量子電磁力学の輻射補正(6)(電子自己質量-2)
輻射補正の電子の自己質量の項目の続きです。
§8.5 Renormalization of the Electron Propagator
(電子伝播関数のくりこみ)
さて,前項で低次の散乱行列要素について実行した波動関数
の修正:u~(p) → u~(p)[1+{-iΣ(p)}i(p-m)-1]を,
電子伝播関数(propagator)に適用します。
すなわち,上記修正は,伝播関数:i/(p-m)を,
i/(p-m)+{i/(p-m)}{-iΣ(p)}i(p-m)-1
=i/{p-m-Σ(p)}+O(α2) に置き換えることに
等価です。
※(注1):i/(p-m)+{i/(p-m)}{-iΣ(p)}i(p-m)-1
={i/(p-m)}[1+{-iΣ(p)}i(p-m)-1]
={i/(p-m)}[1-Σ(p)(p-m)-1]-1+O(α2)
=i/{p-m-Σ(p)}+O(α2),
または,i/(p-m)+{i/(p-m)}Σ(p)(p-m)-1
+{i/(p-m)}Σ(p)(p-m)-1Σ(p)(p-m)-1+..
={i/{p-m}}/{1-Σ(p)(p-m)-1}=i/{p-m-Σ(p)}
です。
(注1終わり)※
これは,前項で求めた,
Σ(p) ~ {3αm/(4π)}log(Λ2/m2)
-{α/(4π)}(p-m)[log(Λ2/m2)+4log{(m2―p2)/m2}],
または,Σ(p) ~ {3αm/(4π)}log(Λ2/m2)
-{α/(4π)}(p-m){log(Λ2/m2)+4log(λ/m)}
から,次のように表現できます。
すなわち,Σ(p)≡δm-{Z2-1-1+C(p)}(p-m),
ただし,δm≡{3αm/(4π)}log(Λ2/m2),
および,Z2-1-1+C(p)
≡{α/(4π)}[log(Λ2/m2)+4log{(m2―p2)/m2}]
(for mλ<<p2-m2<<m2),
または,Z2-1-1+C(p)
≡{α/(4π)}log(Λ2/m2)+4log(λ/m)(for p2-m2<<mλ)
とします。
実数C(p)は質量殻上(on-shell):p=mでC(p)=0 となる
ように選びます。こうすればC(p)は切断Λには依らない数
になります。
こう規定すると,p=mでは,
Z2-1-1={α/(4π)}{log(Λ2/m2)-2log(m2/λ2)}
です。
そこで,i/{p-m-Σ(p)}
=iZ2/[(p-m){1+Z2C(p)}-Z2δm]
=iZ2/[(p-m-δm){1+C(p)}]+O(α2)
と書けます。
※(注2):p-m-Σ(p)
=p-m-δm+{Z2-1-1+C(p)}(p-m)
=Z2-1[(p-m){1+Z2C(p)}-Z2δm] です。
そして(p-m)|1+Z2C(p)}-Z2δm
=(p-m-δm){1+C(p)}+(Z2-1)C(p)(p-m)
-{Z2-1-C(p)}δm です。
αの最低次までの計算では,Z2-1-1=O(α)ですから,
Z2-1=O(α),Z2-1-C(p)=O(α)です。
さらに,C(p)=O(α),δm=O(α)ですから
(Z2-1)C(p)(p-m)-{Z2-1-C(p)}δm=O(α2)
です。
故に,i/{p-m-Σ(p)}
=iZ2/{(p-m-δm){1+C(p)}+O(α2)}
=iZ2/{(p-m-δm){1+C(p)}+O(α2)
を得ます。
または,Z2=1+O(α),C(p)=O(α)でO(α2)を無視する
近似では,Z2 ~ 1として,直接,
i/{p-m-Σ(p)}
=iZ2/[(p-m)|1+Z2C(p)}-Z2δm]
~ iZ2/{(p-m-δm){1+C(p)} です。※
ここで,mph≡m+δmを電子の物理的質量(physical mass),
つまり観測される電子の質量と認定します。
自由Dirac方程式:(iγ∇-m)ψ=0 or (p-m)u=0 に
現われるパラメータmは,前の論議での裸の電荷と同じく
裸の質量(bare mass)と呼ばれ観測にはかからない数です。
質量mの"くりこみ"の必要性は既に古典電磁力学に
おいても生じています。
自由電子に関する実験では,Lorentz力の法則でのパラメータ
mに電子の自己場の慣性を加えたものが測定にかかります。
(※電場E,磁場Bの中に投げ入れた電荷eの1電子の速度を
vとすると,その運動は運動方程式:mdv/dt=eE+ev×B
に厳密には従わず,mdv/dt=ev×B+Fとなって余分な力
Fがあります。
このFは場の反作用と呼ばれ,これは電子の加加速度:d2v/dt2
にも依存するような複雑な力ですが,投入した電子自身によって
発生した自己場による抵抗力と考えられます。
そこで,質量がmphの電子は,mphdv/dt=eE+ev×B
なるLorentz力を含む普通の電磁場の法則に従うべきである。
という仮説の下で電子の慣性質量mphを測定すると,
mph=m(電子質量)ではなく.mph=m+δmと余分の慣性δm
を加えた形で観測されます。※)
古典半径aの電子を仮定し古典電磁気学に従って理論的に電子
の自己エネルギーを計算すると,~ α/a であり,それ故観測
される質量は,~ (m+α/a)=mph となるはずです。
ただし,α≡e2/(4πε0)で,これは微細構造定数です。
大きさのない点電荷ではa→ 0であり,これでは質量補正は
無限大になってしまいます。これは古典電磁力学だけでなく,
たった今計算した量子論においても真です。
しかし,古典論ではa → 0 に対して自己エネルギーが1次の
発散をするのに反して,量子論では切断について対数的に発散
します。
こうした発散の緩和化は,Diracの空孔理論の帰結です。
最初,Weiskopfによって研究されたように(2006年12/21の過去
記事:「電子の自己エネルギーとDiracの海」を参照),
下図8.7(a)の時間順序グラフでの仮想電子-陽電子対が
図8.7(b)の主要な発散を相殺します。
さて,量子論で計算した自己エネルギーは形式的には無限大ですが,
この質量補正はΛ<<exp{2r/(3a)}m ~10100m程度の切断質量
Λに対してはかなり小さい値です。
一方,宇宙の全質量でさえ,1080mくらいと評価されています。
"質量くりこみ"を実行する体系的な方法は,Dirac方程式を物理的
質量で書き直し,その差異を付加的相互作用として扱うことです。
すなわち,元の素朴な方程式:(iγ∇-m)ψ=eAψを,
(iγ∇-mph)ψ=eAψ-(mph-m)ψ=eAψ-(δm)ψ
と書き直します。
右辺の付加的相互作用:-(δm)ψのS行列への寄与は
下図8.8のFeynmanグラフで表わされます。
この項の寄与は,丁度.
Σ(p) ~ {3αm/(4π)}log(Λ2/m2)-{α/(4π)}(p-m)
[log(Λ2/m2)+4log{(m2―p2)/m2}]etc.の第1項(Leadingterm)
と相殺してこれを消す働きをします。
(※図8.8の項はくりこみ理論ではcountertermと呼ばれます。)
そして,修正された(くりこまれた)電子伝播関数は,p=mphの
とき自由伝播関数の倍数になります。
さて,これ以後は質量は既にくりこまれていると仮定します。
すなわち,図8.8も含まれているとします。
そして,改めてmphの代わりにmを電子の物理的質量を記述する
記号とします。(裸の質量はmの代わりに,m0とします。)
残りの電子伝播関数の補正は,定数Z2と関数C(p)です。
このうちC(p)はp=m(=mph)のときゼロと選択しています。
そこで,p~mでの伝播関数は,i/(p-m) → iZ2/(p-m)
となり積因子で修正されます。
この意味で,Z2は前の真空偏極(vacuum polarization)による
光子伝播関数の補正において遭遇した定数Z3に似ています。
この因子はまた,電子線の"各端点=頂点(vertex)"に現われる
電荷e0に吸収することも可能です。
しかし,Z2が多くの物理学を含むことは期待できません。
何故なら,それは,
Z2-1-1={α/(4π)}{log(Λ2/m2)-2log(m2/λ2)}によって,
光子の切断質量Λに依存するからです。
また,外線(質量殻上=実電子)については,二重に補正しない
よう注意する必要があります。
この状況は,光子外線(実光子)の補正係数において出会った状況
に似ています。
こうしたFeynman伝播関数は,後に第二量子化された場理論では,
2点Green関数として場の時間順序積の真空期待値で与えられる
のですが,こうした伝播関数は場の振幅について双一次の表現です。
一方,外線は単一の場の振幅を表わす波動関数に相当するので,
それは因子:Z21/2でくりこまれます。
その結果,各外線については,Z21/2で割る必要があります。
この結果の馴染み深い例は,通常の量子力学の摂動論において
見出されます。
すなわち,摂動論の1次近似結果の,
ψn=Zn1/2φn+Σm≠n<φmVψn>φm/(En-E0m)2,
およびZn=1-Σm≠n|<φmVψn>|2/(En-E0m)2
なる表現です。
ここでも,Z因子は本質的にはGreen関数に対して計算され,
波動関数はZn1/2 よって再規格化されています。
短かいですが,今日はここで終わります。
そして,これで電子自己質量の項は終わりです。
次回は頂点補正(The Vertex Correction)に入る予定です。
(参考文献): J.D.Bjorken & S.D.Drell
"Relativistic Quantum Mechanics"(McGraw-Hill)
| 固定リンク
「114 . 場理論・QED」カテゴリの記事
- くりこみ理論第2部(1)(2020.11.11)
- くりこみ理論(次元正則化)16)(2020.06.13)
- くりこみ理論(次元正則化)(15)(2020.06.07)
- くりこみ理論(次元正則化)(14)(2020.05.31)
- くり込み理論(次元正則化)(13)(2020.05.31)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント