ゲージ場の量子論から(その1)(経路積分と摂動論 12)
「ゲージ場の量子論から(経路積分と摂動論)の続きです。
Fermionのコヒーレント(coherent:可干渉)状態というテーマ
からです。これはFermion場の固有状態を意味します。
時空座標xに依存し正準反交換関係に従う場の演算子:ψ(x)
という一般的Dirac場の考察に入る前に,場の演算子の固有値と
してのGrssmann数の性質を考察するため,
インデックス(添字)である座標xを省略し,単純な反交換関係:
{ψ,ψ+}=1,{ψ,ψ}={ψ+,ψ+}=0 に従う簡単な構造
の演算子 ψ,ψ+を考えます。
ψを粒子,またはエネルギーの消滅演算子,ψ+を生成演算子と
みなし,粒子の無い状態,またはエネルギー最低状態を意味する
真空を|0>,粒子,またはエネルギー量子が1個存在する状態を
|1>とします。
こうしたDirac粒子の場合,ψ|0>=0, |1>=ψ+|0>で,{ψ+,ψ+}=0
なので,ψ+|1>=0 ですから,粒子が2個以上存在する状態は
存在しません。
このように定義されたψについて,ψ|ψ>=ψ|ψ>を満たす
演算子:ψの固有状態をコヒーレント状態と呼びます。
このとき,ψ|ψ>=ψ|ψ>より,このコヒーレント状態は,
|ψ>=|0>-ψ|1>=exp(-ψ ψ+)|0>
と表わすことができます。
(※注8):何故なら,固有値ψはGrassmann 数のはずですから,
|ψ>が|0>と同じくGrassmann 偶の状態としa,bを普通の数
として,|ψ>=a|0>+bψ|1>と展開できます。
よって,ψ|ψ>=0+bψψ|1>=-bψψψ+|0>
=-bψ{ψ, ψ+}|0>=-bψ|0> です。
他方, ψ|ψ>=aψ|0>+bψ2|1>=aψ|0> です。
そこで,ψ|ψ>=ψ|ψ>は,-bψ|0>=aψ|0>を意味
します。故に,b=-aであり,|ψ>は|ψ>=a(|0>-ψ|1>)
と表わされます。
a=1と規格化すれば,結局,|ψ>=|0>-ψ|1>を得ます。
一方,exp(-ψ ψ+)|0>=(1-ψ ψ+)|0>=|0>-ψ|1>
です。
以上から,|ψ>=|0>-ψ|1>=exp(-ψ ψ+)|0>を得ました。
(注8終わり※)
さて,固有値 ψはGrassmann 数で,演算子ψ,ψ+の双方と反交換
します。 また,真空 |0>がGrassmann 偶なので,|1>=ψ+|0>
はGrassmann 奇です。
それ故,ψ|1>=ψψ+|0>=-ψ+|0>ψ,
つまり,ψ|1>=-|1>ψ を得ます。
Graassmann数同士の積やGrassmann 数と反可換な演算子の積の
複素共役を取る場合,X,YをGraassmann数,または反可換演算子
として,(XY)*=Y*X*=-X*Y*なる規則に従うことも
わかります。
(※注9):何故なら,ξ,ηを実Grassmann数としてX=ξ+iηと
すればX*=ξ-iηでありX*X=ξ2+η2+i(ξη-ηξ)
です。
普通の数なら,ξη-ηξ=0 で,X*X=ξ2+η2はXの謂わゆる
絶対値と呼ばれる実数です。
しかし,今はξ ,ηが実Grassmann数なのでξ2=η2=0 であって,
一般に,X*X=i(ξη-ηξ)≠0 です。
ここで,少なくともX*Xは実数であるという条件を課すと,
(X*X) *=X*X,つまり,-i(ξη-ηξ)*=i(ξη-ηξ),
または,(ξη-ηξ)*=-(ξη-ηξ) です。
すなわち,実Grassmann数の積は純虚数のように,
(ξη)*=-ξη なる性質を有することがわかります。
これは,ξ*=ξ,η*=ηなので,(ξη)*=-ξ*η*=η*ξ*
とも書けますが,複素Grassmann数に自然に拡張すれば
(XY)*=Y*X* です。 (注9終わり※)
そもそも,X,YがGrassmann数でなくただの数なら
(XY)*=Y*X*の右辺のY*X*はX*Y*も等しく,
(XY)*=Y*X*という表現式に何らの新しい意味はない
のですが,反可換なGrassmann 数なら積の順序に決定的意味
があります。
そこで,ψ|ψ>=ψ|ψ>の共役を取ると,
<ψ|ψ+=<ψ|ψ*であり,
<ψ|=<0|-<1|ψ*=<0|exp(-ψ ψ+)です。
そこで2つのコヒーレント状態 |ψ>=|0>-ψ|1>と.
|ψ'>=|0>-ψ'|1> の内積は,
<ψ|ψ'>=<0|0>+<1|ψexp(ψ*ψ')ψ'|1>
=1+ψ*ψ'= exp(ψ*ψ') となります。
それ故,コヒーレント状態を用いた完全性条件は,
∫dψ*dψ|ψ>exp(-ψ*ψ)<ψ|=1 となります。
(※注10):完全性というのは,ある演算子ΛのΛ|λ>=λ|λ>で
与えられる固有ベクトルの系: {|λ>}によって,任意の状態ベクトル
|φ>が|φ>=ΣλCλ|λ>と展開可能であることをいいますが,
特に<λ|λ'>=δλλ'と,固有系が正規直交化されている場合
には,展開係数はCλ=<λ|φ>と書けるので,
|φ>=Σλ|λ><λ|φ>と表わされるため,
Σλ|λ><λ|を演算子とみなすと,Σλ|λ><λ|=1なる等式
が成立し,これを完全性条件と呼ぶのでした。
もしも,Λの固有値 λが連続固有値であり,固有状態の正規直交性
が<λ|λ'>=δ(λ-λ') で与えられるケースには,展開は,
|φ>=∫dλ|λ><λ|φ>という形となるので,
完全性条件は,∫dλ|λ><λ|=1 で与えられます。
コヒーレント状態による展開も,
|φ>=∫dψ|ψ><ψ|φ>となるなら上と同じ話なのですが,
状態の規格化が<ψ|ψ'>= exp(ψ*ψ')であって,正規直交的
ではないため上記の手順の論法ではうまくいきません。
しかし,実際には任意ベクトル|φ>は,正規直交性を満たす|0>
と|1>だけで展開可能なので,|0>と|1>による展開では,
完全性条件:|0><0|+|1><1|=1 が満たされます。
コヒーレント状態)|ψ>による展開を,その展開係数をF(ψ)と書き
|φ>=∫dψ*dψ|ψ>F(ψ) なる形と想定します。
これに,左から<ψ'|=<0|+<1|ψ'* を掛けると,
<ψ'|φ>=∫dψ*dψ<ψ'|ψ>F(ψ)
=∫dψ*dψ exp(ψ'*ψ)F(ψ)
=∫dψ*dψ(1+ψ'*ψ)F(ψ)ですが,
この積分はψ'*=ψ*のときのみゼロでない値を取ります。
そして,このとき,<ψ|φ>=exp(ψ*ψ)F(ψ)
つまり,F(ψ)=exp(-ψ*ψ)<ψ|φ>です。
これを,|φ>=∫dψ*dψ|ψ>F(ψ)に代入すると,
|φ>=∫dψ*dψ{|ψ>exp(-ψ*ψ)<ψ|φ>となるため,
完全性条件として,
∫dψ*dψ{|ψ>exp(-ψ*ψ)<ψ|=1を得ます。 (注10終わり)
また,任意の演算子Oのトレース(対角和)を取る演算に対して,
TrO=<0|O|0>+<1|O|1>
=∫dψ*dψexp(ψ*ψ)<ψ|O|ψ>なる興味深い公式
も得られます。
(※ 実際,
∫dψ*dψ(1+ψ*ψ)(<0|+<1|ψ*)O(|0>+ψ|1>)
=∫dψ*dψ(ψ*ψ<0|O|0>+<1|ψ*Oψ|1>)
=<0|O|0>+<1|O|1> です。※)
このことが,統計物理学の有限温度系の分配関数:Tr[exp(-βH)]
の評価に経路積分を応用する際,Fermion場が虚時間τ=itの
方向にβだけ進んだとき,ψ(τ+β)=-ψ(τ)のように反周期的
であるべきということの根拠を与えます。
ここまでは,時空座標xなどの添字を省略した形の自由度1の場
ψ,ψで論じてきましたが,
多自由度系でも,例えば離散的添字aがある場合なら,
ψ*ψ=Σaψa*ψa,ψψ+=Σaψaψa+,
dψ*dψ=Πadψa*dψaのように,
自由度の添字aを補うだけでそのまま論議は成立します。
さて,Dirac場の経路積分を表現するというテーマに入ります。
すなわち,やっと反交換関係に従う場のGrassmann数の固有値の演算
について準備 が完了したので,
具体的にLagragian密度Lが,
L(ψ+,ψ,Aμ)=ψ~(x)(i∂μ∂μ-m-eγμAμ)ψ(x)
(ただし,ψ~(x)=ψ+(x)γ0)で与えられるDirac場:
ψ(x)=ψ(x,t)の遷移振幅に対する経路積分の表式を
求めるという本題に入ります。
ここで,Aμ(x)は今のところ,光子の場(=演算子)Aμ(x)では
なく外からかけられた電磁場(外場=c数)としておきます。
空間座標xを自由度の添字とみなし,[ψ(x,t)]xを列ベクトル,
[ψ+(x,t)]xを行ベクトルと解釈して, これらを,それぞれ,
Ψ(t),Ψ+(t)と記すことにすれば,
系のHamiltonian H(t)は,
H(t)=H(Ψ(t),Ψ+(t),t)≡Ψ+(t)M(t)Ψ(t)
と書けます。
ただし,右辺の超行列の積は,
Ψ+(t)M(t)Ψ(t)∫d3y[ψ+(x,t)]x[M(t)]x,y[ψ(y,t)]y
で定義されます。
真ん中に挟んだ超行列:M(t)は,今の場合,
[M(t)]x,y≡[-α{∇x-ieA(x,t)}+mβ-eA0(x,t)]
×δ3(x-y) です。
ここで,4×4行列:β,αは,γ0= β,γ=βαで定義されます。
そこで,β2=1より,逆に,β=γ0,α=βγです。
時刻tにおけるHeisenberg演算子 ψ(x,t)の固有状態
|ψ,t>を,ψ(x,t)|ψ,t>=ψ(x)|ψ,t>を満たす状態
であるとすれば,これはBosonの系と同じく,時刻tに粒子が固有状態
ψにある状態と解釈されます。
以前のBoson系と同じく,ψ(x)=ψ(x,0)をSchroedinger表示
の場の演算子として,その固有状態 |ψ>をψ(x)|ψ>=ψ|ψ>
なる状態として与えると,
|ψ,t>=exp(-iHt)|ψ> です。
そして,時刻tIからtFへの,遷移振幅 <ΨF,tF|ΨI,tI>
を前と同様,時刻tを細かく分割して,各時刻において完全系(=1)
を挿入して次のように書きます。
すなわち,<ΨF,tF|ΨI,tI>
=∫..∫Πj=1N{dψ*jdψj {<Ψj+1,tj+1|Ψj,tj>
exp(-Ψj+ψj)}<Ψ1,t1|Ψ0,t0> です。
ただし,時刻の分割は,tI=t0=<t1<.. tN<tN+1=tF
であり,対応して,Ψ0=ΨI,Ψ1,..,ΨN,ΨN+1=ΨFとします。
分割数Nを十分大きく取ると, Δt ~ 0であり
<Ψj+1,tj+1|Ψj,tj>
=<ψj+1,tj|(1-iΔtH(tj)|Ψj,tj>
=[1-iΔtΨ+j+1M(tj)Ψj]<Ψj+1,tj|Ψj,tj>
=exp{Ψ+j+1Ψj-iΔtΨ+j+1M(tj)Ψj} です。
(※ 何故なら,ψが自由度1の場:ψ(x,t)の固有値で自由度1
のGrassmann数の場合の公式:
<ψ|ψ'>=<0|0>+<1|ψexp(ψ*ψ')ψ'|1>
=1+ψ*ψ'= exp(ψ*ψ') より,
Ψが列ベクトルΨ(t)=[ψ(x,t)]xの固有値である場合
は,<Ψ|Ψ'>=1+Ψ+Ψ'= exp(Ψ+Ψ')ですから,
<Ψj+1,tj|Ψj,tj>=1+Ψj+1+Ψj であり,
(1-iΔtΨ+j+1M(tj)Ψj)(1+Ψj+1+Ψj)
=1+Ψj+1+Ψj-1-iΔtΨ+j+1M(tj)Ψj)
=exp{ψ+j+1ψj-iΔtΨ+j+1M(tj)Ψj} となるからです。※)
<Ψj+1,tj+1|Ψj,tj>=exp{Ψ+j+1Ψj-iΔtΨ+j+1M(tj)Ψj}
を,<ΨF,tF|ΨI,tI>
=∫..∫Πj=1N{dΨ+jdΨj {<ψj+1,tj+1|Ψj,tj>
exp(-Ψj*Ψj)}<Ψ1,t1|Ψ0,t0> に代入すると,
H(t)=H(Ψ+(t),Ψ (t);t)≡Ψ+(t)M(t)Ψ(t)なので,
<ΨF,tF|ΨI,tI>
=∫..∫Πj=1N{dΨ+jdΨj exp(-ψN+1+ψN)
×exp{ψ+j+1ψj-iΔtΨ+j+1M(tj)Ψj}exp(-Ψj+Ψj)}
=∫..∫Πj=1N{(dΨ+jdΨj )exp(-ΨN+1+ψN)}
×exp[Σj=0N[-Ψ+j+1(Ψj+1-Ψj)-iΔtH(Ψ+j+1,Ψj,tj)]
となります。
右辺の(Ψj+1-Ψj)をΨj+1-Ψj=Δt(∂Ψj/∂t)=Δt∂0Ψj
と書き直すと,-Ψ+j+1(Ψj+1-Ψj)=(iΔt)(iΨj+1~γ0∂0Ψj)
ですから,
-Ψ+j+1(Ψj+1-Ψj)-iΔtH(Ψ+j+1,Ψj,tj)
=(iΔt)[iΨj+1~γ0∂0Ψ-H(Ψ+j+1,Ψj,tj)]
=(iΔt)L(Ψj+1~,Ψj+1,Aμ(tj ))
=∫d3xL(Ψ+j+1(x),Ψj(x),Aμ(x,tj)) です。
それ故,
Σj=0N[-Ψ+j+1(Ψj+1-Ψj)-iΔtH(Ψ+j+1,Ψj,tj)]
=Σj=0N[iΔtΨ∫d3xL(Ψ+j+1(x),Ψj(x),Aμ(x,tj))
したがって,
<ΨF,tF|ΨI,tI>
=∫..∫DΨ+DΨ
exp[i∫tItFd4xd3xL(Ψ+(x),Ψ(x),Aμ(x))
を得ます。
ここでは,例として電磁場Aμ(x))を外場として入れましたが,
これはスカラー場でも何でもよく外場である必要はありません。
今日はここまでにします。
(参考文献):九後汰一郎 著「ゲージ場の量子論Ⅰ」(培風館)
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