定量的地震学2
地震学の続きです。
媒質は応力が除かれたとき,それが戻る自然な状態(歪みも応力もゼロ)を持つなら弾性的であるといわれます。
与えられた負荷の影響の下では,応力と歪みは共に変化します。それらの間の関係(構成関係)は媒質の重要な特徴です。
そして,そうした関係が存在することを,以下で熱力学的議論により証明します。
自然科学は経験科学ですから,実際の関係そのものについては実験的に決定するのが正しい姿勢です。
Robert Hooke(ロバート・フック)の"弾性物体"の測定は,300年以上も前に応力が歪みに比例するという結論を導きました。
ただし,この事実に関する彼の報告は今日のような応力のテンソルの概念が当時は利用できなかったため,幾分不可解なものでした。
Augstin Cauchyは,19世紀初期に初めて今の応力の近代的考え方の多くを展開しました。今日ではテンソルによってもっと容易に伝達できる多くの結果を彼が理解したのは明らかです。
こうしたテンソル概念は20世紀までは使用されませんでした。
フックの法則の現代的な一般化は,応力テンソルの各成分が歪みテンソルのあらゆる成分の線型結合であるということです。
すなわち,応力テンソルτijと歪みテンソルeij≡(1/2)(ui,j+uj,i)の間に,関係:τij=Cijpqepqを与える比例係数Cijpqが存在します。この構成関係に従う物体を線型弾性的であるといいます。
量Cijpqは4階テンソルの成分で,次の対称性を持っています。
すなわち,τji=τijによりCjipq=Cijpq,eqp=epqによりCijqp=Cijpqです。また,以下に示すように熱力学的論点からCpqij=Cijpqもまた真であることがわかります。
弾性体が表面境界Sで囲まれた体積Vを占めていると仮定します。
熱力学第1法則によれば物体は内部エネルギーを持ちますが,これは物体の変形と共に変わり,エネルギーのバランスは(受ける力学的仕事率)+(受ける熱の率)=[(運動エネルギー+内部エネルギー)の増加率]で与えられるはずです。
(1)力学的仕事率
udot=ud≡∂u/∂tとおくと,Vが受ける力学的仕事率は∫VfuddV+∫STuddSです。これはガウスの発散定理を用いると∫V[fiuid+(τijuid),j]dVと書けます。
さらに,運動方程式:ρ(∂2ui/∂t2)=fi+τji,j,あるいはρui2d=fi+τji,jによってfiuid+(τijuid),j=ρuidui2d+τijui,jd=(∂/∂t){(1/2)ρuiduid}+τijeijdです。
これを代入すると力学的仕事率の最終形として(∂/∂t)[∫V{(1/2)ρuiduid}dV]+∫V(τijeijd)dVが得られます。
(2)熱の率
ベクトルh(x,t)を,時刻tにnを外向き法線とする任意の面素dSに対しhndSがnの向きに通過する熱の率となるような"熱流束=単位時間に単位面積を通過する熱エネルギー"とします。
また,L(x,t)を,物体Vの有する熱の密度(単位体積当たりの熱量)とします。このとき熱に関するバランス(平衡)から-∫ShndS=(∂/∂t)(∫VLdV)です。
これはガウスの定理によって,微分形としては"物体が受ける熱の率=単位時間当たり単位体積当たりの熱エネルギー"がLd=-∇h=-hi,iで与えられるという形になります。
(3)運動エネルギーの増加率
運動エネルギーの増加率は明らかに(∂/∂t)[∫V{(1/2)ρuiduid}dV]です。
(4)内部エネルギーの増加率
U(x,t)を,物体Vの有する単位体積当たりの内部エネルギーとします。内部エネルギーの増加率はもちろんUdです。
以上,(1)~(4)から(受ける力学的仕事率)+(受ける熱の率)=[(運動エネルギー+内部エネルギー)の増加率]は,(∂/∂t){(1/2)ρuiduid}+τijeijd+Ld=(∂/∂t){(1/2)ρuiduid}+Udとなります。ただし,Ld=-∇h==-hi,iです。
それ故,Ud=Ld+τijeijd=-hi,i+τijeijdです。
これをU,L,eijを熱力学的平衡状態からの微小摂動として表現するなら,dU=dL+τijdeij=TdS+τijdeijです。ここにTは絶対温度,Sは単位体積当たりのエントロピーです。
この表現式から,形式的にτij=(∂U/∂eij)Sを得ます。
一方,Fをフレドホルムの自由エネルギー(F≡U-TS)とすれば,dF=SdT+τijdeijより,同じくτij=(∂F/∂eij)Tを得ます。
そこで,もしも,変形過程がいくつかの地殻構造過程のように等温的にゆっくりと生じるならτij=(∂F/∂eij)Tです。
しかし,変形過程が断熱的でh=0 かつLd=0 では定エントロピーとなり,その下ではτij=(∂U/∂eij)Sです。
すなわち,断熱過程の場合には内部エネルギーUの変化は歪みの変化だけで決まります。
これらは,ほとんど全ての波長の地震波に対して地震学では全く通常の状況です。
というのも岩石における熱拡散の時間尺度を示す時間定数=(距離)2/(速さ)は,地震波の周期=(波長)/(速さ)よりもはるかに長いので,地震過程は断熱過程,あるいは等温過程で近似できるからです。
そこで断熱過程ではW≡U,等温過程ではW≡FとしてWを歪み-エネルギー関数と呼べば,それぞれの過程でτij=∂W/∂eijです。
したがって,これらをフックの法則:τij=Cijpqepqと組み合わせると,先述した最後の対称性Cijpq=∂τij/∂epq=∂2W/(∂eij∂epq)=∂τpq/∂eij=Cpqijが得られます。
そして,歪み-エネルギー関数WはW=(1/2)Cijkleijekl=(1/2)τijeijと陽な形式に表現できます。
断熱過程,または等温過程では,歪み-エネルギー関数W=U,またはFは自然状態を除いて常に正です。そこで,W=(1/2)Cijkleijeklの右辺は正値2次形式です。
係数Cijklは歪みeijには依存しないですが,一般には位置xの関数です。地震学で用いられる弾性理論では,媒質は不均質ですが到るところ等方的な球対称の媒質という先入観で特徴付けられています。
一般に,係数テンソルCの34=81個の成分Cijklは,上記の対称性のおかげで独立な成分は21個です。さらに,上記の先入観に根ざした等方性媒質では,Cも等方的である必要があり,かなり単純になります。
1972年にはJeffreys and Jeffreysによって,最も一般的な対称4階等方テンソルCは次の形をとることが示されました。
すなわち,Cijkl=λδijδkl+μ(δikδjl+δilδjk)です。ただし,2つの独立定数λ,μはLame(ラメ)の定数と呼ばれます。
しかし,こうして得られた結果は応力と歪みが共にゼロの準拠状態から微小摂動だけ離れたケースに限定されていることに着目すべきです。
一方,地球内部内では平衡状態での自己重力が約1メガバール(Mbar)までの圧力の原因をなすことが知られています。
地球物質に対してゼロ応力,ゼロ歪みの準拠状態を仮定しても,上述のフックの法則に関する結果を直接には地震学において適用することはできません。
というのも上記の自己重力にに起因する圧力による歪みが小さくないからです。応力と歪みが共にゼロの準拠状態を用いると応力-歪み関係が非線型な有限歪みの理論を扱う必要があることになります。
しかし,地震に先立つ準拠系として代わりに地球の静的平衡状態を用いることもできます。実はこれが地震学での普通の扱いです。
定義によって,準拠系ではゼロ歪み状態ですが,初期応力の方はゼロではありません。
そして,このときには地震運動は歪みと初期応力からの増分応力との線型関係で表現できます。
かくして,ゼロ歪みでの初期応力をσ0とすると,ゼロとは限らない一般の歪みに対する応力はσ0+τ (τij=Cijklekl)で与えられます。そしてσ0の成分σ0ijは係数テンソルの成分Cijkl(~1メガバール)と同じオーダーの量です。
しかし,さし当たっては,簡単のため初期応力σ0の効果を無視することにします。
この単純化は,後の第8章で正当化されます。そこでは,初期応力σ0が正しく考慮され,修正を要する理論の概観について短かいレビューを与えます。そして第8章では自己重力の効果を定量化するためにオイラー的アプローチを採択する予定です。
さて, 運動が設定され得る方法と関わる幾つかの一般的注意と共に,まず表面境界Sを持つ体積Vの弾性体内でのラグランジュ的変位場u(x,t)についての一意性(uniqueness)の議論を導入することが自然な手続きであると思われます。
変位はV内の到るところでρui2d=fi+τji,jを満たすように制約されているので,変位場uにはVにおける実体力fと表面S上の応力τが寄与します。
今から,V内到るところでの実体力とS上全てにわたる応力の明細が既知であれば,与えられた初期条件からV内で発展する変位場を一意的に決定するに十分であることを示します。
変位場へのSの影響を指定する別の方法は,応力の代わりにS上の変位自身に対して境界条件を与えることです。
例えば,表面Sが剛体的であるというように,一見したところS上の応力と変位はV内の変位場にとって独立な性質のように見えます。
しかし,これは誤りで以下の直感的理解からSにわたる応力はS上の変位を決定し,その逆も成り立つことを認識することが重要です。
以下に,ある境界条件,初期条件下での変位場の一意性の定理を述べ,これの証明を与えます。
[一意性定理]:表面境界Sを持つ体積Vの弾性体内の到るところで,与えられた時刻t0における変位と粒子速度の値(=初期条件),およびt>t0における次の境界条件:
(ⅰ)実体力fと供給される熱L,(ⅱ)表面S=S1+S2の一方の部分S1上での応力Π,(ⅲ)残りの部分S2上での変位
が与えられたとき,
時刻t0より後の時刻tおけるV内到るところでの変位u=u(x,t)は一意的に決定される。
(証明)u1とu2が同じ初期条件を満足し,定理の境界条件(ⅰ)~(ⅲ)の同じ値で設定される変位uの任意の2つの解であると仮定します。
このとき,U≡u1-u2とおけば,U(x,t)は初期値が恒等的にU(x,t0)≡0 であるような変位場です。
そして,Uはt>t0における実体力fがゼロ,かつ供給される熱Lもゼロ,さらにS1上での応力T,またはτがゼロ,S2上での変位Uもゼロの変位場を表わします。
それ故,一意性定理を証明するには,V内の到るところでt>t0でもU=0 であることを示せばよいことになります。
まず,t>t0での力学的仕事率を与える式:∫VfuddV+∫STuddS=∫V[ρuidui2d+τijui,jd]dVにおいて,uがUの場合にはf=T≡0 ですから,これらは明らかに恒等的にゼロです。
そして,∫V[ρUidUi2d+τijUi,jd]dV=0 を時間tについてt0からtまで積分して,応力-歪み関係式τij=CijklUi,jを用いると∫V[(1/2)ρUidUid]dV+∫V[(1/2)CijklUi,jUk,l]dV=0 です。
ところが,右辺の第1項の被積分関数である運動エネルギー密度も第2項の被積分関数である歪みエネルギー密度W=(1/2)CijklUi,jUk,lも共に正定値な量です。
したがって,これらのV全体での総和がゼロということは,V内では到るところでUi=Uid=0 なることを意味します。よって,t>t0でも到るところでU=0 です。
以上から,u1≡u2が結論されます。(証明終わり)
一方,同じ表面境界Sを持つ体積Vの弾性体内での一対の変位場u,vに対して,相反性(reciprocal relation)と呼ばれる性質があることもわかります。
まず,u=u(x,t)は変位場の1つであるとし,uは実体力fとS上の境界条件,そしてt=0 における初期条件によって決まるとします。
一方,v=v(x,t)も変位場の1つであるとし,vは実体力gとuに対するものとは異なるS上の境界条件とt=0 における初期条件によって決まるものとします。
これら,2つのケースでnを法線とする面上の応力を区別するため,変位uによる応力をT(u,n),変位vによる応力をT(v,n)と書くことにします。
このとき,次のようなBetti(ベッチ)の定理と呼ばれる相反性定理が成立します。
[ベッチの定理]:上記のような条件の下で,等式∫V(f-ρu2d)vdV+∫S{T(u,n)v}dS=∫V(g-ρv2d)udV+∫S{T(v,n)u}dSが成立する。
(証明)左辺=∫V(f-ρu2d)vdV+∫S{T(u,n)v}dS=-∫V[{τij,j(u)vi}dV+∫S(τijnjvi)dS=∫Vτij(u)vi,j]dV=∫VCij,kluk,lvi,j]dV=∫V(g-ρv2d)udV+∫S{T(v,n)}dS=右辺です。(証明終わり)
さて,ベッチの定理は,u,vに関する初期条件を含まないことに注目します。
そこで,u,u2d,T(u,n),fは時刻t1で評価され,v,v2d,T(v,n),gが時刻t2で評価されるとしても∫V(f-ρu2d)vdV+∫S{T(u,n)v}dS=∫V(g-ρv2d)udV+∫S{T(v,n)u}dSなる等式は正しいです。
一方,xを省略して時間tで0からτまで積分すると∫0τ{ρu2d(t)v(τ-t)-ρu (t)v2d(τ-t)}dt=ρ∫0τ[(∂/∂t){ud(t)v(τ-t)+u(t)vd(τ-t)}]dt=ρ{ud(τ)v(0)-ud(0)v(τ)+u(τ)vd(0)-u(0)vd(τ)}が成立します。
それ故,t1=t,t2=τ-tと選択して∫0τdt∫{ρu2d(x,t)v(x,τ-t)-ρu (x,t)v2d(x,τ-t)}dV=∫ρ{ud(x,τ)v(x,0)-ud(x,0)v(x,τ)+u(x,τ)vd(x,0)-u(x,0)vd(x,τ)}dVです。
したがって,その時刻t=τ0>0 より前にはV上到るところでu,vがゼロであるようなある時刻τ=τ0があればτ≦τ0ならud(x,τ)=vd(x,τ)=0 です。
そこで,その場合には回転項∫-∞∞dt{ρu2d(x,t)v(x,τ-t)-ρu (x,t)v2d(x,τ-t)}dVはゼロです。
それ故,ベッチの定理から,∫-∞∞dt∫V([u(x,t)g(x,τ-t)-v(τ-t)f(x,t)]dV=∫-∞∞dt∫S{v(x,τ-t)T(u(x,t),n)-u(x,t)T(v(x,τ-t),n)}dSを得ます。
途中ですが今日はここで終わります。
参考文献:K.Aki,& P.G.Richards 「Quantitative Seismology(Theory and Method)」
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