場理論におけるS行列とLSZの公式(3)
場理論におけるS行列とLSZの公式の続きです。
今日はS行列の定義と性質について記述します。
§16.6 The Definition and General Properties of the S-Matrix
(S行列(散乱行列)の定義と一般的性質)
この時点で漸近場φin(x)とφout(x)の全ての必要な性質が既知
となり,実験的興味のある"遷移振幅=S行列要素"を定義して探求
するための道具は全て揃いました。
まず,量子数:P1,P2,..,Pnを持つ互いに相互作用してない
(空間的(space-like)に離れた)n個の物理的粒子系が存在する
始状態から出発します。
この状態を|α;in>≡|P1,P2,..,Pn;in>と記述します。
ただし,ラベルPj(j=1,2,..,n)は粒子jの4元運動量
に加えて粒子jを特徴付ける電荷とか奇妙さ(strangeness)
のような全ての内部量子数を表わしています。
φin(x)の定義:
√Zφin(x)=φ(x)-∫d4yΔret(x-y;m)j~(y)
によれば,φin(x)は内部対称性変換の下でφ(x)と同一の
変換性を持つのでこうした記述が可能なのです。
すなわち,
より一般的にφ(x)が内部空間のm次元ベクトルであって,
φ(x)=(φ1(x),..,φm(x))Tと表わせる場合,
もしも.[Q^,φr(x)]=-λrsφs(x)なる変換性を持つなら
[Q^,j~r(x)]=(□+m2)[Q^,φr(x)]=-λrsj~s(x)
なので[Q^,φinr(x)]=-λrsφins(x)が成立します。
※(注1):φ(x)=(φ1(x),..,φm(x))Tの
φr(x)→φ'r(x)=φr(x)-iελrsφs(x)(εは無限小)なる変換
に対する理論の不変性は量子力学では次のことを意味します。
これは,Φα,Φβを任意の状態とするとき,変換に伴なう状態
のユニタリ変換(unitary transformation):
|Φα>→|Φα'>=U(ε)|Φα>,|Φβ>→|Φβ'>=U(ε)|Φβ>
に対して,<Φα|φr(x)|Φβ>=<Φα'|φ'r(x)|Φβ'>
=<ΦαU^(ε)-1|{φr(x)-iελrsφs(x)}|U^(ε)Φβ>
が成立することを意味します。
すなわち,U^(ε)φr(x)U^(ε)-1=φr(x)-iελrsφs(x)
が成立します。
εが無限小なので,あるHermite演算子Q^が存在して
ユニタリ変換U^(ε)はU^(ε)≡exp(iεQ^)=1+iεQ^
と表わせます。
すると,U^(ε)φr(x)U^(ε)-1=φr(x)-iελrsφs(x)
は,φr(x)+iε[Q^,φr(x)]=φr(x)-iελrsφs(x)
と同等です。 よって,[Q^,φr(x)]=-λrsφs(x) です。
このときのHermite演算子Q^をこの対称性変換の生成子(generator)
といいます。
Q^は実数演算子なので何かの物理量に同定されます。
(※例えば平行移動:xμ→x'μ=xμ-εμの生成子:P^μは,
φ'(x')=φ(x)によりφ'(x)=φ(x+ε)
=φ(x)+εμ(∂φ(x)/∂xμ)=φ(x)+iεμ[P^μ,φ(x)]
を満たします。
すなわち,[P^μ,φ(x)]=-i(∂φ(x)/∂xμ)
が成立します。この生成子:P^μは運動量と同定できます。)
もしも,入射漸近場(In-field):
φin(x)=(φin1(x),..,φinm(x))T に対しても,
[Q^,φinr(x)]=-λrsφins(x)が成立するなら,
U^(ε)φinr(x)U(ε)-1=φinr(x)+iε[Q^,φinr(x)]
=φinr(x)-λrsφins(x) です。
そこで, <Φα|φinr(x)|Φβ>
=<ΦαU(ε)-1|U(ε)φinr(x)U(ε)-1|U(ε)Φβ>
=<ΦαU(ε)-1|{φinr(x)-λrsφins(x)}|U(ε)Φβ>
=<Φα'|{φinr(x)-λrsφins(x)}|Φβ'> です。
よって,φ(x)と同じく漸近自由場φin(x)でも
φinr(x)→φin'r(x)=φinr(x)-iελrsφins(x)(εは無限小)
なる変換に対する理論の不変性が維持されます。(注1終わり)※
※(注2):例えば,φ(x)がπ中間子の場なら,φ(x)は荷電空間
(Isotopic -space)のIsotopic-spin(アイソスピン)I^の大きさ
I=1の3次元表現であるvector(ベクトル)と考えることができ
て,φ(x)=(φ1(x),φ2(x),φ3(x))Tと書けます。
そして,φ0(x)=φ3(x),φ+(x)=(1/√2){φ1(x)-iφ2(x)},
φ-(x)=(1/√2){φ1(x)+iφ2(x)}が,それぞれ,π0,π+,π-
中間子の場を示します。
そこで,これらが生成する1粒子状態を,
|πi>=φi+(x)|0>とすると,
|π0>=|π3>=(0,0,1)T,
|π+>=(1/√2){|π1>+i|π2>}=(1/√2)(1,i,0)T,
|π->=(1/√2){|π1>-i|π2>}=(1/√2)(1,-i,0)T
です。
次に,Istopic-space(荷電空間=アイソ空間)の回転対称性
を考えます。
この内部空間(internal space)を荷電空間と呼ぶ理由は,
電荷がQ^=B^/2+I3^なる式で与えられるからです。
ただし,B^はbaryon-number(バリオン数=重粒子数)で
π中間子はその固有値がB=0 の固有状態です。
一方,核子はB^のB=1の固有状態です。
そのIsospinはI=1/2であり,陽子,中性子はそれぞれ,
I3=1/2,-1/2の固有状態です。
さて,|π0>=(0,0,1)T,|π±>=(1/√2)(1,±i,0)TはIso-vector
演算子:I^=(I1^,I2^,I3^)のI=1,I3=0,±1の固有状態です。
このときのI^=(I1^,I2^,I3^)の行列表現(representation)
はL=1の角運動量L=(L1,L2,L3);(Li)jk=-iεijkの
3次元回転行列:Liと同じです。
すなわち,荷電空間対称性は線型Lie群の一種である回転群SO(3)
or 特殊ユニタリ群SU(2)に属する変換の下での不変性で,回転
不変性に基づくNoether保存量:I^がこの群の生成子(Lie代数)
です。
(※余談ですが,このSU(2)はup,downの2自由度だけを特別扱い
したものですが,strangenessをも加えたSU(3)の部分群です。
その他にも,charm,bottom,topという合計3世代6個のflavor
自由度があります。
さらに,独立なcolorSU(3)との直積対称性もあります。※)
上記の|π0>,|π±>の3次元縦行列表現に対しては
L3|π0>=0,L3|π±>=±|π±>(複号同順)です。
これは,もちろん|π1>=(1,0,0)T,|π2>=(0,1,0)T,
|π3>=(0,0,1)Tを基底(basis)とした表現です。
これらは演算子で書けば,Ii^|πj>=Ii^φj+(x)|0>
=(Li)jkφk+(x)|0>です。
これは中間子場:φ(x)の内部空間不変性,つまり荷電空間
における回転対称性;[I^i,φj(x)]=-(Li)jkφk(x),
or [I^i,φj+(x)]=(Li)jkφk+(x)の反映です。(注2終わり)※
始状態:|α;in>≡|P1,P2,..,Pn;in>から
終状態|β;out>≡|P1',P2',..,Pm';out>に遷移するS行列
のβα要素をSβα≡<β;out|α;in>で定義します。
この定義を非相対論的理論でも与えた直感的な伝播関数の理論(propagator theory)におけるS行列の定義と比較してみます。
2010年5/18の記事「散乱の伝播関数の理論(5)」では,始状態と
終状態のpair:(f,i)に対する遷移振幅,またはS行列要素
(S-matrix element)は,
Sfi≡limt→∞∫φf*(r,t)Ψi(+)(r,t)d3r
=limt→∞<φf(r,t),Ψi(+)(r,t)>
で定義されています。
ただしΨi(+)(r,t)はt→-∞ で運動量(波数)kiの入射平面波
になるという境界条件を持ったSchrödinger方程式の正確な散乱解
です。
つまりSfiはΨi(+)(r,t)の与えられた終状態:φf(r,t)への
t→+∞ における射影振幅に等しいものです。
このSfiをSβα≡<β;out|α;in>に似た形に書き直すため,
t→+∞ で量子数f(運動量kf)の自由平面波φf(r,t)に近づく
というout-境界条件を持ったSchrödinger方程式の正確な散乱解
Ψf(-)(r,t)を導入します。
Ψf(-)(r,t)は自由場に加え,t→+∞ となるにつれ散乱体
に収束して消えていくような球面波の重ね合わせから成っています。
Ψf(-)(r,t)は「散乱の伝播関数の理論(5)」の表式:
Ψ(r,t)
=φ(r,t)+∫d4x1G0(r,t;r1,t1)V(r1,t1)Ψ(r1,t1)
において遅延Green関数:G0を先進Green関数:G0advで置き換えたSchrödinger方程式の解です。
つまり,Ψf(-)(r,t)
=φf(r,t)+∫d4x1G0adv(r,t;r1,t1)V(r1,t1)
Ψf(-)(r1,t1) です。
ただし先進Green関数は,
G0adv(r,t;r1,t1)=0 for t>t1 を満たすGreen関数です。
そこで,t→+∞ではΨf(-)(r,t)→φf(r,t)です。
故に,Sfi=limt→∞<φf(r,t),Ψi(+)(r,t)>は,
Sfi=limt→∞<Ψf(-)(r,t),Ψi(+)(r,t)>
=limt→∞∫d3rΨf(-)*(r,0)exp(iH^t)exp(-iH^t)Ψi(+)(r,0)
=<Ψf(-)(r,0),Ψi(+)(r,0)>
に帰着します。
ところが,Ψ(r,0)は通常のSchrödinger表示の波動関数
Ψ(r,t)から時間依存性を除かれたHeisenberg表示の
波動関数です。
そして,Sfi=<Ψf(-)(r,0),Ψi(+)(r,0)>は,入射(In-coming)
境界条件を持つ波動関数Ψi(+)と散乱(Out-going)境界条件を持
つ波動関数Ψf(-)の対により正確に,ここでも定義:
Sβα=<β;out|α;in>に対応してこれと一致することが
わかります。
さて,In-states,およびOut-statesの完全性の仮定によって,
In-stateをOut-stateに変換する演算子S^を定義すること
により,全ての行列要素Sβα=<β;out|α;in>を得ること
ができます。
すなわち,<β;in|S^≡<β;out|,or <β;out|S^-1≡<β;in|
で演算子S^を定義します。
すると,Sβα=<β;out|α;in>=<β;in|S^|α;in>
と表現することができます。
こうして定義したS行列要素は物理的測定と密接に関わる
遷移振幅を表わすため,これこそが我々の中心的関心の対象
です。
S^またはSβαの重要な性質は,状態のスペクトルに課せられた
初期の仮定やφin(x),φout(x)の性質から導かれます。
(1)真空状態(vacuum=ground state)の安定性
(不変性,および非縮退性)から,|S00|2=1 である。
つまり<0;in|S^=<0;out|=exp(iφ0)<0;in|と書ける。
(※何故なら,<0;in|0;in>=<0;out|0;out>=1ですが,
真空状態は(射線(ray) or 同値類として)一意的(unique)
なので,|0;out>=c|0;in>(cはある定数)です。
これにより,<0;out|0;out>=|c|2<0;in|0;in>が成立
しますから,|c|=1です。※)
仮定によって真空状態は一意的であり,exp(iφ0)の位相φ0
はゼロに採ってもいいです。そこで<0;out|=<0;in{=<0|
と規約します。
(2)1粒子状態の安定性(定常性)から,
<p;in|S^|p;in>=<p;out|p;in>=<p;in|p;in>=1
である。
何故なら規格化された運動量がpの1粒子状態は|p>のみ
なので,|p;in>=|p;out>=|p>です。
(3)演算子:S^はφin(x)=S^φout(x)S^-1に従ってIn-field
をOut-fieldに変換する。
何故なら,<β;out|φout(x)|α;in>
=<β;in|S^φout(x)|α;in>ですが,一方,
<β;out|φout(x)は1つのOut-stateを表わしているので
<β;out|φout(x)=<β;in|φin(x)S^と書けます。
そこで,<β;out|φout(x)|α;in>
=<β;in|φin(x)S^|α;in>=<β;in|S^φout(x)|α;in>
が成立します。
そこで,In-statesの完全性により,
<β;in|φin(x)S^|α;in>=<β;in|S^φout(x)|α;in>
から, Σβ|β;in><β;in|φin(x)S^|α;in>
=Σβ|β;in><β;in|S^φout(x)|α;in>
が成立します。
これによって,φin(x)S^|α;in>=S^φout(x)|α;in>
を得ます。
同様にして,φin(x)S^=S^φout(x)ですから,結局,
φin(x)=S^φout(x)S^-1です。
(4)上で定義した散乱演算子:S^はユニタリ(unitary)である。
何故なら
<α;in|S^=<α;out|によって|α;out>=S^+|α;in>
ですから,<β;in|S^S^+|α;in>=<β;out|α;out>=δβα
です。
故に,Σγ<β;in|S^|γ;in><γ;in|S^+|α;in>=δβα,
つまりSβγSαγ*=δβαですから,行列としてSS+=1,
それ故S+=S-1でありSはユニタリ行列です。
これは演算子としてS^がユニタリであることを意味します。
(5)S^はPoincare'不変である。
つまり,(Lorentz変換+平行移動)の下で理論は不変である。
すなわち,x'μ=aμνxν+bμを生ぜしめるユニタリ演算子
をU^(a,b)とすればU^(a,b)S^U^(a,b)-1=S^である。
何故なら,
φin(ax+b)=U^(a,b)φin(x)U^(a,b)-1
=U^(a,b)S^φout(x)S^-1U^(a,b)-1
=U^(a,b)S^U^(a,b)-1U^(a,b)φout(x)
U^(a,b)-1U^(a,b)S-1U^(a,b)-1です。
ところが,U^(a,b)φout(x)U^(a,b)-1=φout(ax+b)
であり,さらにφin(ax+b)=S^φout(ax+b)S^-1です。
それ故,S^'≡U^(a,b)S^U^(a,b)-1と置けば,
S^φout(ax+b)S^-1=S^'φout(ax+b)S^'-1です。
またはS^'-1S^φout(ax+b)=φout(ax+b)S^'-1S^
です。
したがって,T≡S^-1S^'と置けば,
φout(ax+b)=Tφout(ax+b)T^-1,ですが,これは
ユニタリ変換なのでT^=1である他はないためS^'=S^
です。
すなわち,U^(a,b)S^U^(a,b)-1=S^が成立します。
今日はここまでにします。
参考文献:J.D.Bjorken & S.D.Drell "Relativistic Quantum Fields","Relativistic Quantum Mechanics"(McGraw-Hill)
PS:うん,敗れたけどパラグァイよくやった。。。
(キーパーすごイ,両者PKを1本ずつ止めた。)
谷川九段(17世名人)の今回の「光速ノート185」の内容は,
6月29日に(羽生名人に挑戦して敗れA級一位に戻ってきた)
三浦弘行八段と対局した順位戦A級1回戦の感想です。
終盤の三浦八段投了の盤面と最後の読みは見ごたえあります。
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