「水素様原子の微細構造(補遺1)」の続きです。
今度は,自由電子でなく電子が与えられた外場の中:
電磁ポテンシャル:Aμ=(Φ,A)の中にある場合に,
自由電子で得られた変換に対応する変換を探します。
この場合,変換の対象である元の基本のHamiltonianは,
H^=α(p^-eA)+βm+eΦ=βm+Ο^+ε
で与えられます。
ただし,便宜上,Ο^≡α(p^-eA),ε≡eΦとしました。
前の自由電子のHamiltonian:H^=βm+Ο^;O^=αp^の
ときと同じく,βO^=-O^β,βε=εβが成立します。
そして,H^=α(p^-eA)+βm+eΦ=βm+Ο^+εに
出現する外場:Aμ=(Φ,A)は,一般に時間に依存するため,
H^も時間tに依存します。
そこで,結論から述べると,
自由電子のケースでH'^=exp(iS^)Hexp(-iS^);
H'^=β(m2+p^2)1/2によって遂行されたようには,
H'^の中で全ての近似オーダーまでの奇演算子を除去
するS^を求めることは不可能です。
したがって,変換されたHamiltonianを,(1/m)のベキで
非相対論的 に展開し,(運動エネルギー/m)3と,
(運動エネルギー)×(場のエネルギー)/m2までのオーダー
での奇演算子の除去で満足することにします。
^
さて,再び変換:ψ'=UF^Ψ=exp(iS^)Ψを導入します。
しかし,今回は方程式:i(∂Ψ/∂t)=H^Ψは,
i(∂Ψ'/∂t) ={exp(iS^)H^exp(-iS^)}
にはなりません。
何故なら,UF^=exp(iS^)が時間tに依存するからです。
実際,Ψ'=exp(iS^)Ψより,
i(∂Ψ'/∂t)
=iexp(iS^)(∂Ψ/∂t)-iexp(iS^)(∂S^/∂t)Ψ
=exp(iS^)H^Ψ-exp(iS^)(∂S^/∂t)Ψ
です。
そこで,i(∂Ψ'/∂t)=exp(iS^)H^exp(-iS^)Ψ'
+(exp(iS^)(∂S^/∂t)exp(-iS^)Ψ',
つまり,i(∂Ψ'/∂t)
=exp(iS^){H^-i(∂/∂t)}exp(-iS^)Ψ'
が成立します。
したがって,H'^≡exp(iS^){H^-i(∂/∂t)}exp(-iS^)
とおけば,結局Ψ'に対する方程式として,元と同じ形の方程式:
i(∂Ψ'/∂t)=H'^Ψ'が得られるわけです。
そして,S^は(1/m)のベキに展開されて(1/m)が小さい,つまり
通常の単位ではcを光速として{1/(mc2)}が小さい非相対論的
極限では,
exp(iS^)H^exp(-iS^)
=H^+i[S^,H^]+(i2/2!)[S^,[S^,H^]]+..
+(in/n!)[S^,[S^,..[S^,H^],..]と近似されます。
※(注3):F(λ)≡exp(iλS^)Hexp(-iλS^)とおくと,
F(λ)=F^(0)+F'(0)λ+(1/2!)F"(0)λ2+..です。
そして,F(0)=H^ですが,dF/dλ
=iexp(iλS^)[S^,H]exp(-iλS^),
d2F/dλ2=i2exp(iλS^)[S^,[S^,H^]]exp(-iλS^),..より
F'(0)=i[S^,H^],F"(0)=i2[S^,[S^,H^]]です。
^
故に,F(1)=exp(iS^)Hexp(-iS^)
=H^+i[S^,H^]+(i2/2!)[S^,[S^,H^]]+..etc.です。
次に,G(λ)≡exp(iλS^)(∂/∂t)exp(-iλS^)とおくと,
G(λ)=G(0)+G'(0)λ+(1/2!)G"(0)λ2+..です。
そして,G(0)=-iSdです。
また,dG/dλ=exp(iλS)[S,Sd]exp(-iλS),
d2G/dλ2=iexp(iλS)[S,[S,Sd]]exp(-iλS),
d3G/dλ3=i2exp(iλS)[S,[S,[S,Sd]]]exp(-iλS),..
です。
ただし,Sd≡Sdot≡∂S/∂tとおきました。
よってG'(0)=[S,Sd],G"(0)=i[S,[S,Sd]],
G(3)(0)=i2[S,[S,[S,Sd]]]ですから,
G(1)=exp(iS)(∂/∂t)exp(-iS)
=-iSd+[S,Sd]+(i/2!)[S,[S,Sd]]..etc.です。
(注3終わり)※
S=O(1/m)ですから,
H'~H+i[S,H]-(1/2)[S,[S,H]]-(i/6)[S,[S,[S,H]]]
+(1/24)[S,[S,[S,[S,H]]]]-Sd-i[S,Sd]
-(i2/2)[S,[S,Sd]]です。
さてH'≡exp(iS){H-i(∂/∂t)}exp(-iS);
H=βm+Ο+εを与える適切なSを構成するに当たり,
次の1次オーダーの近似を想定します。
すなわち,H'≡exp(iS){H-i(∂/∂t)}exp(-iS)
~ (1+iS)H(1-iS)=H+i[S,H]です。
これから,H'~ βm+ε+Ο+i[S,β]mを得ます。
※(注4):H'~ (1+iS)(βm+Ο+ε)(1-iS)
=βm+ε+Ο+i[S,β]m+i[S,O]+i[S,ε]
です。
仮定によってS=O(1/m)であり,O,ε~1,βm~mですから,
[S,O]=O(1/m),[S,ε]=O(1/m)<<[S,β]m=O(1)
です。
そこで項:i[S,O],i[S,ε]を無視して,
H'~ βm+ε+Ο+i[S,β]mを得ます。(注4終わり)※
さて,変換後のHamiltonian:H'~βm+Ο+i[S,β]mにおいて,
奇演算子が消えることを要求します。
すると,自由粒子の場合からヒントを得て,S=-iβO/(2m)と
選択するとこうした結果が得られることがわかります。
※(注5):以前に考察した自由粒子H=βm+Ο;O=αpのケースには,
S=-iβαpθ;tan(2|p|θ)=|p|/m or 2|p|θ ~ |p|/m
でした。
このときには,[S,β]=-iβ{α,β}pθ=2iαpθ=2iOθ
より,[S,β]~iO/mでした。
今のH=βm+Ο+ε;O=α(p-eA),ε=eΦのケースでも,
S=-iβO/(2m)とすれば,[S,β]=2iα(p-eA)/(2m=iO/m
です。
そこでH'~βm+ε+Ο+i[S,β]m=βm+εとなって,
望み通りβO=-Oβを満たす奇演算子Oは消去されます。
(注5終わり)※
したがって,H=βm+Ο+εでS=-iβO/(2m)なら,求める
正確度までのオーダーでの展開項を計算すると以下のようになり
ます。
まず,i[S,H]=-i[S,β]m+i[S,ε]+i[S,O]
=-O+(iβ/m)[O,ε]+(β/m)O2です。
以下,詳細な計算内容は省略しますが,
-(1/2)[S,[S,H]]=-βO2/(2m)-{1/(8m2)}[O,[O,ε]]
-O3/(2m2),-(i/6)[S,[S,[S,H]]]
=O3/(2m3)-βO4/(6m3)+..,
(※..の項は[βO,[O,[O,ε]]]=β[O,[O,[O,ε]]]ですが,
(運動エネルギー)3(場のエネルギー)/のオーダーなので落とし
ます。 ※)
(i4/4!)[S,[S,[S,[S,H]]]]=βO4/(24m3) です。
(※+O5/(24m4)は落とします。)
さらに,-Sd=-∂S/∂t=iβOd/(2m),
-i[S,Sd]={i/(4m2)}[O,Od]を得ます。
そして,-(i2/2)[S,[S,Sd]]=-{iβ/(16m3)}[O,[O,Od]]は
(1/m)の高次項なので落とします。
かくして,項をまとめると,
H'~β{m+O2/(2m)-O4/(8m2)}+ε-{1/(8m2)}[O,[O,ε]]
+{i/(4m2)}[O,Od]+{β/(2m)}[O,ε]-O3/(3m2)
+iβOd/(2m)=βm+ε'+O'を得ます。
上の最終形では"Oの奇数乗項=奇演算子"は,(1/m)のオーダーまで
しか含まれていません。
この項を削除するために,H'に対してさらに第二のFoldy-Wouthuysen
変換を行ないます。
すなわち,S'=-iβO'/(2m)
≡-{iβ/(2m)}[{β/(2m)}[O,ε]-O3/(3m2)+iβOd/(2m)]
として,
H"=exp(iS'){H'-i(∂/∂t)}exp(-iS')
=βm+ε'+{β/(2m)}[O',ε']+iβO'd/(2m)
=βm+ε'+O"を得ます。
こうして得られた今度の奇演算子O"のオーダーはO(1/m2)です。
※(注6):i[S',H']=O'+{β/(2m)}[O',ε']で,
β(O'd)2/mはO(1/m2)です。
そして,(i2/2)[S',[S',H']],(i3/3!)[S',[S',[S',H']]],
(i4/4!)[S',[S',[S',[S',H']]]],..はO(O'2/m)~O(1/m3)
です。
さらに,-S'd=iβO'd/(2m),-i[S',S'd]
=-{i/(4m2)}[O',O'd]はO(1/m4)です。(注6終わり)※
H"=βm+ε'+{β/(2m)}[O',ε']+iβO'd/(2m)
=βm+ε'+O"から,最後に第3の正準変換:S"=-iβO"/(2m)
により,H(3)=exp(iS"){H"-i(∂/∂t)}exp(-iS")
を行います。
H(3)=βm+ε'
=β{m+O2/(2m)-O4/(8m2)}+ε-{1/(8m2)}[O,[O,ε]]
-{i/(4m2)}[O,Od]です。
上式で,求める精度までの右辺の演算子積を評価します。
まず,O2/(2m)={α(p-eA)}2/(2m)
=(p-eA)2/(2m)-{e/(2m)}σBです。
※(注7):Π≡p-eAとおきます。
(αΠ)2=Σi,j(αiΠi)(αjΠj)
=Σk(αk)2(Πk)2+Σi<j(αiαjΠiΠj+αjαiΠjΠi)
=Π2+Σi<j(αiαj(ΠiΠj-ΠjΠi)です。
故に,{α(p-eA)}2=(αΠ)2
=Π2+iΣkσk(Π×Π)k=Π2+iσ(Π×Π) です。
(↑※一般には,(αa)(αb)=ab+iσ(a×b)です。※)
ただし,σ=(σ1,σ2,σ3)でσk≡-iεijkαiαjです。
この4×4行列を成分とする3次元ベクトルσは,Pauliの2×2行列
を成分とするスピンベクトルσ(2)を対角成分とする細胞対角行列
です。
そして,Π×Π=(p-eA)×(p-eA)
=p×p+e2A×A-e(p×A+A×p)
=-e(p×A+A×p)=ie(∇×A+A×∇)です。
そこで,これが演算子として波動関数Ψに掛かるときには,
(Π×Π)Ψ=ie(∇×A+A×∇)Ψ
=ie(∇×A)Ψ+ie(∇ψ×A+A×∇Ψ)
=ie(∇×A)Ψ=ieBΨ となります。
したがって,実質的にはΠ×Π=ieBですから,
(αΠ)2=Π2+iσ(Π×Π)=(p-eA)2-eσBと書けます。
結局,{α(p-eA)}2/(2m)
=(p-eA)2/(2m)-{e/(2m)}σBが得られました。
e<0 は電子の電荷です。
Ψ=t(ψ,χ)と書けば,-{e/(2m)}σBΨ
=t(-{e/(2m)}σ(2)Bψ,-{e/(2m)}σ(2)Bχ)です。
正エネルギーの大成分ψについては,正にPauliのスピン項:
-{e/(2m)}σ(2)Bψです。
この項を-{e/(2m)}σ(2)B=μBと書き,スピンsがs=σ/2
であって,スピン磁気モーメントがμ=ges/(2m)で与えられる
とすれば,磁気回転比がg=2となることを示しています。
2006年9/8の過去記事「パウリのスピンと相対性理論」も参照してください。(注7終わり)※
さらに,{1/(8m2)}{[O,ε]+iOd}
={e/(8m2)}{-iα∇Φ-iαAd}={ie/(8m2)}αE
です。
そして,[O,{ie/(8m2)}αE]={ie/(8m2)}[αp,αE]
={ie/(8m2)}Σi,jαiαj(-i∂Ej/∂xi)+{e/(4m2)}σ(E×p)
={e/(8m2)}divE+{ie/(8m2)}σrotE+{e/(4m2)}σ(E×p)
です。
※(注8):何故なら,まず,O=α(p-eA)なので,
[O,αE]=[αp,αE]ですが,[αp,αE]Ψ
=(αp)(αE)Ψ-(αE)(αp)Ψです。
そして前述の公式:(αa)(αb)=ab+iσ(a×b)により,
[αp,αE]Ψ={pE+iσ(p×E)}Ψ+E(pΨ)
-iσ{E×(pΨ)}-E(pΨ)-iσ{E×(pΨ)}
={(-i∇E)+σ∇×E}Ψ-2iσ{E×(pΨ)}ですから,
実質的に,[αp,αE]=-idivE+σrotE-2iσ(E×p)
を得ます。
(注8終わり)※
したがって,このオーダーまでの変換Hamiltonianである
H(3)=βm+ε'
~β{m+O2/(2m)-O4/(8m2)}+ε-{1/(8m2)}[O,[O,ε]]
-{i/(8m2)}[O,Od]の具体的形は,
H(3)~β{m+(p-eA)2/(2m)-p4/(8m3)}
+eΦ-{eβ/(2m)}σB
-{ie/(8m2)}σrotE-{e/(4m2)}σ(E×p)
-{e/(8m2)}divE
となります。
これら右辺の項は直接物理的解釈を有します。
まず,m+(p-eA)2/(2m)-p4/(8m3)は,{(p-eA)2+m2}1/2
の求めるオーダーまでの展開であり,相対論的質量 or 運動エネルギー
の相対論的補正を示しています。
そして,第2項eΦは静電エネルギー,第3項-{eβ/(2m)}σBは
磁場の双極子エネルギー項です。
次のペア項:
-{ie/(8m2)}σrotE-{e/(4m2)}σ(E×p)
=-{e/(8m2)}{iσrotE+2σ(E×p)}は,
スピン軌道相互作用エネルギー(spin-orbit interaction energy)
です。
(※ そして,iσrotE+2σ(E×p)=iσ(∇×E-E×∇)です。)
球対称静電ポテンシャルの場なら,非常に馴染み深い形になります。
この静電ポテンシャルVのみの場では,
rotE=0 でE=-(r/r)(dV/dr)ですから,
σ(E×p)=-(1/r)(dV/dr)σ(r×p)
=-(1/r)(dV/dr)(σL) です。
よって,この場からの寄与は,
-{ie/(8m2)}σrotE-{e/(4m2)}σ(E×p)
={e/(4m2)}(1/r)(dV/dr)(σL)です。
Hspin-orbitと書けば,
Hspin-orbit={e/(4m2)}(1/r)(dV/dr)(σL)
=-{e/(4m2)}σ(E×p)となります。
これは,運動する電子が感じる磁場B'=-v×Eを考えることから
得られる古典的結果に一致しています。
※(注9):特殊相対論によれば,速度vで運動する荷電粒子と共に動く系,
つまり荷電粒子の静止系から見た磁場は,
B'={B-(v×E)/c2}/(1-β2)1/2;β≡v/c です。
故に,磁場のないB=0 の静電場Eの中で速度vで運動する電子の
感じる磁場B'は,非相対論近似で自然単位c=1では,
B'=-v×Eです。
そこで,予期される相互作用エネルギーは,
-{e/(2m)}σB'={e/(2m2)}σ(p×E)
=-{e/(2m2)}σ(E×p)
です。
しかし,これはThomas歳差運動のために因子2だけ減じられます。
(※-{e/(4m2)}σ(E×p)となりHspin-orbitに一致します。※)
このことは電子の軌道モーメントの標準的磁気回転比
(gyromagnetic-ratio):geが,ge=1であることを示唆
しています。
(※ なお,Thomas歳差運動,および電子の軌道の磁気回転比がge=1
となることについては,2008年4/9の記事:
「磁場の中の原子(ゼーマン効果)(1)」を参照してください。※)
最後の項:-{e/(8m2)}divEはDarwin項として知られています。
これは,非相対論では存在せず,物理的解釈が難しいZitterbewegung
(Kleinのparadoxの関連)に寄与する項でもありますが,これについて
は後の記事で述べる予定です。
この項は一般には以下のように解釈されます。
まず,電子の位置座標はδr~ 1/m程度の幅を持ちますが,
これはCoulombポテンシャルVを不鮮明にします。
そして,その不鮮明度は<δV>=<V(r+δr)>-<V(r)>
=<δr(dV/dr)+(1/2)Σi,jδriδrj(∂2V/∂riδrj)>
~(1/6)(δr)2∇2V=-{e/(6m2)}divEと書けます。
(< >は期待値です。)
上式の最右辺は,係数を除けば,Darwin項:-{e/(8m2)}divE
と一致しており,この項を定性的に表現していると考えられます。
つまり,最終項は量子効果によるポテンシャルのゆらぎ(不鮮明さ)
と解釈sされます。
今日のところはここまでです。
短かいですが,このシリーズは間が空き過ぎたのでつなぎです。
参考文献:J.D.Bjorken & S.D.Drell "Relativistic Quantum Mechanics"(McGraw-Hill)
最近のコメント