原子核のγ崩壊とメスバウアー効果(3)
原子核のγ崩壊とメスバウアー効果の続きです。
非斉次方程式:{d2/dr2+(2/r)d/dr+k2-l(l+1)/r2}FElm(kr)=-KE(r),{d2/dr2+(2/r)d/dr+k2-l(l+1)/r2}FMlm(kr)=-KM(r)を解くためにグリ-ン関数(Green function)の方法を用います。
{d2/dr2+(2/r)d/dr+k2-l(l+1)/r2}gl(+)(r,r')=-r-2δ(r-r')を満たす関数:gl(+)(r,r')を方程式の左辺の微分作用素(演算子)のグリーン関数といいます。
この関数が得られれば,FE,Mlm(kr)=∫0∞r'2gl(+)(r,r')KE,M(r')dr'なる式が{d2/dr2+(2/r)d/dr+k2-l(l+1)/r2}FE,Mlm(kr)=-KE,M(r)を満たします。
グリ-ン関数もFMlm(kr),FMlm(kr)と同じ境界条件を満たすべきという物理的要請から,gl(+)(r,r')は(ⅰ)r=0 (波源)近傍で有限で(ⅱ)r→ ∞(遠方)で外向き球面波になるという条件を満たします。
gl(+)(r,r')の添字の記号(+)は外向き球面波を意味します。
方程式:{d2/dr2+(2/r)d/dr+k2-l(l+1)/r2}gl(+)(r,r')=-r-2δ(r-r')はr≠r'では斉次式d2/dr2+(2/r)d/dr+k2-l(l+1)/r2}gl(+)(r,r')=0 になります。
この斉次方程式の条件(ⅰ)を満たす解はjl(kr)で(ⅱ)を満たす解はhl(1)(kr)で与えられることは既にわかっています。
そこで,gl(+)(r,r')はr,r'について対称な関数であるとすればr<r'ではgl(+)(r,r')=Ajl(kr)hl(1)(kr'),r>r'ではgl(+)(r,r')=Ajl(kr')hl(1)(kr)と書けます。
Aを決めるため,まず{d2/dr2+(2/r)d/dr+k2-l(l+1)/r2}gl(+)(r,r')=-r-2δ(r-r')を{d/dr(r2d/dr)+k2r2-l(l+1)}gl(+)(r,r')=-δ(r-r')と変形してr∈[r'-ε,r'+ε]の区間で積分し,最後にε→ +0 とします。
これから,[r2dgl(+)(r,r')/dr]r'-εr'+ε=-1です。代入するとAk{jl(kr)hl(1)'(kr)-jl'(kr)hl(1)(kr)}=-1/r2を得ます。
ただし,jl'(kr)≡djl(kr)/d(kr)=k-1djl(kr)/drであり,hl(1)'(kr)≡dhl(1)(kr)/d(kr)=k-1dhl(1)(kr)/drです。
ところで,2階斉次線形常微分方程式d2y/dz2+p(z)dy/dz+q(z)y=0 においては,その異なる2つの解y=y1,y2について1次独立性と関わるロンスキー行列式(Wronskian)と呼ばれる特別な式表現:W[y1,y2]≡y1(dy2/dz)-(dy1/dz)y2=y12d(y2/y1)があります。
これは,1階線形微分方程式dW[y1,y2]/dz=y1(d2y2/dz2)-(d2y1/dz2)y2=-p(z)W[y1,y2]を満たすので,W[y1,y2]=W[y1,y2]z0exp{-∫z0zp(u)du}なる一般形を持ちます。B=W[y1,y2]z0は単なる積分定数です。
そして,上記の定数Aを決定するための式:Ak{jl(kr)hl(1)'(kr)-jl'(kr)hl(1)(kr)}=-1/r2は,W[jl,hl(1)]=k{jl(kr)hl(1)'(kr)-jl'(kr)hl(1)(kr)}なのでAW[jl,hl(1)]=-1/r2と表わされます。
ところで,今の球ベッセル方程式ではrの1階微分の係数が2/rですからW[jl,hl(1)]=W[jl,hl(1)]r0exp{-2∫r0rdr/r}=Br-2(Bは定数)です。
そして,r~ 0 ではjl(kr)~(kr)l/(2l+1)!!,djl(kr)/dr~kl(kr)l-1/(2l+1)!!,hl(1)(kr)}~inl(kr)~-i(2l-1)!!(kr)-(l+1),dhl(1)(kr)/dr=ik(l+1)(2l-1)!!,(kr)l-1/(2l+1)!!より,W[jl,hl(1)]=ik(kr)-2です。
したがって,AW[jl,hl(1)]=Aik(kr)-2=-1/r2によってA=ikを得ます。故に,gl(+)(r,r')=ikjl(kr)hl(1)(kr')(r<r'),gl(+)(r,r')=ikjl(kr')hl(1)(kr)(r>r')です。
これでグリーン関数gl(+)(r,r')の具体形が得られ,原子核の中心近傍にある放射源の外側r>r'ではgl(+)(r,r')=ikjl(kr')hl(1)(kr)であることがわかりました。
そして,前に書いたようにFE,Mlm(kr)はグリーン関数gl(+)(r,r')によってFE,Mlm(kr)=∫0∞r'2gl(+)(r,r')KE,M(r')dr'と表わされます。
故に,r>r'ではFE,Mlm(kr)=ikhl(1)(kr)∫0∞r’2jl(kr')KE,M(r')dr'です。
これを中心の放射源の外でFElm(r)→AElmCElm(1)hl(1)(kr),FMlm(r)→AMlmCMlm(1)hl(1)(kr)となるという境界条件と比較すれば,aElm≡AElmCElm(1)=ik∫0∞r2jl(kr)KE(r)dr=-iμ0k∫Xlm(Ω)*jl(kr){∇×je(r)}dr,およびaMlm≡AMlmCMlm(1)=-μ0ck2∫Xlm(Ω)*jl(kr){∇×M(r)}drです。
さらに,定義によってXlm(Ω)≡hc-1LYlm(Ω)/{l(l+1)}1/2なのでXlm(Ω)*=hc-1L*Ylm(Ω)*/{l(l+1)}1/2です。
∇×je(r),∇×M(r)はr→ ∞で1/r2より急激にゼロになるため,Lのエルミート性から,aElm=-iμ0khc-1{l(l+1)}-1/2∫jl(kr)Ylm(Ω)*L{∇×je(r)}dr,aMlm=-μ0ck2hc-1{l(l+1)}-1/2∫jl(kr)Ylm(Ω)*L{∇×M(r)}drと書けます。
ところで,ベクトル解析から公式:hc-1L(∇×a)=i(r×∇)(∇×a)=i(r∂/∂r)∇a―ir∇2aが成立します。
そこで,a=je(r),またはa=M(r)としたこの表現を代入すればaElm=-μ0k{l(l+1)}-1/2∫jl(kr)Ylm(Ω)*{(r∂/∂r)∇je(r)-r∇2je(r)}dr,aMlm=-iμ0ck2hc-1{l(l+1)}-1/2∫jl(kr)Ylm(Ω)*{(r∂/∂r)∇M(r)―r∇2M(r)}drを得ます。
さらに,∇2,i(r∂/∂r)はエルミート演算子であり左側の関数に作用するようにできます。そして∇2{jl(kr)Ylm(Ω)*}=-k2jl(kr)Ylm(Ω)*,∇je=ickρeです。
また,∇B=0 ですが,磁性体の中では∇H≠0 なので∇Mは一般にはゼロとは限りません。(2008年5/3の記事「電場と電束密度,磁場と磁束密度(4)」参照)
したがって,aElm=iμ0ck2{l(l+1)}-1/2∫Ylm(Ω)*[ρe(r)∂/∂r{rjl(kr)}+ic-1k{rje(r)}jl(kr)]dr,aMlm=iμ0ck2{l(l+1)}-1/2∫jl(kr)Ylm(Ω)*[∇M(r)∂/∂r{rjl(kr)}-k2{rM(r)}jl(kr)]drと書けます。
ここまでは何の近似もしていません。
ここで,電磁波のソース(source)が半径Rの原子核の場合を考えると,電磁波の波長λに対してR/λ=kR<<1の長波長近似が成立してr≦Rではjl(kr)~ (kr)l/(2l+1)!!です。それ故,(∂/∂r){rjl(kr)}~ (l+1)(kr)l/(2l+1)!!です。
故に,Qlm≡∫rlYlm(Ω)*[ρe(r)+{ik/c(l+1)}{rje(r)}]drと置けばE波の係数はaElm=iμ0ckl+2/(2l+1)!!}{(l+1)/l}1/2Qlmと書けます。
また,M波ではMlm≡-∫rlYlm(Ω)*[∇M(r)-{k2/(l+1)}{rM(r)}]drと置けばaMlm={iμ0ckl+2/(2l+1)!!}{(l+1)/l}1/2Mlmを得ます。
しかし,オーダー的に{k/c(l+1)}(rje)~k/c(l+1)}r(kcrρ)=(kr)2ρ/(l+1)なのでρe(r)+{ik/c(l+1)}{rje(r)}の第2項は無視できてQlm=∫rlYlm(Ω)*ρe(r)drと近似されます。
同様に,Mlm=-∫rlYlm(Ω)*∇M(r)drとできます。
これまでの一連の電磁波放射の記事と同じく,Qlmを電気多極モ-メント,Mlmを磁気多極モーメントと呼びます。
さて,電磁放射の強度分布を求めるには遠方領域(波動帯)において"単位時間に単位面積を通過するエネルギー=ポインティングベクトル(Poyntung vector)":S(r,t)≡E(r,t)×H(r,t)を求める必要があります。
電磁放射では遠方領域は真空なのでH(r,t)=B(r,t)/μ0ですからS(r,t)≡E(r,t)×B(r,t)/μ0です。そして複素表現でE(r,t)=E(r)exp(iωt),B(r,t)=B(r)exp(iωt)です。
実数表現ではS(r,t)={E(r)×B*(r)/μ0}cos2ωtですが,観測に掛かるのはこれのサイクル平均<S(r)>であり,cos2ωtに代わる因子は1/2となるので<S(r)>={E(r)×B*(r)}/(2μ0)です。
これまでの考察から,ソースの外部領域ではB(r)=Σl=1∞Σm=-ll{BElm(r)+BNlm(r)}=Σl=1∞Σm=-ll[aElmhl(1)(kr)Xlm(Ω)-{i/(ck)}aMlm∇×{hl(1)(kr)Xlm(Ω)}]です。
また,E(r)=Σl=1∞Σm=-ll{EElm(r)+EMlm(r)}=Σl=1∞Σm=-ll[(ic/k)aElm∇×{hl(1)(kr)Xlm(Ω)}+aMlmhl(1)(kr)Xlm(Ω)]です。
そして,Sを計算するにはBE,Mlm,EE,Mlmの遠方のr→ ∞での挙動を把握すれば十分です。そしてハンケル関数ではr→∞での漸近式がhl(1)(kr)→(-i)l+1exp(ikr)/(kr)です。
したがって,電気2l極放射(E波)ではBElm(r)→ aElm(-i)l+1exp(ikr)/(kr)Xlm(Ω),EElm(r)→ (ic/k)aElm(-i)l+1∇×{exp(ikr)/(kr)Xlm(Ω)}であり,
磁気2l極放射(M波)ではEMlm(r)→ aMlm(-i)l+1exp(ikr)/(kr)Xlm(Ω),BMlm(r)→ {-i/(ck)}aMlm(-i)l+1∇×{exp(ikr)/(kr)Xlm(Ω)}です。
そして,∇×{exp(ikr)/(kr)Xlm(Ω)}=∇{exp(ikr)/(kr)}×Xlm(Ω)+{exp(ikr)/(kr)}{∇×Xlm(Ω)}=ik{exp(ikr)/(kr)}{er×Xlm(Ω)}+O(1/(kr)2です。er≡r/rです。
そこで,電気2l極放射ではEElm(r)~ -caElm(-i)l+1{exp(ikr)/(kr)}{er×Xlm(Ω)}=cBElm(r)×er,磁気2l極放射ではBMlm(r)~ c-1aMlm(-i)l+1{exp(ikr)/(kr)}{er×Xlm(Ω)}=c-1er×EMlm(r)を得ます。
以上をまとめると,遠方領域でB(r)={exp(ikr)/(kr)}Σl=1∞Σm=-ll(-i)l+1[aElmXlm(Ω)+c-1aMlm{er×Xlm(Ω)}],E(r)=cB(r)×erなる具体的な漸近表現を得ます。
そこで,|B(r)|=c-1|E(r)|であってr,E,Bはこの順に右手直交系を作ります。
したがって,ベクトルS(r)=μ0-1E(r)×B(r)はr方向を向いていて,これのサイクル平均には因子1/2が掛かって<S(r)>=(2cμ0)-1|E(r)|2er={c/(2μ0)}|B(r)|2erです。
結局,Ω=(θ,φ)のまわりの微小立体角dΩに単位時間に放射される電磁エネルギーをdUとすれば,dU=|<S(r)>|r2dΩ={c/(2μ0)}|B(r)|2r2dΩ={c/(2μ0k2)}|Σl=1∞Σm=-ll(-i)l+1[aElmXlm(Ω)+c-1aMlm{er×Xlm(Ω)}]|2dΩです。
もしも,γ線放射が純粋な電気(l,m)放射なら,dUElm={c/(2μ0k2)}|aElm|2|Xlm(Ω)|2dΩであり,純粋な磁気(l,m)放射なら,dUMlm={1/(2μ0ck2)}|aMlm|2|Xlm(Ω)|2dΩです。
これによれば,同じ(l,m)極放射であれば,その放射エネルギー密度は電気型,磁気型を問わず同じ強度角度分布|Xlm(Ω)|2を有することがわかります。
故に,γ線強度の角度分布の測定だけでは放射が電気多極放射か磁気多極放射かを判断することはできません。しかし,放射波の偏極(polarization) or 偏光を調べれば両者を区別できます。
すなわち,電気多極放射ならその偏光はXlm(Ω)に平行であり,磁気多重極放射なら偏光はer×Xlm(Ω)に平行です。
さて,Zlm(Ω)≡|Xlm(Ω)|2と置けば,角度分布はdUElm/dΩ={c/(2μ0)}Zlm(Ω)|aElm|2/k2,dUMlm/dΩ={1/(2cμ0)}Zlm(Ω)|aMm|2/k2です。
具体的にはXlm(Ω)≡hc-1LYlm(Ω)/{l(l+1)}1/2でありYlm(Ω)=(-1)m{(2l+1)/(4π)}1/2{(l-m)!/(l+m)!}1/2Plm(cosθ)exp(imφ)です。
ただし,Pl(z)はルジャンドル多項式(Legendre polynomial):Pl(z)≡(2ll!)-1(dl/dzl)(z2-1)lであり,Plm(z)はルジャンドル陪多項式:Plm(z)≡(dl/dzl)(z2-1)m/2{dmPl(z)/dzm}(|m|≦l)です。
そして,hc-1Lx=-i{-sinφ(∂/∂θ)-cosθsin-1θcosφ(∂/∂φ)},hc-1Ly=-i{cosφ(∂/∂θ)-cosθsin-1θsinφ(∂/∂φ)},hc-1Lz=-i(∂/∂φ)です。
そこで,例えばl=1のP波なら,X10(Ω)=2-1/2hc-1LY10={3/(8π)}1/2(sinθsinφ,sinθcosφ,0)よりZ10(Ω)=|Xlm(Ω)|2={3/(8π)}sin2θであり,Z1±1(Ω)=|X1±1 (Ω)|2={3/(16π)}(1+cos2θ)です。
同様に,l=2のD波ならZ20(Ω)={15/(8π)}sin2θcos2θ,Z2±1(Ω)={5/(16π)}(1-5cos2θ+4 cos4θ),Z2±2(Ω)={5/(16π)}(1-5cos2θ+4 cos4θ)です。
いずれにしても,あらゆる方向に放射される(l,m)波の総和:UE,MlmはdUE,Mlm/dΩを全立体角で積分すれば得られます。
dΩ積分を実行して規格化直交条件∫(Xlm(Ω)*Xl'm'(Ω))dΩ=δll'δmm'を用いることにより放射がE波ならUElm=∫dUElm={c/(2μ0)}|aElm|2/k2,M波ならUMlm=∫dUMlm={1/(2cμ0)}|aMlm|2/k2を得ます。
一般には全ての(l,m)型のE波,M波の総和として,dU/dΩ={c/(2μ0k2)}|Σl=1∞Σm=-ll(-i)l+1[aElmXlm(Ω)+c-1aNlm{er×Xlm(Ω)}]|2より,U=∫dU={c/(2μ0)}Σl=1∞Σm=-ll(|aElm|2+c-2|aMlm|2)/k2です。
この式に,先に求めたaElm=iμ0ckl+2/(2l+1)!!}{(l+1)/l}1/2Qlm;電気多極放射:Qlm=∫rlYlm(Ω)*ρe(r)dr,aMlm={iμ0ckl+2/(2l+1)!!}{(l+1)/l}1/2Mlm;磁気多極放射;Mlm=-∫rlYlm(Ω)*∇M(r)drの表現を組み合わせます。
ところで,空間反転r→ -r,つまり(r,θ,φ)→(r,π-θ,π+φ)なる変換に対して球面調和関数はYlm(θ-π,π+φ)=(-1)lYlm(θ,φ)なる性質を持ち符号が(-1)lだけ変わります。
これを関数Ylm(Ω)=Ylm(θ,φ)は(-1)lのパリティ(parity:偶奇性)を持つといいます。また明らかにrlのパリティは正です。
電荷ρe(r)はスカラーなのでパリテイは正です。∇MではM(r)がパリティ正の軸性ベクトル,∇がパリティ負の極性ベクトルのため,∇Mのパリテイは負です。
以上から,Qlm=∫rlYlm(Ω)*ρe(r)drのパリティは(-1)l,Mlm=-∫rlYlm(Ω)*∇M(r)drのパリティは(-1)l+1です。
さて,原子核の多極モーメントの幾つかの低次の具体的表現を求めてみると次のようになります。
電気多極では,Q00=(4π)-1/2∫ρe(r)dr=(4π)-1/2q(qは核の総電荷),Q10={3/(4π)}11/2∫rρe(r)cosθdr={3/(4π)}11/2∫zρe(r)dr(∫zρe(r)drは電気双極子モーメント)etc.です。
磁気多極では,M00=-(4π)-1/2∫∇M(r)dr=-(4π)-1/2∫M(r)ndS=0,M10=-{3/(4π)}11/2∫z∇M(r)dr=-{3/(4π)}11/2∫Mz(r)dretc.です。
これまでは古典論でしたが,原子核が量子論的状態|Ψ>にある場合の量子論での話に移行するには,単に古典論での多極モーメントQlm,Mlmを,それらに対応する線形演算子Qlm,Mlmの期待値<Ψ|Qlm|Ψ>,<Ψ|Mlm|Ψ>で置きかえれば十分です。
例えば,Ml0を得るなら,Ψ(r)=<r|Ψ>を波動関数としてMl0=<Ψ|Ml0|Ψ>=∫Ψ*(r)Ml0Ψ(r)drを計算します。
ところで,Ml0=∫Ψ*(r)Ml0Ψ(r)drで|Ψ*Ψ|=|Ψ|2のパリティ(parity:偶奇性=空間反転の固有値)は正ですから,Ml0のパリティはMl0のそれと同じ(-1)l+1です。
もしも,Ml0のパリテイが負なら,それは∫Ψ*(-r)Ml0(-r)Ψ(-r)dr=-∫Ψ*(r)Ml0(r)Ψ(r)drを意味します。
ところが,左辺は元が右手系なら単に空間軸が反対の左手系に移行しただけです。
つまり,この積分はr'=-rと変数置換しただけなので,これば∫Ψ*(-r)Ml0(-r)Ψ(-r)dr=-∫'Ψ*(r')Ml0(r')Ψ(r')dr'と書けます。
ただし,rの積分領域とそれに対応する積分変数r'の積分領域の違いを強調するため,r'の積分記号を∫'と書いて区別表記しました。
一般に,座標積分変数の反転x'=-xに対しては,∫-∞∞dx=-∫∞-∞dx'=∫-∞∞dx'なので積分値の符号は代わりません。
従って,積分区間の変更:∫→∫'のため,∫Ψ*(-r)Ml0(-r)Ψ(-r)dr=∫Ψ*(r)Ml0(r)Ψ(r)drを得ます。
以上から,Ml0のパリテイが負なら∫Ψ*(r)Ml0(r)Ψ(r)dr=-∫Ψ*(r)Ml0(r)Ψ(r)drが成立するため,∫Ψ*(r)Ml0(r)Ψ(r)drはゼロになります。
すぐ上で書いたように,Ml0のパリテイはMl0と同じ(-1)l+1ですから原子核のlが偶数(l=0,2,4,..)の全ての磁気2l極モーメントの値はゼロとなります。
同様にQl0のパリテイはQl0と同じ(-1)lですから原子核のlが奇数(l=1,3,5,..)の全ての電気2l極モーメントの値はゼロとなります。
原子核では,"電気双極子(electric dipole)=電気分極ベクトル"P(r)が存在しないのもこの結果の一例であると考えられます。
また,角運動量の合成則から核スピンがIの状態では,l>(2I)の次数の電磁2l極モーメントは存在しません。そこで,特にI=1/2の状態では電気四重極モーメントはゼロです。
つまり,核スピンがIの状態では相互作用中の電磁場の角運動量:L=hclに対して角運動量の保存則からI=I+lが成立します。
一方,角運動量の理論からI2=I1+lが成立するとき,l≡|l|の取り得る値はl=-|I1-I2|,-|I1-I2|+1,..,I1+I2で,lの取り得る最大値はI1+I2です。
そこで,I1=I2=Iならlの取り得る最大値が 2Iなのでl>(2I)の次数の電磁2l極モーメントは存在しないのです。
特にI=1/2ならlの取り得る最大値が1なので,l=2の電気四重極モーメントも存在しませんね。
切りがいいので今日はここで終わりにします。(つづく)
参考文献:八木浩輔著「原子核と放射」(朝倉書店),八木浩輔 著「原子核物理学」(朝倉書店),砂川重信 著「理論電磁気学(第2版)」(紀伊国屋書店),ジャクソン著(西田 稔 訳)「電磁気学」
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