ゲージ場の量子論から(その1)(経路積分と摂動論 11)
「ゲージ場の量子論から(経路積分と摂動論)の続きです。
予定通り,スカラー場からFermion場への定式化の移行ですが,
Fermi粒子の場では演算子が反可換なため,経路積分においては
演算子に対応する古典場で積分するのですが,その反可換性を満
たす古典場の対応物がありません。
そこで,単純に,直線的(Straitfoward)に拡張するというわけには
いきません。
§4.4フェルミオン場の経路積分
フェルミオン(Fermion;Fermi粒子)というのは粒子のスピンが
1/2,3/2,5/2..のような半奇数値(Plank定数を単位として)であり
多数の粒子系集団としては粒子の交換反対称なFermi-Dirac統計
に従うものですが,
ここでは,ここまでBose粒子として最も単純なスピンがゼロの
スカラー粒子で理論展開してきたのと同じ精神で,Dirac方程式に
従うスピンが1/2のDirac場を主に考察します。
Dirac場(Spinor場)を,
ψ(x)=[ψ1(x),ψ2(x),ψ3(x),ψ4(x)]Tとすると,
ψ+(x)=[ψ+1(x),ψ+2(x),ψ+3(x),ψ+4(x)]であり
これは次の同時刻反交換関係を満たします。
{ψα(x,t),ψ+β(y,t)}=δαβδ3(x-y),
{ψα(x,t),ψβ(y,t)}={ψ+α(x,t),ψ+β(y,t)}
=0
しかしながら,これまでと同じく経路積分を導く基礎となる
ψα(x)=ψα(x,t=0) の固有値と固有ベクトルの関係式
ψα(x)|ψ>=ψα(x)|ψ>において,固有値が通常の複素数
であるとすれば,上記の反交換関係に矛盾します。
(※注6):何故なら,ψα(x)ψβ(x)|ψ>=ψα(x)ψβ(x)|ψ>,
かつ,ψβ(x)ψα(x)|ψ>=ψβ(x)ψα(x)|ψ> より,
{ψα(x),ψβ(x)}|ψ>=[ψα(x)ψβ(x)+ψβ(x)ψα(x)]|ψ>
=[ψα(x)ψβ(x)+ψβ(x)ψα(x)]|ψ> ですが,
これの左辺は上記の同時刻反交換関係:{ψα(x),ψβ(x)}|=0
により,ゼロに等しいので,右辺の固有値もゼロであるべき:
つまり,ψα(x)ψβ(x)+ψβ(x)ψα(x)=0 であることが
必要ですが,固有値が通常のゼロでない複素数なら,
ψα(x)ψβ(x)+ψβ(x)ψα(x)=2ψα(x)ψβ(x)≠0
なので矛盾します。 (注6終わり※)
そこで,この固有値関係を矛盾なく扱うためには,固有値ψα(x)
を,お互いの間,および,演算子
ψ(x)=[ψ1(x),ψ2(x),ψ3(x),ψ4(x)]Tや
ψ+(x)=[ψ+1(x),ψ+2(x),ψ+3(x),ψ+4(x)]の成分
のいずれとも反可換なGrassmann数(グラスマン数)と考える
必要があります。
つまり,
{ψα(x),ψβ(y)}={ψα(x),ψβ(y)}
={ψα(x),ψ+β(y)}=0 であるべきです。
すなわち,Fermion場というのは,物理的には対応する古典場
が存在しないけれど,強いて”古典的対応物”を考えれば,
Grassmann数値を取る場ということになります。
そして,Grassmann数について積分(定積分)するという概念が
必要となります。
まず,Grassmann数が1変数ξしか存在しない場合を考察します。
Grassmann数は自分自身とも反可換ですから,ξ2=0です。
それ故,ξの2次以上の量は全てゼロなのでξの任意の
連続関数f(ξ)はξの1次式ですから,
f0,f1を通常の複素数として,f(ξ)=f0+f1ξと
表わされます。
Grassmann数の積分を定義するに当たっては,次の2つの性質
が成立することを要求します。
(ⅰ)線型性: a,bを任意の複素数とすると,
∫dξ[af(ξ)+bg(ξ)]
=a∫dξf(ξ)+b∫dξg(ξ)
(ⅱ)部分積分可能性: ∫dξ[∂f(ξ)/∂ξ] =0
この2番目の条件は定積分の端点では消えるという通常の関数
の部分積分の性質と同じであることの要求です。
次に,∫dξ[∂f(ξ)/∂ξ] =0 にf(ξ)=f0+f1ξを
代入します。
∂f(ξ)/∂ξ=f0より,線型性から∫dξf0=f0∫dξ1=0
ですから∫dξ1=0 です。
そこで∫dξf(ξ)=f1∫dξξです。
定積分した結果は定数ですから,∫dξξもある定数です。
この定数を1とする規約を採用します。
結局,∫dξξ=1,∫dξ1=0 です。
この結果は積分∫dξと微分(∂/∂ξ)が同じ結果をもたらすこと
を示しています。
ここでaを普通の数として積分変数の置換:ξ'=aξ
を考えます。
この変換のJacobianをJとしてdξ=Jdξ'とすると,
∫dξ(aξ)=∫Jdξ'ξ'=1が成立しなければなりません。
∫dξ'ξ'=∫dξξ=1なので,J=a:
すなわち,dξ=ad(aξ)です。
これは,通常の積分測度の変換と比べてJacobianが逆数で出現
することを示しています。
しかし,前述したように ∫dξ,および,∫dξ'をそれぞれ,
微分(∂/∂ξ),および,(∂/∂ξ')と同一視するなら普通の
変換則です。
次に,N個のGrassmann変数 ξj(j=1,..,N)がある場合を
考えます。
この場合も積分を∫dξjξj=1,∫dξj1=0 で定義します。
さらに, ξj同士や積分記号dξj同士,そして, ξjとdξj
は全て反可換とします。
これは反交換子記号{A , B}≡AB+BAを用いると,
{ξi,ξj}={ξi,dξj}={dξi,di+f}=0 と
書けます。
そして,これら積分演算∫dξjは,再び,微分演算(∂/∂ξj)
に同等です。
N変数 ξ=(ξj,.., ξN)の関数f(ξ)=f(ξj,.., ξN)
は一般に,f(ξ)=f0+f1iξi+f2(i,j()ξiξj+..
+fNξNξN-1..ξ2ξ1と展開できますが,N重積分は右辺最後
の項の係数を取り出します。
つまり,∫dNξf(ξ)=fNです。
ただし,dNξ=dξ1dξ2..dξNです。
変数置換 ξ'=Aξ (ξ'j=Ajkξk)に対して
dNξ=JdNξ'とすると,
f(ξ')=f0+f1iξ'i+f2(i,j()ξ'iξ'j+..
+fNξ'N..ξ'1であって,
∫dNξf(ξ)=∫JdNξ'f(ξ')=fNですが,
fNξ'N..ξ'1=Σ(iN..i1)[(ANiN..A1i1)fNξiN..ξi1]
=(detA)fNξN..ξ1
となります。
つまりξ → ξ'=Aξfなる線型変換で最後の係数は
fN → (detA)fN と変換されるわけです。
一方,dNξ=JdNξ'と仮定したので,
fN=∫dNξ'f(ξ')=∫J-1dNξf(Aξ)
=J-1(detA)fN を得ます。
それ故,J-1(detA)=1,すなわち,J=detAと結論されます。
∫dNξ((detA)f(Aξ)=∫dNξf(ξ)ですから,
Grassmann数の関数では.通常の数の関数の置換積分とは,
積分変数の係数の構造が逆数の関係になることがわかります。
こうした特殊な性質で定義したGrassmann数の定積分では変数
を定数だけずらす平行移動変換に対し,積分値は不変であること
を容易に示すことができます。
1つの定Grassmann数ベクトルをdとすると,∫dNξf(ξ+d)
=∫NξN+dN)..(ξ1+d1)=fN=∫dNξf(ξ)
特に断わらなかったのですが,ここまでのGrassmann数ξjは実数
に対応する実rassmann数を想定していました。
複素Grassmann数ψj(j=1,..,N)および,その共役ψ*jを,
形式的に2つの実Grassmann数ξi,ηiから,ψj=ξj+iηj,
および,ψ*j=ξj-iηjと定義します。
この複素Grassmann数による積分を,
∫dψjψj=1, ∫dψ*jψ*j=1,その他はゼロと定義します。
つまり, ∫dψjψk=1, ∫dψ*jψ*k=δjk,かつ,
∫dψjψ*k=∫dψ*jψk=0 と定義するわけです。
これは,ここまでの実Grassmann数による積分の定義と矛盾しません。
(※注7):任意の複素Grassmann数ψに対して,∫dψψ=1と定める
なら,ψにψ*を代入すると∫dψ*ψ*=1が得られます。
また,ξ,ηを実Grassmann数としてψ=ξ+iηと表わすなら,η
がゼロでψが実Grassmann数 ψ=ξのとき,∫dψψ=1は
∫dξξ=1を意味します。
そして,積分変数がξの場合はiηは単なる定数であり,積分
の平行移動不変性における座標の変位を虚数iηに拡張すれば
∫dξξ=∫dξ(ξ+iη)=1となるはずです。
さらにdψ=d(ξ+iη)なる変数変換でもξからの変数変換
ではJ=1でdψ=dξであり∫dψξ=∫dξξ=1です。
ηからの変数変換でも∫d(iη)(iη)=1 です。
いずれにしろ∫dψψ=∫d(ξ+iη)( ξ+iη)=1で
実Grassmann数の積分の定義と矛盾しません。
(注7終わり※)
以下では,一般にギリシャ文字ξ,η等を実Grassmann数に限らず
複素Grassmann数としても使用します。
次に,経路積分等への応用に有用なGrassmann数におけるδ関数
とGauss積分の公式について記述します。
まず,∫dξδ(ξ-ξ0)f(ξ)=f(ξ0)を満たすδ関数を
δ(ξ)=ξと定義します。実際,f(ξ)=f0+f1ξと書いて
これとδ(ξ-ξ0)=ξ-ξ0を代入すれば,
∫dξδ(ξ-ξ0)f(ξ)=∫dξ(ξ-ξ0)( f0+f1ξ)
=f0+f1ξ0=f(ξ0) となります。
すると,通常のδ関数に関する公式:
∫dxexp(ipx)=2πδ(p)によく似た公式:
∫dξexp(ξη)=δ(η)が成立します。
(※:何故なら,exp(ξη)=1+ξηなので,
∫dξexp(ξη)=∫dξ(1+ξη)=η=δ(η)
となるからです。※)
次に,ξ,ηをGrassmann数のN次元列ベクトル,Aを普通の
(Grassmann偶の)N×N行列とするとき,次のGauss積分の公式
が成立します。
すなわち,∫dηdξexp(ξTAη)=detA です。ただし,
dηdξ=(dη1dξ1)(dη2dξ2)..(dηNdξN)
=(dηNdηN-1..dη2dη1)(dξ1dξ2..dξN-1dξN) です。
(※ 何故なら,偶数個の交換では全体の符号は変わらないので.
(dη1dξ1)(dη2dξ2).. )..(dηN-1dξN-1)(dηNdξN)
=dηN(dη1dξ1)(dη2dξ2)..(dηN-1dξN-1)dξN
=dηNdηN-1(dη1dξ1)(dη2dξ2)..(dηN-2dξN-2)
dξN-1dξN=..
=(dηNdηN-1..dη2dη1)(dξ1dξ2..dξN-1dξN)
を得ます。※)
(Gaussの公式の証明)
ζ=Aηと変数変換すると,exp(ξTAη)=exp(ξTζ)であり,
また,dη=d(A-1ζ)=(detA)dηζなので,
∫dηdξexp(ξTAη)=(detA)∫dζdξexp(ξTζ)
です。
一方,exp(ξTζ)
=Σm=0∞(1/m!)(ξ1ζ1+ξ2ζ2+..+ξNζN)mと展開され
ますが,
dζdξ=(dζ1dξ1)(dζ2dξ2)..(dζNdξN)
=(dζNdζN-1..dζ2dζ1)(dξ1dξ2..dξN-1dξN)
による2N重積分で効くのは,項:
(1/N!)(ξ1ζ1+ξ2ζ2+..+ξNζN)Nに含まれる異なる
全てのjのξjζ(j=1,2,..N)の1次の項の積のみです。
すなわち,(ξ1ζ1+ξ2ζ2+..+ξNζN)N!の展開項のうち,
(ξ1ζ1)(ξ2ζ2)..(ξNζN),および,これの2個ずつ順序を
変えた全ての順列に対応する講のみが積分でゼロでない値
を取ります。
しかも2個ずつの順序交換では全体の符号は変化しませんから
結局,N!個の同じ(ξ1ζ1)(ξ2ζ2)..(ξNζN)のみを得ますが,
これは係数:(1/N!)と相殺してトタルの係数は1です。
そして,∫dζdξ(ξ1ζ1)(ξ2ζ2)..(ξNζN)=1
ですから,∫dζdξexp(ξTζ)=1です。
したがって,∫dηdξexp(ξTAη)
=(detA)∫dζdξexp(ξTζ)=detA が得られました。
(証明終わり)
Gauss積分の公式:∫dηdξexp(ξTAη)=detAの導出
においてはξjが実Grassmann数でも複素Grassmann数でも同じ
∫dξjξj=1,∫dξj1=0 なる積分規則のみを使用したので
この公式はξ,ηが実であるか否かに関わらず成立します。
したがって,一般にψを複素列ベクトルとして,
∫dψdψ*exp(ψ+Aψ)=detAです。
今日は,きりがいいのでこれで終わります。
Grassmann数というのは冪零(ベキレイ),特に2乗してもゼロと
いうことで絶対値のようなゼロでない大きさを持たないため,数
とは思えない不思議な実体であり,その演算には通常の数の演算
の常識では想像できない性質があるので苦労します。
遷移振幅,Green関数等を評価計算する経路積分では,Gauss積分
の公式,∫-∞∞dxexp(-ax2)=(π/a)1/2とその複素数への
拡張が重要ですから,Fermion場のような反交換する量に対する
Gauss積分公式の導出がGrassmann数導入の一応の目的でした。
(参考文献):九後汰一郎 著「ゲージ場の量子論Ⅰ」(培風館)
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コメント
解析入門Ⅰの2ページ目の
(R10)1≠0(0以外の元の存在)
というものの意味はなんですか?詳しく教えてください。お願いします。
投稿: さとし | 2015年4月18日 (土) 17時01分
お久しぶりです。今まで妹が課題でパソコンを使っていたのでめーるができませんでした。呑みの件はどうなさいますか?奢ってもらえる日を楽しみにしております。中々メールも見れないので、ちょくちょく見るようにします。
投稿: ヨッシー | 2015年4月 9日 (木) 09時31分