相対論的場の量子論(正準定式化)(25)
相対論的場の量子論の続きです。
予定通り新セクションのDirac理論に入ります。
§3.3 Dirac理論(The Dirac Theory)
さて,Fermi粒子の多体問題,第2量子化etc.の一般論ではなく,特殊
ケース:Dirac方程式に従う粒子場の問題に戻ります。
まず,Klein-Gordon理論の議論との密接な比較と類比を維持する
ため,Dirac方程式をLagrangianから作用原理によって導出する形
から始めます。
変分問題(作用原理)に向かうに当たって,場(今のところは古典場):
ψ=t(ψ1,ψ2,ψ3,ψ4)の4成分ψαと,その共役:ψ~=ψ+γ0
=(ψ~1,ψ~2,ψ~3,ψ~4)の4成分ψ~βを8つの独立な変数として
扱います。
※(注25-1):ψとψ~の間にはψ~=ψ+γ0なる関係がありますが,
変分問題としてはδψ~=(δψ)+γ0とは考えず,δψとδψ~
は全く無関係とします。
まあ,成分ψαは複素場ですから実場としての自由度は2です。
複素数と複素共役の2つで実数の自由度2に対応するので,
それらを互いに独立な2自由度と考えるのは妥当と思います。
(注25-1終わり)※
そして,ψが自由Dirac方程式:(iγμ∂μ-m)ψ=0 従う
ようなLagrangianを作ることを考えます。
Lagrangian密度:L は,ψα,ψ~β,および,その1階導関数:
∂μψα,∂μψ~βの汎関数(functional=関数の関数)である
とすると,
時刻t1とt2の間のLの4次元積分(=作用:action):
I=∫t1t2Ld4x=∫t1t2dt∫d3xL が8つの独立変分
δψα,δψ~βに対して不変:δI=0 停留値)となるための
必要条件として8つのEuler-Lagrange方程式が得られます。
すなわち,∂L/∂ψα-∂μ{∂L/∂(∂μψα)}=0 (α=1,2,3,4),
および,∂L/∂ψ~β-∂μ{∂L/∂(∂μψ~β)}=0 (β=1,2,3,4)
です。
これらのうちの4つは,Dirac方程式:(iγμ∂μ-m)ψ=0:
(iγμ αβ∂μ-mδαβ)ψβ=0 に一致し,
残りの4つはそれらに同値な方程式となるべきと考えます。
δψα,δψ~β(α,β=1,2,3,4)は全て独立な任意の変分と考えて
いるので,特にδψα=0 (α=1,2,3,4),δψ~β≠0(α,β=1,2,3,4)
の場合の変分に対して作用Iが不変となる条件を考えると,
0=δI=∫t1t2d4xδψ~α{∂L/∂ψ~α-∂μ{∂L/∂(∂μψ~α)}
です。
そこで,∂L/∂ψ~α-∂μ{∂L/∂(∂μψ~α)が無意味な係数因子
も含めてDirac方程式の左辺:(iγμαβ∂μ-mδαβ)ψβに一致す
るとします。
すると,これはδψα=0 (α=1,2,3,4)の場合ですから,
0=δI=∫t1t2d4xδψ~α{(iγμ αβ∂μ-mδαβ)ψβ
=δ∫t1t2d4xψ~α{(iγμαβ∂μ-mδαβ)ψβ
=δ∫t1t2d4xψ~(iγμ∂μ-m)ψ
を得ます。
そこで,L(x)≡ψ~(x)(iγμ∂μ-m)ψ(x)とおいてみます。
L=ψ~α{(-iγμαβ∂μ-mδαβ)ψβと成分表示すれば,
δψ~α=0 (α=1,2,3,4),δψβ≠0 (α,β=1,2,3,4)の場合の
もう一方の4つの方程式:∂L/∂ψβ-∂μ{∂L/∂(∂μψβ)}=0
は,(-iγμαβ)∂μψ~α-mψ~α=0 となります。
これは,丁度,Dirac方程式の共役方程式:-i∂μψ~γμ-mψ~=0
に一致します。
したがって,これは確かに,Dirac方程式に同値な方程式です。
そこで,L(x)≡ψ~(x)(iγμ∂μ-m)ψ(x)として正準量子化
の手続きを継続することにします。
まず,ψαの共役運動量は,πα≡∂L/∂ψαd=∂L/∂(∂0ψα)
=iψ~βγ0βα=(iψ~γ0)α=iψ+α です。
ただし,ψαd≡ψαdot≡∂ψα/∂t=∂ψα/∂x0=∂0ψαです。
よって,π=(π1,π2,π3,π4)=iψ+と書けます。
しかし,L(x)≡ψ~(x)(iγμ∂μ-m)ψ(x)はψ~αの導関数を
含んでいないので,ψ~αには共役運動量はありません。
ψ~αの代わりに,iψ+α=παを残る4つの独立変数に相応する
ものと考えることもできて,残りの4変数がそれ自身,別の4変数
ψαの共役運動量をなすことがわかります。
結果的に生じるHamiltonian密度は,H=πψd-L
=iψ+ψd-ψ~(iγμ∂μ-m)ψ
=ψ+(-iγ0γ∇+γ0m)ψ
=ψ+(-iα∇+βm)ψ=ψ+i(∂ψ/∂t)
となります。
最後の等式は,Dirac方程式:(iγμ∂μ-m)ψ=0 を
Schroedinger方程式の形:i(∂ψ/∂t)=H^ψ,
H^≡αp^+βm=-iα∇+βmで表現したものです。
p^は座標表示の運動量演算子:p^=-I∇であり,
α,βはDiracのγ行列と,β=γ0,α=βγなる関係にあり,
これらはspinor波動関数:ψにかかる4行4列の行列です。
※(参照):Dirac方程式のSchroedinger形等については,
2011年7/17の記事「水素様原子の微細構造(1)」に
始まるシリーズも参照してください。(参照終わり)※
さて,以下では ψ=t(ψ1,ψ2,ψ3,ψ4),π=(π1,π2,π3,π4)
=iψ+を量子化された場の演算子と考えて,
ψ^=t(ψ1^,ψ2^,ψ3^,ψ4^),π^=(π1^,π2^,π3^,π4^)=iψ^+
と演算子表記することにします。
Hamiltonian密度:H=ψ^+(-iα∇+βm)ψ^は,
1粒子Hamiltonian:H^=-iα∇+βmに左から場のHermite共役:
ψ^+,右から場:ψ^を掛けて得られるものです。
これの空間積分:∫d3xH^=∫d3xψ^+(-iα∇+βm)ψ^で
与えられる総HamiltonianH^の形は,
すぐ前の非相対論的Schroedinger理論の個数表示(多体問題)の項
で導いた,H^≡∫d3xφ*^(x,t)HS^(x,p)φ^(x,t)}
=Σα=1NNα^(∫d3xuα*(x,t)HS^(x,p)uα^(x,t))
=Σα=1NNα^Eα と形が一致しています。
さて,エネルギー,運動量,角運動量に対する保存則は,L の平行移動
不変性(時空の一様性:時間,空間の原点はどこに取っても同じ)
と,Lorentz不変性(時空の等方性:空間軸,時間軸はどの向きに
とっても同じ)から自動的に得られます。
そして,エネルギー運動量応力テンソルは以前に与えた定義
から同様に導かれます。
すなわち,エネルギー運動量応力テンソルは,
Tνμ^=iψ^~γν∂μψ^です。
※(注25-2):2012年2/20の本シリーズの過去記事:
「相対論的場の量子論(正準定式化)(6)」によれば,
平行移動不変性に伴なうNoether保存量として,エネルギー運動量
応力テンソル(密度)Tμνが次の形に導かれています。
すなわち,Tμν≡∑r{∂L/∂(∂μφr)}(∂φr/∂xν)-gμνL
であることを見ました。
この式の右辺のφrをψα^に変更し,L≡ψ^~(iγμ∂μ-m)ψ^
を代入すれば,
Tνμ=∑α{∂L/∂(∂νψα^)}(∂ψα^/∂xμ)-gνμL
=iψ^~βγνβα∂μψα^-gνμψ^~β(iγμβα∂μ-mδβα)ψα^
=iψ^~γν∂μψ^-gνμψ^~(iγμ∂μ-m)ψです。
したがって,ν≠μならTνμ^=iψ^~γν∂μψ^です。
また,ν=μでも場の方程式:(iγμ∂μ-m)ψ^=0 が成立する
ので,やはり,Tνμ^=iψ^~γν∂μψ^です。(注25-2終わり)※
エネルギー運動量応力テンソルから,Pμ^≡∫d3xT0μ^
=∫d3x[∑α{∂L/∂(∂0ψα)}∂μψα-g0μL]
=∫d3xψ^~γ0∂μψ^によって,
場のエネルギーH^=P0^,および,運動量P^が導かれます。
H^=∫(ψ^+i∂0ψ^)d3xですがi∂0ψ^=i(∂ψ/∂t)
=(-iα∇+βm)ψ^を用いて,
H^=∫{ψ^+(-iα∇+βm)ψ^}d3x
と表現しておきます。
また,P^=∫{ψ^+(-i∇)ψ^}d3xです。
次に,角運動量テンソル密度:Mμνλ^,および,保存量である角運動量:
Mνλ^は,Mμνλ^=iψ^~γμ(xν∂λ-xλ∂ν-Ξνλ)ψ^,
Mνλ^=∫d3xM0νλ^です。
ただし,微小回転角(または微小boost):ε=(εμν)の
Lorentz変換:xμ→x'μ=xμ+εμνxν (ενμ=-εμν)
に対して,
対象とする場:φr(x)が,φr→ φ'r=Srs(ε)φs
={δrs+(1/2)εμνΞμνrs}φsなる変換性を持つ
と仮定しています。
※(注25-3):2012年2/27の本シリーズの過去記事
「相対論的場の量子論(正準定式化)(7)」によれば,
Lorentz変換不変性に伴なう Noether保存量として角運動量密度
テンソルが次の形に導かれています。
すなわち,M μνλ^≡(xνTνλ^-xλTμν^)
+{∂L/∂(∂μφr)}Ξνλrsφs です。
この式の右辺で,φrをψα^に変更し,L=ψ^~(iγμ∂μ-m)ψ^
を与えてTμν^の陽な形を求めて代入します。
Tνλ^=∑α{∂L/∂(∂νψα)}(∂ψα/∂xμ)-gνμL
=iψ^~γν∂λψ^ から,
M μνλ^=(xμTνλ^-xλTμν^)
+{∂L/∂(∂μψα^)}Ξνλαβψβ
=ψ^~(xμγνi∂λ-xλγμi∂ν)ψ^-iψ^~γμΞνλψ
を得ます。(注25-3終わり)※
Diracの量子力学では,微小回転角:ε=(εμν)のLorentz変換:
xμ→x'μ=xμ+εμνxν (ενμ=-εμν)対して,
ψ^は,ψ^→ψ'^=S(ε)ψ^なる変換を受けます。
ここに,S(ε)=1-(i/4)εμνσμνεμν, or
Sαβ(ε)=δαβ-(i/4)εμνσμναβ です。
ただし,σμν≡(i/2)[γμ,γν] です。
そこで,Ξμν≡(-i/2)σμν=(1/4)[γμ,γν]とおけば,
S(ε)=1-(i/4)εμνσμν=1+(1/2)εμνΞμν
と書けます
(↑※ ここら辺は,Dirac理論の伝播関数での必要にせまられて,
2010年5/30の記事「散乱の伝播関数の理論(8)」,および,
2010年6/7の記事「散乱の伝播関数の理論(9)」において,
自由Dirac方程式の解を求めた際に,詳細に論じた結果です。※)
結局,
M μνλ^=ψ^~(xμγνi∂λ-xλγμi∂ν)ψ^
+iψ^~γμΞνλψ
=ψ^~(xμγνi∂λ-xλγμi∂ν)ψ^+ψ^~γμ(σνλ/2)ψ
となることがわかります。
特に,空間成分は,J^=(M23^,M21^,M12^)
=∫ψ^+{r×(-i∇)+σ/2}ψ^d3x
です。
ただし,σ=(σ23,σ21,σ12)です。
今の表示でのガンマ行列は,σkを次の2行2列のPauli行列として
,
ですから,
σ=(σ23,σ21,σ12);σμν≡(i/2)[γμ,γν] を,
特に4行4列であることを強調してσ=(σ(4)1,σ(4)2,σ(4)3)
と書けば,次のようになります。
これは,対角細胞が2行2列のPauli行列という形をしています。
特に,正エネルギー粒子に対する上2成分のみの非相対論的spinor
に対しては,Pauliの表現に一致しています。
そこで,J^については軌道角運動量L^とspin角運動量S^の和
という馴染み深い形が再現されている,と見ることができます。
すなわち,J^=L^+S^;L^≡∫ψ^+{r×(-i∇)ψ^d3x
=∫ψ^+(r×p^)ψ^d3x,
S^≡∫ψ^+{r×(σ/2)}ψ^d3x=∫ψ^+s^ψ^d3x
です。
ただし,座標表示での演算子:p^≡-i∇,s^≡σ/2
を用いました。
さらに.Dirac方程式の解ψ^は,∂(ψ^~γμψ^)/∂xμ=0
なる保存方程式を満足することがわかります。
この∂(ψ^~γμψ^)/∂xμ=0 は,
∂(ψ^~γ0ψ^)/∂t+∇(ψ^~γψ^)=0
なる連続の方程式の形です。
すなわち,ρ^=j0^≡ψ^+ψ^,j^≡ψ^~γψ^とおけば,
∂ρ^/∂t+∇j^=0 となります。
自由Dirac理論に対するこの保存則から,Q^≡∫ρ^d3x
=∫ψ^+ψ^d3xと定義すれば,Q^は保存量:dQ^/dt=0
です。
Q^は,ある保存するChage,ρはそのCharge密度と解釈できます。
これは非Hermite場(複素場)のKlein-Gordon場における保存電荷
に酷似した量です。
※(注25-4):
保存方程式∂μ(ψ^~γμψ^)=∂(ψ^~γμψ^)/∂xμ=0 は,
Dirac方程式(iγμ∂μ-m)ψ^=0 ⇔ -i∂μψ^~γμ-mψ^~=0
から直接導くことも,簡単にできます。
しかし,この保存則もL のある対称性(変換不変性)に対応している
はずです。
以下,ψ^→ψ^+δψ, ψ^~→ψ^~+δψ^~に対して
L=ψ^~(iγμ∂μ-m)ψ^が不変となるケースを考えます。
δψ,δψ^~の2次以上の項を無視すると,
δL=ψ^~(iγμ∂μ-m)δψ+δψ^~(iγμ∂μ-m)ψ^
ですが,
方程式;-i∂μψ^~γμ-mψ^~=0 ,(iγμ∂μ-m)ψ^=0 より,
mδψ^~ψ=iδψ^~γμ∂μψ^,mψ^~δψ=-i∂μψ^~γμδψ^
ですから,
δL=iψ^~γμ∂μδψ+i∂μψ^~γμδψ+iδψ^~γμ∂μψ^
=-iδψ^~γμ∂μψ^
=iψ^~γμ∂μδψ+i∂μψ^~γμδψ
となります。
そこで,∂μδψ=δ∂μψとすると,
δL=iψ^~γμ∂μδψ+i∂μψ^~γμδψ
=∂μ(iψ^~γμδψ)を得ます。
そこで微小変分:δψ,δψ^~に対して,Lが不変:
δL=0となるようにδψ,δψ^~を選べば常に,
∂μ(iψ^~γμδψ)=0 が成立して,保存current:
iψ^~γμδψが得られることになります。
ところが,εを任意の定数としてδψ≡-iεψとおけば,
変換:ψ^→ψ^-iεψ, ψ^~→ψ^~+iεψ^~に対して
Lは不変です。
つまり,δL=ψ^~(iγμ∂μ-m)δψ+δψ^~(iγμ∂μ-m)ψ
=-iεψ^~(iγμ∂μ-m)ψ+iεψ^~(iγμ∂μ-m)ψ=0
となります。
したがって,δL=∂μ(iψ^~γμδψ)=ε∂μ(ψ^~γμδψ)=0
ですが,εは任意ですからjμ≡ψ^~γμδψとおけば,
jμはある保存current密度,j0は保存するcharge密度と考えること
ができます。
(注25-4終わり)※
こうして正準量子化の道筋に沿って続け,正準交換関係を課すことにより場の量子論を形成することができます。
しかし,その手順では明らかに,Bose-Einstein統計に従う量子系に到ってしまいます。
こうした手続きに従って多粒子系の場の量子論を創る上で,Dirac
粒子がFermi-Dirac統計に従うよう,Pauliの排他原理を満たすよう
調和させるには,交換子を反交換子に置き換える必要があります。
今日はこれで終わります。
(参考文献:J.D.Bjorken S.D.Drell "Relativistic Quantum Fields" (McGrawHill)
PS:本日は,場合によっては浜松町(竹芝)の将棋の「社団戦」に行くかもというつもりで,前からの予定で久しぶりに日曜に休日を取りましたが,
月末は先立つものがないこともあって,行くのをやめ,外出せず一日中自室でまったりしてました。
今月は団体成績には同率の場合以外関係のない個人戦ですし,まだ来月にもあるのでね。
しかし夜半からの風の音が激しく地震と間違うほど安普請の窓などがガタガするのには驚いています。
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