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2010年5月18日 (火)

散乱の伝播関数の理論(5)(Schiff-2,他)

 散乱の伝播関数の理論の続きです。

 

 L.I.Schiff(シッフ)著「量子力学」の衝突の理論における近似法の散乱行列の項の続きです。

 

§§散乱への応用:

 

 T1,T2を非常に大きい正の数とします。

 

 遠い過去:t0<-T1には自由粒子の方程式:

 ihc∂φα(,t0)/∂t00φα(,t0)を満たしていた,

 波束φα(,t0)を考えます。

 

 これまでの論議から,波束φαが,-T1<t<T2には方程式:

 ihc∂Ψα(+)(,t)/∂t=Ψα(+)(,t)を満たす波Ψα(+)

 に変わるとき,

 

 Ψα(+)は,Ψα(+)(,t)

 =i∫G(+)(,t;0,t0α(0,t0)d30

 と表現できます。

 

そして,遠い未来t>T2には,再び自由波の方程式:

ihc∂Ψα(+)(,t)/∂t=0Ψα(+)(,t)を満たします。

 

この散乱の行列要素:Sβα=<β|S^|α>は,t>T2での

<φβα(+)>で与えられます。

 

Schiffのテキストは紹介程度で,これくらいにします。

 

※(注):ここで,誤解を恐れず,結論めいたことを述べてみます。

 

Hilbert(ヒルベルト)空間の部分空間として定義されている状態空間

の基底(basis)の取り方は無数に有りますが,

 

それらは,同じ観測量に対しては同じ期待値を取るように,互いに

ユニタリ変換(unitary transformation)で結び付いています。

 

同じ自由粒子の状態ベクトルの集合でも入射状態(incoming)の集まり

としての基底:{|φin,α>}と散乱状態(outgoing)の集まりとしての

基底:{|φout,α>}はユニタリ変換だけ異なります。

 

S行列(散乱行列:scattering-matrix):S≡{Sβα},

あるいは,散乱状態ベクトル:|φout,α>は,

   

行列要素:Sβα=<β|S^|α>=<φin,β|S^|φin,α

=<φout,βin,α>によって定義されます。

 

これは2つの基底ケットの間のユニタリ変換が散乱演算子:S^により

<φout,β|=<φin,β|S^と書ける,という表現と同等です。

 

こうした状態のユニタリ変換だけの違いというのは,量子論的には,

Schrödinger表示,Heisenberg表示,相互作用表示

(interaction picture)などの表示の違いと同じモノであると

見ることができます。

 

もっといえば,散乱問題を解くための摂動論の最初の手続きは,

S行列要素:βα<φout,βin,α>の間に中間状態

(intermediate states)の完全系(complete set):

1=Σγint,γ><ψint,γ|を挟むことです。

 

すなわち,βα<φout,β|(Σγint,γ><ψint,γ|)|φin,α

=Σγ<φout,βint,γ><ψint,γin,α>です。

 

ただし,自由粒子状態の系:{|φin,α>},または{|φout,α>}の要素は

全て物理的に許される状態であり,それだけで完全系をなしますが,

中間状態の系:{|ψint,α>}は,一般に物理的に許されない仮想状態 

(virtual states)をも含めないと完全系をなしません。

 

(注終わり)※

 

 さて,内容的にSchiffと重複する部分が多々ありますが,私が過去に

 精読したBjorken & Drellのテキスト"Relativistic Quantum

 Mechanics"のChap.6,§6.2 non-relativistic propagatorから

 始めて,同様のテーマを記述している部分を紹介します。

 

 以下は,B-Dのテキストの本文の内容です。

 

 遠い過去に与えられた波束がポテンシャルに近づく1粒子を表わし,

 その波が遠い未来にどのようになるかの過程を見る便利な方法を

 光学の"Huygens(ホイヘンス)の原理"に求めます。

 

 すなわち,ある時刻t0に波動関数Ψ(0,t0)がわかったなら,

 空間の各点00から外向きに伝播する球面波の波源(source)

 と考えることで以後の任意時刻tにおける波動関数を見出すこと

 ができます。

 

そこで,後の時刻tに点に到達する波の振幅は個々の源の波の振幅

Ψ(0,t0)に比例すると想像されます。

 

この比例定数をiG(,t;0,t0)と記述すれば,Huygensの原理

に従って点に到達する波の振幅は,

Ψ(,t)=i∫d30G(,t;0,t0)Ψ(0,t0)(t>t0)

と表わせるはずです。

 

ここで,G(,t;0,t0)はGreen関数(Green's function),または

propagator(プロパゲータ:伝播関数)として知られているもので,

Huygensの原理に従って0,t0におけるΨ(0,t0)の要素波の

Ψ(,t)への影響を説明するものです。

 

Gがわかれば,与えられた任意の始状態から時間発展する物理的状態

を作ることが可能となります。

 

したがって,Gを知ることはSchrödinger方程式の完全な解を知るのと

同等な意味を持ちます。

 

しかし,ここまではそれが物理的であるという論拠に基づいてGの存在を主張してきたに過ぎません。

 

後でGの完全な正式な定義を与える必要があります。

  

取り合えず,Propagator-Approachのより良い理解を得るため,こうした論旨をさらに追求してみます。

 

自由粒子の運動は完全にわかっており対応するGreen関数G0は陽に作ることができます。

 

この自由な伝播関数に,1つの時間に依存する広義ポテンシャルVを

導入すればG0はGへと修正されます。

 

広義ポテンシャル:V(1,t1)は時刻t1のまわりの非常に短い時間

Δt1の間だけスイッチが入る相互作用を表わすとします。

 

1より前の時刻では波動関数は自由波の波動関数φであり,対応する

プロパゲータはG0ですが,

 

t=t1では,V(1,t1)は,Schrödinger方程式:

{i(∂/∂t)-0}Ψ(1,t1)=V(1,t1)Ψ(1,t1)

に従う新しい波動の波源として作用します。

 

右辺の波源の項は,t=t1からt=t1+Δt1までの間だけゼロでないので,Vがないときに起こる変化に加えてΔt1の間に追加の変化を生み出します。

 

この追加波ΔΨ(1,t1)は,

{i(∂/∂t)-0}Ψ(1,t1)=V(1,t1)Ψ(1,t1)

をΔt1の1次のオーダーまで積分すれば得られ,

 

ΔΨ(1,t1)=-iV(1,t1)φ(1,t1)Δt1

と表現できます。

 

そして,(1,t1)での源ΔΨ(1,t1)のΨ(,t)への寄与は,

ΔΨ(,t)=i∫d310(,t;1,t1)ΔΨ(1,t1)

=∫d310(,t;1,t1)V(1,t1)φ(1,t1)Δt1

と表わせます。

 

よって,トータルでは,

Ψ(,t)=φ(,t)

+∫d310(,t;1,t1)V(1,t1)φ(1,t1)Δt1

=i∫d30[G0(,t;0,t0)

+∫d31Δt10(,t;1,t1)V(1,t1)

0(1,t1;0,t0)]φ(0,t0) となります。

 

 これらは,(,t)を(x)=xμ≡(t,)と書く4次元表記では,

 ΔΨ(x)=∫d31Δt10(x,x1)V(x1)φ(x1),および,

 Ψ(x)=i∫d30[G0(x,x0)

 +∫d31Δt10(x;x1)V(x1)G0(x1;x0)]φ(x0)

 となります。

 

上式を,Ψ(,t)=i∫d30G(,t;0,t0)φ(0,t0)なる表現

と比較してGreen関数:Gに対する式と見れば,

 

G(x;x0)=G0(x;x0) +Σj=1n∫d3jΔtj0(x;x1)

V(xj)G0(x1;x0) です。

 

 さらに,t2>t1なる時刻t=t2においてt=t2からt=t2+Δt2

 の間に,もう1つの広義ポテンシャルV(2,t2)のスイッチがオンに

 されるなら,前と同様これによる追加波は,

 ΔΨ(x)=∫d32Δt20(x;x2)V(x2)Ψ(x2)

 となります。

 

ところが,まだV(2,t2)のスイッチがオフの状態でのt=t2

おける波動Ψ(x2)は,

 

Ψ(x2)=i∫d30[G0(x2;x0)

+∫d31Δt10(x2;x1)V(x1)G0(x1;x0)]φ(x0)

で与えられるはずです。

 

そこで,これをΔΨ(x)=∫d32Δt20(x;x2)V(x2)Ψ(x2)

の右辺のΨ(x2)に代入すれば,

 

ΔΨ(x)=i∫∫d3032Δt2[G0(x;x2)V(x2)

{G0(x2;x0)+∫d31Δt10(x2;x1)V(x1)G0(x1;x0)}

φ(x0)] なる表式を得ます。

 

故に,全体では

ψ(x)=i∫d30{G0(x;x0)

+∫d32Δt20(x;x2)V(x2)G0(x2;x0)

+∫∫d32Δt231Δt10(x;x2)V(x2)G0(x2;x1)V(x1)

0(x1;x0)}φ(x0)

 

=φ(x)+∫d31Δt10(x;x1)V(x1)G0(x1;x0)φ(x0)

+∫d32Δt20(x;x2)V(x2)G0(x2;x0)φ(x0)

+∫∫d32Δt231Δt10(x;x2)V(x2)G0(x2;x1)

V(x1)G0(x1;x0)}φ(x0)

です。

 

これを反復すれば一般のn個の広義ポテンシャルの作用の結果の波動

として,ψ(x)=φ(x)

+Σj=1n∫d3jΔtj0(x;xj)V(xj)G0(xj;x0)φ(x0)

+Σj,k=1n∫∫d3jΔtj3kΔtk0(x;xj)V(xj)

0(xj;xk)V(xk)G0(xk;x0)φ(x0)+..

を得ます。

 

 そして,これをGreen関数:Gに対する式と見れば,

 G(x;x0)=G0(x;x0)

 +Σj=1n∫d3jΔtj0(x;xj)V(xj)G0(xj;x0)

 +Σtj>tk∫∫d3jΔtj3kΔtk0(x;xj)V(xj)

 G0(xj;xk)V(xk)G0(xk;x0)+..

 となります。

 

 ここで,t<t0ならG0(x;x0)=G0(,t;0,t0)≡0 と定義

 すればtj>tk etc.の時間順序の制限を省くことができます。

 

 このように,波が未来にのみ伝播するという境界条件を持つG0

自由粒子の遅延Green関数(retarded Green's function),または遅延伝播関数(retarded propagator)として知られています。

 

 これは,物理的にはHuygensの要素波ΔΨのi番目の反復によるものは

時刻t=ti以後でないと現われないことを意味します。

 

 連続的反復の極限を考えると,相互作用時間Δtjにわたる総和;

 ΣjΔtj etc.はdtにわたる積分に置換され, 

 G(x;x0)=G0(x;x0)+∫d410(x;x1)V(x1)G0(x1;x0)

 +∫∫d4j4k0(x;x1)V(x1)G0(x1;x2)

 V(x2)G0(x2;x0)+..

 と書けます。

 

 ただし,d4x≡d3xdx0=d3dtです。

 

 この右辺の複合散乱級数が収束するなら形式的にGは方程式:

 G(x;x0)=G0(x;x0)+∫d410(x;x1)V(x1)G(x1;x0)

 を満たすことになります。

 

そこで,G0(x;x0)だけでなくG(x;x0)も"t<t0ならG(x;x0)=0 を満たす遅延Green関数"となることに注意します。

  

これは,因果律(causality)の基本的概念から要求される条件を確かに満たすものです。

 

一見してわかるように,漸化式:

(x;x0)=G0(x;x0)+∫d410(x;x1)V(x1)G(x1;x0)

は既知のVとG0から反復法によってGを見出す手続きを与えます。

 

それ故,これはtよりも早い時刻t0での波動関数Ψ(x0)がわかれば

時刻tでの波動関数Ψ(x)を見出せる手続きを与えます。

 

特に,散乱問題を解く際には,波ψが遠い過去に散乱体の相互作用領域に近づく1粒子を示すときの遠い未来でのψを知る必要があります。

 

そして,散乱問題を正しく定義するためには,初期時刻には如何なる相互作用も存在してはならず,ψは要求された初期条件を有する自由粒子の波動方程式の解φである必要があります。

 

この条件を成立させる数学的な1つの処方は,t→-∞ に対して,

(,t)を断熱的に(無限に緩慢に)消してゆくことで相互作用

の時間を局所化することです。

 

すなわち,遠い過去には散乱波は全く無く,未来の波は,

Ψ(,t)=i∫d30G(,t;0,t0)Ψ(0,t0)

で与えられるわけです。

 

これはΨ(,t)

=lim t0→-∞ i∫d30G(,t;0,t0)φ(0,t0)

と表現できます。

 

右辺のGをG(,t;0,t0)=G0(,t;0,t0)

+∫d410(,t;1,t1)V(1,t1)G(1,t1;0,t0)

で表現すれば,

 

これは,Ψ(,t)=lim t0→-∞ i∫d30[G0(,t;0,t0)

+∫d410(,t;1,t1)V(1,t1)G(1,t1;0,t0)]

φ(0,t0) と書けます。

 

したがって,結局,

Ψ(,t)=φ(,t)+∫d410(,t;1,t1)V(1,t1)

Ψ(1,t1)という波動関数についての表式を得ます。

 

 しかし,今までのところは,これで現実に何らかの方程式を解いた

 わけ ではありません。

 

 何故なら,上式には右辺にも未知関数Ψがあるからです。

 

 しかし,こうした表式を得たことから摂動ポテンシャルVが小さい場合には与えられた境界条件を満たす解を求める直接的な近似法を獲得したことになります。

 

 ところで,当面の問題として興味があるのはt→ ∞ での散乱波の形状です。

 

 この極限では,粒子ψは相互作用領域から出て再び自由粒子の波動方程式の解になります。

 

この条件を確実にするため,前のt→-∞ のときと同じく相互作用を断熱的に消します。

 

散乱波に関する全ての情報は種々の終状態φfに到る粒子の確率振幅から得ることができます。

 

ただし,φf(,t)=(2π)-3/2exp(if-iωft)です。

 

そして,こうした情報は与えられた入射波:φi(,t)からt→ ∞

の極限で到達する波に関するものとして得られます。

 

 与えられた始状態と終状態の対(f,i)に対する確率振幅fiは散乱演算子,または散乱行列S(S-matrix)の1つの要素です。

 

 これは, 

fi≡lim t→∞∫φf*(,t)Ψi(+)(,t)d3

=lim t→∞∫φf*(,t)[φi(,t)

+∫d300(,t;0,t0)V(0,t0i(+)(,t)]

 

=δ3(fi)+lim t→∞∫d30∫d4xφf*(,t)

0(,t;0,t0)V(0,t0i(+)(,t)

で定義されます。

 

ただしΨi(+)(,t)は,

Ψ(,t)=φ(,t)

+∫d410(,t;1,t1)V(1,t1)Ψ(1,t1)の解Ψの1つ

t→-∞ では運動量がiの入射平面波に帰するという境界条件

満たすものです。

 

t→±∞ というのは,tが粒子が相互作用領域にはいない,あるいはVがスイッチ-オフされているときの任意の遠い過去,未来の時刻:±Tに近づくことを意味します。

 

特に,t=±∞ は粒子が生み出されたり検出されたりする時刻を意味

します。

 

ところで,Ψi(+)(,t)は,

ψi(+)(,t)=φ(,t)+∫d410(,t;1,t1)V(1,t1)

Ψi(+)(1,t1)の右辺のΨi(+)(1,t1)への初期値:φi(1,t1)

からの反復代入により多重散乱級数に展開できます。

 

 そして,この展開の個々の項を模式図に書くと,後述するダイアグラム

 (Feynman diagram)に対応することがわかります。

 

今日はここまでにします。(つづく)

 

参考文献: J.D.Bjorken & S.D.Drell“Relativistic Quantum Mechanics”(McGraw-Hill),L.I.schiff(シッフ)著,(井上健 訳)「量子力学(下)」(吉岡書店)

   

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