弱い相互作用の旧理論(14)(Fermi理論)
「弱い相互作用の旧理論」の続きです。
今日は,ニュートリノには2種類あるという話題です。
§10.15 2つのニュートリノ(Two Newtrinos)
ここまで論じてきたレプトンを伴なう相互作用では,S行列要素
のレプトン部分因子が,[u~(p)γμ(1-γ5)v(k~)]なる形で
与えられるような同一のV-A構造に導くことを見てきました。
すなわち,こうした弱い相互作用ではμ-とe-のスピノルは,
2成分スピノルでも表現できる左巻きニュートリノに変換する
という遷移振幅の構造を持ちます。
しかし,ニュートリノの余分な自由度を除く方法で見たように,
パリティ非保存を与えることでは,それほど節約的であったのに
自然は2つの物質粒子であるνとν'を与えることにおいては.
不可解なほど自由度の増加に対して寛容です。
このνとν'は,ほとんど同一ですが,しかし非常に異なる
ものです。
Feynmanダイアグラムの電子線と1つの頂点で結ばれる
νは常に左巻きで,ゼロ(または非常に小さい)質量を持ち
ますが,これは丁度μ粒子と1頂点で結ばれるν'でも同じ
です。
しかしながら,それらνとν'が異なるであろうと考えられる
第一の理由は,μ-→e-+γというμの輻射崩壊率の信頼には
欠けるが理論的に評価されているものと,観測分岐比:
R(μ-→e-+γ)/R(μ-→e-+ν~+ν’) <10-7
を示した実験との対比に由来します。
こうしたμ-→e-+γのようなプロセスは,特に相互作用
を仲介する中間状態としての荷電ベクトルメソンの存在の
仮定に訴えないなら,如何なる既知のメカニズムによっても
弱い相互作用の1次のオーダーでは生じない反応です。
ベクトルメソンの仮説(vector-meson dominance)は,
図10-20に示されたグラフに沿う形でなされます。
こうしたグラフの計算から得られる答は発散し,あまり
真面目には考慮されませんが,上述の分岐比のように
,10-4 ~10-5 よりも小さい比になることを主張するのは,
かなり困難なことです。
※(注14-1):このグラフは運動量表示で質量ゼロのFermi粒子
νの伝播関数:i/(k+iε)}と質量がmVのベクトルメソンの
伝播関数:(igμν)/{(p-k)2-mV2+iε}の積の因子のkに
よる積分:∫d4kを含むため,kについてはk→∞で対数発散
するはずです。まあ,繰り込めば有限になる可能性はあります
から分岐比の評価はできるかもしれません。
(注14-1終わり)※
しかしながら,μと関わるν'が,eと関わるνと異なるなら,
そもそも,これらのグラフは,他のあらゆるグラフと同様に消え
ます。(※ つまり,μにもeにも同時に連結するνまたはν'
の線があるようなグラフは存在しません。)
2つの異なるニュートリノがあることの証拠となる.より信頼
できるテストは,PonrecorroとSchwartzによって提案されたもの
で,π崩壊による高エネルギーのν'-ビームによって,逆β崩壊
反応の初期状態とすることを意図した実験を行なうものです。
特に引き続く逆β反応によって生成される高エネルギー
の電子,または,高エネルギーのμ粒子を探せばいいです。
この結果,μの生成は確実に観測され,一方,eの生成は
観測されなかったので,今や,2つのニュートリノの存在
に賛成する明確な証拠を得たことになります。
μとeの間には,静止質量の他に何の差異があるのか?
そして自然は何故2つの荷電レプトンを生み出したのか?
という難しい問いに加えて,今や,何故,自然は2つのニュートリノ
という難問を与えるのか?ということが付け加えられます。
※(注14-2):この記事の参考テキストが出版された時代には,
まだ,荷電レプトンはμとeの2つだけでした。
その後,μよりもさらに質量が重いだけの違いしかない
τ粒子の存在が確認され,現在ではそれらに伴なってニュートリノ
もνe,νμ,ντの3種類が存在することがわかっています。
これらを(e,νe)T,(μ,νμ)T,(τ,ντ)Tとペアにして.
それぞれ,ハドロンクォークの3世代:(d,u)T,(s,c)T,(b,t)T
に対応させます。
(※d,u,s,c,b,tはdown,up,strange,charm,bottom,topの
頭文字で,これらの量子数をフレイバー(Flavour:香り)
自由度といいます。)
ハドロンの基本粒子クォーク(Quark)がフレイバーごとの3世代,
6個あってそれぞれ3個のカラー自由度があるる理由も,
レプトン (Lepton)のDirac粒子が上記のように3世代6個ある理由と
同じくらい不可解ですが,取りあえず,対応は付きます。
例えば,私が学生当時に専門としていたカイラル三角グラフの
量子アノマリー(量子異常:Triangle-Anomaly)は,荷電粒子の電荷
に比例する形で出現しますが,全てのクォークの電荷の和をカラー
を考慮して3倍したものと,レプトンの電荷を全て総和したもの
が相殺してゼロとなり,総体としては消えます。
したがって,3世代の対応があれば可能な全てのカイラル
三角グラフを総和すると,アノマリーフリーとなります。
これは,t'Hooft(トフフト)により指摘されたことです。
もっとも,アノマリーも必要なもので,もしもこれが無いなら
南部-Goldstonボソンの1つであるπメソンの,π0 → 2γ崩壊
の崩壊率の計算値はゼロ,または観測値よりはるかに小さい値
になりますが,アノマリーの存在を考慮して計算すると,観測値
に合致する結果を得る,ことがわかっています。
(注14-2終わり)※
今日はつなぎで,とても短かいですが,一区切りなのでここで
終わります。
(参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell
”Relativistic QantumMechanics”(McGrawHill)
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