量子電磁力学の輻射補正(3)(真空偏極-2)
輻射補正の続き,真空偏極補正の残りです。
M2が大きいときに,
Iμν(q)~{iα/(3π)}(qμqν-q2gμν)[log(M2/m2)
-6∫01dz[z(1-z)log{1-q2z(1-z)/m2}]
の物理的意味を理解するため,図8.1(e)におけるように散乱への
電子線の閉loopの寄与を考えます。
まず,電子-陽電子散乱の2次の振幅:
SfiB=(e2m2/ε0V2)(Ep1Epi'Eq1Eq1')-1/2
[{u~(p1'')(-iγμ)v(q1)}{v~(q1)(-iγμ)u(p1')}(-i)
{(p1-p1')2+iε}-1-{u~(p1')(-iγμ)v(q1')}
{v~(q1)(-iγμ)u(p1)}(-i){(p1+q1)2+iε}-1]
×(2π)4δ4(p1'+q1'-p1-q1)
を再掲します。
これの第2項:
-{u~(p1')(-iγμ)v(q1()}{v~(q1)(-iγν)u(p1)}
(-igμν){(p1+q1)2+iε}-1(2π)4δ4(p1'+q1'-p1-q1)
に4次の真空偏極補正を加えた振幅は,
光子伝播関数(propagator)を元の(-igμν){(p1+q1)2+iε}-1
から,これとこれの置換; (-igμν){(p1+q1)2+iε}-1
→ {(p1+q1)2+iε}-1Iμν(p1+q1)2(p1+q1)2+iε}-1
の総和へと変更する,光子伝播関数因子の修正で表現されます。
補正項を加え修正された光子伝播関数は,
-igμν/q2+(-i/q2)Iμν(q)(-i/q2) です。
これに,具体的に,
Iμν(q)={iα/(3π)}(qμqν-q2gμν)[log(M2/m2)
-6∫01dz[z(1-z)log{1-q2z(1-z)/m2}]
を代入し,さらに電子頂点(vertex)におけるcurrent(電流)の保存
によって消えるqμとqνに比例する項を全て落とします。
(※↑ 光子の縦波成分は散乱振幅には,一切寄与しません。)
すると,光子伝播関数の寄与は,
(-igμν/q2)[1-{α/(3π)}log(M2/m2)
+(2α/π)∫01dz[z(1-z)log{1-q2z(1-z)/m2}]
と書き換えられます。
これは,αの1次のオーダーまで補正された光子伝播関数を
表わしています。
※(注1):ここまで一貫して使用している自然単位系:
c=h/(2π)=1 でのcurrent:jμ(x)=(ρ(x),j(x))の保存
は,∂μjμ=∂jμ/∂xμ=0 (連続方程式:∂ρ/∂t+∇j=0)
で与えられます。
具体的には,電荷eの因子を除くcurrent(電流)は,状態1→状態2
の流れでは,jμ(x)=ψ2~(x)γμψ1(x)で与えられます。
ただし,ψ~(x)≡ψ+(x)γ0です。
特に,ψ1,ψ2が共に正エネルギーなら,
jμ(x)=Cu~(p2)γμu(p1)exp{-i(p2-p1)x}より,
∂μjμ=Ciu~(p2)(p2-p1)u(p1)exp{-i(p2-p1)x}
=iCu~(p2){(p2-m)-(p1-m)}u(p1)exp{-i(p2-p1)x}
=0 です。(ただし,Cは規格化定数でp≡pμγμです。)
そこで保存則:∂μjμ=0 は,運動量空間では(p2-p1) μjμ=0
を意味します。
一方,ψ1が正エネルギー,ψ2が負エネルギーq2なら
jμ(x)=Cv~(q1)γμu(p1)exp{-i(q2+p1)x}より,
∂μjμ=Civ~(q2)(q2-p1)u(p1)exp{-i(q2+p1)x}
=iCu~(p2){(-q2-m)-(p1-m)}
u(p1)exp{-i(-q2-p1)x}=0 です。
この場合にも保存則:∂μjμ=0 の運動量空間での表現は.
(q2+p1) μjμ=0 です。(注1終わり)※
したがって,任意のFeynman-diagramにおいて2つの保存current
の間を結ぶ1光子交換に対する振幅の電子閉ループの効果は
,(-igμν/q2)[1-{α/(3π)}log(M2/m2)
+(2α/π)∫01dz[z(1-z)log{1-q2z(1-z)/m2}]
で与えられます。
そこで,運動量遷移が小さい極限のq2=0 (実光子:on-shell)
では,光子伝播関数は-igμν/(q2+iε)から,積因子:
Z3≡1-{α/(3π)}log(M2/m2)だけの変更を受けます。
それ故,例えば小さい運動量遷移に対する電荷-Ze>0 の原子核
による電子のCoulomb散乱振幅は,最低次の近似で
iZe2u~γ0u/(ε0q2)から,
ieR2u~γ0u/(ε0q2)≡iZ3Ze2u~γ0u/(ε0q2)
~ {iZe2u~γ0u/(ε0q2)}[1-{α/(3π)}log(M2/m2)]
へと修正されます。
Zは原子番号で,これと似た記号で紛らわしいのですが,修正因子
Z3は一般にはαの2次以上の全ての高次補正を考慮して
Z3=1-{α/(3π)}log(M2/m2)]+O(α2)と書きます。
(※Z3を真空偏極での"くりこみ係数"と呼びます。)
したがって,電磁相互作用を含むDirac方程式:
{γμ(i∂μ-eAμ)-m}ψ=0 に現われるパラメータeの二乗は
実は4πε0α~ 4πε0/137ではなく,これより幾らか大きい値で
あると結論されます。
何故なら実際に4πε0αの測定にあずかるのはe2ではなく
eR2=Z3e2なので,e2>eR2=4πε0αであると考えられるからです。
eRはくりこまれた電荷(renormalised charge)と呼ばれ,eは裸の
電荷(bare charge)と呼ばれます。
裸の電荷という呼称に対応して,くりこまれた電荷eRは着物を着た
電荷(dressed charge)と呼ばれることもあります。
以上から,光子が交換される任意のプロセスでは積因子Z3が存在
することがわかります。
そしてeR2=Z3e2~e2[1-{α/(3π)}log(M2/m2)]ですが,
これは運動量遷移qには無関係です。
このことから真空の静的分極性から生じる電子の電荷にも同じ"
くりこみ(renormalization)"が存在すると思われます。
それ故,裸のeの代わりに観測電荷eRによって断面積を書き直
せばe2のオーダーでの発散は消えます。
このとき,観測量(observable)である運動量依存の補正はq2 → 0
の静的極限では消える項:
(2α/π)∫01dz[z(1-z)log{1-q2z(1-z)/m2}]
に由来しますが,この寄与は有限ですから計算のために採用された
切断方法には独立です。
裸の物理的電荷間の関係だけが切断に依存するわけです。
低エネルギー遷移の極限:|q2/m2|<<1では,例えば2次の
Coulomb散乱振幅因子:{ie2u~γ0u/(ε0q2)}は次の係数だけ
変わります。
すなわち,
{ie2u~γ0u/(ε0q2)}[1-{α/(3π)}log(M2/m2)
-{α/(15π)}(q2/m2)]
~ {ieR2u~γ0u/(ε0q2)}[1-{αR/(15π)}(q2/m2)+O(αR2)]
と書けます。
何故なら,元の裸のαはくりこみ後ではもはや観測される微細構造
定数 ~ 1/137 に対応するものではなく,
αR≡eR2/(4πε0) ~1/137 であり,
1/137 ~ αR=α[1-{α/(3π)}log(M2/m2)]<<αである
からです。
※(注2):|q2/m2|<<1ではlog{1-q2z(1-z)/m2}
~ -q2z(1-z)/m2で∫01dzz2(1-z)2=1/30なので,
(2α/π)∫01dz[z(1-z)log{1-q2z(1-z)/m2}]
~ -{α/(15π)}(q2/m2)です。 (注2終わり)※
{ieR2u~γ0u/(ε0q2}[1-{αR/(15π)}(q2/m2)]は
座標空間では[1-{αR/(15πm2)}∇2]eR2/(4πε0r)
=eR2/(4πε0r)+{eR2αR/(15πε0m2)}δ3(x) なる形の
相互作用として表現されます。
※(注3):何故なら,
2010年6/14の記事「散乱の伝播関数の理論(11)」
によれば,電荷がZの原子核によるCoulomb散乱の2次の振幅
(S行列要素)は,Sfi=(iZe2m/(ε0V)(EfEi)-1/2
[{u~(pf)γ0u(pi)}/|q|2]2πδ(Ef-Ei) ですが,
このケースでは,q0=q0=Ef-Ei=0 よりq2=-|q|2であり,
∫d4xexp(iqx)/(4πr)=2πδ(Ef-Ei)(1/|q|2) です。
それ故,∫d4x{2exp(iqx)}/(4πr)=2πδ(Ef-Ei)(-|q|2/q2)
=q2∫d4xexp(iqx)/(4πr)です。
そして,∇2{1/(4πr)}=-δ3(x)であるからです。※
そこで,原子番号がZの水素様原子のエネルギー準位の最低次
の輻射補正は,αRを元の記号αに戻せば
ΔEnl=-ZeR2α/(15πε0m2)|ψnl(0)|2
=-{4πε0Zα2/(15πε0m2)}(1/π)(mZα/n)3δl0
=-(Z2α2m/2){8Z2α3/(15πn3)}δl0
で与えられます。
※(注4): V(r)=ZeR2/(4πε0r) → -ZeR2/(ε0|q|)
-ZeR2α/(15πε0m2)δ3(x)であり.
<ψnlδ3(x)ψnl>=∫d3xψnl*(x)δ3(x)ψnl(x)=|ψnl(0)|2,
eR2α=α/(4πε0),です。
そして,水素原子の波動関数に対する通常の量子力学から
l=0 では|ψnl(0)|2=(1/π)(mZα/n)3であり,
l≠0 ならψnl(0)=0 なることが既知です。(注4終わり)※
特に,Z=1(水素原子),n=2,l=0 に対しては,光スペクトル
の振動数変化として,
ν=ΔE20/hc=-27(mc/s)=-27(megacycles per second)
です。(hc≡h/(2π)hはPlanck定数)
(※ΔE20=-1.8×10-26JよりΔE20/hc=-27.3MHMHzです。※)
低運動量遷移q2<<m2の電子散乱に対しては相互作用は全電荷
に比例します。小さい衝突径数の大きい運動量遷移:q2=-|q|2の
散乱に対しては,電子が分極雲の中を貫通するので相互作用の強さ
はより増加します。
(※(入射運動量)×(衝突径数)=角運動量=一定ではpib=pfbf
={hcl(l+1)}1/2=一定で,bが小さいならpi=|pi|が大きい
ので=|q|=|pf-pi|も大きいわけです。※)
この結果によるCoulombの法則の修正はUehlingによって1935年
に初めて計算されました。これが水素原子内で分離する
2S1/2-2P1/2のLamb shift(ラムシフト)の最初の測定の目標
でした。
1947年には-27(mc/s)のほかに~1000(mc/s)までのシフト
が発見されました。
最近(Bjorken-Drellがテキストを執筆した当時=1960~1970)の
大変精密な測定値と精密な計算値は水素原子のn=2のLamb-shift
について0.2mc/s以内で一致しており,真空偏極のために
-27(mc/s)のシフトが存在するという仮説の妥当性が高精度で
確認されています。
これは閉ループの寄与を生起させたDirac方程式の空孔理論
と電子と光子の相互作用に用いた単純な点結合の双方に支持
を与える1つの印象的な証拠であると考えられます。
※なお,Lamb shift(ラム・シフト)については後に一節を設けて
(§8.7で)詳述する予定です。※
本節では,まだ大きいq2(短距離特性の相互作用)に対する計算
の妥当性を検証する実験に基づいて理論への幾らかの修正を施す
必要性を提示するという作業が残っていますが,今日はここまで
にします。
参考文献: J.D.Bjorken & S.D.Drell "elativistic Quantum Mechanics"(McGraw-Hill)
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コメント
以上から,光子が交換される任意のプロセスでは積因子Z3が存在することがわかります。
↓
以上から,仮想光子が交換される任意のプロセスでは積因子Z3が存在することがわかります。
投稿: 凡人 | 2013年4月19日 (金) 22時05分
∫d4x{2exp(iqx)}/(4πr)= ⇨ ∫d4xq2exp(iqx)}/(4πr)=
投稿: hirota | 2013年4月19日 (金) 00時12分
またまた、引用させて頂きました。
内容をでなく、式のコピペにで、タグが落ちるなんて記事で、恐縮です。
ラムシフトは、ファインマンと朝永、
シュインガー(かな?)が、
計算を競ったことで有名ですね。
結局、朝永の超多時間理論以外の計算には、間違いがあって、
朝永のノーベル賞を決定づけたと
聞いています。
投稿: kafuka | 2011年4月15日 (金) 04時26分