粒子の弱崩壊におけるV-A結合電子の偏極
唐突ですが,表題の項目について「弱い相互作用の旧理論」
のシリーズ記事に割り込みます。
以前の記事「散乱電子の偏極について」で記述したように,
運動する電子のスピン4元ベクトルをsμ=(s0,s)とすると
これは次の条件を満足します。
ただし,相対論を意識する意味で,特にc=1の自然単位ではなく
通常の光速cを陽に書く単位を用います。
この通常の単位で電子の4元運動量をpμ=(E/c,p)と
すると, 電子の4元スピン:sμ=(s0,s)が満たすべき
条件は,
(1) s2=sμsμ=(s0) 2-s 2=-1
(2) sp=0,あるいは,s0=sβです。
(※ただし,vを電子速度としてβ=cp/E=v/cです。)
これらの条件は,質量がmの電子の静止系ではpμ=(m/c,0)
sμ=(0,s),s2=1なので,sp=-sp=0, かつ.
s2=sμsμ=-s 2=-1を満たし,こうした等式の両辺
が慣性座標系に依らない不変量=Lorentzスカラーである
ことに由来します。
そして,ここでのs2=1を満たす3次元スピンsは,普通,記号
sで記述される大きさ1/2のスピン角運動量そのものではなく,
通常はs=σ/2で定義される大きさ1のPauliのσに相当する
ものです。
ただし,Pauliのσ=(σ1,σ2,σ3)は,2成分スピノルに作用する
2×2行列ですが,ここでの大きさ1のsは行列としては4成分
のDiracスピノルに作用する4×4行列を想定しています。
つまり,ここでのs=(s1,s2,s3)の各々のskは行列と
しては,細胞対角成分が共に2×2のPauli行列σkである
ような4×4の細胞対角行列σ(4)kを意味します。
Diracのガンマ行列による表現ではγ0γ5γkがこの
sk=σ(4)k(k=1,2,3)に一致します。
この定義での物理量(演算子):{(sp)/|p|}をhelicity
(ヘリシティ)と呼び,
{(sp)/|p|}u(p,+)=+u(p,+)
を満たす,helicity固有値+1に属する4元スピノル:u(p,+)
に対応する電子を右巻き電子,または正のhelicity(正の偏極)
を持つ電子といいます。
同様に,{(sp)/|p|}u(p,-)=-u(p,-)を満たす
固有値-1に属するスピノル;u(p,-)に対応する電子
を左巻き電子,または,負のhelicity(負の偏極)を持つ電子
といいます。
次に,このu(p,±)を2成分のφ±,χ±に分割して,
u(p,±)=[φ±(p),χ±(p)],のように表わすと,
u(p,±)が{(sp)/|p|}u(p,±)=±u(p,±)
を満たすことは,
2成分スピノルとして{(σp)/|p|}φ±(p)=±φ±(p),
かつ,{(σp)/|p|}χ±(p)=±χ±(p)が満たされること
を意味します。
pの向きが3軸の正の向きである,(σp)/|p|=σ3の
場合には±1に属する規格化された2成分固有スピノル
をh±とすると,h+≡[1,01T,h-≡[0,11Tです。
そこで,φ+(p),χ+(p) ∝h+, かつ,φ-(p)=χ-(p) ∝h-
であり,(sp)/|p|=s3の固値±1に属するhelicityが正,
負の固有スピノル:u(p,±)は,a,bを適当な係数として,
u(p,+)=[h+,ah+]T,u(p,-)=[h-,bh-]T,
なる形に書けることがわかります。
ところで,以前の記事「散乱の伝播波関数の理論(9)」など
を参照すると,質量がmのDirac粒子の正エネルギー解の陽
な形は,u(p,↑)
={(E+m)/(2m)}1/2[1,0,p3/(E+m),p+/(E+m)]T
u(p,↓)
={(E+m)/(2m)}1/2[0,1,p-/(E+m),-p3/(E+m)]T
で与えられます。
(※ただし,p±≡p1±ip2(複号同順)であり,また,ここでは
c=1の自然単位系に戻っています。)
今想定している3軸の正の向きが運動の向きの場合は,
p+=p―=0,p3=p≡|p|ですから,このとき,簡単
のために規格化係数:{(E+m)/(2m)}1/2をAと書けば,
u(p,↑)=A[1,0,p/(E+m),0]T,および,
u(p,↓)=A[0,1,0,-p/(E+m)]T です。
さらに,先に定義した(σp)/|p|=σ3の固有値±1に属する
2成分スピノル:h±を用いると,
u(p,↑)=A[h+,ph+/(E+m)]T,
u(p,-)=A[h-,-ph-/(E+m)]T
と簡素化されます。
ところが,電子とニュートリノのスピノルでγμ(1-γ5)を
はさむレプトンのV-A相互作用が働く場合,電子スピノル
u(p)に左からγμ(1-γ5)がかかるときには,
まず,(1-γ5)が作用して,
(1-γ5)u(p,↑)=A{1-p/(E+m)}[h+,-h+]T,
(1-γ5)u(p,↓)=A{1+p/(E+m)}[h-,-h-]T
となります。
(※何故なら,今の表示での(1-γ5)は下図の通りです。)
そして,[h+,-h+]Tは,{(sp)/|p|}の固有値+1に属し,
一方, [h-,-h-]Tは固有値―1に属する,それぞれ,,
helicityが正,負のhelicity固有状態です。
このV-A相互作用後には,観測される偏極(helicity)の
期待値:<(sp)/|p|>は,P=(NR―NL)/(NR+NL)
で測られます。
ただし,NRはhelicityが+1(右巻き)で出現する電子数,
NLをhelicityが-1(左巻き)で出現する電子数です。
したがって,元々u(p,↑)とu(p,↓)が対等に存在して
いた場合,V-A反応の後には,係数;A{1-p/(E+m)}
の絶対値の2乗:|A{1-p/(E+m)}|2がNRに比例し,
他方,|A{1+p/(E+m)}|2がNLに比例するため,
理論的には,
<(sp)/|p|>=P
=[{1-p/(E+m)}|-|1+p/(E+m)|2]
/[|1-p/(E+m)|2+|1+p/(E+m)|2]
=-[4p/(E+m)]/[{2(E+m)2+2p2}/(E+m)2)]
=-[4p(E+m)]/[2(E+m)2+2p2]=-p/E
となります。
結局,<(sp)/|p|>=P=-β=-v/cとなることが
わかりました。
(※βは電子速度をvで,光速cを陽に書く単位ではβ=ve/c
で定義される量ですが,c=1の自然単位では,単にβ=vです。
そしてβ=|β|です。)
ただ,上記論旨では,電子eのスピノルueをu(p)と考えて,
γμ(1-γ5)ueなるV-A因子を想定して考察しましたが,
実際の中性子nのβ崩壊やμ崩壊では,放出される
反ニュートリノν~とのペア(e,ν~)が,ue~γμ(1-γ5)vν~
なる因子として出現しますから,
γμ(1-γ5)ueではなくて,直接,ue~γμ(1-γ5)
なる因子について論じた方が良かったかもしれません。
しかし,ue~γμ(1-γ5)=ue~(1+γ5)γμであり,
ue~(1+γ5)={(1-γ5)ue}~ですから,
ue~γμ(1-γ5)因子から生じるue~(1+γ5)の左巻き,
右巻きは,γμ(1-γ5)ue因子での(1-γ5)ueのそれ
と同一と考えられるため,反ニュートリノとのペア
(e,ν~)で放出される電子について上記の結果は
<(sp)/|p|>=P=-β=-v/cを得たのと
同等です。
Dirac粒子が電子eであることを強調して添字eを付加
すると偏極の期待値は,
<(sepe)/|pe|>=Pe=-βe=-ve/c
と表現されます。
相対論的極限のve →c(光速) or βe→ 1では,
100%左巻き電子のみが放出されることになります。
Pe=(NR-NL)/(NRNR/(NR+NL)は電子の偏極
(helicity)の期待値ですが,PeR=NR/(NR+NL),
PeL=NL/(NR+NL)とおけば,これらPeR,PeLは,
それぞれを電子の右偏極率,左偏極率を意味します。
PeR+PeL=1であり,期待値P eは比率:PeR,PeLの
それぞれに,+1,―1のhelicityを掛けた平均値:
Pe=PeR-PeLです。
電子速度が光速cになる相対論的極限では
Pe=-βe→ -1ですが,これは,PeR→0,PeL→1
であり,100%左巻きになることを意味します。
さて,逆β崩壊でのレプトンペア(e+,ν)の陽電子の放出
に際しては,これは負エネルギーの電子の入射として先の
β崩壊の(eー,ν~)のレプトン因子:ue~γμ(1-γ5)vν~
の代わりに,uν~γμ(1-γ5)ve因子となり,
(1-γ5)vν~が100%右巻きの反ニュートリノを意味する
のに対し,uν~γμ(1-γ5)=uν~(1+γ5)γμは100%
左巻きのニュートリノを意味します。
他方,質量mのDirac粒子の負エネルギー解は
正エネルギー解;u(p)=[φ(p),χ(p)]の大成分φと
小成分χを入れ換えたv(p)=[χ(p),φ(p)]なる形
になり,
v(p,↓)=A[ph+/(E+m),h+]T,
v(p,↑)=A2[-ph-(E+m),h-]T
です。
そして,(1-γ5)v(p,↓)
=A{p/(E+m)-1}[h+,-h+]T,
(1-γ5)v(p,↑)
=A{-p/(E+m)-1}[h-,-h-]T
です。
Diracの空孔理論(holeTheory)や散乱のFeynman規則
により 電子の負エネルギ-解:v(p,↓)は,運動量が-p
でスピンがアップ(↑),つまりhelicityが-1の
正エネルギーの陽電子を意味し,
逆に,v(p,↑)は,運動量が-pでスピンがダウン(↓),
つまり,helicityが+1の正エネルギーの陽電子を意味
するため,
結局, <(sp)/|p|>=P
=[-|p/(E+m)-1|2+|-p/(E+m)-1|2]
/[|p/(E+m) -1|2+|-p/(E+m)-1|2]
=p/m=β が得られます。
したがって,<(se+pe+)/|pe+|>=Pe+=βe+=ve+/c
を得ます。
よって,100%左巻きのニュートリノとペアで放出される
陽電子の場合,陽電子速度が光速cになる相対論的極限:
ve+→c or βe+→1では,陽電子は100%右巻きとなります。
「弱い相互作用の旧理論」の次にアップする予定のπ中間子
の崩壊について過去ノートから草稿を作成していた際に,ここ
までの弱い相互作用の理論展開では,電子など質量がゼロでない
レプトン(軽粒子)の偏極(helicity)について私自身の理解が
十分でなく,かなり誤解があるのでは?との疑いが生じたので
ここのところ見えない眼と働きの鈍い頭で,文献や参考書
などを調べて,改めて知見を納得してまとめたのがこの記事
です。
間違えていたと思える最近の記事の部分はこれからボチボチ
修正してゆこうと思います。
その後にπ中間子の崩壊に移りますね。
PS:この記事を受けて,最近の記事の中で,
「100%偏極したニュートリノとcoupleした,質量のある電子
やμ粒子も100%偏極している。」
という意味の間違った記述をしていた部分については.現時点
(3月16日夜)では,修正が完了したと思います。
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