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2011年12月

2011年12月29日 (木)

訃報!杉原輝雄さん。。

 関西出身でマイナーな頃からのプロゴルフ界を支えてきたプロゴルファー:杉原輝雄さんが12月28日に亡くなられました。

 74歳。。前立腺ガンからのリンパに転移などが原因とされています。

 http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/golf/article/news/20111228-OHT1T00238.htm

      

    

 ご冥福を祈ります。  合掌!!

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2011年12月26日 (月)

大往生!入川保則さん(宣告通り来年はなかった。)

 ガンが全身に転移したが延命治療を拒否し,2月に余命半年と宣告されていた俳優の入川保則さんが24日亡くなられました。享年72歳でした。

 入川保則さんが語った延命拒否の真相・・名脇役の遺言→ http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20111226/enn1112261226003-n1.htm

   

 夏から冬までもったのですから,もう少しは医者の宣告を裏切って欲しいと見守っていましたが潔いというか残念です。ご冥福を祈ります。

      合掌!

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訃報!森田義光監督

 どうも,このところ,バタバタしていて,12/20に急死されたのを知らず,遅ればせながらです。

 ,21日ごろ巣鴨のスナックで飲んでいて,誰だったかそばにいた女性が,「有名な監督が亡くなったらしい。」と言うので,「誰?いくつくらい?」と聞くと「思い出せないけど年は60前後。」と聞き,考えたけど全く思い浮かばず。。

 ついそのままでした。

 森田義光さん,急死。享年61歳。。急性肝不全でした。

→中日スポーツhttp://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2011122202000092.html

 

 冥福を祈ります。合掌!

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クリスマスは苦シミマス?サンタクロースはサンザン苦労ス?

 今,26日真夜中1時です。何かカゼ気味みたいで鼻声です。

 先ほど夜7時半頃には,買ってきた弁当も食べず寝てしまい爆睡中でしたが,夜中12時過ぎに巣鴨一番街のスナック「若大将」の日曜休みのマスターが自宅から電話かけてきたので,目が覚めました。

 30分以上もダベってるうち完全に目が覚めて,電話を切った後に弁当を食べて落ち着いたところです。(書き終わったのは休息後4時です。)

 深刻な病気でなく検査や薬の調整で入院していた障害者仲間の女性T.Iさnが,前日の24日に急遽退院して,

 入院前には予定していた"横浜の動物園「ズーラシア」に12月25日に行く"という計画を予定通りやりたい。という内容のメールが,退院直前にお見舞いに行ったY.Iさんから24日夕方に入りました。

 しかし,丁度新しく板橋区大山の保育園の付近に「居酒屋(カラオケ)かな」という店を23日に開店して23,24,25日は招待日なのでぜひ来てくれと言われていたので,

 ,24日の夜にはその店に行った後,巣鴨の店からのお誘いに乗って朝まではしごして,ほとんど寝られず,

 結局,何とか起床して,25日9時半には動物園に行く待ち合わせ場所の赤羽駅で他3名と合流ました。

 ところで,新しい大山のお店は,かつては毎週日曜日だけスナック「若大将」の店舗を借りて営業をやっていて,私が毎週サクラのように通っていたお店を2人の中国人女性が11月いっぱいで営業をやめて12月に準備し開業した店です。

 そこで開店前日の22日までは招待状,名刺看板文字作りなど私にできることをして毎日のように開店準備を手伝っていました。

 しかし,開店当日の23日は職場のクリスマスイベントがありその後大勢で夕方までカラオケボックスで2次会を開いたりお茶したりして疲れたので帰宅しました。

 翌24日のイブは,一方のママから,出勤後帰りに野暮用で17時半頃に池袋にいた頃,「今日来ますか?もしくるなら足ケガしたので湿布と絆創膏を持ってきてください」とのメールありました。

 「これは店に行くしかないな」と思ったので,ヤマダ電機地下で湿布などを買ってお,店に行くと,ケガは大したことないらしく結局私は23時の閉店までいました。

 そこへ,丁度帰宅途中で巣鴨「若大将」の年配女性客からお呼びかかって,朝4時半まで北口の「南」で飲んでて,さすがに朝9時半の赤羽駅待ち合わせに間に合わないので先に帰り3時間半ほど睡眠してから赤羽に向かったのでした。

 酒を飲むのに使った金は,最初から最後までツケもなくゼロです。

 イヤー,,しかし,この時期の屋外の広い動物園は,クリスマスで日曜でもあり寒くても元気な子供たち,そして.Y.Iさんが押す車椅子のTIさんも元気でしたが,私は睡眠不足もあり準備もせず行ったので,かなり寒くて疲れました。

 いや,もちろん動物を見て楽しかったしT.Iさんが喜んでくれれば本望ですが,

 職場イベント同様デジタルカメラを充電してなくて撮影できなかったのは,チョッと残念です。。(今までと同様写真を撮っても人物が判別できるようなモノはブログに掲載しなないのはモチロンですが動物の写真をね。。。。。。) 

PS:23日の職場では,私は男女1人ずつの三線演奏(女性はカンカラ三線(サンシン))に合わせて,スタッフ女性のK.Wさんと,一緒に.一夜漬ケ手話を添えて替え歌ボーカルを披露しました。

 私は,20代東京で就職してからずっと会社の花見等では宴会屋をやり,夜の神楽坂界隈では,時には芸者衆のタマリ場で軽くタイコ持ちのマネゴトをしていてこういうことには,プライドも何も無関係な性格です。

 それに,塾,予備校,専門学校で何年も講義をしていたので,こうした場で前に立っても全く緊張も無く楽しいばかりで,逆に疲れも取れました。

PS2:一応,大山に開店した店「居酒屋(カラオケ)かな」(板橋区幸町57-17)の招待状に載せるために私がつくった地図を掲載して宣伝しておきます。

 この店,17時半から23時まで営業で定休日は火曜日です。(12月27日(火)は開店したばかりだし年末なのでやるのかな?)

 中国人2人(1人は日本人とのハーフ)の若い(とはいえない?)新米ママがやっています。居酒屋で登録しているけど,いわゆるカラオケ・スナックでしょうね。まだ料金もハッキリ聞いてませんが今どき高いとお客入らないでしょう。

 12月は31日までやるそうです。(03-5966-3166)

 大山駅からも,かなり(1kmくらい)あるので,私は池袋東口のヤマダ電気店内を抜けて裏にあるバス停から光が丘行か小茂根五丁目行の国際興業バスで第六小学校で降りています。

 そのバス停降りて川越街道をそのまま30mくらい進むと大山駅からの信号交差点で陸橋があり左に曲がり理髪店の前通ってさらに信号わたり夜は真っ暗な道をひたすらまっすぐ進んで通ってます。今のところ週に1回くらいはいますかね。

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2011年12月24日 (土)

エロスとアガペー,再び

 今朝,テレビでクリスマス関連で子供へのプレゼントなどについてのニュースを見ていると,水族館,特にエサをやるショーやイルカのショーで4~6歳くらいの幼児のお目々釘付けでまん丸になっていました。

 その後もトイザラスなどでキティちゃんの前の女児やもっと年上の男女児の目が同じような感じになっていました。

 明らかに,汚れてしまった?大人(私?)の目とは違っています。

 私が今も昔もこういう子供の姿を見ると,可愛いなあと感動するのは,特別なことではなく,程度の差はあっても人間の感情としては普通のことでしょう。

 こういうのを見て,タブーであるような汚らしい理屈を想像する必要などは全く無く,ただ感動していればいいのでしょうが,

 愛や性については,特に私は変態であり,ウラジミール・ナボコフの小説「ロリータ」とも,一般世間のブルセラ的とも違う意味のロリコンである私には,こうした素朴な感動につけても,昔感慨を覚えたことなどを思い出してしまいます。

 今よりもっと多感な頃に,ノイローゼで通院していた病院精神神経科の庭先で体操をしていた成人女性が同じような目をしていると感じて感銘を受けたことなどが思い出されます。

(↑2008年12/14の記事「精神神経科病棟の思い出」を参照)

 私が,現在は自意識過剰が原因であろう精神的な恐怖症から解放されているのは,自分がもはや異性から見て恋愛対象でさえなくキモイ存在であることを自覚して,ある意味諦観しているからです。

 過去多感な頃に自意識過剰であったのは,自分でいうのも何ですが,頭髪も健在で,「コウガンの美少年」を自負していたからでしょう。

 男というのは仕方ないもので,幾つになってもエロでスケベですが,

 イヤ,そういう欲求抜きでも話をしたり一緒にいる時間を持つだけでもいいと,自分より若い女性に好意を抱くのは,私だけではないでしょう。

(↑2008年5/6の「エロスとアガペー」,2008年9/19の「人を愛するということ」)

 特に,私は結婚したこともなく,ノイローゼがきつい頃には,むしろ,(若い)女性がコワくて?避けていましたから。。。

 60過ぎのハゲ面下げて,今さら相思相愛もないでしょうから,相手の思いには関係なく,自分だけが片思いをしているだけで十分なのです。

 最近,「猫にかつおぶし」,イヤ,「ゲイの男性に男湯」とか,ではないですが,私の通っている職場というか施設には純真無垢のような成人男女が多々います。

 私はエロスではなく,親のようなアガペー?でもって接しているツモリです。

 今年は,職場のイベントでの動物園観覧もありましたが,その他にも,お付き合いで水族館に2つも行きました。

 ,まだまだ,横浜の水族館にも行きたいとか,キティちゃんがとても好きとかの感情がそれほど理解できなかったのは,私が男であるせいもあるでしょうが,

 今日の子供関係のニュースを見て,「やはりそうなのか」と再確認した思いですが,,そうした頭での理解をする必要はないのでしょうね。

 もちろん,私にも好みがありますから,異性なら誰でも好きという感情があるわけじゃなく,,同情的,ボランティア的な上から目線で付き合っている部分が大きい方もいます。

 いずれにしろ,自分でもハッキリとした自分自身の感情が理解できるわけではなく,相手が楽しくて,しかも私自身も楽しければそれでいいのです。

 恵みは多いに越したことはありませんが,私自身への恵みについては多くを望みません。

 多様な愛の形をエロスとアガペーに大別することなど,こうした頭でっかちなことは,ほっといて,自分自身が愛の渦中に入りたいものだ。。

 と,ロリコンジジイの妄想はまだまだ続くのでしょう。

   

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2011年12月22日 (木)

久しぶりの病院

 一昨日は中途半端なPendingだらけの科学記事を書いて出勤後,仕事の帰りに入院している女性のお見舞いに行き,夜帰宅しても何故か,左側の肩や腕,手首などがとても痛くて,ブログの続きを書く気も起きず,痛いながら何とか痛くなく寝る姿勢を取って就寝しました。

 その後,昨日朝4時半頃目覚めると,小康状態になったのでPending部分のほとんどを埋めました。

 そして,2ヶ月ぶりに朝11時に予約してあった帝京大病院の眼科にかかるため,朝10時前に家を出て巣鴨から都営三田線で新板橋,300mほど歩いてJR板橋駅バス停から10時17分発王子行きの国際興業バスで帝京大病院に着き入り口での受付を済ませたのが10時半でした。

 まだ,11時前だったので思いつきで眼科とは別に予約なしで2Fの整形外科に行ったところ午前中は一杯ですが午後2時から診察できるとのことでした。

 それから3Fの眼科受付をしましたが,年末で極端に混んでいて,結局診察終了は午後2時半頃でした。2時頃眼底検査しましたが,そのときにも目と関係なく検査の姿勢のため,たった数分ですが右肩,右手の激痛で難儀しました。

 その間,午後1時頃には1Fの食堂で昼食のカレーライスを食しました。

 最後の診察では,右目の視力は変わらないのですが,右側の視野が狭くて,歩いてるとき右側に自転車や人が急に現われてビックリするし階段を降りるとき少し怖いという旨を述べました。

 主治医がイツモより入念にチェックした結果,右目の右端の網膜に穴が開きかかっているとのことで1ヶ月後の来年1月早々,再チェックして穴が大きくなってたらまた入院して手術するということでした。しょうがないですね。

 それから,整形外科に行くと,やっと3時半過ぎに診察にかかれて,一応2ヶ月前に首と肩のレントゲン撮影はしてあったので,そのときと同じ医者に痛みが取れないことを述べました。

 僅かな頚椎のずれはあるけど,ほとんどは疲れのせいだろうということで,来年1月に診察予約を入れ 1ヶ月分のビタミン12と痛み止め,湿布薬を処方され,それを院外薬局で受け取って,やっと帰途についたのは,午後4時過ぎでした。

 その後,板橋区幸町,東上線大山付近に用があったので中仙道(白山通り)まで歩いて上宿のバス停から国際興業バスで現地に着いたのが午後5時頃,野暮用が終わって巣鴨に着いたのは午後11時前で,例によって巣鴨一番街で3件ハシゴして帰宅したのは朝4時前でした。

 さすがに爆睡して朝7時にさわやかに目覚めてこれを書いています。まだ,何ももらった薬使ってないためか,相変わらず左は痛いですね。

 我ながら本当はヒマなのに自分で忙しいスケジュールを作ったりして身体をイジめてるので先は長くないかも。。。

 先日は5件ハシゴして朝6時に帰宅したことありましたが,お金払ったのは1件だけで残りはおごりでした。

 昨日も2件目と3件目は半額にしてもらい,オマケに2件目でピザとフライドポテトをおみやげに貰いました。

 巣鴨一番街って私にはやさしい人ばかりですねえ。。

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2011年12月20日 (火)

今日の癒し(You-tube)

 17日に私に送られてきたメールから,テーマはPeace?

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Diracの空孔理論(2)(荷電共役)

Diracの空孔理論の続きです。

 

次は荷電共役変換(charge conjugation:C)の説明です。

 粒子-反粒子の交換対称性ですね。

§5.2 荷電共役変換(Charge conjugation)

空孔理論から,自然界における根本的で新しい対称性が出現します。

各粒子に対して1つの反粒子が存在するという対称性です。

 

特に電子の存在は,陽電子の存在を意味します。

 

 そこで,今度は対応する負エネルギー波動関数から,直接,電子の

 非存在(absense of electron:欠損)を意味する陽電子波動関数

 を形成するための対称性の形式的表現を求めます。

 

 これまでの物理的描像から,エネルギー(-E)(E>0)の欠損,

 および電荷e(自由電子ならはe<0)の欠損,を示す

 「負エネルギーの海」における空孔(hole)は,正エネルギーE

 の陽電子の存在と同等です。

 

 そこで,Dirac方程式:(i-e-m)Ψ=0 の負エネルギー解

 と正エネルギー陽電子の固有状態関数は1対1に対応するはず

 です。

 

ただし,≡γμμ,i≡iγμμ=iγμ(∂/∂xμ),

≡γμμです。

 

μ^=i(∂/∂xμ)ですから,^=iです。

 

こうした解釈によって,陽電子の波動関数Ψcは正の電荷-eを持つ

だけ異なる電子と同じ波動方程式を満たすはずなので,

 

(i+e-m)Ψc0 の正エネルギー解です。

 

 歴史的な後の考察によって,逆に陽電子についても上のDirac方程式

 から電子と等価に全ての性質を読むことができることがわかります。

 

一方が粒子で他方が反粒子と決めつける必要性はなく,お互いに

粒子-反粒子の関係にあります。

 

これまでの考察のどこにも電荷の符号が本質的役割を果たす部分はありません。

 

 こうして,2つの方程式をお互いに変換させる演算子を作る

 という発想に導かれます。

 

 そのためいは,2つの演算子:^=iの間の相対的符号を変化

 させることが必要であるとわかります。

 

 これを複素共役を取ることで実行します。

 

 すなわち,{i(∂/∂xμ)}=-(∂/∂xμ),Aμ=Aμ

 用いると,(i-e-m)Ψ=0:

 または,μ(i∂μ-eAμ)ーm}Ψ=0 は,

 {(i∂μ+eAμμ*+m}Ψ=0 となります。

 

そこで,もしも,(Cγ0μ*(Cγ0)-1=-γμなる代数関係を

満たす正則行列Cγ0を見出すことができれば,

 

{(i∂μ+eAμ)(Cγ0μ*(Cγ0)-1+m}(Cγ0Ψ)=0

より,{(i∂μ+eAμμ-m}(Cγ0Ψ)=0 を得ます。

 

 故にc≡Cγ0Ψ=CtΨ~とおけば,

 {(i∂μ+eAμμ-m}Ψc=0 となります。

 

 これは陽電子の波動関数Ψcが満たす方程式です。

 

 そして,こうしたCが確かに存在することはこれを行列として陽

 に構成することで証明されます。

 

 今使っているガンマ行列の表示では,γ0γμ*γ0tγμですから,

 (Cγ0μ*(Cγ0)-1=-γμは,C tγμ-1=-γμ

 またはC-1γμC=-tγμ を意味します。

 

 この表示ではCγ1-1=γ1,Cγ2-1=-γ2,Cγ3-1=γ3,

Cγ0-1=-γ0,つまり.Cγ1=γ1C,Cγ3=γ3C,

Cγ2=-γ2C,Cγ0=-γ0Cですから,

 

 例えば,係数を虚数iとして,C≡2γ0と採れば,

 条件は満たされます。特に,C=-C-1=-C=-tCです。

 

 これは,このガンマ行列の表示も含む任意の表示で常に,

 (Cγ0μ*(Cγ0)-1=-γμを満たすCを構成できること

 を示すには十分です。

 

 すなわち,ガンマ行列の任意の表示はユニタリ変換で互いに結び付

 いているため,別の任意の表示でも今の荷電共役Cの表現:2γ0

 からユニタリ変換により移行可能な適切なCの行列表現が存在する

 はずです。

 

 よって,一般性を失うことなく今の表示を採用します。

 

 このC≡2γ0の定義においては,係数iを付与しましたが,定義

 にはこうした位相の任意性があることに気が付きます。

 

 今の荷電共役のCの考察では,波動関数の位相には何の物理敵意味

 もないですが,パリティ変換(Parity):Pにおいては位相が意味を

 持つと考える場合もあります。

 

※(注):既に,通常のLorentz変換:x→x'=axに伴なう波動関数Ψ

 の変換:Ψ→Ψ'は,Dirac方程式が形を変えないための条件:

 μνγν=S(a)-1γμS(a)を満たす4×4行列S(a)により,

 

 Ψ'(x')=Ψ'(ax)=S(a)Ψ(x),または,

 Ψ'(x)=S(a)Ψ(a-1x) と書けることを見ました。

 

 特殊なLorentz変換の1つである空間反転;'=ー,t'=tに

 対してもS(a)=Pとして,Ψ'(x')=Ψ'(-,t)=PΨ(,t)

 でパリティ変換:Pを定義すると,

 

 条件:aμνγν=S(a)-1γμS(a)は,gμνγν=P-1γμP,

 または,-γk=P-1γkP,γ0=P-1γ0Pとなります。

 

 この条件は,δをある実数としてP≡exp(iδ)γ0とすれば満足

 されます。

 

 位相因子は物理的意味がないと考えても不都合はないですが,

 波動関数(spinor)自身も何らかの実在と考える立場なら,2回

 の空間反転で波動関数が元に戻ること:P2=1を要求すること

 で,P=±γ0 が得られます。。

 

 さらに,回転群ならspinorは2価表現であることを知っています

 から,実は4回の空間反転で波動関数が元に戻ること:P4=1を

 要求すれば,P=±γ0,またはP=±iγ0です。

 

 (一般には,P≡exp(iδ)γ0で十分ですが。。)

 

 (注終わり※)

 

 さて,表示依存ではありますがCの陽な表現:≡2γ0を変換:

 Ψc≡Cγ0Ψ=CtΨ~に代入すると,Ψc=iγ2Ψと書けます。

 

 そこで,例えば静止したspin-downの負エネルギー電子:

 Ψ=(2π)3/2 t[0,0,0,1]exp(imt) であれば,

 

 荷電共役の結果は,Ψc=iγ2Ψ

 =(2π)3/2 t[1.0,0,0,1]exp(-imt) となります。

 

 これは,静止したspin-downの負エネルギー電子の欠損が,

 静止したspin-upの正エネルギー電子の存在に等価ということ

 を示すものです。

 

 先に与えた射影演算子:Pr(p,s)=Λr(p)∑r(s);

 Λr(p)≡(εr+m)/(2m),∑r(s)≡(1+γ5)を用いれば,

 

 Ψc=Cγ0Ψ=Cγ0+m)(1+γ5)Ψ/(2m)

 =C(εt+m)(1-γ5 t0Ψ

 =(-ε+m)(1+γ5)Cγ0Ψ

 =(-ε+m)(1+γ5c  ですから,

 

 Cγ0=iγ2なる行列を掛けるという演算によって,4元運動量:p

 とspin:sで記述される負エネルギー解から,同一のpとsで記述

 される正エネルギー解が生じると考えられます。

 

 結局,自由粒子spinorにおいては次のように読めます。

 

 exp{iδ(p,s)}v(p,s)=Ctu~(p,s),

 exp{iδ(p,s)}u(p,s)=Ctv~(p,s) です。 

 

 これは,v(p,s)とu(p,s)が,位相因子を伴なって互いに

 荷電共役spinorになることを示しています。

 

 解がp0=(2+m2)1/2=E>0 であるように構成されていた

 ことを思い出すと,これはまた,

 

 Ψ=(2π)3/2 [0,0,0,1]exp(imt)

 → Ψc=iγ2Ψ=(2π)3/2 [1.0,0,0,1]exp(-imt)

 では,spin:sが荷電共役の下で符号を変えないのに,

 今の場合には,spin:sの符号が逆転することに気付きます。

 

 この違いは,sμ(0,)であるような静止系では spinの射影演算子:

Σ(s)=(1+γ5)が,(1+γ0σs/2)なる形を持つという事実にあります。

 

 それ故,この定義での spinの符号の差異はγ0に由来するわけです。

 

 荷電共役演算子;Cは,Ψc=Cγ0Ψ=CtΨ~によって陽に陽電子の

 波動関数を作ります。

 

 それから,電磁場の符号を変化させる追加演算を与えるとDirac方程式

 に対する1つの不変演算子を作ることができます。

 

 そこで,次のような指令の連続は,Dirac理論の正式な対称性操作です。

 

 (1)複素共役を取る。(2)Cγ0を掛ける。(3)全てのAμを-Aμに変更する。

 

 この一連の操作を荷電共役と予呼び,で記述します。

 

 荷電共役:という変換の物理的内容は,電磁ポテンシャルAμの中

 にある電子の実現可能な量子状態は,電磁ポテンシャル-Aμの中

 にある陽電子の実現可能な量子状態が対応することです。

 

 そこで,Dirac方程式:(i-e-m)Ψ=0  の正エネルギー解を,同じ

 方程式の負エネルギー解::空孔理論により1つの陽電子に変換する

  ことによって,荷電共役:は正エネルギーの spin-up 電子を正エネ

 ギ-の spin-up 陽電子に変えます。

 

(※:何故なら,:(i-e-m)Ψ=0 は電子に対しては電磁ポテンシャル:

 μの中にある場合の方程式であり,陽電子に対しては電磁ポテンシャル:

 -Aμの中にある場合の方程式です。※)

 

 場:-μの中にある陽電子の動力学が場:μの中にある電子のそれ

 と同じであるというというのは古典的常識で考えても当然のことです。

 

 空孔理論によって導かれろ驚くべき結論は,もしも1つの質量mと電荷e

 を持つ粒子(特にFermion)が存在すれば,質量mと反対電荷-eを持つ

 その反粒子も存在すべきである,ということです。

 

 実際に,質量が同じで大きさ同じ両方の符号の電荷を持つ電子が自然界

 で観測されるという事実は相対論的量子論の少なくとも部分的妥当性を

 確信させる最強の論拠の1つです。

 

 ちょっとつなぎで,かなり短かいですがここまでにします。

 

参考文献:J.D.Bjorken S.D.Drell 「Relativistic Quantum Mechanics」(McGrawHill)

 

PS:首,肩,腕,痛くて痛くて痛くて。。手首から肘しびれて寒さ痛さ

 ジンジン何もできなくて。。。痛い。。。寝転んでも痛ーい。。。

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訃報!金正日将軍

 表題の通り。。。

 イツモの女性アナウンサーが出なくなったときには,既に死去していたと予想されます。

 昨日夕方池袋を歩いていて北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が2日前の17日に亡くなった,との毎日新聞号外を受け取りました。

 69歳だったらしいです。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111220ddm005010105000c.html  

 

 どなたであろうと,亡くなれば仏様です。  合掌!!

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2011年12月15日 (木)

ヒッグス粒子が発見されたらしいです。

 スイスのCERNでHiggs粒子が発見された模様です。

 → http://news.mynavi.jp/news/2011/12/14/063/

 質量は約126GeVということらしいですね。

 元々,完全なゲージ対称性が成立していたなら,本来素粒子の質量はゼロですが,現実には観測される実在粒子の質量はゼロではありません。

 まあ,だからこそ,私たちの身体も重力を受けて体重があるのですね。

 もっとも,ヒッグスメカニズム自体は私が学生時代の35年くらい前には既に主流でしたから目新しくもない話ですが,

 それを裏付けるとても重い100GeV程度のHiggs粒子を発見するには,宇宙線の観測に頼るのでなく加速器に頼るのなら現在のCERN規模が必要でした。

 既存の理論が正しいなら,いずれは発見されると考えられていました。

 Higgs理論は次のような,南部・,Goldstone模型に始まる「自発的対対称性の破れ(spontaneously symmetry breakdown)」という現象の仮説が,その基礎になっています。

 元々は,およそ関係ないような,金属の固体物性の話ですが,

 通常の金属は,常温ではどの方向も対等という対称性があります(これは無秩序でエントロピー最大の状態)が,極低温では,そうした等方性が破れ,電子のスピンが集団で特定方向に揃うため磁気が発生するという現象があります。

 これと,同じく,われわれの宇宙はその創世期には高温であると考えられていますが,,現在では宇宙空間の温度は極低温の絶対2.7度(零下-270度)です。

 その初期高温宇宙では完全に成立していたはずの質量ゼロのゲージ対称性が,宇宙が次第に膨張する過程,または急膨張の「インフレーション」の過程などのため極度に,冷えて低温になっていった際に,

 ,金属固体の例のような「自発的に対称性の破れ]が生じたと考えられます。

 こうしたことに伴って,介在するゲージ場=ゼロ質量のゲ^ジ粒子を中心に質量を獲得するプロセスをHiggsや構(ヒッグス・メカニズム)といいます。

 この過程の結果,ゼロ質量や有質量の,ゲージオンの他に,,必然的にHiggs粒子と呼ばれる有質量粒子の存在することが予言されます。

 例えば,既に有名な電弱の「Weinberg-Salam模型」では,破れていない1自由度に対応する光子(電磁場)以外に,元々質量ゼロの弱ゲージボソンは確かに質量を獲得しますが,それに伴なうHiggs粒子は未発見です。

 今回の発見が100%真実なら,,ゲージ理論の信憑性の確認においては,画期的なことですね。

PS:Higgs現象は概念的には空間にHIggs場(Higgs粒子)が充満しているため,本来は自由に運動できるゼロ質量粒子が動きにくくなることで表現されます。

 まるで,,抵抗を受けて慣性質量があるかのごとく挙動するという意味では,かつてアインsyタインの相対性理論によって存在意義を否定された「エーテル」の現在版の復活とでも呼ぶべき現象ですね。

 本ブログでの関連記事としては,2006年12/17の「高密度下でのφメソンの質量減少を確認(KEK)」,

 2008年5/19の記事「電磁気学と相対論(4)(真空中の電磁気学3)」,

 および,2008年10/8の記事「南部先生おめでとうございます。(ノーベル賞)」

 ,2009年4/24の「水の波(1)(微小振幅波)」,

 さらに,2009年82の記事「「とうとう命運尽きたか?」,

 2010年3/20の記事「最近考えていること(場の理論等覚え書き)」など

 があります。これらも参照してください。

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2011年12月12日 (月)

ブログ初期の科学記事(2006年12月)

 さて,手抜きの目次記事も2006年12月まできました。(最近は土日は出勤して月曜に休みをとっています。)

 この2006年(平成18年)の12月24日のクリスマスイブの日と,翌年の1月16日の2日間で,巣鴨の分譲マンションといってもワンル-ムですが,1994年(平成6年)5月から2006年12月まで住んでいたマンション「巣鴨陽光はハイツ」の,

 巣鴨駅から徒歩1~2分でエレベータもある便利な7階の部屋から,自室売却のためもあって,北区に引っ越しをました。

(※2006年12/25の記事「引越し(巣鴨から滝野川jへ)」,2007年1/16の記事「入院のため一週間お休みします。」参照

 引越し先は,最寄の西巣鴨駅,王子駅板橋駅,新板橋駅のどこの駅に行くにも,徒歩なら15分の,北区滝野川4丁目の4階建てでエレベータがない3階の部屋です。

 ところが,この2006年12月に借金返済のため部屋を売却して滝野川への引越しを決めた直後に,心臓病を発病したのです。

 そのため,引越し作業もままならず,しかし今さら引越しをやめるわけにもいかないので,友人に手伝ってもらって2回に分けて引越ししたわけです。

 何とか,,2回目の1月16日で引越しを完了させ,荷物をひも解く間もなく,僅かな隙間しかないベッドで一晩寝て翌日に最初の入院をしたのでした。

 一週間の入院で肺に溜まっていた6リットルの水を排出して,咳も止まったので退院後,2月初めからは元の夜勤の仕事に復帰しました。

 でも,この心臓病のため,普通の速さで歩くことも自転車に乗って普通に走ることも結構辛く,坂や階段をうまく上れないのは相変わらずで,エレベータのない3階に引越したことを後悔しました。

 そして,やっと引越し荷物を半分くらい片付け終わった3月の終わりには,身体の変調を感じて病院に診察に行って,入院が決まり,最終的には2007年4月10日に心臓バイパス手術を受けて,4月末には退院しました。

 しかし,心不全では派遣先での軽作業労働も無理だろうと,派遣元から4月末に解雇され,結局,借金を返すどころでなく,巣鴨の部屋も売れないまま,家賃払うのもやっとでした。

 しかも駅から遠くてエレベータのない3階暮らしは辛いこともあって,

 先の引越しから,約1年経った2008年3月中旬には,一応まだ持ち家の元の巣鴨の便利なマンションに舞い戻ってきました。

(※2008年3/14の記事「引越し,孟母三遷,神の意思」参照)

 その後,紆余曲折があって,マンションの一室は売れましたが,完全失業でかつ身体も以前のようには動かないため,

 身障者手帳は貰いましたが容易には職に就けず,家の売却代金は借金返済ではなく生活費と化してしまいました。

 ,2010年8月には,今の巣鴨駅から徒歩8分のアパートへと引っ越して現在に至りますが,2006年の暮れから,2010年8月の間に近くばかりとはいえ,3回も引っ越したのにはちょっと疲れましたね。

(※2010年8/9の記事「引っ越しました。(ネット未開通)」を参照)

 科学記事以外の過去記事をも振り返って読んでいるうちに,つい回顧にふけってしまい,余談ばかり書きましたが,本題に入ります。

 この2006年12月は,病気や引越しがあって,ブログどころではないところもあったので,科学記事もやや少なめです。

 宇宙や星関連の最初の12/1と12/2の記事は,前月の(2006年11月+α)の記事紹介の方に含めましたから,

 まず,最初は数学の演習問題のような代数の軽いトピックで,2006年12/4の記事「群の単位元と逆元」からです。

 次からも,数学で解析学,特に関数解析の初歩です。

 大学2,3年当時にややはまっていた存在定理の関連で,

 12/5の記事バナッハ空間における逆写像定理」,および「バナッハ空間における陰関数定理」です。

 この頃(=1970年前後)は,学生運動以外で学問として理科系で興味を持っていたのは数学だけでした。

 ,この程度の高校生に毛の生えた程度の数学のレベルでは,本格的に物理学をやるのはまだ早いという感覚でした。

 結局,大学を5年間で卒業するまでは,物理学についての知見は,一夜漬け程度の試験対策だけという感じでした。

(※曲がりなりにも物理をやり始めたのは24歳:奥の院に入ってからです。※)

 そして,常微分方程式の解の存在定理関連は,12/6の記事「常微分方程式の解の存在定理①(アスコリの定理)」,12/7の記事「常微分方程式の解の存在定理②(一般解の存在)」,

 および,12/9の記事「常微分方程式の解の存在定理③(一意性,一般解の存在(1))」,12/11の記事「常微分方程式の解の存在定理④(連立方程式,高階の方程式)」です。

 そして,ドサクサで種本の過去ノートを紛失してしまったたため,内容は言い訳だけですが,12/13の「常微分方程式の解の存在定理⑤(一般解の存在(2))」で中断です。

(※ 後に引越し荷物の整理中にこのノートを見付けて続編を書き,このシリーズは無事完了しています。)

 さて,物理に戻って,12/14の「演算子のスペクトル展開の例(空洞光子の量子場)」,12/17の記事「電流によって発生する光子の個数分布」,12/17の「高密度下のφメソンの質量減少を確認(KEK)」を書いています。

 さらには,12/19の記事「赤外発散の問題(エネルギーゼロの光子)」,12/20の記事「算数の問題(再掲)」,12/21の記事「電子の自己エネルギーとDiracの海」があります。

 最後は,引越し後で病気にも罹って後の,ほんのつなぎで,得意の基礎物理ではないですが,前から曖昧な理解しかしてないと感じて気になっていた電気回路の定理について述べた,

 12/29の記事「鳳・テブナンの定理(電気回路)」です。(以上)

 PS:昨晩のサッカーのクラブワールドカップ準々決勝の柏レイソル vsモンテレイ(メキシコ)戦は久しぶりに手に汗握りました。

 12/14には,前代未聞の欧州と南米の一角を崩し,新しい歴史を作ることを期待しています。

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訃報!市川森一さん。奥山英志さん。

 12月10日未明,脚本家の市川森一さんが肺がんのため亡くなられました。70歳でした。 →http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/12/11/0004675433.shtml

     

    

 市川さんは「快獣ブースカ」,「ウルトラセブン」,「傷だらけの天使」や,数々の大河ドラマを手がけた人です。

 私より10歳くらいも年上の先輩なのに,イツもダンディで若々しく見えて,うらやましく思っていましたが。。。 

 今年4月に調布市の公園内トイレで首をつった状態で発見されていた遺体が,今年4月に行方不明となっていた奥山英志リポーターの遺体と確認されたらしいです。

 奥山リポーターは失踪当時は,61歳でした。

 死因は自殺と見られています。

 →  http://news24.jp/nnn/news89026842.html

     

   お2人のご冥福をお祈りします。 合掌!!

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2011年12月10日 (土)

これぞ奇跡!!

 これを奇跡と呼ばずして,何を奇跡と呼ぶべきか?

 オランダの27歳の女性アスリート:Monique Vandervorst(モニク・ファンデルホルスト)さん。

 13歳からの下半身マヒが治り,2008年の北京パラリンピック選手(銀メダル2個)から,2016年リオデジャネイのオリンピック自転車競技の代表選手への転身を目指しているそうです。

 Yahooニュース:オランダの車椅子選手「奇跡の事故」で下半身マヒから回復

     

 「アルプスの少女ハイジ」のクララを上回る奇跡か。。。

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2011年12月 9日 (金)

将棋名人戦谷川九段好調!

 12月8日に行なわれた第70期名人戦・A級順位戦6回戦で,後手・谷川浩司九段(十七世名人)が,98手で渡辺明竜王(永世竜王)を破り5勝目を上げ,今期通算5勝1敗としました。

 →http://www.asahi.com/culture/update/1209/TKY201112080789.html

       

 A級順位戦は10名総当たりのリーグ戦なので対局は後3局です。

 最終9回戦は全員一斉に3月2日行なわれる予定です。(最も長い日です。)

 現在の首位は6勝0敗の羽生善治二冠(十九世名人)で谷川は単独2位ですが,8回線に羽生-谷川の直接対決があります。谷川頑張れ!!

 なお,渡辺竜王は現在4勝2敗で単独3位です。

 (※A級順位戦優勝者は森内俊之名人(十八世名人)に挑戦(七番勝負))

PS:JIROさんからのコメントで谷川の研究成果?では?というのが気になってネットで棋譜検索してみました。

 すると,「将棋の棋譜でーたべーす」というのにJAVAの棋譜が有ったので読みましたが,これって将棋連盟の著作権は大丈夫でしょうか?

 → http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=74362

 先手渡辺の7六歩に3二飛としてから角道を開けるという素人目には無謀な谷川さんお得意?の乱戦模様です。

 どちらの手が先手なのか微妙な攻め合いで押し切ったと見えました。

 未だ光速の寄せ健在!!です。

 今をときめく渡辺竜王をも寄せ付けない快心譜ですね。

 

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2011年12月 7日 (水)

日々雑感

 最近の時事ニュースに鑑みて感じたことを無責任に書きなぐってみます。

 由紀さおりさんの1969年にヒットした「夜明けのスキャット」が40年経った今全米で大ヒットしているらしいのは驚きです。

 当時それほど美形でもない(失礼)彼女が,ことさら口を細めて歌うアップを見て美しくないのに何故?と思ってましたが,

 最近カラオケで素人ながら自分も口の形まで気にして発声するようになって意味がわかりました。童謡歌手の安田姉妹は,繊細な美しい声を出すため,そうする必要性があったためでしょう。

 アメリカ主導だから反対というTPPはともかく,関税で保護されていて農協という形式以外の集団農場的会社形態や株式会社形態の病院等は法令的にないためか?コスト軽減の対策もできず高価で海外競争力もなく,

 実は世界でもトップクラスの優良食品や優良医療や薬品開発技術が,日本国内だけの需要にのみに供されたりする国民的エゴは何とかならないのでしょうか?

 日本人だけ安全な水,安全な食品を食べて飽食していいのですか?

 子供の心臓移植では日本人は募金活動のおかげで米国,カナダまで出かけて医療の恩恵を受けていて批判も浴びています。

 米国やカナダ,本国そして発展途上国も含めて移植を受けたくても受けられない人々がゴマンといると聞きます。

 日本人が保護されてるのはいいのですが逆に海外から積極的に日本の医療,薬の技術,医療保険のノウハウ等を役立てるのは,株式会社とか営利企業とかいう意味も含め,何らかの意味ありと思います。

 あらゆる非保守的行動は必ず諸刃の剣ですが,マイナス側面だけ強調するのはイカガなものでしょうか?

 また,2011年10/24の記事:「小沢一郎関連の過去記事」でイヤというくらい述べたので,司法検察への不信感は今更,言いたくもないのですが,

 とにかく冤罪の感が強い,鈴木宗男さんお帰りなさい。

 実際の黒白は別にして,金メダリスト:内柴さんについても起訴前から一方的なマスコミ報道です。私はコレに乗っかってスグに掌を返したりはしません。

 マスコミは,軽犯罪くらいであっても,特に下半身のモラル関連では面白おかしく報道して,以後の生活も有名人であるが故に極端に左右されてしまう風潮はイカガなものか?と思うだけです。

 風潮といえば,放射能関連では風評,風評と叫ばれています。確かに風評もかなりあるでしょうが。。。

 事故直後の頃なら混乱を防ぐため「風評だ。安全,安全」と声高に叫ぶのも必要な手続きだったのかも知れませんが,

 こうしたコトについてはむしろ「最悪の事態」を想定して対策を講じ100%危険という出発点から消去法で「これは安全」と塗りつぶしていくベキだと外野の私は前から思っていました。

 せっかくの義援金も法律で決めなきゃ先に進まない,のであれば,こういうときこそ「超法規的措置」でしょう。

 リーマンショック直後の失業者大量難民の日比谷公園での支援活動でも,当面対象の失業者ではないホームレスが混じって不正に援助を受けてるとの「クモの糸のカンダダ的」批判もありましたが,

 不正受給者云々と選別することより前に,そうしたリスクも承知の上,リスクこみで義援金を迅速に配る行き当たりバッタリで考えるより行動が先の誰かさんが「超法規的措置」を行なうのがベターと,またまた外野の評論家は思ってしまいます。

 物価スライドで年金支給額を減らすというのも,昔バブルの時代までは右肩上がりで成長してきた物価や初任給,何よりも保険料の増加に対して,

 大きな傾向として年金支給額の上昇の仕方が少ないのは無視していたと感じるのは私だけでしょうか

 年金制度ができたのは1959年頃?の初任給が数万円以下の頃です。

 Wikipediaから国民年金の保険料と支給額の推移を転載しておきます。

 私の父が亡くなったのは1965年(昭和40年)の4月でしたが当時の父の源泉徴収票を盗み見た記憶では,最後の前年の年収が税込みで77万円でした。

 地方公務員で46歳の課長クラスでしたし比較的高給だと思われます。

 この当時であっても,10万円未満の国民年金だけでは暮らせないでしょうが,現在も40年間保険料払ったという前提の満額で79万円です。

 扶養してくれる家族も無く無収入でヨボヨボなら,どうやって暮らしていける保証があるのでしょうか?

 取りやすいところから取って増収をはかるのではなく,まず,取りにくくても取られても痛みの少ないところから取ったらどうですか?

(※転載開始)

国民年金の保険料の推移

改正年月毎月の保険料改正年月毎月の保険料改正年月保険料水準×改定率=保険料
1961年4月~100円/150円1984年4月~6,220円2005年4月~13,580円×1=13,580円
1967年1月~200円/250円1985年4月~6,740円2006年4月~13,860円×1=13,860円
1969年1月~250円/300円1986年4月~7,100円2007年4月~14,140円×0.997≒14,100円
1970年7月~450円1987年4月~7,400円2008年4月~14,420円×0.999≒14,410円
1972年7月~550円1988年4月~7,700円2009年4月~14,700円×0.997≒14,660円
1974年1月~900円1989年4月~8,000円2010年4月~14,980円×1.008≒15,100円
1975年1月~1,100円1990年4月~8,400円2011年4月~15,260円×0.984≒15,020円
1976年4月~1,400円1991年4月~9,000円2012年4月~15,540円×改定率
1977年4月~2,200円1992年4月~9,700円2013年4月~15,820円×改定率
1978年4月~2,730円1993年4月~10,500円2014年4月~16,100円×改定率
1979年4月~3,300円1994年4月~11,100円2015年4月~16,380円×改定率
1980年4月~3,770円1995年4月~11,700円2016年4月~16,660円×改定率
1981年4月~4,500円1996年4月~12,300円2017年4月~16,900円×改定率
1982年4月~5,220円1997年4月~12,800円
1983年4月~5,830円1998年4月~13,300円

※各年度の改定率=前年度の改定率×前年度の名目賃金変動率(前々年の物価変動率×4年前の年度の実質賃金変動率)

老齢基礎年金支給額の推移

老齢基礎年金の支給額の推移
改定年月満額の年金額改定年月満額の年金額
1961年24,000円1990年4月~681,300円
1966年60,000円1991年4月~702,000円
1969年96,000円1992年4月~725,300円
1973年240,000円1993年4月~737,300円
::1994年4月~747,300円
1976年390,000円1994年10月~780,000円
::1995年4月~785,500円
1980年504,000円1998年4月~799,500円
::1999年4月~804,200円
1986年4月~622,800円2003年4月~797,000円
1987年4月~626,500円2004年4月~794,500円
1988年4月~627,200円2006年4月~792,100円
1989年4月~666,000円2011年4月~788,900円

※満額とは、昭和16年(1941年)4月2日以後に生まれた人が、40年間(20歳から60歳まで)納付した場合の支給額である。ただし、昭和16年4月1日以前に生まれた人は、生年月日により25年 - 39年納付すれば満額の支給額になる。

(転載修了※)

PS:12/7の21:55です。今,TVの朝日の「相棒」を見終わったところです。

 犯人役の老人見覚えがあって,とてもイイアジを出してるけれど誰かなあ?と思ってたら,何とその昔伊東ゆかりの夫で歌手でもあった佐川満男氏でした。

 確か,引退したはずと思ってネットで検索すると,芸能界に復帰していて,確かにこの相棒第8話「フォーカス」に出演とありました。

 しかし,最近,憎らしくて殺したら実は殺す最大の理由であった相手の意図は正反対で,むしろ自分に対する善意愛情であった。という様な逆恨みであったというストーリー仕立てのドラマが多いですね。

 うーむ「渡る世間に鬼はない」ですか?。。。

PS2:こうした比較的短かい思い付きを書きなぐる日記ではなく,細かい数式も含む科学記事草稿の文書も日々ヒマをみてはセッセと書いてはいますが,

 ただ座ってゆっくりとくやる作業:右手中心のタイピングであっても,左首と左肩境界の頚椎,および左腕にボディーブローのように効いてきて,途中で痛くてガマンできず連続作業では30分と持ちません。。。休み休みで進みません。

 何とかならないかなあ。。痛い。。

 糖尿病,心不全,足の動脈硬化,腎不全初期etcということもあり,痛くてたまらないとか痒くてたまらないけど,痛みを止めて紛らせるため非合法な覚せい剤やアヘン(モルヒネ)のような決定的痛み止めに頼るほどでもなく,安楽死したいとまでは思いませんが何かやろうという意欲は減退しますね 。

 同じような話で,前は歯科医をまわって最後に東京医科歯科大で何とかなるまでは義歯が合わず困ってました。

 それでも外では,今更ですが,ないとアゴの形がみっともないし既に義歯はめてもオカしいけど,滑舌がさらにオカシくなるので必ず義歯をはめてますから,

 前は外に飲みに行って,食欲があっても食べると痛いため,痛いけど食べるのを取るか?食べずに痛くないのを取るか?という究極選択が常にあり,

 条件反射で食欲はなくなって,食べずに飲むことが多く,「私の作ったものはマズイくて食べられないのか?」とか胃腸が悪いのか?とか心配されていました。

 色々あって,今より10キロも痩せていました。

 今はある程度食べられますが,朝起きて外出のため義歯をはめるたびに拒否反応で嘔吐を催すのをガマンするのは仕方ないです。

 食堂では,毎日食欲をそそる昼食なのですが,嘔吐衝動と食べたい欲求が葛藤してめったに完食できないのは困ったものです。

 痛みや苦痛と共存するのに慣れてきてますが,完全に眠っているときと酒飲んでクダまいたり,シャベリちらしてるとき以外は完全休息できないので,やはり神(or 悪魔)に愛されて永眠ですか。。

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2011年12月 5日 (月)

今年の10月までの全地震の位置・規模データ(日本全国)

 mixや,Facebook etc.も含めネットでの将棋関係10年来の友人(東海地区オフの幹事)「文十郎」さんの日記から,興味深いので転載させてもらいました。

(You-tubeより)

 2011年1月からの地震の震源,震央の位置と規模など動画になっています。

 仕事でこういう動画を作る必要があったとしたら,この動画プログラム自体はどうってことないと予想しますが,

 昔作った小学生向きの教育ソフト「星・星座」だったかな?の2000個くらいの星のデータを起こして入力したときのように,データを起こして入力するのが大変な作業ですね。きっと。。

 まあ,全地震とは言葉のアヤです。

 人が歩いてもゼロでない振動が起こりますし,アリfが歩いてもミクロな振動があるでしょう。観測にかかるもので,どのくらいの大きさ(マグニチュード)からの振動を地震と呼ぶのでしょうね。

PS:酒粕「ハクツル」300g(5枚)を買ってきて2枚(120g)を水500ccにちぎって入れてかき混ぜ沸騰させた後,砂糖を約100g入れて,酒粕の甘酒を作ってみました。

     

 味は普通の甘酒の味で美味でしたが,カップの底に溶けてない酒粕の固まりが残ってしまうので次からは,ちぎるのじゃなく摺り潰すかミキサーにかけることにしようと思いました。

 米こうじの方がいいのかな?ま,好みでしょうね。

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2011年12月 3日 (土)

宮部みゆき「火車」読了

 11月6日にふとした動機で読み始めたちょっと昔の宮部みゆきの小説「火車」を昨日ほぼ1ヶ月で読み終えました。

(※2011年11/6の記事「アルプスの少女ハイジ。。ほか日常」参照)

      

 何しろ,1日約10分平均の行きの通勤電車の中で,ゆっくり座れるときだけしか読まなかったので,1ヶ月もかかったのでした。

 病院に入院でもしてて他にやることもなく諸々の誘惑もなければ恐らく数時間で読了したでしょうし,昔のように老眼鏡に頼ることもなく読書に対してすぐ疲れたり飽きたりしない頃ならのめりこんでスグ読み終えたでしょうね。

 逆に途中で投げ出さず1ヶ月も根気よく読み続けたのは内容が興味深かったからです。

 少しネタバラシですが,内容はまさに「火の車」で,借金で一家離散とかの末に債務取立てから逃げ回るために事件を起こすという身につまされる話でした。

 少し前に読んだ「理由(わけ)」(直木賞受賞作)と同じく,宮部みゆきのこの1980年代から1990年代の頃を舞台にした小説はローンや債務による悲劇がテーマとなっています。

 Amazonでの読者クチコミにもあるように個人情報保護法以前でインターネットや携帯文化もまだ今ほどではなく悪質な金融業者の取り締まりや債務超過に対する過剰な取立てに対抗する自己破産等の法的な対抗手段などの情報も今ほど周知されてない時代特有の悲劇かな?と思いました。

 しかし近年のリーマンショックなどもローン被害ですし,米国,欧州も含めた構造的不況を見るに付け,私のように被害が及ぶ直接の係累も無く,ある意味では「別に殺されてもいいや」というくらいの覚悟があると自負していてケツまくって開き直るような"したたかな人間"でないなら,

 表面化はせずとも,姿を変えて隠然とした形でこうした悲劇は未だ連綿と続いているという気がします。

PS:昨日は職場の帰りに,ある女性から「相談事があるから」ということで誘われて,岩本町で2件お茶をした後,最後は巣鴨の居酒屋[魚民」で21時半頃まで食事兼お酒をご一緒しました。

 相談事には大してお役に立てたとも思えないのに居酒屋の代金はオゴってもらいました。イヤ,自分の分くらい支払えるお金はあったのですが。。。

(※昔は女性と1対1で飲食して相手に払わせたことなどは皆無でしたが。。)

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