電磁力学と解析力学
1月末にfolomy物理フォーラムでMössbauer(メスバウアー)効果と磁性のZeema効果などとの関連についての質問を受けたのですが,Mössbauer効果の方面については私自身ほとんど考えたり勉強したりしたことがなかったので2月初めにでも詳細にブログに書くと約束しました。
そこで,まずは「γ崩壊とメスバウアー効果」という題目で原稿を書き始め,γ崩壊の摂動Hamiltonianとして"γ線量子=光子"と原子核との電磁相互作用を考察することから始めました。
すなわち,
摂動HamiltonianH'を電磁場(γ線)と核の相互作用=電磁相互作用HamiltonianとしてH'=∫jμ(r,t)Aμ(r,t)d3r=∫ρ(r,t)φ(r,t)d3r-∫j(r,t)A(r,t)d3rと表わすことから始めます。
ただし,jμ=(cρ,j),Aμ=(φ/c,A)でρ(r,t)は電荷密度,
j(r,t)は電流密度です。
vを時刻tに位置rにある電荷の速度とすると,伝導電流が存在しないときはj(r,t)=ρ(r,t)vと書くことができます。
という文章から書き始めたのでした。
しかし,相互作用を電気双極子,磁気双極子,電気四重極子と多重極展開する際の細かい計算,特にベクトル解析での変換の計算などで2,3日つまづいたりしているうちに,
私の学生時代からの悪い癖ですが,忘れてしまったという意味も含めてはっきりとは理解していない項目があることに気付いて基礎の基礎まで降りて考察したくなってしまいました。
さて,2008年11/2の記事「解析力学の初歩」によれば,電場をE=-∇φ-∂A/∂t,磁場をB=∇×Aとするとき,その中で電荷がqの荷電粒子が運動するときの粒子の運動エネルギーをTとすれば,
荷電粒子のLagrangianは,L=T-V,V=V(r,v,t)≡qφ(r,t)-qvA(r,t)で与えられることがわかります。
このとき,dA/dt=∂A/∂t+(v∇)A,v×B=v×(∇×A)=∇(vA)-(v∇)Aなので-∂V/∂r+(+d/dt)(∂V/∂v)=qE+q(v×B)です。
そこで,Lagrangeの方程式:(d/dt)(∂L/∂v)=∂L/∂r,
または(d/dt)(∂T/∂v)=-∂V/∂r+(d/dt)(∂V/∂v)は,
(d/dt)(∂T/∂v)=qE+q(v×B) となります。
そして,p≡∂L/∂vと定義するとエネルギーを意味するHamiltonianはH=pv-L=v(∂L/∂v)-Lとなります。
今の場合,対象としているのは荷電粒子の運動を与える系ですが,実際にはこれだけでなく電磁場をも含む全体で閉じています。
全体の系は,(自由荷電粒子+相互作用)の他に,自由電磁場:
HM≡∫(ε0E2+B2/μ0)d3r=(c2ε0/4)∫(FμνFμν)d3r
をも加えた総和になります。
ただしFμν≡∂μAν-∂νAμです。
さて,粒子だけの部分系での考察を続けます。
電磁場がない場合の全くの自由粒子なら正準運動量はp≡∂L/∂v=∂T/∂vですが,電磁場がある場合はL=T-V,V=V(r,v,t)≡qφ(r,t)-qvA(r,t)です。
Vもvに陽に依存して,∂V/∂v=-qAですから,
p=∂T/∂v-∂V/∂v=∂T/∂v+qAとなります。
よって,運動量pは自由粒子の運動量(∂T/∂v)に電磁場の運動量qAを加えたものとなります。
そこで,"エネルギー=Hamiltonian"はH=pv-L=v(∂L/∂v)-L=v(∂T/∂v+qA)-T+V=v(∂T/∂v)-T+qφです。
一方,電磁場のない自由粒子のLagrangianをL0,HamiltonianをH0とし,運動量をp0と書けばL0=Tであり,H0=p0v-L0
=v(∂L0/∂v)-L0=v(∂T/∂v)-Tです。
これらを用いると電磁場のある場合の量はp=p0+qA,H=H0+qφと書けます。そこで,p0のみの関数という意味で,
自由粒子のHamiltonianをH0=H0(p0)と表現すれば,
H=H0(p0)+qφ=H0(p-qA)+qφ となります。
あるいは,これは電磁ポテンシャルをAμ=(φ/c,A)と4元ベクトル表現すれば,H/c=H0(p-qA)/c+qA0となります。
さらに,エネルギーと運動量も4元ベクトル表現をすると,
pμ=(H/c,p),p0μ=(H0/c,p0)ですから,上式は,
p0=p00(p-qA)+qA0,または,
p0-qA0=p00(p-qA)と書き直されます。
つまり,電磁場のないときのHamiltonianがH=f(p),またはp0=f(p)というpの関数の形で与えられるとき,これをp0-qA0=f(p-qA)と書き換えれば電磁相互作用を含む形式に変換されます。
このpμ → pμ-qAμなる置換が,いわゆる電磁場の極小相互作用変換(minimal-coupling transformation)と呼ばれるものです。
ところで,非相対論では速度がvの自由粒子の運動エネルギーTはT=mv2/2で与えられるので,運動量はp0=∂T/∂v=mvです。
それ故,自由粒子HamiltonianはH=p2/(2m)ですから,極小相互作用変換は,H-qφ=(p-qA)2/(2m),つまりH=(p-qA)2/(2m)+qφとなります。
このとき,(Euler-)Laglange方程式と等価なHamiltonの正準方程式は,
dr/dt=∂H/∂p=(p-qA)/m=v,および
dp/dt=-∂H/∂r:d(mv)/dt=qE+q(v×B) です。
したがって,これまでの手続きに従えば荷電粒子に及ぼす電気力や磁場のLorentz力による荷電粒子の正しいNewton力学の運動方程式が得られることが再確認されます。
この定式化では,電磁場があるときのHamiltonianはH=(p-qA)2/(2m)+qφ=p2/(2m)-qpA/m+q2A2/(2m)+qφです。
そこで自由粒子のHamiltonianH0≡p2/(2m)に対して相互作用がある場合のHamiltonianをH=H0+H'と書いて,H'=qφ-qpA/m+q2A2/(2m)なる摂動があると解釈します。
この摂動H'はまたH'=qφ-q(p-qA)A/m-q2A2/(2m)=qφ-qvA-q2A2/(2m)とも表現できます。
この一体での定式化を質量がmi,電荷がqi(i=1,2,..,N)の粒子の多体系に拡張すると,HamiltonianはH=Σi=1N[{pi-qiA(ri,t)}2/(2mi)+qiφ(ri,t)]=Σi=1N{pi2/(2mj)}-Σi=1N[qipiA(ri,t)/mi+qi2A(ri,t)2/(2mi)+qiφ(ri,t)]になります。
そして,H=H0+H'なる表現においてはH0=Σi=1N{pi2/(2mj)},
かつH'=Σi=1N[qiφ(ri,t)-qiviA(ri,t)-qi2A(ri,t)2/(2mi)} です。
さらに,対象とする帯電体が総電荷がΣiq=∫ρd3r,総電流がΣiqivi=∫jd3rで与えられる連続体なら,上記摂動:H'は
H'=∫(ρφ-jA)d3r-∫{ρ2A2/(2μ)}d3r
=∫jμAμd3r-∫{ρ2A2/(2μ)}d3rとなるはずです。
ここで,μは帯電体の(質量)密度です。
しかし,そもそも電磁場の真空中のMawell方程式系は相対論を考慮した場合のみが正しい扱いですから,変換の出発点となる自由粒子のLagrangianは相対論的力学でのそれであるL=-mc2(1-v2/c2)1/2とすべきです。
これによれば,p≡∂L/∂v=mv/(1-v2/c2)1/2です。
これからH=pv-L=mv2/(1-v2/c2)1/2+mc2(1-v2/c2)1/2
=mc2/(1-v2/c2)1/2です。
これらは,確かに相対論的力学で与えられる式に一致しています。
これからまた,(H/c)2-p2=m2c2,またはpμpμ=p02-p2=m2c2,あるいは,H=c(p2+m2c2)1/2というよく知られたエネルギー・運動量の不変式の表現を得ます。
古典論の段階では正エネルギーのみで考察してよいので量子論で現われる負エネルギー,または反粒子などの問題は生じません。
そして,(H/c)2-p2=m2c2に極小相互作用変換を施せば,(H-qφ)2/c2-(p-qA)2=m2c2,あるいはH=c{(p-qA)2+m2c2}1/2+qφです。
しかし,実はp=mv/(1-v2/c2)1/2+qAよりp-qA=mv/(1-v2/c2)1/2,c{(p-qA)2+m2c2}1/2=c{m2v2/(1-v2/c2)+m2c2}1/2=mc2/(1-v2/c2)1/2でH-qφは自由粒子のエネルギーH-qφ=mc2/(1-v2/c2)1/2です。
そこで,この表式は自由粒子の質量がmであるという以上の情報を含んではいません。
しかし,このH=c{(p-qA)2+m2c2}1/2+qφなる表式から正準方程式:dr/dt=∂H/∂p=v,dp/dt=-∂H/∂rによって自動的に電磁場の中での荷電粒子の運動方程式が得られます。
方程式:dp/dt=-∂H/∂rの左辺は,dp/dt
=(d/dt){mv/(1-v2/c2)1/2}+q(dA/dt)
=(d/dt){mv/(1-v2/c2)1/2}+q(∂A/∂t)+q(v∇)A
と変形されます。
一方,右辺は-∂H/∂r=-q∇φ-c{{(p-qA)∂(p-qA)/∂r}/{(p-qA)2+m2c2}1/2で,p-qA=mv/(1-v2/c2)1/2,c{(p-qA)2+m2c2}1/2=mc2/(1-v2/c2)1/2により,
-∂H/∂r=-q∇φ+q(v∂A/∂r)と書けます。
故にv×B=v×(∇×A)=∇(vA)-(v∇)Aを用いれば,(d/dt){mv/(1-v2/c2)1/2}=qE+q(v×B)を得ます。
これは,確かに先に書いた電磁場の中の荷電粒子に対するNewtonの運動方程式:d(mv)/dt=qE+q(v×B)を相対論に拡張した運動方程式になっています。
ところで,自由粒子のエネルギー・運動量の不変式:(H/c)2-p2=m2c2,またはpμpμ=m2c2に,H=ihc(∂/∂t),p=-ihc∇,またはpμ=ihc(∂/∂xμ)を代入して簡易的に量子化をすると,
波動方程式:{(1/c2)∂2/∂t2-∇2+(mc/hc)2}ψ(r,t)
={□+(mc/hc)2}ψ(r,t)=0 が得られます。
これは,自由粒子の従う相対論的波動方程式の1つであるKlein-Gordon方程式として知られているものです。
ここにψは波動関数または粒子場です。(ただし,hc≡h/(2π)で,hはPlanck定数です。)
しかし,電子や原子核のようなFermi粒子(Fermion)の場合は粒子の波動関数または粒子場ψは古典論のエネルギー・運動量の不変式の平方根を取った等式:H/c-(p2+m2c2)1/2=0 を量子化して得られる方程式:
ihc[(1/c)(∂/∂t)-{(-ihc∇)2+m2c2)}1/2]ψ(r,t)=0
に従うことがわかっています。
すなわち,ψは左辺の平方根を行列展開して線形化たDirac方程式:
(ihcγμ∂μ-mc)ψ(r,t)=0,あるいは
(γμpμ-mc)ψ(r,t)=0 に従います。
(ψはスピノール(spinor)表現です。)
そして,γμpμ-mcに極小相互作用変換を施せば,{γμ(pμ-qAμ)-mc}ψ(r,t)=0 となります。
そこで,ψ~≡ψ+γ0として量子論で自由Fermi粒子のLagrangianLをL=∫Ld3rで与えるLagrangian密度をL=ψ~(ihcγμ∂μ-mc)ψ=Σαβ{ψ~α(ihcγμ∂μ-mc)αβψβ}とすることができます。
すると正準運動量は,πα≡∂L/∂(∂ψα/∂t)
=c-1∂L/∂(∂0ψα)=ic-1hcψ+αです。
それ故,HamiltonianをH=∫H d3rで与えるHamiltonian密度;H はH=Σαπα(∂ψα/∂t)-L=ihcψ+∂0ψ-ψ~(ihcγμ∂μ-mc)ψ=-ψ~(ihcγk∂k-mc)ψです。
運動方程式(ihcγμ∂μ-mc)ψ=0 によって,-(ihcγk∂k-mc)ψ=ihcγ0∂0ψですからH=ihcψ+∂0ψとも表現されます。
極小相互作用変換を施したDirac方程式:{γμ(pμ-qAμ)-mc}ψ=(ihcγμ∂μ-qγμAμ-mc)ψ=0 に対応するLagrangian密度は,
L=ψ~(ihcγμ∂μ-qγμAμ-mc)ψ=Σαβ[ψ~α(ihcγμ∂μ-qγμAμ-mc)αβψβ]です。
そして,正準運動量はπα≡∂L/∂(∂ψα/∂t)
=c-1∂L/∂(∂0ψα)=ic-1hcψ+αです。
Hamiltonian密度H はH=Σαπα(∂ψα/∂t)-L
=ihcψ+∂0ψα-ψ~α(ihcγμ∂μ-qγμAμ-mc)ψ
=-ψ~α(ihcγk∂k-qγμAμ-mc)ψ=-ψ~(ihcγk∂k-mc)ψ+qψ~γμAμです。
自由粒子のHamiltonianを,改めてH0=-∫{ψ~(ihcγk∂k-mc)ψ}d3rとおくと,電磁場がある場合には,
H=-∫{ψ~(ihcγk∂k-mc)ψ}d3r+q∫(ψ~γμAμψ)d3r
=H0+q∫(ψ~γμAμψ)d3rと書けます。
Fermi粒子の4元電流密度は,jμ=qψ~γμψで与えられることがわかっていますから,H=H0+H'と書いたときの"摂動=電磁相互作用"H'は,
正確にH'=q∫(ψ~γμAμψ)d3r=∫jμAμd3rとなります。
以上から,最初に述べたように,"電磁場(γ線)と核の相互作用=電磁相互作用Hamiltonian"H'が確かにH'=∫jμ(r,t)Aμ(r,t)d3r
=∫ρ(r,t)φ(r,t)d3r-∫j(r,t)A(r,t)d3r
と表現されることが明確に示されました。
これは今日の記事の1つの目的です。
しかし,最初の古典論での考察はむしろ自由粒子における運動量がp=∂T/∂v,で与えられHamiltonianが,H=v(∂T/∂v)-Tになるという式から出発しています。
ところが,相対論における運動エネルギーは,T=mc2(1-v2/c2)-1/2-mc2となるはずで,運動量をp=∂T/∂vで表現すると,
p=∂T/∂v=mv(1-v2/c2)-3/2です。
しかし,これは相対論の自由粒子Lagrangian;L=-mc2(1-v2/c2)1/2から求めた正しい運動量:p≡∂L/∂v=mv/(1-v2/c2)1/2とは一致しません。
逆に,L-Tを計算するとL-T=mc2-mc2(1-v2/c2)-1/2+mc2(1-v2/c2)1/2=mc2-mv2(1-v2/c2)-1/2ですから,
L=T-mv2(1-v2/c2)-1/2+mc2です。
つまり,相対論力学では本質的でない定数項:mc2を無視しても自由粒子のLagrangianが運動エネルギーTと一致しないと結論されます。(ただし,HamiltonianはTと一致します。)
これで本記事でもう一つの目的としていたことも達成されました。
もう30年以上も前の話ですが,当時の指導教官に「少しぐらいつまづいても細かい事に拘泥していたら学生の数年間では目標分野の最先端まで到達できないぞ。」とか言われても,読書は繰り返しではなく1回精読主義の自分には結局無理で,今もその性格は変わりませんね。
他人に説明しようとして考察しているうちに,自分自身がドツボにはまるようではまだまだですね。
参考文献:砂川重信 著「理論電磁気学(第2版)」(紀伊国屋書店)
PS:将棋順位戦:B級1組の渡辺明竜王のA級昇級が確定したようです。
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コメント
ナベちゃん先日はお見舞いありがとう〜
真面目な優子リンは初めの予定より少し早めの退院になりました〜
月曜日に退院しま〜す!やった〜
12日から頑張りま〜す
投稿: 優子リン | 2010年2月 7日 (日) 02時22分