場理論におけるS行列とLSZの公式(4)
場理論におけるS行列とLSZの公式の続きです。
今日はLSZの還元公式(Reduction formula)について記述します。
§16.7 The Reduction Formula for Scalar Fields(スカラー場に対する還元公式)
前節では散乱演算子S^に明確な定義が与えられ,その一般的性質が解明されました。その結果として,S行列要素に対する興味がさらに刺激されます。
S行列要素の絶対値の2乗:|Sβα|2は始状態(In-state)αから終状態(Out-state)βへの実験的に観測される遷移確率を与えます。
そこで,これ以後はS行列要素を実際に計算するという非常に厄介な課題に向かうことにします。
1954年まではS行列の計算への唯一の系統的アプローチは相互作用カレントj~(x)のベキによる摂動展開の理論だけでした。
そのときから後の進歩としては,最初Low,そしてLehmann,Symanzik,およびZimmmermann(LSZ)によって始められた理論展開に由来するものがあります。
彼らは"弱い結合項=摂動"による展開に訴えることなく,S^に含まれる情報の幾つかを表面化する方法を示しました。
これは,物理的に興味あるS行列要素を場の演算子の真空期待値によって表現する方法で漸近条件limt→-∞<α|φf(t)|β>=√Z<α|φinf|β>やlimt→+∞<α|φf(t)|β>=√Z<α|φoutf|β>を適用することで成し遂げられました。
既に,場の交換子[φ(x),φ(y)]に対して,有用な式Δ'(x-y)=ZΔ(x-y;m2)+∫mt2∞dσ2ρ(σ2)Δ(x-y;σ2)を導出する際に,真空期待値:iΔ'(x-y)=<0|[φ(x),φ(y)]|0>を扱うことが有利であるという例を見ました。
そこでは,理論のLorentz不変性や他の一般的性質に訴えることによって式Δ'(x-y)の簡略な一般形を導きました。
以下ではLSZの方法に従って,Sβα=<β;out|α;in>の形の行列要素より幾らかは扱いやすい場の演算子の積の真空期待値を見出すことから出発します。
別の意味では,場の演算子φ(x)を直接摂動級数で展開する方法で自由なin-field漸近場の演算子の積の真空期待値を用いてS行列要素の展開を作り上げていくことも可能です。
こうした表現の計算規則は既に発見されていて,それは伝播関数アプローチ(propagator-approach)でのFeynmanルールに等しいものです。
すなわち,Δ'(x-y)を研究する上で訴えられたような不変性の論旨はHeisenberg演算子:φを一意的で不変な真空状態に挟まれた行列要素を研究する場合に最も定式化が容易でうまく使用できるわけです。
以下では,これら不変性(対称性)の助けを借りてS行列要素Sβα=<β;out|α;in>における物理状態α,βから情報を引き出し,それを真空状態で挟まれた場の演算子の積に表わすLSZの一般的な"Reduction Teqchnique(還元記述)"を段階的に展開していきます。
まず,S行列要素:Sβαp=<β;out|αp;in>を考えます。
βは終状態|β;out>において散乱されて出現する粒子を記述しており,|αp;in>は入射粒子の集合αに加えてさらに運動量pを持った入射粒子が存在する状態を表わす始状態(In-state)です。
漸近条件を用いてIn-state:|αp;in>から粒子pを差し引く代わり適当な場の演算子を導入します。
そして,ain^(p)=i∫d3xfp*(x)∂0⇔φin(x),aout^(p)=i∫d3xfp*(x)∂0⇔φout(x)なる表式を用います。
すなわち,<β;out|αp;in>=<β;out|ain^+(p)|α;in>=<β;out|aout^+(p)|α;in>+<β;out|ain^+(p)-aout^+(p)|α;in>=<β-p;out|α;in>-i<β;out|∫d3xfp(x)∂0⇔[φin(x)-φout(x)]|α;in>です。
|β-p;out>は,もしも集合βの中にpが存在するなら,集合βからpを除いたOut-stateを表わします。しかし,βの中にpが存在しないならこの項はゼロであって無くなります。
また,|αp;in>が初期に2粒子がある場合の散乱の始状態なら<β-p;out|α;in>は入射粒子と標的粒子が運動量を含め,それらの量子数を保存する前方弾性散乱にのみ寄与します。
つまり,<β-p;out|α;in>=δα(β-p)です。
※(注):|α;in>が1粒子の場合,<β-p;out|P^2|α;in>=α2<β-p;out|α;in>=(β-p)2<β-p;out|α;in>より<β-p;out|α;in>≠0 なら(β-p)2=α2=m2ですから,|β-p;out>も1粒子Out-stateです。
そして,<β-p;out|P^μ|α;in>=αμ<β-p;out|α;in>=(β-p)μ<β-p;out|α;in>ですから,<β-p;out|α;in>≠0 は(β-p)μ=αμ,つまりβμ=αμ+pμなる弾性散乱を意味し,しかも方向を変えず素通りする前方散乱のみの振幅です。(注終わり)※
さて,<β;out|αp;in>=<β-p;out|α;in>-i<β;out|∫d3xfp(x)∂0⇔[φin(x)-φout(x)]|α;in>の右辺の項:-i∫d3x<β;out|fp(x)∂0⇔[φin(x)-φout(x)]|α;in>はGreenの定理から,時間tに依存しません。
これは,前にもGreenの定理から√Z<α|φinf|β>においてφinf(t)≡i∫d3xf*(x,t)∂0⇔φin(x,t)が時間tに依存しないのでφinfと表現できることを示したのと同様です。
そして,漸近条件limt→-∞<α|φf(t)|β>=√Z<α|φinf|β>,およびlimt→+∞<α|φf(t)|β>=√Z<α|φoutf|β>から,x0→-∞ の極限ではφin(x,x0)を(1/√Z)φ(x,x0)で,x0→+∞ の極限ではφout(x,x0)を(1/√Z)φ(x,x0)で置き換えることが許されます。
それ故,結局<β;out|αp;in>=<β-p;out|α;in>+(i/√Z)(lim x0→+∞-lim x0→-∞)<β;out|∫d3xfp(x)∂0⇔φ(x,x0)|α;in>と書けます。
これが"Reduction(還元)"の手続きの第一歩です。
これから,より便利な形を得るため,恒等式:(lim x0→+∞-lim x0→-∞)∫d3xg1(x)∂0⇔g2(x)=∫-∞∞d4x[∂0{g1(x)∂0⇔g2(x)}]=∫-∞∞d4x[g1(x)∂02g2(x)-{∂02g1(x)}g2(x)]を用います。
また,(□+m2)fp(x)=0 により,得られた式に∂02fp(x)=(∇2-m2)fp(x)を代入します。
(i/√Z)(lim x0→+∞-lim x0→-∞)∫d3x<β;out|fp(x)∂0⇔φ(x,x0)|α;in>=(i/√Z) ∫-∞∞d4x<β;out|fp(x)∂02φ(x)-{∂02fp(x)}φ(x)|α;in>=(i/√Z)∫-∞∞d4x<β;out|fp(x)(∂02+m2)φ(x)-(∇2fp(x))φ(x)]|α;in>=(i/√Z)∫-∞∞d4xfp(x)(□+m2)<β;out|φ(x)|α;in>です。
最後の変形では部分積分に対するGreenの公式を用いました。
最終式として<β;out|αp;in>=<β-p;out|α;in>+(i/√Z)∫-∞∞d4xfp(x)(□+m2)<β;out|φ(x)|α;in>を得ました。
この手続きは,始状態と終状態から全ての粒子を取り除き,場の演算子積の真空期待値のみが残るようになるまで繰り返すことができます。
例えば,<β;out|αp;in>=<β-p;out|α;in>+(i/√Z)∫-∞∞d4xfp(x)(□+m2)<β;out|φ(x)|α;in>の右辺の因子:<β;out|φ(x)|α;in>の集合βがβ=γp'のときこれから,さらに粒子p'を取り除きます。
<β;out|φ(x)|α;in>=<γ;out|aout^(p')φ(x)|α;in>=<γ;out|φ(x)ain^(p')|α;in>+<γ;out|aout^(p')φ(x)-φ(x)ain^(p')|α;in>=<γ;out|φ(x)|α-p';in>+<γ;out|aout^(p')φ(x)-φ(x)ain^(p')|α;in>です。
故に,<β;out|φ(x)|α;in>=<γ;out|φ(x)|α-p';in>-i∫d3y<γ;out|φout(y)φ(x)-φ(x)φin(y)|α;in>∂y0⇔fp'*(y)を得ます。
漸近条件によって再びy0→-∞ の極限ではφin(y)を(1/√Z)φ(y)で,y0→+∞ の極限ではφout(y)を(1/√Z)φ(y)で置き換えることが許されます。
このとき,項-i∫d3y<γ;out|φout(y)φ(x)-φ(x)φin(y)|α;in>∂y0⇔fp'*(y)を時間順序積(T積;T-product)で表現することができます。
まず,<γ;out|φout(y)φ(x)-φ(x)φin(y)|α;in>=(1/√Z){lim y0→+∞<γ;out|φ(y)φ(x)|α;in>-lim y0→-∞<γ;out|φ(x)φ(y)|α;in>}です。
これは,<γ;out|φout(y)φ(x)-φ(x)φin(y)|α;in>=(1/√Z){lim y0→+∞<γ;out|θ(y0-x0)φ(y)φ(x)+θ(x0-y0)φ(x)φ(y)|α;in>-lim y0→-∞<γ;out|θ(x0-y0)φ(x)φ(y)+θ(y0-x0)φ(y)φ(x)|α;in>}=(1/√Z)(lim y0→+∞-lim y0→-∞)<γ;out|T(φ(y)φ(x))|α;in>とも書けます。
最後に,恒等式(lim x0→+∞-lim x0→-∞)∫d3xg1(x)∂0⇔g2(x)=∫-∞∞d4x[g1(x)∂02g2(x)-{∂02g1(x)}g2(x)],および自由平面波の方程式(□y+m2)fp'*(y)=0 の助けを借ります。,
結局,<γp';out|φ(x)|α;in>=<γ;out|φ(x)|α-p';in>+(i/√Z)∫d4y<γ;out|T(φ(y)φ(x))|α;in>←(□y+m2)fp'*(y)なる式を得ます。
ただし,記号g(y)←(□y+m2)は,演算子(□y+m2)が前の関数g(y)に作用すること,つまり(□y+m2)g(y)を意味します。
単純に後者のように書けば問題ないのですが,Out状態からの粒子除去をIn状態からのそれと区別してfp'*(y)を後ろに置く表現を際立たせるためにこう表現します。
このReduction(還元)テクニックを繰り返し適用して,行列要素の両側の状態から全ての粒子を除き,場の演算子のT積の真空期待値に到達する道は今や明らかです。
すなわち,全ての運動量対についてpi≠qjの場合には,<p1,..,pn:out|q1,..,qm:in>=(i/√Z)m+nΠi=1m∫d4xiΠj=1n∫d4yjfqi(xi)(□xi+m2)→<0|T(φ(y1)..φ(yn)φ(x1)..φ(xm))|0>←(□yj+m2)fpj*(yj)となります。
これを書くに当たって簡単のために全ての{pi},{qj}についてpi≠qjを仮定して前方散乱の項を落としました。
しかし,これには何の問題もありません。
というのは,これら落とした項もまた同じ還元テクニックをうまく適用すれば,同様な場の演算子のT積の真空期待値に帰着させることが可能だからです。
最終式:<p1,..,pn:out|q1,..,qm:in>=(i/√Z)m+nΠi=1m∫d4xiΠj=1n∫d4yjfqi(xi)(□xi+m2)→<0|T(φ(y1)..φ(yn)φ(x1)..φ(xm))|0>←(□yj+m2)fpj*(yj)は場の量子論の散乱振幅の全ての計算の基礎となる役割を果たします。
上図16-2は,(z1,..,zr)でr個の粒子が消滅,または生成するあらゆるFeynman-diagramを表現していることに着目します。
この図は<0|T(φ(z1)..φ(zr))|0>を表現していますが,これはr粒子に拡張された完全なGreen関数と見なすことができます。
ReductionFormula:<p1,..,pn:out|q1,..,qm:in>=(i/√Z)m+nΠi=1m∫d4xiΠj=1n∫d4yjfqi(xi)(□xi+m2)→<0|T(φ(y1)..φ(yn)φ(x1)..φ(xm))|0>←(□yj+m2)fpj*(yj)における因子(□i+m2)の役割を考えます。
この演算は,伝播関数 i/(pi2-m2+iε)に(□i+m2)~ (m2-pi2)を掛けることで互いに相殺させて,Feynman-diagramの相互作用Black-Box部分へと入っていく外線の足から伝播関数を除去します。
そして,伝播関数の代わりに外線因子として自由平面波fpi(xi)またはfpj*(yj)を付与するわけです。
Reduction Formula(還元公式)から,S行列要素は完全なr粒子Green関数<0|T(φ(z1)..φ(zr))|0>から外線の足を取り除かれ,質量殻pi2=qj2=m2に置かれた外線運動量を持ったr=n+m個の粒子のGreen関数であることがわかります。
もしも,r粒子Green関数:<0|T(φ(z1)..φ(zr))|0>のFeynman-diagram に(□i+m2)~(m2-pi2);(pi2=m2)を作用させたとき,
相殺すべき相手の i/(pi2-m2+iε)の因子が存在せず,p2≠m2の質量殻外の内線仮想粒子の伝播関数因子 i/(p2-m2+iε)が存在するだけなら,m2-pi2=0 が掛かる結果,このdiagramのS行列への寄与はゼロとなって消えます。
途中ですが今日はここまでにします。
参考文献:J.D.Bjorken & S.D.Drell "Relativistic Quantum Fields" (McGraw-Hill)
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