Dirac方程式の導出(3)
Dirac方程式の導出の続きです。
§1.4 非相対論との対応(Nonrelativisticcorrespondence)
Dirac方程式のLorentz不変性を確立するという問題を論じる前に,
まず,方程式が物理的意味をなすことを見ることの方が,
恐らくより切実な課題です。
単一の自由電子を想定し,静止した1つの電子に対応する独立な解
の個数をカウントすることから始めます。
4元運動量がpμ=(E/c,p1,p2,p3)=(E/c.p)の自由粒子の
波動関数をΨとすると,このΨは,ihc(∂Ψ/∂t)=EΨ,
ihc(∂Ψ/∂xk)=-ihc(∂Ψ/∂xk)=pkΨ (k=1,2,3)
を満たす,4元運動量の同時固有状態です。
静止した粒子の4元運動量は,pμ=(E/c,p)=(mc,0)ですから,
この場合はΨはihc(∂Ψ/∂t)=mc2Ψ, -ihc(∂Ψ/∂xk)=0
(k=1,2,3)を満たすはずです。
したがって,この場合はDirac方程式:
ihc(∂Ψ/∂t)=Σk=13(-ichc)αk(∂Ψ/∂xk)+βmc2Ψは
単にihc(∂Ψ/∂t)=βmc2Ψ となります。
βの固有値は2個が+1で2個がー1ですが,先に与えたβを対角成分
が1,-1の4×4対角行列とする特別な標示では,βの+1に属する
固有ベクトルは係数を除いて.w(1)≡[1,0,0,0]T,および,
w(2)≡[0,1,0,0]T です。
また,固有値-1に属する固有ベクトルはw(3)≡[0,0,1,0]T,
および,w(4)≡[0,0,1,0]Tです。
そこで, ihc(∂Ψ/∂t)=βmc2Ψの独立な解は,
Ψ(1)=exp(-imc2t/hc)w(1),Ψ(2)=exp(-imc2t/hc)w(2),
Ψ(3)=exp(imc2t/hc)w(3),,Ψ(4)=exp(imc2t/hc)w(4)
のように具体的な形で表わすことができます。
最初の2つΨ(1),Ψ(2)はihc(∂Ψ(k)/∂t)=mc2Ψ(k),(k=1,2)
を満たし,正エネルギー+mc2に対応しますが,後の2つΨ(3),Ψ(4)
は,ihc(∂Ψ(k)/∂t)=-mc2Ψ(k),(k=3,4)を満たし
負エネルギー(負質量)E=-mc2に対応します。
2次形式:H2=p2c2+m2c4をそのまま量子論の波動方程式に
定式化したために,異質な負エネルギー解という非常な困難を
導きましたが,これの解決が.反粒子の形成理論において重要な役目
を果たすことに導きます。
しかし,こうしたことは第5章の空孔理論において到達することで,
今のところは受け入れ可能な正エネルギーの解のみに限定して考察
します。
特にそれらは非相対論的極限でPauliの2成分スピン理論に帰着
することを示します。
この目的のために4元ポテンシャル:Aμ=(Φ/c,A)で記述される
電磁場との相互作用を導入します。
ただし,ここでの電磁場=電磁ポテンシャルAμは,電機場を
光子(電磁波)の集まりとして量子化(第2量子化=場の量子化)
した場=演算子ではなく,取りあえず.対象の電子とは独立に外部
から与えられた外場=c数の古典場とします。
この外電磁場と元の自由電子とが相互作用する合成系の記述は,
古典相対論力学での点電荷の電磁場との相互作用の記述において
実施され,謂わゆる極小相互作用(minimal coupling)として知られて
いるゲージ不変な置換:pμ
→ pμ-eAμによって導入されます。
今の量子論のケース「では,pμはpμ → ihc(∂/∂xμ)と量子化
されて4元運動量演算子となっているので,極小作用の電磁相互作用
はihc(∂/∂xμ) → ihc(∂/∂xμ)-eAμなるっ置換で実現
されます。
これは,演算子としては,
H=ihc(∂/∂t) → H-eΦ=ihc(∂/∂t)-eΦ
p=-ihc∇ → p-eA=-ihc∇-eA
を意味します。
それ故, 自由粒子のDirac方程式:
ihc(∂Ψ/∂t)=Σk=13(-ichc)αk(∂Ψ/∂xk)+βmc2Ψ
において4次の係数行列の組:(α1,α2,α3)を,3次元ベクトルと
見なしてαで表現した方程式:
HΨ=ihc(∂Ψ/∂t)=-cα(ihc∇Ψ)+βmc2Ψ
に相互作用を導入すると,
ihc(∂Ψ/∂t)=[cα(p-eA)+βmc2+eΦ]Ψ
となります。(e<0は電子の電荷です。)
この方程式が,Dirac粒子に対して極小相互作用を導入した式です。
Dirac粒子は点電荷であることが想定されていて周りに電磁場を
纏っています。
非相対論的量子論で扱った摂動論との比較を強調するなら,
系のHamiltonianHをH=H0+H'としてHは自由粒子単独の
Hamiltonian:H0=cαp+βmc2に相互作用の
摂動Hamiltonian:H’=-ecαA+eΦが加わったという形
になります。
このとき,行列cαは,電荷がeの点電荷の相互作用の古典表現
での速度vを演算子に書き換えたものとして出現しています。
すなわち,古典論でのこうした系の摂動H'に対応する」Hamilton
関数は,Hclassical=-evA+eΦで与えられるからです。
この演算子としての対応:vop=cαは, ここでの流速ベクトルj
の表現:jk=cΨ+αkΨ,orj=Ψ+(cα)Ψが,古典的には
j=ρvに対応することを見ても明らかです。
これはまた,Ehrenfestの方程式の相対論的拡張を行なえば直接
導かれます。
※(注1):空間座標xに対するHeisenbergの運動方程式は,
dx/dt=(i/hc)[H,x]=(i/hc) [H0-ecαA+eΦ,x]
=(i/hc)cα[p,x]=cαです。
何故ならdxj/dt
=(i/hc)cα[p,xj]=(i/hc)Σk=13αk[pk,xj]
であって,pとxの交換関係が,[pk,xj]=―ihcδkjであるから
です。
最左辺のdx/dtは位置座標の時間微分なので速度vに他なり
ません。
したがって,最右辺のcαは速度vのx表示での演算子:vopという意味
を持ちます。(注1終わり)※
※(注2):ここで古典物理学での電磁場の中の点電荷の運動の力学を
復習します。
一般に,系のLagrangian=Lagrange関数を
L=L(x,v,t);v=xd≡dx/dtとすると,この系の
LagrangianLはその時間tによる積分:∫Ldtが作用Sを
与えるとき,粒子の実際の軌道がこのSを最小とするように
与えられます。
軌道の両端を固定したときSが最少になる条件は変分原理:
δS=δ∫Ldt=0から決まり、これは
(d/dt)(∂L/∂v)-∂L/∂x=0なる微分方程式に帰着
します。この方程式をEuler-Lagrange方程式といいます。
質量がmの自由粒子(質点)のLagrangian:L=L0は,古典的には
非相対論ではL0=mv2/2ですが相対論を考慮した場合は
L0=-mc2(1-β2)1/2;β=v/cです。
解析力学では,系の共役運動量量:pを,p=∂L/∂vで定義
します。
単一の粒子の他に影響されるものが何もない自由粒子1個のみ
の系の場合は,LagrangianはL=L0とおいて.この場合の共役
運動量:p=∂L0/∂vは,非相対論の場合のL=L0=mv2/2
ではp=∂L0/∂v=mvであり,
相対論の場合のL=L0=-mc2(1-β2)1/2なら
p=∂L0/∂v=mv(1-β2)-1/2ですが.いずれも普通の力学で
意味する質点の運動量に一致します。
通常の力Fがxだけに依存する位置エネルギーVによって,F=-∇V
で与えられる保存力の場(∇×F=0)の場合,運動エネルギーをT
とすると,p=∂T/∂v,F=-∇V=-∂V/∂xであり,Tはx
には無関係,Vはvには無関係なので,L=T-Vとおけば,
L0=TよりL=L0-Vでこの場合もp=∂L/∂v=∂L0/∂v
となって,
Euler-Lagrange方程式:d/dt)(∂L/∂v)-∂L/∂x=0 が
古典力学の質点の運動方程式:dp/dt=-∇V=Fに一致します。
一方,質量mの自由粒子が電荷eを持つ点電荷で,周りに電場E,
磁場Bがあるとき,電磁気学によるとスカラーポテンシャルをΦ,
ベクトルポテンシャルをAとして,E=-∇Φ-∂A/∂t,
B=∇×Aと表現できます。
そして,電荷がeの点電荷が電場,磁場から受ける力Fは
F=e(E+v×B)と書けます。
ところが,(v×B)i=(v×∇×A)i=ΣjkΣlmεijkvjεklm∂lAm
=Σjlmδ(δilδjm-δimδjl)vj∂lAm=vj∂iAj-vj∂jAi
=∂i(vA)-(v∇)Ajですから,
E+v×B=-∇Φ-∂A/∂t+∇(vA)-(v∇)A
です。
故に, F=e(E+v×B)
=e{-∇Φ-∂A/∂t+∇(vA)-(v∇)A}
と書けます。
しかし,さらにdA/dt=∂A/∂t+(v∇)Aと変形できます
から,結局,F=-e∇Φ+e∇(vA)-edA/dtと書けます。
仮に,E=-∇Φ,B=0の静電気のみの場合なら,
F=eE=-e∇Φですから,T=L0,V=eΦとすれば
通常のL=T-Vの形を採用して,
(d/dt)(∂L/∂v)-∂L/∂x=0 が,相対論,非相対論
共通の運動方程式:dp/dt=-∇V=Fに一致するのは
明らかで,このときは保存力場の方法が当てはまります。
しかし,今のEもBも存在してゼロではなく,受ける電磁的力
がF=e(E+v×B)=-e∇Φ-edA/dt+e∇(vA)で
与えられるときには,
(d/dt){∂(vA)/∂v)-∂(vA)/∂x
=dA/dt-∇(vA)ですから,
L=T-V=L0-eΦだけでなく,L=L0-eΦ+evAと
すれば,共役運動量はp=∂L/∂v=∂L0/∂v+eAですが,
これは自由な質点粒子の運動量:∂L0/∂v(=mv(非相対論),
=mv(1-β2)-1/2(相対論))とそれに付随する電磁場の運動量:
eAの和です。
Euler-Lagrange方程式:(d/dt)(∂L/∂v)-∂L/∂x=0
は,dp/dt=∂L/∂x=∇L,p=∂L0/∂v+eAより,
(d/dt)(∂L0/∂v)+edA/dt=-e∇Φ+e∇(vA)
となって,
運動方程式:(d/dt)(∂L0/∂v)=e(E+v×B)
を得ます。
これは非相対論ならd(mv)/dt=e(E+v×B),
相対論なら,
d{mv(1-β2)-1/2}/dt=e(E+v×B)ですから正しい
運動方程式に一致します。
このとき,HamiltonianHは,H=pv-Lで与えられるため.
これを電磁場のない自由点電荷のそれH0=pv-L0と比較すれば,
H=pv-L0+eΦ-evA=H0+eΦ-evAです。
しかし,上の手順では,H,H0はxとpの関数ですから,vをpで
表わす操作が抜けていて,結果は信頼性に欠けます。
具体的に書いてみると,非相対論では自由質点ではL0=mv 2/2
ですがv=p/mなのでH0=pv-L0=pv-mv 2/2=p2/(2m),
電磁場のある場合はL=L0-eΦ+evAで,v=(p-eA)/m
ですから,H=pv-L=pv-mv 2/2+eΦ-evA
=p(p-eA)/m-(p-eA)2+eΦ-e(p-eA)A/m
=(p-eA)2/(2m)+eΦ です。
それ故,H=H0+H'と書けば,p=mv+eAで
H'=-peA/m+e2A2/(2m)+eΦより,確かに
H'=-evA+eΦが得られます。
H=p2/(2m)とH=(p-eA)2/(2m)+eΦ の比較から,
H=p2/(2m)においてp → p-eA,H → H-eΦなる変換
を行なうと正しい関係式:H-eΦ=(p-eA)2/(2m)を得る
ことがわかります。
これが極小相互作用変換の意味でした。
一方,相対論ではL0=-mc2(1-β2)1/2,p=mv(1-β2)-1/2,
H0=pv-L0=mc2β2(1-β2)-1/2+mc2(1-β2)1/2
=mc2(1-β2)-/2より,H0=(c2p2+m2c4)1/2です。
これは,相対論的関係式E2=c2p2+m2c4からH0=Eを意味
しています。
非相対論と同じ手順で,H=(c2p2+m2c4)1/2でpをp-eA)に
置き換えてeΦを加えればHになることもわかります。
H={c2(p-eA)2+m2c4)}1/2+eΦ です。
故に,,H’={c2(p-qA)2+m2c4)}1/2+eΦ-(c2p2+m2c4)1/2
です。
なお,電磁場の単位は有理単位,ヘビサイド,SI,MKSAなどと
色々あるので係数を明確には書きませんが,ここまでの論議は
∫d3x(E2+B2)=∫d3x[(∇Φ+∂A/∂t)2+(∇×A)2]
に比例した電磁場自身のエネルギーなどの存在を度外視して
います。
部分的には,系の運動量pは.電荷の運動量mvの他に電磁場
の運動量eAが加わり,また,エネルギーとしてもeΦが加えられ
ていて点電荷の運動に直接影響する部分だけは取り入れられて
います。 (注2終わり)※
さて,長くなったのでひとまず終わります。
参考文献: J.D.Bjorken & S.D.Drell“Relativistic QuantumMechanics"(MacGrawHill)
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