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2010年3月28日 (日)

お花見をしました。(久しぶり)

 丁度3年前までいた会社の先輩1人,後輩1人に誘われて昨日27日の朝,上野公園で花見をしました。門前仲町での夜勤明けの花見ですね。自宅のすぐ前の都バスの巣鴨駅南口バス停から浅草雷門行きに乗って千駄木三丁目で上野松阪屋行きに乗りかえ30分くらいで着きました。ほぼドアツードアです。

 桜は五分から六分咲き程度でしたがまだかなり肌寒かったです。しかし土曜日のせいか歩いているとすぐ人にぶつかるほどの人出でした。(昼過ぎには引き上げて浅草で飯を食べ建設中のスカイ・ツリーも見てきました。)

 桜を眺めていると,満開の桜の中にいると狂気になってしまうという話,背中には鬼がしがみついて離れないという内容?の恐ろしい安吾の小説「桜の森満開の下」を思い出しました。満開のときを想像したのです。

 これは学生時代の後半の頃に,ロートレアモン,ランボー,ボードレールと並んで,太宰や中也などシュールやデカダンの文学を夢中になって読んでいた頃のことですから40年以上も前ですね。

 読んだことはないけど「桜の木の下には死体が埋まっている。」という梶井基次郎の有名な話もあるらしいです。

 感受性が強いなら,もっと濃い色の満開の桜に囲まれてしまうと咽せるように感じ,富士の樹海の中とは別の意味で気が変になるのかも知れません。

 ところで,前会社といっても派遣会社ですが旧知の同僚によると,派遣先の大きな証券会社の対象の部門そのものがこの5月で閉鎖になるため,そこの正社員も含めリストラで解雇の対象になり仕事がなくなるらしいです。

 このメンバーでの花見も今年限りとか寂しい話をされました。まだまだ,そうしたセチ辛い状況が続いているのですね。

PS:宮沢賢治の「アメニモマケズ」ではないですが,若い頃は当時の学生運動における思想などを通じ社会的上昇志向(立身出世,金銭欲,名誉欲etc.)と無縁の清貧な生活を目指そうとしました。

 そして自己のライフワーク(実存)についても金銭の授受,産学共同(社会に貢献するという意味では否定しませんが営利企業にくみするという意味)を拒否して人知れず趣味嗜好とする生き方を頭の中では理想としていました。

 しかし,右の頬を打たれたら左の頬を差し出す。汝の敵をも愛す。

 頭の中でいくらキレイごとをとなえようと,神でもない平凡な人間の1人である以上,私も内在するドロドロとした欲望を制御できず,意識するしないに関わらず,時代の支配的な価値観に抵抗できるわけもなく,現実の生活では上昇志向をやめることは不可能でした。

 しかし,幸か不幸か,結果としてそうした上昇志向的試みは全て失敗したために,現状はささやかながら理想的生活形態?になっています。イヤ,単なる負け惜しみ,負け犬の遠吠えかな?

 

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