統計力学の基礎(2)(古典統計力学2)
古典統計力学の続きです。
前回,粒子数がNで自由度がfの多粒子系で,系のエネルギーが
Eの孤立系において,エネルギーがε1,ε2,..,にある粒子数を
それぞれ,n1,n2,..,とすると,その熱平衡時の分布がM-B分布
つまり,nk=fexp(-βεk)/Z;ただし,Z=Σkexp(-βεk)
で与えられることを見ました。
しかし,まだ,パラメータβやZがどのような量であるか?が不明
です。
そこで,以下では,まず,それらの量を明確にしたいと思います。
今,異なる種類の粒子からなる2つの系A,Bがあって,これらの系
はどこかの境界で接触していて,それ以外の境界からはエネルギー
の流出入がなく熱平衡にあるとします。
このとき,系A,Bそれぞれを構成する粒子数NA,NBは,独立に
不変ですが,エネルギーは弱い接触相互作用ですがAとBの間
では自由に交換できます。
系AのNA個の粒子のうちで,エネルギーがε1,ε2,..,にある
ものの数がn1,n2,.., で.系BのNB個のうちエネルギーが
e1,e2,..,にあるもの数がm1,m2,..,であるような粒子
微視状態の配分方法の総数をWとすると,
W={NA!/(n1!n2!..), }×{NB!/(m1!m2!..)}
と書けます。
そこで,Stirlingの公式によって,
lnW ~ fAln(fA)-Σknkln(nk)+fBln(fB)
-Σjmjln(mj )
と近似されます。
前の考察と同じように,Σknk=NA,Σjmj=NB,かつ,
Σknkεk+Σjmej=E の条件下で,lnWを最大にする
分布をLagrangeの未定係数法で[求めます。
すなわち,-δlnW+αAΣkδnk+αBΣjδmj
+β(Σkεkδnk+Σjejδmj=0 が,δnk,δmkに
ついての恒等式になる条件を求めます。
そこで,δnk,δmjの全ての係数がゼロ,つまり,
lnnk+αA+βεk=0,かつ,lnmj+αB+βej=0
です。
結局,nk=NAexp(-βεk)/ZA,かつ,
mj=NBexp(-βej)/ZBなる表式を得ます 。
ただし,ZA=Σkexp(-βεk),ZB=Σjexp(-βej)です。
ここでβは系AとB共通の係数であることに注意します。
熱力学によれば,こうした接触した2つの系AとBが熱平衡状態
にある条件は,両者の絶対温度が等しいことです。
それ故,βは絶対温度Tのみの関数と考えられます。
N粒子から成る孤立系でのM-B分布:nk=Nexp(-βεk)/Z;
Z=Σkexp(-βεk)に戻って,lnZのβによる偏微分を取ると,
∂(lnZ)/∂β=∂Z/∂β/Z=Σkεkexp(-βεk)/Z
=-Σknkεk/N:つまり,∂(lnZ)/∂β=-E/N です。
ところで,系のHelmholtz自由エネルギーをFとすると,Fの定義
は系の内部エネルギーをU,エントロピーをSとしてF=U-TS
ですが粒子の総ネルギーEが系の内部エネルギーUに相当するため,
F=E-TS,F/T=E/T-S です。
そこで,{∂(F/T)/∂T}V
=-E/T2+(∂E/∂T)V/T-(∂S/∂T)V
ですが,熱力学第一法則により,TdS=dE+PdV
なので,T(∂S/∂T)V=(∂E/∂T)Vです。
したがって,{∂(F/T)/∂T}V=-E/T2を得ます。
一方,∂(lnZ)/∂β=-E/fから,
∂(flnZ)/∂T={∂(flnZ)/∂β}(dβ/dT)
=-E(dβ/dT) です。
それ故,{∂(F/T)/∂T}V
={∂(flnZ)/∂T}{(dβ/dT)-1/T2 ですから,
ある定数をkとして,F/T=-fklnZ,(dβ/dT)T2=-1/k
と置けば,この関係式が成立します。
dβ/dT=-1/(kT2)を積分すれば,β=1/(kT)+C
を得ますが,特に積分定数Cはゼロでβ=1/(kT)と考えられます。
何故なら,非常に高温(T → ∞)では分布は,エネルギーεKの値に
関係なく一様になると思われるからです。
一方,lnW=flnf-Σknklnnkに,nk=fexp(-βεk)/Z,
および,lnnk=lnf-βεk-ln/Zを代入すると,
f=Σknk,E=Σknkεkによって,lnW=βE-flnZ
ですが,F=-fkTlnZより,flnz=-βFなので,
lnW==βE-βF=βTS=S/kです。
故にS=klnWなる関係式が得られます。
ところで,理想気体の系でしかもそのN個の構成分子が構造を
持たない質量mの質点と見なせる場合(例えば単原子分子の場合),
個々の粒子のHamiltonianはH=p2/(2m)で与えられ,系の自由度
はf=3Nです。
このとき,運動量がpの粒子数は,n(p)=Nexp{-p2/(2mkT)}
で与えられるはずでますが,このN粒子を閉じ込めている容器の体積
Vの増減と共に,取り得る状態の配分数WはVNに比例して増減する
はずなので比例定数をAとしてlnW=ln(AVN)=Nln(AV)と書け
ます。
したがって,S=klnW=Nkln(AV)より,
T(∂S/∂V)T=NkT/Vを得ます。
ところが,TdS=dE+PdVなので,
P=(∂S/∂V)Tです。
以上から,P=NkT/V,つまりPV=NkTなる関係式が
得られました。
理想気体の状態方程式は系の絶対温度をT,圧力をP,体積
をVとするとRを気体定数として,PV=nRT=NkBT
で与えられます。
ただし,nはこの気体のモル数です。1モル当たりの気体分子数
であるAvigadro数(~6.02×1023)をN0とすると,n=N/N0であり
kBはBoltzmann定数で,kB=R/N0で定義されます。
この状態方程式PV=NkBTを,すぐ前で求めた式:PV=NkT
と比較等置して,未知定数 kはk=kB と結論されます。
こうして,結局,β=1/(kBT)で,N個粒子の孤立系の粒子数分布は
nK=Nexp{-εK/(kBT)/ZでZ=Σkexp{-εK/(kBT)であり,
lnZはHelmholtzの自由エネルギーFとF=-NkBTlnZなる関係
にあります。
そうして,エントロピーはS=kBlnWで与えられることが
わかります。
この最後のエントロピーと状態配分の関係式はBoltzmanの原理
(Boltzmannの関係)と呼ばれています。
この関係から,熱力学での熱平衡でのエントロピー極大の条件
が正に最大確率の分布に対応していることがわかります。
さて,次に,正準集団の方法を紹介します。
体系の全エネルギーが各粒子のエネルギーの総和となることは,
運動エネルギーにおいては常に成立しますが,位置エネルギーに
おいては一般には成立しません。
以下ではこれまでと異なって粒子間に微弱とはいえない相互作用
がある場合をも扱える一般的方法について述べます。
前と同じく莫大な個数N個の粒子から成り立つ全粒子系の自由度
がfの体系を考え,その一般化座標をq=(q1,..,qf),共役運動量
をp=(p1,..,pf)とします。
この体系の状態を示す.座標が(q,p)の代表点の作るEuclid空間
は前にΓ空間と呼んだ2f次元の相空間ですが,
今回はH(p,q)=E(一定)という制約は設けません。
この系と同じ構造を持つ体系を非常に多く用意できたと想定し
それらを並べるとします。
そしてその同じ系の総数はM個とします。MもAvogadro数に
匹敵するような巨大な数です。
これらM個の体系はその間に微弱な相互作用があって,相互に
エネルギーを交換ができるとします。
しかし,M個全体では外界と何の交渉もない孤立系であるとします。
このように体系の集団(ensemble)を想像し,その統計的平均が実測
の物理量に一致すると考えます。
そしてM個の同じ体系の全体をM×(2f)次元の相空間として一般
化座標を(q(1,p(1),q21,p(2),..,q(M),p(M))とする代表点
全体の空間をΓ0空間と呼ぶことにします。
ただし,q(j)=(q(j)1,..,q(j)f),p(j)=(p(j)1,..,p(j)f),
(j=1,2,..,M) とします。
Γ空間と空間とΓ0空間の関係は,前回の孤立系でのμ空間とΓ空間
の関係と同じです。
そこで,以下,このM個の系全体の作る孤立英について前回と同じ
小正準集団の方法を適用します。
すなわち,Γ空間を2f次元体積がaの高々可算個の細胞に分割
し,k番目の細胞のエネルギーをEkとします。
M個の系の集合の要素のうち,このk番目の状態を取るものの個数
をMkとします。
そして,M個の系全体の不変なエネルギーをE0=ΣkMkEkと
します。
M個をM1,M2,..,Mk,..個に分割する配置の数Wは,
W=M!/( M1!M2!..,Mk!..)で与えられます。
1つの分け方:(M1,M2,..,Mk,..)がΓ0空間のaMの体積
の細胞に相当するので,あらゆる(M1,M2,..,Mk,..)の組を
与えるΓ0空間内の体積はWaMとなります。
「エルゴード仮設」,または「等重率の原理」によってΓ0空間内
のある体積を占める確率はその体積に比例します。
それ故,今の場合Σk=1Mk=Mk,および,E0=ΣkEkMkの条件下
でlnWを最大にする分布が最も実現確率が高く,熱平衡時にはそうした(M1,M2,..,Mk,..)が実現されているはずです。
このMkを求めると前回と同じ手順でMk=M exp(-βEk)/Z
なる分布が得られます。
これをM=ΣkMkに代入すると,
Z=Σkexp(-βEk)
=(1/a)∫exp(-βE)dq1..dqfdp1..dpf
が得られます。
このZを分配関数(partition function),または,
状態和(sum over states)と呼びます。
前と同じくLagrangeの未定係数法で仮に与えた係数パラメータ
βは,熱平衡にあるM個の体系に共通なので.絶対温度Tと同じく
熱平衡の尺度と予期されます。
いいかえると,βはTのみの関数です。
そして,今.この想定された莫大な個数M個の系のうちで唯一つ
の系だけに着目すると,それがエネルギーEの状態となる確率が
exp(-βE)に比例することがわかります。
実際の正しい確率はexp(-βE)/{Σkexp(-βEk)z}で
与えられます。
着目した体系以外の,それに接触した残りの巨大な(M-1)個の
系全体を温度を一定に保つ熱浴と見なせば,これは熱浴に漬かって
いる,または,恒温槽に接触している体系の確率分布を記述するもの
と考えられます。
このような[分布を正準分布(canonical distribution)と呼び,
この方法を正準集団の方法といいます。
前と同様,∂(lnZ)/∂β=-ΣkEkexp(-βεk)/Z
=-E0/M=<E>です。
一方,Helmholtzの自由エネルギーをF=U-TSとすると,
[∂{(F/T)}/∂T]V=-U/T2なので,内部エネルギー
Uが系のエネルギーの平均値 <E>に一致する,
つまり,U=<E>として比較することから,kをある定数
としてF=-kTlnZ,β=1/(kT)が得られます。
さて,N粒子の理想気体ではf=3Nで
Z=(1/a)∫exp(-βE)dq1..dqfdp1..dpf
=(1/a){∫dx∫exp(-p2/(2mkT))dp}N
=VN(2πんkT)3N/2/aなので,
F=-kTlnZ=kTln{VN(2πmkT)3N/2/a}
となります。
そこで,(∂F/∂V)T=-NkT/Vですが,F=U-TS
なので(∂F/∂V)T=-(∂S/∂V)T=-Pです。
すなわち,PV=NkTを得ますから,やはり,k=kB
であり,結局,F=-kBTlnZ,β=1/(kBT) です。
しかし,実は上記のFの表式:
F=-kTlnZ=kTln{VN(2πんkT)3N/2/a}は体積V
への依存性が正しくないです。
つまり,N/V一定でV→2VならF→2Fとなるべきなのにそう
なっていません。
熱力学量には温度T,圧力Pのように物質量とは無関係な示強性
の量と,エネルギーやエントロピーのように物質量に比例して1モル
が2モルになればそれらも倍の値になる,という示量性の量があり
ますが自由エネルギーFは1つの示量性の量です。
N/Vが一定でV→ 2VというのはN→ 2NでVV→ 2Vで
あり,単純に同じ系が2つあるのと同じ意味ですから,常識で
考えてもF→ 2Fとなるはずです。
つまり,F=-kBTln{VN(2πmkBT)3N/2/a}
=-NkBTln{V(2πmkBT)3/2/a/(1/N)}
→ -kBTln{(2V)2N(2πmkBT)3N/a}
=2NkBTln{2V(2πmkBT)3/2/a1{1/(2N)}}
=2F-2NkBTln2-kBTlnaとなって常識と相容れません。
仮に,Z=(1/a){∫dx∫exp(-p2/(2mkT))dp}N
=VN(2πんkT)3N/2/aの右辺をN!で割れば,
-ln(N)=-NlnN+Nであり,N→ 2Nに対して,
-NlnN+N→ -2NlnN+2N=2(-NlnN+N)-Nln2な
ので,ほぼこの矛盾が解消されます。
これは古典統計の1つの欠陥であり,N個の粒子に1番,2番
と順序を付けて区別することはできない,という量子統計で解決
されることは後述しますが,量子統計に移行しなければならない
理由の1つです。
前回の孤立系では,N個の粒子の個々のエネルギーが
ε1,ε2,..,εNでE=ε1+ε2+..+εNと書けるとき,
Eが一定不変という条件つきでk番目の粒子がエネルギーεk
を取る確率がexp{-εk/(kBT)}/[Σjexp{-εj/(kBT)}]
で与えられることを見ました。
ここではN個の粒子系のエネルギーがE=ε1+ε2+..+εN
を満たすエネルギー値Eを取る確率が
exp{-E/(kBT)}/[ΣEexp{-E/(kBT)}]
=exp{-(Eε1+ε2+..+εN)/(kBT)}
/[ΣEexp{-(Σjεj)/(kBT)}]で与えられ,
, その際,E=ε1+ε2+..+εN=(一定)という制約条件
なしで各々の粒子のエネルギ^-εkが独立に変わり得ると
してよいので,
結局,k番目の粒子がエネルギーεkを取る確率が
exp{-εk/(kBT)}/[Σjexp{-εj/(kBT)}]で与えられる
という同じ結論が,孤立系で外界とエネルギーのやりとりがない
という条件抜きでも成立することがわかります。
したがって,今回の正準集団の方法による結果は前回の小正準集団
の方法を包摂したより一般的なものであることがわかりました。
今日も次の大正準集団の項に入る予定でしたが,長くなり過ぎた
のでここで終わります。
参考文献: 中村 伝 著「統計力学」(岩波全書)
阿部流蔵 著「統計力学(第2版)」(東京大学出版会),
久保亮五 著「大学演習 熱学・統計力学」(裳華房)
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