散乱の伝播関数の理論(15)(応用2-3)
散乱の伝播関数の理論の続きです。
ここまでの最低次近似の電子-陽子散乱についてさらなる高次補正
を与えます。
ただし,Feynman-rulesが与える手順によって定められる計算式の
導出が主目的ですから,行列のトレースの評価等,具体的な計算結果
を追求するものではありません。
§7.5 Higher-order Corrections to Electron-Proton Scattering
(電子-陽子散乱の高次補正)
ここまでの電子-陽子散乱の計算結果は,S行列要素Sfiではeと
ep(=-e)の1次,遷移確率では,e2ep2の1次のオーダーまで
で正しいに過ぎません。
その次に高次の補正を得るには「散乱の伝播関数(10)」で与えた
S行列要素の近似表現,つまり,
Sfi=δfi-ie∫d4yψf~(x)A(x)Ψi(x)のn次の寄与:
-ien∫..∫d4y1..d4ynψf~(yn)A(yn)SF(yn-yn-1)
A(yn-1)..SF(y2-y1)A(y1)ψ(+)i(y)
に戻る必要があります。
この式から,電子と陽子の間のeの2次の補正は,
Sfi(2)=-ie2∫d4xd4yψf~(x)A(x)SF(x-y)
A(y)ψi(y) です。
この式における電磁ポテンシャル:Aμ(x),Aν(y)も再び電磁
カレントによって生起されます。
この場合のカレントを決めるために,Aμ(x),Aν(y)と相互作用
する2次のカレントの形を見ます。
1次の計算におけると同様,Sfi(2)の2次の電子カレントは,
iψf~(x)γμSF(x-y)γνψi(y)
=ψf~(x)γμ{Σn;p0>0θ(x0-y0)ψn(x)ψn~(y)
-Σn;p0<0θ(y0-x0)ψn(x)ψn~ (y)}γνψi(y)
で与えられます。
先頭の因子iはカレントを2つのカレント積で表わすためです。
ここで,「散乱の伝播関数(10)」で得た式:
SF(x-x0)=-iθ(t-t0)∫d3pΣr=12ψp(r)(x)ψp(r)~(x0)
+iθ(t0-t)∫d3pΣr=34ψp(r)(x)ψp(r)~(x0)
を用いました。
電磁ポテンシャルは,Aμ(x)=ε0-1∫d4yDF(x-y)Jμ(y);
Jμ(y)=epψpf~(x)γμψpi(y)で与えられます。
これから2次のカレントから生起されるAμ(x)Aν(y)の表現が
得られます。
Aμ(x)Aν(y)=ε0-2ep2∫d4wd4zDF(x-w)DF(y-z)
ψf~(w)γμ{Σn;p0>0θ(w0-z0)ψn(w)ψn~(z)-
Σn;p0<0θ(z0-w0)ψn(w)ψn~(z)}γνψpi(z)
=iε0-2ep2∫d4wd4zDF(x-w)DF(y-z)ψpf~(w)γμ
SpF(w-z)γνψpi(z)
です。
ここで,因子DF(x-w)DF(y-z)は,図7.4の光子の2本の内線に
対するFeynman-propaggatorです。
それらは単なる点(dot)で表わされる電子,または陽子との相互作用
頂点(vertex)の間を伝播します。
一方,電子,陽子のそれらの頂点はそれぞれeγλ,epγσの寄与を
します。
電子,陽子内線にはFermi粒子のpropagator:
SF(x-y),SpF(w-z) を対応させます。
これらの因子は,座標空間で書かれたFeynman-graphとS行列要素
の間の対応付けの例です。
Sfi(2)に対する表現を完成させるためには,陽子カレントにもう
一つ項を付け加えて2つの光子の区別不可能性を表現する必要
があります。
すなわち,電子と点xで相互作用する光子が点wで生じたか?,
点zで生じたか?ということをその電子は知りません。
それ故,下図7.5のような可能性も一緒に含む必要があります。
何故なら,光子に対するFeynman-propagatorは正振動数部分のみが
未来に伝播することを保証しますから,4つの点x,y,z,wの相対
的な時間順序が相互作用の中で生じるからです。
したがって,例えばwにおける光子は,対等に電子によって放出され
たり吸収されたりする最初のものにも第二のものにも成り得ます。
そこで,2つの区別できない交換光子の変数を対称化するため,
iε0-2ep2∫d4wd4zDF(x-w)DF(y-z)ψpf~(w)γμ
SpF(w-z)γνψpi(z)に,
項:iε0-2ep2∫d4wd4zDF(x-z)DF(y-w)ψpf~(w)γμ
SpF(w-z)γνψpi(z) を加えます。
これから,
Sfi(2)=-ie2∫d4xd4yψf~(x)A(x)SF(x-y)A(y)ψi(y)
は,Sfi(2)=ε0-2e2ep2∫d4xd4yd4zd4wψf~(x)γμ
SF(x-y)γνψi(y)
[DF(x-w)DF(y-z)ψpf~(w)γμSpF(w-z)γνψpi(z)
+DF(x-z)DF(y-w)ψpf~(w)γμSpF(w-z)γνψpi(z)]
を得ます。
この右辺の2つの項は,座標空間において,対応する
Feynman-diagramからS行列要素を書き下すことに対する同じ
ルールを満足します。
しかし,今までのところ,これらのルールは因子iに関しては幾分
不明確なことに気付きます。
そこで,全体としての因子:(-i)をS行列に結び付け,因子iSpFを
陽子伝播関数(propagator)に結び付けます。
高次のオーダ-においては,全ての陽子伝播関数SpFは同じ理由で
因子iを伴ないます。
そして,各電子内線についてもiSFを対応させ,同時にAに因子:
(-i)を結び付けると,Fermi粒子のpropagatorを統一して考える
規則とすることができます。
すなわち,-ieASFeASF...eA
=(-ieA)(iSF)(-ieA)(iSF)...(-ieA)
とするわけです。
こうすれば全体としての因子:(-i)もAの余分な因子に含まれます。
eAに因子:(-i)を結び付けるのは,全ての電子線における頂点に
対して(-ieγμ)を付与することに相当します。
一方,光子のpropagator:DFにもiを付加して(iDF)に置き換え,
同時に陽子線頂点に(-iepγν)を付与すれば,Fermi粒子に対し
て統一されたルールが得られます。
すなわち,因子:(-i)を電子,陽子の各頂点(vertex)に対応させ,
因子:iを各内線propagatorに対応させます。
以下,一貫してこのルールを仮定します。
実際の計算は,座標空間でなくむしろ運動量空間で実行するのが
有利なので散乱の遷移要素をFourier変換します。
まず.外粒子線(すなわち,入射,散乱の電子,および陽子)の波動関数は
平面波と見なされます。
再び,Sfi(2)=ε0-2e2ep2∫d4xd4yd4zd4wψf~(x)γμ
SF(x-y)γνψi(y)
[DF(x-w)DF(y-z)ψpf~(w)γμSpF(w-z)γνψpi(z)
+DF(x-z)DF(y-w)ψpf~(w)γμSpF(w-z)γνψpi(z)]
から出発します。
右辺第1項のFourier変換のみ考えると,
(ε0-2e4/V2)∫d4xd4yd4zd4w{m2/(EfEi)}1/2
{M2/(EpfEpi)}1/2(2π)-4d4q1(2π)-4d4q2(2π)-4d4p
(2π)-4d4Pexp{-iq1(x-w)}(q12+iε)-1exp{-iq2(y-z)}
(q22+iε)-1[exp(ipfx)u~(pf,sf)γμexp{-ip(x-y)}
(p-m+iε)-1γνu(pi,si)exp(-ipiy)]
[exp(iPfw)u~(Pf,Sf)γμexp{-iP(w-z)}
(P-M+iε)-1γνu(Pi,Si) exp(-iPiz)]
を得ます。
全ての時空座標についての積分を実行すれば,各積分が関わる頂点
x,y,z,wにおけるエネルギー・運動量保存に対応する4次元
δ関数,および(2π)4の因子を生じます。
すなわち,(ε0-2e4/V2){m2/(EfEi)}1/2{M2/(EpfEpi)}1/2
∫d4q1d4q2d4pd4Pδ4(-q1+pf-p)δ4(-q2+p-pi)
δ4(q2+Pf-P)δ4(q1+P-Pi)(q12+iε)-1(q22+iε)-1
[u~(pf,sf)γμ(p-m+iε)-1γνu(pi,si)]
[u~(Pf,Sf)γμ(P-M+iε)-1γνu(Pi,Si)]
です。
これを,さらにd4q2d4pd4Pで運動量積分します。
結果は,(ε0-2e4/V2){m2/(EfEi)}1/2{M2/(EpfEpi)}1/2(2π)4
δ4(Pf+pf-Pi-pi)∫d4q1(2π)-4(q12+iε)-1
{(q-q1)2+iε}-1
[u~(pf,sf)γμ(pf-q1-m+iε)-1γνu(pi,si)]
[u~(Pf,Sf)γμ(Pf+q1-M+iε)-1γνu(Pi,Si)]
です。
ただし,前と同じくqはq≡pf-pi=Pi-Pfで定義されます。
結果,全体としてのエネルギー・運動量保存のδ関数が出現し,
そして運動量空間でのFeynman-diagramにおいて閉曲線(loop)を
描いて走る4元運動量q1にわたる積分が出現することに着目し
ます。
全体としてのエネルギー・運動量保存のδ4と結びついた(2π)4を
除けば,(2π)4因子は全て系統的に相殺されて消えています。
そして,残った(2π)4因子は∫d4q1(2π)-4に伴なう因子(2π)-4が
それを補っています。
運動量空間の図7.6の他の因子については,各頂点は(-ieγμ),
または,(-iepγμ)=(ieγμ)に寄与し,各外線は因子(m/E)1/2,
または,(M/Ep)1/2を持ちます。
内線には因子:i(p-m+iε)-1,i(P-M+iε)を割り当てます。
こうして少しの経験を経ると,与えられたFeynman-diagramを視察
するだけで,
[u~(pf,sf)γμ(pf-q1-m+iε)-1γνu(pi,si)]
[u~(Pf,Sf)γμ(Pf+q1-M+iε)-1γνu(Pi,Si)]
なる形を連想できるようになります。
例えば,図7.7のような運動量空間でのFeynman-graphは座標空間で
の図7.5に対応しており,この振幅は図7.6の陽子のspin因子:
[u~(Pf,Sf)γμ(Pf+q1-M+iε)-1γνu(Pi,Si)]を,
単に[u~(Pf,Sf)γν(Pf+q1-M+iε)-1γμu(Pi,Si)]
で置換しただけ違います。
残りの因子∫d4q1(2π)-4(q12+iε)-1{(q-q1)2+iε}-1[...]
の評価は,初等的に見積もることが困難な4次元積分を含んでいる
ため簡単ではありません。
これは,陽子をCoulom力の点源と見た静電的極限に対してはDalitz
によって計算されました。
この例では,Coulombポテンシャルの到達範囲が無限大であるため,
特殊な困難を生じています。
この記事の目的は一応達成したので,この計算をこれ以上は行なわ
ないことにします。
参考文献: J.D.Bjorken & S.D.Drell“Relativistic Quantum Mechanics”(McGraw-Hill)
PS:いやー惜しかったなあ,もうちょっとで三原じゅん子氏の手を握れた
のに。。もしかしてジジィのスケベな意図がバレタかな?
今日は地蔵通りは"4のつく日=縁日"でした。散歩はお金が無くて
もお茶とワインや,当たり女などのツマミなど屋台の試食や試飲も
バッチリでした。
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