散乱の伝播関数の理論(10)
散乱の伝播関数の理論の続きです。
まず,前記事最後でt→∞ ではΨ(x)-ψ(x)=∫d3pΣr=12ψp(r)(x)[-ie∫d4yψp(r))~(y)γμAμ(y)Ψ(y)],t→-∞ ではΨ(x)-ψ(x)=∫d3pΣr=34ψp(r)(x)[+ie∫d4yψp(r)~(y)γμAμ(y)Ψ(y)]なる公式を得ました。
上の表現と非相対論的量子論でのS行列の定義:Sfi≡limt→∞∫φf*(x)ψi(+)(x)d3rを比較して時刻t0=y0での波動関数Ψ(y)を上記定義の入射波ψi(+)(x)と同一視してΨi(y)と書くことにします。
すると,t→∞ ではSfi-δfi=limt→∞∫d3rψf~(x)∫d3pΣr=12ψp(r)(x)[-ie∫d4yψp(r)~(y)γμAμ(y)Ψi(y)],t→-∞ ではSfi-δfi=limt→-∞∫d3rψf~(x)∫d3pΣr=34ψp(r)(x)[+ie∫d4yψp(r)~(y)γμAμ(y)Ψi(y)]となります。
※以下,簡単のためにγμAμ(y)をA(y)と表記することにします。
よって,S行列要素を電子の空孔理論に基づく散乱への拡張は[ ]の中の表式に一致してSfi=δfi-ieεf∫d4yψf~(y)A(y)Ψi(y)と書けます。
ただし,ψf(y)は量子数fを持って出現する終状態の自由波です。
これは未来における正振動数解に対しては符号εf=+1を持ち,過去における負振動数解に対しては符号εf=-1を持ちます。
一方,Ψi(y)はy0 →-∞ では量子数iを持つん入射波ψi(y)に帰着します。
他方,y0 →+∞ ではΨ(x)=ψ(x)+e∫d4ySF(x-y)A(y)Ψ(y)の解に対応し,Feynmanの境界条件に従って過去に伝播する入射の負振動数の波に帰着する入射波です。
※(訳注):すなわち,未来への散乱ではSfi=lim x0→∞∫ψf+(x)Ψi(x)d3r,過去への散乱ではSfi=lim x0→-∞∫ψf+(x)Ψi(x)d3rです。
そしてSF(x-x0)=-iθ(t-t0)∫d3pΣr=12ψp(r)(x)ψp(r)~(x0)+iθ(t0-t)∫d3pΣr=34ψp(r)(x)ψp(r)~(x0)です,
そこで,ψf(x)≡∫d3pfΣrf=12Crf(pf)ψpf(rf)(x)と置くとψf+(x)≡∫d3pfΣrf=12Crf(pf)*ψpf(rf)+(x)ですから,x0 →+∞ の極限では∫d3rψf+(x)SF(x-y)=-i∫d3pd3pf∫d3rΣr,rf=12Crf(pf)*ψpf(rf)+(x)ψp(r)(x)ψp(r)~(y)です。
r=rf=1,2なら∫d3rψpf(rf)+(x)ψp(r)(x)={m/(EEf)1/2}∫(2π)-3exp{-i(p-pf)x}w(rf)+(pf)w(r)(p)d3r={m/(EEf)1/2}w(rf)+(pf)w(r)(p)exp{-i(E-Ef)t}δ3(pf-p)です。
故に,∫d3pd3rψpf(rf)+(x)ψp(r)(x)=(m/Ef)w(rf)+(pf)w(r)(pf)=δrfrです。以上から,∫d3rψf+(x)SF(x-y)=-iψf~(y)を得ます。
したがって,Sfi=limx0→∞∫ψf+(x)Ψi(x)d3r=∫ψf+(x)ψi(x)d3r+limx0→∞e∫d4y[∫d3rψf+(x)SF(x-y)]A(y)Ψi(y)=δfi-ie∫d4yψf~(y)A(y)Ψi(y)(前方(未来)散乱)を得ました。
同様にして,ψf(x)≡∫d3pfΣrf=34Crf(pf)ψpf(rf)(x)と置くと,Sfi=limx0→-∞∫ψf+(x)Ψi(x)d3r=δfi+ie∫d4yψf~(y)A(y)Ψi(y)(後方(過去)散乱)も得られます。(訳注終わり)※
得られた公式:Sfi=δfi-ieεf∫d4yψf~(y)A(y)Ψi(y)は通常の散乱過程だけでなく電子-陽電子の対生成(pair-production)や対消滅(pair-annihilation)を計算するルールも含んでいます。
さて,まずこのルールを通常の電子の散乱過程に適用します。
この過程ではy0 →-∞ ではΨi(y)は正エネルギーの入射平面波ψ(+)i(y)に帰着します。
よって,散乱行列要素:Sfi=δfi-ie∫d4yψf~(y)A(y)Ψi(y)の第n次の寄与は,-ien∫..∫d4y1..d4ynψf~(yn)A(yn)SF(yn-yn-1)A(yn-1)..SF(y2-y1)A(y1)ψ(+)i(y)です。
※(訳注):何故なら,Ψi(y)=ψi(y)+e∫d4y1SF(y-y1)A(y1)Ψi(y1)=ψi(y)+e∫d4y1SF(y-y1)A(y1)[ψi(y1)+e∫d4y2SF(y1-y2)A(y2)Ψi(y2)]=ψi(y)+e∫d4y1SF(y-y1A(y1))ψi(y1)+e2∫d4y1d4y2SF(y-y2)A(y2)SF(y2-y1)A(y1)Ψi(y1)です。
故に,反復代入の逐次近似法でΨi(y)=ψi(y1)+e∫d4y2SF(y1-y2)A(y2)Ψi(y2)]=ψi(y)+e∫d4y1SF(y-y1)A(y1)ψi(y1)+.. +en∫..∫d4y1..d4yn-1SF(y-yn-1)A(yn-1)..SF(y2-y1)A(y1)ψ(+)i(y1)+..を得ます。(訳注終わり)※
Sfiの寄与:-ien∫..∫d4y1..d4ynψf~(yn)A(yn)SF(yn-yn-1)A(yn-1)..SF(y2-y1)A(y1)ψi(y1)は図6.5(b)のFeyman-diagramに対応する過程を含んでいます。
つまり,3次の寄与を考えると点3のポテンシャルで散乱された追加波がe∫d4y1SF(y2-y1)A(y1)ψi(y1)で与えられます。
(再掲)図6.5:陽電子理論での時空diagramの例
これに左からψf~(y2)を掛けてd4y2で積分すると,y20<y10である過程にわたる積分のため,追加の波が負振動数を含むときには陽電子を生じる確率も存在して,このS行列の3次のオーダーに含まれます。
対生成(対創生)のグラフの計算をするためにSfi=δfi-ieεf∫d4yψf~(y)A(y)Ψi(y)におけるΨi(y)としてy0 →∞ のとき負振動数の自由平面波ψ(-)i(y)に帰着する解を代入します。
この負振動数の自由平面波解はy0 →∞ の極限で量子数(p+,s+,ε=-1)を持った負エネルギーの波:ψ(-)i(y)≡(m/E+)1/2(2π)-3/2v(p+,s+)exp(ip+x)に帰します。
他方,ψf~(y)としては,量子数(p-,s-,ε=+1)で分類される正エネルギー解を採用します。
空孔理論の基本的法則によって運動量:p+と偏極(spin):s+を持つ陽電子の存在は運動量:-p+と偏極(spin):-s+を持つ負エネルギー電子の欠損(不在)を意味します。
この意味でψ(-)i(y)=(m/E+)1/2(2π)-3/2v(p+,s+)exp(ip+x)は規格化された運動量:-p+とスピン:-s+を持つ負エネルギー解となっています。
v(p+,s+)は運動量:-p+を持つスピンの射影演算子:Σ(s)の固有状態です。
v(p,s)が静止S0系でのσs0v(p0,s0)=-v(p,s0)の固有状態で定義されるように,v(p+,s+)は静止S0系でスピン:-s+0を持ち一般系ではスピン:-s+を持っています。
または,v(p+,s+)=C^u~T(p+,s+)です。ただしC^はこのγ行列表示ではC^=iγ2γ0で与えられる荷電共役演算子です。
伝播関数定式化では,陽電子をxで生成し,それが相互作用領域から時空の前方(未来)に伝播してx'で与えられた状態(p+,s)へ伝播する振幅を,x'から相互作用領域へと後方(過去)に伝播してxで消滅される運動量:-p+とスピン:-s+を持つ負エネルギー電子に対する振幅と同一視してきました。
そこで対生成に対する遷移振幅を場によって負エネルギー電子が散乱して未来に伝播する正エネルギー状態の中に出現するような相互作用領域と過去に向かう負エネルギー電子の経路の跡をたどることを結び付けて考えます。
同様なやり方で対消滅の振幅を計算するためにSfi=δfi-ieεf∫d4yψf~(y)A(y)Ψi(y)におけるΨi(y)としてy0 →-∞ のとき正振動数の自由平面波ψ(+)i(y)に帰着する解を代入します。
この正エネルギー電子は時間前方に伝播して相互作用領域へと向かい,そこで時間後方に散乱されて負エネルギー状態に出現します。
電子が量子数(p+,s+,ε=-1)で分類される与えられた"終状態"ψ(-)f(y)へと散乱されるn次の振幅は,ien∫..∫d4y1..d4ynψ(-)f~(yn)A(yn)SF(yn-yn-1)A(yn-1)..SF(y2-y1)A(y1)ψ(+)i(y1)です。
空孔の言葉では,これは電子が自由運動量:-p+とスピン:-s+の負エネルギー状態へと散乱してゆくn次のオーダーの寄与です。
この状態はy0 →-∞ では空になっている必要があります。すなわち,1つの孔,または1つの陽電子が自由運動量:p+とスピン:s+を持って存在していることが必要です。
最後に陽電子散乱を記述するためにはSfi=δfi-ieεf∫d4yψf~(y)A(y)Ψi(y)における入射波を量子数:p+',s+',ε=-1を持つ負振動数解で置き換えます。
これは運動量(p+',s+')を持って出てゆく陽電子を示すものです。
短かいですが今日はここまでにします。
参考文献: J.D.Bjorken & S.D.Drell "Relativistic Quantum Mechanics" (McGraw-Hill)
PS:まったくぅ。お役所仕事は。。。
6月4日に面接後,先週末の6月11日土曜日に6月9日付で就労許可申請が通ったという旨の通知が来ました。
そこで,あまり内部確認せず,今日14日月曜にさっそく仕事に行ったら,仕事開始の許可は別途21日からだなんて,こちらは1日でも早く仕事に就きたいのに。。。
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コメント
>量子論の解釈は物理として興味はないけど、SFネタとしては使えます。
http://arxiv.org/PS_cache/arxiv/pdf/0706/0706.1347v1.pdf
The above thesis insists the following content.
>The TSVF is equivalent to the standard quantum mechanics, but it is more convenient for analyzing the pre-and post-selected systems and allowed to see numerous surprising quantum effects.
投稿: 凡人 | 2010年11月 6日 (土) 11時04分
>「この宇宙の時間をアニメ内で流れる時間とすると、別の時間はアニメ製作に使った時間だ。」
さしずめ、
アニメの外の時間=実数時間⇒アニメの外の空間=ミンコフスキー空間
アニメの内の時間=Wick回転した虚数時間⇒アニメの内の空間=ユークリッド空間
といったところでしょうか?
投稿: 凡人 | 2010年11月 6日 (土) 02時15分
>他人に質問,相談するような方法ではわかったような気になっても本当は納得できてない
言葉にされると、同感だと気付きますねー。(わかった気になるのも困難だけど)
説明をヒントに、とにかく自分で計算・証明するしかないってのが王道ですね。(イメージ作るのも計算の内)
量子論の解釈は物理として興味はないけど、SFネタとしては使えます。
たとえば現実の時間とは違う追加された別の時間を使って確率過程量子化する話を聞くと、「この宇宙の時間をアニメ内で流れる時間とすると、別の時間はアニメ製作に使った時間だ。」などと話を作れるなー・・なんてね。
投稿: hirota | 2010年11月 5日 (金) 15時17分
EMANさんの談話室では、歯牙にかけていただきまして大変ありがとうございました。
ところで、凡人目線で申し訳ありませんが、「ギドラ」と心中するぐらいだったら、"Slaying Smokey Dragon"と心中したほうがまだマシだと思いました。
http://www.qedcorp.com/pcr/pcr/qmotion.html
投稿: 凡人 | 2010年6月18日 (金) 22時17分
>自分で理解できるまでは死ぬまででもPpendingのままとい性格です。
「巨大な灰色ドラゴン」と心中するくらいだったら、どんなに弱くても良いから、「緑ドラゴン」と心中したいと思っているのは私だけでしょうか?
http://nethack-users.sourceforge.jp/hackaholic/index.php?%CE%D0%A5%C9%A5%E9%A5%B4%A5%F3%A4%CE%BB%D2%B6%A1
投稿: 凡人 | 2010年6月13日 (日) 12時09分
TOSHIです。
この記事「伝播関数の理論」は前の「超弦理論」と同じく既にノートがあるので"ツナギ=アリバイ"として書いています。
しかし,「γ崩壊とメスバウアー効果」はその続きとして先日勉強したばかりの「磁性の古典論」を参考資料として書きました。
「γ崩壊とメスバウアー効果」や「遅延選択実験」などは単に過去の勉強履歴の紹介ではなく,現在新たに仕入れて私自身が勉強中のモノや私自身結論がはっきりしていないモノです。
こうした私にとって勉強,または研究中の課題については,せかすこと無く辛抱強くお待ちください。(上から目線でゴメンなさい。)
現在進行中のモノの場合には,たった1行の式,,たった一言の言葉がわからなく1年以上悩むこともあります。そしてそのまま路頭に迷ったきりのことも。。
私の場合,文章で他人に質問,相談するような方法ではわかったような気になっても本当は納得できてないことを多々経験しています。
(他人に強いるモノではなくあくまで私自身の狭い経験の中ですが。。。)
そのせいか,自分で理解できるまでは死ぬまででもPendingのままでいい,安易に「ワカリました。」とは言わないという性格になってきています。
TOSHI
PS:ボーム理論,ネルソン理論など正しい哲学的解釈,つまり,いくら巧妙に見えても実は古典的実在論では無くて,量子力学の実験結果を正しく説明できる量子論の解釈については主流のコペンハーゲン解釈と同じく,私は問題ないことに異論や反対はありません。
多世界解釈,デコヒーレンスのような観測問題に関わることなら興味は尽きませんが,量子論自身の解釈の深化についての話なら,頭の中の自分自身の哲学的常識にこれという信念がないので,賛成も反対も無いしそれほど興味ありません。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2010年6月13日 (日) 10時41分