場の量子論における摂動論(2)
場の量子論における摂動論の続きです。
まず,前記事の終わりの部分を再掲します。
※それ故,等価な積分方程式:U(t,t0)=1-i∫t0tdt1Hint(t1)U(t1,t0)を考えます。もしもHint(t1)が量子演算子でなくただのc-数なら,これはVoltera型の積分方程式の特殊ケースです。
これを形式的な逐次近似法で解きます。
まず,U(t,t0)=1+(-i)∫t0tdt1Hint(t1)+(-i)2∫t0tdt1Hint(t1)∫t0t1dt2Hint(t2)U(t2,t0)です。
これを無限回繰り返せばU(t,t0)=Σn=0∞(-i)n∫t0tdt1∫t0t1dt2..∫t0tn-1dtn[Hint(t1)Hint(t2).. Hint(tn)]=Σn=0∞(-i)n∫t0tdt1∫t0tdt2..∫t0tdtnθ(t1-t2)..θ(tn-1-tn)[Hint(t1).. Hint(tn)]を得ます。θ(τ)はHeaviside関数です。
この無限展開式は右辺の級数が収束するときに限り意味を持ちますが,もしもHint(t)がc-数なら右辺は常に収束します。(再掲終わり)
続きを書きます。
同時刻では可換,または反可換な演算子群:Φ1(t1),..,Φn(tn)に対して時間順序積(chronical product) or T積(T-product;time-orderd product):T[ ]を次のように定義します。
すなわち,T[Φ1(t1)..Φn(tn)]≡Σσ(sgnσF)θ(tk1-tk2)..θ(tkn-1-tkn)Φk1(tk1)Φk2(tk2)..Φkn(tkn)です。
ただし,σは置換:j→kj (j=1,2,..,n)を表わし,Σσは全ての置換σについて和をとることを意味します。
sgnσFは,各置換σにおいてΦ1(t1),..,Φn(tn)のうち反可換なものの部分集合に対する置換が偶置換なら+1,奇置換なら-1という符号因子を示す記号です。
上記定義における演算子群:Φ1(t1),..,Φn(tn)をHint(t1),.. ,Hint(tn)で与えるなら,これらは全て可換なので,このときには常にsgnσF≡1で,T[Hint(t1)..Hint(tn)]≡Σσθ(tk1-tk2)..θ(tkn-1-tkn)Hint(tk1) Hint(tk2).. Hint(tkn)です。
そこで,U(t,t0)の級数展開をU(t,t0)=Σn=0∞{(-i)n/n!}∫t0tdt1∫t0tdt2..∫t0tdtnT[Hint(t1)..Hint(tn)]のように変数t1,..,tnについて対称な形に表現できます。
または,symbolicに,U(t,t0)=Texp{(-i)∫t0tdτHint(τ)}と表記します。
ここで物理的考察から,'t=-∞の初期状態(initial state;始状態),t=+∞の終状態(final state)では|t>Iは"自由場のFock空間"に相互作用がSwitch-offされる。'という仮定(=断熱仮設)を次式によって導入します。
すなわち,Hint(t) → limε→+0Hint(t)exp(-ε|t|)なる置き換えをします。
そして,粒子は自由場においては裸の質量(bare mass):m0ではなくて,自己相互作用の着物を着た物理的質量(physical mass or dressed mass):m=m0+δmを持つとします。
※例えば,粒子場φ(x)がKlein-Gordon場なら自由運動中のφは(□+m02)φ=0 でなく(□+m2)φ=0 を満たすとします。※
そして,演算子SをS≡U(∞,-∞)=Σn=0∞{(-i)n/n!}{limε→+0∫-∞∞dt1∫-∞∞dt2..∫-∞∞dtnT[Hint(t1)..Hint(tn)]exp(-εΣj=1n|tj|)}で定義します。
これを,相互作用Hamiltonian:Hint(t)の代わりに,Hamiltonian密度:Hint(x)で書けばS≡Σn=0∞{(-i)n/n!}{limε→+0∫d4x1∫d4x2..∫d4xnT[Hint(x1)..Hint(xn)]exp(-εΣj=1n|xj0|)}と共変性が明確な形に表現されます。
こうして定義されたS演算子をDysonのS行列と呼びます。
上記表現も,symbolicにS=Texp{(-i)∫d4xHint(x)}=Texp{i∫d4xLint(x)}と表わすことができます。
これらの形から,Sのユニタリ性(unitality=確率の保存性):S+S=SS+=1が成立することは明らかです。
ところが,式に基づいてSの真空期待値:<0|S|0>を具体的に計算すると,これが1にはならないことがわかります。
こうした矛盾に見えることが生じる原因は,真空自身が場の存在によって影響されるため(自己相互作用のため)で,これを真空偏極(Vacuum polarization)と呼びます。
しかし,実際<0|SS+|0>=Σn<0|S|n><n|S+|0>=Σn|<0|S|n>|2ですが,(真空の一意性から)測度ゼロのnを除いて|>≠|0>なら<0|S|n>=0 であるべき,つまり<0|0>=|<0|S|0>|2となるべきですから,真空|0>が規格化されている限り<0|S|0>=1です。
そこで,この要請を満たすように改めてS/<0|S|0>をS行列(S^matrix:S演算子)と再定義します。
※(注3):これはある意味で"くりこみ処法(renormalization:再規格化)"そのものです。
つまり,|0>は規格化された真の真空ではなく,本当の真空は|0>=c|0>であって,1=<0|S|0>=|c|2<0|S|0>,|c|=<0|S|0>-1/2であると考えて,原因を|0>の方に帰せしめるやり方です。
実際,後述するτ関数において,<0|S|0>=<0|Texp{i∫d4xLint(x)}|0>の表わすFeynman-diagramsは,外線の足のない真空偏極の泡グラフ(Vacuum-bubble diagram)です。(下図)
後述のm本の外線の足を持つτ関数はτ(x1,x2,..,xm)≡<0|T[φ1(x1)φ2(x2)..φm(xm)]|0>=<0|T[Sφ1(x1)..φm(xm)]|0>/<0|S|0>で与えられます。
これの右辺の分子が表わす全てのFeynmanグラフは,非連結因子として分母の<0|S|0>と同じ真空泡グラフの因子を持ちます。
そして,分子の寄与から分母と同じ因子が相殺されて残っ連結グラフのみが遷移確率に寄与するわけです。(注3終わり)※
DysonのS行列(散乱行列)では,行列要素(matrix elements)は,"自由場のFock空間"の基底ベクトルで指定されます。
すなわち,a→bなる反応の散乱行列要素をSba=<b|S|a>のように表わします。そして,Sは特に全く反応しない1も含みます。
(※つまり,衝突も何もせずただ自由に運動している反応:a→aではSaa=<a|S|a>=<a|a>=1です。※)
そして,如何なる反応でもエネルギー・運動量は保存されるので,S行列要素は,Sba=<b|S|a>≡<b|a>+i(2π)4δ4(pb-pa)<b|T|a>のように表現できるはずです。
これは演算子Tの定義式でもあります。
行列要素:Tba=<b|T|a>で定義されるTはpb=paの上でのみ定義される行列です。これを遷移行列(transision matrix),あるいはT行列といいます。
そして,SS+=1によって自由場が完全系をなすなら,Σc<b|S|c><c|S+|a>=<b|a>です。(物理的な正定値ノルムの状態空間の場合)
※(注4):不定計量のHilbert空間の場合でも"|a>が物理的状態(physical state)ならS|a>も物理的状態である。"という条件が満たされるなら,|a>,|b>が共に物理的なとき,中間状態|c>も正ノルムの状態(物理的状態)に限れば,同じ式:Σc<b|S|c><c|S+|a>=<b|a>が成立します。(注4終わり)※
そこで,一般に成立する等式:Σc<b|S|c><c|S+|a>=<b|a>に<b|S|a>≡<b|a>+i(2π)4δ4(pb-pa)<b|T|a>を代入します。
すると,Σc<b|T+-T|a>=(2π)4Σcδ4(pc-pa)<b|T|c><c|T|a>なる式が得られます。
特に,|b>=|a>を代入すれば,2Im<a|T|a>=(2π)4Σcδ4(pc-pa)|<a|T|a>|2なる等式を得ます。
ところで,Sba=<b|S|a>≡<b|a>+i(2π)4δ4(pb-pa)<b|T|a>により,"単位時間ごとの終状態の運動量pbの空間への遷移確率密度=遷移速度(transision velociry)":wbaはwba=(2π)4δ4(pb-pa)|<b|T|a>|2で与えられます。
なぜなら,b=aの遷移ではa→bの遷移確率は|Sba|2=|<b|S|a>|2=[(2π)4δ4(pb-pa)]2|<b|T|a>|2ですが,(2π)4δ4(pb-pa)=∫d4xexp{-i(pb-pa)x}ですから,pb=paのとき(2π)4δ4(pb-pa)=VT(Vは全反応空間の体積,Tは全反応時間)と同定されるからです。
そこで,wba≡|Sba|2/(VT)=(2π)4δ4(pb-pa)|Tba|2と解釈されるわけです。
先に得られた等式:2Im<a|T|a>=(2π)4Σcδ4(pc-pa)|<a|T|a>|2は,ImTaa=(1/2)Σbwbaと書き直せますが,この左辺は前方散乱の遷移振幅の虚部です。
この関係は光学定理(optical theorem)として知られています。
もしも反応a→bが2体散乱:1+2→1+2を示す場合には,衝突する2粒子1,2の相対速度の大きさをv(≡|v1-v2|),衝突する前の始状態の確率密度をそれぞれρ1,ρ2(自由粒子ならρ1=ρ2=(2π)-3)とすると,散乱の微分断面積はwba/(vρ1ρ2)を終状態|b>の3次元運動量領域で積分すれば得られます。
(※つまり,dσ={wba/(vρ1ρ2)}(2π)-6d3p1d3p2)
また,反応a→bが不安定粒子の崩壊を示す場合,その崩壊確率(decay rate):1/τも同様に求めることができますが,崩壊前の状態:|a>が不安定な1粒子のみなので,wba/(vρ1ρ2)のvρ1ρ2をその不安定粒子の確率密度ρに置き換える必要があります。
(※つまり,τ=∫(wba/ρ)(2π)-6d3p1d3p2)
さて,以下では相互作用表示に対してHeisenberg表示の演算子を太字で書くことにします。
天下り的ですが,τ(x1,x2,..,xm)≡<0|T[φ1(x1)φ2(x2)..φm(xm)]|0>なる関数を定義し,これを(m点-)τ-関数,または(m点-)Green関数と呼びます。
以下,Heisenberg表示で書かれたτ-関数の表現を相互作用表示で表わすことを目指します。
まず,簡単のために同種粒子の2点関数であるτ(x,y)=<0|T[φ(x)φ(y)]|0>を考えます。
時刻:x0=0 でHeisenberg表示:φ(x)とSchrödinger表示:φ(x)が一致するとすれば,φ(x)=exp(iHx0)φ(x)exp(-iHx0)です。
相互作用表示は,φ(x)=exp(iH0x0)φ(x)exp(-iH0x0)で与えられますから,直接相互作用表示:φ(x)とHeisenberg表示:φ(x)の関係はφ(x)=exp(iHx0)exp(-iH0x0)φ(x) exp(iH0x0)exp(-iHx0)となります。
故に,<0|φ(x)φ(y)|0>=<0|exp(iHx0)exp(-iH0x0)φ(x)exp(iH0x0)exp{-iH(x0-y0)}exp(-iH0y0)φ(y)exp(iH0x0)exp(-iHy0)|0>です。
ここで,前に書いたように,U(t,t0)=exp(iH0t)exp{-iH(t-t0)}exp(-iH0t0)を用いると,U(0,x0)=exp(-iHx0)exp(-iH0x0),U(y0,0)=exp(iH0y0)exp(iHy0),U(x0,y0)=exp(iH0x0)exp{-iH(x0-y0)}exp(-iH0y0)です。
そこで,<0|φ(x)φ(y)|0>=<0|U(0,x0)φ(x)U(x0,y0)φ(y)U(y0,0)|0>と表現できます。
そして,前にも述べたように,ここでの真空:|0>は本当の真空であり,断熱仮設で相互作用を抜き去った自由場の真空(相互作用表示の真空):|0>とは異なります。
しかし,時刻x0=0 ではHeisenberg表示,Schrödinger表示,相互作用表示の全てが一致するので,x0=0 での真空も位相因子を除いて一致して,|0>=exp(iθ)U(0,-∞)|0>,<0|=exp(-iθ')<0|U(+∞,0)と書けるはずです。
そこで,<0|0>=1によって1=exp{-i(θ'-θ)<0|U(∞,-∞)|0>=exp{-i(θ'-θ)<0|S|0>,すなわち=exp{-i(θ-θ')=<0|S|0>なる関係式を得ます。
このことから,最終的に<0|φ(x)φ(y)|0>=<0|U(+∞,x0)φ(x)U(x0,y0)φ(y)U(y0,-∞)|0>/<0|S|0>を得ました。
したがって,U(+∞,-∞)=Σn=0∞{(-i)n/n!}{limε→+0∫d4x1∫d4x2..∫d4xnT[Hint(x1)..Hint(xn)]exp(-εΣj=1n|xj0|)}etc.により,
T積では,<0|T[φ(x)φ(y)]|0>=Σn=0∞{(-i)n/n!}{limε→+0∫d4x1∫d4x2..∫d4xn exp(-εΣj=1n|xj0|)<0|T[Hint(x1)..Hint(xn)φ(x)φ(y)]|0>/<0|S|0>と書けます。
これも,Symbolicにτ(x,y)=<0|T[φ(x)φ(y)]|0>=<0|T[Sφ(x)φ(y)]|0>/<0|S|0>と略記できます。
これを,一般のm点-τ関数に拡張すると,明らかにτ(x1,x2,..,xm)=<0|T[φ1(x1)..φm(xm)]|0>=<0|T[Sφ1(x1)..φm(xm)]|0>/<0|S|0>です。
そこで特にx10,..,xk0を+∞に,xk+10,..,xm0を-∞に近づける特別なケースを想定すると,<0|T[φ1out(x1)..φkout(xk)]T[φk+1in(xk+1)..φmin(xm)]|0>=<0|T[Sφ1(x1)..φk(xk)]ST[φk+1(xk+1)..φm(xm)]|0>/<0|S|0>が成立すると考えられます。
左辺の漸近場:φjout(xj)からは消滅演算子,φjin(xj)からは生成演算子を抜き出せば,右辺からも同じ自由場の方程式を満たすφj(xj)に対して対応する消滅,生成演算子を抜き出すことができます。
このことから,別に漸近場φjout,φjinを用いて定義したS行列要素:Sβα≡<βout|αin>と,ここでのDysonのS行列が等価であることがわかります。
さて,DysonのS行列:S=Σn=0∞{(-i)n/n!}{limε→+0∫d4x1∫d4x2..∫d4xnT[Hint(x1)..Hint(xn)]exp(-εΣj=1n|xj0|)}は,右辺がHint(x)=-Lint(x)のベキ級数の形になっています。
通常,相互作用Lint(x)は結合定数について1次なので,上式は結合定数のベキ級数とも考えられます。
そして,一般に結合定数のベキ級数を摂動級数(Perturbation series)といい,S行列やτ関数を摂動級数展開で計算する手法を摂動論(Perturbation theory)による方法といいます。
ここで展開した定式化に比べて,通常の量子力学の古い形式の摂動論は共変的でもなく場理論的にはかなり見通しが悪いものです。
今日はここまでにします。
参考文献:中西襄 著「場の量子論」(培風館),J.D.Bjorken & S.D.Drell "Relativistic Quantum Fields"(McGraw-Hill),J.D.Bjorken & S.D.Drell "Relativistic Quantum Mechanics"(McGraw-Hill)
PS:mixiである友人の日記に書いた私のコメントを載せてみます。
別に仙石氏や民主党に義理はないけれど,世間の多くとは反対に,私は"暴力装置"発言について至極もっともな本音の発言と納得しました。
みんな何を怒っているのか?が正直理解できません。
拘束力のない法やペンは無力でしょう。
法治体がそのバックに警察や軍隊など"力=暴力"で罰を下すというシステムを持つからこそ,法が実効力を持つわけです。
だから現状で"暴力装置"として機能していることには何の違和感もないし悪い意味に解釈することもありません。。
平時には軍隊(自衛隊)や警察(おまわり)は,暴力以外のジョブもこなすので,単純な"暴力装置"だけではないけど,この言葉がその典型的性格を捉えているので問題ないと思います。
"言葉の定義を述べたら怒られるの?,あるいは,本音でなくオブラートに包んだ建前で答えないと怒られるの?(または暴力(violence)でなく武力とでも言えばいいの?)"というのが私の感想です。
実は私自身が常日頃,"権力=暴力装置,または核などの持ち主"という言葉をよく使っています。
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