統計力学の基礎(8)(統計力学の基礎付け2)
統計力学の基礎付けの続きです。
前回の終わりでは,
もう1つ気になるのが,統計集団(アンサンブル)を考える際の純粋集団(純粋状態)と混合集団(混合状態)の話です。
と書きました。
その続きです。
前々回の記事の量子統計力学2では,分配関数ZはN粒子系の多体問題の純粋状態のトレースによりZ=Tr[exp(-βH)]で与えられることを示しました。
まあ,小正準集団を想定するなら集団を構成する個々の微視状態を
普通の干渉も有り得る観測前のコヒーレントな量子状態(純粋状態)
と考えることも可能てす。
しかし,正準集団の考え方では,莫大な個数 M個の同じ系を集めて全体
として孤立系になるような集団とするわけですが,この集団の個々の系
は全て同じ構造を持つとはいっても,それらは既に純粋状態ではなく,
エネルギ「ーEを持つ系(=純粋状態)が率exp(-βE)/Zで混合された
デコヒ-レントな混合状態と考えられます。
統計集団というのは,統計力学の理論を定式化するために便法
として想定されたものに過ぎないので,それが純粋集団か混合集団
か?のようなことについて思い煩う必要はないのですが。。。
私はやはり気になります。
これについては,2006年10/23の記事「観測の理論(デコヒーレンス)」
があります。
これもまず全文を再掲載します。
(※以下,過去記事の全文です。)
今日は,観測に伴なって固有状態の干渉項が消滅すること
=デコヒーレンス (decoherence)の現象を最近の理論に基づいて
述べてみたいと思います。
ただし私自身は本質的には多世界解釈の方に傾いています。
まず,"観測可能量(observable)=物理量=線型演算子"Oとその
あらゆる固有値:oiに属する固有状態:|i>の集合,つまり,
O|i>=oi|i>を満たす|i>の集合があり,これらが
完全系を形成している,すなわち,∑i|i><i|=1
が成立しているとします。
"任意の状態=純粋状態":|ψ>は|ψ>=∑ici|i>と展開可能
でこの同じ状態|ψ>において,物理量Oを状態を乱すことなく
独立に多数回観測したときにはOの固有値以外が観測されること
はなく,観測値がoiである確率が|ci|2で与えられます。
そして∑i|ci|2=1が成立しているというのが量子力学
の観測に関する枠組みと考えられます。
しかも,通常は固有状態|i>は正規直交化されていて,
<i|j>=δijなのでci=<i|ψ>なる式が成立して
います。
したがって,この純粋状態|ψ>における物理量O^の観測値
の"期待値=平均値"は,
<O>ψ=∑i|ci|2oi=∑i<i|ψ><ψ|i><i|O|i>
=∑i<ψ|i><i|O|i><i|ψ>=<ψ|O|ψ>
で与えられます。
つまり,<O>ψ=<ψ|O|ψ>であり.
<O>ψ=∑i<ψ|O|i><i|ψ>=∑i<i|ψ><ψ|O|i>
=Tr(PψO)となります。
ここで射影演算子とよばれるPψはPψ≡|ψ><ψ|で定義され,
物理量Xの対角和(trace)が,Tr(X)≡∑i<i|X|i>と定義
されています。
そして対角和の値が,これを定義する完全系{|i>}の選択に依ら
ないことも簡単にわかります。
ところで,もしもこの体系が,状態間の干渉が存在するような状態
の重ね合わせのみで成り立つ純粋状態ではなく,
情報の欠如などによって統計的に純粋状態:ψ,φ,χ,...が
それぞれ確率:W(ψ),W(φ),W(χ),...で混合している混合
状態であるとすれば,
Oの期待値は<O>=∑ψW(ψ)<ψ|O|ψ>
で与えられます。
これも,<O>=∑ψW(ψ)<ψ|O|ψ>
=∑ψ∑iW(ψ)<ψ|O|i><i|ψ>
=∑i∑ψW(ψ)<i|ψ><ψ|O|i>=Tr(ρO)
となり,純粋状態の<O>ψ=Tr(PψO)と同じ形に
書けます。
ここでρ^はρ≡∑ψW(ψ)|ψ><ψ|=∑ψW(ψ)Pψと定義
されて統計作用素,または,密度演算子(密度行列)と呼ばれます。
対象となる体系のHamiltonianをHとすると統計作用素ρ
も時間に依存する量子力学の線形演算子に相違ないので,
Heisenbergの運動方程式:ihc(∂ρ/∂t)=[H,ρ]
を満足します。
ただし,hc≡h/(2π)でhはPlanck定数です。
実は状態|ψ>はSchroedinger表示の時間を含む状態ベクトル
|ψ(t)>で,これがSchroedingerの方程式:
ihc(∂/∂t)|ψ(t)>=H|ψ(t)> を満たします。
逆に統計作用素ρ≡∑ψW(ψ)|ψ(t)><ψ(t)|が時間
tを含むHeisenberg表示の作用素となるため,Heisenbergの
運動方程式:ihc(∂ρ/∂t)=[H,ρ]を満たすと考えて
よいわけです。
時間発展の演算子をU(t',t)=exp{-iH(t'-t)}と
すると,|ψ(t')>=U(t',t)|ψ(t)>ですから,
ρ(t)≡∑ψW(ψ)|ψ(t)><ψ(t)|によって
ρ(t')=U(t',t)ρ(t)U(t',t)-1となります。
統計作用素ρの時間発展はユニタリ変換によって行われる
のでρや,ρに関わる関係式は時間発展によって変化しません。
簡単のため,スピンが1/2の区別できる粒子が2個ある体系に
ついて考察します。
スピン1/2の1粒子のスピン角運動量の演算子をsとすると,
それは2行2列の行列表示では,Pauliのスピン行列σを用いて,
s=(hc/2)σと表わされます。
σz の固有値+1,-1の固有状態を,それぞれ|α>,|β>とします。
2つの粒子それぞれのこうした状態を,それぞれ,|α(i)>
と|β(i)>(i=1,2)で指定することにします。
このとき,全系の任意の状態ベクトルは|α(1)>|α(2)>,
|α(1)>|β(2)>,|β(1)>|α(2)>,|β(1)>|β(2)>の1次結合
で表わされます。
そして,例えばスピンがゼロの状態は,
|0>=(1/21/2)(|α(1)>|β(2)>-|β(1)>|α(2)>)
で与えられます。
この状態での統計作用素ρ^0は,
ρ0 =(1/2)(|α(1)>|β(2)>-|β(1)>|α(2)>)
(<α(1)|<β(2)|-<β(1)|<α(2)|)
=(1/2)(|α(1)><α(1)|⊗|β(2)><β(2)|
-|α(1)><β(1)|⊗|β(2)><α(2)|
-|β(1)><α(1)|⊗|β(2)><α(2)|
+|β(1)><β(1)|⊗|α(2)><α(2)|)
となります。
ただし,記号⊗は直積を表わしています。
このρ0は確かに,純粋状態を示す"統計作用素=射影演算子"
です。
ここで,一般に粒子1のみに関する物理量S(1)を測定する場合
を想定すると,このときも対象としては全体系ですから,
物理量を表わす作用素はS(1)⊗1(2)です。
その期待値は,
<S(1)⊗1(2)>=Tr(ρS(1)⊗1(2))
=∑i∑j<i(1)|<j(2)|ρS(1)|j(2)>|i(1)>
=Tr(ρ(1)S(1)) と書くことができます。
ここで,ρ(1)≡<j(2)|ρ|j(2)>=Tr,2(ρ) です。
そして,部分系である粒子1の物理量S(1)の測定の期待値は全て
<S(1)⊗1(2)>=Tr(ρ(1)S(1))の形で表わせるので,
実質的には,ρ(1)が部分系である粒子1の状態を示す統計作用素
であると見なすことができるでしょう。
ここで,ρ=ρ0 の場合には,
ρ0(1)=<α(2)|ρ0|α(2)>+<β(2)|ρ0|β(2)>
=(1/2)(|α(1)><α(1)|+|β(1)><β(1)|) です。
そこで,全系が純粋状態でも,部分系である粒子1の状態は
z成分のスピンが上向きと下向きが1対1に混合した混合状態
となることがわかります。
話を戻して,体系の状態が|ψ>で物理量O^の固有状態での
展開が,|ψ>=∑ici|i>(∑i|ci|2=1) で与えられると
します。
O^の測定装置はマクロな物体ですが,装置も状態ベクトル
で表わすことができると仮想して,その初めの状態を|o>A
とします。
そして,対象が状態|i>にあるとき,それを測定したときの
"対象=体系と装置"の変化を|i>|o>A → |i>|i>A
とします。
そこで,|ψ>を測定したときには,
|ψ>|o>A → ∑ici|i>|i>A となります。
この最後の状態はもちろん純粋状態であって,物理量Oの期待値
を取れば当然|,i>|i>A 間の干渉が現われるはずです。
最初の状態が純粋状態であって時間発展がユニタリですから当然
それは予想されたことです。
しかし,我々の観測の経験では,測定の最後の状態は
|i>|i>Aの状態がW(oi)=|ci|2の確率で混じり合って
いて,決して干渉作用など起きない混合状態です。
簡単のために,1電子のスピンのz成分を観測するStern-Gerlach
の実験のようなものを考察します。
これは,不均一な磁場の中にスピン磁気モーメントを持つ電子
が入射してスピンが上向きか下向きかが検出される実験です。
入射電子はある一定のスピン状態にあって,
|ψ>=(c1|α>+c2|β>)|φ>,(|c1|2+|c2|2=1)
であるとします。
ただし,|φ>は電子線の空間的運動を表わす状態ベクトルです。
入射電子が磁場の中を通るとスピンの向きによって空間的運動
は上下に分裂するので,
|ψ> → |γ>≡c1|α>|φ+>+c2|β>|φ->
となります。
そして,上下にある検出装置の統計作用素=密度行列をそれぞれρAα,ρAβ,対象と装置の全体系の"統計作用素=密度行列"をη0と
すると,
η0=|γ><γ|⊗ρAα⊗ρAβ
=(|c1|2ρ+++|c2|2ρ--+c1c2*ρ+-+c2c1*ρ-+)⊗ρAα⊗ρAβ
と書けます。
ここで,
ρ++=|α><α|⊗|φ+><φ+|,
ρ--=|β><β|⊗|φ-><φ-|,
ρ+-=|α><β|⊗|φ+><φ-|,
ρ-+=|β><α|⊗|φ-><φ+|
です。
測定装置が状態ベクトルで表わされている状況では,ユニタリ性の故,
測定の結果として,干渉項ρ+-,ρ-+が消えることは決して有り得ないことです。
そこで装置は初めから混合状態にあると考えます。
すなわちマクロな装置はN個~ Avogadro数個程度の粒子の集合系
であり,このN粒子の系の多数の状態ベクトルの混合状態が装置を
表わしていると考えるわけです。
そして,測定にはある時間にわたって全体系の密度行列η0を調べる
必要があります。
それぞれ,N,N'粒子系から成る上下の検出装置に対して
η0(N,N')≡|γ><γ|⊗ρAα(N)⊗ρAβ(N') と定義
します。
相互作用が起こる直前の時刻をt0 として,時刻tでの全体系の
統計作用素をN,N'を省略してη(t)と書くと,η(t0)=η0に
対し,
η(t)=∑N,NW(N)W(N')U(t,t0)η0(N,N')U(t,t0)-1
(ただし∑W(N)=1)
と書くことができます。
η0(N,N')=|γ><γ|⊗ρAα(N)⊗ρAβ(N')において,
例えばρ+-に関わる部分は,
|α><β|⊗|φ+><φ-|⊗ρAα(N)⊗ρAβ(N') です。
装置との相互作用部分がスピンに依らないとすれば,時間発展
は,U(t,t0)|φ+>ρAα(N)<φ-|ρAβ(N')U(t,t0)-1
となります。
ここで,|φ+>はρAα(N)のみ,<φ-|はρAβ(N')のみと相互作用
するので左右に分けました。
tを相互作用が終わった時刻とし,N個の粒子の個数に比例する
運動長さの単位をL(N)とすると,そのオーダーはL(N)~N1/3
です。
そして,比例定数として波数因子kを掛けた位相の変化がある
と考えられるので,
左のU(t,t0)|φ+>ρAα(N)は因子exp{ikL(N)}を,
右の<φ-|ρAβ(N')U(t,t0)-1は因子exp{-ikL(N')}
を含むはずです。
ここで,η(t)=∑N,N’...を連続化して積分式にすると,
η(t)=∫dL∫dL'W(L-L0)W(L'-L0)U(t,t0)
η0(L,L')U(t,t0)-1(ただし∫dLW(L-L0)=1)
となります。
位相部分だけに着目すると,L(N)~N1/3が大きい極限で
密度行列要素は,それぞれ,
ρ++ → 1,ρ-- → 1,および, ρ+-→ exp{ik(L-L')},
ρ-+ → exp{-ik(L-L')}
となります。
ところで,Riemann^Lebesgueの定理によれば,L,L'が無限大の
極限では,
∫dL∫dL'W(L-L0)W(L'-L0)exp{ik(L-L')} → 0
となります。
このことから"統計作用素=密度行列"からρ+-とρ-+の干渉項
が消えてρ++とρ--の項のみがそのままの形で残ることになり,
事実上デコヒーレンスが実現されることになると考えられます。
ただし,清水明氏の「量子測定の原理とその問題点」に書かれて
いますが,
"測定装置の他に環境も含めたとしても干渉項のオーダーは
観測時間をT,光速をcとして,exp[-(正定数)×cT3]が限界
であり決して正確にゼロになって消えるわけではない。"
という問題は残っています。
一方,szの測定によって必ずしもσzの固有状態である
|α>,|β>が観測されると考える必要はないという本質的な
問題もあります。
例えば,|χ±>≡(1/21/2)(|α>±|β>)(複号同順)はσxに
対してのスピンの+,-の固有状態です。
先の統計作用素において非干渉成分として,
ρ++=|α><α|⊗|φ+><φ+|,ρ--
=|β><β|⊗|φ-><φ-| の代わりに,
ρ'++=|χ+><χ+|⊗|φ'+><φ'+|,
ρ'--=|χ-><χ-|⊗|φ'-><φ'-|
が残ると考えても何の不都合もないからですね。
こちらの問題は(猫生)か(猫死)のどちらか一方のみの状態が観測
されるとして定式化しても,
それらの重ね合わせ状態が観測されるとして定式化しても,
"統計作用素=密度行列"のデコヒーレンスだけからは,
それらは全く同等である,ことから多世界解釈の問題でもあり
超選択則に関わる問題ですね。
例えば変換群の異なる既約表現にまたがる重ね合わせ状態は
観測されない,とかの原理的問題であると思います。
具体的には既約表現の問題とは,ちょっと違うかもしれないです
が,アイソピン(荷電スピン)に関わる2次元特殊ユニタリ群
SU(2)において,
陽子と中性子の重ね合わせ状態は決して観測されない,という
のも超選択則の例です。
これに対して,φメソンやKメソンにはむしろ混合(mixing)が
ある状態で存在する方が普通なので,自然がどういうメカニズム
になっているのかは不思議なことです。
これに関しては,観測を行なう以前の物理系の状態を記述する
"波動関数や密度行列をも実在であると考えるかどうか?"
という哲学的な問題も関連あるかもしれません。
参考文献;町田茂 著「基礎量子力学」(丸善),
ボーム 著「量子論」(みすず書房)
(再掲載終了※)
さて,再び,考察しますが,正準集団,大正準集団が混合集団であることは疑う余地がりません。
しかし,小正準集団についてははっきりしません。
古典統計力学では,小正準集団に属する微視的状態は相空間の
個々の軌道であり,それらの状態はもちろん干渉するわけではなく
運動方程式のN個の厳密な解の全ての情報から巨視的平均量や確率
分布を求める代わりに,統計的原理を導入し,それに基づいてそれら
の量を求めるのですから,集団には完全な情報が欠如しているのは
明らかです。
しかし,量子論では,古典論と対比すると,N粒子の系の完全な情報
が,そもそも確率波という確率的なものです。
そして,個々の微視状態を多体系の波動方程式の解の重ね合わせで
与えられる純粋状態と考えることもできそうです。
純粋状態だけで熱平衡状態を表現できれば情報の欠如なく定式化
できると思いますが,これはシミュレーション計算をする計算物理学
の分野でしょうか?。
統計力学の原理に基づいて最大確率を与える分布を求めるという
旧来からの統計力学の思想に合致する対象は,小正準集団でも,干渉
などしない混合状態の集団です。
実際,系の巨視的量の観測はマクロな測定装置を用いて行なうわけ
ですから,その時点で既にマクリな装置との干渉でデコヒーレント
な状態に移行した後の系を対象としていると考えるのが普通です。
ネットを検索してみると,私の種ひゅうの疑念と意図を共有する
ものとして,大阪市大,杉田歩氏のPDF
「;量子統計力学の基礎付けについて;」, および,
すう理化学化学科学2013年6月号の特集記事として,
「量子純粋状態による統計力学の定式化」がありました。
今日はこれで終ります。
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