クライン・ゴルドン方程式(7)
クライン・ゴルドン方程式(Klein-Gordon eq.)の続きです。
今回は,Dirac方程式と同じく,Klein-Gordon方程式に
ついても 非相対論的近似を与えて確率解釈できるという
ことについて記述します。
§9.7 クライン・ゴルドン方程式の非相対論極限変形と解釈
(Nonrelativistic Reduction and Interpretation of
Klein-Gordon Equation)
ここまで論じてきたKlein-Gordon方程式に従うπ中間子
について,1粒子の従来の確率解釈を持った(非相対論的)
量子力学による近似的な記述が求められるような物理的
状況が存在します。
例えば,π中間子で構成された原子とか,物質内の原子の
電磁場や外場と荷電π中間子の相互作用などが,こうした
観点から研究できます。
これらは1粒子のDiracの電子論が成功裡に適用され,解釈
されてきた際の物理的状況に類似しています。
こうしたケースについて,古典的対応の極限だけではなく
Schroedinger方程式への非相対論的な帰着と解釈を示したい
と考えます。
確率解釈を持つ正確な1粒子の(相対論的)量子力学を構成
することは不可能である。ということに直面して,最初の章
ではこの2次のKlein-Gordon方程式を捨てるという方向へ
と誘導されました。
そして,非相対論的Schrooedinger理論におけるように,時間
について1次の導関数のみを含む方程式の形の,Dirac方程式
を基本方程式として採用する道を選択したのでした。
しかしながら,今までにDirac方程式の1粒子像では,
正エネルギーと負エネルギーのスペクトルの間には広い
ギャップ ~ 2mc2が,なお.残っていて,弱く,ゆっくり
と変動する場のような限られた環境の中でのみ,
正エネルギー粒子状態で生き残れることを見てきました。
しかし,今や,代わって一旦は捨てたKlein-Gorson方程式
の適切な1粒子量子力学像を探索すべき状況に至っている
と思われます。
Klein-Gordon方程式を1次の時間微分のみを含む
Scheordinger方程式の形へと,近似的に変形すること
を試みます。
その最初のステップは,(□+μ2)φ=0 を1次の方程式
のペアに書き直すことです。
これは,ξ=φd≡∂φ/∂tと書き,(□+μ2)φ=0を,
ξd=∂ξ/∂t=(∇2-μ2)φと書き直すことでなすこと
ができます。
これで目論見通り,時間微分についての2次方程式:
(□+μ2)φ=0 を,ξ=∂φ/∂t,∂ξ/∂t=(∇2-μ2)φ
という1次方程式のペア=連立1次方程式に書き直すことが
できたわけでず。
次に,θ=(φ+iφd/μ)/2,χ=(φ-iφd/μ)/2という
2つのφとφd=∂φ/∂tの線形結合を導入します。
この,θとχは単純な非相対論的極限で解釈できる描像を持つ
ことがわかります。
すなわち,質量μで静止した粒子では,∇φ=0 (p=0)なので,
(□+μ2)φ=0 は,∂2φ/∂t2=-μ2φ と書けます。
これの正エネルギー粒子(正質量)の解は,
φ ∝ exp(-iμt)=iφd/μとなるため,
θ=φ ∝ exp(-iμt),かつ,χ=0 です。
一方,負エネルギー粒子(負質量)の解は,
φ ∝ exp(iμt)=-iφd/μとなり,逆に,
θ=0,かつ,χ=φ ∝ exp(iμt) です。
したがって,Dirac方程式の4成分スピノルを2成分ごと
に分解した際の大成分,小成分た類似した役割を,ここでの
θ,χが果たしていると見えます。
※(注7-1):質量がμでスピンが1/2の粒子なら,それが
満たすDirac方程式は(iγμ∂μ-μ)ψ=0です。
その際,非相対論的極限でのDirac粒子の近似的な1粒子描像
を見るため,正確な解である4成分スピノル:ψを,ψ=[θ,χ]T
なる形に分解し,2成分スピノル;θ,χをψが正エネルギー解
の場合のそれぞれの大きさに基づいて,それぞれ,大成分,小成分
と呼んだのでした。 (注7-1終わり)※
さて,θ=(φ+iφd/μ)/2,χ=(φ-iφd/μ)/2によって
Klein-Gordon方程式:∂φd/∂t=(∇2-μ2)φ は,
i(∂θ/∂t)=-∇2(θ+χ)/(2μ)+μθ,
i(∂χ/∂t)=+∇2(θ+χ)/(2μ)-μχ
と分解されます。
※(注7-2):φ=θ+χ,φd=-iμ(θ-χ)より,
φd=∂φ/∂tは,{∂(θ+χ)/∂t}=-iμ(θ-χ)
∂φd/∂t=(∇2-μ2)φ は,
{∂(θ-χ)/∂t}=iμ-1(∇2-μ2)(θ+χ)
と書けます。
得られたものを,辺々加えて2で割ると
i(∂θ/∂t)=-∇2(θ+χ)/(2μ)+μθ,
一方,前者から後者を引いて2で割ると
i(∂χ/∂t)=+∇2(θ+χ)/(2μ)-μχ
が得られるわけです。 (注7-2終わり)※
ここで,よりcompactな形式を得るため,θ,χを2つの成分
とする縦ベクトル表示を導入します。
すなわち,波動関数φの代わりに.φ≡[θ,χ]Tとして,
波動方程式を見掛け上,Schroedinger型の方程式:
i(∂φ/∂t)=H0φとするわけです。
このとき,Hamiltonian:H0は,A,Bを2×2行列として
H0={-∇2/(2μ)}A+μBと定義されます。
ここでAは1行目が[1,1],2行目が[-1,-1]の行列,
Bは対角成分が1とー1の対角行列です。
i(∂φ/∂t)=H0φはSchroedinger形ですが,
(□+μ2)φ=0 のアナロジーとして得られたもので,
保存する正定置の確率という描像には至りません。
これはH0がHermite演算子ではないからです。
※(注7-3):i(∂φ/∂t)=H0Φから,
-i(∂φ+/∂t)=Φ+H0+なので,
i∂(φ+φ)/∂t
={φ+i(∂φ/∂t)+i(∂φ+/∂t)φ}
=φ+(H0-H0+)φ です。
それ故,H0がHermite:H0+=H0なら
∂∂(φ+φ)/∂t)/∂t=0
が成立し,量:(φ+φ)を保存される正定置な確率密度
と解釈することができるのですがH0がHermite:でないなら,
(φ+φ)が時間的に保存される,という保証はありません。
行列演算子としてH0={-∇2/(2μ)}A+μBについて
H0+=(H0*)T=H0が成立しない理由は,対角行列でない
Aに原因があって,これはφ≡[θ,χ]Tの大成分θと小成分
χを混合させます。
ゆっくり運動している粒子(p=-i∇ ~ 0)に対する最低次
の近似で∇2を無視すれば,H0~μBとなって,これはHermite行列
なのでi(∂φ/∂t)=H0φは確率解釈可能なSchroedinger方程式
となり,
先に与えたKlein-Gordon方程式の静止状態の解:
θ=φ ∝ exp(-iμt),χ=0,および,
θ=0,χ=φ ∝ exp(iμt)がそれぞれ,
i(∂φ/∂t)=H0φ;φ≡[θ,χ]Tの正エネルギー
(正振動数)の解, 負エネルギー(負振動数)の確率解釈可能
な解となっています。
Dirac理論から,直接,Foldy-Wouthuysen変換のテクニック
を借用することによって,系統的に運動エネルギー項の存在
による補正を導入します。
4×4行列βのアナロジーとして対角成分が1,-1の2×2
対角行列:ηを導入します。また,反対角成分がσk,-σkの
反対角行列:αk(k=1,2,3)のアナロジーで,反対角成分が
1,-1の2×2反対角行列:ρを導入します。
Dirac理論の非相対論極限近似を求める際に用いた大成分
と小成分を混合させるodd演算子を除去するユニタリ変換
の演算子:UF=exp(iS)のアナロジーで,π中間子の波動関数
の2成分縦ベクトル表示:φにφ'=exp(iS)φなる変換を実行
します。
単刀直入に結論を述べると,S=ηρθ(p),
θ(p)=-(i/2)Tanh-1[{p2/(2μ)}/{μ+p2/(2μ)}]
と置けば,Hamiltonian:H0=(η+ρ){∇2/(2μ)}+μη
からodd演算子ρを除去できます。
※(注7-2):i(∂φ/∂t)=H0φ,φ'=exp(iS)φより,
Sがtに依存しないなら,i(∂φ'/∂t)=exp(iS)H0φ
=exp(iS)H0exp(-iS)φ'=H0'φ',
H0'=exp(iS)H0exp(-iS)です。
H0=(η+ρ){-∇2/(2μ)}+μη
=(η+ρ){p2/(2μ)}+μη ですが,S=ηρθと
おくとき,θがpの関数θ=Θ(p)なら,
[θ(p),p2]=0,[θ(p),μ]=0ですが, 可換ではない
行列の係数があるため,[S,H0]=0 ではないです。
そして,S=ηρθなら(ηρ)2=1なので,
exp(iS)=Σn=0∞(1/n!)(iηρθ)n
=Σk=0∞[{1/(2k)!(-1)kθ2k
+(iηρ){1/(2k+1)!}(-1)kθ2k+1}
=cosθ+(iηρ)sinθです。
同様にexp(-iS)=cosθ-(iηρ)sinθです。
H0'=exp(iS)H0exp(-iS)
=[{p2/(2μ)}{cosθ+(iηρ)sinθ}(η+ρ)
{cosθ-(iηρ)sinθ}
+μ{cosθ+(iηρ)sinθ}η{ cosθ-(iηρ)sinθ}
具体的な計算から,exp(iS)ηexp(-iS)
=ηcos(2θ)-(iρ)sin(2θ),
exp(iS)ρexp(-iS)=ρcos(2θ)-(iη)sin(2θ) です。
したがって,H0'=exp(iS)H0exp(-iS)
=η[{p2/(2μ)+μ}cos(2θ)-i{p2/(2μ)}sin(2θ)]
+ρ[({p2/(2μ)}cos(2θ)-i{p2/(2μ)+μ}sin(2θ)]
です。
ρの係数がゼロ:つまり,
({p2/(2μ)}cos(2θ)-i{p2/(2μ)+μ}sin(2θ)=0
となるような,
isin(2θ)/cos(2θ)={p2/(2μ)}/{μ+p2/(2μ)}
を満たすθが存在すれば,そのθに対して行列ρは除去
できます。
しかし,そのような実数θは存在しません。
θが実数でなく純虚数:θ=-iω(ωは実数)であるとすれば
そうしたθが存在します。
ただし,そのときは,S=ηρθがHermiteではなく,
exp(iS)はユニタリではありません。
すなわち,cos(2θ)={exp(i2θ)+exp(-i2θ)}/2
={exp(2ω)+exp(-2ω)}/2=cosh(2ω),
isin(2θ)={exp(i2θ)-exp(-i2θ)}/2
={exp(2ω)-exp(-2ω)}/2=sinh(2ω)
です、
よって,isin(2θ)/cos(2θ)={p2/(2μ)}/{μ+p2/(2μ)}
は,sinh(2ω)/cosh(2ω)={p2/(2μ)}/{μ+p2/(2μ)}
つまり,tanh(2ω)={p2/(2μ)}/{μ+p2/(2μ)}
を意味します。
そのとき,H0'=exp(iS)H0exp(-iS)
=η[{p2/(2μ)+μ}cosh(2ω)+{p2/(2μ)}sinh(2ω)]
=ηcosh(2ω)[{p2/(2μ)+μ}2+{p2/(2μ)} 2]
/{μ+p2/(2μ)} です。
双曲線関数の公式:1/cosh2(2ω)=1-tanh2(2ω)より.
1/cosh2(2ω)
=[{p2/(2μ)+μ}2-{p2/(2μ)}2]/{p2/(2μ)+μ}2
=(p2+μ2 )/{p2/(2μ)+μ}2ですから,
cosh(2ω)={p2/(2μ)+μ}/(p2+μ2 )1/2
です。
ぃたがって,
H0'= η[{p2/(2μ)+μ}2-{p2/(2μ)} 2]/(p2+μ2 )1/2
=η(p2+μ2)/(p2+μ2 )1/2=η(p2+μ2 )1/2
を得ます。 (注7-3終わり)※
S=ηρθ(p),
θ(p)=-(i/2)Tanh-1[{p2/(2μ)}/{μ+p2/(2μ)}]
なら,S+≠SでありSはHermiteではないので,
U=exp(iS)に対し,U-1=exp(-iS)≠U+= exp(-iS+)
であって.Uはユニタリでないため,
H0'= UH0U-1=exp(iS)H0exp(-iS)=η(p2+μ2)1/2
で,φ'=Uφ=exp(iS)φでi(∂φ/∂t)=H0φのとき
i(∂φ'/∂t)=H0'φ'は成立しますが,
φ'+φ'=φ+φは成立せず,φ+φやφ'+φ'を確率密度
とする解釈は,非相対論での近似的な意味でしか成立しない
のでは?と思われます。
さて,H0'=η(p2+μ2)1/2,i(∂φ'/∂t)=H0'φ'の形式
では.φ'の大成分=正エネルギー解と,小成分=負エネルギー
解は完全に分離され,エネルギー・運動量の関係は自由電子
に対するそれと同じです。
電子との唯一の違いはスピン自由度に対する解の二重化が
ないことです。
正エネルギー解をφ'(x)
=φ(+)(x)=exp(-iωpt)a(+)(x)[1,0]Tとします。
すると,
i(∂φ(+)/∂t)=H0'φ(+)=η(p2+μ2)1/2φ(+)
は,ωpa(+)(x)=(p2+μ2)1/2a(+)(x)
を意味します。
そして,このとき,P(+)(x)=|a(+)(x)|2が正エネルギー粒子
の存在確率密度を表わすと考えられ,
ωp=∫φ(+)+(x)H0'φ(+)(x)d3xが,粒子の正エネルギー
の値を表わします。
同様に,負エネルギー解をφ'(x)
=φ(-)(x)=exp(iωpt)a(-)(x)[0,1]Tとします。
すると,
i(∂φ(-)/∂t)=H0'φ(-)=η(p2+μ2)1/2φ(-)
は,-ωpa(-)(x)=-(p2+μ2)1/2a(-)(x)
を意味します。
このとき,P(-)(x)=|a(-)(x)|2が負エネルギー粒子
の存在確率密度を表わすと考えられ,
-ωp=∫φ(-)+(x)H0'φ(-)(x)d3xがその粒子の
エネルギーを表わしていて,これは負になります。
ここで,φ(-)*(x)=exp(-iωpt)a(-)(x)[0,1]Tを,
正エネルギー固有値を持つ反粒子の波動関数と解釈
します。
i(∂φ(-)/∂t)=H0'φ(-)=η(p2+μ2)1/2φ(-)の
複素共役をとって-i(∂φ(-)*/∂t)=H0'*φ(-)*
=η(p2+μ2 )1/2φ(-)*であり,H0'*=H0'より
i(∂φ(-)*/∂t)=-H0'φ(-)*=-η(p2+μ2)1/2φ(-)*
です。
これは,時間の過去に伝播する負エネルギー粒子の
複素共役が時間の未来に伝播する正エネルギー反粒子
という描像に合致します。
そして,自由粒子ではなくて外電磁場Aμ(x)がある
一般の場合には,もはやodd演算子を除去してHamiltonian
を対角化するSを求めることは不可能です。
しかし,この論議は次回にまわして今日はここで
終わります。
(参考文献):J.D.Bjorken & S.D.Drell著
"Relativistic QantumMechanics"(McGrawHill)
| 固定リンク
「115. 素粒子論」カテゴリの記事
- くりこみ理論(第2部)(2)(2020.12.30)
- 物理学の哲学(15)(終)(アノマリー)(2020.11.03)
- 物理学の哲学(14)(アノマリー)(2020.10.28)
- 物理学の哲学(13)(アノマリー)(2020.10.10)
- 物理学の哲学(12)(アノマリー)(2020.10.08)
「111. 量子論」カテゴリの記事
- クライン・ゴルドン方程式(8)(2016.09.01)
- クライン・ゴルドン方程式(7)(2016.08.23)
- Dirac方程式の非相対論極限近似(2)(2016.08.14)
- Dirac方程式の非相対論極限近似(1)(2016.08.10)
- クライン・ゴルドン方程式(6)(2016.07.27)
コメント