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2015年11月12日 (木)

散乱電子の偏極について

 前記事までの「散乱問題の復習」シリーズは5年前の2010年6月

から最後は2011年3/31までの過去記事「散乱の伝播関数の理論」

シリーズの(11)以降の応用編を再掲載したもので,最後はこの

シリーズの一番最後「散乱の伝播関数の理論(21)」からで,

これは,Bjorken-Drellのテキスト第7章の§7.9を紹介した

記事でした。


 しかし,実は第7章は§7.9が最後ではなく,§7.10で

終わって,次の第8章の輻射補正(=繰り込み)へと続いて

います。

 この最後の§7.10の電子散乱における偏極という項目は,

2010年,2011年に「散乱の伝播関数の理論」のシリーズ記事

をアップした当時,それほど重要ではないと考えて,これを

省略してさっさと次に進む道を選んだのでした。


 しかし,
今,電磁相互作用で行なった話を弱い相互作用の理論の

説明で参照しようという段階では,寧ろこれこそ重要な論題である

思われるため,自分のノートから,この最後の節についても記事

してアップします。

したがって,この記事は再掲載ではないですが前の続きです。

「散乱の伝播関数の理論」シリーズとしては(22)に相当する

ので私の付加した注釈=※(注)では,※(注22-)という番号を

れました。

※さて,以下本題です。

§7.10 Polarization in Electron Scattering

(電子散乱における偏極)


「散乱の伝播関数の理論(10)」において展開したスピン射影演算子
の実用的な応用として,電子のCoulomb散乱でのMott散乱の断面積に

立帰ります。

 後に弱い相互作用の項で論じるように,μ中間子の崩壊における

電子はその運動の向きに反平行なスピンに偏っています。

 

 中心に-Ze>0の電荷が固定されている場合の,ii0

満たすスピンiと4元運動量piを持ち,電荷がe<0,質量が

mの入射電子のCoulomb散乱の微分断面積を,終状態でのスピン

±sで総和したものは次式で与えられます。

 すなわち,dσ/dΩ=(42α22/||4)

Σ±sf|~(f,f)γ0(i,i)|2

です。


  
この式を評価計算するには射影演算子を用いてトレースを

取るというテクニックを利用します。

Σ()(1+γ5)/2とすると, これは, 

Σ()(,)=u(,),Σ()(,-s)=u(,) 

を満たすスピン射影演算子です。
 

 微分断面積を与える式:dσ/dΩ

(42α22/||4)Σ±sf|~(f,f)γ0(i,i)|2 

,Σ(i)を挿入すれば,


 
dσ/dΩ=(42α22/||4) 

Σ±si,±sf{~(f,f)γ0Σ(i)(i,i)|

{~(i,i)γ0(f,f)|
 

(42α22/||4)(82)-1r[γ0(1+γ5)(i+m)(i+m)]
 

(22-1) 

 Σ±si,±sf{~(f,f)γ0Σ(i)(i,i)|

{~(i,i)γ0(f,f)| 

=Σ±si,±sfΣαβγδλ[~α(f,f)(γ0)αβ{

(1+γ5)/2}βγγ(i,i)] 

[~δ(1,i)(γ0)δλλ(i,i)]
 

=Σαβγδλ(γ0)αβ(1+γ5)βγ(+m)γα

(γ0)δλ(+m)λδ 

(82)-1r[γ0(1+γ5)(i+m)(i+m)]
 

何故なら,Σ±sα(,)~β(,)(+m)αβ/(2)

であるからです。(22-1終わり)
 

r[γ0(1+γ5)(i+m)(i+m)]の計算において, 

nが奇数なら,r1..n0 となること,

および,rγ50,r(γ5ab)0,

r(γ5abcd)4iεαβγδαβγδ

公式を用いると,

 結局,以前の式に追加されたスピンベクトルsを含むΣ(s)

(1+γ5)/2のうちの(γ5)に比例する項トレースは消え,

入射電子のスピンで平均した(1/2)の係数が掛かるのみの次の

単なる非偏極電子のCoulomb散乱Mottの公式が再現されます。
 

dσ/dΩ={2α2/{42β2sin4(θ/2)}{1β2sin2(θ/2)}
 

かくして,入射電子ビ-ムのスピンが偏極していても偏極して

いなくても,その散乱の微分断面積が同じであるという計算結果

を得ましたが,

  
この結果は
実は,最低次の摂動計算においてのみの特殊な結果

であり,一般には正しくないことがわかっています。


  
最低次の計算でも,スピン偏極の観測できる効果を描写する

ため,運動方向に沿って整列したスピンを持つ入射電子を考察

します。
 

 整列したスピンの偏極入射電子に対して散乱角の関数として

散乱電子の偏極を計算します。
 

 まず,運動する電子のスピン4元ベクトルsをμ(0,)

 とすると,これは次の条件を満足します。

 (※ただし,ここでの議論に限り相対論を意識して,c=1の

 自然単位でなく光速cを陽に書く通常の単位を用いることに

 します。)

 すなわち,同じ電子の4元運動量をpμ(E/c,)

 とするとき, 

 (1) 2=sμμ(0) 2 2=-1

 (2) sp=0,あるいは,0β  

 (※ここで,β=c/E=/c;は速度です。)


なる2つの条件を満たします。


これらの条件は,質量がmの電子の静止系:pμ=(m/c,0),

 では,スピンsがsμ=(0,),||=1であり,sp=-sp=0,

 s2=-2=-1ですが,これらの等式の両辺は慣性座標系

 依らない不変量(=Lorentzスカラー)であることに由来します。

 ただし,ここでの3次元スピン:は,大きさが1/2の電子の

 スピン角運動量そのものではなくて,通常はσ/2で定義

 される大きさが1のPauliのσに相当します。


そして,この2条件から,s2(β)22=-1 ですから,

||={1+(β)2}1/2です。あるいは,s2(1-β2cos2θ)=1

より,||=1/(1-β2cos2θ)1/2 です。

 4元スピンsが空間的(spacelike;s2<0)なので,

β=|β|=v/cと書くとき,β>0 なら||>1 となり,

電子の3次元スピンはその静止時よりも大になります。
 

特に,またはβiに沿って偏極したスピン偏極を右巻き電子

(right-handed electron)と呼び,そのスピンベクトルをs

で記述すると,β=β||なので,||1/(1-β2)1/2

=E/mc2であり,0=β/(1-β2)1/2です。
 

 同様に,βiに反平行に偏極したスピン偏極を左巻き電子

(left-handed electron)と呼び,そのスピンベクトルをs

で記述すると,β=-β||なので,右巻き電子の

スピン同様,||1/(1-β2)1/2=E/mc2であり,他方,

0=-β/(1-β2)1/2です。

 特に始状態の入射電子と終状態の散乱電子の運動量ベクトル 

iμ=(Ei/c,i),fμ=(Ef/c,f),のときのスピン 

ベクトル:i,sfについての記述は,単に,上記のpμ,sμを, 

それぞれ,始状態のiμ,iμ,終状態のfμ,fμに置き換 

えるだけで,そのまま成立します。

 右巻き,および,左巻きのスピンべクトル:s,および,,

=-sを満たし.特に,よく参照される電子の偏極を記述

する便利な基礎を形成します。

 スピノルu(p,s),v(p,s)のスピン射影演算子:

Σ()(1+γ5)/2 のs=±s=-(±s)に対応する

固有状態は正,または負のhelicity(ヘリシティー)固有状態

として知られています。

 散乱電子の偏極は,P=(―N)/(+N)なる量で

測られます。(偏極とはhelicityの期待値(平均値)です。)

 
ただし,は正のhelicity(右巻き)で出現する電子の個数,

は負のhelicity(左巻き)で出現する電子の個数です。

 N,,および,Pは散乱のエネルギーや散乱角の関数で

与えられます。

 さて,
右巻きに偏極した入射電子のCoulomb散乱による

散乱電子の偏極Pを求めてみます。

 これは,公式:
dσ/dΩ=(42α22/||4)

Σ±sf|~(f,f)γ0(i,i)|2 ,および,

定義:P=(―N)/(+N) によって,

次のように与えられます。

すなわち, 

P=[|~(f,f)γ0(i,f)|2

|~(f,f)γ0(i,i)|2] 

/[|~(f,f)γ0(i,i)|2

|~(f,fL)γ0(f,i)|2]

です。

したがって, 

P=[r{γ0(1+γ5i)(i+m)γ0(1+γ5f)(f+m)} 

-Tr{γ0(1+γ5i)(i+m)γ0(1+γ5f)(f+m)}] 

/[r{γ0(1+γ5i)(i+m)γ0(1+γ5f)(f+m)} 

+Tr{γ0(1+γ5i)(i+m)γ0(1+γ5f)(f+m)}]
 

=Tr{γ0γ5i(i+m)γ0γ5f(f+m)}

/r{γ0(i+m)γ0 (f+m)} です。

(※何故なら,γ5の後にi,f,fLを1次でしか含まないもの

のトレースは全て消えるからです。※)
 

結局,入射電子が完全に右巻きである場合の散乱電子

の偏極P=(―N)/(+N)=P,

摂動の最低次では,Pが, 

P=Tr{γ0γ5i(i+m)γ0γ5f(f+m)}

/r{γ0(i+m)γ0(f+m)} 

で与えられることがわかりました。

 これのγ5が含まれない分母=Tr{γ0(i+m)γ0(f+m)}

については,既に以前の例で計算済みで, 

分母=Tr{γ0(i+m)γ0(f+m)}

8if4if42 です。

Coulomb散乱は電子のエネルギーが保存される弾性散乱なので,

f=Ei=E,if=E22cosθ=m22β22sin2(θ/2)

を代入すると,分母=82{1β2sin2(θ/2)} です。

 
一方, 分子=Tr{γ0γ5i(i+m)γ0γ5f(f+m)} 

 =Tr(γ0γ5iiγ0γ5ff)

 +m2r(γ0γ5iγ0γ5f) です。

 これの右辺第1項=Tr(γ0γ5iiγ0γ5ff) 

 =4i0f0×2if4i0f 0×2if

 -4f0i 0×2if4f 0i 0×2if

 -4f i ×pif4if ×sfi ですが,
 

f i (2/2)(β2cosθ),

if(2β/)(1cosθ)=sfi etc.より,

結局,右辺第1項=(44/2)(1β2)2cosθを得ます。
 

同様にして,右辺第2項=m2r(γ0γ5iγ0γ5f)

42(β2cosθ) です。

それ故, 分子=82{1(β22)sin2(θ/2)} です。
 

以上から, P=(分子)/(分母)

{1(β22)sin2(θ/2)}/{1β2sin2(θ/2)} 

1[22sin2(θ/2)/{2cos2(θ/2)+m2sin2(θ/2)}}

が得られます。
 

これから,相対論的極限(/) 0,or β → 1では,

P → 1見て取れますが,これはCoulomb散乱の高エネルギー

極限では,入射電子の偏りがこの散乱の影響を受けないこと

を示唆しています。
 

もしも入射電子の右巻きの偏極が完全ではなくて,運動方向

に沿って部分的に偏極した入射ビームの場合には,散乱された

電子の偏極Pは,入射電子が完全右巻きのときのPを,

0(1[22sin2(θ/2)/{2cos2(θ/2)+m2sin2(θ/2)}} 

 と書きなおすとき,

 P=pP0

 =p(1[22sin2(θ/2)/{2cos2(θ/2)+m2sin2(θ/2)}} 

 と修正されるはずです。
 

ただし,pは入射電子の偏極であり,,をそれぞれ,

入射電子ビームの正,helicityの電子の個数として,

p=(―N)/(+N)=P-P与えられます。


 ここで,=N/(+N)は右偏極率,

=N/(+N)1-Pは左偏極率です。

そこで,(1+γ5i)/2+P(1+γ5i)/2

(1+pγ5i)/2なる等式が成立しますが,これを用いれば,

直ちに,P=pP0

=p(1[22sin2(θ/2)/{2cos2(θ/2)+m2sin2(θ/2)}}

なる式が得られます。
 

 したがって,特に初期の入射電子が偏極していない:p=0

のときは,Coulomb散乱による散乱電子もP=0の非偏極のまま

です。


 
ここで,これらの偏極の結果と関わる幾何学的描像として,

スピノル波動関数(,)を有する運動電子のスピンが

単位ベクトル:nμ(0.)に沿った任意方向となす角度α

を定義します。
 

 すなわち,cosα=<Σn

=u(,)Σ(,)/(,)(,) 

(1β2)1/2~(,)γ5(,)でもって,

(,)のスピンsがとなす角αを定義します。
 

 ただし,Σは対角線上にPauliσが2つ並んだ4×4行列

です。
 

(22-2):何故なら,

(,)(,)=E/m=1/(1β2)1/2であり, 

Σn=γ0γ5n です。※
 

再び,射影演算子を挿入すれば, 

cosα=(1β2)1/2~,)γ5(,) 

(1β2)1/2~α(,)(γ5)αβΣ()βγγ(,) 

(1β2)1/2(+m)γα(γ5)αβ(1+γ5 )βγ/(4) 

(1β2)1/2r[(+m)(γ5)(1+γ5 )]/(4) 

です。

 
さらに,r[(+m)(γ 5)(1+γ5 )]

 =mTr(γ 5γ5 )=-mTr(ns)=-4msn=4sn

です。


 
スピンの方向単位ベクトル^^/||で定義すると, 

| |1/{1(sβ)2}1/2によって{1(sβ)2}-1/2^

ですから,結局,cosα=(1β2)1/2sn

[(1-β2)/{1(sβ)2}]/2^ が得られました。
 

これによれば,βのときは,|cosα|(1β2)1/2であり,
 

それ故,cosα=<Σn

=u(,)Σ(,)/(,)(,) 

で定義されたcosαは,


 
スピンが運動方向に垂直な場合,電子
の速度が大きくなり

β → 1の相対論的極限に達すると消えます。

 
一方,スピンが運動速度ベクトルに沿っている謂わゆる

helicity状態では,cosα=^であり,任意方向の単位

ベクトルを,特にスピンに平行, or 反平行に取った場合

にはcosα=±1です。
 

この場合の角度αを特にδで表わすことにすれば,

cosδ=±1です。

 そして,散乱電子ビームに対してcosαの平均値は次式

与えられます。


すなわち,cosα>=Σ±sω(,)cosα です。

 
ただし, ω(,)は運動量pとスピンsを持つ与えられた

終状態への遷移確率です。
 

ここでの和:Σ±sは最も便利な選択としては正負のhelicity

状態にわたる和とすることができます。


 するとcosδ=±1より,

cosδ>=ω(,)-ω(,)=P と書けます。
 

こうして,散乱された電子のスピンの偏極Pがこの電子の

スピンと運動量のなす角度δの余弦を決めるという式

を得ました。
 

初期に偏極がp=1であった正helicityの偏極入射電子

Coulomb散乱では,E>>mの高エネルギーで散乱角

がθ<<1のとき,

<cosδ> ~ <1-δ2/2 

1[22sin2(θ/2)/{2cos2(θ/2)+m2sin2(θ/2)}} 

122(θ/2) 2/{2+m2(θ/2) 2}1-m2θ2/(22)

.なので,<δ> ~ (/)θ です。

 
つまり,散乱電子のスピンと運動量のなす角度δは散乱角θ

 の(/)となります。
 

偏極の相対論的極限の評価は,直接,(/) 0 (or β → 1)

に対して偏極射影演算子を縮約することで,最も簡単に計算を

実行することができます。

この極限では,に平行なを持つ縦方向に偏った電子に対

するスピンの射影演算子は,さらに簡単にできます。
 

 β → 1に対して,

μ=pμ/(mβ){(1β2)1/2/β}μ0 

より, β → 1に対して,μ → pμ/m です。

 

(223):何故なら,| |1/{1(sβ)2}1/2によって, 

||1/(1β2)1/2ですから,{1/(1β2)1/2}(/|1 

[1/(1β2)1/2}/{mβ/(1β2)1/2}/(mβ) です。
 

また,

0(12)1/2{11/(1β2)}1/2

=β/(1β2) 1/2=Eβ/

=E/(mβ)-E(1β2)/(mβ) 

=E/(mβ)(1β2)1/2/β 

を得ます。(223終わり)
 

そこで, β → 1の極限で

(1±γ5)(+m)(1±γ5)(+m) です。

断面積を計算する際には,スピンの射影演算子が常にエネルギー

の射影演算子の前に位置するので,


相対論的極限で,
(1±γ5) (1±γ5)なる簡単化が成立

するわけです。

(224):何故なら, β → 1の極限でs → p/mなので,  

(1±γ5)(+m) (1±γ5/)(+m)ですが, 

2=p2=m2より,(1±γ5/)(+m)

(+m±γ5 (2/m+)(1±γ5)(+m)

となるからです。(224終わり)
 

 Coulomb散乱された散乱電子が(/) 0でさらに偏る

ことはないというP=pP0

=p(1[22sin2(θ/2)/{2cos2(θ/2)+m2sin2(θ/2)}}

 → p の結果は,

こうした極限操作:(1±γ5) (1±γ5)によって直接

見ることができます。
 

すなわち,相対論的右巻き電子:

(i,i){(1++γ5)/2}(i,i)

相対論的左巻き電子:

(f,f){(1-γ5)/2}(f,f)

 へと散乱される行列要素は,相互作用がγμに比例する

ときは,~(f,f)γμ(i,i)  

= u~(f,f){(1++γ5)/2}γμ(1+γ5)/2}(i,i) 

=-u~(f,f)γμ{(1-γ5)/2}(1+γ5)/2}(i,i)0 

となります。

 
したがって,Coulomb散乱での衝突電子が高エネルギーと

なった相対論的極限では,正のhelicityから負のhelicity

の脱偏極は決して起こり得ないことがわかります。
 

この項目はこれで終了なので,今日はここで終わります。


 参考文献: J.D.Bjorken & S.D.Drell

Relativistic Quantum Mechanics”(McGraw-Hill)

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