散乱の伝播関数の理論(8)
散乱の伝播関数の理論の続きです。
すぐ後で必要となるので,自由粒子のDirac方程式:
(iγμ∂μ-m)Ψ(x)=0 の一般解Ψ(x)の導出過程を
復習します。
2行2列のPauliのスピン行列をσ=(σ1,σ2,σ3)とします。
また,同じく2×2行列ですが単位行列を12とします。
です。
Pauli行列の主要な性質として,交換関係:[σi,σj]
≡σiσj-σjσi=2iεijkσk,および,
反交換関係:{σi,σj}+≡σiσj+σjσi=2δij
が成立する,ということがあります。
ただし,[A,B]≡AB-BA,{A,B}+≡AB+BAです。
4行4列の行列:βを2つの2×2対角細胞が12,-12で
非対角細胞が02の対角細胞型行列とします。
また,4行4列の行列ベクトル:α=(α1,α2,α3)を対角成分
が 02で,2つの非対角成分が共にσ=(σ1,σ2,σ3)である行列
とします。
容易にわかるように,{αi,αj}+=αiαj+αjαi=2δij,
{αi,β}+=αiβ+βαi=0,β2=1です。
そこで,γ0≡β,γ≡βα,or (γ1,γ2,γ3)≡(βα1,βα2,βα3)
なる表示を採用すると,これらの{γμ}μ=0,1,2,3は確かにDirac行列
が満たすべき条件:{γμ,γν}+=2gμνを満足します。
ただし,Minkowski計量(metric)としては,g00=1,g0i=0,
gij=-δijを採用しています。
Dirac方程式(iγμ∂μ-m)Ψ(x)=0 の解である波動関数
(Dirac-spinor):Ψ(x)は4行1列の縦ベクトルです。
(※ 余談ですが,世界がd次元のMinkowski時空なら,その時空で
の Dirac-spinor(スピノール)は,2成分-spinorの(d/2)個の直積
(=tensot:テンソル)で与えられるため,その次数は,2d/2 です。)
このDirac方程式の変数分離解をΨ(x)=w(p)exp(-ipx)と
書けば,w(p)も4元spinorで,方程式:(γμpμ-m)w(p)=0
を満足します。
粒子の4元運動量は自然単位でpμ=(E,p)ですが,特に粒子と
共に運動していて,粒子が静止している(p=0)と見える"運動座
標系=静止系"S0では,pμ=(E,p)=p0μ≡(±m,0)です。
(↑ ※p0μ=(±m,0)として,負の静止エネルギー:E=-mの解
も捨てず,率直に独立解として採用するのがミソです。)
このS0系での変数分離解は,p0μ=(±m,0)の±に応じて,
Ψ0(x)=w(0)exp(-imt),または,Ψ0(x)=w(0)exp(imt)
です。
そこで,(iγμ∂μ-m)Ψ(x)=0;Ψ(x)=w(p)exp(-ipx)
による(γμpμ-m)w(p)=0 は,p00=mならγ0w(0)=w(0),
p00=-mならγ0w(0)=-w(0) です。
したがって,静止系での変数分離解Ψ0(x)は,γ0w±(0)=±w±(0)
(複号同順)を満たすγ0の2つの独立な固有ベクトルw±(0)を用いて
Ψ0+(x)=w+(0)exp(-imt),および,
Ψ0-(x)=w-(0)exp(imt) と表わされます。
γ0の固有ベクトルw±(0)のうち,固有値+1の固有ベクトル:
w+(0)は,t(1,0,0,0),t(0,1,0,0)の1次結合で与えられます。
また,固有値が-1の固有ベクトルw(-)(0)は,t(0,0,1,0),
t(0,0,0,1)の1次結合です。
そこで,独立な4つを改めて,w(1)(0)≡t(1,0,0,0),
w(2)(0)≡t(0,1,0,0),w(3)(0)≡t(0,0,1,0),
w(4)(0)≡t(0,0,1,0) と定義します。
すると,静止系での4つの独立解は,
ψ0(r)(x)=w(r)(0)exp(-iεrmt)(r=1,2,3,4)
で与えられることになります。
ただし,符号関数εrは,εr≡1 (r=1,2),εr≡-1 (r=3,4)
で定義されます。
したがって,静止系での自由粒子の一般解Ψ0(x)は,Ψ0(r)(x)の
1次結合で表わせます。
一方,Lorentz変換(4次元回転):x'μ=aμνxν,
または略記法でx'=axに伴なう波動関数のLorentz回転:
Ψ'α(x')=Ψ'α(ax)≡Sαβ(a)Ψβ(x) (成分表記)
または,Ψ'(x')=Ψ'(ax)=S(a)Ψ(x) (行列表記)
を考えます。
x'=ax より,その逆変換:a-1対しx=a-1x'ですから,
Ψ'(x')=S(a)Ψ(a-1x'),つまり,
Ψ'(x)=S(a)Ψ(a-1x)です。
他方,Ψ(x)=S(a-1)Ψ'(ax),Ψ(x)=S-1(a)Ψ'(ax)より,
S(a-1)=S-1(a)なる関係が成立することがわかります。
また,∂/∂xμ=(∂x'ν/∂xμ)(∂/∂x'ν)ですから,
x'ν=aνμxμより.∂μ=aνμ∂'νです。
そこで,Dirac方程式:(iγμ∂μ-m)Ψ(x)=0 にx=a-1x',
および,Ψ(x)=S-1(a)Ψ'(x')を代入して,左からS(a)を
掛けると,[iS(a)γμS-1(a)aνμ∂'ν-m]Ψ'(x')=0
を得ます。
それ故,aνμS(a)γμS-1(a)=γν,つまり,
aνμγμ=S-1(a)γνS(a)であれば,
上式は(iγν∂'ν-m)Ψ'(x')=0 となって,
方程式が相対論的に共変(covariant)になります。
特に,aμν=gμν+Δωμν;Δωνμ=-Δωμνと書けて,
Δωμνが微小の場合の微小Lorents変換を考えます。
これに対する4×4変換行列S(a)をΔωμνの1次まで展開して
1次の係数行列を,-(i/4)σμνと表現すれば,
S(a)=1-(i/4)σμνΔωμν+O(Δω2) です。
今のところ,σμνは未知の4次行列ですが,以下でそれを具体的に
決定します。
O(Δω2)が無視できる無限小変換では,
S(a)=1-(i/4)σμνΔωμν,
S-1(a)=1+(i/4)σμνΔωμνより,
aμνγν=S-1(a)γμS(a)は,
Δωμνγν=-(i/4)Δωαβ(γμσαβ-σαβγμ)
となります。
ここで,Δωμνγν=gμαΔωανγν
=gμαΔωαβgβνγν=gμαΔωαβγβ
=gμβΔωβαγαにより,
Δωμνγν=(1/2)(gμαΔωαβγβ+gμβΔωβαγα)
=(1/2)Δωαβ(gμαΔγβ-gμβγα) を得ます。
故に,(1/2)Δωαβ(gμαΔγβ-gμβγα)
=-(i/4)Δωαβ(γμσαβ-σαβγμ)ですから,
2i(gμαΔγβ-gμβγα)=[γμ,σαβ] です。
結局,無限小変換では,S(a)=1-(i/4)σμνΔωμν;
σμν=(i/2)[γμ,γν]であることがわかります。
さて,無限小ではなく一般の有限なLorentz変換を上記の無限小
変換を継続的に無限回反復した結果として評価するため,Δωμν
をΔωμν≡Δω(In)μνと表現します。
ただし,Δωは軸:nのまわりの無限小Lorentz回転の回転角を表わす
無限小パラメータとし,Inはこの軸nについての単位Lorentz回転を
示す4×4行列とします。
※(注):3次元空間の回転なら,例えばz軸の回りのxy平面上の
角度φの回転なら,
x'=xcosφ-ysinφ,y'=xsinφ+ycosφ,z'=z
です。
これはφが無限小回転角:Δφなら,
x'=x-yΔφ,y'=xΔφ+y,z'=zですから,
行列形では,t(x',y',z')=t(x,y,z)+Δφt(―y,x,0)
={1+Δφ(Iz)}t(x,y,z) と書けます。
これによって,3次元の場合の対応する3×3行列Izを定義します。
ただし,t(x,y,z)は行ベクトル(x,y,z)の転置(transport)
である縦ベクトルを意味します。
同様に,x軸,y軸のまわりの回転に対する3×3行列Ix,Iyも
定義できます。(注終わり)※
さて,Δωμν=Δω(In)μν,Δω≡ω/Nとして,
Δω回転のN回の反復でωになる変換を考えます。
刻みNが無限大の極限では,
aμν=lim N→∞ Πn=1N{1+(ω/N)In}μν
={exp(ωIn)}μν,またはxμ=aμνxν
={exp(ωIn)}μνxν
が得られます。
そして,これに伴なうspinorの変換は,
S(a)αβ={1-(i/4)Δω(σμνInμν)}αβより,
Δωが一般の有限の角度ωなら,
S(a)αβ=exp{-(i/4)ω(σμνInμν)}αβ
= exp{-(1/8)ω[γμ,γν]Inμν}αβ です。
特に,x軸に沿って無限小の速度Δv=Δβ=Δωで運動する
座標系への無限小変換は,
x'0=x0-Δβx1,x'1=x1-Δβx0
です。
そこで,Lorentz変換:aμν=gμν+Δωμν;Δωνμ=-Δωμν
では,Δω01=Δω10=-Δβ以外の全てのΔωμνはゼロです。
この場合,有限変換ではx'μ={exp(ωIn)}μνxνであり,
x'0=x0coshω-x1sinhω,x'1=x1coshω-x0sinhω,
x'2=x2,x'3=x3 と書けます。
これに対応するLorentz変換は相対速度がv=β=tanhωの変換
です。
このとき,coshω=1/(1-β2)1/2,sinhω=β/(1-β2)1/2です。
よって,確かに無限小変換ではΔβ=Δωを満たしています。
さて,spinorの無限小変換はΔω01=-Δω10=Δω=Δβなので,
S(a)=1-(i/4)σμνΔωμνは,S(a)=1-(iΔω/2)σ01で,
σ01=(i/2)[γ0,γ1]=iγ0γ1=-iγ0γ1=-iβ2α1=-iα1
です。
それ故,S(a)=1-Δωα1/2です。
有限変換では,(α1)2=1ですからS(a)=exp(-ωα1/2)
=cosh(ω/2)-α1sinh(ω/2)です。
そして,系Sで粒子が速度v=βで運動することは,粒子に対して
静止しているS0系に対し系Sが相対速度-v=-βで運動する
ことに同等です。
したがって,静止系S0でpμ=(m,0)の正エネルギー粒子がS0に
対して相対速度-v=-βで運動するS系では,
x'0=x0coshω-x1sinhω,x'1=x1coshω-x0sinhω,
x'2=x2,x'3=x3 に対応して,
pμ=(E,p)なる表示で,E=mcoshω,p1=-msinhω,
p2=p3=0 なので,β=-tanhω=p/Eです。
ただし,p=|p|=p1です。
故に,tanhω=-p/Eにより,tanh(ω/2)=-p/(E+m),
cosh(ω/2)={(E+m)/(2m)}1/2を得ます。
一方,静止系S0でpμ=(-m,0)の負エネルギー粒子がS0に対し
相対速度-βで運動するS系では,
pμ=(-E,-p)(E>0)なるエネルギー表示で,
tanh(ω/2)=p/(-E+m)=-p/(E-m),
cosh(ω/2)={(E-m)/(2m)}1/2 です。
以上から,自由粒子波動関数の4つの独立な解は,
Ψ(r)(x)=w(r)(p)exp(-iεrpx),
w(r)(p)=S(a)w(r)(0)
={cosh(ω/2)-α1sinh(ω/2)}w(r)(0)
であり,
w(1)(0)≡t(1,0,0,0),w(2)(0)≡t(0,1,0,0),
w(3)(0)≡t(0,0,1,0),w(4)(0)≡t(0,0,1,0)
であることがわかりました。
Pending・・・
(参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell "Relativistic Quantum Mechanics" (McGraw-Hill)
(後記):この記事がPendingになっているのを,長期間,
うっかりして忘れていました。続きは別記事にします。
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