線型代数のエッセンス(5)(線型空間2の補遺)
たまには科学記事も書かないと,本ブログのこの分野を忘れられそうなので,つなぎとしての「線型代数のエッセンス(4)」の書き残し部分を書きます。
余談ですが,ここでの記述のように数学の定義,定理,証明という手続きの連続はある意味で退屈な作業です。
しかし,私は科学事象を規定する用語や概念について人一倍認識能力のない人間(なかなか,なるほどと納得できない認識の閾値(threshold)が低いタイプの人間)です。
(↑たとえで言えば,かつては幼児レベルまで下がった説明でないと容易に納得できたと言わない頑固者でした。
ある時期からは,物質の運動状態とか色などの物理的性質ならその量的側面を定量化して数式にまで昇華した形で理解できたら,取り合えず納得した気になるようになりました。)
そこで,用語や概念,命題を一旦"論理的アルゴリズム?(algorithm)=トートロジー(tautology)の連続"によって認識しやすいアセンブラ(低級言語)にコンパイル(翻訳:compile)するという数学的作業なしには,
こうした概念や理論について未知の外国語を聞いているようにチンプンカンプンなのです。
さて,本題に入ります。
[定義2-25](座標系):線型空間Lにおける基底ベクトルをある一定の順序に配列したものをLにおける座標系(coordinate system)という。
[定義2-26](座標):Lにおける座標系をa1,a2,..,anとするとき,∀a∈Lはa=α1a1+α2a2+..+αnan;α1,α2,..,αn∈Cと一意的に表わされるが,係数:α1,α2,..,αnの各々をaの座標成分(component)と呼ぶ。
座標成分の列表示:t(α1,α2,..,αn)をaの座標ベクトル,または座標(coordinate)と呼び,ここではこれを記号[a]で表わす。
こうすればa=α1a1+α2a2+..+αnan=(a1,a2,..,an)t(α1,α2,..,αn)=(a1,a2,..,an)[a]と行列積表現される。
※(注):t(α1,α2,..,αn)は行(α1,α2,..,αn)の転置(transpot)を意味します。(注終わり)※
[定理2-27](座標の性質):任意のa,b∈L,α∈Cに対し,[αa]=α[a],[a+b]=[a]+[b]である。(←自明なので証明は略)
[定理2-27の系]:∀a∈Lに対して列ベクトル[a]=t(α1,α2,..,αn)全体が作る集合は1つの線型空間(ベクトル空間)を構成する。(←自明)
※(注):列ベクトル[a]=t(α1,α2,..,αn)全体が作るベクトル空間を特に数ベクトル空間(number-space)と呼ぶ。※
[定理2-28]:a→[a]の対応は同型対応である。そこで線型空間Lの次元がn(dimL=n)のときLはその座標のn次元数ベクトル空間に同型(isomorphic)であり,1次独立なLのべクトルの系は座標の作る数ベクトル空間の1次独立な系に対応する。(←自明)
[定義2-29](行列の階数):x1,x,..,xm∈Lが座標:[x1]=t(α11,α21,..,αn1),[x2]=t(α12,α22,..,αn2),..,[xm]=t(α1m,α2m,..,αnm)を有するとき,これらの列ベクトルから作られる行列をA≡[[x1][x2]..[xm]]=[t(α11,α21,..,αn1)t(α12,α22,..,αn2)..t(α1m,α2m,..,αnm)],つまり
とする。
このとき,行列Aを構成するm個の数空間の列ベクトル:[x1],[x2],..,[xm]のうちで1次独立なベクトルの個数の最大値を行列Aの階数(rank)という。
[定理2-31]:[定義2-29]と同じように構成された行列A≡[[x1][x2]..[xm]]に対し,線型空間Lのm個のベクトルx1,x2,..,xmのうちで1次独立なベクトルの個数の最大値は行列Aの階数に等しい。
(証明)[定理2-28]よりxi∈L →[xi]の対応は同型対応ですから,[定義2-29]によりこれは明らかです。(証明終わり)
[定理2-32]:行列Aの階数はAのうちのゼロでない小行列式(minor determinant)の次数の最大値に等しい。
(証明) これは次の(注)[補助定理]から従います。(終わり)
※(注):[補助定理]:m個のn次元列ベクトル[aj]≡t(α1j,α2j,..,αnj)(j=1,2,..,m)が一次独立であるための必要十分条件は,m≦nでn×m行列:A≡[[a1][a2]..[am]]=(αij)のn個の行からm個の行を取出して作ったm次小行列式の中にゼロでないものが存在することである。
(証明)[aj]≡t(α1j,α2j,..,αnj)(j=1,2,..,m)が一次独立であるときにはm≦nであるべきことは,n次元次元列ベクトル[a]全体から成る数ベクトル空間の次元がnであるということ,および先の"[定理2-18]:n次元線型空間Lの(n+1)個のベクトルからなる系は全て1次従属である。"という命題からわかります。
そして,[aj]≡t(α1j,α2j,..,αnj)(j=1,2,..,m)が一次独立でm≦nであるとすると,
"[定理2-17]:n次元線型空間Lにおける任意の1次独立な系a1,a2,..,am(m<n)に対し適当なLのベクトルの系am+1,..,anを加えて系a1,a2,..,am,am+1,..,anがLの基底となるようにできる。"
という命題から,
[aj](j=1,2,..,m)に適当なn次元列ベクトルの系[am+1],..,[an]を加えて系:[a1],[a2],..,[am],[am+1],..,[an]がn次元数ベクトル空間の1次独立な基底となるようにできることがわかります。
そこで,j=1,2,..,mだけでなくj=m+1,m+2,..,nについても[aj]≡t(α1j,α2j,..,αnj)と定義し,n×n行列BをB≡[[a1][a2]..[an]]=(αij)i,j=1,2,..,nと定義します。
こうすれば,自明な関係式β1[a1]+β2[a2]+..+βn[an]=[0]は,[β]を未知数とするB[β]=[0]なる行列表現を持つn次連立1次方程式になります。ただし,[β]≡t(β1,β2,..,βn)です。
クラーメル(Cramer)によれば,[β]に対するこの方程式が自明な解:[β]=[0]=t(0,0,..,0)のみを持つための必要十分条件はBが正則なこと:Bの行列式:|B|=detBがゼロでないことです。
特に,追加した1次独立な数ベクトルを[am+1],..,[an]を[aj]≡t(α1j,α2j,..,αnj)=t(δ1j,δ2j,..,δnj)(j=m+1,..,n)と選ぶことが可能です。
このときには,|B|=|αij|=det(αij)(i,j=1,2,..,m)です。
より一般には,上記のm個の添字j=1,2,..,mを任意に置換してkj(j=1,2,..,m)とした配列の[akj](j=1,2,..,m)に,n次元列ベクトル[am+1],..,[an]を加えてn次元数ベクトル空間の座標基底とすることもできます。
故に|B|=|αi,kj|=det(αi,kj)(i,j=1,2,..,m)と書けます。
よって,Bが正則なこと:つまりBの行列式:|B|=detBがゼロでないこととn個の行からm個の行を選び出して作ったm次の行列式の中にゼロでないものが存在することは同値であることが示されました。
以上から,"m個のn次元列ベクトル:[aj]≡t(α1j,α2j,..,αnj)(j=1,2,..,m)が一次独立であるための必要十分条件は,m≦nでn×m行列:A≡[[a1][a2]..[am]]=(αij)のn個の行からm個の行を選び出して作ったm次小行列式の中にゼロでないものが存在することである。"という命題が証明されました。(証明終わり)
↑証明には佐武一郎著「線型代数学」(裳華房)を参照しました。
(注終わり)※
[定義2-33]:Lの2つの座標系a1,a2,..,an∈Lとa'1,a'2,..,a'n∈Lを取るとa1=τ11a'1+τ21a'2+..+τn1a'n,a2=τ12a'1+τ22a'2+..+τn2a'n,..,an=τ1na'1+τ2na'2+..+τnna'nと書ける。
このとき,n×n行列:T≡(τij),
つまり,
をa1,a2,..,anからa'1,a'2,..,a'nへの変換行列(transormation matrix)という。
※(注):行列表現で(a1,a2,..,an)=(a'1,a'2,..,a'n)Tです。
Tはもちろん正則:|T|≠0ですから,逆行列T-1が存在して(a1,a2,..,an)T-1=(a'1,a'2,..,a'n)と書けます。※
[定理2-34]:a∈Lの座標系:a1,a2,..,an∈Lに対する座標をt(α1,α2,..,αn),座標系:a'1,a'2,..,a'nに対する座標をt(α'1,α'2,..,α'n)としa1,a2,..,anからa'1,a'2,..,a'nへの変換行列をTとすると,t(α'1,α'2,..,α'n)=Tt(α1,α2,..,αn),
つまり
が成立する。
(証明)a=α1a1+α2a2+..+αnan=(a1,a2,..,an)t(α1,α2,..,αn),かつa=α'1a'1+α'2a'2+..+α'na'n=(a'1,a'2,..,a'n)t(α'1,α'2,..,α'n)ですから(a1,a2,..,an)t(α1,α2,..,αn)=(a'1,a'2,..,a'n)t(α'1,α'2,..,α'n)です。
ところが,定義によって(a1,a2,..,an)=(a'1,a'2,..,a'n)Tですから(a'1,a'2,..,a'n)Tt(α1,α2,..,αn)=(a'1,a'2,..,a'n)t(α'1,α'2,..,α'n)と書けます。
a'1,a'2,..,a'nは座標系(基底)であり,座標表現:a=α'1a'1+α'2a'2+..+α'na'n=(a'1,a'2,..,a'n)t(α'1,α'2,..,α'n)は一意的ですから,t(α'1,α'2,..,α'n)=Tt(α1,α2,..,αn),あるいは,t(α1,α2,..,αn)=T-1 t(α'1,α'2,..,α'n)が結論されます。
(証明終わり)
短いですが今日はここまでにします。
ここで述べたかったことのエッセンスは,有限次元線型空間Lの本質はその次元がn(dimL=n)であるということです。
つまり,次元が同じnであれば抽象的な線型空間(ベクトル空間)であろうと全てn次元数ベクトル空間に同型であり,抽象線型空間の元であるベクトルについても数空間の列ベクトルに同型という意味です。
例えば,量子論の状態を示すブラ・ケットのような抽象的状態ベクトルであろうと,こうした粒子のスピンやクォークのカラー,フレイバーに代表される有限で離散量子数のみで指定されるような有限次元の線型部分空間の代数的性質の話を考えるのであれば,
これら全ては普通の数ベクトル空間,およびその列ベクトルの性質,特に行列や行列式を観察すれば十分であるということを論理的に表現したかったのです。
参考文献:ア・イ・マリツェフ(柴岡康光訳)「線型代数学」(東京図書)
PS:整いました。今日の駄じゃれ。。。
「壁に耳あり,障子にメアリー(まり)」
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この記事へのコメントは終了しました。
コメント
先におくったコメントが短すぎました。
toshiさんのエッセーはどこか清潔な感じがして、なつかしい気持ちにさせてくれます。toshiさんにそのモチーフがあればのお話しですが、“美しい数式”をこのホームページのなかでとりあげていただければ・・・と願っています。もちろんこのコメントを無視されてもかまいません。
投稿: muz | 2011年2月 6日 (日) 23時11分
“美しい、数式をさがしています。”といった内容でメールを送ったことがあります。
覚えていらっしゃいますか・・・
投稿: muz | 2011年2月 6日 (日) 17時06分