強い相互作用(湯川相互作用)(18)
「強い相互作用(湯川相互作用)」の続きです。
前回最後の約束通り電磁形状因子の話です。
§10.9 中間子と核子の電磁構造
(Electromagneic Structure of Mesons
and Nuclrons)
中間子πと核子Nの相互作用は,既述した通り,それらの強い
相互作用に影響されます。
陽子pの磁気モーメントは,電荷eの粒子に対するDirac方程式
から 予測される値:1.0μBに比べて異常に大きい値:2.79μBを
持つことが,かなり昔から知られています。
ここで,μBは,μB≡ehc/(2Mpc)であり,これは核子のBohr
磁子(Bohr Magneton)です。(hc=h/(2π),hはPlank定数)
(※自然単位ではμB=e/(2Mp)ですが特にここだけ単位を
入れてみました。※)
ただし,「量子電磁力学の輻射補正」の項目で2次のくり込み
として求めたSchwingerの異常磁気能率項:{α/(2π)}μB などの
補正については,今は無視しています。
同様に,中性子nは-1.91μBの磁気モーメントを持ちます。
しかし,Dirac方程式は電荷ゼロの中性粒子については.
磁気モーメントはゼロであることを予測します。
Dirac方程式:(iγμ∂μ-M)Ψ(x)=0で,電磁相互作用を
導入するには,通常は極小電磁結合(minimalcoupling):
iγμ∂μ → γμ(i∂μ-eAμ)なる置き換えを行いますが,
これからは,1.0μBの磁気モーメントが得られるだけです。
したがって,この極小置換の代わりに,さらに磁気相互作用
をも加えて,
iγμ∂μ → γμ(i∂μ-eAμ)-(κNμB/2)σμνFμν
としてみます。
ここに,κp=1.79,κn=-1.91です。
ただし,σμνは,σμν=(i/2)[γμ,γν] で定義されています。
したがって,σνμ=-σμνであり,μ=νならゼロです。
また,Fμν=∂νAμ-∂μAνです。
※(注18-1):{γμ(i∂μ-eAμ)-M}ΨN(x)=0 の非相対論的極限
では,ΨH ~ [ψ,0]Tとすると,[(μBσB)ψ,0]Tという項が出ます。
何故なら,σij=σij(i,j=1,2,3)は.細胞対角成分がPauli行列;σk
の細胞対角行列です。ただし,(i,j)=(1.2)ならσ12=iγ1γ2,
なのでk=3,同様に,(i,j)=(2.3)ならk=1,(i,j)=(3.1)
ならk=2です。
その他の(i,j)成分は,反対称性:σji=-σijから決まります。
また,Fij=∂jAi-∂iAjより,(F23,F31,F12)=∇×A=B
です。故に,Σij=13σijFij=[(2σB)ψ,0]T です。
他方,(F10,F20,F30)=∂A/∂t-∇φ=E=-(F01,F02,F03)
であり,σk0=iγkγ0=ですが,これは細胞対角成分がゼロの細胞
反対角行列なのでΣk=13(σk0Fk0+σ0kF0k)も細胞反対角行列の
ため,ψN ~ [ψ,0]Tに作用させると大成分(上成分)ψには寄与
しません。
故に,非相対論的極限では,この-(κNμB/2)σμνFμνの項を
加えることで2成分スピノルψに対して,これが陽子波動関数
なら-{(1+κB)μBσB)}ψ,中性子波動関数なら,
-κBμB(σB)ψという磁気モーメントによるPauli項
を得ます。
相対論的には, 付加項はLorentzスカラーであるべきなので,
μ,νの一方が 0 の場合も含めて,-(κNμB/2)σμνFμνを
加えると正しいHamiltonian密度が得られると予想されます。
(何故なら,磁場Bの中に磁気モーメントμの磁石(磁気双極子)が
ある場合の磁気エネルギーは,-μBです。) (注8-1終わり)※
しかし,より有効なアプローチは,このような新しいパラメータ
を含む項を導入するような試みは避けて,通常の極小結合変換:
iγμ∂μ → γμ(i∂μ-eAμ)に忠実に議論を進める方法です。
このアプローチは,上述の異常磁気モーメントも含む
[γμ(i∂μ-eAμ)]からの全ての偏差を,強い相互作用の影響
に帰せしめるものです。
強い相互作用と電磁相互作用の違いはありますが,この同じ
精神のアプローチで2011年4/4から7/3までの過去記事:
「量子電磁力学の輻射補正」の(1)~(14)では,原子のエネルギー
準位におけるLambシフトや電子の異常磁気モーメントが光子
(電磁波)と電子の電磁相互作用の効果を考慮することにより,
現在の実験的精度の限界まで説明できることを見ました。
このときは最低次のくり込みに頼った詳細な計算を行って
定量的評価を得きましたが,
強い相互作用には電磁相互作用ほど理論的基盤が無いため,
今回は,詳細な計算に頼ることなく,不変性(対称性)の要請のみ
にに頼ることで,強い相互作用で生成される[γμ(i∂μ-eAμ)]
からの修正の一般形式を確立することを試みます。
今のπとNの相互作用の例では,Lorentz不変性と電磁カレント
の保存の要請が1粒子の電磁頂点(Vertex)を厳しく限定します。
最初に,図10.12(a)の電磁相互作用の光子のπ中間子頂点へ
の(強い相互作用)による)”輻射補正”を与える図10.12(b)
のグラフを考察します。
π-Nの強い相互作用でのFeynman-ruleによれば,
図10.12(a)の頂点への図10.12(b)による電磁カレント
の補正は,
e(pμ+p'μ) → e(pμ+p'μ)
+(-ig0√2)2(-)∫d4k(2π)-4
×Tr[(p’+k-M) -1(eγμ)(p+k-M) -1
(iγ5)(k-M)-1(iγ5)]≡e(pμ+p'μ)+Iμ(p',p)
です。
※(注18-2):電磁相互作用する光子に電荷がeのFermi粒子
が2本接続する電磁相互作用頂点では,その質量m,電荷eの
Dirac粒子の波動関数(スピノル)ψが従うDirac方程式は,
(iγμ∂μ-m)ψ=eγμAμψであり,これに基づく
Feynman-ruleでは,1つの頂点の寄与は,(-ieγμ)で,
これに光子の波動関数:Aμ,またはその伝播関数が接続する
のでした。
図10.12(a)のように,同じ光子の電磁相互作用頂点で
Dirac粒子でなく質量μ,電荷eのBose粒子である荷電π
中間子が2本接続するときは,
自由中間子の従うKlein-Gordon方程式:
(□+μ2)φ=(∂μ∂μ+μ2)φ=0で,極小変換:
i∂μ → (i∂μ-eAμ)により,光子の電磁相互作用
があるときは,粒子が従う方程式は,
[(i∂μ-eAμ)(i∂μ-eAμ)-μ2]φ=0 となります。
これに,ゲ-ジ条件を物理的状態の付帯条件:
(∂μAμ(+))|phys>=0で与えて,実質上の方程式は,
(□+μ2)φ=(-i∂μφ)(eAμ)+(e2AμAμ)φ
となるため,
運動量qで入ってくる光子が,運動量がp'のπ+と運動量
が-pのπ-の対に偏極(対生成)する(未来から負エネルギー
の運動量pのπ+が入ってきて過去に進み,運動量qの光子
を吸収し,そこからは正エネルギーのp'=p+qのπ+と
なって,また未来へと出ていく)ときの単純な頂点のeの
1次摂動の因子は,(-i)×e(pμ+p'μ)です。
しかし,π中間子に核子が2本接続する強い相互作用頂点
の場合は,πが擬スカラー粒子でもあり,核子の波動関数
Ψ=[ψp,ψn]Tが従うDirac方程式は,
(iγμ∂μ-M)Ψ=g0iγ5(τφ)Ψ なので,これに基づく
Feynman-ruleでは,このπ中間子の強い相互作用の1頂点の
寄与は(-ig0)(iγ5τ)であり,これにπ中間子の波動関数
:φ=(Φ1,φ2,φ3)または,その伝播関数が接続します。
上述のことは,2012年8/1にアップした本ブログの過去記事:
「強い相互作用(湯川相互作用)(6)アイソスピン1)」における
アイソスピン定式化の項目を参照したものです。
それによれば,核子の波動関数Ψ=[ψp,ψn]Tが従う
Dirac方程式は,(iγμ∂μ-M)Ψ=g0iγ5(τφ)Ψであり,
一方,π中間子の波動関数φ=(Φ1,φ2,φ3)は,
Klein-Gordon方程式(□+μ2)φ=-g0Ψ~iγ5τΨ
に従います。
図10.12(b)のグラフは運動量qで入ってくる光子が,
運動量(p'+k)の陽子と(-p-k)の反陽子との対
(ただし,q=p'-p)に偏極(対生成)して,時間の正の向き
には運動量(p'+k)の陽子から,強い相互作用の1頂点で
運動量p'のπ+中間子を放出します。
その後には,運動量kの中性子が進み,次の頂点では,時間
の逆向きに運動量pのπ+が吸収されて(=運動量-pの
負エネルギ-のπ-が時間の正の向きに放出されて),運動量
(p+k)の負エネルギーの陽子となって進み全体として核子
線ループを作っています。
これの寄与を求めるには,まず,核子NのFeyman伝播関数:
iSF(x-y)=i∫d4P(2π) -4[exp(-iPx)(P-M+iε)-1
の運動量表示のi(P-M+iε)-1のPに,それぞれ,P=p'+k,
P=k,P=p+kを代入して,その間に頂点因子:(-ieγμ),
(-ig0)(iγ5)を挟んで積を取ります。
これは,アイソスピンのτと関わる因子を除いたもので.
これば,(-ig0)i(p'+k-M) -1(-ieγμ)×
i(p+k-M) -1(-ig0) (iγ5)i(k-M)-1((-ig0)(iγ5)]
でで与えられ,さらにFermionループなので,頂点因子 の寄与
としてはトレースを取り,積分:(-)∫d4k(2π)-4
を実行します。
ここで考慮をはずしたアイソスピン因子を含む計算では,
ループ上の核子のFeyman伝播関数は,iSFだけではなく,
アイソスピンの2×2Pauli行列:τ=(τ1,τ2,τ3)にも
作用するよう,1を2×2単位行列として, 伝播関数は,
iSF1であると解釈します。
その1のα行β成分はδαβですから.ループの寄与を陽に
書くと,iSFδαβ(iγ5τ)iSFδαβ(iγ5τ) です。
一方の頂点で,|π+>=φ+|p'>=(1/√2)[1,I,0]Tφp'
を放出し,もう一方の頂点からは,|π->=φ+|p>
=(1/√2)[1,-i,0]Tφpをも放出するとき,
頂点因子のうちのアイソスピンに関わる因子のみの寄与は,
δαβ(τφ+*)βγδγρ(τφ+)ρα=Tr[(τφ+*)(τφ+)
=Tr(√2τ-)(√2τ+]=(√2)2 です。
ここで,τ-=(1/2)(τ1-τ2),τ-=(1/2)(τ1+τ2)より,
τ-τ+=1を用いました。
結果として,全ての寄与は,(-ig0√2)2(-)∫d4k(2π)-4
×Tr[i(p'+k-M) -1(-ieγμ)i(p+k-M) -1(iγ5)
i(k-M)-1(iγ5)] となります。
摂動論の次数ごとにかかる(―i)因子を考慮し,2次補正項
の因数を最低次のe(pμ+p'μ)のそれに合わせ,伝播関数
のiを除去すると,付加すべき項Iμ(p',p)の正しい計算式
として,
(-ig0√2)2(-)∫d4k(2π)-4
×Tr[(p'+k-M) -1(eγμ)i(p+k-M) -1
(iγ5)(k-M)-1(iγ5)] が得られます。
(注18-2終わり)※
しかしながら,上記のIμ(p',p)の具体的な積分表現式
には,それほど興味は感じられません。何故なら,これは
g02の発散する級数展開の第1項に過ぎず,しかもこの項
自身も明らかに発散するからです。
この強い相互作用では,電磁相互作用の補正でやったような
くり込み処方を適用することができそうにありません。
しかし,これがLorentz変換の下でのπ+の電磁カレント
への加えられた寄与の形であるとして,もしも有限なら
如何に変換するか?を見るのは興味深いことです。
こうした変換性は全ての高次のオーダーでも真であると
考えられます。
Iμ(p',p)=(-ig0√2)2(-)∫d4k(2π)-4
×Tr[(p'+k-M) -1(eγμ)i(p+k-M) -1
(iγ5)(k-M)-1(iγ5)] においてトレースを取り,
d4k積分を実行したものが有限なら,右辺がLorentz
4元共変ベkトルとして変換するのは明らかです。
ここで,関係する独立で使用可能な4元共変ベkトルはpμ
とp'μだけですから,このIμ(p',p)は次のように書ける
はずです。
すなわち,Iμ(p',p)=pμf1(p2,p'2,(p-p')2)
+p'μf2(p2,p'2,(p-p')2) です。
係数:f1,f2は形状因子(form factor)と呼ばれ,
3つの独立なスカラー:p2,p'2,(p-p()2のスカラー
関数です。
もしも,時間の正の向きを図の下から上に取り,
電磁ポテンシャルによる実中間子の散乱のグラフと限定
するなら,p2=p'2=μ2ですから.形状因子:f1,f2は,
不変運動量遷移:q2=(p'-p)2のみの関数となります。
そして,さらなる制限はカレント保存の要請から得られます。
例えば,実中間子の電磁カレントの運動量qμ成分に対しては,
qμIμ(p',p)=pμIμ(p',p)-p'μIμ(p',p)=0
です。
この結果は,積分表現式:
Iμ(p',p)=(-ig0√2)2(-)∫d4k(2π)-4
×Tr[(p'+k-M) -1(eγμ)i(p+k-M) -1
(iγ5)(k-M)-1(iγ5)]において,
積分変数をk → k+qのようにシフトしても,積分が
有限なら結果が変わらない。。という2011年4/8の
過去記事: 「量子電磁力学の輻射補正(2)(真空偏極1)」
の光子の真空偏極についての結果に同様な方法で証明
できます。
そして,実際には積分は有限でないので,有限化する手続き
が必要なため,同様なあいまいさもあります。
※(注18-3):念のため「量子電磁力学の輻射補正(2)(真空偏極1)」
より,ほんの一部の図を転載です。
下図8.5に描写したように,電子loopはAμ(q)が相互作用
するブラックボックス(?=頂点)を流れるcurrentに対して
e2補正を与えます。
(※この図の実線=電子をπ中間子に変更すれば図10.12に
なります。※)
(注18-3終わり)※
※(注18-4):πの散乱と見ると,図10.12(a)では,一部係数を
除いてS行列要素は,
Sfi=(2π)-3(4ωfωi)-1/2e(pf+pi)μAμ(q)ですが,
これに 図10.12(b)を加えた寄与は,
Sfi=(2π)-3(4ωfωi)-1/2[e(pf+pi)μ+Iμ(pf.pi)]Aμ(q)
に修正されます。
そして,補正後のS行列要素Sfiが,電磁場のゲージ変換:
Aμ(q)→Aμ(q)+qμΛ(q)に対して不変であるなら,
Λ(q)は任意なので,それは,qμIμ(pf.pi)=0
を意味します。
つまり,上記のカレントの保存の条件はゲージ不変の条件と
同値です。
実際,元々のS行列要素は,電磁カレント=電流密度:
jμ=eψ~γμψによる相互作用項(摂動項):jμAμ
=eψ~γμAμψに起因する散乱現象の振幅です。
そして,この電磁相互作用項のFourier 成分:
jμ(q)Aμ(q)が任意のΛ(q)についての ゲージ変換:
Aμ(q) → Aμ(q)+qμΛ(q)に対して,不変である
という条件が課せられると,電磁カレントjμ(q)
に対してqμjμ(q)=0 が成立します。
これをqによるFourier成分でなく座標xによる表現で
見ると.∂μjμ(x)=0 :つまり電磁カレントの保存を
意味します。 (注18-4終わり)※
qμIμ(p',p)=p'μIμ(p',p)-pμIμ(p',p)=0
より,(p'p)f1+p'2f2=p2f1+(pp')f2 です。
この等式は,p2=p'2=μ2での実中間子散乱グラフでも成立
し,このとき,[(pp')-μ2][f1(q2)-f2(q2)]=0
なので,f1(q2)=f2(q2) と結論されます。
したがって,実π+中間子の電磁ポテンシャル:Aμに
よる散乱でのπ+の電磁相互作用カレントは,
e(p'μ+pμ) → e(p'μ+pμ)Fπ(q2)という形で
修正されます。
ただし,Fπ(q2)≡1+f1(q2)=1+f2(q2)は,πの
電磁形状因子と呼ばれる,不変運動量遷移:q2のみの
スカラー関数です。
長くなったので,今日は,ここで終わります。
(参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell
"Relativistic QantumMechanics"(McGrawHill)
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