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2016年3月21日 (月)

弱い相互作用の旧理論(12)(Fermi理論)

 「弱い相互作用の旧理論」の続きです。
 

予告した通り,π中間子の崩壊に移ります。
 

§10.14 π中間子の崩壊(Pi-meson Decay) 

 π中間子の崩壊:π→μ+ν'~,および,π→e+ν~ 

に対するS行列要素を書くに当たって,中性子nのβ崩壊

やμ粒子の崩壊のケース同様,楽観的に(e,ν~)のレプトン

のペアに対しては,[ue~(peμ(1-γ5)vν(pν~)]の

V-A結合が寄与するという仮定から始めます。
 

この仮定は中性子nのβ崩壊とμ粒子の崩壊の評価においては 

うまくいきました。
 

また,このアプローチは,2つの実験的発見によって強く後押し

されます。

第一に,π→μ+ν'~の崩壊において放出されるμ-粒子

は,全て縦方向の偏極で右巻きであると観測されました。
 

 πのスピンはゼロなので粒子が右巻きなら

反ニュートリノν'~もまた右巻きのはずです。
 

何故なら,まず,π-の静止系では,μν~0であり, 

μ-とν'~は大きさ等しく正反対の向きの運動量で出現 

します。


 μとν'~は放出される方向が同じで向きは
正反対です。
 

そして,角運動量の保存則によって要求されるように, 

πのスピン角運動量がゼロであることから,μとν'~ 

の同じ方向の角運動量成分は打ち消し合う必要があり

ます。
 

 ところが,放出されるμとν'~ではたった今述べたように,

運動の向きが正反対なので,運動方向のスピン成分が打ち

し合うには,共に右巻きか共に左巻きでなければならない

わけです。

  
したがって,この放出されたμ-が右巻きであるという観測

結果,反ニュートリノν'~もまた右巻きであることを意味

します。


  これは,π崩壊の(μ,ν'~)ペアに対しても,

[uμ~(pμμ(1-γ5)vν'(pν'~)]V-A結合が寄与する

という仮定が妥当であるという主張に一致します。

 何故なら,μ-→e-+ν~の崩壊のケースと同じく,この

レプトン結合因子の存在は,π-→μ-+ν'~と,π-→e-+ν~の

崩壊でも100%右巻きの反ニュートリノ:ν'~,ν~が放出され,

  また,
μ崩壊と同じく,2種類のπ崩壊:π→μ+ν',

π+→e++νでは,100%左巻きのニュートリノ:ν',ν

放出されることを予測するからです。
 

 この仮定が妥当であることをサポートする第二の実験的発見

次の観測された非常に小さい崩壊率の分岐比Rの値です。
 

 すなわち,R(π-→e-+ν~/π-→μ-+ν'~) ~ 1.3×10-4

 です。
 

 ニュートリノスピノルに左からかかる因子:(1-γ5)は完全

に左偏極のニュートリノ,または,右偏極の反ニュートリノを誘導

するので,π-崩壊では,[ue~(peμ(1-γ5)vν(pν~)]のV-A

因子によって電子の放出率が極めて強く抑制されることが予測

されます。


  V-A因子の(1-γ5)を,すぐ左のγμと交換させると

e~(pe)(1+γ5)γμ得られ,これは,βe=ve/c→1

の極限では,左巻き電子のみ,(または左巻き陽電子のみ)

が放出されることに対応します。
 

 しかしながら,既に示したように,そして下図10.18 から

見てとれるように,角運動量の保存則はπ-→e-+ν~崩壊

の右巻き反ニュートリノν~には右巻き電子eが伴なう 

 ことを要求します。
 

それ故,[~(e)γμ(1-γ5)ν(ν~)]から計算される

遷移率,1(e/)2 (2e/μ)2なる因子で抑制

されます。
 

ただし,μはπ中間子の質量であり,この(2e/μ)2は右巻き

電子が放出される確率を示しています。
 

(12.1):上記の放出電子の抑制確率の根拠を示します。

  
すぐ前のブログj記事:
粒子の弱崩壊におけるV-A結合

電子の偏極によれば,崩壊:π-→e-+ν~においても電子

がV-A結合する[~(e)γμ(1-γ5)(ν~)]なる

相互作用をすると仮定した場合,

  
放出電子の偏極期待値は,

 P(-N)/(+N)=-pe/Ee=-βe

 =-ve/cで与えられます。
 

したがって,右偏極電子のみの比率は,

=N/(+N)(1e)/2(1-ve/c)/2

=(1-pe/Ee)/2=(Ee-pe)/(2Ee)と表わすことが

できます。
 

ところが,π-→e-+ν~におけるエネルギー・運動量の

保存則は,πの質量をμ,-,ν~のエネルギーをそれぞれ,

e,Eν~,運動量をそれぞれ,e,ν~とすると,

πの静止系で,(μ,0)(e,e)(ν~,ν~)です。
 

すなわち,これはμ=Ee+Eν~,ν~=-eを意味します

, νの質量はゼロであるとしているので,ν~|ν~|

|e|です。
 

 故に,e|e|とおけば,μ=Ee+Eν~=Ee+pe

成立します。
 

一方,電子の質量:e,およそ 0.51MeVであり,これは, 

e+pe=μ~140MeVを満たして放出される高速電子の

eに比べ,極めて小さいので,e(e2+me2)1/2

e{1(1/2)e2/e2}=pe+me2/(2e)の近似が可能

であり,e-pe ~ me2/(2e)と表わせます。


  先述したように,放出電子の右偏極率は,

=(Ee-pe)/(2Ee) ですから,この右辺の分子に

e-pe ~ me2/(2e)を代入すると, 

 ~ me2/(4Eee)を得ますが,

 =(Ee-pe)/(2Ee)の式
で極めて小さい電子質量の平方:

e2がオーダーの評価として意味を持つのは分子(Ee-pe)に

おけるのみで,分母の(2Ee)ではme2が無視できて 

μ=Ee+pe(e2+me2)1/2+pe  2なる近似が妥当

です。


 さらに.p
e~Ee ~μ/2ですから, ~ me2/(4Eee)なる

近似と同じ精度で4Eee)~μ2です。
 

したがって,本文に書かれた右巻き電子の放出確率の評価: 

1(e/)2(2e/μ)2が何故そうなるのか?について

,結局,私には明確な根拠がわからなかったのですが,
 

ここでの考察から,それとは僅かに係数だけが異なる,

~ me2/(4Eee) ~ (e2/μ)2 なる評価を

得ました。
 

ここでの話では,係数は重要でないので,これで良しとします。


  (注12-1終わり)※

 

電子よりも,はるかに重いμ粒子(μ 106MeV)については,それ

崩壊:π-→μ-+ν'~においてEμ=(μ2+mμ2)/(2μ)

~ 1.04m なるエネルギーを持って,非相対論的規模でに放出

されますが,れに対しては,スピン射影演算子は(1±γ)/2とは

かなり異なり,それ故,感知できるほどの抑制因子はありません。


 ※(注12-2):上に求めた崩壊
:π-→e-+ν~において放出される

電子の右偏極率を与える近似前の式:=(Ee-pe)/(2Ee)に

おいて,e,peを.それぞれ,Eμ,pμに置き換えると,

=(Eμ-pμ)/(2Eμ)となります。


  これは崩壊:
π-→μ-+ν'~において放出されるμ粒子の

右偏極率与えると考えられます。
 

ここで,電子とμ粒子のそれぞれの右偏極率を区別するため,

改めて,eR=(Ee-pe)/(2Ee),μR=(Eμ-pμ)/(2Eμ)

と書きます。
 

そして,π→μ+ν'~におけるエネルギー・運動量の保存則

から,μ=Eμ+pμ(μ2+mμ2)1/2+pμです。
 

 よって,(μ-pμ)2=pμ2+mμ2より,μ(μ2-mμ2)/(2μ)

ですから,μ=μ-pμ(μ2+mμ2)/(2μ)を得ます。
 

そこで,これを代入すると, μR=(Eμ-pμ)/(2Eμ)

(2Eμ-μ)/(2Eμ)=mμ2/(μ2+mμ2)です。


  前の(注12-1)ではPeR=(Ee-pe)/(2Ee)を評価する際,

分母ではme2を無視する近似を実行して,e(e/μ)2

を得ました。^
 

しかし,逆に今得られたμの右偏極率を示す

μR=mμ2/(μ2+mμ2)においてPμRをPe,μ2をme2

に置き換えても,式はそのまま成立するはずですからme2

を無視すること無しで,e=me2/(μ2+me2)です。
 

以上から,放出される電子とμの右偏極率の比としては, 

 Pe/μ=me2(μ2+mμ2)/{μ2(μ2+me2)}が得られます。

 

これに,μ~140MeV,μ 106MeV,e 0.51MeVを代入

すると,Pe/μ1.47×10-5 ですからレプトンのV-

因子の効果でπ-→e-+ν~が,π-→μ-+ν'~に比して抑制

されることが確認されました。
 

 しかしながら,崩壊の散乱行列:fiをπ^→e-+ν~では

fiπ→eν~と書くと,これはe1/2に比例し,π→μ+ν'~

ではfiπ→μν~がEμ1/2に比例するという違いがあり,

 さらに,崩壊率はをμまたはeの運動量として

|fi|23に比例しますから遷移率の分岐比には,これら

の要素も関連します。
 

そこで,観測された崩壊の分岐比:

R(π→e+ν~/π→μ+ν'^) ~ 1.3×10-4を理論計算

で正しく再現するには,[~(e)γμ(1-γ5)(ν~)] 

[μ~(μ)γμ(1-γ5)(ν’~)]の寄与の比を示す

e/μだけでなく,これ以外の因子も考慮した計算が

必要です。
 

しかし,ともかく,-Aレプトン因子:

[~(e)γμ(1-γ5)ν(ν~)]および,

[μ~(μ)γμ(1-γ5)ν(ν’~)]が寄与するという

仮定が有力であることの根拠は確認されました。

 (
12-2終わり)
 

 さて,ここまでの論拠から,π中間子の崩壊のS行列要素

 においては,レプトン因子として,

[~(e)γμ(1-γ5)ν(ν~)],または,

[μ~(μ)γμ(1-γ5)ν(ν’~)]を採用し,これら

に乗じて不変振幅を形成すべき相手の4元ベクトル

または4元軸性ベクトルを求める必要があります。
 

まず,崩壊に関わる3粒子の4元運動量を,πについては

μ,μ,eについてはpμμまたはpeμをpμとし,ν'~,ν~

についてはν’~μ,またはpν~μをk~μで表わすことに

します。
 

レプトン因子は,[~()γμ(1-γ5)(~)]と簡素化されます。
 

π中間子はスピンを持たないので,レプトン因子に結合する 

4元ベクトルまたは4元軸性ベクトルは,これらPμ,~μ,μ 

から形成する必要があります。


 

まず,保存則:または因子:(2π) 4δ4(P-p-k)から, 

μ=Pμ-k~μであることがわかるので,結局,運動量として

独立なものはPμ,~μの2つだけです。
 

そして,ニュートリノの満たすDirac方程式:γμ~μ(~)0 

から,~μは因子として寄与しません。
 

それ故,レプトン因子に結合する運動量のみから形成される因子 

としては,aを定数としてaPμなる形式が考えられます。
 

そこで,3粒子のエネルギー:0,0,~0,それぞれ, 

,,k~と書き,放出されるμ,または電子の質量:μまたは 

eを単にmと書けば,

 
π中間子崩壊のS行列要素:Sfi(π)は,
 

fi(π)(-i)(2π)-9/2{/(4k~)}1/2(Ga/2)

[Pμ~()γμ(1-γ5)(~)](2π)δ(P-p-k~)  

となります。
 

 定数Gはβ崩壊定数であり,π中間子の全体としての崩壊率 

を決める定数aは,μ-とe-の崩壊モードに対して異なるかも 

知れません。
 

 nのβ崩壊やμ崩壊のケースと同様な,しかし4体でなく3体頂点 

なので,より簡単なステップで次の崩壊率ωの式を得ます。
 

ω=1/τ=(2π)3/(2π)5{1/(2μ)}(2||2/2) 

8∫d3~(2k~)-13(2p)-1δ(P-p-k~)

[2(pP)(~)(~)2] 

{2||2/(8π)}μ3(/μ)2(1-m2/μ2)2
 

※(注12-3):πの崩壊率は,まず,|fi(π)|2について3粒子の 

スピンS,,k~で総和を取り,1/2を掛けて始状態のπのスピン 

Sでの平均を取り,終状態の位相因子::3~3を掛けて積分 

すると,単一のしかし非偏極のπがある始状態iから全ての終状態 

fへの遷移確率となります。
 

これを相互作用領域の体積V,相互作用時間Tで割ると単位時間 

当たり,単位体積当たりの遷移確率,つまり,単位体積当たりの

遷移率となります。
 

最後に崩壊するπ中間子の波動関数は,Vの中に1個存在する 

ように規格化されているので,π1個当たりの遷移率とするため 

さらにVを掛けます。
 

すると始状態πの1個当たりの遷移率=崩壊確率ω=1/τ 

(τは寿命)として,

ω=(1/2) ΣS,s,k~~|fi(π)|23~3(VT)-1

得ます。
 

量子論の通常の定式化では遷移現象の相互作用領域は

全空間,相互作用時間Tも無限大という理想化をして

いるためVT=(2π)4δ4(0)として,(VT)-1|fi(π)|2

の中の[(2π)δ(P-p-k~)]2なるδ関数の2次因子

のうちの1つと相殺すると考えます。
 

また,πはVに1個という波動関数の規格化から,遷移確率

にVを掛けると,πが1個当たりの崩壊率にできますが,

V=∞のδ関数式規格化では,Vを(2π)3で置き換えます。
 

そこで,fi(π)(-i)(2π)-9/2{/(4k~)}1/2

(Ga/2)Pμ~()γμ(1-γ5)(~)]

(2π)δ(P-p-k~)を, 

fi(π)(-i)(2π)-9/2(8k~)-1/2 

(2π)δ(P-p-k~)M ; 

(Ga/2)(2) 1/2[Pμ~()γμ(1-γ5)(~)]

と書き直し,初期の崩壊前のπは静止状態として=μ

と置くと, 


 
ω=(1/2) ΣS,s,k~~|fi(π)|23~3(VT)-1
 

(1/2)(2π)3(2π)-9(2μ)-1∫d3~3(4k~)-1 

(2π)4δ4(P-p-k~)ΣS,s,k~~||2 

(2π)3/(2π)5(2μ)-1∫d3~(2k~)-13(2p)-1 

δ(P-p-k~)ΣS,s,k~||2 

となります。
 

 そして,ΣS,s,k~~||2(2||2/2)(2)-1 

ΣS,s,k~|Pμ~()γμ(1-γ5)(~)|2

[Pμνr{(+mμ(1-γ5)ν(1-γ5)}×(2||2/2) 

8{2(pP)(~)(~)2}×(2||2/2) 

が得られます。
 

ところが,μ(μ,0)では2(pP)(~)(~)2} 

=μ2(2~-E~~)=μ2(~-E~2)
 

また,∫d3~(2k~)-1=∫d4~θ(~0)δ(~2)より, 

∫d3~(2k~)-1δ(P-p-k~)=θ(~)δ((P-p)2) 

であり,(P-p)2=μ2+m22μEです。

 

μ=E+E~から,~=μ-EとしてE~を消去します。
 

 すると,,ω={1/(16π2)}μ-1(42||2μ2)

∫d3(2p)-1θ(μ-E)δ(μ2+m22μE) 

{(μ-E)(μ-E)2} です。


 さらに,d3=4πp2dp=4πpEdEであり,

p=||=|~|=Ek~=μ-Eです。
 

 よって,k~=を消去して,.ω={1/(4π)}}(42||2μ)

0μdEp δ(μ2+m22μE) 

{(μ-E)(μ-E)2};

ただし,p=μ-Ep です。
 

積分∫0μdEpを実行すると,δ(μ2+m22μE)因子 

から,(2μ)-1という因子が出現し,被積分関数では, 

(μ2+m2)/(2μ)に置き換える必要があります。
 

(μ2+m2)/(2μ)に対しては, 

p=μ-E(μ2-m2)/(2μ)であり, 

{(μ-E)(μ-E)2}(μ-E)(2-μ) 

=m2(μ2-m2)/(2μ2)です。
 

それ故,(2μ)-1{(μ-E)(μ-E)2} 

2(μ2-m2)2/(8μ4)=(2/8)(1-m2/μ2)2  

ですから, 

結局,ω=1/τ={2||2/(8π)}μ3(/μ)2(1-m2/μ2)2 

が得られます。 (12-3終わり)
 

ω=1/τ={2||2/(8π)}μ3(/μ)2(1-m2/μ2)2は,

m=meを代入すれば,π→e+ν~の崩壊率ωを,

m=mμを代入すれば,π→μ+ν’~の崩壊率ωμ

与える式です。

それ故,両者でGもaも共通の値なら,崩壊の分岐比として 

R(π→e+ν~/π→μ+ν'~)

(e/μ)2{(μ2-me2)/(μ2-mμ2)}2 

2.31488×10-5×5.49  1.27×10-4 なる予測値を与えます。

(↑※μ~140MeV,mμ~106MeV,m~0.51MeVを代入しました。) 


   これは,πの崩壊の分岐比の観測値:
 

R(π→e+ν~/π→μ+ν'~) ~1.3×10-4

3%以内の誤差で一致しています。
 

そこで,この結果もレプトンを含むあらゆる弱崩壊に対する

普遍性,および、-A結合「u()γμ(1-γ5)(~)]

妥当性を強くサポートするものです。
 

-A結合による抑制がなければ,予測分岐比は, 

(π→e+ν~/π→μ+ν'~)

{(μ2-me2)/(μ2-mμ2)}25.49程度となり,

はるかに大きい値となったはずです。


  今回も長くなりました。切りがいいのでここで終わります。


  (参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell 

"Relativistic QantumMechanics"(McGrawHill)

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