν+T(P)μν+T(M)μν+T(d)μνと書きます。
ここに,T(m)μν=(ρ0c2+ρ0εi)uμuν+φ(uμuν+δμν),T(f)μν=ε0c2{FμλFνλ-(1/4)F2λσδμν},T(P)μν=α-1{PμλPνλ-(1/4)P2λσδμν},T(M)μν=-FμλM*νλ-(1/4)β-1M2λσδμν,T(d)μν=β-1MμλMνλ+F*μλMνλです。
ただし,X2λσなる表現は実は添字λ,σには無関係なスカラーX2λσ≡XλσXλσを表わし,X*μνはX*μν≡(1/2)εμνλσXλσで定義されるXμνに双対な,または対偶のテンソルです。
なお,εμνλσは,Levi-Civitaの記号です。
上記テンソルの内訳としては,T(m)μνが機械的な流体の流れ,電気圧,磁気圧による項から成るもの,T(f)μνが自由空間での電磁場と同等な項からなるもの,T(P)μνが媒体物質の分極に関連した項から成るもの,T(M)μνとT(d)μνが磁化に関連した項から成るものです。
T(d)μνは,これに続いて行なうAbrahamとMinkowskiの電磁エネルギー運動量テンソルの導出を容易にするためにT(M)μνから分離させられた項です。
ただし,ρ0は局所静止系での物質密度,uμは局所媒質要素の4元速度です。また,εiは非電磁的性質を持つ比内部エネルギーで,それはρ0と比弾性エントロピーsiの関数です。
αとβはα≡ε-ε0,β≡μ0-1-μ-1によって電気定数ε,ε0,磁気定数μ,μ0に関係付けられる量です。
δμνは,もちろんKroneckerのデルタ記号です。
さらに,φ≡φh-(1/4)KaP2λσ+(1/4)KbM2λσです。
ただし,Ka≡ρ0{∂(1/α)/∂ρ0}|s,Kb≡ρ0{∂(1/β)/∂ρ0}|sです。そして,φhは流体の総静水圧を表わすもので,これはφh=ρ02(∂εi/∂ρ0)で与えられます。
電磁場関連の項について,Fμνは普通の電磁場のテンソルです。
そして,分極テンソルPμνと磁化テンソルMμνは,それぞれ与えられた座標系での3次元の分極ベクトルP,および磁化ベクトルMに次のように関連付けられたものです。
すなわち,Pμν≡(1/c)(vμPν-vνPμ),Mμν≡(1/c)(vμMν-vνMμ)です。ただしv0=c,P0=M0=0 としています。
分極ベクトルPと磁化ベクトルMは,電磁場の強さを示すE,B,D,H(D=εE,B=μH)と,相対論的関係式D=ε0E+P+(v/c)×M,H=B/μ0-M+(v/c)×Pによって関係付けられる量です。
このテンソル表現によれば,総運動量gと応力テンソルtはgi≡Ti0/c,tij≡-Tijにより,g={ρ0(c2+ρ0εi)+φ}γ2v/c+ε0E×B+c-2α-1P×(v×P)+c-2β-1M×(v×M)-c-2B×(v×M)+c-2E×M,
およびt=-ρ0(c2+εi)c-2γ2v∧v+φ(c-2γ2v∧v+I)+ε0E∧E+μ0-1B∧B-(1/2)(ε0E2+μ0-1B2)I+α-1[P∧P+c-2(v×P)∧(v×P)-(1/2){c-2(v×P)2-P2}I]+β-1[M∧M+c-2(v×M)∧(v×M)-(1/2){c-2(v×M)2-M2}I]-B∧M-M∧B+c-2E∧(v×M)+c-2(v×M)∧E+{c-2E(v×M)-BM}Iとなります。
ここで,x∧yなる記号は(x∧y)ij=xiyjなるテンソル積を意味します。またIij=δijです。
あらゆる場の成分にわたるトレース(対角和)はゼロなので,場は質量ゼロの光子の場と比較できる意味を持ちます。
Mikuraに従って上記の総エネルギー運動量テンソルTμνをAbrahamの表現とMinkowskiの表現のそれぞれについて,電磁場テンソルTEMμνと物質場テンソルTmatμνの対に分解します。分解というのはTμν=TEMμν+Tmatμνです。
まず,Abrahamでは単にTmat,Abrμν=T(m)μν,TEM,Abrμν=T(f)μν+T(P)μν+T(M)μν+T(d)μνです。
Minkowskiによる表現を求めるために,Cμν≡α-1PμλPνλ-FμλPνλなるテンソルを定義すると,Tmat,Minkμν=T(m)μν+T(d)μν+Cμν,TEM,Minkμν=T(f)μν+T(P)μν+T(M)μν-Cμνとなります。
これらは非相対論的極限では次のように書くことができて,電磁場のテンソルとして馴染み深い表現になります。
すなわち,Abraham電磁場テンソルの行列(TEM,Abrμν)は1行目が((1/2)(ED+HB),c-1E×H),その下の2,3,4行目は(c-1E×H,-E∧D-H∧B+(1/2)(ED+HB)I)です。
Minkowski電磁場テンソルの行列(TEM,Abrμν)は,1行目はAbrahamと同じく((1/2)(ED+HB),c-1E×H)ですが,その下の行は(cD×B,-E∧D-H∧B+(1/2)(ED+HB)I)となります。
ちなみに,物質場テンソルも同じように表現すると,Abrahamの表現での物質場テンソルの行列(Tmat,Abrμν)は,1行目が(ρ0(c2+εi),ρ0cv),その下の2,3,4行目は(ρ0cv,ρ0v∧v+φI)です。
一方Minkowskiの表現では,行列(TEM,Abrμν)は1行目はAbrahamと同じく(ρ0(c2+εi),ρ0cv),その下の行は(ρ0cv-cD×B+c-1E×H,ρ0v∧v+φI)です。
このように陽な表現にすると,Minkowskiの物質場テンソルからAbrahamの力が生起するのは明らかです。
今や,群速度の変化に付随した屈折率ngの一様な誘電体物質の塊に総運動量pと体積Vを持つ光の波束が入射する,という典型的な例について考察することが可能になりました。
これまで媒質を構成する物質を真空ではないことを総称する意味で常に誘電体と呼んできました。
しかし,ここでは構成物質は磁性体ですが誘電体ではない,εr≡ε/ε0=1,μr≡μ/μ0≠1であると仮定します。
こう仮定しても一般性が失われることはありません。
この物質中では光の波束の群速度はc/ngです。
一方,これに伴って波束の全体積もVからV/ngに減少し,総運動量はpのまま保存されますから入射前の波束の自由空間での総運動量密度をgfと書けば誘電体物質中での総運動量密度はg=nggfとなります。
ところが,自由真空での電場をE,磁束密度をB=μ0Hとすると,自由真空での運動量密度はgf=c-2E×H=c-2μ0-1E×Bです。
そして,今は媒体物質は磁性体ですが誘電体ではないと仮定しているので,電場Eはこの物質内でも自由真空内と同じであるはずです。
また,真空中であるか物質中であるかを問わず,常にdivB=0 が成立するので,Bは真空と物質の境界で連続ですから,磁束密度Bについても物質中のそれは自由真空と同じです。
ただ,磁束密度Bと磁場Hとの関係が物質中の量による表現ではB=μ0HからB=μHに変わるだけです。
つまり,電場E,磁束密度Bは自由空間でも物質内でも同じなので,真空中の量であるか物質中の量であるかは関係ないのですが,磁場Hのみは改めて物質中の磁場であると考えると,自由真空での運動量密度がgf=c-2μ0-1E×B=c-2(μ/μ0)E×Hと書き直されます。
それ故,Abrahamの表現での物質中の電磁運動量密度はgEM,Abr=c-2E×H=gf/μr=(μ0/μ)gfと書けるわけです。
このことから,総運動量密度がg=nggfであるためには電磁運動量密度gEM,Abrに伴なう物質場の運動量密度がgmat,Abr=(ng-μ0/μ)gfとなることが必要です。
これを先のAbrahamの物質場テンソルを示す行列(Tmat,Abrμν)での2,3,4行目の表現(cgmat,Abr,-tmat,Abr)=(ρ0cv,ρ0v∧v+φI)と比較すると,gmat,Abr=ρ0v=(ng-μ0/μ)gfなる式が成立する必要があるとわかります。
以上から,結局,電磁流体媒質の速度vがgmat,Abr=ρ0v=c-2(μng/μ0-1)(E×H)なる式を満たすべきであるという関係を得ることができました。
この表式によれば,物質が非分散性の場合,つまりこの磁性体媒質の透磁率μが光の色または光波の振動数には依らずng=n=(μ/μ0)1/2を満たす場合なら,上の等式から得られる物質速度vがMinkowskiの表現でのテンソル対から得られるそれと一致することがわかります。
つまり,この磁性体媒質ではε=ε0よりc-1=(ε0μ0)1/2=(εμ0)1/2なので,Minkowskiの運動量密度の表現gmat,MinkにAbrahamの表現から得られた上の等式ρ0v=c-2(μng/μ0-1)(E×H)を代入して非分散性ng=n=(μ/μ0)1/2を用いれば,gmat,Mink=ρ0cv-cD×B+c-1E×H=c-1(μng/μ0-1)(E×H)-cD×B+c-1E×H=0 となります。
すなわち,Minkowskiの表現では総運動量密度g=nggf=ngfの全てを電磁運動量密度が担い,物質場の密度gmat,Minkはゼロであることに相当する結果です。
これはまた,総運動量密度g=gEM+gmat=ρ0cv+c-1E×H=cD×Bが,確かにnggfに等しく矛盾が生じないことをも意味しています。
この結果は,JonesとRichards(1954),およびJones(1978)で得られた表現とは異なっているのですが,これは物質中での総運動量密度をnggfではなく位相速度の変化に関わる屈折率をnφとしてnφnggfになるとしているのが誤りであることがわかります。
ただし,彼らのように解釈すると,gf,mat,ames=c-2(nφng-1)(E×H)となり,非分散性媒質を仮定すると,D×B-c-2E×H=c-2(εrμr-1)S,つまり,対応する力の密度としては丁度Abrahamの力になりますがこれは偶然でしょうか?
(※訳注:光の波束が自由真空から屈折率ngの媒質中に入ると,代表的な光波の位相速度は真空中のcからc/ngになりますが,それは,波としての1波長がλからλ/ngに減少するためと考えられます。
そのため波束の進行方向の特徴的な長さも真空中の(1/ng)倍となり波束の全体積は真空中のVからV/ngに減少すると思われます。
これは,総運動量密度gだけではなく,総エネルギー密度hについても当てはまる話と思われます。
しかし,運動量の場合には光波が自由空間にあるときの静止物質の運動量をゼロと考えて総運動量は光波のみがになうと考えて良いのに対し,総エネルギー密度の場合は静止物質の質量や内部エネルギーはゼロではないため光波が自由空間にあるときの総エネルギーをhf=hf,EM+hf,matと書けば,誘電体物質中での総エネルギー密度の評価がh=nghfとなるとは考えられません。
前に述べたように,電磁波のエネルギー密度hEM=TEM00=(1/2)(ED+HB)は真空中でも誘電体物質中でも同じで,Mikraの式でもそうなっています。
物質と合わせた総エネルギー密度h=T00=TEM00+Tmat00=(1/2)(ED+HB)+ρ0(c2+εi)の変化が電磁波の波束の全体積が真空中のVからV/ngに変わることとどう関連しているのでしょうか?) ← Pending)
最後に,以上を補完する意味で実際に実験で観測される量である媒体物質における運動量の遷移,または力やトルクという量が,電磁場テンソルにとってはどうした意味を有するのか?という観点での一般論を記述して終わりにします。
閉じた系を一般の2つの部分A,Bに分けることを考えます。
ただし,A,Bは物理空間としては全く同一の領域を占めるけれども,定性的には異なる分割であるとします。
つまり,Bを誘電体媒質のような物質成分,Aを電磁場成分とすれば,これまで述べてきた話と同じです。
これまでと同じように,Tμνを閉じた系全体の総エネルギー運動量テンソルであるとして,∂Tμν/∂xν=0,かつTμν=Tνμが満足されているとします。
そして,これをTμν=TAμν+TBμνによってA,B個々のエネルギー運動量テンソルTAμν,TBμνに分割します。
同様に,線運動量密度,角運動量密度,応力テンソルもA,Bの2つの部分に分けます。
このとき,Bにおける力の密度とトルクの密度はAの量を用いてfBi=∂gAi/∂t-∂tAij/∂xj,τBjk=-∂MA0jk/∂t+∂MAijk/∂xiと表わされます。
これらは運動量とトルクの系Bが得る遷移率を系Aの損失率に等置するという釣り合い方程式です。ただしMijkを角運動量密度テンソル,τjkをトルク密度テンソルの成分を示す記号としています。
部分系についての等式を領域の全体積わたって積分すると,2つの部分系の結合した結果,例えば電磁場からの運動量の吸収が得られます。
すなわち,F,Τを体積V全体の力およびトルクとし,誘電体物質をBとすれば,B全体が受ける力はFB=∫dVfB,受けるトルクはΤBjk=∫dVτBjkとなります。
Bが受ける力については,fBi=∂gAi/∂t-∂tAij/∂xj,およびGaussの定理によって,FBi=∫dVfBi=dGAi/dt-∫dSjtAijが得られます。
時間平均で考えることができる場合には,右辺第1項の寄与はゼロでFBi=-∫dSjtAij,です。
すなわち,誘電体媒質Bが受ける力は電磁場のMaxwell応力によるものだけです。
同様に,誘電体媒質Bが受けるトルクは電磁場の角運動量によるものだけで,ΤBjk=-d[∫dVMA0jk]/dt+∫dSkMAijkで時間平均で考えることができる場合にはΤBjk=∫dSkMAijkとなります。
特に,力だけに着目すると一般には媒質Bが受ける力はFB=∫dVfB,fBi=-∂gBi/∂t+∂tBij/∂xj=∂gAi/∂t-∂tAij/∂xjで定義され,FBi=dGAi/dt-∫dSjtAijと書けます。
今の問題であるA=EM(electromagnetic),B=mat(material)の場合,g=gEM+gmat,t=tEM+tmatなる分割の仕方は全く任意です。
AbrahamとMinkowskiの分割では,応力の分割t=tEM+tmatの形は同じなので,FBi=dGAi/dt-∫dSjtAijのうち-∫dSjtAijはどちらの表現でも全く同じなのですが,実は左辺のFBiと右辺のdGAi/dtの双方がAbrahamとMinkowskiの分割では異なるのですね。
つまり,まず共通の総運動量gについてAbrahamの分割g=gEM,Abr+gmat,AbrとMinkowskiの分割g=gEM,Mink+gmat,Minkで,右辺における(gEM,gmat)のペアの内容が異なります。
そのため,FB=∫dVfB,fBi=-∂gBi/∂t+∂tBij/∂xj=∂gAi/∂t-∂tAij/∂xjにおいて,応力テンソルの項∂tAij/∂xj=-∂tBij/∂xjは両者で同じなのですが,Abrahamの分割で観測される力がFB,Abr=dGA,Abri/dt-∫dSjtAijであるのに対して,Minkowskiの分割で観測される力はFB, Mink=dGA,,Minki/dt-∫dSjtAijとなります。
したがって,当然FB,Abr=FB, Mink-d(GA,,Minki-GA,Abri)/dtですから,実験でBが受ける力として観測されるのは,双方で別の意味の力であるため,Abrahamの力だけの差異が観測されるのは明らかですね。
結局は,A=EM,B=matとしたAbrahamとMinkowskiの分割の仕方のいずれが正当であるかを主張してきたというのが論争の根源です。
そもそも双方が,微妙な実験観測において観測結果のどれが電磁場の効果であって物質場の効果ではないということを何を基準にして区別しているのかという,好みの問題に帰着するに過ぎず,双方とも間違っているわけではないというのが結論とされています。
論争するなら,各々が勝手に都合の良い定義で区別,分割して論じても不毛な水掛論争なので,予め論点が何なのかを明確に定義して共通の土俵でやれということでしょうかね。
実際にはこうしたレビューが出た前後でも,なお論争は続いているらしく,これに関する新しい論文もさらに出されているようです。
まあ,物理学の仮説の実験による検証,立証は数学の定理の証明ではないので,立証されたからといって,必ずしもその仮説が真であり誰にとっても完全に決着した,というわけにはいかず,どんなに素晴らしく見える物理理論で原理と呼ばれているようなものでも永久に仮説であり続けるわけです。
何か1つでも反証が見つかれば,その項に関しては間違いであるということになることが常に有り得ます。
そのため,通常の物理屋であれば,声高にこれが絶対に正しいなどと主張することはできませんが,世の中に99%以上は正しい理論はいっぱいありますね。
同じように,これが絶対に間違っているなどとも主張できませんが,せいぜい,99%以上は間違っているが正しい可能性もゼロではない云々と主張できる程度でしょうね。
というわけで,私自身はこの論文にて,決着が付いたという方向で大体のことは納得しましたので,この項目に関する「運動物質内の相対論」シリーズの記事はこれにて終わりにします。
論文にはまだ色々と書かれていますが,後は実際に当論文を入手してご自分で読まれて解釈されるなり,別文献を参照されるなり,あるいは自力で沈思黙考,計算をして頂くなりに任せます。
私の記事ではこのくらいにしたいと思います。
参考文献: Robert N.C.Pfeifer,Timo A.Nieminen,Norman R.Heckerberg((The University of Queensland Brisbane Queensland 4072 Australia):"Momentum of an electromagnetic wave in dielectric media" Reviews of Modern Physics Vol.79(4),pp1197-1216(2007)
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