強い相互作用(湯川相互作用)(17)
前回の記事:「強い相互作用(湯川相互作用)(16)」は,記事が
長過ぎるという理由で,やや中途半端なところで終わりました。
その続きです。
前記事の続きなので,まず,その記事の最後の部分を再提示します。
C.M系でのBorn近似では,[exp(iδ33)sinδ33] Born
~ 4q3f2/(3ωμ2)ですから,このオーダーで,
[q3cotδ33]Born~ 3ωμ2/(4f2) です。
※(注 17-1):途中からなので,改めて式における記号のいくつかを
説明 しておきます。
文中の単位は全てc=hc=1の自然単位です。
(cは光速,hはPlank定数でhc≡h/(2π)です。)
π-N散乱において,質量がMの核子N(p,またはn)に
衝突するπ中間子の質量をμ,そのエネルギー:運動量4元ベクトル
を,qμ=(q0,q)とします。q0=(q2+μ2)1/2です。
また,ωはω≡q0=(q2+μ2)1/2で定義されるπのエネルギー.
qはその運動量であり,q≡|q|と定義しています。
また,核子:Nのエネルギー:運動量4元ベクトルはpμ=(p0,p)
です。p0=(p2+M2)1/2です。
π-N散乱のC.M系とは慣性中心系(Center of Mmass System
=重心系)を意味し,衝突前にはp+q=0を満たす慣性系です。
実験室系とは,衝突前には核子Nが静止した標的であるような
慣性系:pμ=(p0,p)=(M,0)となる座標系です。
一般に実験室系と慣性中心系では散乱(微分)断面積の値は
違います。
また,軌道角運動量がlの部分波散乱振幅における位相のずれ
をδlで記述います。
ただし,ここで用いているδ33はアイソスピンも含む(3,3)チャネル
の部分波振幅における位相のずれ:つまり,全アイソスピンが3/2
のπ+p散乱で,角運動量も軌道角運動量がl=1のP波と陽子p
のスピン1/2の総和として,全角運動量が3/2のチャネルの部分波
振幅における位相のずれの意味です。
(注17-1終わり)※
[q3cotδ33]Born~ 3ωμ2/(4f2)なる式を,
q(2l+1)cotδ=a+bω+cω2+のl=1の式と比較すると,
a=0,b~3μ2/(4f2)を得ます。
このωによるベキ展開の次の係数cを決定して,散乱長への有効
レンジ補正を含む公式に発展させるためには,低エネルギー近似
計算の限界を超える必要があります。
既に,(3,3)チャネルでのq3cotδ33=a+bω+cω2の係数c
が負であるという予想をしました。何故なら,この符号は他の
チャネルと逆に引力ポテンシャルに対応するからです。
そこで,このcの負符号まで含めた低エネルギー近似を書くと,
q3cotδ33=+{3ωμ2/(4f2)}(1-ω/ωr)なる形に書けます。
これは,f2~ 0.08,あるいは同じことですが,g02/(4π)~14とし,
ωr~2.2μとすればπ+p散乱実験との良い一致が見られます
(※f2≡{g02/(4π)}{μ/(2M)}2,μ~140MeV,M~ 940MeVです。)
式:q3cotδ33=+{3ωμ2/(4f2)}(1-ω/ωr)は,固定された
核子源(ω/M→0の極限)に関する中間子理論から,§10.6の
π-N散乱の節で与えた散乱振幅の表式:
Sfi=(2π)-6{M2/(4Ep1Ep2ωq1ωq2)}1/2
×(2π)4δ4(q2+p2-q1-p1)M;
M=(-ig0)2χ2+u~(p2,s2)[φ2*τiγ5i{γ(p1+q1)-M}]-1
iγ5τφ1+τφ1iγ5i{γ(p1-q2)-M}]-1iγ5τφ2*]
u(p1,s1)χ1
において,なされたような結合定数のベキ展開に頼ることにより,
ChewとLowによって,初めて導出された評価式です。
さて,ここからが,前からの続き=今回の新たな記事です。
※(注17-2):ωは,ω≡q0=(q2+μ2)1/2で定義されるπ
中間子のエネルギーですが,ωが実際に意味のあるπの
エネルギーなら,ωもq=|q|も正の実数ですから,
ω=(q2+μ2)1/2≧μを満たすはずです。
こうした実際にωがπの取り得るエネルギーであり,ω≧μ
を満たすとき,ωの値を物理的値といい,ωの作る複素平面
上のω≧μの実数半直線領域をωの物理的領域といいます。
そして,ωが取り得る下限値:ω=μを物理的領域の閾値
いい,ます。他方,ω<μの実数半直線上や,他の複素平面領域
を非物理的領域と呼びます。 (注17-3終わり)※
dσ33(π+p)/dΩ
~ (1/q2)|exp(iδ33)sinδ33}2(1+3cos2θ),
かつ,[exp(iδ33)sinδ33]Born ~ 4q3f2/(3ωμ2)
のω=0 における特異性:つまり,特異点:ω=0はω=μにおける
物理的閾値より下の非物理的領域にありますが,これはBorn振幅
でのエネルギー分母がゼロになることに起因すると見なすことが
できます。
※(注17-3):まず.2013年1/9の過去記事:
「強い相互作用(湯川相互作用)(10)」より,一部を再掲載して
π-N散乱の復習をします。
次の図10.8のFeynman-diagramは,結合定数:g02/(4π)の
オーダーの最低次の核子Nによるπ中間子の散乱を記述して
います。
Feynman-ruleによって,図の散乱振幅は,
Sfi=(2π)-6{M2/(4Ep1Ep2ωq1ωq2)}1/2
×(2π)4δ4(q2+p2-q1-p1)M です。
ただし,Mは不変振幅で,M=(-ig0)2χ2+u~(p2,s2)
[φ2*τiγ5i{(p1+q1)-M}]-1iγ5τφ1
+τφ1iγ5i{(p1-q2)-M}]-1iγ5τφ2*]u(p1,s1)χ1
です。
交叉対称性(Crossing symmetry)というものが存在して,
Sfiは,φ1 ⇔ φ2*,q1 ⇔ -q2 なる交換の下で不変です。
この交換の下での対称性は,最低次だけでなく全ての高次の
摂動においても保持されることがわかります。
Feynman-diagramから10.8a図の1つのように終状態でπが放出
されるよりも前に始状態で入射するπが吸収されるようなグラフ
の1つ1つの図に対して,10.8b図のように終状態でπが放出
されるより後に始状態で入射するπが吸収されるだけ異なる
グラフが1つずつ存在します。
(↑ここまでが再掲載部分です。)
π-N散乱の中間状態の核子伝播関数は,2つの交差グラフで,
1/{(p±q)-M}であり,この分母を有理化すると,
1/{(p±q)-M}={(p±q)+M}/{(p±q)2-M2}ですが,
π-N散乱の最低次グラフでは,伝播関数の両端の頂点に結合
する核子線もπの線も実粒子を示す外線であって,質量殻上に
あるため:p2=M2,かつ,q2=μ2より,分母は
{(p±q)2-M2}=±2pq+μ2 です。
さらに,標的核子の静止系=実験室系では,pμ=(p0,p)
=(M,0)なので,ω=q0として.
{(p±q)2-M2}=±2pq+μ2=±2Mω+μ2 です。
したがって,結局,1/{(p±q)-M}
={(p±q)+M}/(±2Mω+μ2) です。
よって,分母がゼロになるωの極は,ω=ω1≡μ2/(2M),
または,ω=ω2≡-μ2/(2M)の1位の極ですが,低エネルギー
の極限:(ω/M)→0 では,ω1,ω2共にゼロになります。
いずれにしろ,特異点ではω≧μが満足されないので,特異点
=極は非物理的領域にあります。 (注17-3終わり)※
※(注17-4):運動量表示の核子Nの伝播関数:
i/( i/(p-M+iε)やπ中間子の伝播関数:i/(q2-μ2+iε)
の分母にあるpμやqμのエネルギー=p0やq0のゆらぎ(不確定さ)
:⊿Eは時間tのゆらぎ:⊿tと,Heisenbergの不確定性原理:
⊿E⊿t≧1/2を満たすことがわかっています。
そのため,衝突散乱を含む遷移現象のような⊿t≠0 ですが非常
に短かい⊿t~ 0のような反応の途中では,⊿E~ 大となり,
一時的にエネルギー・運動量が保存されるp=Mやq2=μ2の
質量殻を外れた非物理的領域にあってもいいだろう。。という
もっともな憶測と,
実は,単なる近似計算法に過ぎない摂動論や計算のメカニズム
を図式化したFeynman-diagramの中間状態(内線=伝播関数)の上
の粒子(状態)が非物理的なエネルギー・運動量を取り得ること
のイメージが,何故か合致していて,それらは仮想粒子(仮想状態)
と呼ばれています。
逆に物理的粒子(外線)は実粒子と呼ばれます。
(注17-4終わり)※
さて,図10.10のように,中間子頂点の間を伝播するのが唯一の
核子線であるような,あらゆる高次の項も係数因子としてω=0
の単一の1位の極を持つ項に寄与し,この極の留数はそれらの
効果の総和で与えられます。
他の全てのdiagrams:例えば,図10.11は,エネルギーがω=0で,
π中間子の外線に対して有限であり,それ故,の第2項,または
有効距離項に寄与します。
q3cotδ33=+{3ωμ2/(4f2)}(1-ω/ωr)に対して,
[(q3cotδ33)/ω]を縦軸,ωを横軸としてプロットし,非物理的値
なので実測データには存在しないω=0の対応点を外挿すること
によって,図10.10の振幅への寄与分を分離します。
図10.10の振幅は,物理的核子p2=M2が虚数運動量:
q=|q|=iμを持つω=(q2+μ2)1/2=0の中間子を吸収放出
し,なお,物理的核子,つまり,(p+q)2=M2のままであるような
ものの強さを測ることになります。
この振幅は,Chew-Lowによって確認されたように,中間子π
と核子Nの結合定数の値であり,f2 ~ 0.08なる値がこの外挿
法から決定されたのでした。
今日の」記事はここで終わります。
次回は強い相互作用の最後の項目である電磁形状因子について
記述する予定です。
(参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell
"Relativistic QantumMechanics" (McGrawHill)
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