Diracの空孔理論(2)(荷電共役)
Diracの空孔理論の続きです。
次は荷電共役変換(charge conjugation:C)の説明です。
粒子-反粒子の交換対称性ですね。
§5.2 荷電共役変換(Charge conjugation)
空孔理論から,自然界における根本的で新しい対称性が出現します。
各粒子に対して1つの反粒子が存在するという対称性です。
特に電子の存在は,陽電子の存在を意味します。
そこで,今度は対応する負エネルギー波動関数から,直接,電子の
非存在(absense of electron:欠損)を意味する陽電子波動関数
を形成するための対称性の形式的表現を求めます。
これまでの物理的描像から,エネルギー(-E)(E>0)の欠損,
および電荷e(自由電子ならはe<0)の欠損,を示す
「負エネルギーの海」における空孔(hole)は,正エネルギーE
の陽電子の存在と同等です。
そこで,Dirac方程式:(i∂-eA-m)Ψ=0 の負エネルギー解
と正エネルギー陽電子の固有状態関数は1対1に対応するはず
です。
ただし,A≡γμAμ,i∂≡iγμ∂μ=iγμ(∂/∂xμ),
A≡γμAμです。
pμ^=i(∂/∂xμ)ですから,p^=i∂です。
こうした解釈によって,陽電子の波動関数Ψcは正の電荷-eを持つ
だけ異なる電子と同じ波動方程式を満たすはずなので,
(i∂+eA-m)Ψc=0 の正エネルギー解です。
歴史的な後の考察によって,逆に陽電子についても上のDirac方程式
から電子と等価に全ての性質を読むことができることがわかります。
一方が粒子で他方が反粒子と決めつける必要性はなく,お互いに
粒子-反粒子の関係にあります。
これまでの考察のどこにも電荷の符号が本質的役割を果たす部分はありません。
こうして,2つの方程式をお互いに変換させる演算子を作る
という発想に導かれます。
そのためいは,2つの演算子:p^=i∂とAの間の相対的符号を変化
させることが必要であるとわかります。
これを複素共役を取ることで実行します。
すなわち,{i(∂/∂xμ)}*=-(∂/∂xμ),Aμ*=Aμを
用いると,(i∂-eA-m)Ψ=0:
または,{γμ(i∂μ-eAμ)ーm}Ψ=0 は,
{(i∂μ+eAμ)γμ*+m}Ψ*=0 となります。
そこで,もしも,(Cγ0)γμ*(Cγ0)-1=-γμなる代数関係を
満たす正則行列Cγ0を見出すことができれば,
{(i∂μ+eAμ)(Cγ0)γμ*(Cγ0)-1+m}(Cγ0Ψ*)=0
より,{(i∂μ+eAμ)γμ-m}(Cγ0Ψ*)=0 を得ます。
故に,Ψc≡Cγ0Ψ*=CtΨ~とおけば,
{(i∂μ+eAμ)γμ-m}Ψc=0 となります。
これは陽電子の波動関数Ψcが満たす方程式です。
そして,こうしたCが確かに存在することはこれを行列として陽
に構成することで証明されます。
今使っているガンマ行列の表示では,γ0γμ*γ0=tγμですから,
(Cγ0)γμ*(Cγ0)-1=-γμは,C tγμC-1=-γμ
またはC-1γμC=-tγμ を意味します。
この表示ではCγ1C-1=γ1,Cγ2C-1=-γ2,Cγ3C-1=γ3,
Cγ0C-1=-γ0,つまり.Cγ1=γ1C,Cγ3=γ3C,
Cγ2=-γ2C,Cγ0=-γ0Cですから,
例えば,係数を虚数iとして,C≡iγ2γ0と採れば,
条件は満たされます。特に,C=-C-1=-C+=-tCです。
これは,このガンマ行列の表示も含む任意の表示で常に,
(Cγ0)γμ*(Cγ0)-1=-γμを満たすCを構成できること
を示すには十分です。
すなわち,ガンマ行列の任意の表示はユニタリ変換で互いに結び付
いているため,別の任意の表示でも今の荷電共役Cの表現:iγ2γ0
からユニタリ変換により移行可能な適切なCの行列表現が存在する
はずです。
よって,一般性を失うことなく今の表示を採用します。
このC≡iγ2γ0の定義においては,係数iを付与しましたが,定義
にはこうした位相の任意性があることに気が付きます。
今の荷電共役のCの考察では,波動関数の位相には何の物理敵意味
もないですが,パリティ変換(Parity):Pにおいては位相が意味を
持つと考える場合もあります。
※(注):既に,通常のLorentz変換:x→x'=axに伴なう波動関数Ψ
の変換:Ψ→Ψ'は,Dirac方程式が形を変えないための条件:
aμνγν=S(a)-1γμS(a)を満たす4×4行列S(a)により,
Ψ'(x')=Ψ'(ax)=S(a)Ψ(x),または,
Ψ'(x)=S(a)Ψ(a-1x) と書けることを見ました。
特殊なLorentz変換の1つである空間反転;x'=ーx,t'=tに
対してもS(a)=Pとして,Ψ'(x')=Ψ'(-x,t)=PΨ(x,t)
でパリティ変換:Pを定義すると,
条件:aμνγν=S(a)-1γμS(a)は,gμνγν=P-1γμP,
または,-γk=P-1γkP,γ0=P-1γ0Pとなります。
この条件は,δをある実数としてP≡exp(iδ)γ0とすれば満足
されます。
位相因子は物理的意味がないと考えても不都合はないですが,
波動関数(spinor)自身も何らかの実在と考える立場なら,2回
の空間反転で波動関数が元に戻ること:P2=1を要求すること
で,P=±γ0 が得られます。。
さらに,回転群ならspinorは2価表現であることを知っています
から,実は4回の空間反転で波動関数が元に戻ること:P4=1を
要求すれば,P=±γ0,またはP=±iγ0です。
(一般には,P≡exp(iδ)γ0で十分ですが。。)
(注終わり※)
さて,表示依存ではありますがCの陽な表現:≡iγ2γ0を変換:
Ψc≡Cγ0Ψ*=CtΨ~に代入すると,Ψc=iγ2Ψ*と書けます。
そこで,例えば静止したspin-downの負エネルギー電子:
Ψ=(2π)3/2 t[0,0,0,1]exp(imt) であれば,
荷電共役の結果は,Ψc=iγ2Ψ*
=(2π)3/2 t[1.0,0,0,1]exp(-imt) となります。
これは,静止したspin-downの負エネルギー電子の欠損が,
静止したspin-upの正エネルギー電子の存在に等価ということ
を示すものです。
先に与えた射影演算子:Pr(p,s)=Λr(p)∑r(s);
Λr(p)≡(εrp+m)/(2m),∑r(s)≡(1+γ5s)を用いれば,
Ψc=Cγ0Ψ*=Cγ0(εp+m)*(1+γ5s)*Ψ*/(2m)
=C(εtp+m)*(1-γ5 ts)γ0Ψ*
=(-εp+m)*(1+γ5s)Cγ0Ψ*
=(-εp+m)*(1+γ5s)Ψc ですから,
Cγ0=iγ2なる行列を掛けるという演算によって,4元運動量:p
とspin:sで記述される負エネルギー解から,同一のpとsで記述
される正エネルギー解が生じると考えられます。
結局,自由粒子spinorにおいては次のように読めます。
exp{iδ(p,s)}v(p,s)=Ctu~(p,s),
exp{iδ(p,s)}u(p,s)=Ctv~(p,s) です。
これは,v(p,s)とu(p,s)が,位相因子を伴なって互いに
荷電共役spinorになることを示しています。
解がp0=(p2+m2)1/2=E>0 であるように構成されていた
ことを思い出すと,これはまた,
Ψ=(2π)3/2 [0,0,0,1]Texp(imt)
→ Ψc=iγ2Ψ*=(2π)3/2 [1.0,0,0,1]Texp(-imt)
では,spin:sが荷電共役の下で符号を変えないのに,
今の場合には,spin:sの符号が逆転することに気付きます。
この違いは,sμ=(0,s)であるような静止系では spinの射影演算子:
Σ(s)=(1+γ5s)が,(1+γ0σs/2)なる形を持つという事実にあります。
それ故,この定義での spinの符号の差異はγ0に由来するわけです。
荷電共役演算子;Cは,Ψc=Cγ0Ψ*=CtΨ~によって陽に陽電子の
波動関数を作ります。
それから,電磁場の符号を変化させる追加演算を与えるとDirac方程式
に対する1つの不変演算子を作ることができます。
そこで,次のような指令の連続は,Dirac理論の正式な対称性操作です。
(1)複素共役を取る。(2)Cγ0を掛ける。(3)全てのAμを-Aμに変更する。
この一連の操作を荷電共役と予呼び,Cで記述します。
荷電共役:C という変換の物理的内容は,電磁ポテンシャルAμの中
にある電子の実現可能な量子状態は,電磁ポテンシャル-Aμの中
にある陽電子の実現可能な量子状態が対応することです。
そこで,Dirac方程式:(i∂-eA-m)Ψ=0 の正エネルギー解を,同じ
方程式の負エネルギー解::空孔理論により1つの陽電子に変換する
ことによって,荷電共役:C は正エネルギーの spin-up 電子を正エネル
ギ-の spin-up 陽電子に変えます。
(※:何故なら,:(i∂-eA-m)Ψ=0 は電子に対しては電磁ポテンシャル:
Aμの中にある場合の方程式であり,陽電子に対しては電磁ポテンシャル:
-Aμの中にある場合の方程式です。※)
場:-Aμの中にある陽電子の動力学が場:Aμをの中にある電子のそれ
と同じであるというというのは古典的常識で考えても当然のことです。
空孔理論によって導かれろ驚くべき結論は,もしも1つの質量mと電荷e
を持つ粒子(特にFermion)が存在すれば,質量mと反対電荷-eを持つ
その反粒子も存在すべきである,ということです。
実際に,質量が同じで大きさ同じ両方の符号の電荷を持つ電子が自然界
で観測されるという事実は相対論的量子論の少なくとも部分的妥当性を
確信させる最強の論拠の1つです。
ちょっとつなぎで,かなり短かいですがここまでにします。
参考文献:J.D.Bjorken S.D.Drell 「Relativistic Quantum Mechanics」(McGrawHill)
PS:首,肩,腕,痛くて痛くて痛くて。。手首から肘しびれて寒さ痛さ
ジンジン何もできなくて。。。痛い。。。寝転んでも痛ーい。。。
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