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2010年2月27日 (土)

遅延選択実験(タイムマシン?)(5)

 γ-崩壊の理論について書くための準備として2月6日に「電磁力学と解析力学」という記事を書き,次いで本題の記事を書いている最中に,昔の会社の先輩から確率・統計と重回帰の関連の質問を受けたので2月12日から今まで「確率と分布関数」シリーズを書いていました。(まだ途中です。)

 しかし,途中で「遅延選択実験」の続きを早く書けという旨のリクエストがありましたので,取り合えず,前に書くと約束していたウォルボーン他による"量子消しゴム"の実験についての論文:

S.P.Walborn,M.O.Terra Cunba,S.Padua and C.H.Monken「Double-slit quantum eraser(二重スリット量子消しゴム)」Phys.Rev.A,Vol.65(3)(2002),pp033818-1-033818-6 の翻訳をします。 

記事のページ数の関係もあって,今日載せるのはほぼ直訳のただの機械的翻訳だけですが次回「遅延選択実験(6)」で内容の詳細な解釈等を述べる予定です。

 

以下翻訳文です

 

Abstract: 干渉を生み出すヤング(Young)の二重スリットを実際に用いた量子消しゴムの実験の報告です。

 

 この実験はScully,Englert,Waltherによって提案された実験[Nature(London)351,111(1991)]の光学的アナロジーとして考察されました。

エンタングルしたペア光子のうちの1つが離れた検知領域に干渉パターンを創り出すような適当な大きさのヤング(Young)の二重スリットに入射します。

 

子がどちらの経路を通ったかをチェックするマーカーとして作用するように軸が直交するような向きに取った1/4-波長板を各スリットの前に設置します。

 

1/4-波長板は干渉する光子の偏光をマークします。それ故,干渉パターンを破壊します。その後,干渉を回復するために他方のエンタングルした光子の偏光を測定します。

 

さらに"遅延消去"環境の下で実験を行ないます。(了) ※

.Introduction(序)

波動と粒子の二重性,相補性原理の発現は,干渉計中の粒子の挙動について多くの疑問をもたらしてきました。

 

長い間に,どちらの経路を通ったか?の情報を得ることと干渉縞が見えなくなることは相補的な事柄であることが知られてきています。

如何なる干渉計でも経路の区別を可能にすることは干渉性の破壊(干渉縞が見えなくなること)を引き起こします。

いずれの経路を通ったか?という情報を得ることと干渉効果の発現が両立できないという性質は,種々の著者により不等式を用いて量化されています。[文献1-6]。

 

不確定性原理は,元々こうした経路測定のために干渉縞が消失することに責任があるメカニズムであると考えられていました。

このアイデアの最初のそして恐らくは最も有名な例はブリュッセルでの第5回ソルヴェイ会議における"Einsteinの「反跳二重スリット思考実験」と関連したEinsteinとBohrの対話です。

 

この思考実験は,入射粒子から二重スリットへの運動量遷移の測定が粒子の"軌道"を決定するというものです。

 

しかし,Bohrは二重スリットの初期位置に関する知識の不確定さが干渉の最小と最大の間の距離の大きさと同じオーダーであることを示し否定しました。干渉縞は不確定性原理によって洗い消されるのです。[7]

より近年では,ScullyとDruhlはあるケースにはこうした干渉の損失の責任は不確定性原理ではなく粒子と測定装置間の量子エンタングルメント(量子もつれ)に帰することを示しました。

例えば,内部自由度を無視して干渉計を励起させる粒子状態を次のケットで代表させます。

  

すなわち,|Ψ>=(1/√2)[|ψ1()>+|ψ2()>] (1)です。

 

ここで,ケット:|ψ1()>,|ψ2()>は,それぞれ粒子が経路1,経路2を取る確率振幅を表現するものです。これから,1粒子が位置に検知される確率密度が|<|Ψ>|2で与えられます。

  

これのクロス項は,<ψ1()|><2()>と<ψ2()|><1()>です。これらの存在が干渉の原因です。

1()>,or|ψ2()>を乱すことなく粒子が取る経路をマークすることを可能にする測定措置:Mの導入は,次のように系のヒルベルト空間を拡張することで記述されます。

すなわち,|Ψ>=(1/√2)[|ψ1()>|M1>+|ψ2()>|M2>] (2)です。|Mj>は経路j(j=1,2)を通過する確率に対応する経路マーカーの状態です。

 

100%有効な経路マーカ-は,|M1>が|M2>と直交するようになっています。このケースでは測定Mは粒子の経路1,2の通過に対して|Ψ>を適切な状態へとreduce(収縮?)させます。しかし,干渉パターンの消失はそうした測定とは独立です。

 

それでも,経路マーカーの存在は,式(2)の右辺の2つの干渉項を直交させるのには十分です。

 

実際,直交性:<M1|M2>=<M2|M1>=0 故,|<|Ψ>|2にクロス項はありません。したがって,経路情報の獲得が干渉を破壊することを説明するにはこれで十分です。

しかし,もしも|ψ1()>と|ψ2()>が観測者によって有意に乱されることがないなら,経路マーカー上の経路情報を消して適切な測定と粒子の検知を相関させることにより干渉を回復することが可能です。

 

この測定は"量子消去(quantum erasus)"として知られています。

さらに,もし経路マーカーに情報をストアする能力があれば,消去は粒子検知の後でさえ遂行可能です。

 

遅延消去の可能性は,過去の[11,12]の後に,その"合理性=それが可能であるという論拠"に関して議論を引き起こしました。

 

この論拠は量子力学の定式化の誤った解釈の上で発見されました。[13,14] 

 

近年では,干渉する粒子への有意な摂動を起こすことなく経路情報を受容することが可能であるという実行された,あるいは提案されたいくつかのアイデアや実験があります。[10,9,15-30]

我々は,そのオリジナリティと教育的内容の故に,これらの提案の中で特にScully,Druhlによる[9]とScully,Englert,Waltherによる[10]を区別します。

自発的なパラメータ下方転移によって生成された光子対は,その運動量,時間,偏光の相関性の故に量子消去の実験的デモにおいて重要な役割を果たします。[17,18,20,21,28,29]。

 

量子消去の現象は全ての報告された実験の中に存在しますが,唯一[28]だけが元のScully,Druhl[9]のアナロジーです。

本論文では干渉を生ぜしめるヤングの二重スリットを実際に用いた量子消しゴムの実験をレポートします。

 

この実験はScully,Englert,Walther(SEW)[10,31]の提案と関連して解析されました。知るところでは,これが実際の二重スリットを通過した粒子から干渉が得られる量子消しゴムの最初のデモです。

Sec.ⅡではSEWの量子消しゴムの短かい要約を与えます。我々の量子消しゴムの背後にある理論はSec.Ⅲで,実験設定と結果はそれぞれSec.ⅣとⅤで与えます。

.Scully-Englert-Walther Quantum Eraser

 ここで報告する実験はScully,Englert,Walther[10]の提案によって鼓舞されたものです。この[10]は次のように要約されます。

 励起状態のRydberg原子のビームが離れたスクリーンにヤングの干渉パターンを形成するには十分に小さい二重スリットに入射します。

 

 各スリットの前には経路マーカーが置かれます。これは放出原子が空洞を走る確率が1であるような適切な長さのミクロメーザーの空洞から成り立っています。

どちらの空洞にあるか?ということで対応するスリットを通った原子の通過をマークします。それ故,干渉パターンを破壊します。

 

なぜなら,今の場合は経路情報の方がわかるからです。空洞による原子の波動関数の空間部分への摂動は無視できます。[10,13,31]

 

空洞の状態を|0>(光子ゼロ)と|1>(光子1個あり)の対称(反対称)の線形結合の上へ射影する測定が干渉の消去を実行し,相関した検出の中で干渉パターンが回復されます。

.An Optical Bell-State Quantum Eraser(光学的ベル状態量子消しゴム)

 次のような実験設定を考えます。

 

 光子の線形偏光ビームが二重スリットに入射します。もしも二重スリットが適切な広がりを持つなら離れたスクリーンでの1光子検出の確率分布はヤングの干渉パターンで与えられます。

 

 各スリットの前に光子の偏光方向と角度45度(または-45度)の1/4波長板(quarter-wave plate)を置きます。波長板のいずれかの1つを横切ると光子は円偏光になりwell-definedな角運動量を獲得します。[32]

 

 波動板(=1/4波長板)が回転自由とすると,それは光子のそれと正反対の角運動量を獲得するはずです。板は光子のカイラリティに応じて左右に回転します。光子の波動板を量子回転子として扱えば,光子がΔl=±1の遷移を誘導すると言えます。

 波動板はビ-ムの伝播を有意には変えないので,原理的に量子消しゴムとしての必要な特性を持つ経路マーカーを得ることになります。

 

 しかし,このスキームは実現には程遠いものです。回転自由な波動板の設置のむずかしさと同様,質量と大きさを持つ回転子のエネルギー準位間の隔たりは10-40eVのオーダーです。

 さらに,"デコヒーレンス効果"がマクロな量子回転子を光子経路のマークには使えないようにします。

   

※(訳注1):2006年10/23の記事「観測の問題(デコヒーレンス)」※

 

 このアイデアはGreenbergerとYasin[33]の"幽霊測定(haunted measurement)"のそれに似ています。

 しかし,系を大きくすることによって十分な経路検出装置を創ることができます。二重スリットに入射する光子たちのビームを他の検知装置を自由に伝播する第二のビームとエンタングルさせます。いわゆるベルの状態です。

|Ψ>=(1/√2)(|x>S|y>P+|y>S|x>P)(3)なる状態です。ここで添字sとpは2つのビームを表わし,xとyは直交する線形偏光を表わします。(sはslit,pはplateの頭文字です。)

もしビームsが(波動板でなく)二重スリットに入射するなら,(3)は次のように変換されます。

 すなわち,|Ψ>=(1/√2)(|ψ1>+|ψ2>) (4)です。ただし,|ψ1>=(1/√2)(|x>S1|y>P+|y>S1|x>P) (5),|ψ2>=(1/√2)(|x>S2|y>P+|y>S2|x>P) (6)です。

 添字s1,s2は,それぞれスりット1とスリット2で生成されるビームの意味です。ビームs1とs2が重なり合う遠方の領域のスクリーン上での1光子検出の確率分布は通常の干渉パターンであるS(δ)=1+cosδ(7)を示します。

 

 ただし,δは(slit:1)→(screen)と(slit:2)→(screen)の経路間の位相差です。

※(訳注2):2007年12/3の記事「ヤングの干渉実験(1)(古典論)」では,次のように述べています。

"観測スクリーンの位置における時刻tでの輻射の全電場の偏光成分をE(,t)とします。この電場は光速cによって定まるtより前の時刻t1,t2におけるスリット,またはピンホ-ル:1,2での電場の1次の重ね合わせです。

 

すなわち,形式的にはE(,t)=u1(1,t1)+u2(2,t2)と書けます。

ここにt1,t2は,それぞれ,1,s2を光が第1スクリーン上の1,2から第2スクリーンまで到達するまでの距離としてt1≡t-s1/c,t2≡t-s2/cで指定される時刻です。

 

そしてu1,u2は球面波に対応して1,s2に反比例する量です。

2006年10/3の「ホイヘンスの原理の正当性」では次のような内容の記事を書きました。

 

"ホイヘンス・フレネルの原理(Huygens-Fresnel)"によれば,1次球面波:ψ(,t)=(A/r)exp{-i(ωt-2πr/λ)}は,"キルヒホッフ(Kirchhoff)の積分表示"により,2次波の包絡面として,={iπA/(λr)}exp{-i(ωt-2πr'/λ)}r-r'r+r'dR(1+cosχ)exp{i(2πR/λ)}と表現できます。

そこで,"スリット=ピンホール"からの2次波は"1/4-波長=π/2"だけ位相がずれていてu1,u2は純虚数になります。

  

(,t)の右辺の係数の最初のiがi=exp(π/2)によって"1/4-波長=π/2"の位相変化を意味します。)

 

結局,光の強度Iは(,t)=(1/2)ε0c<|E(,t)|2c=(1/2)ε0c[|1|2<|E(1,t1)|2c+|2|2<|E(2,t2)|2c+21*2Re<E*(1,t1)(2,t2)>cとなります。

 

(< >cは電磁波の周期ごとのサイクル(cycle)平均です。)

ヤングの干渉実験での記録時間Tはコヒーレンス時間τcよりずっと長いので,"時間平均=統計平均:< >"をI()=<I(,t)で表わせば,I()=(1/2)ε0c[|1|2<|E(1,t1)|2>+|2|2<|E(2,t2)|2>+21*2Re<E*(1,t1)(2,t2)>となります。

この実験では,第1スクリーンにおける1次波の(1,t1)と(2,t2)はレンズによってスクリーンに向かってz方向に直進する平面波となるので,(,t)=E(z,t)=E(t-z/c)と表わされます。

 

そこで,<E*(1,t1)(2,t2)>は<E*(z1,t1)(z2,t2)>=<E*(t1-z1/c)(t2-z2/c)>となります。

通常の電場の自己相関関数:<E*(1,t1)(2,t2)>=<E*(1,t)(2,t+τ)>のτが単純な時間差τ=t2-t1ではなく,τ≡t2-z2/c-(t1-z1/c)に変わることを除けば,これまでの議論でのそれと本質的に違いはありません。

 

((注)"これまでの議論”というのは,事前にカオス光源からの光の減衰と自己相関関数の関係について論じている内容を指します。)

  

そこで,ν個の励起原子からの光なら,<E*(z1,t1)(z2,t2)>=νE02exp(-iω0|τ|-γ'|τ|)と書けます。

これを第2スクリーン上での光ビームの強さ()を表わす式に代入すると,I()=<I(,t)>=(1/2)ε0νE02[|1|2+|2|2+21*2 exp(γ'|τ|)cos(ω0τ)]となります。

光源のカオス性は指数因子exp(γ'|1-s2|/c)を通して干渉縞の鮮明度に影響します。そのためs1とs2が十分異なるときには原則的に縞は全く消えてしまいます。

しかし,ω0>>γ'のような幅の狭い発光源の場合には,τ=(s1-s2)/cが十分大きくて指数因子により縞がぼやける前に余弦の項cos(ω0τ)により非常に多くの縞が作り出されます。

ω0はビームの光の平均周波数です。δ≡ω0τと置くとこれは到達経路の位相差です。γ'は輻射本来が持つ"自発輻射=蛍光"による輻射広がりγにカオス光源の衝突広がりγcollの効果を加えたもので,強度の減衰因子:exp(-2γ't)を与えるパラメータ:γ'≡γ+γcollです。

減衰のない1光子(ν=1)で重ね合わせが完全に対等:u121/√2なら,スクリーン上での光強度は()=(1/2)ε002(1+cosδ)となります。 (訳注2終わり) ※

各スリットの前にx方向へと角度45度と-45度の速い軸を持つλ/4プレート(=1/4波長板)を導入すると,状態|ψ1>,|ψ2>は次のように変換されます。

すなわち,|ψ1>=(1/√2)(|L>S1|y>P+i|R>S1|x>P) (8),|ψ2>=(1/√2)(|R>S2|y>P-i|L>S2|x>P) (9)です。R,Lはそれぞれ右,左の円偏光を表わします。

1>と|ψ2>は直交する偏光なので,干渉の可能性はゼロです。

 

干渉を回復するためには系の状態を経路検知装置の対称状態と反対称状態に射影させます。これは,|ψ1>と|ψ2>をそれぞれ偏光の対称結合と反対称結合に変換させることと同等です。

例えば,|x>=(1/√2)(|+>+|->) (10),|y>=(1/√2)(|+>-|->) (11),および|R>={(1-i)/2}(|+>+i|->) (12),|L>={(1-i)/2}(i|+>+|->) (13)です。

 

+,-はそれぞれxに対して+45度,-45度の偏光を示す記号です。

完全な状態;|Ψ>を書き直すと,|Ψ>=(1/2)[(|+>S1-i|+>S2>)|+>P+i(|->S1+i|->S2>)|->P] (14)となります。

上の表現を見ると,光子p(=plate)の状態を|x>P,または|->Pに射影すれば干渉を回復できることがわかります。これは実験的にはビームpの経路と向きを+45度にして|+>Pを選択,向きを-45度にして|->Pを選択するように配置すればいいだけです。

干渉パターンはsとpの光子の一体検出で回復されます。2つのケースで得られる縞は逆位相であることに着目します。それらは共に縞(fringes)と逆縞(antifringes)と呼ばれます。

.Obtaining which-path information(経路情報の獲得)

 経路情報は光子sとpの両方の偏光を考慮すれば得られます。

 

 情報を得るプロセスはsの前にpを検知するか?pの前にsを検知するか?の2つのスキームに分割されます。これを遅延消去(delayed erasure)と呼びます。

 これはビームsとpの経路長さを変化させることでなされます。一方の光子が,他方の光子が測定装置に到着するよりはるかに早く検知されると仮定します。

まず,第一の可能性を考えます。光子pが,例えば偏光xで検知されれば,λ/4波長板と二重スリットをヒットする前には光子sの偏光はyであることが既知です。

 式(4)|Ψ>=(1/√2)(|ψ1>+|ψ2>)と,(8)|ψ1>=(1/√2)(|L>S1|y>P+i|R>S1|x>P),および(9)|ψ2>=(1/√2)(|R>S2|y>P-i|L>S2|x>P)を見ると,

 

 光子sは(二重スリットの後では)sがスリット1を通過したときにのみ偏光Rと,スリット2を通過したときにのみ偏光Lと両立できることは明らかです。

これは実験によって確かめることができます。

 

通常の量子力学の言葉では,光子sを検知するより前に光子pを検知することは光子sをある状態に準備するということです。

.Delayed erasure(遅延消去)

 光子sを検知するより前にその経路情報を得ることの可能性は遅延選択へと導かれます。[14]

 

 遅延選択は量子力学の物理的意味を明確に知るために重要な状況を生み出します。文献:[11-14]には良い論旨が見出されます。

 

 我々の量子消しゴムは,経路情報を観測するか?,または光子sの検知より後の干渉パターンを観測するか?を選択する実験が許されないのと同じ感覚で,光子pの検知より前での光子sの検知に対して"それ=(経路情報を観測するか,光子sの検知より後の干渉パターンを観測するか選択の実験)を許します。こうした状況を遅延消失と呼びます。

 ここで生じる疑問は,"2つの光子を検知する順序が実験結果に影響するか?"ということです。

.Experimental Setup and Procedure(実験の設定と手順)

 ある伝播方向に対して,非線形結晶中のタイプⅡの自発的パラメータ下方転移は次の状態を生成します。

すなわち,|ψ>=(1/√2)(|o>S|e>P+exp(iφ)|e>S|o>P) (15)です。

ここでo,sは,それぞれ通常偏極(ordinary polarization),異常偏極(extraordinary polarization)を意味します。φは結晶の複屈折による相対的な位相のずれです。φがゼロまたはπなら,これに応じてベル状態|Ψ+>,|Ψ->を得ます。

 前節で記述された干渉計内でのこの状態を用いると,一体化され光子を検知する確率は,1/2+[1/2-sin2(θ+α)cos2(φ/2)-2-sin2(θ-α)sin2(φ/2)]sinδ (16)です。

 

 δは表式(7)PS(δ)=1+cosδの右辺で定義されるものです。θは1/4波長板の速い(遅い)軸とo軸の間の最小角,αはo軸に関する経路pの偏光角です。

 実験設定は下図1に示します。 

      

               

 

 自発的パラメータ下方転移によって702.2nmのエンタングル光子を生成する1mmの長さのBBO(β-BaB2O4)結晶のポンプにアルゴン・レーザー(351.1nm at ~ 200mW)が用いられます。

このBBO結晶はタイプⅡの位相にマッチするようにカットされます。ポンプのビームは二重スリットでの横波コヒーレンス長さを増加させるため,焦点距離が1mのレンズを用いて結晶面の上に集光されます。

 

焦点におけるポンプのビームの幅は0.5mmです。[15]

 直交する偏光のエンタングル光子はBBO結晶の各々がポンプのビームと約3度の角度を持つようにさせておきます。光子pの経路には量子消去実行のために偏光体(POL1)が挿入できます。

 

 二重スリットと1/4波長板を経路s内のBBO結晶から42cmの位置に置きます。検知装置Dp,DsはそれぞれBBO結晶から125cm,98cmに位置するようにします。OWP1,OWP2は角度45度の速い軸を有する1/4波長板です。

 環状の1/4波長板は二重スリットの前でフィットするように(接線状に)sandされます。二重スリットの開口は幅が200μmであり,200μmの距離で離れています。

 

 検知装置はEG&G SPCM 200 光検知装置です。これは干渉フィルター(帯域幅1nm)と300μm×5mmの矩形集光スリットを携えています。検知装置Dsをスキャンするために段階回転式モーターが用いられます。

 

 遅延消去の設定も(ⅰ)検知装置DpとPOL1がBBO結晶から2mに位置する,(ⅱ)検知装置Dp上の集光絞りが600μm×5mmの大きさを持つ,という2つの変更の他は同じです。

.Experimental Results(実験結果)

 量子消しゴム実験の実行以前に,エンタングル状態が検知されることを証明するために"ベルの不等式テスト"が実行されました。

 

※(訳注3):2007年2/16の記事「ベルの不等式(量子論と実在)」参照※

 

 下図2は検知装置Dpに1/4波長板OWP1,OWP2や偏光体(POL1)が無いときに,光子sの経路内の二重スリットで標準的ヤングの干渉パタ-ンが得られることを示しています。

 

    

  

 次に,二重スリットの前に1/4波長板OWP1,OWP2を置くことにより光子sの経路をマークします。下図3は1/4波長板のせいで干渉がなくなることを示しています。

 

  

  

 この図3では図2のほとんど全ての干渉は破壊されています。残りの干渉は1/4波長板の僅かな調整誤差によるものです。

 

 検知装置Dpの前に線形偏光装置POL1を置くと経路選択情報が消されて干渉が回復されます。

 

 干渉を回復するにはPOL1の偏光角(α)は1/4波長板OWP1の速い軸の角θにセットします。下図4に示す干渉縞が得られました。

 

 POL1による一体化のカウントの減少の補償のため,検知時間を2倍の長さに取ります。

  

   

 

 下図5ではPOL1がOWP2の速い軸の角θ+π/2にセットされています。これは干渉-逆縞のパターンを生ぜしめます。これら2つの干渉パターンの平均和はラフには図3に等しいパターンを与えます。

   

   

 遅延消失状況に対して図6~図9を生成するため同じ手順が用いられました。実験結果は光子pが光子sの前に検知される場合と同じです。

 

   

 

   

 

   

 

   

 

 この実験では光子sの検知後と光子pの検知前の期間に観測者が"選択"できないという意味で"遅延選択"なる言葉をルーズに用いていますが,文献[13,14]と同じく単に検知の順序が重要ではないことを表現したいだけです。

.Conclusion(結論)

 我々は干渉を生成するためにヤングの二重スリットを用いた量子消しゴムを与えました。実験中の1/4波長板は干渉を破壊する経路マーカーとして働きました。

 

 そして光子sとpのエンタングルメントを用いて干渉を回復させました。我々の量子消しゴムはScully,Englert,Walther[10]の実験にとてもよく似ています。

 

 干渉は干渉する光子の経路をマークすることで破壊され,他方のエンタングル光子について適切な観測をすることで回復されました。

 

 また,光子pの検知前に干渉する光子sを検知する遅延消去の条件下でもこの実験を調べました。

これまでの多くと同様,我々の実験は光子sが検知された後と光子pの検知前に観測者が偏光角を選択することを許すものではありません。

 

結果は光子sの検知による波動関数の崩壊は予測結果の観測を妨げるものではないことを示しています。

 

我々の実験データはScully,Englert,Waltherの提案[10]に一致して,量子消しゴムは干渉粒子が検知された後に実行できます。

 Acknowledgement(謝辞):(略)

   

※(訳注4):この論文では,結果図を見ればわかるように干渉縞といってもオリジナルのヤングの実験のように,実際のスクリーン上の縞の映像や写真感光上に直接視覚化されたものがあるわけではありません。

 

 干渉図も偏光を利用して到達個数をカウントした観測結果やエンタングルによって片割れの個数から計算した結果をプロットしたものに過ぎないことに注意してください。

   

 もっとも,今どきであれば数データであっても容易にコンピュータでVirtualに画像として視覚化できますが。。

  

 本ブログでのその他の関連記事としては,2006年5/4「公開キー暗号(神はサイコロ遊びをなさる)」,および「量子通信(神はサイコロ遊びをなさる「つづき」))もあるのでよかったら参照してください。 ※

 

References(参考文献):

 

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[19] P.G.Kwiat,A.Steinberg and R.Chiao,Phys.Rev.A49,61(1994)

[20] T.J.Herzog,P.G.Kwiat,H.Weinfurter and A.Zeilinger,Phys.Rev.Lett.75,3034(1995)

   

[21] C.H.Monken,D.Braning.and I.Mandel,in CQQ7-Proceeding of the Seventh Rochester Conference in Coherence and Quantum Optics,edited by I.Mandel and J.Eberty(Plenum,New York.1996),P.701

[22] C.C.Gerry,Phys.Rev.A53,1179(1996)

[23] Z.Y.Ou,Phys.Lett.A226,323(1997)

[24] S.B.Zheng and G.C.Guo,Physics.A251,507(1998)

[25] G.Hackenbroich,B.Rosenow and H.A.Weidenmuller,Europhys.Lett.44.693(1998)

 

[26] S.Durr,T.Nonn and G.Rempe,Nature(London),395,333(1998)

[27] S.Durr,T.Nonn and G.Rempe,Phys.Rev.Lett.81,5705(1998)

[28] Y.Kim,R.Yu,S,Kulik,Y.Shih and M.Sculty,Phys.Rev.Lett.84,1(2000)

[29] P.Kwiat,P.Schwingerand B.G.Englert,in Workshop on Mysteries,Puzzles and Paradoxes in Quantum Mechanics,edited by R.Bonifacio(AIP,Woodbury,NY,1998)

[30} U.Eichmann et.al.,Phys.Rev.Lett.70,2339(1993)

 

[31] M.O.Sculty and M.S.Zubairy,Quantum Optics (Cambridge University Press,Cambridge,England.1997)

[32] R.A.Beth,Phys.Rev.50,115(1936)

[33] D.M.Greenberger and A.Ya'sin,Found Phys.19,679(1989)

[34] J.A.Wheeler,in Mathematical Foundation of  Quantum Theory,edited by A.R.Marlow (Academic,New York,1978),P.183

 

[35] P.S.Ribeiro,C.Monken and G.Bardosa,Appl.Opt.33,352(1994)

[36] P.G.Kwiat et al.,Phys.Rev.Lett.75,4337(1995)

 

翻訳対象の論文:

 

S.P.Walborn,M.O.Terra Cunba,S.Padua and C.H.Monken「Double-slit quantum eraser」Phys.Rev.A,Vol.65(3)(2002),pp033818-1-033818-6

    

 

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118. 観測問題・量子もつれ」カテゴリの記事

コメント

証明に初歩的なミスがありました。
お恥ずかしい限りです。「EMANの物理学」への投稿は削除しました。

お騒がせして申し訳ありませんでした。

投稿: TimeComm | 2012年8月20日 (月) 22時56分

TOSHIさん、ご無沙汰しています。

最近私は、EMANさんのところへ「EPR通信の証明」という記事を投稿しました。
もし、この証明が正しければ、それは物理学に革命的な進展をもたらします。逆に、正しくないとしても、その理由を明らかにすることには少なからぬ意味があると思います。
ところがEMANさんのところではさっぱりコメントがつきません。触らぬトンデモには祟りなしといったところでしょうか´_`)
どこか初歩的なミスでもあるのでしょうか?TOSHIさんのご意見をいただければ光栄です。

投稿: TimeComm | 2012年8月20日 (月) 08時55分

遅延選択実験について↓で論議をしていますので、宜しかったらご覧下さい。
http://aurasoul.mb2.jp/_tetsugaku/685.html

投稿: 凡人 | 2011年11月13日 (日) 22時43分

TOSHI さん

残念ながら、先行零位測定というアイデアは間違いでした。
きちんと計算してから連載を開始すべきでした。ごめんなさい。
今後、気をつけますので、どうぞお許しください。

投稿: TimeComm | 2011年11月 4日 (金) 17時00分

TOSHIさん

こんにちは、お元気ですか。

いつもお願いばかりで恐縮ですが、どうしてもTOSHIさんにご評価いただきたいアイデアがあります。
それは、私が最近考え付いた、エリツール・ベイドマンの爆弾検査問題を発展させたアイデアです。
それは、未来の時点で装置にセットする爆弾の良否を、現在の時点で検査する方法です。
私は、そのアイデアを先行零位測定(Anticipatory Null Measurement)と呼んでいます。
もちろん、それはタイムコミュニケーションに応用可能です。
また、それを使えば、純粋状態から古典的混合状態への遷移時空面を実験で明らかにできます。

ご足労ですが、私のブログまでお越しいただき、ご高覧の上ご意見を賜れれば幸いです。

http://blog.timecomm.info/

投稿: TimeComm | 2011年11月 2日 (水) 14時52分

この記事をよく読んだら、この方は、ジョン・ベルの「自由意志とは幻想である」という意味を、古典論的にしか捉えていませんでした。
申し訳ありませんでした。

投稿: 凡人 | 2011年9月13日 (火) 01時53分

"超決定論"で検索したら、こんなすばらしい記事がありましたので、お知らせします。
http://challenge-1.blogspot.com/2009/05/blog-post.html
で、TOSHIさんのブログのランキングが一時期ランキングの圏外にいってましたが、最近上がってきましたですね。

投稿: 凡人 | 2011年9月13日 (火) 01時43分

という事で、私が提唱する超決定論は、決して古典的運命論などではありえず、相対論と量子論から導き出され得るものであり、且つ遅延選択実験の実験を合理的に説明する事を目的としたものであるという事をご理解いただけましたでしょうか?

で、そんな事より↓をご覧頂けますと助かります。
http://aurasoul.mb2.jp/_grn/1545.html

投稿: 凡人 | 2011年9月 4日 (日) 00時00分

>予定が変わってA地点とB地点の中間のC地点で消滅するというように予定を変える事が出来ない事になります。
という事についてもっと説明すると、例えばA地点とB地点が100光年の距離があった場合、光子はA地点で発生したと同時にB地点に到達して消滅する運命を負う事になるのですが、これは光子がA地点で発生した瞬間にB地点の100光年の経路が確立する事を意味します。
この経路を確立のためには、宇宙の中の全ての素粒子が光子が飛翔している間に光子に一つも相互作用しない事が保証されなければなりません。
つまり、私が主張するところの光子の経路の事前確定は、宇宙の全ての物質が光子と完全に調和する事によって初めて可能となるのです。
この考えを極限まで拡大してゆくと、光子の経路の事前確定は、宇宙全体の全ての素粒子が全て完全な調和をして初めて達成出来る事が分かります。
そして、この調和が存在する為には、必ず何らかの作用が必要となるのですが、私はこの宇宙全体の素粒子の協調の作用がある種のタキオン場が中心的な役割を担って成立していると予想しているのです。
という事で、私はこの様な考えに基づく事によって初めて、↓の内容を矛盾無く説明出来ると考えているのです。
http://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity315.html

投稿: 凡人 | 2011年9月 1日 (木) 22時14分

私の超決定論の出発点は、光子から見た物質の慣性系の考察です。
光子は相対性理論に基づくと、全ての物質の慣性系から見て時間が完全に停止していますから、障害物がなければ、光子から見て例えば自分自身が発生したA地点から100光年離れているB地点に0秒で到達する事になります。
相対論だけを考慮した場合、光子はA地点で発生すると同時に100光年離れたB地点で消滅する事になります。
けれども、光子の発生と消滅が同時というのは不合理なので、時空が量子化されていて、光子は発生後の最小単位時間後に遠隔地で消滅すると仮定します。
すると、途中に障害物がない場合、光子の飛翔が最小単位時間内で終了すると仮定すると、光子は途中で到達点を変更する事は不可能となります。
すなわち、一旦A地点からB地点に最小単位時間で到達すると決定された光子が、予定が変わってA地点とB地点の中間のC地点で消滅するというように予定を変える事が出来ない事になります。
何故かと言えば、私の仮定が正しければ、時空が量子化されていて最小単位時間が存在する空間では、予定を変える作用に最小単位時間以上の時間が必要ですので、予定を変える作用が働く時間と同時かそれより前に光子は消滅する事になり、不合理となるからです。

投稿: 凡人 | 2011年9月 1日 (木) 22時04分

 どもTimeComm(HG)さん。お久しぶり,TOSHIです。

 バタバタしていてコメント書く心の余裕もないのでレス遅れました。

 そもそも,この記事は2008年夏にもらったHGさんからのメールの内容を解説するために書き始めたものです。

 たび重なるPCクラッシュと共に元のメールも失われ,最近(2011年)発見したのですが,スキャナーの故障で貧乏のためこのころのように図を取り込むこともできず次第にモチベーションが失われていったのです。

 余談ですが,20世紀初頭に量子論が出現したおかげで退治され消滅した,19世紀の「ラプラスの悪魔」,つまり古典的運命論,"あらゆるカオス的要素もミクロな基本粒子の多体系として全てを考慮すれば原理的には追跡できて全ての経路は宇宙創生時に機械論的に決まっていた。"というような古典的自然哲学をお持ちらしいBさんからの催促も本題とは全く関係ないので,私のモチベーションを減退させる原因の一端でしたが。。

 いずれブログもなども拝見しに行きます。

              TOSHI

投稿: TOSHI | 2011年8月20日 (土) 09時11分

TimeComm(旧ハンドル: HG)です。

本日、時間通信(TimeCommunication)に関する情報サイトを開設しました。

www.timecomm.info

技術的特異点(シンギュラリティ)や観測問題に関する話題も載せています。
是非ご覧ください。

また、ブログも併設しましたので、コメントをいただけたら幸いです。

blog.timecomm.info

投稿: TimeComm | 2011年8月 1日 (月) 06時42分

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