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2012年3月

2012年3月28日 (水)

また入院して手術受けます。

 今日午前中に帝京大眼科にかかり,4月23日(月)に入院,,24日(火)に左眼の硝子体手術を決めてきました。入院は短くて一週間,長くて半月でしょう。

 右眼の同じ手術が昨年2011年5月31日だったので,ほぼ1年です。

 これで両目で,もう無いすから眼に関しては終わりでしょうね。

(※5/30の記事「量子電磁力学の輻射補正(11)頂点補正-5),」, および,6/1の手術とにかく終了」,6/10の「退院します。」,6/13の記事「入院生活」を参照)

  ゴルデンウィークにかかるけど関係ないから,逆に時期はいいカモ。。

 イヤ,いずれにしろ境遇は幸せなモンです。

 カラダの一部品でも,古くて壊れて使えなくなったら新しいのに交換修理できる時代と国に住んでいるなんて。。。

 レンズにした方が高性能で眼底出血にも対応し易いなんてネ。。

 また,病室の何の誘惑もない環境で,1年ぶりに「格子上の場の理論」の続きをじっくり読めます。

 入院しなくたって自宅で読めばいいのに。。って,

 イヤ,どうも新しい知識を読むのは眼も見えず,根気が続かなくて,普段そういう気に成っても30分も持てばいいという感じでスグ放り出すか疲れるのです。

 病院だと他にすること無いので放り出してもまたやります。

 どこかの馬の骨,有象無象の自分を,筋萎縮症で電動車椅子のホーキングと比較しちゃオコガマしいですが,私も五体が次第に滅びてゆきます。

 なんとなく,月とスッポン。。

(※賞やメダルを貰ったり,多数の尊敬を受けるような方の人生も,額に汗して家族を養う底辺労働者の人生も,同じ高々100年の価値ある人生であることに変わりは無いって思いたい気持ちありますが,夢がないですね。。

 例えば,生まれついてからウン十年も,,酷暑,厳寒に関わらず,早朝から海に出て,大量の紫外線を浴びて顔に赤やけした深い皺を刻み,同い歳のホワイトカラーよりも10歳以上老けて見える昔ながらの漁師の人生を,

 例えばかの偉大な俳優であった森繁老の人生と比べて,後者の人生を称える気持ちはありますが,,

 前者の人生を"卑小な"と。。、誰が哂うことができるでしょう。? ※)

 ところで,今は好き勝手なときに眠り,睡眠は断続的な2時間や3時間の浅い寝りだけのせいか? 最近,居眠りすることが多いので,

 今(夜中の零時半)から,久しぶりに昔から持ってる睡眠剤で,無理やり寝ようと思います。

PS:今,3月:29日(水)の夜です。

 昼間,職場でまだ若い女性にブログ「TOSHIの宇宙」の自作名刺を渡すと,「宇宙ってなに?」と問われ,「いや自分の世界とか全てっていう意味だよ。

 でも宇宙のことも書いてるよ。」 って言ったら,

 「ふーん,頭いいんだねえ。。」(エライんだねえ。。だったかな?)

 これって私には結構,こたえる(傷ツク)感想です。。。。

 親しみを感じているのに

 ,「あんたは仲間じゃないよ。違う世界の違う生き物だよ。」

 って疎外されてる気分がしました。

PS2:3月30日(木)朝です。

 ほんと片眼をちゃんと治すか,片眼であることに慣れないと,今日もコーヒーやお茶を入れるときに電気ポットの熱湯が的をはずれテーブルに落ちました。

 キタナイ話ですが,28日の病院での入院に先立つ検査では.オシッコが採尿コップの的からはずれて,結局,大の方の洋式便器に座って採り直しました。

 最近,都内ではバリアフリーが進んでいるようで,昔より段差があるところは減ってますが,それでも段差がわからず蹴躓くのはしょっちゅうで,す。

 また,白いテーブルクロスの上で同じ白い布は,なかなか判別がむずかしいことなど新しい経験増えてます。

 災いもまた自分の血肉になります。( ← 負け惜しみ?)

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パンダ交尾? 淋しさには名前がない。(←盗作)

 交尾っちゃ,要するセックスでしょ?。。。

 人間(私?)ももっと正直になって原点回帰でもせねばネ。。

 神に近づこうとすれば,肉の歓びが失われます。。

 自由を求めようとすれば孤独になってしまいます。。。

 まあ,この後余生幾莫もないし,天涯孤独というほどでもないですが,親元を離れて以来,家族というものがありません。

 私がそうした道を主体的に選択したという自覚はないけれど,,結果的に人の温もりなどの歓びを犠牲にして自分だけに忠実に生きて他人には干渉されないという,ある意味で自由な道を選択して生きてきています。

 淋しいのもウン十年も我慢してきているうちに慣れっこになって,そうした感覚を忘却し,諦観のうちに感性も老化で感覚マヒして現在に到ってるようです。

 ↑悲しいね。。。

(※アルツハイマー+ギラン・バレー?と疑われるほどになってます。)

 確かに酒を飲みに行くにしても,,20代後半のある時期から店に一人で入って,自分の飲みたいときに飲み,帰りたいときに誰気遣うこともなく帰る,という全く自由な味を覚えて,実行してきました。

 そのときどきに袖すり合った人々だけと付き合い,決して深入りしないから淋しいけど表面的友人しかできません。

 まあ,その淋ししさが自由の代償でしょう。失ってきたものは大きい。

 

 もっとも酒が好きで自宅でも飲むという習慣は全く無く,外に酒を飲みに行って毎日でも誰かとニギヤカにやるのが好き,というのが私の求める"ササヤカな温もり"かも知れない,というか,その通りです。

 お金を払わねば会えないような"家族"なら,,今は結構いっぱいいます。

 神は肉体的に成り合わざるところを持つ女と,成り余れるところを持つ男とのペアで完全になるように人を創られたのでしょう。

 1人では完全な人には成れないし,無論,神にも成れません。

 来るものは拒まず,去るものは追わず。。。

 要するにウダウダ能書きを言って悩める他人にアドバイスしたりして,優しいようでも,実は自分の領域を侵されず,銃弾が飛んでこない安全なところで指図するだけの,究極のワガママ人間が私でしょう。

 人間関係が希薄で物事のほぼ全てが他人ゴトであれば,そうした悩みからはフリーであるのは当然で,,もう一方の人間的道を歩んでいる人々の悩みなどわかろうはずがないです。(※キレイゴトヤローめ。。>自分)

 私の,このところ突き当たっているキーワードは「諸刃の剣」です。

 これは,「無常感(=もののあはれ)」と双璧ですね。

 "自由だけれど孤独".よりも"不自由「だけど暖かい"方がいいですね。無いものねだりでしょうが。。。

 ,2本足で歩くから腰が痛いし,アダムとイブの木の実とかパンドラの匣(はこ)を開けて悟性に目覚めない方がよかったカモ。。。

 文明の象徴は火ですが,特に科学文明,これも無かった,方が幸せカモ?

 火のコントロールは何とかできても,トイレのないマンションの原発,原子力はどうでしょうかネ,

 文明の利器の全ては便利だけど,恐ろしい「諸刃の剣」。逆にッリスクを覚悟しなければ得るものもない。虎穴にいらずんば虎子を得ず。

 何だ?自己分析まで他人ゴトの評論家になってる。

 月イチの「オンス」かな?

 ↑ 相変わらず発想が下品なヤローだネ。>自分(TOSHI)

PS;今から出かけて帝京大病院眼科です。

 結果次第ではまた入院で左眼も手術でしょう。

 今日は眼底検査で瞳孔を開く目薬が約7時間も効くはずなので,ほぼ一日中ほんの数十センチの近くしか見えないので,おとなしくしている予定です。

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2012年3月27日 (火)

八景島シーパラダイス

 3月25日日曜日は,横浜市金沢区にある「八景島シーパラダイス」へ行く予定の障がい者仲間5人のうちの一人が急用で行けなくなり1日チケットが1枚余ったので急遽,私が代打で同行してきました。

 メンバーは女性1名と男性4名で,うち私も含めた3人は12月25日に横浜市緑区の「ズーラシア」に行ったメンバーと同じです・

 ともあれ,昨年から水族館3つ(池袋サンシャイン,東京タワー水族館,八景島水族館),動物園2つ(上野動物園,ズーラシア)と,生まれてから,60歳までにこうしたところに行った回数を半年余りで上回ったような気がします。

 詳細は後日写真つきで書こうと思います。

 前の富士フィルムのデジカメが壊れた後,知人にからタダでもらった韓国LG製のデジカメで,ちょくちょく写真撮とってはいましたが

 このカメラ,新しくて画面にタッチして操作するタイプらしく,表示も文でなくイラストで,また眼がよく見えなくなってることもあり,イマイチ操作がわからず,それにスグにはPCに取り込めないのでPendingです。

 (※THMはサムネイルでプログラムをプラウザにすればいい?とか,JPGもあるけど圧縮されてる?のかプレヴューで見えない。)

PS:本ブログの過去,現在の科学記事の開設が中心の読書会のようなものを私の地元の巣鴨で定期k的に開催する,「TOSHI塾(仮称)」なる会を作ろうかな?と思います。

 まずは,4月になったら準備会を,開いて,できたら優柔不断で実行力も乏しい私の手伝いも兼ねてくれるような人と会合を持ちたいですね。

 横浜とか,どこかには「物理サークル」という会があることは存じていますが,私の意図するこの会は,実は政治,経済,哲学,エンタメetc.と何でもアリでいいかな?,場合によってはお子様の勉強の手伝いもするかな?と思ってます。

 塾は参加者5名以上いれば継続的にヤリますが,ダメでも取り合えずは細々とやろうかな。。

 参加者,自分だけでバックグラウンド音楽聴いて居眠りしてるだけカモ。。

 営利が目的ではないですが,高校生以下(と障がい者)は無料で,それよりも上で支払い可能な方からは500~1000円程度の会費((カンパ)を貰います。

 塾といっても受験でも政治でもないですが,

 まあ,こういうものは都内や近郊にROM(read-only-member)中心にかなりの読者がいたとしても,実際にオフラインで会おうという呼びかけにはナカナカ集まるものではないでしょうね。

 これは.昔,楽天ショップに入ってネットショップを始めたとき,簡単に注文が来るだろうという安易な期待がはずれて,結局は赤字続きで店を閉めた経験からも想像できることですが。。。,

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2012年3月23日 (金)

相対論的場の量子論(正準定式化)(9)

「久しぶりでんな。シガマサルや。」(カラオケレパートリー

1つである,"ベートーベン"作曲「女」より)ではないけれど,

久しぶりの「相対論的場の量子論」シリーズの続きです。

 

このブログの科学記事については,色々と簡単な思い付きの計算,

過去の記事の再掲などで場ツナギしていました。

 

私の中では,これらがサブ記事で,表題のモノはメインの記事で

る,というランク付けなど考えてないツモリで,どちらもメイ

ントピックスですが,書くのに何日も要した記事は数時間で書い

たモノより,時間が長くかかったけの重みはありますね。

  

さて,前記事では準拠系Sの時空点の座標xμが,Poicare'群

る座標変換:x'μ=aμνν+bμによって関係付けられ

る座標x'μ表現される別のLorentz座標系(慣性系)S'の観測

者にとっては,あるユニタリ演算子;U(a,b)が存在して,

 

2つのLorentz座標系:S,S'のそれぞれの系の上での状態空間の

表示において同一の状態を表示する,対応する状態ベクトル間に,

|Φ'α>=U^(a,b)|Φαユニタリ変換がなされると見る

ことで望ましい変換が得られる,と定式化しました。

 

 この状態の変換式|Φ'α>=U^(a,b)|Φαを,

 量子場の期待値と古典場の振幅とが一致する,という

 対応原理を示す次の式:

 

 <Φ'α|φ^r(x')|Φ'β>=Srs(a)<Φα|φ^s(x)|Φβ

 に代入すると,

  

 <Φ'α|S-1rs(a)φ^s(x')|Φ'β

 =<Φα|U^φ^r(x)U^-1β> となります。

 

 この式から,

 U^(a,b)φ^r(x)U^(a,b)-1=S-1rs(a)φ^s(x') 

 る量子場の変換式が得られます。

 

 前回は,この後,特にa=1の平行移動:x'μ=xμ+bμという

 全く回転もBoostも無いSrs(a)=Srs(1)=δrsの場合を考え,

 

 対称性に伴うNoether保存量(演算子)としての,

 エネルギー・運動量4元ベクトル:μ=(H^,P^)

 を得ました。

 

 今回は,a=1ではない一般のLentz回転:x'μ=aμνν

 考えます。

 

 無限小平行移動:x'μ=xμ+εμに対するU(1,ε)

 =exp(iεμμ)=1+iεμμのアナロジーで,

 

 無限小Lorentz変換:x'μ=xμ+εμνν

 νμ=-εμν)対応するユニタリ演算子を,

 U(1+ε,0)≡1-(i/2)εμνμν と書きます。

 

 (↑ ※ U(1,ε)=exp(iεμμ)=1+iεμμであったのに,

 U(1+ε,0)≡1-(i/2)εμνμνであり,両者で生成子μ

 μνについての符号係数が異なる理由については,

 

 これが,ずっとPendingとなっていたのに気付かず,長期間放置し

 ていましたが,既に以下(※注9-2)で回答していました。

  

 要するに,U(1,ε)=exp(iεμμ)=1+iεμμ

 =1+iε0-iε=exp(iε0)×exp(-iε)

 であり,一方,U(1+ε,0)=exp(-iεμνμν/2)

 =1-(i/2)εμνμνですから,

  

 後者はz軸(3軸)のまわりの無限小回転角:δφの回転なら.

 1-iδφ 3=1-(i/2)(ε12 12+ε21 21)

 (ε12=-ε21≡δφ, 12=- 21 3) なので,

   

 時間軸の平行移動:1+iε0という特別な軸を除いた空間部分

 で比較すると,実は符号も係数も同じであることがわかります。※)

   

 μν,ユニタリ演算子:U=U(1+ε,0)を,

 exp{-(i/2)εμνμν}=1-(i/2)εμνμν

 と表現する際のHermite演算子です。

 

 Uφ^r(x)U-1=S-1rs(ε)φ^s(x'),かつ,

 Srs(ε)≡δrs+(i/2)Ξμνrsεμν より,

 

 {1-(i/2)εμνμν}φ^r(x){1+(i/2)εμνμν}

 =S-1rs(ε)φ^s(x+εx) なので,

 

 i[μν.φ^r(x)]=xμ(∂φ^r/∂xν)-xν(∂φ^r/∂xμ)

 +Ξμνrsεμνφ^s(x) 

 

 を得ます

 

※(注9-1):何故なら,μν[μν,φ^r(x)]

 =2φ^r(xμ+εμνν)-2φ^r(x)-Ξμνrsεμνφ^s(x)

 =2(∂φ^r/∂xμμνν-Ξμνrsεμνφ^s(x) ですが,

 

 ενμ=-εμνなので,最右辺の第1項は,

   

 2(∂φ^r/∂xμμνν

 =(∂φ^r/∂xμμνν-(∂φ^r/∂xννμμ

 =-εμν{xμ(∂φ^r/∂xν)-xν(∂φ^r/∂xμ)}

 

 となるからです。

 

 故に,iεμν[μν,φ^r(x)]

 =εμν{xμ(∂φ^r/∂xν)-xν(∂φ^r/∂xμ)

 +Ξμνrsφ^s(x)} となります。

 

 ところがμνは任意の無限小反対称テンソルですから,結局,

 i[μν,φ^r(x)]=xμ(∂φ^r/∂xν)-xν(∂φ^r/∂xμ)

 +Ξμνrsεμνφ^s(x) を得ます。

  

 (↑※元ネタのノ-トには,当時初学の私らしくこれの証明も

 細かく書いてありますが,冗長なので省略します。)

 

(注9-1終わり)※

 

 前の平行移動と運動量の対応のケースと同様,Lorentz変換を起こす

  生成子(generator)であるμνを古典論での角運動量テンソル:

 Mμν≡∫d3 0μν

 ≡∫d3(xμ-xνπrΞμνrsφs)

 

 と同一視します。

  

 すなわち,M^μνを角運動量テンソル演算子として,μν

 =M^μνと考えると,古典的非相対論量子力学との対応に

 頼ることで,

 

 上記の交換関係:

 i[μν,φ^r(x)]=xμ(∂φ^r/∂xν)-xν(∂φ^r/∂xμ)

 +Ξμνrsεμνφ^s(x)において,添字μ,νがi,jの場合の

 3次元空間成分は,

 

 よく知られた3次元回転を生じさせる角運動量演算子:

 ^=(L1^,L2^,L3^)=(M^23,M^31,M^12)が満たす交換関係

 に他ならないことがわかります。(※軌道角運動量部分です。)

  

(注9-2):ψ()を非相対論的量子力学の定常状態の波動関数

 とすると,系の空間的な回転に対して理論が不変な場合,

 

 座標系(または系)の回転に対するの変換を'=R

 と表わし,それに対する波動関数の変換をψ → ψ'=PR

 とすると,

 

 ψ'(')=ψ'(R)=ψ()より,

 ψ'()=ψ(R-1) or PR^ψ()=ψ(R-1) です。

 

 極座標で,(r,θ,φ),'= (r,θ,φ+ω)

 (系がωだけ回転,または座標系が-ωだけ回転)の場合は,

 R^ψ(r,θ,φ)=ψ(R-1)=ψ(r,θ,φ-ω) です。

 

 ところが,ψ(r,θ,φ-ω)

 =∑ν=0{(-ω)ν/ν!}(∂νψ/∂νφ)

=exp{-ω(∂/∂νφ)}ψ(r,θ,φ)ですから,

 

R^=exp{-ω(∂/∂νφ)}=exp(-iωL3^)と書けます。

何故なら,座標表示では,L3^=-i(∂/∂φ)であるからです。

 

 そこで,このケースでは,L3^が状態の波動関数を3軸(z軸)の

まわりにωだけ回転させる生成子となっています。

 

 一方,δωを無限小とすると,無限小Lorentz変換:

 x'μ=xμ+εμννとU(1+ε,0)=exp{-(i/2)εμνμν}

 =1-(i/2)εμνμνなる表現において,

 

 回転角がδωの純粋回転は,

 x'1=x1cos(δω)-x2sin(δω)=x1-x2δω,

 x'2=x1sin(δω)+x2cos(δω)=x1δω+x2 です。

 

 つまり,この無限小回転は,ε12=-δω,ε21=δω:

 ε12=-ε21=δω 以外のεμνが全てゼロの無限小Lorentz

 変換なので,

 

 対応するユニタリ変換は,U(δω)=U(1+ε,0)

 =1-(i/2)δω(1221) と書けます。

  

 これは,12=-21'=R,ただし=(r,θ,φ),

 '=(r,θ,φ+ω)なる変換に対して理論が不変になるよう,

  

 状態ψ()に変換:ψ() → ψ'()=U(δω)ψ()

 (UU=1)を生じさせるユニタリ演算子:U=U(δω)

 =1-iδωL3^の生成子L3^に対応することを意味します。

 

 上で,特別な回転軸として考えた3軸(z軸)は,通常の開放された

 等方的空間では座標軸を自由に取ることができるので,

 

 一般のケースには回転軸の向きを持ち大きさがδωのδω

 無限小 回転角ベクトルとしてU(δω)=1-iδωL^と書く

 ことができます。

 

 Heisenberg表示の任意の3次元の場の演算子をO^(,t)と

 書くと,回転R:’=Rに対する行列要素の不変性から,

 |ψ>を状態ベクトルとすると,

 <ψ|O^(,t)|ψ>=<ψ'|O^(',t)|ψ'> です。

 

 波動関数に対するユニタリ変換:ψ'()=U(δω)ψ()

 が状態ベクトルに対する変換:|ψ'>=U^(δω)|ψ>に

 起因する表現では,

 

 ψ'()=<|ψ'>=<|U^|ψ>

 =∫d3|U^|><|ψ>

 =∫d3|U^|>ψ() です。

 

 波動関数のユニタリ変換の微分演算子:U(δω)はU~(δω)

 を座標表示で対角化したときの対角成分と見なすことができます。

 

 つまり.<|U^|>=U(δω3()ですね。

  

 "理論の不変性=期待値の不変性":

 <ψ|O^(,t)|ψ>=<ψ'|O^(',t)|ψ'>

 =<ψ|U^O^(',t)U^|ψ> から,

 

 O^(,t)=U^O^(',t)U^,または

  ^(',t)=U^O^(,t)U^+ を得ます。

 

 抽象Hilbert空間における演算子:U^(δω)は,座標表示

 空間におけるU(δω)=1-iδωL^に対応するので,

 単に^をHilbert空間における演算子に読み直して同じ

 角運動量の記号を用いれば,

 

 O^(',t)-O^(,t)=-iδω[^,O^(,t)]

 を得ます。

 

 特に,δωが3軸x(z軸)のまわりの回転パラメータを示して

 いる場合には,右辺は-iδω[L^3,O^(,t)] です。

 

 このとき:x'1=x1-x2δω,x'2=x1δω+x2ですから,

 O^(',t)-O^(,t)

 ={x1(∂/∂x2)-x2(∂/∂x1)}δω

 と書けます。

 

 以上から,i[L^3,O^]=-x1(∂/∂x2)+x2(∂/∂x1)]

 です。

 

 同様な式が,L^1,L^2,についても成立することがわかります

 から,結局,

 

 i[L^k,O^]=-εklml(∂/∂xm)=εklml(∂/∂xm),

 または,i[M^lm,O^]=xl(∂/∂xm)-xm(∂/∂xl)

 が得られます。(注9-2終わり)※

 

 さて,μνがM^μνに等しいとする単純な角運動量テンソルへの」 

 同一視による交換関係の妥当性は,今のケースでは,Lorentz変換の

 下での不変性という追加要請をも満たすことをも意味します。

 

 これらは,μにおける場合と同じく,直接,陽にチェックできます。

 

 そして,現在の大部分の物理学で論じられている場の理論について

 は.LagrabgianによるアプローチとNoetherの定理が何の困難もなく

 直接に量子的領域にも適用されています。

 

 最後に,内部対称性変換φr^ → φr'^=φr^-iελrsφs^に対する

 量子論での不変性の要求は,

 

 <Φαr^(x)|Φβ

 =<Φ'αr^(x)-iελrsφs(x)|Φ'β

 =<Φα|U^(ε)r^(x)-iελrsφs(x)}U^(ε)|Φ'β

 

 です。

 

 これによって,

 φr^(x)=U^(ε)r^(x)-iελrsφs(x)}U^(ε),

  or U^(ε)φr^(x)U^(ε)=φr^(x)-iελrsφs(x)

 を得ます。

  

 そこで,U^(ε)≡1*iε^とおけるHermite演算子^が存在

 すれば,iε[^,φr^(x)]=-iελrsφs(x)となります。

 

 εの任意性から,[^,φr^(x)]=-λrsφs(x)を得ます。

 

(注9-3):内部対称性変換:φr →φr'=φr-iελrsφsは,場φr

 (r=1,2..N)を縦ベクトルで,φt12,..,φN)と表現し,

 Λをλrs(r,s=1,2..N)き成分とするN×N行列とすれば,

 

 φ φ'(x)=exp(-iΛε)φ(x)なる位相変換です。

 

 この対称性についてのこれまでの論旨は,εが有限パラメータ

 の場合の上記位相変換に対して成立する理論の不変性を,

 Lagrangian密度:f(φ,∂μφ)の不変性で表現し,

 特にεを無限小とした同値な接触変換を用いて論じている

 ものです。

 

 εが定数である場合のこうした変換を,第1種のゲ-ジ変換:

 (first-kind gauge transformation)と呼びます。

 

 一方,εが定数ではなくε(x)と局所的な時空点xに依存する

 場合の同様な位相変換:φ φ'(x)=exp{-iΛε(x)}φ(x)

 φ(x)-iε(x)Λφ(x),

  or φr →φr'=φr-iε(x)λrsφs第2種のゲージ変換と

 呼びます。

  

 第2種のゲージ変換の場合には,Lagrangian密度は,

 Lf(φ,∂μφ)という形の粒子場φ単独の形ではなく,ゲージ粒子

 と呼ばれる他の粒子場;(x)が混合され,それらの相互作用int

 を含んだ形の系全体のそれ:

   

 L(φ,∂μφ,,∂μ,)

 =f(φ,∂μφ)+a(,∂μ)

 +int(φ,∂μφ,,∂μ,)

 

 の形でなければ,元の粒子場の位相変換に対するLagrangian

 密度の不変性(=理論の不変性)が保たれないというものです。

   

 これは,現在よく知られているYang-Millsに始まるゲージ理論

 です。

 

 一般には第2種のゲージ変換を単にゲージ変換と呼ぶようですが,

 第2種のゲージ変換に対して理論が不変という対称性が成立する

 なら.特別な場合としてε(x)=ε(定数)の第1種のゲージ変換は

 必ず成立して,粒子単独のNoether保存量が定義できます。

 

 (※しかし,逆に第1種のゲージ変換不変性が成立しても,第2種の

 不変性は必ずしも成立しないのはもちろんです。)

 

 ε(x)=ε(定数)は局所的な時空点xによらず時空の大域的領域を

 カバーするので第1種のゲージ変換不変性を大域的対称性よ呼び,

 他方,第2種のそれを局所的対称性と呼ぶこともあります。

 

 この当たりの対称性,期待値の対応原理による古典論でのNoetherの

 定理の量子論への拡張等について,サラリと理解して通過したよう

 に見えますが,実際にはこれらに初めて接した当時には,数学ではな

 く物理的な意味で,スッキリとは理解できず,

 

 院に入学当時に研究室用図書館から,L,Fonda and G.C.Ghirardy著

 の「SymmetryPrinciples in Quantum Physics」という書を見つけ

 出して本当に熟読しました。

  

まあ,その当時は物理学そのものを初めて真面目に勉強した頃で,

その最初に出会ったのが参考文献のテキストでした。

 

このBjorken and DrellのField(場の理論)に遭遇して後に,逆に

これが,テキスト:Mechanics(力学)の続きであることを知ったの

で,その当時,全くチンプンカンプンの手探りであったのは尚更で

したが。。。

 

この対称性の部分は,学生を卒業(修了)後に東京で普通に会社に

就職した後もスッキリせず,

先の「SymmetryPrinciples in Quantum Physics」を新宿の紀伊国

屋書店で注文して,船便で1ヶ月くらいで届いた後に改めて熟読を

続けてある程度の理解に達したという経緯があります。

  

私が躓いたことに関係する部分は,その書ではほんの数ページだけ

で,他の部分の変換群の既約表現,や超選択則等から貴重な知見を

得ました。

   

私の認識能力の閾値(threshold)は,他の多くの方々より,かなり低い

みたいで,色々なコトを学んでも一向に変化上昇せず,今だに1個と

1個で2個になる,というレベルまで降りないとスッキリしないの

は困ったもんですね。

  

こうした理由で,たった1行わからず,ささやかな自己満足のため,

ときどき数年を棒に振っています。

  

冗長な余談失礼しました。(注9-3終わり※) 

    

§1.5 他の定式化(Other formalisms)

 

 これまでの与えられた処理手法は,場の正準方程式と正準交換

 関係を導出するためチェックするものとして,古典論から得た

 Lsgrangian(密度)を用いています。

 

 そうして,場の方程式とその解,そして正準交換関係と系の状態

 の性質との中という意味で,物理学が存在していることを強調

 しておきます。

  

 しかしながら,理論を初めから量子論の作用原理によって定式化

 することも可能です。

 

そうした理論では,Lagrangianはさらに中心的役割を果たします。

 

この有力な,しかし抽象的なアプローチと局所的な場の理論は,

種々の文献の中,特にSchwingerによって主体的に議論されてい

ます。

 

逆に,Lagrangianを使わずに理論を定式化することもできます。

 

公理論的意味での一般的アプローチは,

LSZ(Lehman- Synmanzik.Zimmerman)によって与えられて

います。

  

(※ただし,この最後のセクションの文章は単なる参考文献テキスト

の直訳で,著者Bjorken & Drellが,当時の状況を延べたものです。)

 

参考文献のテキストでは,これで§1と第1章は終わりです。

 

次では具体的話に入っていきます。

 

第2章の題は,Klein-Gordon field(クライン・ゴルドン場)で,

§2.1 Quantization and Particle-(量子化と粒子解釈)から

始まります。

 

次回からのこのシリーズでは,これらを解説することから始める

予定ですが,今日のところはキリもいいのでここで終わります。

 

(参考文献:J.D.Bjorken S.D.Drell "Relativistic Quantum Fields"(McGrawHill)

 

PS:私のブログのコメント欄で不毛な(私はハゲですが)論争が

されているようですが,できたらやめてくださいね。

 

恐らく片方は掲示板的なところに書くこと自体に不慣れなので.

話し言葉と書き言葉が違っています。

 

(面と向かって話すのとは違って書いてもスグに反応,返答を期待

できないし,今か今かと掲示板を見ても何もなかったり。。)

 

実際に相手が目の前にいて話していると思って書いてください。

 

論破とか,なんとかは。。。元々自然科学向きではないですが。。

 

また,知ってるとか知らないとかの水掛け論も,ナンダカなあ。。

知らなければ調べればいいだけのことですし。。

  

まあ,善悪,美醜,正否にしても相対的価値観だろうし.何らかの

普遍的な上下,優劣の絶対的価値判断の基準があるとしても,

不完全な人間の認知するところではないでしょう。

  

とにかく,論争の勝敗で結果が決まるようなモノは,何だか悲しいし

空しいです。

 

相対論や,量子論,一般的にむずかしい理論かも知れませんから

私のアインシュタインetcからの多くの人のリレーで伝聞した

"パクリ=学び"も正しいパクリではなく間違っているかも知れ

ませんが,所詮はパクリです。

  

パクリ方の正しさで自慢したり,けなしたりしてもいいでしょう

し,そうした自己主張,自己顕示で論争できる元気があること自体,

  

もうヨモヨボで棺桶に足が1本半まで入っている死に損ないの

クソジジイの自分には,ある意味うらやましい限りです。

 

私には,コメントを削除したり交通整理で沈静化させたりするよう

な趣味はないので放置プレイですが,ここは掲示板じゃなく個人の

ブログなので適当なところで一方がシカトしてください。

 

私への批判,中傷等であっても不毛と感じたら元々シカトしてます。

  

長い主張をしたければ,自分でブログやホームページを開いて書く

のも1つの便法です。

 

不毛でなければ地獄の底まででもお相手しますが。。。

 

何しろ,私はヨボヨボで。。

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2012年3月22日 (木)

再掲「歯無しの話と竹内文書」

  チョット思い付きと手抜きで,2006年5f月16日の記事を再掲します。

 私は我ながらこの記事↓好きなんですがねえ。。

 ※以下,再掲記事です。

 日頃の不摂生のせいか,とうとう,まだ50代なのに上の前歯1本を残して永久歯が全てなくなってしまいました。 

 つまり,ほとんどまったく総入れ歯になりました。

 

 平均の総入れ歯年齢より10年程度も若いのではないかと思います。

 

 そういう状態になったのが今年の初めのころで,巣鴨の自宅の近くの恵愛歯科という所で義歯を作ってもらいましたが,このごろやっと慣れてきたところです。

 

 一番安い義歯を注文したのに何故か保険が利かないとのことで,なけなしの大枚をはたいてしまいましたが,代わりに今まで痛くて食べられなかった好物のアタリメ(スルメ)やピーナッツなど硬いものは食べられるようになったのは幸いです。

 

 しかし,肝心のパンやご飯など比較的軟らかいものは,やはりうまく噛めないようで困ったものです。

 

 そもそも私は長年の間テキトーな歯磨きしかしていなかったのですが,動物などは,もちろん恒常的な歯磨きなどしないはずだし,大昔の古代人もそうしたことはしなかったと思いますから,まあ,砂糖を含むものをたくさん食べるようになった現代人の宿命かもしれませんね。

 

 それはさておき,歯の平均寿命というのは,元々せいぜい50年か60年くらいなのかも知れないとも思いました。

  

 昔,織田信長は「人間五十年」と謡ったそうです。

 

 戦国武士であったからそうなのかもしれませんが,そうした冷暖房もない昔のきびしい自然環境の中にいて,しかも現代のような医学や薬学などのなかった時代には人の寿命というのは高々50年程度であった,と言われても不思議ではありません。

 

 現代人の肉体の寿命が元々の歯の寿命を追い越してしまったために,義歯が必要とされるようになったと勝手に解釈することにします。

 

 しかし,昔,私の在籍した大学院の1年先輩で宇宙線が専門であったN氏は修士論文として「人間の寿命と宇宙線の関係」なる冗談のような題目の論文を書いたらしいです。

 

 嘘か本当か私には定かかではないのですが,その論文の中で「もし人間が宇宙線という放射線を全く受けることが無いなら天災や不慮の事故などによる死亡を除けば150年から200年は生きられるはずだ。」というような結論を導いたと聞いています。

 

 宇宙線というのは,宇宙,といっても主に太陽から地球上に隕石のように飛来して降りかかる(素)粒子のことを言うわけです。もちろん光もその一種です。

 

 一部の安定な粒子(電子,陽子,光子など)を除けば,大抵の素粒子は不安定なので普通に考えると,それらの粒子は太陽から地球に届く前に崩壊し消滅してしまうはず,と思われる程の極く短い寿命しか持たないのですが,実際にはちゃんと地球上の我々まで届きます。

 

 これは,相対論的効果によって,素粒子から見ると共に高速で運動している太陽と地球の間の距離がローレンツ収縮してほとんどくっついたような短かさになるためですね。

 

 同じことですが,地球から見ると高速で運動している素粒子自身の時間が遅れるため,地球で十分な時間が経っても素粒子自身にとっては,まだほとんど時間が経っていないことになるためと言ってもいいです。

 

 宇宙線にはπ中間子などのパイ・シャワーもあれば,ニュートリノのように人体には全く無害で地球まで素通りしてしまうものもあります。

 

 素粒子論研究者は巨大な加速器による実験データを必要としますが,加速器がなくても自然に存在する高エネルギーの宇宙線を観測することで,さまざまな有用なデータを得てきました。

 

 神岡鉱山の地下に設置してある「カミオカンデ」などはそうした観測基地のいい例です。

 

 実際には,一見無害な宇宙線に見える紫外線でさえ殺菌,つまり虫を殺すわけですから,人間に害があっても決しておかしくはなく,最近はUVカット(UV=ultra-viole=紫外線)なども推奨されているようです。

 

 また,極地では一日のほとんどが夜であるために酸素分子を分解してオゾンを生成するのに十分な光が少なく,またオゾンから酸素分子という逆反応も起きるのに,フロン濃度が高いため,この正反応が起きにくい状況にあるらしいです。

 

 しかも,南半球は大陸が少ない故,攪拌する気流も小さいという理由で「オゾン層の破壊」が進み,それが集中して「オゾンホール」が拡大している南極の近くのオーストラリア南部などでは,紫外線のせいで"皮膚がん"になる人が急増していると聞いています。

 

 また,放射線の大量被曝による原爆病の症状は急速な老衰に似ているらしい,ということからも,宇宙線被爆による寿命の短縮というのは十分あり得る話だと思います。

 

 旧約聖書の中では,「メトセラ」という名の男性が960歳くらいまで生きたとか書かれています。

 

 そういえば,日本の神話時代の古代天皇にも中には数百歳まで生きたとかいう記述があったと記憶しています。(記憶違いかな?)

 

「武内宿禰(たけうちのすくね)」の子孫を標榜した「竹内巨麿(たけうちきよまろ)」のおこした天津教のバイブルである「神代史=竹内古文書」(一般には偽書とされている)によると,

 

 ノアの洪水というのは地球規模で起こった天変地異であり,それが原因で人間はそれ以前より寿命が十分の一くらいまで縮んで現代に至っているといいます。

  

 つまり,その天変地異によって,電離層だの,ヴァン・アレン帯だの,オゾン層だのがかなり破壊された結果,太陽からの宇宙線が直接降り注ぎ,その放射能のせいで老衰が促進されたというわけです。

 

 実際,メソポタミアの叙事詩である「ギルガメッシュ」にも,また,ホメロスの書いた「オデュッセイア」にも大洪水があったということが記してあるらしいので,

 

 恐らく古代のある時期にノアの洪水のようなものが,全地球規模であって,その記憶がそれらに記されているのかもしれません。

 

 そればかりではなく,古代インドの聖典「リグ・ヴェーダ」の中だったか?叙事詩の「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」の中だったか?

 

 そこには,古代にも既に核戦争があったとも取れる記述がある,と聞いています。そして,前記の天変地異は,その超古代の核戦争の結果かもしれない,とも言われています。

 

 まあ,核戦争,核爆発といえば,聖書の中の神による「ソドムとゴモラの破壊」にも,それらしいものがありますね。

 

 また,ノアの箱舟といえば,その残骸がトルコ北部のアララト山に残っているという話も聞きます。

 

 イヤ,完全な検証は不可能とはいえ,何でもアリですねえ。。。

 

 まあ,そもそも,旧約聖書も含めて,こうした神話というものは多かれ少なかれ荒唐無稽なものですから頭から信じるわけにはいかないのはもちろんですが。。

 

 もっとも,そうしたオゾン層なりが今よりはるかに厚かったとすれば,ノアの洪水以前の地球は今よりえらく暗くて寒かったことになり,逆の意味で生きていけるかどうかも疑問です。

 

 人間を含む生物が生きていくための全エネルギーは,地熱を除けば全て太陽から注がれる光(放射線)によって得られるものです。(石炭,石油の化石燃料も実は太陽が源です。)

 

 太陽からは良質の(ントロピーの低い)エネルギーを受け取って,それを消費してエントロピーを増大させる,というメカニズムで生物が生きていけるわけです。

 

 太陽無しでは,地球生物は一日たりとも生きてはいけません。

 

 そういう意味では太陽はいわゆる両刃の剣ですね。

 

 「竹内文書」というのも非常に荒唐無稽なもので,山根キクの「光は東方より」という書と同じく,イエス・キリストは,その幼年から少年時代を日本で暮らしたとされています。

 

 その書では,イエスは,少年時には天つ神を祀った皇祖皇大神宮に仕え,青年になってから命を受けてユダヤに渡り,「決して死んではならぬ」という命令を守って,弟のイスキリを身替わりにして日本に帰り,「八戸太郎天空」なる名前で天寿を全うしたとされているそうです。

 

 そして,青森県は戸来村(へらいむら)(=現在の新郷村)の十和利山(とわりさん)付近の十来塚(とらいづか)がキリストの墓であるとか,その弟の墓である(死体はエルサレムで耳だけ祀られている)とかが,書かれているそうです。

 

 さらには,モーゼ,マホメットや釈迦(ブッダ)など,昔の有名人はみんな日本で修行したと書かれているそうですから,ここまでくると,ちょっとアキれてしまいますね。

 

 まあ,ユダヤ教やイスラム教では,イエスは「キリスト=メシア=神の子」ではなく,

 

 マホメットなどと同じく単なる預言者(=神の言葉を預かる者という意味でノストラダムスや,ネブカドネザル王に仕えたダニエルなどの"予言者=超能力者"とは異なる)の一人に過ぎないとされています。

 

「イエスは神の子ではなく普通の人間である」とされた方が,私には現実的ではありますが。。

 

 ただ,川守田何某かの研究によると,青森のその近辺には「ナニャドラョ」などというヘブライ語らしい歌詞の民謡があるというし,赤ん坊の頭に赤い十字の印をつけるという風習もあるらしいともいうし何かしら不思議ですね。

 

 もっとも,日本と「ヘブライ=ユダヤ」との関係というと,伊勢神宮の紋章であるカゴメの印がユダヤの紋章:"ダビデの星"にそっくりなのは有名です。

 

 また,「小谷部全一郎」氏らのいわゆる「日本シュメール学派」によるものだったか?ちょっと忘れましたが,

 

 日本人はユダヤ十二支族のうちの失われた十支族のいわゆる"ミッシングリンク"(ハム族(ホモ族)に対するセム族)に属するものである,という説があり,これは国学者「津田左右吉氏」らによって痛烈に批判されたという歴史もあったと聞きます。(日本・ユダヤ同根説)

 

 皇祖皇大神宮という大層な名前もそうですが,日本は神の国であり,世界の中心であるという強烈な鼻持ちならないナショナリズムが芬芬なのは,大八州(おおやしま?)と小八州という考えです。

 

 これは日本という国は,"世界=地球=大八州"の縮図であり,小八州である,というものです。

 

 つまり,九州がアフリカ,四国がオセアニア,本州がアジアとヨーロッパのユーラシア,樺太と北海道がナ南北アメリカというように,日本の各地方は世界の大陸の縮図となるようにできていて,これこそが日本が"世界の中心"である証拠である,というわけです。

 

 言われてみれば,そうも見えてくるから不思議ですが,全く呆れてしまいますね。これは大東亜共栄圏の思想にも通じる話ですね。

 

 まあ,こうした選民思想は,戦前のナチスやワスプ,そしてユダヤにもあったわけで,

 

 今では"God bless America(神はアメリカを賛美する)"という歌の歌詞に象徴されるごとく"世界の警察"たらんとする傲慢な大国:アメリカ合衆国に受け継がれているようです。

 

 まだまだ「竹内文書」には,色々書かれているようで,古代地図には「ミヨイ」と「タミアラ」という大陸があって,これらが,それぞれ「ムー」と「アトランティス」に対応しているといいます。

 

 また,古代天皇は天鳥船(あめのとりふね)に乗って,世界を空から巡幸してまわったともいわれています。

 

 まあ,海外でも,ピラミッドやストーンヘンジの設計で,黄金分割やファイ螺旋が使われていて,いわゆる「フィボナッチ数列」が何らかの形で関与しているのも不思議なことです。

 

 荒唐無稽というと,先に述べた「ギルガメッシュ」などの神話もそうですが,新約聖書の中でも謎に満ちたヨハネの「黙示録」があるし,ダンテの「神曲」とか,新しい方では,スウェーデンボルグの臨死体験やデニケンの「神=宇宙人説」などの様々な諸説など色々ありますね。

 

 その他,日本でも韓国のハングル(諺文)に似た,超古代の文字である「神代文字」が存在していた,という話があります。

 

 また,秦(はた)という姓の日本人は,秦の始皇帝の命を受けて東海にある蓬莱山へと,不老不死の妙薬を求めて旅立ち熊野に漂着した徐福(じょふく)の一族の末裔であるという話もあります。

 

 あるいは,京都の太秦(うずまさ)とはローマのことで,日本語では理解できない,"うずまさ"という読み方をするとか,山車を"ダシ"と読むのはインド付近のシルクロードの言葉だ,とかまだ色々あります。

 

 近代に近いほうでは,「義経はジンギスカンである。」という話もありますね。

 

 これも「小谷部全一郎」が始まりらしいですが,義経がジンギスカンと同一人物であるというのはともかく,義経が影武者を犠牲にして弁慶と共に蝦夷方面へ落ちのびた,というのは有りそうな話だと思います。

 

 鞍馬寺の義経祭は,歴史的な義経の誕生日や命日ではなく,ジンギスカンの命日である八月十五日に行われるらしいのも不思議です。

 

 高木彬光氏の小説「成吉思汗の秘密」によると,義経の死後,白拍子の静御前が「しずやしず・・中略・・・昔を今になすよしもがな」と歌ったことへの返歌として,

 

 実際はまだ生きていた義経が「成吉思汗(なすよしもがな)=ジンギスカン」という名前で返したのではないか?という落ちになっているのは,とても興味深いです。

 

 なお,記事本文での「竹内文書」など"超古代"に関するモノの出典は,昔,正会社員の時代に読みふけった佐治芳彦氏著の多くの啓蒙書による記憶に頼るところが,ほとんどです。

 

 もちろん,これらを丸呑みに信じているわけではありませんが,自然科学と違って,歴史,特に古代史では"トンデモ学説?"と呼ばれているものをも完全に否定することはできません。

 

 これらを実験で確かめる方法としては,それこそ,タイムマシンに乗ることくらいしかありませんから。。。

 

 まだまだ,例えば「ナスカの地上絵」などは気球から見ることなら古代でも可能ですが,古代にはるか上空からしか見てもわからないような絵を描いたのは何故か?ということを含め,色々と私には不思議でたまらないことは尽きません。

 

 しかし,私自身が思想的には正反対であるのにも関わらず,それを抜きにして好奇心を持つと夢中になってしまうのは今も昔も変わらない困った性分ですねえ。。

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同じ空気は吸いたくない?(風邪がうつる?)

 ヒマだったし,何か書こうと思っていたら,昔の離婚会見で「もう同じ空気を吸いたくない」というのがあったのを思い出しました。(前田美波里とマイク真木?)

 

 これは,単に気持ちの問題でそれを計算で評価してもショウがなくて余計で野暮なオセッカイを承知でちょっと計算してみました。くだらない計算ですが。。

 

 例えば身内が風邪にかかって四六時中看病していたら空気感染で風邪がうつる可能性も評価できるのでは?などとも考えました。

    

 まあ,ちょっと前のうるう年の話と同じく,単なるほんの軽い思い付きとアソビ心で書いたので,決して厳密な話じゃないです。

    

 まず,人が数人いるくらいでは誰もいないのと同然と見なせるくらいの広さの部屋の容積がVで,その部屋にいる人の平均呼吸量(呼吸率)が1秒当たりBの場合を想定します。

  

 すると,もしも,この部屋が潜水艦の中のように,理想的な密室で完全に密閉状態で全く喚気がないなら,

  

 部屋に入ってから(V/B)秒が経過すれば,室内の空気の一部は同一の人によって2回以上ダブって呼吸される勘定になります。

 

 これは,この大きい部屋に2人以上の人がいる場合に,両者が同じ空気の一部を吸うことになる最低の時間をも示しているはずです。

  

 例として床面積が30で高さが2mの部屋を考えれば,V=60㎥です。

  

 まあ,私がよく行くカウンターに小さいボックスがある程度のいくつかのスナックなら平均でこのくらいです。

  

 一方,ホ-ムページで見た資料によれば成人の平均呼吸量は大体1日に約17㎥くらいということですから1時間当たりでは,(17/24)㎥です。

  

つまり,B=17/(24×3600)㎥なので(V/B)={60×24×3600/17}秒=1440/17)時間=60/17=約3.6日です。

  

よく,こんなヤツとは同じ部屋で同じ空気を吸いたくないと思うことがあるかも知れませんが,

 

例えば6畳一間=3坪=約10㎥の部屋にいるとして,高さが同じ2mなら上,これの計算の1/3なので同じ部屋にいる相手と同じ空気を吸いたくないなら1日一緒の部屋にいるのが限度ですね。

  

しかし,実際には,どな部屋でも外気との換気量はゼロではなく,およそ喚起率が1,つまり1時間で全ての空気が入れ換わるなら同じ空気を吸わない平均の限界日数は2倍に増えますね。

 

喚起率が2の割と風通しがいいボロい6畳の部屋なら3倍で約3日で同じ空気吸えます。

 

互いの距離にも依るでしょうし,そんなの愛していてキスでもすれば即でしょうが。。

 

それに,四六時中一緒に居るのじゃなく6時間くらいなら,さらに24/6=4倍になりますから,2週間くらいに増えます。

 

小さい子供の看病なら,子供の呼吸量は成人の半分くらいなので,ウイlルス含んだ空気でも,またまた倍の時間になりますね。

  

まあ,結局はアバウトなヨタ話です。

  

私のように,キタナイ,クサイ人間?と同じ部屋にズーッといれば,かなり離れていても無意識に私の吐いた同じ息の一部を吸ってしまうカモ?

 

という非常にキモーイ,コワーイ計算でした。

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2012年3月17日 (土)

訃報!!吉本隆明さん。。

 上記の通りです。。16日肺炎のため吉本隆明氏が亡くなられました。

 87歳でした。ニュース→ 吉本隆明氏 死去

       

 私のような謂わゆる日米安保闘争や全共闘の世代にとって教祖的存在と言われているらしいのですが,私自身は「共同幻想論」という著書を本屋で立ち読みしたくらいで,恐らくは全く影響を受けていません。

 娘の吉本ばなな氏の書も一冊も読んでいません。まあ,社会思想や評論のような書物を読む趣味・習慣がなかっただけですが。。。

(そうした書を読んでいた友人知己は結構いて,私も彼らから噂は色々と聞いていました。)

 でも,当時の自分や同世代の仲間たちの一般的社会的行動様式には,マルキシズムの影響があったことはその通りですが,必ずしも統一したドグマ的思想背景に根ざしていたり,誰かの思想に洗脳されたごとくの行動ではなかっただろうと信じています。

 私も含めた個々人が主体的な感性から,いわばジャスミン革命のように7理不尽なインドシナ侵略戦争に義憤を感じたり現状の理想的ではない社会構造の変革等を目指したりで自然発生的に生じたと思っています。

(※安田講堂攻防戦以後の世代として,中核派やブント(共産同)などセクト全盛時代でもありましたが,大学内には飽き足らず学外へと進出。

 米軍の北富士演習場のためや,成田新空港建設に伴い,代執行と称して国や地方公共団体が農地を強制的に取り上げるようなやり方への反発とか。。)

 それらが,氏の社会思想やか評論で総括されることには異論はなく,恐らくかなり鋭く正鵠を衝いているのでしょう。

 しかし,私自身は,,当時そうしたことを意識したり自己分析したりすることなく,感化されているとすれば,マルクスやレーニンetc.の他には,むしろ,ロートレアモン,ランボー,ボ^ドレール,ラディゲやサド,ドストエフスキー高橋和己といった文学的思想潮流の方でしたね。

(※ロートレアモンについては,このブログ「TOSHIの宇宙」において,彼の本名:イジドール・ヂュカス(ducasse)と彼の代表的詩集「マルドロール(maldoror)の歌」から取って,URLを「,http://maldoror-ducasse.cocolog-nifty.com/」としたほどのこだわりを,未だに持っています。)

 それらはともかく,として。。。。吉本隆明さんんの

  ご冥福をお祈りします。合掌!!

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2012年3月14日 (水)

今日の癒し(You-Tubeメール)と私の近況

 今日の癒しです。

 ところで,私は最近眼科と整形外科については毎月通院して投薬治療を受けていますが,糖尿病や心臓病の内科関係には昨年11月に1か月分の薬を貰って12月からは薬が無くなっても通院せず,全く薬を飲んでいない状態だったので,

 昨日13日(火)は気分を変えて,御茶ノ水の順天堂大学付属病院の糖尿病内科と循環器内科の外来診療を受けてきました。

 やはり,手術を受けて,その後ときどきは経過観察を受けたことがある心臓血管外科以外は,初診扱いで予約もないので,結局,朝8時半に自宅出発して9時半頃病院の初診受付で最後17時半に薬を受け取り帰宅したのは18時半と,一日がかりは予想通りとはいえ,病院だけで都合10時間もかかりました。

 循環器(心臓)内科では,久しぶりに心電図とレントゲン写真を取ってもらいましたが,心臓は悪いながらのもあまり変化は無いらしいです。

 ちなみに私の病名は虚血性心不全です。

 低血圧の私が心筋梗塞2回やった後に,心臓冠動脈と付近の動脈が細くて切れそうで,動脈を自分の体のよそから移植してつなぐ手術を受けた原因は糖尿病ということです。 

 昨日の血圧は,左が112~62,右が108~62と.普通でした。

 取りあえず,胸水があれば除去して,腎性貧血で赤血球が8割りしかない腎臓のカリウムを排出を促す利尿剤のラシックスと,ア^チストという薬を二週間分処方してもらいましたが,前の他の病院でのカルテも見たいとのことで,通院はpendingです。

 他方,糖尿病の診断は最悪で採血検査の結果,ヘモオグロビンALCが14.,5と過去最高の12.8をも上上回りました。

 普通,高血糖で危険なのは慢性で合併症が起きることが主で,急性ではむしろ低血糖の方が危険なはずですが,急性高血糖での糖尿性昏睡が起きて倒れるかも知れないほどの値でした。

 まあ,3ヶ月くらい血糖降下剤も何も飲まず,放たらかしだったので予想された結果でもありましたが,やはりもう,インスリン治療しかないようですね。 

 しかし,今,急にインスリンで血糖値を下げると,現在眼底出血している左眼の出血量が増す恐れがあるとかで,眼の手術等の治療が完全に終わってからとか様子見いうことでした。

 この糖尿病内科でも,先の通院は未定です。

 その他,私は左頚椎炎症,足の動脈硬化,に糖尿性の手足のしびれと病気だらけです。

 全ての元凶は糖尿病ですから,っもはや手遅れかも知れませんが,元を絶たなければダメでしょうね。

 さて,今日,14日(水)も,昨13日からの続きで連休を取りました。

 午前中は待ち合わせをして,障害者仲間のT.Iさんのお供で北区王子のハローワーク(職業安定所)に行ってきました。

 ここは障害者登録制ではなく,誰でも自由に求人検索ができるみたいだったので,私も久しぶりに仕事の検索をやってみました。

 結構多くの求人があるようですが,今日は連れがいるので探すとしてもまたの機会にしました。

 ここの機械は池袋とは少し違っていますが,PCのマウスで普通にネット検索をするのに慣れている私には,ある意味でやりにくいです。

 まるで,最近?の国会図書館での検索のようでしたね。

PS:今日はホワイトデイですが私は関係ないし,まずはサッカーですね。

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2012年3月11日 (日)

相対論的場の量子論(正準定式化)(8)

今冬の寒さも東京では峠を越えたようですが,心臓病患者や心臓病

あることにまだ気付いていない隠れ患者には,かなりこたえる寒さで

したね。

 

私は5年前に順天堂病院で心臓バイパス手術を受けて成功しました

が,なお,虚血性心不全と診断され,当然症状はあります。

 

この病気,名医の外科手術で当面心筋梗塞などの急性発作が起こって

死ぬ危険性は免れましたが,症状は軽減されても内科的に治ることは

ないようです。

 

心臓が悪いと厳寒も酷暑も危険といわれていますし,実際,普通

人よりもっと堪えていると思います。

 

適度な呼吸負荷はリハビリにもなるでしょうが,気温次第では運動は

適度なリハビリではなく無理な負荷となるかもしれません。

 

昨年夏の健康なはずのプロサッカー選手の松田直樹さん,そして今冬

のWhitney Houstonさん,それに太平シロ-,久島海(田子の浦),山口

美江さんど,同じ摂氏10度未満でも中には気温がほんの1度でも違え

ば助かったかも知れない人もいるのでは?

 

という感想を持ちました。

 

中には,必ずしも心臓病が直接の原因ではなく,もっと不幸な事故

や孤独死とかの要因が主かもしれない方もおられるいるよう

すが。。

 

(また,死んだので,死因として直前の心不全という病名が付けられ

だけの方もおられるかも知れません。)

  

いずれにしろ,重篤な心臓病なら貧乏でも暖房,冷房は決してゼイタ

ではなく,これらはある種の「生命維持装置」だと思っています。

 

ですから,電気料金が5割高くなっても,このメーター表示や料金

額は本当かな?と疑問ですが,命の代償と思えば仕方ないです。

 

冬眠から何とか覚めることができたようで,少しは体調もいいし,

久しぶりに「相対論的場の量子論」の続きを掲載します。

 

1.  Lagrangianが時空対称性でなく内部対称性(internal symmetry)

 を持っている場合に得られる保存則を導く。

 

 (※ Spinは角運動量なので,これは時空の対称性と関わるもの

 ですが,これに似た核子やπ中間子などが持つとされる

 Isotopic-spin(=アイソスピン:荷電spin)などは,謂わゆる内部

 対称性:(=現実の時空間ではなく状態や場の内部空間の対称性)

 に関わるものです。

  

 そして,例えばIsospinの第3成分の保存は,電荷の保存を意味し

 ています。

 

 その他,strangenessやcharmなど,quarkのflavourや,そしてcolor

 も内部対称性の量子数です。※)

 

さて,内部対称性変換として,

 

無限小変換:φr(x) → φ~r(x)=φr(x)-iε∑sλrsφs(x)

の下でLagrangian密度の不変性を要求する場合を考えます。

 

φ~r(x)=φr(x)-iε∑sλrsφs(x)において,λrsは時空点:

μに依存しない定数係数でありεは無限小のパラメータです。

 

行列λの対角成分は単なる場の位相変化に対応するのみですが,

他の成分はにおいて対称的に現われる異なる場の振幅を混合

します。

 

以下では添字r,sについてもEinsteinの総和規約を拡張して,

2回現われる添字については和記号∑を省略します。

 

つまり,無限小変換r(x) → φ~r(x)=φr(x)-iε∑sλrsφs(x)

φr(x) → φ~r(x)=φr(x)-iελrsφs(x)と書きます。

 

すると,この変換:φr(x) → φ~r(x)=φr(x)-iελrsφs(x)の下

でLagrangian密度が不変であることから,

  

0=δ(φ~r(x),∂μφ~r(x))-r(x),∂μφr(x))

 =r(x)-iελrsφs(x),∂μr(x)-iελrsφs(x)))

 -(φ~r(x~),∂~μφ~r(x~))

 =(∂/∂φr)δφr+{∂/∂(∂μφr)}δ(∂μφr)

 =-iε(∂/∂φrrsφs(x) +{∂/∂(∂μφr)}∂μrsφs(x)}

 

 を得ます。 

 

 Euler-Lagrange方程式より,∂/∂φr=∂μ{∂/∂(∂μφr)}

 ですから,iε∂μ[{∂/∂(∂μφr)}λrsφs(x)]=0 です。

 

 かくして,1つの保存方程式(連続の方程式):

 ∂μ[{∂/∂(∂μφr)}λrsφs(x)]=0 が得られました。

 

こうして,内部変換:φr(x) → φ~r(x)=φr(x)-iελrsφs(x)

の下でLagrangian密度が不変であるという対称性から,様々な

保存カレント:Jμ(x;λ)が導き出されます。

 

すなわち,Jμ(x;λ)≡-i{∂/∂(∂μφr)}λrsφs(x)であって,

∂Jμ(x;λ)/∂xμ=0 です。

 

μ(x;λ)をカレント(current)と呼ぶ理由は,

0(x;λ)を電荷密度ρ(,t)として,

 

μ(ρ,)とすると,∂ρ/∂t+div=0 となるからです。

 

4元カレント:Jμ(x;λ)=-i{∂/∂(∂μφr)}λrsφs(x)

に付随するカレント電荷は,

 

(λ)≡∫d30(x;λ)=-i∫d3πr(x)λrsφs(x)

で定義され,dQ/dt=-∫d3div=-∫Jn=0 

を満たします。

 

 場の量子論の定式化においては,のスカラー性は,相対論的不変性

 を保証するには十分ではなく,場が演算子としての要請に従うことを

 確かめる必要があります。

 

 こうした要請がどのように生ずるか?を見るために,2つの状態の間

 に場の演算子:φr^(x)を挟んだ行列要素を,1つの物理的観測量と

 して取ってみます。

 

すなわち,<Φαr^(x)|Φβ>を考えます。

 

それぞれ,α,βなる添字を付けられた2つの任意の状態について,

この量子論における振幅(行列要素)の完全なセットが,古典論にお

ける場の振幅:φr(x)に取って代わります。

 

Schroedingerの量子力学でのこれに類似した役割は,座標:q(t)

の行列要素によって果たされます。

 

※(注8-1):自由度が1の座標:q(t)は,古典的にはその値自身で示さ

 れますが,Schroedingerの量子力学では,それは任意の状態:|Φ>に

 おけるその系での座標演算子q^(t)の期待値<Φ|q^(x)|Φ>に

 対応します。

 

 そして,任意の状態|Φ>は,量子数α={α12..}を持つ固有状態

 {|Φα>}αの線型結合(重ね合わせ)として,|Φ>=∑ααα>と

 展開表現されるため,座標:q^(t)に関わる全ての情報は,

 行列要素:<Φα|q^(t)|Φβ>の完全なセット(集合)

 に帰着します。(注8-1終わり※)

 

 Lorentz変換に平行移動をも含めた合同変換全体で,

 あるPoicare'群に属する座標変換:x'μ=aμνν+bμ

 (x'=ax+b)によって関係付けられる別のLorentz

 座標系をS'とすると,

 

S系での観測者によって観測される点xでの場φrの振幅:

<Φαr^(x)|Φβ>は,S'系の観測者にとっては,

<Φ'αr^(x')|Φ'β>なる振幅になるはずです。

 

 ここで,|Φ'α>,|Φ'β>はS'系における観測者にとってのS系

 での状態:|Φα>,|Φβ>と同じ量子数α,βを持つ物理状態を示

 しており,φr^(x')は変換された座標x'における同じ場の演算子

 です。

 

上記の<Φ'αr^(x')|Φ'β>なる振幅は,古典場における

φ'r(x')=Srsφs(x)の,対応する量子論での表現になって

ます。

 

それ故,古典論での変換則:φ'r(x')=Srsφs(x)は,Srs

x'=ax+bのLorentz変換の係数行列aの関数であること

を陽に書いて,rsをSrs(a)と表記すれば,

 

 <Φ'αr^(x')|Φ'β>=Srs(a)<Φαs^(x)|Φβ

 

 で示されます。(※謂わゆる「対応原理」ですね。)

 

 以下,2つのLorentz系の観測者の間のcommunicationの数学的法則

 を与えます。

 

 "あるユニタリ演算子(unitary operator);U(a,b)が存在して,

 2つのLorentz系で対応する状態ベクトルの間に.

 |Φ'α>=U(a,b)|Φα>なるユニタリ変換がなされることに

 より望ましい変換が得られる"

  

 と仮定します。

 

(※注8-2):

 U=U(a,b)|がUU=UU=1を満たすunitary演算子でなけれ

 ばならないことは,<Φ'α|Φ'β

 =<Φα|U(a,b)U(a,b)|Φβ>=<Φαβ

 を要求すれば得られます。

 

なお,観測される振幅の大きさが等しい:

|<Φ'α|Φ'β>|2=|<Φαβ>|2という弱い要請からは,

 

時間反転対対称におけるような反ユニタリ演算子(anti-unitary)

による変換も許されます。(注8-2終わり※)

 

 <Φ'α|φ^r(x')|Φ'β>=Srs(a)<Φα|φ^s(x)|Φβ>に.

 |Φα>=U(a,b)|Φ'α>を代入すると,

  

 <Φ'α|S-1rs(a)φs^(x')|Φ'β>=<Φα|Uφr^(x)U-1β

 ですから,

 

 U(a,b)φr^(x)U(a,b)-1=S-1rs(a)φs^(x')

 を得ます。

 

特にa=1のとき,ち平行移動(translation or displacement):

x'μ=xμ+bμ (x'=x+b)については,Lorentz回転を

伴わないので,Srs(a)=Srs(1)=δrs です。

 

このときは,S-1rs(1) =δrsでもありますから,

U(1,b)φr^(x)U(1,b)-1=φr^(x+b) です。

 

無限小平行移動:x'μ=xμ+εμ=に対して,

U(1,ε)≡exp(iεμμ)=1+iεμμと書けば,

μはHermite演算子です。

 

(※ 何故なら,U(1,ε)=exp(iεμμ)=1+iεμμにより,

(1,ε)=exp(-iεμμ+)=1-iεμμ+でありこれが

1=U(1,ε)U(1,ε)=1+i(μμ+)を満たすので

μ+=-μです。)

 

 U(1,ε)=exp(iεμμ)=1+iεμμ,U(1,ε)-1=U(1,ε)

 =exp(-iεμμ)=1-iεμμをU(1,ε)φr^(x)U(1,ε)-1

 =φr^(x+ε)に代入すると,

 

 (1+iεμμr^(x)(1-iεμμ)=φr^(x+ε)ですから,

 iεμ[μr^(x)]=φr^(x+ε)-φr^(x)

 =εμ{∂φr^(x)/∂xμ}=εμ{∂φr^/∂xμ} です。

 

 εμは任意の無限小のc数ですから,結局.

 i[μr^(x)]=∂φr^/∂xμが得られます。

 

 (※ i[μr^(x)]=∂φr^/∂xμから逆に

 U(1,ε)=exp(iεμμ)=1+iεμμ;

 U(1,b)φr^(x)U(1,b)-1=φr^(x+b)

 を導くこともできます。)

 

 古典論の正準力学と運動方程式:dOH(t)=i[H^.OH(t)]に

 見れる非相対論的なSchroedingerとHeisenbergの量子論との

 対応は,

 

 U(1,ε)=exp(iεμμ)=1+iεμP ,および.

 i[μr^(x)]=∂φr^/∂xμにおけるμ

 エネルギー・運動量4元ベクトル:Pμに同一視

 できること: μ ~ Pμを示唆しています。

 

(※ H^= 0とすることでHeisenbergの運動方程式:

 dOH(t)=,i[H^.OH(t)]は∂φr/∂t=i[ 0r^(x)]

 と書くことができます。)

 

古典論のPμ については,

 

既に,ν=∫d3=∫d3[∑rπr(∂φr/∂xν)-g]

なる形で陽な形が導出されているので,この正準量子化の手続き

おいて課される交換関係から,

 

上述の同一視:μ~Pμが出来るか否か?を陽にチェックすること

ができます。

 

(※ただし,Minkowski時空なのでgμνημνです。)

 

こうして,交換関係から直接,U(1,b)=exp(Ibμμ)が演算子

恒等式のまま残るか否か?を,空間成分^=(1,2,3)が,

H^= 0と交換:[H^,^]=0 して,それ故,^が運動の常数

(保存量)のままであるか否か? を直接確かめることができます。

 

i[ μr^(x)]=∂φr^/∂xμと,[H^,^]=0

(μ=( 0, 1, 2, 3)=(H^,^))とが,交換関係と矛盾しない

なら,この量子論は平行移動不変な理論です。

  

もし,そうでなければ,i[μr^(x)]=∂φr^/∂xμと,

[H^,^]=0 を満たすμは,何か別々の方法で,または修正され

た交換関係で見出されなければならないか?それとも理論そのも

のを捨ててしまうか?のいずれかの道しかありません。

 

しかし,今考えている当面の理論においては,Noetherの定理に

よって見出される形のPμ,角運動量:Mμνが正準交換関係と

矛盾なく,演算子として μ, μνに同定されることが,以下の

論議で自然に示されます。

 

今日も少なめ量ですがここまでにします。 

 

(参考文献:J.D.Bjorken S.D.Drell 「Relativistic Quantum Fields」(McGrawHill)

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2012年3月 9日 (金)

訃報!!山口美江さん。

 表題の 通りです。 

 日刊ゲンダイニュース → 山口美江さん自宅で謎の孤独死  

 51歳,。。まだ若い。。死因は心不全らしいです。([私は慢性心不全ですが。)

 やはり今年の冬は心臓を患っている人,および,その予備軍にとっては寒過ぎるようです。

 彼女は衝撃的な「しば漬け食べたい」と,芸能界のバイリンギャルのはしり?  でしょうか?

 

 冥福をお祈りします。合掌!!

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2012年3月 8日 (木)

今日の癒し(Youtubeより)

 今日の癒し動画です。

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2012年3月 7日 (水)

警察と医者は。。。

 交通違反取り締まりで成績優秀な警官の逮捕請求のニュース記事について一句浮かんだ。というかなんというか。。

 読売新聞ニュース→ 警部補,飲酒運転摘発で数値水増しか。。。逮捕ヘ

 警察と医者は,商売繁盛して営業成績上がればイイってモノじゃないだろう。

 葬儀屋もか?。。。

 人殺しの兵器を作ってるところもそうですが,

 これは,実際には兵器に使うだけじゃないでしょうけど,その部品を作っている日本のメーカーも含めて,未だ大いに商売繁盛しているらしいけど。。

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2012年3月 5日 (月)

待ち合わせで会えず

 今日は職場休みで男か女か?年齢はいくつくらいか?どこから来るのか?など全く不明の方と巣鴨駅南口で待ち合わせしましたが,会えなくて先ほど14時20分頃,あきらめて帰宅しました。

 こういうネットの中でしか知らず,特に今回は私の方はブログやそのプロフィールなどである程度一方的に情報が知られている場合は,相手の方に見つけて頂かないとわかりませんね。

 ヒョットしてスグ隣に接近遭遇していたのかも知れませんが。。。

 私は待ち合わせ予定時刻:13時の5分前に南口の宝くじ売り場に着いて,雨の中,リュックから目印の「ファインマン物理学」の一冊を出して,よく表紙が見えるようにhかかえて傘を指して立っていましたが,

 雨なので宝くじ売り場のテントが作られてなかったのは運が悪かったですね。

 余りに寒く傘を持つ手もスグにかじかんできましたが,13時を過ぎても会えないので,チョットだけ駅の北口まで行ってみました。

 巣鴨駅は,幸か不幸か南口にも北口にもタクシー乗り場があって,少し離れていますが北口には南口より立派な宝くじ売り場がありますからね。

 タクシー乗り場のそばのパチンコ屋も北口にも南口にもあって,,駅前は北口の方が南より賑やかで見掛けも明るくて,初めて来るとドチラか混同してわからないかも知れません。

 ただ,もう1つの目印の「ルノアール」は駅前では南口にしかありません。

 ともあれ1,私は3時15分頃まで駅前で立っていましたが,余りにも寒過ぎるので,会えた後に行く予定にしていたパチンコ屋上の喫茶「ルノアール」に入って,

 入口に近い席でホットコーヒーを飲みながら,これ見よがしに「ファインマン物理学」読む振りをしていましたが,13時45分を過ぎても会えないので,あきらめて帰りました。

 努力が足りず会えなくてゴメンナサイね。

 チョッと日が悪かったかも知れないですね。

 経験上,こういう待ち合わせは場所はアバウトにタクシー乗り場とか喫茶店の中とかでは互いによほどキョロキョロして探し回るとかでなければ会うのが難しく,宝くじ売り場の前のようにかなりピンポイントな指定でないと,

 会えないことが多いのに,雨で,その宝くじ売り場そのモノがなくて,しかも寒いので30分も待てなかったです。

 「他生の縁」もなかったのでしょうか?

 こういうのはケーリー・グラントとグレタ・ガルウボが主演の古いリメイク版で見た映画「めぐり逢い」を思い出しますね。

 エンパイアステートビル屋上で待ち合わせて会えたら結婚するという約束でしたが,グレタ・ガルボの法がタクシー降りてビルに急いでいるときに車にはねられて運ばれ,男の方はその日のビルの開放が終わるまで待っても女が来ないので誤解してしまうという話ですね。

PS:ちなみに土日出勤の代替なので明日6日も休みを取りました。明日は打って変わってかなり暖かいらしいです。

 先日,偶然,巣鴨の西友で昨年7月から無断欠席中の豊島区手話講習応用コ-スの助手で先生の講義の通訳をしてくれていた方に出くわし,,6日に最終講習日の終了式があってその後20時頃から池袋での懇親会があるので来ないか?と誘われましたが,これはチョッと出生し辛いです。

 取りあえず,今日は予定が消えたので,家でゆっくりしようと思います。

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2012年3月 3日 (土)

相も変わらずタダ酒(ゲイバー他)

 昨日3月2日は,17時過ぎに帰宅して,イツモのように疲れから回復するため軽い夕食を取った後,ベッドでカラダを休めているうち,前日部屋の配置換え等で,まともな睡眠をとらなかったこともあり,18時半頃から熟睡してしまいました。

 今夜は冷たい雨が降っていで眠いので朝まででもゴロゴロしたい気分でしたが,21時半頃携帯電話で起こされました。

 ,3月2日が62歳の誕生日で私より1ヶ月の月下の倒産しかかった白山の製本屋のオヤジが自宅で酔っ払った状態で,「2月に誕生祝いしてやったので,お返しにオレの誕生日だからオゴれ」という電話でした。

 「今日じゃなくてもいいじゃないか」と断りましたが強引なので結局雨の中巣鴨一番街の「コバ」で22時頃待ち合わせということで行きました。

 そこは一まわりくらいは年下ですが,ママの優子リンが彼と同じ街内に住んでいた幼な馴染みらしいですが,お店はむしろ私の方が行き着けです。

 しかし,ツケの効かない店なのに予め,「TOSHIが行くからツケにしてやってくれ」という電話を入れていたようで後から彼がやってくることも誕生日であることも知れていました。

 「そういうヒトのカオつぶすようんことはやめろ:と常日頃から言ってましたがイツモこんな具合です。

 焼酎のお茶割りなど飲みながら30分程いると,並びの3件隣の「ノンノン」のママからの電話で,「お客のA.Kさん.が,オゴるから歌でも唄いにこい」という電話でした。

 まあ,私が近くにいることは知らなかったようですが,知り合いのお店同士とはいっても,ヨソで飲んでいる客を自分の店に誘うのは仁義にもとると思ったのですが,A.Kさん.が顔だけでも出せというので,

 近くのセブンイレブンでケーキを買いに行ったついでに「ノンノン」に行きビールを飲んで2曲ほど歌ってから「コバ」に戻りました。イ

 そこで,イツモのように「織江の唄」でも唄っていると,

 またしても,「ノンノン」から電話で,私が22年くらい前にときどき行っていた上野のゲイiバー「薔薇の館に行こうと誘われたので「ま,いっか」と誘いに乗りました。

 昔,羽振りがよかった頃には,そのゲイバーの開店は夜中の零時より後でしたが,私はまず神楽坂の「バロン」で飲み,その後,そこのマスターと一緒に上野の「薔薇の館」,最後に千束通りりにあったフィリピンバーの「スコール」で朝5時半頃に閉店で追い出されるまでいて帰るというコ^ースが多かったのですが

 久しぶりに行ってみるとママ?は20年経っても相変わらずに見えるこらいに化けて?いましたが,客数名いても他のオンナ?どもは全くいなくて,今は20時には開店しているとのことでした。

 懐かしかったのですが,ためks私は50代の中盤からやせて悪いほうに整形手術したように容貌が豹変しるためか?私のことはわからなかったようです。

 私を含め男2にんと女2人で行ったのですが他の3人は「面白くないから前にいったことがある,ホモバーに行こう」ということで金のない私も渋々化rウェら彼らに同行しました。

 そこは,確かに話は面白くて,何故かオトコにはもてる私は,初めてにも関わらず,そこのママ(マスター)に気に入られたらしく近くを通るたびに鼻や口の当たりに無理やりチューなどもされたたのですが,そもそも私はノンケなので嫌でした。

 昔から,ゲイバーはそこにくる色々とクロー?ト?の女性客なども目当てで女装したオカマさんも見た目はオンナなので,私は嫌いじゃないですが,,ホモバーで飲む趣味はありません。

 私は,あくまでノンケなので,ノンケ客が相手のゲイバーには行っても謂わゆるカウンターの中も外もホモであるようなホモ客が相手のホモバーでは楽しめないし歓迎されるはずないと思っていました。

 まあ,今は世の中不景気なので,ホモバーでも金さえ払えば客は誰でもいいという感覚に変わっているようで,私が古いのかもしれません。

 でも,4,5年前に行ったのが最後の新宿2丁目界隈では店の名前から予想できるし間違えて入ってもスグに違いがわかりがいましたね。

 飲み代が最初の店の1/4くらいで,安いと喜んでいましたが,ある意味,ホモバーですからゲイバーより安いのは当然のことです。

 1人の女性=チイママは,両方共に「おかまバー」と呼んでいましたが,店に入れてくれれば女性には区別が付かないかも知れません。

 でも,まあゲイバーではスタッフのほとんどが女装しているし,ホモバーではそうじゃないので.わかると思うのですが。。。

 私は遠くのホモバーに行くくらいなら,主にホンモノの女性が相手をしてくれる普通のスナックの方がいいですね。

 ともあれ,最後のホモバーでは本気じゃなくて冗談でしょうが,久しぶりにスカウトもされました。

 ,ゲイバーでもホモバーでもイツモやるように,「芝居は下手でホモである振りをするのは苦手なので」と断りましいた。

 昔,新宿のゲイバーで,「金がないから,カラダで払うよ」という普通のスナックでよくやるセリフを何気に言ったsら,「本当に払ってくれる?」ということがあったので,こうした店で普通のギャグはヤバイです。

 もっとも,おカマがいっぱいいいるのに,「おカマいもしませんで」という昔そういう店ではよくやっていたダジャレを思い出しましたが。。

 その前日の3月1日にも夜にスナック「美代」から80歳に近い弁護士?くずれの I.Oさんかrら「タマにオゴルから来ないか?」という電話がありましたが,今日は寒いので,とお断りしたばかりです。

 飲ん兵衛で話も唄も好きですが,これ以外にもヤルことは,いっぱいあるので誘われて飲み代がタダとはいっても,私もイツモ付き合うわけではないです。

PS;土曜日も出勤だったので,時間に追われてほとんど編集もせず,書きなぐったままをアップしていたのですが結構五時脱字変換ミスだらけでした。

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