WKB近似,ハミルトン・ヤコービ方程式,経路積分(再掲)
今日は,まあ,手抜きなのですが,過去の科学記事(バックナンバー)の中から我ながら秀逸と思った記事をもう一度表舞台に出してお茶を濁します。
余談ですが私の思いつきの今日の一言:"性悪説"の時代(戒律を課し罰を与える旧約の神) →"性善説"の時代 (すべて全てを恕(ゆる)す新約の神)→??
「沈黙は金,雄弁は銀(トーマス・カーライル)」,。。この言葉ができた当時は銀の価値の方が金よりも上だったそうで言葉の価値,偉大さを述べたものらしく一般的な普通の解釈とは逆かも知れません。
ただし雄弁とは単なるおシャベリを意味するものではなく,駄弁なら沈黙の方がましでしょう。
(以下,2006年10月8日に書いた記事の再掲です。
今日は量子論におけるWKB近似が,なぜ半古典近似と呼ばれるのか,を解析力学のハミルトン・ヤコービの方程式と関連付けて説明し,さらに経路積分との関連についても手短かに述べてみたいと思います。
まず,古典力学の力学系での一般化座標をqr(r=1,2...n)とし,系を記述するラグランジアン(Lagrangian)をL(q,qd,t)とします。
ここで,qはqr全体を総称しqd≡qdotはqの時間による微分:qrd≡(dqr/dt)の全体を意味します。
さらに,pr≡(∂L/∂qrd)を一般化運動量と定義します。
このpr=(∂L/∂qrd)を解いてqrdをqrとprの関数で表わしたものを,式:H≡∑prqrd-Lの右辺のqrd に代入したものを系のハミルトニアン(Hamiltonian):H(q,p,t)と定義します。
このとき,元々のニュートンの運動方程式は,これをダランベールの原理(D'Alembert)で加工して一般化し,一般化座標の方程式に変換したn個のオイラー・ラグランジュ方程式[d(∂L/∂qrd)/dt]-∂L/∂qr=0 に取って代わられます。
さらに,qrd≡(dqr/dt)=(∂H/∂pr),prd≡(dpr/dt)=-(∂H/∂qr)なる形の2n個の1階微分方程式=ハミルトンの正準方程式に変換されます。
ほとんどのH(q,p,t)では,一般化座標の変数pr,qrを計算に都合がいいような新変数Pr,Qrに変換して,新しいハミルトニアンとしてK(Q,P,t)を作り,ハミルトンの正準方程式が形としてそのまま保存されるようにできます。
つまり,qrd=(∂H/∂pr),prd≡-(∂H/∂qr)がQrd≡(dQr/dt)=(∂K/∂Pr),Prd≡(dPr/dt)=-(∂K/∂Qr)と同値になるようにできます。こうした変換を正準変換と呼びます。
このとき,新変数による新しいラグランジアンをL'=∑PrQrd-Kと書けば,元のラグランジアンL=∑prqrd-Hとの間にある関数Wが存在して,L=L'+(dW/dt)なる等式が成り立つはずです。
これは,変換の下で理論が不変に保たれるための必要十分条件です。この結果,∑prqrd-H=∑PrQrd-K+(dW/dt)と書けます。
関数W はtのほかにはp,q,P,Qの4n個の変数の関数ですが,このうち独立な変数は2n個だけですから,例えばW=W(q,P,t)と独立変数を選んでみます。
このときは,dW=∑prdqr+∑QrdPr+(K-H)dtなる式によってpr=∂W/∂qr,Qr=∂W/∂Pr,K=H+∂W/∂tとなります。
次に,特に変換によって特異になる危険性を犠牲にしてもハミルトニアンKが恒等的にゼロになる:K≡0 となる特別な正準変換があったらと想定してみます。
このときには,ハミルトンの正準方程式はPrd≡(dPr/dt)=0 ,Qrd≡(dQr/dt)=0 となり,座標点は全て時間的に静止していて,Pr=αr(定数),Qr=βr(定数)とすることができて最高に好都合です。
そして,このとき元の正準変換に戻ってみるとq=q(Q,P,t)=q(β,α,t),p=p(Q,P,t)=p(β,α,t)と,2n個の積分定数または初期条件を含む解が求まるわけです。
つまり"一般化座標の時間的変化=軌道"は全て決まる,あるいは問題は完全に解けることになります。
そして,W=W(q,P,t)=W(q,α,t),pr=∂W/∂qr,βr=∂W/∂αrと書くこともできます。
そこで,逆にこうした都合のいい関数Wを求めるための方程式H+∂W/∂t=K=0 ,つまり,H[q,∂W(q,t)/∂q,t]+∂W(q,t)/∂t=0 で与えられると考えます。
そして,微分方程式H+∂W/∂t=0 を解くことによって,積分定数αを含むW(q,α,t)が得られると考えることもできるわけです。
この方程式:H+∂W/∂t=0 をハミルトン・ヤコービ(Hamilton-Jacobi)の偏微分方程式と呼びます。
特にハミルトニアンHが時間tを陽には含まないときには,Hは固定したq,pに対しては時間的に一定になるので,H(q,p)=E (定数)とかくことができます。
Hがtを陽に含まない場合にはネーターの定理(Noether's theorem)によって,右辺の定数Eがいわゆるエネルギーであり,時間的に変化しない保存量であることはよく知られた事実です。
このとき,H(q,p)=Eにより,ハミルトン・ヤコービの偏微分方程式:H+∂W/∂t= 0 はW(q,α,t)/∂t=-E (一定)となりますからW(q,α,t)=S(q,α)-Etと書いてよいことになります。
pr=∂W/∂qr=∂S/∂qrなので,結局H(q,∂S/∂q)=E (ただしp=∂S/∂q)と表現できて,方程式は少し簡単になります。
Hがtを陽に含まない場合,Wが一定の面を波動光学からのアナロジーで,ある力学的波動の位相が一定の面を表わすものであると考えてみます。
W=(S-Et)という量から,"Sと同じ単位=(エネルギー×時間)"を持つある比例定数:hcを用いて,単位のない変数(W/hc)={(S/hc)-(E/hc)}を作り,これを位相としてω=E/hcを角振動数2πνとするような波動を考えることにして,その波動を表わす量をψと定義します。
すなわち,ψ=Aexp(iW/hc)=Aexp[i{(S/hc)-ω}t] (ω≡E/hc)とします。
特に1変数のみの系では,p=∂S/∂q=∇Sから,pψ=(∇S)ψ=(-ihc∇ψ)となるので,記号的にはp ~ (-ihc∇)と見なすことができます。
hcをプランク(Planck)定数=(h/2π)と同一視すれば,ψは量子力学の波動関数に対応し,ハミルトン・ヤコービの偏微分方程式は正にシュレーディンガー(Schödinger)方程式になります。
古典力学と量子力学との間には大きな谷間(gap)があり,それぞれが独立な法則=公理を持つ独立な理論なので,古典力学から何の飛躍もなく量子力学を導くことは不可能ですが,前期量子論の段階では上記のような推論がなされていたと思われます。
こうしたことから,WKB近似という量子力学の問題を解く1つの近似法="時間を含まない定常波動関数u(x)をexp[iS(x)]なる形式で表現して近似するという方法"は半古典近似という名称で呼ばれているのでしょう。
ところで,上述のS(q,α)はラグランジアンで表わすとS=∫L(q,qd,t)dtと書けます。これはいわゆる作用(作用積分)と呼ばれる量です。
つまり,Sは"系の運動はqの変分δqに対する作用Sの変分がゼロ:δS=0 となる=Sが停留値を取るという条件によって与えられる。"という1つの基本的な変分原理=最小作用の原理の元になる作用関数になっています。
そこで,量子力学でファインマンの経路積分(Feynman)を用いた理論展開で,時間発展の確率振幅が作用Sによって,<qf|exp{-(i/hc)H(tf-ti)}|qi>=A∫Dqexp[(i/hc)S(q(t))]と表現されることが思い出されます。
私見では,これはDqがあらゆる分岐した経路にわたる積分であるという意味で,多世界解釈にもつながると考えているのですが,それはさておき,経路積分の意味を説明します。
この経路積分の公式は,作用SをS(q(t)) ~ Δt∑jNL[q(tj),{q(tj+1)-q(tj)}/Δt]と分割し,中間状態の射影演算子|q(tj)><q(tj)|を考えたとき,中間状態の完全性を利用すれば得られます。
中間状態の完全性とは,あらゆる座標qの全空間での総和=積分が1になること,∫dq|q><q|=1であることです。
すなわち,遷移確率振幅<qf|exp{-(i/hc)H(tf-ti)}|qi>を時間分割して,<qj+1|exp{-(i/hc)HΔt}|qj>と細分化したとき,各細分時刻tjにおいて,1=∫dq(tj)|q(tj)><q(tj)|を挿入しても結果は変わりません。
そして,各々の細分では<qj+1|exp{-(i/hc)HΔt}|qj>=<qj+1|exp{-(i/hc)p(tj){q(tj+1)-q(tj)}+(i/hc)ΔtL[q(tj),{q(tj+1)-q(tj)}/Δt]|qj>と表現できます。
ここで,qj≡q(tj),Δt≡(tf-ti)/Nであり,ti≡t0<t1<t2<...<tj<tj+1<...<tN≡tfです。
結局,遷移確率振幅は<qf|exp{-(i/hc)H(tf-ti)}|qi>=ΠjN<qj+1|exp{(i/hc)ΔtL[q(tj),{q(tj+1)-q(tj)}/Δt]|qj>となり,これでN → ∞とした極限が経路積分です。
そして,この経路積分の計算結果においては被積分関数の指数関数の中で最小作用の原理を満たすδS=0 の部分の寄与が最大になり,遷移確率振幅=伝播関数に大部分の寄与をする,ことがわかっています。
これは古典論と量子論の隙間(gap)を埋める話として,一つの注目に値する論点であると考えられます。
参考文献:大貫義郎著「解析力学」(岩波書店) 並木美喜雄著「解析力学」(丸善) 深谷賢治著「解析力学と微分形式」(岩波書店)
| 固定リンク
「102. 力学・解析力学」カテゴリの記事
- 記事リバイバル⑦(WKB近似・Hamilton-Jacobi・経路積分)(2019.01.12)
- 力学覚え書き(その1)(2017.10.09)
- 再掲載記事:解析力学の初歩(2016.01.17)
- WKB近似,ハミルトン・ヤコービ方程式,経路積分(再掲)(2011.04.17)
- 電磁力学と解析力学(2010.02.06)
コメント
kitagawa_diracさん
http://maldoror-ducasse.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_2bbf.html
はご覧になられましたか?
投稿: 凡人 | 2011年4月25日 (月) 00時34分
TOSHI様
ブログで勉強しようとしていた訳ではなく、素朴に疑問に思ったことを質問しました。
疑問のある程度は解決できていますが、完全にモヤモヤが消えるまで自分の頭で考えます。
有難うございました。
投稿: kitagawa_dirac | 2011年4月21日 (木) 12時50分
PS:おはようございます。
昨日は病院に出かける前に間に合わせのコメントしました。ちょっと不親切かと思って追加です。
経路積分などはそれだけで1冊以上の本にもなり得ます。
失礼ですが,まだ基礎的な部分から勉強中なのであれば,ブログ記事のオマケ程度に書いた概略ではなくて,ちゃんとしたものを読まれた後の方がいいと思います。
質問も個人の日記のような絶対専制的で独善的なところでなく例えば私もよく行っているEMANさんのところのような掲示板の方が親切ですよ。
さて,標準理論では電子も陽電子も光子も光円錐をはみ出したりはしないし時間を逆行することもないし自由粒子の負エネルギー状態もないです。
負エネルギーが時間を逆に走ると見えるのは,正エネルギー粒子がt=t1に生成されてt=t2>t1に消滅される過程を,負エネルギー粒子がt=t2で生成されてt=t1<t2で消滅されるという描像でモデル化したに過ぎません。
このモデルを想定した理論(第二量子化以前の量子力学)の上でも経路積分を考えることができるので記事ではそうした図を描きましたが,
標準的場理論ならそうした経路を想定することはできてもその経路を取る確率はゼロで無意味でしょう。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2011年4月21日 (木) 07時03分
TOSHIです。
どうぞ駄文に迷わされることなく自分の頭で自分の道をお進みください。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2011年4月20日 (水) 19時43分
TOSHI様
ご返答有難うございます。
う~ん、まだちょっと整理しきれていないんですが、
返答の主旨は、
・経路としては因果律に関係なくあらゆる経路を考える。
・しかし、因果律に反する経路からの寄与はない。
こういうことでしょうか?
ある座標系で光円錐からはみだすような経路は適当にローレンツ変換すれば時間に逆行するような経路と見なせますよね。
そしてこれらは対生成、対消滅の過程としてとらえられると思いますが、
これらの経路の寄与がないというのは理解できないですが。
投稿: kitagawa_dirac | 2011年4月20日 (水) 12時29分
PS:TOSHIです。ちょっと間違い。。。(q,p)じゃないし4nじゃないし,
時間tは単なるパラメータで普通はわざわざ時間逆行させません。経路積分Dqは3n次元でした。
まあ電磁光学のホイヘンスの原理でも遅延(順行)でも先進(逆行)でもかまいませんが遅延の方を採用すると波面の内側球面波の包絡面への寄与はゼロです。
(ホイヘンスの原理関連の過去記事参照)
TOSHI
投稿: TOSHI | 2011年4月17日 (日) 18時30分
どうもkitagawa_dirac さん,はじめまして。。さっそくコメントありがとうございます。TOSHIです。
>経路積分ですが、因果律に反する超光速や、時間を逆行する経路も和に考慮すべきですか?
いい質問ですね。と言ったらどこかのTV番組の上から目線になりますが,当然そうした疑問はおきるでしょう。
答えはそれでかまわない,です。
確かにわざと時間に逆行するとうな経路図を入れましたが,これは場理論以前のDirac空孔理論を定式化したFeynman図で反粒子の時間順行が負エネルギー粒子の時間逆行に対応することを意識したものです。
経路積分そのものは自由度がn粒子のそれと同じものの経路であれば元々何の制約も受けず(q,p)の全4n次元空間で積分します。
場理論であれ,場理論以前であれ,経路積分で計算する状態の量子論が,物理的に合理的で因果律等を破らない理論ならそれに反するような経路では積分の重みである確率(密度)が自動的にゼロか無視できる値になって寄与しないはずなので,そうした心配をする必要はないと思います。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2011年4月17日 (日) 11時50分
TOSHI様、はじめまして。
経路積分ですが、因果律に反する超光速や、時間を逆行する経路も和に考慮すべきですか?
投稿: kitagawa_dirac | 2011年4月17日 (日) 08時23分