弱い相互作用の旧理論(6)(Fermi理論)
弱い相互作用の旧理論の続きです。
前回記事の最後の部分では次のように述べました。(※)
今のところ,
M = (up+un)[CS{ue~(pe)(1+γ5)vν(pν)
+CV{ue~(pe)(1+γ5) γ0vν(pν)}]
+(up+σun)[2CT{ue~(pe)(1+γ5)Σvν(pν)}
+CA{ue~(pe)(1+γ5)γ5γvν(pν)}]
には,S,V,A,Tの4種類の項全てが現われるとしていて,
これらのどれを否定するか?の根拠はありません。
そこで,崩壊率を示す量の一般形:
|Sfi|2/(VT) ∝ (A/Ee+B+Cβep^ν~)
×(2π)4δ4(pe+pν~+Pp-Pn)
における係数Cを測定する実験を行ない,それによってCS,CV,
CA,CTのより多くの情報を得ること、(電子-反ニュートリノの
角相関関係を見ること)などを考える必要があります。
例えば,SとVの寄与のみを含む純粋Fermi遷移を考察します。
電子と反ニュートリノのスピン変数にわたって和を取ると電子
に相対的に出現する反ニュートリノの角分布として次式を得ます。
NFermi(θ) ∝ Tr[(pe+me)(1+γ5)
(CS+γ0CV)pν~CS*+γ0CV*)(1-γ5)]
=8EeEν~|CS|2(1-βe(cosθ)+|CV|2(1+βe(cosθ)
ただし,θは電子と反ニュートリノのなす角です。
と書きました。 (※)
今日は,この式が得られる理由を述べる私の注から始めます。
※(注6-1):SとVの寄与のみを含み,AとTが無い場合
のβ崩壊の不変振幅 M は,次のように書けます。
M = (up+un)[CS{u e~(pe)(1+γ5)vν(pν)}
+CV{ue~(pe)(1+γ5) γ0vν(pν)}]
=(up+un)[u e~(pe)(1+γ5)(CS+CVγ0)vν(pν)]
です。
そして,電子に相対的に出現する反ニュートリノの角分布:
NFermi(θ)は,上式の絶対値を平方して,電子と反ニュートリノ
のスピンについて総和したものに比例します。
ところが,
|u e~(pe)(1+γ5)(CS+CVγ0)vν(pν)|2
=[u e~(pe)(1+γ5)(CS+CVγ0)vν(pν)]
×[vν+(pν)(CS*+CV*γ0)(1+γ5) γ0u e(pe)]
=[u
e~(pe)(1+γ5)(CS+CVγ0)vν(pν)]
×[vν~~(pν)(CS*+CV*γ0)(1-γ5)u e(pe)]
です。
故に,Σse,sν~ |u e~(pe)(1+γ5)(CS+CVγ0)vν(pν)|2
=Tr[(pe+me) (1+γ5)(CS+CVγ0)pν~
(CS*+CV*γ0)(1-γ5)] ですが,
既に見たようにS→VやV→Sの遷移は寄与しないことに対応
してCSCV*やCVCS*の項は実際に消えてゼロになることが
わかります。
一方,|CS|2=CSCS*の係数は,
Tr[(pe+me)(1+γ5)pν~(1-γ5)]
=2Tr[(pe+me)(1+γ5)pν~]
=2Tr(pepν~)=8pepν~=8(EeEν=-pepν)
=8EeEν~(1-βecosθ) です。
また,|CV|2=CVCV*の係数は,
Tr[(pe+me)(1+γ5)γ0pν~γ0 (1-γ5)]
=2Tr[(pe+me)(1+γ5)γ0pνγ0]
=2[Tr(peγ0pνγ0~)-Tr(γ5peγ0pνγ0)
=8(pe0pν~0+pe0pν~0-pepν)
-8iεαβγδpeαg0βpν~γg0δ
=8[2EeEν~-(EeEν~-pep)=8(EeEν=+pepν)
=8EeEν~(1+βecosθ)
です。
以上から,
NFermi(θ) ∝ Σse,sν~
|u e~(pe)(1+γ5)(CS+CVγ0)vν(pν)|2
=8EeEν~[|CS|2(1-βecosθ)+|CV|2(1+βecosθ)]
を得ました。 (注6-1終わり)※
さて,Sif=-Sfi*なので,逆β崩壊でも同じ角分布が見出される
はずです。
この分布を決める実験は,A35におけるほとんど純粋なFermi遷移
では逆βでの陽電子(Positron)と反跳核の方向を測ることで実行
され,近似的に(1+βecosθ)に比例する結果が得られました。
つまり,Fermi遷移では,実際に起きるのはV(ベクトル)のみである
ことが示されたわけです。
一方,AとTのみの純粋なGamow-Teller遷移について同様な角分布
を計算すると,これは,
NGT(θ) ∝ EeEν~×[|CA|2{1-(1/3)βecosθ}
+4|CT|2{1+(1/3)βecosθ}] となります、
※(注6-2):純粋なGamow-Teller遷移:つまり,AとTの寄与のみ
を含み,SとVが無いβ崩壊の不変振幅M は,
4×4行列のベクトルΣ=(Σ1,Σ2,Σ2)の定義:
Σk=(1/2)Σijεkijσij=(i/4)Σijεkij[γi,γj]
を用いると,
M = (up+σun)[2CT{ue~(pe)(1+γ5)Σvν(pν)}
+CA{ue~(pe)(1+γ5)γ5γvν(pν)}]
=Σk=13(up+σkun)
×[u e~(pe)(1+γ5){2CT(i/4)Σijεkij[γi,γj]
+CAγk}vν(pν)] と書けます。
電子に相対的に出現する反ニュートリノの角分布:
NGT(θ)は上式の絶対値を平方して,電子と反ニュートリノ
のスピンについて総和したものに比例します。
すなわち,NGT(θ) ∝(1/2)ΣSp,SnΣse,sν~|M |2 です
ここで,MGT=(1/2)ΣSp,Sn(up+σun)と置くと,
NGT(θ)∝(1/2)ΣSp,SnΣk=13 [(MGTMGTk(MGT*k)
×Σsesν~|u e~(pe)(1+γ5){2CT(i/4)Σijεkij[γi,γj]
+CAγk}vν(pν)|2
=Σsesν~Σk,l (MGT kMGT*l)
×([u e~(pe)(1+γ5){2CT(i/4)Σijεkij[γi,γj]
+γkCA}vν(pν)]
×[vν~(pν~)γ0{2CT*(-i/4)Σmnεlmn[γm,γn]
+γlCA*γk}(1-γ5)ue(pe)]} です。
そして,A → TやT → Aの遷移は寄与しないことに対応して
CACT*やCTCA*の項はゼロになることがわかります。
一方,|CA|2=CACA*の係数は,因子(MGT kMGT*l)を
除けば,次のトレース項になります。
すなわち,{1/2m)}Tr [(pe+me) (1+γ5) γkpν~γl(1-γ5)]
=(1/me)Tr[(pe+me) (1+γ5) γkpν~γl] です。
これは,
(1/me){Tr(peγkpν~γl)-Tr(γ5peγkpν~γl)}
=(4/me)(pekpν~l+pelpνk-gklpepν~
-iεαβγδpeαgkβpν~γglδ)
=(4/me)(pekpν~l+pelpνk+δklpepν~
-iεαkγlpeαpν~γ)
となります。
よって,|CA|2=CACA*の係数は,
[(MGTpe)(MGTpν~)+|MGT|2(pepν~)
-iεαkγlpeαpνγMGTkMGT*i]
に比例することがわかります。
そして,
MGTkMGT*l=(1/4){ΣSp,Sn(up+σkun)}
×|ΣSp,Sn(up+σkun)}*
~ (1/2){ΣSp,Sn(up~γ5γkun)(un~γ5γlup)} ={1/(8MN2)} [Tr{(Pp+MN) γ5γk(Pn+MN)γ5γl}]
={1/(8MN2)}{Tr(PpγkPn~γl)-MN2Tr(γkγl)}
={4/(8MN2)}{PpkPnl+PplPnk-gkl(PpPn+MN2))
です。
これを中性子nの静止系:Pn~=(H,0)で計算すると.
PpkPnl+PplPnk=0, PpPn=MNEp なので、
MGT kMGT*l={1/(2MN2)}(MNEp+MN2)δkl
=(1/2)}(1+Ep/MN)δklです。
故に, MGT kMGT*lは,MGT kMGT*l=(1/3)MGT|2δkl
となって,これはδklに比例する形をしています。
このδkl因子を考慮すれば,εαkγl=0 より,
|CA|2の係数は,Σsesν~Σk,l=13 (MGT kMGT*l)
×{1/(2me)}Tr[(pe+me)(1+γ5)γkpν~γl(1-γ5)]}
=Σsesν~Σk,l=13 MGT
kMGT*l
×(4/me)(pekpν~l+pelpνk+δklpepν~
-iεαkγlpeαpν~γ)
=(1/3) sesν~Σk,l=13|MGT|2δkl
×(4/me)(pekpν~l+pelpνk+δklpepν~-iεαkγlpeαpν~γ)
=(1/3)Σsesν~|MGT|2
×(4/me){2pepν~+3(EeEν~-pepν~)}
=(4/me)Σsesν~|MGT|2EeEν~{1-(1/3)βecosθ}
なる結果を得ます。
また,|CT|2=CTCT*の係数は,MGT kMGT*lを除けば,
次のトレース項になります。
(1/4){1/(2me)}ΣijmnTr{(pe+me)(1+γ5)εkijεlmn
[γi,γj]pν~[γm,γn](1-γ5)}
MGT kMGT*lは,MGT kMGT*l=(1/3)|MGT|2δklを掛けて
総和:Σklを取ると,
これは,{1/(12me)}Σijimn(δimδin-δinδjm)
×Tr[(pe+me) (1+γ5)[γi,γj]pν~[γm,γn](1-γ5)]
={1/(6me)}Σij Tr[(pe+me) (1+γ5)
[γi,γj]pν~[γi,γj](1-γ5)]
です。
ΣijTr[(pe+me) (1+γ5)[γi,γj]pν~[γi,γj](1-γ5)]
=ΣijTr(pe[γi,γj]pν~[γi,γj])
-ΣijTr(γ5pe[γi,γj]pν~[γi,γj])
ですが,右辺第2項のΣijTr(γ5pe[γi,γj]pν~[γi,γj])が
ゼロとなることがすぐにわかります。
一方, 第1項はΣijTr(pe[γi,γj]pν~[γi,γj])
=2Σij [Tr(peγiγjpν~γiγj) -Tr(peγjγipν~γjγ)]
=96EeEν~|1+(1/3)βe~cosθ} です。(詳細計算は省略)
したがって,|CT|2の係数は,これに
{1/(6me)}Σise,sν~|MGT|2を掛けて得られるので,
(16/me)Σise,sν~|MGT|2EeEν~|1+(1/3)βecosθ}
です。
よって,A,Tの寄与は,(4/me)Σsesν~|MGT|2EeEν~
,×[|CA|2|1-(1/3)βecosθ}+4,|CT|2|1+(1/3)βecosθ}]
です。 (注6-2終わり)※
NGT(θ) ∝ EeEν~,×[|CA|2|1-(1/3)βecosθ}
+4,|CT|2|1+(1/3)βeGTcosθ}]なる分布式に基づいて
Ne23のβ崩壊のような純粋Gamow-Teller遷移での測定や,
Fermi遷移とGamow-Teller遷移の混合において観測された
他のデータは,|CT/CA|<<1を示しています。
この結果からCT/CA=0 と考えると,結局,
M = (up+un){ue~(pe)CVγ0(1-γ5)vν(pν)}]
+(up+σun){ue~(pe)CAγ(1-γ5)vν(pν)}
が得られます。
かくして,β崩壊に関わる弱い相互作用は,VとAのみで構成
されると結論されます。
そして,β崩壊からは,右巻きの反ニュートリノ
(左巻きニュートリノ)のみが放出されることが示されています。
後は,単にCVとCAの大きさと相対的位相のみが決定さるべき
ものとして残っているのみです。
大きさは中性子nの崩壊率とO14の崩壊における純粋なFermi遷移
の測定から見出されます。
位相はV-Aの混合に敏感な偏極中性子のβ崩壊中の中性子
スピン軸に相対的な電子の角分布の測定から決まります。
これらによる最終結果は次の通りです。
√2CV=(1.015±0.03)×10-5×(1/Mp2)=G
CA=(1.21±0.03)CV=αCV
です。
このGの定義と数値の結果を
M = (up+un){ue~(pe)CVγ0(1-γ5)vν(pν)}]
+(up+σun){ue~(pe)CAγ(1-γ5)vν~(pν)}
に代入し,相対論的表記を復活させると,β崩壊の不変振幅
として次式を得ます。
すなわち,
M =(G/√2)[up~γμ(1-αγ5)un][ue~γμ(1-γ5)vν~]
です。
さて,今や,この不変振幅:M を弱い相互作用の摂動の1次の
効果と見て,これ自身を相互作用摂動項と見なしてより高次の
Feynmanグラフの計算を試みようと考えるのは当然です。
しかしながら,この相互作用頂点を単なるδ-関数に置き換える
局所相互作用の近似では,こうした高次のグラフの計算は明確には
できません。
何故なら,
既に,電磁相互作用の輻射補正の項で見たように閉ループグラフ
の計算などでは,無限大に発散する量が出現し,それを繰り込み
定数というものに分離して切り離すという手法を用いました。
しかし,今の弱い相互作用の計算では,そうした操作は不可能で
あるような無限大量が生み出されるからです。
すなわち,今の弱い相互作用での局所相互作用近似は,高運動量
での収束を生み出すべき,核子やレプトン(軽粒子)の間で交換
されるBose粒子の運動量表示の伝播関数:F ∝ [1/(q2-μ2)]
(q → ∞ではF → 0)を単なる定数(=座標表示ではδ関数)
に置換えることに同等ですから,例えば閉ループでの全ての運動
量にわたる積分では正しい結果に導くことはないと予想される
わけです。
今までの理論展開では.弱い相互作用理論は確かに非常に微小な
結合定数で扱っていますが,こうした高次での発散を処理する
には有効ではありません。
(↑※これは今の言葉で言うなら,繰り込み不可能という意味です。
繰り込み可能な理論とするには,,4重頂点はF=定数ではなく,
2点間に質量μの弱ボゾンを交換するF ∝ [1/(q2-μ2)])を割り
当てる必要があります。※)
例えばν~+p→n+e+のような散乱過程における断面積
は,エネルギーの2乗と共に増加します。
そして,G2Ec.m 2 ~{Ec.m/(300Mp)}4/Ec.m2)ですから,重心系
のエネルギーEc.m が,Ec.m ~ 300Mp ~ 300BeV に達するまで
に,弱い相互作用は強い相互作用と同程度になり非局所性や高次
の作用の効果が非常に重要になると予測されます。
今日はここで終わります。
(参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell”Relativistic QantumMechanics”(McGrawHill)
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