多電子原子の構造(再掲載)
前回の再掲記事;「量子力学の変分原理」が2008年8/13の記事ですから,少し前後しますが,約束通り定常的摂動論や変分原理の実用例として,
2008年1/15の過去記事「多電子原子の構造」を再掲載します。
※以下,再掲過去記事の本文です。
2個以上の電子を持つ一般の原子を多電子原子と呼びます。
今日はヘリウム原子Heを中心として,それら多電子原子の量子状態の構造の基礎について記述します。
しかし,多電子原子について述べる前に,まず記事:
「水素様原子の波動関数」において得られた種々の固有状態
=電子軌道:ψnlm(r,θ,Φ)=Rnl(r)Ylm(θ,Φ)に関連して,
それらの軌道の呼称について1通りおさらいしておきます。
添字nを主量子数と呼ぶことは既に述べました。
また,軌道角運動量をLとするとき,
l(l+1)hc2(l=0,1,2,..n-1)が軌道角運動量の絶対値
の2乗:L2の固有値を表わし,
mhc(m=-l,-l+1,..,0,1,..,l)が軌道運動から生じる
磁気モーメントの大きさに比例した軌道角運動量の成分の1つ,
例えばLzの固有値を示しています。
それ故,lを方位量子数(軌道角運動量量子数),mを磁気量子数
と呼びます。ここにhc≡h/(2π)でhはPlanck定数です。
エネルギー準位に直接関わる主量子数nについては,n=1,2,3,..
に対してそれに属する"状態=軌道"を,それぞれK殻,L殻,M殻,..
と呼ぶ習わしになっています。
また,水素様原子ではエネルギー準位が何重にも縮退しています
が,一般の多電子原子では方位量子数l=0,1,2,3,..,n-1に対
するそうした縮退は解けます。
これらのlについては,"固有状態=軌道"はs,p,d,f,..軌道
と呼ばれます。
例えば,主量子数n=1のK殻においては,方位量子数lは 0 しか
許されないわけですが,それは1s軌道と呼ばれます。
l=0 のs軌道ではm=0 のみが許されるので,K殻の軌道状態
はこの1sの1つしかありませんが,スピンの自由度sz=↑,↓を
考慮してスピン波動関数σsz(s)をも含めると,1電子の波動関数
はψnlm(r,θ,Φ)σsz(s)=Rnl(r)Ylm(θ,Φ)σsz(s)となります。
スピンsz=↑,↓に応じて,1s状態には計2個の電子が入ることが
可能となります。
すなわち,n=1,2,3,4,5,6に対応する軌道をK,L,M,N,O,P殻,
l=0,1,2,3,4,5に対応する軌道をs,p,d,f,g,h軌道と呼び
ます。
n=1においては 1sなる表記の軌道のみがあって,それを占有する
2個の電子の存在が可能,n=2には2s,2pと表わされる 1+3
=4個の軌道があってそれを占有する8個の電子の存在が可能です。
さらに,n=3では3s,3p,3dで表わされる 1+3+5=9個の
軌道があり,それらを占有する18個の電子が存在可能ということ
になります。
さて,2個以上の電子を持つ多電子原子の系については古典論の
太陽-惑星系の多体問題と同じく,厳密に解くことは不可能です。
しかし,水素様原子と同じく原子核の質量は原子内電子よりはるか
に大きく,重心はほぼ原子核の位置にあって重心運動と電子の原子核
に対する相対運動とは分離できると考えられます。
原子核は近似的に原点に静止していて,個々の電子の換算質量
mはほぼ電子質量に等しいと考えます。
このときN電子原子の電子にi=1,2,..,Nなる番号をつけて
原子核の位置を原点としたときの個々の電子の位置ベクトルを
riとします。
そして,ri≡|ri |,rij≡|ri-rj |(i≠j)と置きます。
すると,N電子の相対運動の総Hamiltonian H は
H=Σi=1N[-hc2∇i2/(2m)-Ze2/(4πε0ri)]
+Σi<je2/(4πε0rij) で与えられます。
また,この電子の相対運動の総HamiltonianH は,
H=Σi=1Nh(i)+Σi<jg(i,j),
h(i)≡-hc2∇i2/(2m)-Ze2/(4πε0ri),
g(i,j)≡e2/(4πε0rij)(i,j=1,2,..,N)
なる形の和として表現することもできます。
このとき,h(i)ψ=Eψは水素様原子の定常状態の
Schroedunger方程式ですから,
その解はh(i)ψnlm=ε0nψnlm,
ε0n=-mZ2e4/{(4πε0)2(2hc2n2)},
ψnlm(r,θ,φ)=Rnl(r)Ylm(θ,φ)
(l=0,1,2,.,n-1,m=-l,-l+1,.,0,1,.,l)
で与えられることは既に述べた通りです。
そこで,H0≡Σi=1Nh(i)とおけば,固有値方程式
H0Ψ=EΨの一般解は,固有値E=E0n1n2..nNに属する
Ψ=Ψn1n2..nNの形,
つまり,H0Ψn1n2..nN=E0n1n2..nNΨn1n2..nN
で与えられるはずです。
ただし,E0n1n2..nN≡Σi=1Nε0ni,Ψn1n2..nN≡ψn1ψn2..ψnNです。
ここで,ψnはΣl,mclmψnlm(r,θ,φ)(clmは複素定数)なる
h(i)の固有値εnに属する固有関数の線形結合の規格化
された形です。
これのアナロジーとして多電子問題を近似的に解く有効な手法
を考えることができます。
既に2007年6/15,6/17,6/18の一連の記事「ハートリー・フォック(Hatree-Fock)近似 (1),(2),(3) で固体金属内の周期的な多体電子
に対して行ないました。
ここでも個々の電子が独立に原子核と他の全ての電子の影響を
受けて1粒子のScroedinger方程式に従うとする"独立電子近似"
を採用することができます。
これは以下の手順です。
まず,Hind(i)≡h(i)+1/2Σj≠ig(i,j) (i=1,2,..,N)
とおけばH=Σi=1NHind(i)と書けます。
これら個々のHamiltonian Hind(i)が近似的に独立である
と仮定してHindφn=εnφnなる1電子解が全て得られたな
ら,全体の固有値方程式HΦ=EΦの一般解も見出すことが
できます。
その一般解はHΦn1n2..nN=En1n2..nNΦn1n2..nNを満たす
独立1電子波動関数の積:Φn1n2..nN≡φn1φn2..φnNの全て
で与えられると考えられます。
ここにEn1n2..nN≡εn1+εn2+..+εnです。
こうした"独立電子近似"での解を求めるには,次のような
方法が考えられます。
"(ⅰ)ハートリー・フォック近似(Hartree-Fock似)
=自己無撞着場の方程式を拡張して交換として知られる
相互作用を取り入れる。
(ⅱ)遮蔽現象を組み合わせる。"
です。
ここでいう遮蔽効果は,電子間相互作用に対して,より正確な
理論を展開する際,他の電子などの荷電粒子に対する電子の
応答を調べる際の重要な効果です。
(ⅰ)独立電子のHamiltonianを,Hind≡-hc2∇2/(2m)+V(r);
V(r)=-Ze2/(4πε0r)+Vel(r),
Vel(r) ={e2/(4πε0r)}∫dr'Σj≠i|φj(r)|2/|r-r'|]
として1電子方程式を作ります。
こうすれば,形式的な方程式系:
{-hc2/(2m)}∇2φi(r)-{Ze2/(4πε0r)}φi(r)
+[{e2/(4πε0r)}∫dr'Σj|ψj(r)|2/|r-r'|]
=εiφi(r) が得られます。
このように各々の占有された1電子準位φi(r)にそれぞれ
1電子方程式が存在しているという近似で得られた一連の
方程式はハートリー方程式として知られています。
そしてこの方程式を具体的に解くには,まず1電子波動関数
φi(r)を適当に予測して,他の全ての電子による
有効ポテンシャルVel(r)=e2∫dr'Σj≠i|φj(r)|2/|r-r'|
を作ります。
そのVel(r)に対する1電子方程式:
{-hc2/(2m)}∇2φi(r)-{Ze2/(4πε0r)}φi(r)
+[{e2/(4πε0r)}∫dr'Σj|φj(r)|2/|r-r'|]
=εiφi(r)を例えば数値計算によって解きます。
得られた解φi(r)をVel(r)の表式に代入して新たに得られた
1電子方程式を解くという逐次近似法を採用します。
理想的にはこの逐次近似法の繰り返しは,Vel(r)が繰り返し計算
の前後で不変になるまで続ければよいということになります。
こうした理由で,"ハートリー方程式を用いた近似=ハートリー近似"
は自己無撞着場の近似,あるいはSCFの近似と呼ばれます。
さらなる近似を加えるために,再びN電子系全体の正確な
Schroedinger方程式:HΦ=EΦに戻ります。
量子論の変分原理によれば,これの解:Φは等価な変分形式,
すなわち,エネルギー期待値:
<H>Φ=∫Φ*(q)HΦ(q)dq/{∫Φ*(q)Φ(q)dq}
を停留値にする状態:Φ(q)として与えられるはずです。
特に基底状態の波動関数は
<H>Φ=∫Φ*(q)HΦ(q)dq/{∫Φ*(q)Φ(q)dq}
を最小にする関数Φです。
ここで一般座標qを具体的に位置riとスピンsiの全体で表現し,
φi(risi)(i=1,2,..,N)を直交規格化された1電子波動関数
のN個の組の1つとします。
近似解はΦ(r1s1,r2s2,..,rNsN)
=φ1(r1s1)φ2(r2s2)..φN(rNsN) なる形の全ての
Φ(q)にわたって期待値:
<H>Φ=∫Φ*(q)HΦ(q)dq/{∫Φ*(q)Φ(q)dq}
を最小にするものを検索すれば得られるはずです。
しかし,波動関数Φ=φ1φ2..φNの単純な形式のままでは
"2つの任意の電子変数の入れ換えに対して反対称であるべき
である。"というPauliの原理とは相容れません。
したがって最も簡単には,このハートリー近似を一般化して
波動関数Φを反対称化するために,いわゆるスレーター行列式
(Slater's determinant)を用います。
すなわち,Φ(r1s1,r2s2,..,rNsN)
=(1/N!)1/2det{φi(rjsj)}なる形式を採用します。
これを用いてエネルギーの期待値:
<H>Φ=∫Φ*(q)HΦ(q)dq/{∫Φ*(q)Φ(q)dq}
を計算します。
ただし,スピン波動関数をσsz(s)としてφi(r,s)≡φi(r)σsz(s)
と書きます。
すると,<H>Φ
=Σi∫drφi*(r)[{-hc2/(2m)}∇2-Ze2/(4πε0r)]φi(r)
+{e2/(8πε0)}Σi,j∫drdr'[1/|r-r'|]|φi(r)|2
|φj(r')|2±{e2/(8πε0)}Σi≠jδsisj
∫drdr'φi*(r)φi(r')[1/|r-r'|]φj*(r')φj(r)です。
右辺の最後の項の先頭の符号(±)はスピンsiとsjの交換に対する
符号の変化に(-)符号を掛けたもの,を示しており,通常の1電子
の組み合わせの電子数密度の因子:|φi(r)|2の代わりに積
φi*(r)φi(r')を含んでいます。
このエネルギー期待値に対してφi*の変分に対する変分原理を
適用すると,
{-hc2/(2m)}∇2φi(r)-{Ze2/(4πε0r)}φi(r)
+{e2/(4πε0)}Σj≠i∫dr'[|φj(r')|2]/|r-r'|]φi(r)
±{e2/(8πε0)}Σj≠iδsisj∫dr'[1/|r-r'|]×
φj*(r')φi(r')φj(r)=εiφi(r)
なる方程式を得ます。
これは,ハートリー・フォック(Hartree^Fock)方程式と呼ばれ,
この近似はハートリー・フォック近似といわれます。
そしてこの方程式は,左辺第3項の分だけ,ハートリー方程式
と異なっています。この異なる分の項は交換項と呼ばれています。
つまり,ハートリー方程式が
[{-hc2/(2m)}∇2+V(r)]φi(r)=εiφi(r)
であるのに対して,
ハートリー・フォック方程式は
[{-hc2/(2m)}∇2+V(r)]φi(r)±{e2/(8πε0)}
Σj≠iδsisj∫dr'[1/|r-r'|]φj*(r')φi(r')φj(r)
=εiφi(r) と修正されます。
このハートリー・フォック方程式やハートリー方程式は
非線形の方程式で,その上交換項は∫U(r,r')dr'のような
積分演算子の形ですから,実際の扱いはさらにむずかしいもの
であるといえます。
さらに,(ⅱ)電子間相互作用Vel(r)を原子内のCoulomb
ポテンシシャルにおいて,単純ですが重要な現象である
遮蔽効果として取り入れることを考えます。
一般に,正電荷を持つ重い粒子が,電子気体の中の与えられた
位置に固定されている場合,その粒子は電子を引き付け近く
に余分の負電荷の分布を伴なうため,正電荷の正味の量に
対応する場を減少させます。
これを電子による遮蔽効果と呼びます。
通常の多電子原子で,この遮蔽効果を扱うのには2つの異なる
意味を持つ静電ポテンシャルを考察します。
第1のポテンシャルは通常のCoulombポテンシャル:
Vn(r)=-Ze2/(4πε0r)です。
これは"原子核=正電荷そのもの"から生じるものであり,原子核
の電荷密度をρn(r)=Zeδ(r)と書けば,Vn(r)はPoisson
方程式:∇2Vn(r)=-4πeρn(r)を満足します。
一方, 第2のポテンシャルは電荷が実際に感じる全ポテンシャル
V(r)で,正電荷の原子核とそのまわりの遮蔽電子雲によって
作られるものです。
遮蔽も含めた全電荷密度をρ(r)とすると,ポアソン方程式∇2V(r)=-4πeρ(r)を満足します。
ここにρ(r)=ρn(r)+ρel(r)であり,ρel(r)は外郭電子の電荷
密度を示しています。こ
の全ポテンシャルV(r)を遮蔽ポテンシャルと呼びます。
トーマス・フェルミ(Thomas-Fermi)の遮蔽理論では,
全ポテンシャル:V(r)=Vn(r)+Vel(r)
=-Ze2/(4πε0r)+Vel(r)があるときの電荷密度
を見出すためにハートリー近似を用います。
基本的には独立な1電子Schroedinger方程式:
{-hc2/(2m)}∇2φi(r)-V(r)φi(r)=εiφi(r)
を解き,ρel(r)=-eΣi|φi(r)|2なる表式を用いて
1電子波動関数φi(r)の組から電子の電荷密度を近似
する必要があります。
手順は,(ⅰ)の自己無撞着場の方法での独立電子の固有値方程式
であるハートリーの方程式:Hindφi=εiφi;
Hind≡-hc2∇2/(2m)+V(r)における有効ポテンシャルを
V(r)=-Ze2/(4πε0r)+Vel(r)として
トーマス・フェルミの遮蔽ポテンシャルを採用します。
この結果,例えば有効ポテンシャルが
V(r)=-Zeffe2/(4πε0r) (0<Zeff<Z)なる
遮蔽ポテンシャルで近似される場合もあります。
近似ポテンシャルV(r)=-Zeffe2/(4πε0r)を代入した
Hind=-hc2∇2/(2m)+V(r)に対する方程式Hindφi=εiφi
を解くのを繰り返す逐次近似法で基底状態の1電子波動関数
φiを求めます。
そして,得られた近似解のスレーター行列式によって最適解:
Φ(r1s1,r2s2,..,rNsN)=(1/N!)1/2det{φi(rjsj)}
を求めます。
これを出発点としたエネルギー期待値の一般的な変分原理
から独立電子Hamiltonianにさらに交換項を加えたものと
してハートリー・フォック方程式
{-hc2/(2m)}∇2φi(r)-{Ze2/(4πε0r)}φi(r)]
+{e2/(4πε0)}Σj≠i∫dr'[|φj(r')|2]/|r-r'|]φi(r)
±{e2/(8πε0)}Σj≠iδsisj∫dr’[1/|r-r'|]
φj*(r')φi(r')φj(r)=εiφi(r)を得ます。
これを満たす解Φで,基底状態のエネルギーの期待値の近似値
を計算すると,E(Φ)≡<H>Φ=Σi=1Nε01i+Σi<j[Jij±Kij]
=E0(Φ)+Σi<j[Jij±Kij] となります。
ここにJij≡{e2/(4πε0)}∫drdr'[1/|r-r'|]
|φi(r)|2|φj(r')|2,
Kij={e2/(4πε0)}∫drdr'φi*(r)φi(r')[1/|r-r'|]
φj*(r')φj(r)です。
Jはクーロン積分,Kは交換積分と呼ばれる積分です。
ここで,E(Φ)≡<H>Φ=E0(Φ)+Σi<j[Jij±Kij]の
右辺第2項[ ]内の(±)符号の(+)符号は電子の交換に
対して,波動関数のスピン部分が反対称で軌道部分が対称
なもの,(-)符号はスピン部分が対称で軌道部分が反対称
なものに対応しています。
そして,一般にJij≧0,Kij≧0 なのでもしも両者の軌道部分
の寄与が同一ならスピン波動関数が対称な方,両者のスピン
が同じ向きであるような場合の方がエネルギー準位が低く
安定になることがわかります。
また,一般にΔE=E(Φ)-E0(Φ)=Σi<j[Jij±Kij]≧0,
すなわち,E(Φ)≧E0(Φ)でありN電子原子の基底状態は
各1電子の基底状態のエネルギーレベルの総和のレベル
E0(Φ)<0 よりも電子間の斥力効果の分だけ高くなります。
そして,この差ΔEを電子相関エネルギーといいます。
例として,特にZ=2のヘリウム原子(Helium)を考えると,
これは2つの電子を持っています。すなわち,N=2です。
2つの電子のスピンs1,s2は共に1/2(or hc/2)ですが,
これらから合成されるスピンs=s1+s2の固有状態波動関数
はs=0:(1/21/2)[|↑>|↓>-|↓>|↑>](反対称1重項)と
s=1:|↑>|↑>,|↓>|↓>,(1/21/2)[|↑>|↓>+|↓>|↑>]
(対称3重項)の2種類しかありません。
そこで,Pauliの原理により軌道部分も含んだ全体の波動関数は電子
の交換に対して反対称でなければなりません。
この原理は同種粒子の判別不可能性に起因するもので波動関数は
同種粒子の2回の交換で元に戻るため,波動関数は粒子の交換に
対して対称か反対称しか有り得ず,特にBose粒子は対称,Fermi
粒子は反対称という性質を持ちます。
それ故,2電子波動関数の軌道部分が共にn=1,l=0 の1粒子
基底状態の波動関数:ψ100(r)=R10(r)
={Z3/(πa03))1/2exp(-Zr/a0)(a0はボーア半径)の積:
ψ100(r1)ψ100(r2)で近似される2電子エネルギーが最低の
基底状態は軌道部分が対称でスピン部分が反対称なものに
限られるわけです。
こうした基底状態では同一の軌道に1s状態の2つの電子が
入るのでこれを,(1s)2と表現します。
このときの2電子波動関数はゼロ次の近似で
Φ(r1,s1,r2,s2)=(1/21/2)ψ100(r1)ψ100(r2)
[|↑>|↓>-|↓>|↑>]=(1/21/2)[ψ100(r1)|↑>ψ100(r2)|↓>
-ψ100(r2)|↑>ψ100(r1)|↓>]
=(1/21/2)[φ1(r1,s1)φ2(r2,s2)-φ1(r2,s2)φ2(r1,s1)]
=(1/2!)1/2det{φi(rjsj)}(i,j=1,2) です。
そして,水素様原子では電子1個の束縛状態のエネルギー準位
がEn=-mZ2e4/{(4πε0)2(2hc2n2)}であるということと
水素原子の基底状態の結合エネルギーが
E1=-me4/{(4πε0)2(2hc2)}=-e2/(8πε0a0),あるいは
具体的にE1==-13.6eVであることから,
ヘリウムの結合エネルギーE(Φ)の近似値を求めてみます。
電気的に中性のヘリウムではZ=2であると同時に束縛電子の数
もN=2ですから,非摂動時には2電子の総エネルギーは
E0(Φ)=2Z2E1=-13.6eV×8=-108.8eVです。
電子相関エネルギーの摂動はΔE=E(Φ)-E0(Φ)=J12+K12
であり,J12=K12={e2/(4πε0)}∫drdr'[1/|r-r'|]|
ψ100(r)|2|ψ100(r')|2です。
このヘリウムの例ではクーロン積分Jと交換積分Kは一致します。
結局,具体的計算からΔE=-(5ZE1/8)×2>0となり,
E(Φ)=E0(Φ)+ΔE=(-2Z2+8Z+5Z/4)
=(8-5/2)×13.6eV=-74.8eVなる近似値
が得られます。
これは摂動論の1次の摂動による計算値と一致しています。
Z=2を有効電荷Zeffに変更しそれに伴なって試行関数も
ψ100(r)=R10(r)={Zeff3/(πa03)}1/2exp(-Zeffr/a0)より
Φ(r1,r2)={Zeff3/(πa03)}exp{-Zeff(r1+r2))/a0}に
変更します。
すると,E(Φ)=E0(Φ)+ΔE
=(Zeff2-4Zeff+5Zeff/8){e2/(4πε0a0)}
=2(Zeff2-4Zeff+5Zeff/8)E1 となります。
これの右辺をZeffで微分してゼロとおくと
dE(Φ)/dZeff=2(2Zeff-4+5/8)E1=0 です。
結局,Zeffに関する変分原理をも含めたあらゆる変分原理を
満たすような遮蔽ポテンシャルの有効電荷は
Zeff=2-5/16=(27/16)で与えられることがわかります。
そこで,Zeff=(27/16)と置いたとき,
Φ(r1,r2)={Zeff3/(πa03)}exp{-Zeff(r1+r2))/a0}
が最適な近似解になります。
この方法でのエネルギー期待値の最適近似値として
E(Φ)=E0(Φ)+ΔE=2(Zeff2-4Zeff+5Zeff/8)E1
=-77.4eVが得られます。
これは摂動論による計算値-74.8eVよりもさらに実測値
-78.8eVに近い値です。
そして先述したように,軌道部分の寄与が同一ならスピン波動関数
が対称な方,つまり両者のスピンが同じ向きであるような場合の方
がエネルギー準位が低くて安定になります。
基底状態のすぐ次のレベルの(1s)(2s)の励起準位では軌道部分
が反対称の(1/21/2)[ψ100(r1)ψ200(r2)-ψ100(r1)ψ200(r1)>]
で,スピン部分が,s=1の対称3重項:
|↑>|↑>,|↓>|↓>,(1/21/2)[|↑>|↓>+|↓>|↑>]の状態
になると思われます。
まだ,原子軌道の分類の端緒に付いたに過ぎませんが,2007年5/23
の記事「対称操作の群とメタンのSP混成軌道」で記述している
ように,分子軌道に入る前段階の多電子原子の軌道においてさえ
各電子は必ずしも厳密に1s,2s,2p,3s,3p,3d,..の独立な
1電子の軌道上にあるというわけではなく,
また,エネルギー準位がこの順番で規則正しく単調に上昇するわけ
でもないことを強調しておきます。
もっとも「元素の周期律表」の方はそうした分類による順番と一致し
ています。
今日はこれで終わります。
って,これじゃ今年も1記事のページ数が全然減ってないじゃん。
参考文献:猪木慶治・川合 光 著「量子力学Ⅱ」(岩波書店),
アシュクロフト・マーミン著「固体物理の基礎上Ⅱ」(吉岡書店),
大野公一 著「(化学入門コース)量子化学」(岩波書店),
ランダウ=リフシッツ 著「量子力学1」(東京図書)
※以上,再掲記事でした。
PS:夏が終わりそうで少し生き返りました。
現時点での深刻な病気は金欠病くらいです。
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