弱い相互作用の旧理論(5)(Fermi理論)
弱い相互作用の旧理論の続きです。
前回の最後ではβ崩壊において,核子の反跳が小さいときの
不変振幅M の近似式:
M ~ (up+un)[CS{ue~(pe)(1+αSγ5)vν(pν)}
+CV{ue~(pe)(1+αVγ5)γ0vν(pν)}]
+(up+σun)[2CT{ue~(pe)(1+αTγ5)Σvν(pν)}
+CA{ue~(pe)(1+αAγ5)γ5γvν(pν)}]
においてγ5の係数 αiの値が全て+1に決まり,Mが
M ~ (up+un)[CS{ue~(pe)(1+γ5)vν(pν)}
+CV{ue~(pe)(1+γ5) γ0vν(pν)}]
+(up+σun)[2CT{ue~(pe)(1+γ5)Σvν(pν)}
+CA{ue~(pe)(1+γ5)γ5γvν(pν)}]
のように簡単になるとわかったところからの続きです。
今日は,残る係数CS,CV,CT,CAを決定する作業に向かいます。
再び,β崩壊の行列要素Sfi(e-) を書き下すところから始めます。
Sfi(e-)=(2π)-6{mpmnme/(2Eν~EpEnEe)}1/2
×(2π)4δ4(pe+pν~+Pp-Pn)M です。
崩壊の微分断面積を与える遷移率は,これから得られる
|Sfi(e-)|2/(VT)に比例しますから,M の絶対値を平方して
終状態粒子のスピンについて総和を取り,始状態粒子非偏極
のときはそのスピンについて平均する必要があります。
このとき,非偏極の核子p,nに対してはFermi遷移(S,V)と,
Gamow-Teller遷移(A,T)の間に干渉項はないことがわかります。
※(注5-1):Fermi遷移とGamow-Teller遷移の間の干渉項が無い
ことを証明します。
まず,上に与えたMの式のFermi項の(up+un)の係数を,
F=[CS{ue~(pe)(1+γ5)vν(pν)}
+CV{ue~(pe)(1+γ5)γ0vν(pν)}],
Gamow-Teller項の(up+σun)の係数を,
G=[2CT{ue~(pe)(1+γ5)Σvν(pν)}
+CA{ue~(pe)(1+γ5)γ5γvν(pν)}]
と置けば,M=(up+un)F+(up+σun)G です。
そこで,
|M)|2 ∝ ΣSp,Sn|(up+un)F+(up+σun)G|2
=ΣSp,Sn[|(up+un)| 2|F|2+|(up+σun)|2|G|2
+(up+un)(up+σun)*FG*+(up+σun)(up+un)*GF*]
と書けます。
この右辺の第3,4項がFとGの干渉項です。
β崩壊する前の始状態の中性子nが非偏極で,これのスピン平均を取るだけでなく,終状態のp,e,ν~のスピンについても総和すれば,
|M)|2 ∝ ΣSp,SnΣse,sν~|(up+un)F+(up+σun)G|2
ですが,FとGの干渉項は,
ΣSp,Sn(up+un)(up+σun)Σse,sν*FG*
+ΣSp,Sn(up+σun)(up+un)*Σse,sνGF*
です。
この干渉項第3項,および,第4項のFG*の係数:
(up+un)(up+σun)*,および,GF*の係数:
(up+σun)(up+un)*の双方において,
(up+un)≠0となるのは,核子の反跳が無視できる非相対論的
極限の核子の2成分スピノルではSp,=Snのときのみです。
しかし,実は後で気づいたのですが,このこととは関係なく,
中性子nの静止系でのスピン部分は,spin-upのun=[1.0]T
でも,spin-downのun=[0,1]TでもPauliのスピン行列の表示
では,σ1un=σ2un=0 です。
また, spin-upの[1.0]T,なら,σ3un=+un,より,
(up+σ3un)=(up+un)であり,spin-downの[0,1]T
なら,σ3un=-un,より,(up+σ3un)=-(up+un)
です。
これらは干渉項のFG*,GF*の係数がゼロであることを
意味するので,結局,Fermi項とGamow-Teller項の干渉は無
いことが示されました。
(注5-1終わり)※
さらに,同じ
M ~ (up+un)[CS{ue~(pe)(1+γ5)vν(pν)}
+CV{ue~(pe)(1+γ5) γ0vν(pν)}]
+(up+σun)[2CT{ue~(pe)(1+γ5)Σvν(pν)}
+CA{ue~(pe)(1+γ5)γ5γvν(pν)}] において,
SとV,あるいはAとTの間にも干渉項はありません。
何故なら,これらは異なる反ニュートリノの状態へと
導くからです。
すなわち,因子(1+γ5)を順序を交換させて最も右の
反ニュートリノ波動関数(負エネルギーニュートリノ
波動関数):vν(pν)のすぐ左まで移動させたとき,
SとTでは(1+γ5)のままなので,この遷移は左巻きの
反ニュートリノ(=右巻きの負エネルギーニュートリノ):
vνLH(pν)=|(1+γ5)/2}vνLH(pν) へと導きます。
これに対して,VとAでは(1+γ5)から(1-γ5)に変わる
ため,遷移は右巻きの反ニュートリノへと導くわけです。
こうして,SとVの間にもAとTの間にも干渉が無いことは,
先に 「弱い相互作用の旧理論(3)」で実験からもそれが無いこと
が確認されているFielz項というものが無いことを意味します。
※(注5-2):「弱い相互作用の旧理論(3)」では,β崩壊の
S行列要素が,次のように与えられると仮定しました。,
Sfi(e-)=-iΣαβγδ=1 4∫d4x1..d4x4
Ψα(p)+(x1)Ψβ(n) (x2)Ψγ(e)+(x3)Ψα(ν) (x4)
×Fαβγδ(x1,..,.x4)
そして,始状態の中性子が非偏極の場合の遷移率,または
微分断面積に比例する量:|Sfi|2/(VT)は,
始状態のn,終状態のp,e,ν~ のスピンについて総和を取る
とき,波動関数部分は次のようにトレース因子に帰着します。
すなわち,|Sfi|2/(VT) ∝ (2π)4δ4(pe+pν~+Pp-Pn)
(4EeEν)-1 ΣA,BTr(pe+m)ΓApν~ΓB
なる式を得ます。
この式のトレース因子:ΣA,BTr(pe+m)ΓApν~ΓBは
計算すると,
ΣA,BTr(pe+m)ΓApν~ΓB
=AEν~+BEeEν~+CEeEν~βep^ν~
なる一般形を持つことがわかります。
ただし,A,B,Cは定数です。
(※何故なら,ΣA,BTr(pe+me)ΓApν~ΓB
=ΣA,BTrpeΓApν~ΓB+mΣA,BTrΓApν~ΓB
において,
右辺第2項:meΣA,BTrΓApν~ΓBは明らかに
pν~に比例しますが,pν~0=Eν~,より特にpνに平行な方向
をz軸(3軸)に採用すればpν~=Eν~(γ0-γ3)ですから,
一般にこれはEν~に比例します。
一方,右辺の第1項:ΣA,BTrpeΓApν~ΓBはpepν~の
スカラー積やpeμpν~νaμνのような係数がつく形なので.
EeEν~に比例する項 とpepν~に比例する項に分割される
からです。 ※)
そこで,始状態:|i>から終状態:|f>への遷移率として,
|Sfi|2/(VT) ∝ (A/Ee+B+Cβep^ν~)
×(2π)4δ4(pe+pν~+Pp-Pn)
なる表式を得ました。
これに基づき, 終状態:|f>=|pe,pν,Pp>に対する
位相空間因子:d3pe, d3pν~,d3Ppを掛けて陽子と
ニュートリノの運動量Ppとpν~にわたって積分すると,
中性子nのβ崩壊における電子eのスペクトル分布
を見出すことができます。
特に,ニュートリノの運動量にわたる積分では,
d3pν~=|pν~|2d|pν~|dΩν~=Eν~2dEν~dΩν
であり,p^ν~を含む項は奇関数なので積分の結果ゼロです。
それ故,電子eのスペクトル分布は,
dωe ∝ peEe(Mn-Mp-Ee)2(A/Ee~+B)dEe なる
形になります。
実験によると,自由中性子だけでなく,許される遷移として
知られている広いクラスの原子核のβ崩壊についても電子
スペクトルはこの依存性を持ち,さらにA=0となることが
実験において観測されました。
この(A/Ee~+B)依存性のうち消えるA/Ee項は,Fierz
の干渉項と呼ばれるものの1つです。
(注5^2終わり)※
と「弱い相互作用の旧理論(3)」で書きました。
この内容から,Fielz項:A/Eeは,トレース因子のうちの,
meΣA,BTrΓApν~ΓBなる項によるAEν~に起因している
ことがわかります。
TrΓApν~ΓBは.ΓA,pν,ΓBに合計で奇数個のγ行列因子
が含まれていればゼロですから,
(S,V)の組ではΓAがS(スカラー)でΓBがV(ベクトル),
またはその逆,
(A,T)の組では,ΓA=(1+)AがA(軸性ベクトル)でΓBが
T(テンソル),またはこの逆
のケース以外はこのトレースにゼロでない寄与をしません。
したがって,SとVの間にも,AとTの間にも干渉が無いことは
A=0を意味するわけです。
もしもニュートリノが100%より小さい偏極で放出される
なら,Fielz項が無いことはSかVのどちらか一方,および,
AとTのどちらか一方の項のみが含まれる相互作用の形が
要求されます。
つまり,完全に左回りと決まらないときは(1+γ5)(1-γ5)=0
が効かないので,SとV,AとTの項は消えるとは限らないので
A=0となるためには,SかV,AかTのそれぞれ,どちらかの
寄与がゼロと考える他にはありません。
※(注5-3):すぐ前に述べたように,
A/EeのFielz項はTrΓApν~ΓBに起因し.(S,V)の組では
ΓAがSでΓBがV,またはその逆,(A,T)の組では,ΓAがAで
ΓBがT,またはこの逆のみがこれに寄与します。
ただし,ΓAがSでΓBがVとはΓA=(1+γ5)1,ΓB=(1+γ5)γλ
を意味するので.ΓApν~ΓB=2(1+γ5)γλpν~,となります。
また,ΓAがAでΓBがTとはΓA=(1+γ5)γ5γλ,ΓB=(1-γ5)σρτ
を意味するのでΓApν~ΓB=2(1+γ5)γλσρτpν~となります。
ところが,ニュートリノの波動関数~が完全に左巻きなら,それ
に由来するpνは左巻き反ニュートリノなので.これは
pν=(1+γ5)pν/2を満たします。
この場合,2(1+γ5)γλpν~=2(1+γ5)γλ(1+γ5)pν~/2
=(1+γ5)(1-γ5)γλpν~=0 で,かつ,
2(1+γ5)γλσρτpν~=2(1+γ5)γλσρτ(1+γ5)pν~/2
=(1+γ5)(1-γ5) γλσρτpν~,=0 となり,
そもそも|M|2に寄与するFielz項は存在しません。
それ故,ニュートリノが完全に左巻きではないのにA=0になる
のは,(S,V)の組ではS,Vのどちらかがゼロ,(A,T)の組では
A,Tのどちらかがゼロである場合しかありません。
(注5-3終わり)※
しかし,今のところ,
M = (up+un)[CS{ue~(pe)(1+γ5)vν(pν)}
+CV{ue~(pe)(1+γ5) γ0vν(pν)}]
+(up+σun)[2CT{ue~(pe)(1+γ5)Σvν(pν)}
+CA{ue~(pe)(1+γ5)γ5γvν(pν)}]
にはS,V,A,Tの4種類の項全てが現われるとしていて,
これらのどれを否定するか?の根拠はありません。
そこで, |Sfi|2/(VT) ∝ (A/Ee+B+Cβep^ν~)
(2π)4δ4(pe+pν~+Pp-Pn)における係数Cを測定する
実験を行ない,それによってCS,CV,CA,CTのより多くの情報
を得ること(=電子-反ニュートリノの角創刊関係を見ること)を
考える必要があります。
例えば,SとVの寄与のみを含む純粋Fermi遷移を考察します。
電子と反ニュートリノのスピン変数にわたって和を取ると電子
に相対的に出現する反ニュートリノの角分布として次式を得ます。
NFermi(θ) ∝ Tr[(pe+me)(1+γ5)(CS+γ0CV)pν~
(CS*+γ0CV*)(1-γ5)]
=8EeEν~[|CS|2(1-βecosθ)+|CV|2(1+βecosθ)]
ただし,θは電子と反ニュートリノのなす角です。
この式の導出の詳細は次回にまわして,今日はここで終わります。
(参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell”Relativistic QantumMechanics”(McGrawHill)
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