遅延選択実験(タイムマシン?)(2)
このところ正月初めで色々とバタバタしており特に夜の時間は飲んだくれてたこともあって十分な時間が取れなかったので論文翻訳の続きが遅れてしまいました。続きですが第Ⅱ節だけです。
Ⅱ.The Delayed-Choice Experiment and the Quantum Mechanical Measuament(遅延選択実験と量子力学測定)
本節では図1に要約したWheelerの元の遅延選択実験をvon Neumannの意味での量子測定過程として解析します。
ここでは遅延選択実験の厳密な議論を未来の発表の主題となるべき量子光学の言葉に置き換えようとはせず,各々陽な演算子表現を導出する必要がある経路情報,または干渉現象に対応する2種の光子観測の相補性(complementality)を強調します。
まず,次の扱いでは光のパルスがx方向,およびy方向に伝播する状態ベクトルを,それぞれ|x>,および|y>で記述します。
|x>,または|y>の陽な形は,パルスを生み出すために用いられる実験テクニックに依存します。
本論文の後の方で論じるように,現行の実験はピコ秒のレーザーパルスを用いて実行されています。
そこで,x方向に伝播するレーザーパルス|x>はコヒーレント状態|αx(J)>の(2N+1)個のモードの重ね合わせから成り立っています。
(※訳注:コヒーレント状態については2007年12/15の記事「ヤングの干渉実験(4)(量子論)」を参照してください。)
すなわち,|x>=|αx(-N),αx(-(N-1)),..,αx(0),..,αx(N)>|0y>(1)です。
ただしαx(J)はガウス振動数分布分布:αx(J)=N exp{-(1/2)τ2(ν(J)-ν(0))2}(J=-N,..,+N)です。
ここでτはパルスの持続時間です。規格化定数N はN≡{2π1/2n(l/L)}1/2です。nはパルス当たりの光子数,Lはレーザーの空洞の長さであり,l=cτ (cは光速)です。
単一の光子を生み出す別の実験テクニックは原子ビーム中の(2準位)原子,またはイオントラップ中のイオンからの共鳴蛍光を用います。
こうしたケースでは|x>は状態ベクトル|x>=Σkx[(gkx/hc){(ν-ω)+iγ}-1|Ikx>](2)で与えられます。
ただしγは原子の崩壊率,または2準位間の周波数の差で,gは電場への結合定数を記述しています。
それ故,状態|x>はローレンツ型の周波数分布を持つ異なる単一光子状態|Ikx>の重ね合わせです。
(※訳注:hc≡h/(2π)です。hはプランク(Planck)定数です。
ローレンツ型分布については2006年8/26の記事「ホワイトノイズ,1/f ゆらぎ」,および2007年12/3の記事「ヤングの干渉実験(1)(古典論)」を参照してください。)
簡単のため,以下の論議ではまず状態|x>と|y>は(2)式のような形とします。さらに(1)式のピコ秒パルスによって生じる干渉パターンを与えてこの節を締めくくります。
最初のビーム・スプリッターでは状態|x>に対応する波動の一部は透過し一部は反射します。透過部分についてはその位相がφだけシフトします。かくして干渉した単一光子状態は|ψ>=(1/2)1/2{|x>+exp(iφ)|y>}(3)です。
ここで,状態ベクトル|x>と|y>は直交し,規格化されていると仮定しています。
これまでの記述は準備段階のそれです。続く検知過程は対象のオブザーバブルの期待値で記述されます。
例えば,そうしたオブザーバブルの1つは第二のビーム・スプリッターを除去されたケースのx,またはyの光子増倍器によって測定される光子の強度です。
この場合,光の古典強度Ix(cl),Iy(cl)に対応する"量子演算子=オブザーバブル"の期待値はIx(cl)=Iy(cl)=1/2です。ここでは簡単のため,初期強度I0は1に等しいとしています。
(3)式を用いると,光の強度演算子:I^x≡|x><x|,I^y≡|y><y|の期待値として実際に上記の古典強度が生み出されることが容易に証明されます。
基底{|x>,|y>}に対するこの演算子:I^x,I^yの行列表現はI^x=(1/2)(1+σ^x),I^y=(1/2)(1-σ^x)(4)です。
ただし,1は単位行列,σ^xはパウリ(Pauli)のスピン行列(spin-matrices)のx成分です。
第二のビーム・スプリッターが挿入されたケースの論議に移る前に,(1)式で記述されるピコ秒パルス(※訳注:コヒーレント状態)を用いて得られる経路情報を,(2)式で記述される単一光子状態(※訳注:個数状態)から得られる情報と比較対照します。
図11の配列では光子のルートは,経路xを通ってきた光子の検知器xか経路yを通ってきた光子の検知器yのいずれを光子がクリックするかで決まります。
干渉計の中には単一光子のみがあると仮定している場合なので2つの検知器については完全に逆相関です。
言いかえると,2次の相関関数g(2)(0)は消えます。
つまり序文(introduction)で論じたように光は反束光です。
一方,ピコ秒レーザーの光パルスは"コヒーレント状態にあるモード=ゼロでないg(2)(0)の状態"の重ね合わせから成るため,どちらの経路を通ったか?という完全な経路情報を得ることはできません。
反束光のみ,例えばトラップの中にstoreされた単一イオンからの蛍光のように共鳴の中で実験的に実現される式(2)の単一光子状態のみが,光子のルートを何の曖昧さも無く完全に決定する方法を与えるわけです。
(Ref.8も参照されたい。)
さて,今度は第二のビ-ム・スプリッター(BS2)が挿入されたケースの測定過程の議論に移ります。この場合には,検知器x,yで測定される古典強度Jx(cl),Jy(cl)はJx(cl)=sin2(φ/2),Jy(cl)=cos2(φ/2) (5)で与えられます。
前のケースに反して対応する演算子J^x,J^y(を見出すのはそれほど直線的で簡単はありません。
これを見出すことが本節の残りの主題です。
まず,演算子J^x,J^y(を,それらの固有状態|s1>,|s2>で表現することから始めます。
J^x=αx|s1><s1|+βx|s2><s2|,J^y=αy|s1><s1|+βy|s2><s2|(6)ですね。
同時に,状態|ψ>は|ψ>=c1|s1>+c2|s2>(7)と展開されるとします。ただし,αx,αy,βx,βy,c1,c2は全て複素数の係数です。
系の状態|ψ>を|s1>と|s2>の1次結合で表現することは測定過程を量子力学的に記述するための第1ステップで分解(decomposition)と呼ばれます。
第2のステップは,考察対象の空間を物理系のヒルベルト空間:H0 とpointer基底|a1>,|a2>で張られるその測定装置のヒルベルト空間HA の直積空間H0⊗HAに数学的に拡張することです。
(※2006年10/23の記事「観測の問題(デコヒーレンス)」を参照)
干渉現象を観測するケースには,測定装置は第二のビーム・スプリッター(BS2)と検知器x,yを含みます。
簡単のため,さらなる論議はオブザーバブルJ^x,すなわち検知器x上の信号のみに限定します。(J^yの扱いについては全く同様です。)
さて,検知器は2つのマクロな区別できる状態,いわゆるpointerの状態の基底状態(ground-state):|a1>=|g>と励起状態(exciting-state):|a2>=|e>で特徴づけられます。
系と測定装置が相互作用する前には,検知器は基底状態:|g>にあると仮定すれば,測定前には"系+測定装置"の拡張された状態のベクトルは|Ψ>={c1|s1>+c2|s2>}|g>で与えられるはずです。
しかし,測定装置と相互作用すると全系の状態は|Ψ>から|Ψ'>={c1|s1'>|a1>+c2|s2'>|a2>に変換されます。
Von Neumannによれば,測定器の本質的な特徴は測定器との相互作用によって系の状態の確率振幅c1,c2を不変に保つことです。
相互作用の効果は,単に|si'>|ai> (i=1,2)を生成するだけです。ここに|s1'>,|s2'>は系の直交状態ですが,これらは|s1>,|s2>と同じである必要はありません。
それ故,pointer基底|ai>(i=1,2)の各々は系の固有状態にユニークに関連しています。干渉計のケースには |Ψ'>={c1|s1'>|g>+c2|s2'>|e>(8)です。
他方,ビーム・スプリッター(下図2参照)の性質によれば,
(3)|ψ>=(1/2)1/2{|x>+exp(iφ)|y>} で与えられるような光子状態:|ψ>は状態 |ψ'>=(1/2){1+exp(iφ)}|y>+(1/2){1-exp(iφ)}|x>(9) に変換されます。
検知器xと相互作用をした後での"系+装置=系全体"の状態は,
|Ψ'>=(1/2){1+exp(iφ)}|y>|g>+(1/2){1-exp(iφ)}|O>|e>で与えられます。
これを(8)|Ψ'>={c1|s1'>|g>+c2|s2'>|e>と比較すると,c1=(1/2){1+exp(iφ)},c2=(1/2){1+exp(iφ)}(10)を得ます。
この(10)の係数値を,(7)|ψ>=c1|s1>+c2|s2>に代入すると,第二のビ-ム・スプリッターを通る前の光子状態|ψ>が決まります。
そして,この表現が,(3) |ψ>=(1/2)1/2{|x>+exp(iφ)|y>} と一致すべきですから,固有状態:|s1>,|s2>が状態 |x>,|y>によって,|s1>=(1/2)1/2{|x>+|y>},|s2>=(1/2)1/2{|x>-|y>}と表現されることがわかります。
さらに,これを(6)J^x=αx|s1><s1|+βx|s2><s2|,J^y=αy|s1><s1|+βy|s2><s2|に代入すると,J^x=(1/2)αx(1+|x><y|+|y><x|)+(1/2)βx(1-|x><y|-|y><x|),J^y=(1/2)αy(1+|x><y|+|y><x|)+(1/2)βy(1-|x><y|-|y><x|)に到達します。
最後に,αx,βx,αy,βyは,J^x,J^yの期待値を古典値の(5)Jx(cl)=sin2(φ/2),Jy(cl)=cos2(φ/2)と比較等置すれば決まります。
これは容易に実行されてJ^x=(1/2)(1-|x><y|-|y><x|),J^y=(1/2)(1+|x><y|+|y><x|)を得ます。これは確かに(5)式を生み出します。
行列表現ではJ^x=(1/2)(1-σ^z),J^y=(1/2)(1+σ^z)(11)となります。
(4)I^x=(1/2)(1+σ^x),I^y=(1/2)(1-σ^x)と(11)の表現は経路情報の演算子;I^x,I^yと干渉現象の演算子:J^x,J^yが交換しないことを示しています。
実際,[I^x,J^x]=-(1/2)σ^y,[I^y,J^y]=(1/2)σ^yです。
測定過程は,いわゆる抽象と読み取りに集約されます。
測定過程の目的は,(5)Jx(cl)=sin2(φ/2),Jy(cl)=cos2(φ/2)で与えられるようなJ^x,J^yの期待値を引き出すことです。
図1に要約されている干渉実験の標準バージョンでは,オブザーバブルとして{I^x,I^y}の組を選択するか,{J^x,J^y}の組を選択して測定するかは光子が干渉計に入る前,つまり(3)|ψ>=(1/2)1/2{|x>+exp(iφ)|y>}の|ψ>の状態が準備される前に決定されます。
しかし,遅延選択モードでは光子が干渉計を通過した後,つまり状態が準備された後に決定されます。
この意味で遅延選択実験は準備される状態と測定が"独立,または無関係"である度合いを厳密に調べるものです。
干渉現象の観測を量子光学の言葉で概観して本節を終わります。
第二のビ-ム・スプリッターの後での位置rに局所化された検知器の上で測られる強度J(r,t)は次の1次相関関数で決まります。すなわち,J(r,t)=<ψ'|E^(-)(r,t)E^(+)(r,t)|ψ'>です。
(※ これは2008年1/2の「ヤングの干渉実験(8)(量子論)終わり」を参照してください。※)
ただし,状態ベクトル|ψ'>は,(9)|ψ'>=(1/2){1+exp(iφ)}|y>+(1/2){1-exp(iφ)}|x>で与えられます。
電場の正周波数部分は,E^(+)(r,t)=iΣkεkakexp{i(kr-kct)}です。ここでk≡|k|,εkは1光子当たりの電場の振幅,akは消滅演算子です。
今や,(1)|x>=|αx(-N),αx(-(N-1)),..,αx(0),..,αx(N)>|0y>;αx(J)=N exp{-(1/2)τ2(ν(J)-ν(0))2}(J=-N,..,+N)で定義されるピコ秒状態の|x>,|y>について2つの検知器における強度J^x,J^yを計算することができます。
Jx=sin2(φ/2)nπ-1/2ε02exp{-(1/τ2)(x-ct)},Jy=cos2(φ/2)nπ-1/2ε02exp{-(1/τ2)(y-ct)}です。ただしε0は周波数がν(0)の光子1個当たりの電場です。
この結果は,上記の簡略的な扱いと一致していることに着目されたい。(第Ⅲ節:量子ビ-ト実験の遅延選択バージョンにつづく)
参考文献: T.Hellmuth,H.Walther,A.Zajonc and W.Schleich "Delayed-choice experiments in quantum interference" Phys.Rev.A Vol.35,No.6,(1987),pp2532-2541
PS:ネット検索でEPR相関の実験らしい「二重スリット量子消しゴム」というウォルボーンらの2002年の論文を見つけたので,今の1987年の論文の翻訳,解釈が終了したら,この続きとしてより核心に近いと思われるこれの記事を書こうと思います。
(S.P.Walborn,et.al."Double-slit quantum eraser"Phys.Rev.A.Vol.65(3),p033818-1~6(2002)ですね。)
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