散乱の伝播関数の理論(16)(応用3-1)
散乱の伝播関数の理論の続きです。
このシリーズ記事は6/24以来で,丁度1ヶ月の間があきました。
§7.6 Bremsstrahlung(制動輻射,または制動放射)
※まず,前節の電子-陽子散乱の高次補正のFeynman-diagram
である図7.6,および図7.7を下に再掲します。※
図7.6,図7.7で交換されている2つの量子
(仮想光子:virtual photons)の一方がEinsteinの条件:q2=0
(実光子条件=質量殻条件:real photon or on mass-shell)
を満足することは大いに有り得ることです。
この場合,この量子は電子と陽子との間の交換から脱出できて,
自由輻射,または Bremsstrahlung(制動輻射)として出現します。
散乱過程におけるこの輻射場との相互作用効果を調べるため,
再びSchiffによって発見されたのと,よく似た発見的議論を進
めます。
これらは,Bjorken-Drellテキストのcompanion volume
(場の理論:field theory)で論じる予定の,輻射の厳密に量子論
的な扱いから得られる答と完全に一致し,実験結果と一致する
有益な結果を,より小さい労力で与えます。
さて,運動量kμと偏極(polarization)εμを持つ1つの
"光子(photon)"に相当する4元ベクトルポテンシャルは
平面波で表現することができて,
Aμ(x;k)=(2|k|ε0V)-1/2εμ{exp(-ikx)+exp(ikx)}
と書けます。
ただし,k2=kμkμ=0 です。
偏光ベクトル:εμは単位ベクトル(ε2=εμεμ=-1)であり,
横波条件:εk=εμkμ=0 を満たします。
※(注16-1):電磁ポテンシャルAμの波動方程式が□Aμ=0
(k2=kμkμ=0)となるためには,Lorenzゲージ(gauge):
∂μAμ=0 を取る必要があります。
この条件はεk=εμkμ=0 に相当します。
また,特別なローレンツ系ではεμは純粋に空間的(space-like):
εμ=(0,ε)であり,|ε|=1ですから,
ε2=εμεμ=-ε2=-1 です。
そして,ε2はLorentzスカラーですから,任意のローレンツ系で
ε2=-1(一定:空間的)です。
偏極(偏光):εμが単位6クトルに規格化されているとはこういう
意味です。(注16-1終わり)※
Aμ(x;k)=(2|k|ε0V)-1/2εμ{exp(-ikx)+exp(ikx)}
における規格化定数:(2|k|ε0V)-1/2は,Aμ(x;k)なる平面波
のエネルギーが丁度:ω=k0=|k|になるよう選んだものです。
(ただし,c=1の自然単位です。)
これは,U=(1/2)∫d3x(ε0E2+μ0-1B2)=ε0∫B2d3x
を計算すれば得られます。
(※何故なら,μ0-1=c2ε0=ε0(自然単位))
すなわち,まず,
B=∇×[(2|k|ε0V)-1/2ε
{exp(-ikx)+exp(ikx)}]
=i{|k|/(2ε0V)}1/2(k^×ε){exp(-ikx)-exp(ikx)}
={2|k|/(ε0V)}1/2(k^×ε)sin(kx) です。
ただし,k^≡k/|k| です。
そして,(k^×ε)(k^×ε)=-k^{(k^×ε)×ε}
=k^{ε2 k^-ε(εk^)}
=ε2-(εk^)2=ε2-(ε0k0/|k|)2=ε2-(ε0)2
=-ε2=1 です。
故に,B2={2|k|/(ε0V)}sin2(kx-ωt)ですから,
確かにU=ε0∫B2d3x=|k|=ω を得ます。
以下,散乱の間にそうした1光子が輻射される現象を記述する
散乱振幅(scattering amplitude)を考察します。
ただし,簡単のために静電近似に戻って,電子-陽子散乱の自由陽子
の源による電磁場を静電Coulomb場で置き換えて,eの最低次の寄与
がゼロでない遷移要素(transition-matrix element):Sfiを計算
します。
こうした過程に対するFeynman-diagramを図7.8に示します。
図の1つの頂点(vertex)は,電子とCoulomb場との相互作用に対応し,
他の頂点は制動輻射の放出につながる2次過程に対応します。
外場がないところでの自由電子による1次のオーダーの光子の輻射
放出は有り得ません。
つまり,単に自由電子が光子を放出するだけという,
1次のFeynman-diagramは存在しない,
または書いても寄与がゼロです。
これは運動学的に禁止されているからです。
何故なら,1次のオーダーの光子放出を仮定すると,
エネルギー・運動量の保存が不可能であるからです。
つまり,k2=0≠(pf-pi)2となって,k,pf,pi以外にまわりに
何もない系なら質量がゼロ:k2=0 の実光子では保存則不成立
です。
※(注16-2):-(pf-pi)2
=(pf-pi)2-{(pf2+m2)1/2-(pi2+m2)1/2}2
=2{(pf2+m2)1/2(pi2+m2)1/2-(pfpi+m2)}
です。
そして,{(pf2+m2)1/2(pi2+m2)1/2}2-(pfpi+m2)2
=pf2pi2-(pfpi)2+(pf-pi)2m2≧0 です。
何故ならpf2pi2-(pfpi)2=pf2pi2(1-cosθ)≧0
であるからです。
そして,kμ≠0 ですから,(pf-pi)μ=kμ≠0 より,cosθ<1
です。
したがって,-(pf-pi)2>0,つまり(pf-pi)2<0 ですから,
k2=0≠(pf-pi)2を得ます。(注16-2終わり)※
2次のS行列要素は,
Sfi=e2∫d4xd4yψ~f(x)[-iA(x;k)iSF(x-y)
(-iγ0)A0Coul(y)+(-iγ0)A0Coul(x)iSF(x-y)
{-iA(y;k)}]ψi(y) です。
ただし,A0Coul(x)は中心電荷が-Zeの静電Coulombポテンシャル
でA0Coul(x)≡-Ze/(4πε0|x|)です。
(e< 0 は電子の電荷)
そして,右辺の2つの項は図7.8に示されているような頂点の2つの
順序に対応しています。
これまでやってきたように,Sfiの右辺の座標表示の全ての因子
をFourier展開して座標積分∫d4xd4yを実行して運動量空間
における表現に変換します。
この型にはまった操作を実行した結果は,
Sfi={-Ze3/(ε0V)3/2}2πδ(Ef+k0-Ei)(2k0)-1/2
{m2/(EfEi)}1/2(1/|q|2)
u~(pf,sf)[(-iε){i/(pf+k-m)}(-iγ0)
+(-iγ0){i/(pi-k-m)}(-iε)]u(pi,si)
です。
※(注16-3):何故なら,
ψ~f(x)={m/(EfV)}1/2u~(pf,sf)exp(ipfx),
ψi(y)={m/(EiV)}1/2u(pi,si)exp(-ipiy)
であり,
また,Aμ(x;k)=(2kε0V)-1/2εμ{exp(-ikx)+exp(ikx)},
SF(x-y)=∫d4p(2π)-4{exp{-ip(x-y)/(p-m+iε)},
A0Coul(x)=-Ze/(4πε0|x|) であるからです。
さらに,∫d3x{exp(-iqx)/|x|}=4π/|q|2です。
それ故,Sfi
=(-Ze3/ε03/2V3/2)(2k0)-1/2{m2/(EfEi)}1/2
∫d4xd4yd4p(2π)-4u~(pf,sf)((-iε){i/(p-m+iε)}
(-iγ0)[exp{i(pf-k-p)x+(p-pi)y}
+exp{i(pf+k-p)x+(p-pi)y}]/(4πε0|y|)
+(-iγ0){i/(p-m+iε)}(-iε)
[exp{i(pf-p)x+(p-k-pi)y}
+exp{i(pf-p)x+(p+k-pi)y}]/(4πε0|x|))
u(pi,si) となります。
これの座標積分,およびd4p積分を実行すると,確かにSfiに対する
上記の運動量表示表現を得ます。(注16-3終わり)※
さて,Sfi={-Ze3/(ε0V)3/2}2πδ(Ef+k0-Ei)(2k0)-1/2
{m2/(EfEi)}1/2(1/|q|2)
u~(pf,sf)[(-iε){i/(pf+k-m)}(-iγ0)
+(-iγ0){i/(pi-k-m)}(-iε)]u(pi,si)
から,散乱断面積(cross section)を求めます。
そのためには,|Sfi|2を流束密度:|vi|/Vで割り,さらに単位時間
当たりにするため,2πδ(0)で割って,観測される光子と終状態電子
の位相空間での区間体積V2d3kd3pf/(2π)6にわたる総和を取り
ます。
{2πδ(Ef+k0-Ei)}2=2πδ(0)2πδ(Ef+k0-Ei)
に注意すると,
dσ={Z2e6m2/(2ε03k0EfEi|vi|)}∫d3kd3pf(2π)-6
[(2π)δ(Ef+k0-Ei){(εpf)/(kpf)-(εpi)/(kpi)}2|
u~(pf,sf)γ0u(pi,si)|2/|q|4]
を得ます。
そして,d3pf=pf2dpfdΩf (pf≡|pf|)であり,
pfdpf=EfdEfですが,
軟光子(soft-photon)放出:k~0 の近似を取ると,
pf=|pf|=|pi―k|~|pi|=Ei|vi|なので,
d3pf=pfEfdEf~|vi|EiEfdEf です。
また,d3k=k2dkdΩk (k≡|k|),そして,
∫m∞δ(Ef+k0-Ei)dEf=θ(∞)-θ(m+k-Ei)
=1-θ(m+k-Ei)=θ(Ei-m+k) です。
そして,dΩfを残したd3pf積分,つまりdEf積分を実行します。
すると,dσ/dΩf ~{Z2e6m2/(2ε03k)}
{(εpf)/(kpf)-(εpi)/(kpi)}2
|u~(pf,sf)γ0u(pi,si)|2/|q|4]
k2dkdΩk(2π)-5θ(Ei-m+k)
を得ます。
これを,先の「散乱の伝播関数の理論(11)(応用1-1)」で得た
弾性散乱(elastic scattering)の最低次の微分断面積:
(dσ/dΩf)elastic=(4Z2α2m2/|q|4)
|u~(pf,sf)γ0u(pi,si)|2|q|4
と比較します。
すると,4πα=e2/ε0なので,
dσ/dΩf ~ (dσ/dΩf)elastic[e2/{2(2π)3ε0}]
kdkdΩk{(εpf)/(kpf)-(εpi)/(kpi)}2θ(Ei-m+k)
です。
これは,立体角dΩfの中に電子が観測され,運動量kを持つ偏極ε
の光子がdkdΩkの中に出現する断面積を表わしています。
故に,軟光子の極限では,非弾性散乱の断面積は同一のエネルギー
と同一の散乱角における弾性散乱の断面積の倍数として表現され
ます。
dσ/dΩfの因子:kdk{(εpf)/(kpf)-(εpi)/(kpi)}2に
よると,k~ 0 で軟光子のスペクトルはdk/kのように挙動する
ため,k=0 のゼロエネルギー光子を放出する確率は無限大になり
ます。
これは,赤外発散(infrared divergence)
or赤外破局(infrared dcatasyrophe)と呼ばれている現象です。
こうした無限大の困難から救済されるためには,制動輻射を観測する
現実の実験条件の注意深い解析が必要です。
決定的な点は,如何なる検知装置も有限エネルギーの分析しかでき
ないということです。
もしも検知装置がk=0 を含む有限なエネルギー区間に非弾性的に
散乱された電子を受けるなら,それは正に弾性的に散乱された電子を
受け取ることを意味します。
そこで,実験と矛盾しない比較をするためには,散乱の断面積
としてe2の同じオーダーまで計算した弾性散乱と非弾性散乱
の両方の断面積を含む必要があります。
すなわち,制動輻射の寄与は弾性散乱に対してe2培のオーダー
ですから,(dσ/dΩf)elasticにも同じe2のオーダーまでの輻射
補正を含める必要があります。
今日はここまでにします。
参考文献: J.D.Bjorken & S.D.Drell "Relativistic Quantum Mechanics"(McGraw-Hill)
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